16-15 温泉での夜でした
温泉施設のレジャーゾーンを堪能した後、次に待っているのは露天風呂だった。
ホテルの中に設えられた、本格的な露天風呂……勿論ちゃんとしたお風呂の為、男女に別れての裸の付き合いだ。
雄大な自然の中、広く作られた露天風呂は非常に心地が良い。
「あぁ~、遊ぶ温泉も良かったけど、温泉と言われるとやっぱこれだね~……」
温泉に浸かる仁がそう言うと、英雄や隼も「わかる」と同意を示した。
「日本人としては、やっぱりこういう温泉には安らぎを覚えるよね」
「冬の露天風呂、最高ッスねぇ。染み渡るぅ……」
「そういえば、AWOには温泉とかってあるんでしょうか?」
「うーん、僕は聞いた事が無いね」
音也と拓真がそう言うと、左利達も会話に加わって来た。
「俺達も、そういった話は聞かないなぁ」
「俺達や【七色】の皆が知らないとなると、今開放されているエリアには無いんじゃないか?」
蔵頼が言う通り、【七色の橋】はAWOでもかなりの情報を手にしているギルドだ。仁達の知らない情報となると、後は知っていそうなのは……。
「ユージンさんなら、知っているかな?」
仁がそう言うと、英雄達も左利達も「……知っていそう」と異口同音の言葉を口にする。生産大好きおじさんユージンは、ゲーム内の情報や知識にも精通しているのだ。
すると、仁達に近付いて声を掛けるのは満だ。
「例の、ゲームの話かな?」
千夜の父である彼は、連載漫画家として活躍しているのだ。何かしら、良いネタがあるのではないかと思ったのだろう。
「はい。結構リアルな作りのゲームで、海とか湖とかもありますからね。温泉があってもおかしくないのかなって」
「ほぉ~。そうなると、ゲームの中で温泉が楽しめるのか……」
温泉に浸かっているからか、尚更に興味が湧くらしい。この感覚が気軽に楽しめるのは、確かに魅力的だろう。
そこから会話は、日頃のゲームプレイについてとなった。
「普段は皆、どんな風に遊んでいるんだい?」
「ギルド……ざっくり言うと仲の良いグループで分かれて、冒険したり物作りしたりですね」
「僕達も、服や武器なんかを生産して販売していますよ」
「バスの中でPVを見たんだが、あれはイベントの映像を編集したものだったね」
「そうだったんですか。どんなイベントだったのか、気になるな……」
「毎回、テーマが違うイベントなんですよ」
「一番最近のだと、プレイヤー同士で戦うサバイバルイベントでしたね」
「皆が身に着けているのは和風の衣装や、中華風の衣装だったね。他にはどんな衣装があるんだい?」
「騎士っぽいのや、傭兵みたいなのとか色々とあるッスねー」
「変わり種だと、スーパー●隊みたいな人達がいます」
「……えぇぇ」
父親達の質問に、仁達は一つ一つ答えていくのだった。
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一方女湯でも、賑やかな会話が繰り広げられていた。
「く……っ!! これが、格差……っ!!」
「輝乃、それ水着に着替える時にも言ってたわよ」
朱実が輝乃にツッコミを入れると、輝乃は顔を上げる。
「天丼、ここにあり」
「いつからアンタは、鉱石採掘おじさんになったのよ。っておじさんはそんな事言ってなかったわね、ついうっかり」
輝乃と朱美がそんなやり取りをしていると、他の女性陣は苦笑いしてしまう。
既にかけ湯を済ませて露天風呂に浸かっている雅子は、星波母娘を見て唸っていた。
「いやでも、姫乃ちゃんは本当にスタイル良いわねぇ……聖さんも、出るとこ出て引っ込む所は引っ込んでるし。二人に合いそうなデザイン、考えたいわぁ」
その隣では、千夜が聖を見て「ふおぉぉ」と変な声を上げていた。
「姫のんのお母さんも凄いよね! 鳴子さんと同レベルの人、初めて生で見た!」
「千夜ちゃん、言い方……!!」
聖さんは、鳴子と同レベルの戦力です。ここ、テストに出ます。
そんな賑やかな面々を横目に、恋は人知れず自分の胸元に視線を落とし……そして、溜息を吐く。
「……はぁ」
足りないのだ、ボリュームが。恋人の母親が特、妹(かつ親友)が大とあっては気になるのも無理ないだろう。
