03-12 絶体絶命でした
『プレイヤーの皆様にお知らせします! 各門に、強力なモンスターの出現を確認しました!』
そのアナウンスを聞いたヒメノは、視線をフィールドに向けた。ルナとシャインも、マリウスも同様だ。
地面に朱色の巨大な魔法陣が描かれ、その魔法陣から巨大な鳥が姿を見せつつある。その羽毛は鮮やかな赤で、燃えているかの様な錯覚を覚えさせる。
続くアナウンスの声が、プレイヤー達の耳に届く。
『おそらくこのモンスター達が、始まりの町を狙うボスでしょう! ボスを倒せばこの防衛戦に決着が付くはずです! もう一息、頑張って下さい!』
それは、この防衛イベントの終結が近い事を意味していた。
「赤い鳥、それにここは南の門……もしかして、朱雀?」
ルナの言葉に、シャインが眉根を潜めた。
「四神です!? あれって守護する側なはずなのに、襲う側になるなんて意味不明ですよー!!」
「シャインちゃんの言いたい事は解るけど、私に言われても……」
そんなやり取りに、ヒメノの緊張が解されていく。既に二人は武器を構えて臨戦態勢だ。
「戦い方は、グリフォンと同じなんでしょうか?」
「解らないですけど、飛ぶタイプのモンスターなら地面に落とすのがセオリーですよねー」
となれば、ヒメノの出番だろう。
そんな三人に無視された形のマリウスが口を挟もうとして……歩み寄る一人の青年に気付いた。
「ア、アーク……さん……」
マリウスが呟いた名前に、三人も視線をそちらに向ける。
「失礼する……俺の名前はアーク。ギルド【聖光の騎士団】のギルドマスターを務めている者だ」
アークは先程まで、ギルドメンバーに指示を出していた。それ故に、マリウスの行動には気付いていなかったのだ。他のメンバーの報告を受けて、今やっとこちらに来た形である。
「うちのギルドメンバーが、貴女達に不快な思いをさせたと聞いた。誠に申し訳無い」
そう言って、すんなりと頭を下げるアーク。その姿に、ヒメノ達は驚いた。
「ア、アークさん!! そこまでしなくても!!」
アークが頭を下げる事は無い……マリウスがそう言おうとしたが、アークはそれをぶった切る。
「君も頭を下げるべきだ。それが出来ないなら、君の席は【聖光の騎士団】には無い」
そこまで言われ、マリウスは顔を不快そうに歪めながらも……頭を下げた。無論、謝罪の言葉など無い。
とはいえ、アークの本心は別である。そう……ヒメノに警戒心を抱かれ続けるのはよろしくないからだった。
彼女には是非、自分のギルドに加入して欲しい……そして、彼女ともっと親密になりたい……そんな思いが、アークの行動に繋がったのだ。
ギルドメンバーからマリウスの迫り方を聞いたアークは、当然の如く怒りを覚えた。高圧的に、かつしつこく食い下がったというのだ。
マリウスの態度のせいで、ヒメノは相当に警戒心を抱いた事だろう。それを解消する為にも、ここは誠心誠意で謝罪するのがベスト。そう判断していたのだ。
多少の下心はあるものの、それは正答だった。それに、悪いのは明らかに自分の部下だとも理解していた。
「ふぅん、リーダーがそんな簡単に頭を下げていいんです?」
やれやれ、という態度で、そんな事を言うシャイン。無論、わざとだ。アークに対しても、警戒心を抱いているのである。アークも、それは当然と受け入れた。
「リーダーだからこそだ。彼は俺のギルドのメンバーで、彼がした事の責任は俺にもある。貴女達に俺が誠意を見せるのが当然の事だ」
思いの外、まともな対応だった。ルナやシャインは、アークもマリウスの様に上から目線で来るものだと思っていた。しかしアークの対応は、誠実なものだった。
シャインも毒気を抜かれ、一つ頷いてみせた。
