16-13 温泉を堪能しました
いよいよファーストインテリジェンスの系列会社によって建てられた、温泉施設スパリゾート・フロンティアの温泉を楽しむ事になった仁達。それぞれ思い思いのエリアに足を向けるかと思いきや、全員が一緒になって行動していた。
初日は賢の案内で施設を一通り体験し、それぞれが自由に好きな場所へ向かうのは二日目となる。
それは親達からすれば都合がよい話で、子供達から目を離さずに済む……というのもあるが、一番の要因は【桃園の誓い】の面々について見る事が出来る点だ。
彼等の人となりについては、子供達から聞いている。子供達は彼等を信頼しており、受け入れているのはよく解る。
だがそれだけで手放しに受け入れられるかと言われれば、親としてはそうもいかない。失礼だとは思いつつも、警戒を緩める訳にはいかないのだ。
そんな事を考えられているとは露知らず、子供達と【桃園の誓い】は談笑しながら賢の後に続いて温泉を体験していく。親達もその会話に参加する為、中々に賑やかな状態だ。
「本当に広いな、しかも天井が高い」
「外の日差しが入り込んで来るの、結構良いですね」
「天候に左右されないのは、確かに有難いね」
「幼い子供向けのエリア、結構広く作られているな。それに段差も少ないし、足元も滑りにくい素材になってる」
「あら山尾さん、目の付け所が違いますねぇ」
「あ、そっか! 治さんって幼稚園の先生だったっけ!」
「あぁ、そうだよ」
「シーズンで混雑するのも見越して、人の流れを意識した造りだわ。設計からしっかり考えられているんでしょうね」
「千尋さん、こういう所は詳しいんですか?」
「あはは、旅行代理店に勤めてるんです」
「あ……あそこ、スライダーの入口ですよね」
「里子さんはそういうの、大丈夫なタイプッスか?」
「うん……ジェットコースターとか、普通に好きだし」
「絶叫系得意なんですね、良いなぁ。私はあまり得意ではなくて」
「仁君、大丈夫かい? 足は疲れてない?」
「大丈夫です、言都也さん。ありがとうございます!」
次第に親達と【桃園の誓い】の面々の間でも、会話が生まれていく。そうして窺い知れるのは、彼等が善良な人柄であるという事……そして仁達に対して向けられている、純粋な思い遣りだ。
そうこうしていると、次に案内されたのはワイン風呂だった。
「おー、こんなのまで……俺は、ここはやめておこうかなぁ」
「左利は下戸だもんね」
「おや、そうなのかい? 僕もあまりお酒は飲めなくてね、ハハハ」
「修さんもでしたか。俺だけじゃなくて、安心しました」
未成年者や子供達は当然、ワイン風呂には入らない。代わりにその隣にある、ジェットバスのお風呂に入る事にした。
左利や修、あまりお酒が得意ではない女性陣も、ワイン風呂はスルーしようとしたのだが……賢がそれに待ったをかける。
「温泉と混ざる事でワインは希釈され、アルコールも熱で飛んでいるのでそこまで酒臭いものではないんですよ。身体も温まりますし、肩凝りや冷え性にも効果があります。あとはやはり、美容効果ですね」
最後の一言に、女性陣は即食い付いた。そして左利や修も、それならばとそちらに入る事にしたらしい。
「お、本当だ。匂いとか、全然気にならない」
「はぁ……じんわり温まりますね~」
「給湯口が面白いですよね、酒樽の形してて」
「そう言えばこの浴槽……上から見たら、ワインボトルの形になるのかな?」
「そこにお気付きになられましたか。その通りです、こういった所も設計者が拘ってデザインしているんですよ」
賢が笑顔でそう言えば、大人達は感心したような声を上げる。段々と、連帯感の様な物が生まれつつあった。
……