そんな娘の内心を察して、乙姫は苦笑しながら声を掛ける。
「大丈夫ですよ、恋。私も水姫も、高校に入ってから成長期でした」
「……そうなのですか?」
「えぇ、ですからあなたもじきに成長するでしょう」
少しは母らしく、アドバイスできたかしらん? なんて思った乙姫。しかし、恋様の食い付きはそんなハートフルでは終わらなかった。
「本当ですか? 信じますよ? 信じますからね?」
「……圧が凄い」
母、気圧される。それでも初音家は、本日も平和です。
「舞子ちゃん、どうかした?」
「いえ、こうして友達と旅行って、考えてみたら初めてだなーって」
和美が声を掛けると、舞子は笑顔でそう告げる。
「ふふっ、そうなのね。結構、楽しいでしょ」
「はい♪」
その表情は、本当に楽しそうなのだ。そこで舞子は「でも……」と続けて、内心を吐露する。
「もし出来る事なら、リリィさん……瑠璃さんとも、一緒にいられたら良かったなぁって」
先の第四回イベントで、共に過ごした現役アイドル。舞子にとって瑠璃は憧れとなり、目標となった。そして、もっと彼女と仲良くなれたら……そんな事を考えてしまった。
一般人のアイドル志望者と、現役のアイドル……その差は勿論、理解している。しかしそれでも、この場に瑠璃が居たら……と思ってしまうのだった。
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舞子にそんな事を思われているとは、いざ知らず。渡会瑠璃は、今日も今日とてアイドルとして仕事に精を出していた。
「お疲れ様、瑠璃ちゃん。明日明後日は、オフだからゆっくり休んでね」
「ありがとうございます、亜麻音さん」
瑠璃はマネージャーの亜麻音が運転する車の助手席で、RAINを開いていた。
「……ふふっ」
RAINには、この前のイベント以降で距離を縮めた仲間達からのメッセージが入っていた。彼等は今日から温泉施設に来ており、楽しい時間を過ごしているらしい。
「嬉しそうね、瑠璃ちゃん。例のお仲間から?」
「はい。今日から二泊三日で、温泉だそうです」
そう言ってRAINにメッセージを返信した瑠璃は、笑顔を崩さずに窓の外に視線を向けた。
――皆さんと一緒に、行けたら良かったんだけどなぁ。
瑠璃は現役アイドルであり、その仕事で給料を貰っている身だ。その立場である以上は、仕事を優先するしかない。それでも一人の高校生の少女としての渡会瑠璃の本音は、「自分も一緒に旅行がしたかった」というものだった。
スキャンダルやら何やらについては、心配は要らない。だって宿泊先、初音の息がかかった所だし。マスコミもパパラッチも、入り込む隙など無いだろう。
というかアイドルだって一人の人間なのだから、友人と旅行に行く権利くらいある。
そんな瑠璃の本音は、亜麻音も察していた。
彼女は良い子で、真面目なアイドルだ。これまで担当して来た娘達も良い子達だったが、瑠璃は群を抜いてアイドルとして真摯に取り組んでいる。
だから彼女は、友人との旅行を断念して仕事に臨んだ。それはマネージャーとしての立場で言うならば、当然の事だと思う。だが、彼女を支える大人として……彼女のファンの一人としては、行かせてあげたかったという思いもあった。
「そうだ。この辺りにもあるのよ、温泉。折角だし、瑠璃ちゃんの予定が大丈夫なら行ってみる? 明日、特に予定は入っていない?」
「……はい、大丈夫です。でも、良いんですか?」
「あら、私は瑠璃ちゃんのマネージャーよ? 新年から頑張って働いている瑠璃ちゃんに、ご褒美くらいあっても良いじゃない」
亜麻音の優しさが、身に染みる。瑠璃は困ったような、くすぐったいような想いを自分の中で咀嚼して……そうして、亜麻音に甘える事にした。
「ありがとうございます、亜麻音さん」
……
そして、瑠璃と亜麻音が向かった先は……。
「あれ、おかしいわね? ここって、ちょっと古かったけど温泉宿があったのに……」
亜麻音の記憶には、古いものの人情味あふれる温泉旅館があった。しかし旅館の影も形も見当たらず……代わりに、真新しい施設が出来ていた。