「私も態度が悪かったです、失礼しましたです」
「見知らぬ男に迫られたのだから、仕方の無い事だ」
互いの態度も軟化した事で、アークは話を先に進めようと切り出した。
「さて、不躾で申し訳無いのだが。あの鳥……暫定的に朱雀と呼ぶ事にするが、アレはこのイベントのボスだと思う」
「あ、やっぱりそうですよね?」
ヒメノもアークの言葉に同意するが、疑問が残る。
「でも、何であんなにゆっくり出てくるんでしょうか……」
魔法陣が展開されてから、既に三分程。朱雀はやっと、七割くらい顕現した状態である。こんなにゆっくり出てくるのは何故だろう? と疑問だったのだ。
それに対し、アークは朱雀に視線を向けて考えを述べる。
「これは俺の推測だが、恐らくレイドボスだからだろう……プレイヤーに、準備時間を与えるという意図なのではないか?」
「おー、それはそれは、親切設計ですー」
「しかしながら、見るからに強敵だ。恐らく相当な素早さだろうし、苦戦は必至だろう」
「わーぉ、心折設計ですー……」
シャインの言葉に、アークがうっすらと笑う。彼にしては、珍しい表情であった。
そんな事は当然知らないが、コントの様なやり取りにヒメノも落ち着いていた。
三人の忌避感を緩和できたと感じたアークは、朱雀に一度視線を向ける。すぐに三人に視線を戻すと、誠意を込めて申し出た。
「当然、レイドパーティが前提になると思う。俺としては、貴女達の力をお借りしたいと考えている……どうか、お願い出来ないだろうか?」
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アークの要請を受けたヒメノ達は、それぞれに割り振られたポジションに付いていた。
魔法陣が展開されてから丁度、十分後。いよいよ、イベントボスが魔法陣からその全容を露わにした。
「始まるぞ! コイツを倒せば、南門の防衛は成功になるはずだ!!」
アークの声に、プレイヤー達は盛大な雄叫びを上げる。
その最中にいるヒメノは、不思議な感覚を覚えていた。
――他のプレイヤーさん達も居るのに、何だか不安です……ううん、むしろ……。
ヒメノは、弓矢を構えながらもそんな事を考えていた。
今回のヒメノの役割は、その攻撃力を以って朱雀を撃ち落とす事だ。ヒメノは、この南門レイドパーティにおいては主戦力として考えられていた。グリフォンを尽く撃ち落としたのだ、それを否定する者は居なかった。
そんな彼女を守る為に、盾職プレイヤーが五人も配置されている。その中には、グリフォンの注意を引き付けたゲイルも居た。
――何かが、足りない?
他のプレイヤーを見下しているのではない。ただ何かが、欠けたような感覚が拭えないのだ。
そんな欠損感が、ヒメノの心に漠然とした不安の影を落としていた。
「【パワーショット】」
内心の不安は置いておき、ヒメノは矢を射る。朱雀への先制攻撃は、ヒメノと取り決めがされていたからだ。
ヒメノの矢が朱雀の右翼に命中すると、朱雀が怒りの鳴き声を上げる。
「すげぇ、HPが……」
「一撃で一割も削ったぞ!!」
周りのプレイヤーが驚きの声を上げているが、ヒメノのSTR値を考えれば不思議でもない。STR極振りに加え、【八岐大蛇】によるSTR増加……その効果で、全プレイヤー中最高値の攻撃力を持つのである。
しかしその攻撃は、ヒメノという存在を朱雀に強く認識させる事となる。ヘイト値の増加だ。
朱雀は翼を大きく羽ばたかせ、ヒメノに向かって飛ぶ。
「ヒメノさんは二射目の準備!! 盾職は防御体勢!!」
ギルド【聖光の騎士団】に所属するプレイヤーが、指示を飛ばす。それに従い、ヒメノの周囲の盾職達が防御の構えを取る。