更にドクターフィッシュの居る足湯や打たせ湯、コーヒー風呂など様々な温泉を堪能していく。一行が今入っているのは、施設の三階にある展望温泉だ。窓の向こうには施設周辺の大自然が広がっており、秋頃になれば紅葉も楽しめそうな絶景である。
「成程~、輝乃さんと十也君はイトコなのねぇ」
「えぇ、そうなんです」
「俺の親父が、輝乃のお袋さんの兄貴でしてね」
「治さんと千尋さんも、ご兄妹なのよね?」
「はい、まぁ十歳以上離れてはいるんですが」
「父さんと母さんは仕事が忙しかったので、兄さんが親代わりみたいな感じでしたね」
「そういえば仁君と隼君のお母さんが、ご姉妹でしたっけ?」
「えぇ、桔梗が私の妹よ。ちなみに和美ちゃんのお母さんも、私の妹ね」
「母さん、未だに撫子さんには頭が上がらないって言ってるわよ」
「ふふっ、【雛菊】姉さんだものねぇ」
それぞれの家族や親戚の話になった所で、俊明が「そう言えば」と声を上げた。
「そうだ仁。義之叔父さんが十二日の日曜日に来るんだが、その日の予定はあるのか?」
「あ、そうなんだ? デートしようかって、姫と話していたくらいかな」
仁がそう言うと、姫乃はふにゃりとした笑みを少し曇らせた。
「ご親戚にお会いするなら、デートは延期ですね」
「うん……ごめんね、姫」
残念そうな姫乃の様子に、仁としても申し訳なさが先に立つ。しかし叔父の義之とは、事故の件もあり長いこと顔を合わせていない。その息子である同じ年のイトコも来るだろうし、余程の事が無い限りは会いたいと思っているのも事実だ。
そこで口を挟むのは、撫子である。
「それなら姫乃ちゃんにも、一緒に居て貰う? 星波さん家が良いなら、うちは全然構わないし」
「あー……それはアリかもな。義之も、細かい事は気にしないだろうから」
撫子と俊明がそう言うと、話を聞いていた大将と聖からは了承の返事が得られた。後は姫乃の気持ち次第なのだが、その答えは表情だけでも丸わかりだ。
「仁くん、私も一緒で良いですか?」
「うん、もちろん。むしろ、こっちからお願いしたいよ」
その返答を聞けば姫乃の表情はふにゃりと緩み、嬉しそうに仁との距離を詰めた。仁の右腕に自分の腕を絡めたら、その肩に自分の頭をくっ付ける。
「恐ろしく自然で甘いイチャイチャ……俺じゃなきゃ見逃しちゃうね」
「全員見逃してないけどね」
親達にも見られているね、それはもう。母親達は「あらあらまぁまぁ」といった具合で、父親勢は何となくソワソワしてしまう。
「あらあら、甘~い空気だわぁ」
「見ているこっちが、何だか恥ずかしくなってくるな」
「……今凄く、創作意欲が……!!」
「もう何だか、カップル通り越して新婚夫婦って感じねぇ」
はい、この二人ゲーム内では既に結婚しています。それはもう、ラッブラブの新婚夫婦です。
「あの二人は、いつもあんな感じなのかい?」
亡き妻が恋しくなりつつ、修は近くに居た拓真と優に声を掛ける。
「はい、あの二人はいつもああして寄り添っていますね」
「誰もが認めるカップルなんだよ、お父さん」
その後に「凄いよね」と付け加えた優だが、修としてはそれが原因で拓真と優までイチャつき出さないかと不安になる。
そんな不安から、修は二人にだけ聞こえる様に声を落として口を開く。
「仲が良いのはいいのだが、まだ学生だ。子供ならば子供らしい男女交際を心掛けて……」
「「あ、それは大丈夫です」」
大人としての立場から、そして娘とその恋人に対する心配から口にせずにはいられなかった言葉。二人はそれを即座にぶった切った。
拓真は仁から、優は姫乃からよく交際についての相談をしている。正確には、他の面々も含まれるが。二人が健全で学生らしい交際をしている事は、疑いの余地は無いと断言出来た。
「あの二人は本当に、清く正しい男女交際って感じなんです。僕達にとっては、良いお手本みたいなカップルですよ」