「真新しい建物が出来ていますし……潰れちゃったんでしょうか?」
世知辛いですね、という表情の瑠璃。しかし無いものは仕方ないので、諦めましょうと言いたげだ。
そんな顔をさせたかったのではない、喜ばせたかったのだ。こうなれば、多少の出費は覚悟でこの施設にお泊りを!! と亜麻音は一歩踏み出すが、入口の看板には『四月オープン予定』の文字が。
「オープンは四月から!? はぁ、瑠璃ちゃんを労いたかったんだけどなぁ……」
「お気持ちだけでも、嬉しいですよ。亜麻音さん、行きましょうか」
瑠璃に促され、車に乗り込もうとした亜麻音。だが真新しい施設の中から、一台の車がやって来た。
車が門扉の前に到着すると、黒服の男女が現れて……そして、車の後部座席の扉を開ける。車から降り立った仕立ての良いスーツ姿の青年は、瑠璃と亜麻音を見てにこやかに微笑んだ。
「失礼致します、渡会瑠璃様と社絵亜麻音様で宜しかったでしょうか?」
名前を言い当てられた二人は、青年に対して警戒心を浮かべる。たまたま来ただけなのに、こちらの素性を知っているなど普通に考えれば有り得ない事だ。無理もない事だろう。
そんな二人の警戒心を察しているのか、青年は早々に本題を切り出す事にした。
「私、株式会社ファーストインテリジェンス経営企画室室長の初音賢と申します」
ファーストインテリジェンスに、初音……となれば、瑠璃も亜麻音もよく知っている経済界の大物だ。TV局もタレント事務所も、機嫌を損ねまいと苦慮するくらいの。
二人の内心が警戒から緊張に変わったのを察した賢は、これ以上引き延ばしてもいけないだろうと判断した。ならば、出す名前は決まっている。最愛の妹から、彼女の……リリィの事も、よく聞いているのだから。
「瑠璃さんには、この言い方が解りやすいでしょうね。私は【七色の橋】のレンの、兄ですよ。妹が、いつもお世話になっております」
瑠璃は、恋が初音家のご令嬢という事は聞いている。彼の言葉が本当ならば、それはつまり。
――となると、もしかしてここは……皆が旅行に来ているのって、もしかして……!?
もう、お解りになりましたね?
「えぇぇっ!? 瑠璃さんッ!?」
「ど、どうしてここに!? やったー!!」
瑠璃は自然と彼等の方へと歩み寄り、その輪に加わっていった。その顔に浮かぶのはアイドルらしい飾り気の一切を取り払った、純粋な喜びの笑顔だ。
「ほっ……本当に、皆さんお揃いで……!! こ、こんばんは!! あっ!! あけましておめでとうございます!!」
予想外の瑠璃登場に、【七色の橋】と【桃園の誓い】の面々は大いに盛り上がる。同時に瑠璃としても、偶然足を延ばした先に仲間達が居るとは思いもよらなかった。参加したかった温泉旅行に、予想外の形で加わる形となったのだ。アイドルとしての顔はどこへやら、ただの渡会瑠璃として喜び心を躍らせてしまう。
「わぁ……っ!! 瑠璃さん、お仕事だったのでは!?」
「はいはい、姫。嬉しいのは解るけど落ち着いて? 瑠璃さん、あけましておめでとうございます。まさか、ここでお会いできるとは思わなかったです」
「仁さんと姫乃さん!! 本当に現実でも、ゲーム通りのカップルなんですね!!」
「え、そこですか……?」
ちなみに容姿や髪型とかじゃなく、甘ったるい雰囲気について言われている。それは仁も、薄々勘付いている。
「……わーぉ」
瑠璃が珍しく、テンションを上げている。こんな純粋な笑顔をみるのは、いつ以来だろうか? それ程の心からの笑顔を目の当たりにして、亜麻音は何も言えない。言うつもりも無い。なのでとりあえず、驚きとか安堵とかいろんな感情をミックスさせた結果、何とか絞り出せた言葉が「わーぉ」である。
「いやはや……予期せぬ事態でしたが、良いサプライズになりましたね」
賢が亜麻音に歩み寄ってそう言うと、彼女は慌てて平静を取り繕った。
「この度は、私共までご相伴に預かりまして……」
かしこまった様子の亜麻音だが、その内心は穏やかではない。何せ、目の前の相手が相手なのだ。
――相手は、初音!! あの政財界のトップ層、大企業にして権力者!! ここで迂闊な真似をしたら、私だけじゃなく瑠璃ちゃんの立場も……!!