飛翔するモンスターの攻撃手段は、主に体当たりや引っ掻き攻撃……プレイヤーに接近し、降下して攻撃する。それは現在までに実装されている飛翔系モンスターに、共通していた。
しかし、朱雀の攻撃は予想外のものだった。降下する事なく、その翼から羽根を撒き散らしたのだ。
「これは……羽根?」
「注意しろ、ただの羽根じゃ無いかもしれん!!」
ヒラヒラと舞い落ちる、朱雀の赤い羽根。これが白い羽根ならば、天使が羽ばたいた後の様にも見えただろう。
広い範囲に撒き散らされたそれが、一人のプレイヤーの盾に触れた。その瞬間、爆発が起きた。
「ぐあぁっ!?」
「な、何っ!?」
「まずい、爆弾の羽根だ!!」
二射目の準備をしていたヒメノも、その爆発に巻き込まれた。
「きゃあっ!?」
爆発そのものではなかったものの、その余波を受けたヒメノ。ダメージを受け、転倒してしまう。
「ヒメノさんっ!!」
ルナが視線を向けると、ヒメノのHPが四割くらい削られていた。もし彼女がユニーク装備を身に着けていなかったら、確実に死に戻りしていただろう。
「タゲを引け!!」
アークの怒声に、ヒメノの周囲に居る盾職プレイヤー達がスキルを発動する。
「【ウォークライ】ッ!!」
意図的にヘイト値を増加させる、【ウォークライ】。このスキルを受けて、朱雀はターゲットを盾職プレイヤー達に変える……だが、それは悪手である。
何故ならば、朱雀の羽根は広範囲攻撃なのだから。
再び、撒き散らされた爆発の羽根。ヒラヒラと舞い落ちる赤い羽根は、広い範囲に撒き散らされた。無論、ヒメノの周囲にも。
「に、逃げなきゃ……!!」
慌てて起き上がり、駆け出すヒメノ。盾職のプレイヤー達も、ヒメノを守ろうと一緒に駆け出した。辛うじて爆発の範囲から逃れるが、朱雀は既に移動を始めている。
タゲを引いているプレイヤーが、ヒメノと一緒に移動している……つまり、ヒメノを追い掛けているのと同義。
すぐにそれが悪手だと気付いたアークは、大声で指示を出す。
「護衛部隊は後衛部隊と距離を取れ!! 後衛部隊は攻撃を継続し、翼を狙え!! 挑発は、後衛から離れた場所にいる者が発動しろ!!」
その指示を受けて、レイドパーティに参加したメンバーが行動を開始する。
……
朱雀との戦闘開始から、十五分が経過した。
最初の羽根爆弾で混乱が発生したものの、攻撃手段が解かれば戦略も立てられる。盾職は挑発スキルで朱雀の注意を引き付け、遠距離攻撃を有するプレイヤーが朱雀の羽根を狙う。両者は距離を取る事で、朱雀の攻撃が攻撃役に行かない様に立ち回る。
そんな戦法で朱雀を攻め立て、その残りHPは半分程。この攻略がハイペースなのは、やはりヒメノの高STRが大きな要因だ。彼女が居なければ最低でも、更に三十分は時間が掛かったであろう。
朱雀の攻撃は、降り注ぐ爆弾の羽根。空中を旋回して広範囲に撒き散らすのと、翼を羽ばたかせて前方に大量に撒き散らす二パターンがあった。
その攻撃パターンに、レイドパーティメンバーも慣れてきたのだが、ここで変化が起こる。朱雀のHPが半減した事で、行動パターンに変化が生じたのだ。
「パターン変化だ! まずはヤツの動きを観察するぞ!」
レイドリーダーであるアークも、朱雀の変化に気付いた。彼は攻略最前線を自認するだけあって、ボスとの戦闘に慣れている。HPが一定値まで減少する際に起こる、攻撃や行動のパターン変化も熟知していた。
しかし、ここで不自然な現象が起きた。朱雀の頭上に、三つのアイコンが浮かび上がったのだ。その内の一つ……中央のアイコンは、色を失い黒く染まっている。他の二つは、赤だ。
その変化が起きると同時に、朱雀へのダメージが通らなくなった。攻撃が命中しても、ダメージ無効状態を示すエフェクトが表示されるだけなのだ。