「うん。二人とも身体の事もあるから、尚更気を付けているんだよ。だから私達も、自立できるまでちゃんとしようって思えるんだ」
身体の事……と言われては、修も口を噤むしかなかった。
仁の足の事は事前に聞いていたし、サポーターで隠された傷跡も実際に目の当たりにした。そして姫乃が今も装着しているVRギアは、全盲の彼女が普通に生活できるためのものだという事も聞いている。
――そうか……だから、ああして許される範囲で触れ合いたいのだろうな。
二人は親の庇護下でなければ生活出来ない子供であり、本人達はそれを自覚して子供らしい交際をしている。だからこそ気持ちを表現する様に、お互いに相手に寄り添いたいのだろう。
「済まない、君達の友人を悪く言いたいわけでは無かったんだ。しかしそうか……それならば、安心して見守れるね」
仁と姫乃の事だけではなく……二人の様に、ちゃんとしたお付き合いをしようという意思を見せた拓真と優。愛する我が子とその恋人の事も、少しは安心しても良いのかもしれない……修はそう思うのだった。
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徐々に上のフロアへと上がっていけば、大人も子供も気になっていたこの温泉の中で一番目を引く設備に到着した。
「こちらが当施設の目玉となる、スライダーです。入口は三つありますが、左はお子様用の緩やかなスライダーとなります。中央はカーブや傾斜が追加された、中高生以上がお楽しみ頂ける物となりますね。そして右が……簡単に言えばスリルを楽しみたい方向け、といった具合です」
賢の言葉に、誰もが一番右の入口に視線を向ける。どんだけ凄いのだろうか? と、気になってしまうのは仕方あるまい。
ちなみにこのスライダーは、浮き輪を使用する事も可能らしい。浮き輪は一人用と二人用があり、子連れやカップルにとっては需要が高そうだ。
「皆様、お好きな物を試して頂ければ。ただ、仁さんと姫乃さんは……」
申し訳なさそうに言い淀む賢だが、仁と姫乃もそのつもりだ。
「あ、そこは勿論」
「左のだったら、大丈夫そうですか?」
「えぇ、そちらでしたら問題はありませんよ」
賢の言葉に安心すると、仁と姫乃は左側のスライダーの入口の方に立った。
「折角だし、浮き輪使ってみる?」
「そうですね、そっちも使った感想があった方が良いと思いますし」
ちゃんとモニターの件を考慮しているあたり、真面目な二人である。
「俺はやっぱり、右の方かな」
「私もそっちに行ってみようかしら」
治がそう言うと、朱美も右側のスリル満点コースに名乗り出る。すると朱美は治に、意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
「でも一人だと少し味気ないかも。ねぇ、一緒に行かない?」
「……お前が良いなら、付き合うが」
治が少し照れ臭そうに了承すると、朱美はニッコリと微笑んだ。ちなみに彼女は、絶叫系はそんなに得意ではない。治がこっちに来たから、勇気を振り絞って右側に来たのだ。
「わ、私は……ま、真ん中……かなぁ」
「紀子ちゃんはそっちなんですね。私は折角なので、右の入口を選びます!」
「赤い扉みたいね……んー、私はのんびり滑る方が良いから、左でも行こうかしら。ってか紀子、ちゃんと勝守さんに声掛けるのよ」
「う、うん……」
女子大生組は、それぞれ別々のコースにするらしい。里子は意外と、絶叫系とか大丈夫な感じである。
和美が左のコースに向かうと、そこには美和が居た。
「あら、美和さんもこっち?」
「えぇ……苦手なの、こういうの」
大人っぽくて余裕そうな雰囲気を漂わせる美和だが、絶叫系のアトラクションの様な物は苦手らしい。