これが、一般的な人の感想です。むしろ芸能界でも「初音とか六浦は敵に回すなよ、な?」と社長に言われるくらいには、ヤバい存在という観点です。
ちなみに亜麻音さんは、自分がどうなっても瑠璃だけは守らなければ……と謎の覚悟を決めている。そんな心配は無いのだが、状況が状況だけに無理もない。
そんな亜麻音視点でヤバい存在さんは、穏やかな笑みを浮かべてフランクに語り掛ける。
「社絵さん、気楽になさって下さい。いつも恋がお世話になっている渡会さんと、そのマネージャーさんなのですから」
ヤバいのって何かな? もしかして、懐の深さがヤバいとか? そんな事を考える亜麻音だが、すぐに兜を脱ぐ訳にはいかない。
「お言葉は非常にありがたいですし、瑠璃だけでなく私もお世話になる訳ですが……流石に公人としてはそういう訳にもいきません。彼女の芸能生活を支える立場である以上、大人の私がしっかりしなくては」
亜麻音はそう言って、背筋を伸ばす。お堅いと思われるのを承知で、亜麻音はそう振る舞う事を選択したのだ。
それは瑠璃という、多くの人に愛される……そしてこれからも、多くの人を魅了するであろうアイドルを守る為。その為に、亜麻音は自分がしっかり彼女を守らなくてはと考えているのだ。
そんな亜麻音を見て、賢は真剣な表情で頷く。
「……素晴らしい。社絵さんは、仕事だけではなく渡会さんの事も考慮していらっしゃる」
「……? え、えぇ。当然のことですから」
何を当たり前の事を……と思う亜麻音。しかし、彼女としても解っている。芸能界という煌びやかな世界は、決してキラキラしているだけの世界ではない。
大衆に向ける笑顔の裏側は、色々とドロドロした思惑が飛び交っている。容姿も才能も優れている瑠璃が、そこまで売れていないのにも理由があるのだ。
それでも瑠璃は、所属している事務所の社長とマネージャーの人柄を考えれば……本当に恵まれた立場であると言える。そうでなければ彼女は、今の様に笑顔で仁達と接する事など出来なかっただろう。
賢は瑠璃と亜麻音の間にある絆を察し、二人への信頼感を高める。
「その姿勢に私はとても好感を抱きますし、共感を覚えます。恋の友人とその関係者という事を知り、急遽お招き致しましたが……これはもしかして、正解だったかもしれませんね」
「ど、どういう意味で……しょう……?」
亜麻音はビクビクしているが、決して彼女……そして、瑠璃にとっては悪い話ではない。それは賢の表情を見れば明らかだ。
「この施設の、PRのお仕事についての話がありまして。色々とタレントや俳優さんを擁する事務所にも、お話を頂いてはいますが……私としましては、信頼できる人が望ましい。後日、正式にお話が出来ればと思うのですが」
「そういう事でしたら、後程社長にも報告しておきます」
商談のつもりではなかったのだが、敏腕マネージャーの顔が姿を覗かせた。この日から渡会瑠璃が、初音関連の仕事を請け負う機会に恵まれるのはもしかしたら運命か何かなのかもしれない。
……
瑠璃と亜麻音が緊急参戦し、更に賑やかになった温泉旅行。食堂に集まればバイキング形式での夕食が用意されていた。
美味しい料理を堪能した後、大人達の楽しみはここからが本番だ。ホテルの最上階にあるバーに移動した彼等は、酒宴を開始したのだった。
成人しているものの、鳴子は恋に付き添う為に不参加。真守は鳴子の側に居たいし、言都也は真守不在ならと不参加。里子はあまりお酒は得意ではないので、大学生組は軒並み不参加である。