「アークさん! ダメージが通りません!」
「あぁ、解っている……!! 恐らく、何らかのギミックを解除しなければならないんだろうな……」
そんな中、一人の魔法職プレイヤーが撃ち出した魔法が通った。それは翼を狙っていたが、朱雀が動いた事で逸れてしまった。しかし朱雀の尾に当たり、ろくなダメージにはならないが確かに攻撃が通ったのだ。
それを確認したアークは、声高に指示を出す。
「翼への攻撃を中断、身体に攻撃を!!」
アークの指示を受けた後衛部隊が、攻撃準備に入る。無論、ヒメノも同様だ。
「【パワーショット】!!」
放ったのは、現在使用できる武技の中で最も威力の高い攻撃だ。他のプレイヤーの攻撃と一緒に、ヒメノの【パワーショット】の矢が朱雀の首元に命中する。
攻撃を受けた朱雀のHPバーは僅かにだが減り、ダメージが通るのが確認出来た。
「先程よりもダメージが低いな……」
アークの言う通り、与えられるダメージも軽減されるのである。この防御力には、何かカラクリがある……そう考え、アークは戦闘指示を出しながらも思考を巡らせる。
だが、変化はそれだけでは無かった。
ダメージを与えた事で、再度ヒメノのヘイト値が上がった。故に、盾職のプレイヤーが、【ウォークライ】でタゲを取ろうとした。
その瞬間の事である。朱雀が翼を大きく広げ、ヒメノに向かって急降下したのだった。
これまでに無い、新たな攻撃パターン。ヒメノの側に盾持ちが居れば、その攻撃を受け止められたかもしれない。しかし、ヒメノの側には誰も居ない。
――あぁ、躱せません……。
朱雀の降下速度は、速い。ヒメノのAGIでは、躱し切ることは不可能。
その時ヒメノは、この戦闘が始まってから感じていた不足感の正体に気付いた。
――ジンさん……そっか、ジンさんが居ないんですね……。
兄も、友人も、その付き人も居ない……だが真っ先に頭に浮かんだのは、ジンだった。
思えば彼と出会ってから、毎日の様に行動を共にしていた。その度に彼は前に出て、自分達を守ってくれていた。その頼り甲斐のある背中が見えなくて、ヒメノはずっと内心で不安だったのだ。
――あぁ……ジンさんに会いたいなぁ……。
目の前に迫る朱雀の巨体。ヒメノは、その姿を呆然と見ている事しか出来なかった。
……
ヒメノの立っていた場所に、朱雀が急降下。朱雀の足下は、巻き上がった土煙で見えない。
「……くっ」
アークは朱雀の背中を見て、歯軋りをする。ヒメノに対して抱く感情と、攻略の要が落とされた事に対する感情が、胸の中で渦を巻く。
「ヒメノさん……」
「まずいです……あれじゃあ、ヒメノさんも……」
ルナとシャインも、ヒメノが倒されたと確信していた。今の朱雀の攻撃は、明らかに強力な一撃。まともに受けて、生き残れるプレイヤーが居るとは思えなかった。
そんな中、朱雀が視線を上に向ける。それは、南門の上だ。
「……はぁっ!?」
朱雀の視線を追って、目を向けたプレイヤーが驚愕の叫び声を上げる。それに気付き、他のプレイヤー達も視線を向けて……目を丸くした。
南門の上に立つは、ヒメノを抱き上げる一人のプレイヤーの姿があったのだ。風になびく紫色のマフラーが、プレイヤー達の目に焼き付けられる。
「……ジン、さん?」
ヒメノが、呆然としながらその名を呼ぶ。会いたいと思っていた、でも会えないだろうと思っていた相手が、目の前に居る。
「約束でゴザルからな……ちゃんと、駆け付けられて良かったでゴザル」
……最速の忍者が、そこに居た。
忍者、参上。
こういうシーンを書くのが一番好きです。
ベタな展開、大好物です。
次回投稿予定日:2020/7/12