「それなら、私もご一緒して良いですか? 二人でのんびり行きましょう」
「あら、良いわね。喜んで」
そして中高生組も、それぞれ分かれてコースを選択していた。その中には、隼と拓真の姿がある。愛と優は、絶叫はそんなに得意ではないらしい。
「お、拓真もこっち? なら一緒に行かない?」
「ん、良いね! どんだけ凄いのかな」
「楽しみッスよね~!」
そんな好奇心旺盛な彼氏達と分かれた少女達は、選んだコースで一緒に滑る相手を見付けていた。
「あ、鏡美お姉さんもこっちでしたか!」
「優ちゃん! 良かったら、一緒に行く?」
「はい♪」
「舞子さんはどれにしますか?」
「私は絶叫系苦手だから、真ん中ですね~」
「じゃあ一緒に行きませんか? 隼君は右みたいなんですけど、私も絶叫系はそんなに得意じゃなくて」
「おっけーおっけー、愛さん一緒に行こっか!」
学生組や成人組がそれぞれの好みのコースに向かう傍ら、大人も各々どこに行くか思案する。
「母さん、どれ行きたい?」
「そうねぇ、年甲斐もなくはしゃぐのもあれだし、真ん中にしようかしら?」
「大将さんは真ん中が良いわよね?」
「……聖が行きたいなら、右に行っても良いんだぞ」
「無理しなくて良いのよ~」
「母さん、俺ちょっと……」
「はいはい、お父さんああいうの好きだもんね。行ってらっしゃいな」
「あ、それなら姉さん一緒に行かない? たまには姉妹水入らずで」
「おや、英雄君。恋は一緒じゃないのかい?」
「右のは嫌だけど、俺が行きたがっているのを察したのか行って来いと。押し出しみたいに」
「成程ね、恋らしいな。あぁ、それなら私と一緒に滑らないかい?」
「え!? あ、はい……!!」
「マモ、お前鳴子さんは!?」
「恋さんに付き添うってさ。鳴子も苦手なのかな、こういうの」
「はぁ……で、恋さんを優先させたのか。お前さん、お人好しと言うかなんと言うか……」
「蔵頼さんまでイジんないでくれよ」
―――――――――――――――――――――――――――――――
【右・エクストリームコース】
星波 英雄&初音 賢
相田 隼&名井家 拓真
伴田 千代&奥代 里子
入間 十也&山尾 千尋
名嘉眞 真守
富河 朱実&山尾 治
熱田 言都也
成田 蔵頼
寺野 俊明
相田 鷹志
巡音 勝利
新田 修
伴田 満&伴田 雅子
【中央・エキサイトコース】
初音 恋&土出 鳴子
巡音 愛&御手来 舞子
梶代 紀子&梅島 勝守
古我 音也
飯田 左利&入間 輝乃
星波 大将&星波 聖
相田 桔梗&寺野 撫子
古我 大二&古我 好美
名井家 悠里
【左・リラックスコース】
寺野 仁&星波 姫乃
麻盛 和美&笛宮 美和
新田 優&名井家 鏡美
初音 秀頼&初音 乙姫
巡音 友子
名井家 真司
―――――――――――――――――――――――――――――――
そうして各々がコースを選んだら、いよいよ実際に滑る事に。
左のリラックスコースでは、仁と姫乃がトップバッターである。
「わぁ、こんな風に滑るんですね!」
「結構楽しいね。これ、乗り心地良いし」
前に仁、後に姫乃が乗った浮き輪は、なだらかな傾斜を滑り降りていく。チューブ状のスライダーは、入口から少し先までは灰色のチューブだった。しかし途中からは透明な素材で出来ており、上下左右が見える状態だ。その為、温泉施設の空中を滑り降りる様な不思議な感覚である。
「あ……」
そこで姫乃は、仁の背中を見てふと悪戯心が湧いて出る。仁の背中からわきの下に腕を通し、彼の身体を抱き寄せる。
「……えいっ♪」
「わ……っ!? ひ、姫!?」
「えへへ……ちょっと、ぎゅってしたかったので」
――あ、当たってるんですが……!!