そうして夜の二十時頃になると、仁達はいつもの日課の為に動き始めた。勿論用意してあります、VRギア。
「今日は旅行中だし、特別やる事も無かったよね?」
「ログボ取って、”日課”を軽く済ませたら終わりにしよっか」
それに【桃園の誓い】の社会人組は、両親達とワイワイやっているし。全員が揃わないのなら、フィールドに出て冒険する訳にもいくまい。
「日課って、生産活動ですよね? 私もお手伝いします!」
「以前はお手伝い出来ませんでしたし……今回は、私も参加させて頂いて良いでしょうか?」
舞子と瑠璃も、仁達の生産活動を手伝ってくれるつもりらしい。折角旅行先で一緒に居るのに、別行動をするのも勿体無いという事だろう。
仁達も二人の申し出に感謝し、一緒に作業をする事にした。
「それじゃあ、またAWOで!」
「はーい!」
瑠璃は、折角なので千夜・舞子と同室となった。亜麻音は本人の希望もあり、一人部屋である。
「【七色】のホームで良いんだよな?」
「えぇ。ギルマスの飯田様も、飲みの席に居るしね」
鳴子はそう言うが、一抹の不安を覚える。彼は下戸らしいのだが、大丈夫だろうか。それは真守も考えていた事らしく、苦笑していた。
「早めに終わらせて、援護しに行くか」
「そうね」
各々が部屋に戻ると、持って来たVRドライバーや初音家が用意しておいたVRギアを装着。AWOのソフトを起動し、ベッドに横たわる。
「じゃあ行くか」
「うん、行こうか」
仁と英雄はそう言葉を交わして、ゲームにフルダイブする釦を押した。
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ログインしたジンは、まずベッドに腰掛ける。すぐに最愛のお嫁様が、この部屋に入って来るだろう。二人で一緒に広間に向かうのが、自分達のルーティンだ。
すぐに光の粒子が部屋の中に発生し、人の形を象っていく。銀色の髪がふわりと揺れ、赤い瞳がジンの姿を捉えて細まる。
「お待たせしました、ジンくん」
「待ってたよ、姫。といっても、僕も今来た所だけどね」
いつもはこのまま部屋で話したり触れ合ったりするのだが、今回は全員同時にログインしている。ならばすぐに仲間達も集まるだろうし、このまま大広間に向かうべきだろう。
ジンが立ち上がってヒメノに歩み寄れば、ヒメノは自分の腕をジンの腕に絡める。示し合わせる事無く、二人は同時に歩き出した。
ジンとヒメノが大広間にやって来た所で、リリィとクベラ、コヨミからギルドホームへの訪問申請が入る。ギルドメンバー以外は屋敷の外、塀の内側にあるポータル・オブジェクトに転移する事になる。そこから庭を通って、屋敷の前で訪問申請をするのだ。
誰かが承認操作をしたらしく、視界に三人の訪問申請が許可された旨がコメントとして表示される。
「失礼しますね」
「お邪魔するで~」
「こんにちは、お待たせしました!」
リリィはいつも使用している、ブラウスとスカートにシースルー素材のマント姿。クベラも商人として活動する際に着用しているチュニックとパンツに、ベレー帽である。
一方コヨミは、以前使用していた店売り装備から様変わりしていた。こちらもNPCショップで販売されている物なのだが、見た目も性能もグレードアップした品である。
そして【桃園の誓い】からもダイス・ヒューゴ・ヴィヴィアンと、ログインしていたバヴェル・ゼクトが来訪した。
「よぉ、温泉はどうだい」
「楽しいですよ!」
「今度はゼクトさんとバヴェルさんも、一緒に旅行したいですね~」
「ふふ、そうだね。是非お願いしたいかな」
一通りの挨拶を終えた所で、リリィとコヨミからある相談があった。
「どこかのお部屋をお借りして、着替えても良いでしょうか?」
「やっぱり皆さんと動く時は、あの装備じゃないとね~」
あの装備……とは、【七色の橋】が二人に贈った≪法衣・姫白百合≫と≪戦衣・快晴四葉≫だ。クベラも既にシステム・ウィンドウを操作しているので、≪商衣・千客万来≫に着替えるのだろう。
そんな三人の考えが嬉しくて、ジン達は笑顔を浮かべる。
その時、クベラがあるメッセージに気付いた。フレンドから送られたメッセージで、つい十分前に送られたものである。
「メッセージ……あの子からか。って事は……あー、やっぱなぁ」
「?……クベラ、さん。どうか……しました、か……?」
恋人の様子を不思議に思ったのか、カノンがクベラに歩み寄る。クベラはカノンに苦笑を向けると、メッセージの内容について打ち明ける。
「ワイのフレンドからのメッセージで、内容は生産素材が無いなったから売ってくれっちゅーもんや。皆も名前聞いた事あらへんかな、【ネコヒメ】ってプレイヤー」
その名前には、ジン達も確かに聞き覚えがあった。それは第三回イベント、服飾部門で入賞したプレイヤーの名前である。
「ネコヒメ……さん……女、の子……」
カノンさん、何だかプルプルしていらっしゃる。名前からして女性だろうし、メッセージでやり取りするくらいだから仲の良いフレンドなのだろう。
要するに、嫉妬だ。
そんなカノンの様子に気付き、クベラの笑みが引き攣った。嫉妬してくれるのは正直嬉しいが、何か圧を感じるし何とかしなくてはなるまい。
「大丈夫や、カノンさん。俺はカノンさんしか、見とらんから。単に同じ生産も商売もする、同志ってだけやて」
そう言ってカノンに呼び掛けると、彼女の圧が薄れた。
「ご、ごめんなさい……」
「ええよ、謝らんといて。ワイの事を想ってくれての事って、ちゃんと解っとるから」
カノンが落ち着いたのを確認して、クベラはシステム・ウィンドウに視線を戻した。
『済まんな、今ログインしたわ。素材は何をいくつ、いつまでに必要なんや?』
手慣れた様子でメッセージを打ち込み、送信。返事はすぐに返って来た。
『クベさん、珍しく今日は遅かったんですね。素材は≪ミラルカブルクロス≫を四つ、≪シルクワームの糸≫を二つです! 出来れば今日中に欲しいんですけど』
その素材なら、手持ちがある。クベラは仲間達に視線を向け、申し訳なさそうに手を合わせた。
「済まんけど、少しだけ行って来てええかな。商売終わったら、すぐ戻るさかい」
クベラの本業は商人であり、取引は彼にとって重要な事だ。引き留める訳にはいかないし、彼の人柄を考えればすぐに戻って来てくれるはずである。カノンも居るしね。
「えぇ、構いませんよ」
了承の言葉に礼を告げて、クベラはウィンドウでメッセージを送る。
『丁度、在庫あるで。どこへ行けばええんかな?』
『こっちから急なお願いしていますし、私が伺いますよ! どこで落ち合いますか?』
気持ちは有難いが、ここに来られるのはどうだろうか? と思い、クベラが返信をしようとした所で……。
『クベさん……今、[虹の麓]に居るんですか?』
次回投稿予定日:2023/6/28(幕間)
瑠璃が温泉旅行に参加しないと、いつから錯覚していた?
そして、第三回イベント入賞者・ネコヒメが登場しますぞい。