何が? 愚問である。あと、これはいわゆる「あててんのよ」である。
姫乃は今、ラッシュガードの前を開けている。その為水着で覆われた部分と、水着で覆われていない部分の両方の感触が仁の首元を襲う。
リラックスコースのはずなのに、エキサイトしそうである。相当エキサイトエキサイト。
全員が降りて来るまでに、何とか落ち着く必要がありそうだ。仁は混乱する頭の片隅で、そんな事を考えた。
……
「お、おぉっ!?」
「け、結構激しいですね!!」
愛と舞子が中央のエキサイトコースを最初に滑るのだが、こちらもそれなりにカーブや緩急がありドキドキさせられるものである。
「わぁっ!! あ、あとどれくらいあるんでしょうか!?」
「チューブが透明だから、先が見えなくてドキドキしますねっ!!」
最初は勢いと透明チューブによる緊張感から、恐怖心が先に立った。しかし次第に慣れて来ると、まるで空を飛んでいる様な感覚になって楽しさが沸き上がって来る。
「あ、あそこ!! 仁さんと姫乃さん!!」
「あっちは結構、緩やかそうですね……!! 明日とか、あっちも行ってみません!?」
「さんせー!! あははっ!!」
……
一方、スリリングな右側……エクストリームコース。最初に到着したので、トップバッターは朱美と治のコンビである。
ここで朱美は自分の選択が間違っていたと、思い知らされていた。
「きゃああぁぁっ!?」
絹を裂くような悲鳴が、チューブ内に反響する。その声は入口の方まで届いており、二番手の隼と拓真が顔を見合わせた。
「あの朱美さんがここまで叫ぶなんて……」
「そ、そんなにスリリングなのかな……」
普段のクールで大人な女性といった、朱美である。そんな彼女がここまで叫ぶとなると、相当な恐怖体験なのではないかと思わされた。
「あ、朱美!? 大丈夫か!?」
「駄目!! 無理!!」
下ったと思ったら少し上がり、そこから更に急降下。更に左右にも振り回されて、朱美は目がグルグル状態である。
「まさか絶叫系、苦手か!?」
「死ぬほど苦手よっ!!」
「じゃあ何で選んだッ!?」
そこはほら、乙女心がさ。察してあげてよ、治さんや。
「もう無理!! 死ぬっ!!」
「死なないから安心しろ!! 俺が付いてるから!!」
とにかく滑り出したら、止まれはしない。むしろ途中で止まったら、事故の元なので絶対にやってはいけない。治は朱美の肩に手を添えて、これで少しでも彼女が落ち着いてくれればと念を込める。
――自分よりテンパってる人間がいると、落ち着く程冷静になるって本当なんだな……。
他人事の様にそんな事を考えつつ、朱美が少しでも安心する様にと手に軽く力を込める。そうして二人が乗った浮き輪はいよいよ最後の急降下を始め、ゴールとなる中央の広い温泉の寸前で傾斜が終わる。滑り出るという言葉が当てはまる様にスライダーの出口から飛び出すと、浮き輪が温泉による抵抗を受けて減速した。
「はぁ……大丈夫か?」
「……無理、腰が抜けた……」
――本当に、何で一番スリリングな所を選んだんだ。
治はそう言いたいのを、グッと堪える。そうして浮き輪から降りると、彼女を浮き輪に乗せたまま押す様に歩き出した。
「無茶するなよ、心配するだろ」
「うぅ……ごめん……」
半泣きである。しかし、そんな彼女の一面を見て……治は思わず、可愛いなと思ってしまうのだった。
……
仁と姫乃がゆったりとスライダーのゴールに辿り着くと、既にエキサイトコースでぐったりしていた朱美も幾分回復していた。
「おかえりなさい、二人共。そっちはどうだった?」
いつもの大人なお姉さんモードなのだが、浮き輪から降りていない。どうやら完全復帰までは、もう少し時間が必要そうだ。
「え、えぇ……楽しかったです」
仁としては「あと柔らかかったです」なのだが、そんな事を言えようはずもない。そのままスライダーの出口に居ると、後続の人達とぶつかる可能性がある。なので仁は浮き輪から降りて、温泉の中に腰まで浸かる。
「姫、浮き輪を押すね?」
「え? 駄目ですよ。仁くんの足が心配です、私も降ります」
そう言うと、姫乃は仁と同じ様に浮き輪から降りる。その際に姫乃は仁に背中を向けており、彼女の腰から下を見せ付けられる形になった仁としては何とも言えない状態だった。
――僕に対して、ガードが緩いんだよなぁ……。
普段は服などもきっちりしているし、仁以外と一緒に居る時はしっかり者の印象だ。しかし仁に対してだけは、触れたり触れられたり……見たり見られたりという事に対して、頓着しない。それは恋人であり、将来を誓い合った仲だからなのだろう。要するに、姫乃は仁に対して非常に無防備なのだ。
仁としては嬉しい反面、理性を揺さぶり本能を刺激して来られる形となるのだ。
愛しているからこそ、大人になるまでは健全な交際を……という仁の誓い。それはエクストラクエストよりも苦戦を免れない、超高難易度クエストなのかもしれない。
「あー、このコースの名前本当にピッタリの名前だったわ……」
「えぇ、結構リラックス出来たし気持ちよかったわね」
「はい。美和さんとも沢山お話出来ましたしね♪」
「あははっ!! めっちゃ凄かったッスね!!」
「透明のコースとか、マジで怖かったけどね」
「先が予測出来ないから、ビビったッス!!」
「やはりこちらにしておいて、正解でしたね鳴子さん」
「はい……まぁ、少し残念ではありますが」
「明日、真守さんと一緒に滑れると思いますよ」
後続のメンバーが、続々と滑り降りて来た様だ。どうやら各自、それなりに楽しめた様である。それは大人も同様で、滑り降りて来た面々は一様に興奮気味だった。
「それでは皆さん、お揃いですので……ここからはあちらの、流れる温泉コースを体験して頂きましょうか」
こちらも浮き輪が使える温泉なのだが、浮き輪とハンモックが融合した物が用意されている。
「これで温泉に浸かりつつ、流れに任せて周囲の様子を見る事が出来ます。ちなみにこれまで体験して頂いた温泉も、別の視点から見る事が出来ますよ」
ハンモック浮き輪は一人用もあれば、二、三人で使用可能な物もある。子供連れでも一緒に楽しめる様に、そういった形にしているのだろう。
ここで各夫婦は、二人用を……カップル組も二人用でとなりそうだったのだが、ある人物がそれに待ったをかけた。
「時々で良いから……おひとり様の人達の事も……思い出してあげて下さい……」
言都也、マジ泣きしそうな顔である。どうやらここに来るまで、カップル勢のイチャイチャを見せ付けられて精神が削られていたらしい。
「……部屋割のメンバーにしましょうか。あ、父さん達はそのままで良いと思う」
「英雄君ッ……!!」
英雄の提案は、一番無難なものだった。言都也がその言葉で、英雄を拝み始める。マジ止めて欲しいところである。
「十也、お前は今だけこっちな」
「野郎同士で乗るのかぁ……ま、しゃーねーか」
左利や十也も理解を示し、そんな事を口にする。仲間達の優しさが身に染みる言都也は、自分と同室メンバーで集まってハンモック浮き輪に乗ろうと移動する。
その途中で、彼は見てしまった。
「まぁ、仕方ねぇよな……」
「あぁ……しゃーないな」
「誰得ですかね、この絵面……」
治・蔵頼・勝守の三人が、所狭しと三人用のハンモック浮き輪に乗るのを見て……自分の発言を後悔した。
――大の男が三人……何が楽しくて、肩が触れそうな距離感で温泉流れをしなければならないのかッ!! どうしてこうなった……って、俺が犯人だった。
尚、朱美さんは内心で喜んでいます。あと地味に千夜の母・雅子さんと、音也の母・好美さんも目を輝かせております。この二人、まさか……ッ!!
ともあれ、そんな言都也の肩を叩くのは真守だ。彼は呆れた様に、引き攣った笑いをしている言都也に声を掛ける。
「さぁ、お前の罪を数えろ」
「……いっぱい」
次回投稿予定日:2023/6/23(幕間)




