16-03 新年を迎えました
一年を締め括り、新たな年を迎える日……十二月三十一日、大晦日。
大多数の家が朝から夕方まで、忙しなく家の中の掃除に勤しむこの日。寺野家でも例に漏れず、せっせと大掃除を敢行していた。
それが終われば、仁は夕方にAWOにログイン。とはいっても、目的はログインボーナスの取得とPAC達への年末の挨拶。またゲーム内でのみ関りのあるプレイヤー達への、年末の挨拶メッセージである。
ギルド単位への対応は、既に【七色の橋】メンバーで話し合っている。ギルドを代表して、ギルドマスターであるヒイロからの挨拶で済ませる事になっているのだ。
というわけで、ヒイロから【聖光の騎士団】【森羅万象】【遥かなる旅路】【白狼の集い】【ラピュセル】【フィオレ・ファミリア】【真紅の誓い】にメッセージを送って貰う。
本文に「返信の手間をさせるのも申し訳ないので、ヒイロが代表して」……と、一文を添えるのも忘れない。
例外として、ジンのファンギルドである【忍者ふぁんくらぶ】。彼等にはやはり、ジンがギルドの代表という事でアヤメにメッセージを送った。これだけでも、彼等は狂喜乱舞してくれるに違いないと思うジン。ちなみにその予想は、大当たりである。
そして別途、個人的に親交の深い面々にメッセージを送るのも忘れない。
ジンとしては、ユージンやレーナ達への挨拶は必須。そしてリリィやコヨミ、アーサーとハル、シンラやクロードにメッセージを送っておく。加えてケリィ、スオウやセスへのメッセージも送っていく。こういった所から、ジンがマメな性格である事が覗えるだろう。
ギルバートとライデン……人志と明人には、現実でグループRAINでやり取りが出来るのでゲーム内では省略だ。
ログアウトしたら、もう完全に日が落ちている時間帯。リビングに移動した仁は、毎年恒例の歌番組を見ながら今年最後の食事をとる。
その合間にも、RAINでのメッセージがバンバン飛んで来る。個別ではなく、グループトークだ。
今、仁がやり取りしているグループトークは三つ。一つは当然、【七色の橋】【桃園の誓い】の合同グループトーク。
ちなみにこのグループトークには、クベラこと梅島勝守も参加している……カノンのおねだりが炸裂したのは、言うまでも無いだろう。
次に、英雄・人志・明人とのグループトーク。同じクラスでAWOをやっており、ゲーム内でも親交がある面々だ。親友同士で他愛のないやり取りも多く、すっかり四人の雑談の場となっている。
しかし彼等は最後のグループトークにも入っている為、今日はそちらでのやり取りのみとなっている。
その最後のグループトークとは、クラスの友人達が集まったものだ。文化祭以降、仲が良くなった同級生達とのやり取りの場である。
************************************************************
【ジン】
皆は今、何の番組見てる?
【人志】
歌合戦一択かな
【巣平】
まぁ定番だよな
【ことり】
今年のトリって誰だっけ
【3ヨッシー】
去年までは実力派の演歌歌手だったけど、今年はどっちも若いアイドルだったはず
【巣平】
最近のアイドルわかんねーや、俺
【NEDSU】
巣平君はアイドルにあんまり興味ない?
【アキ】
まぁ野球一筋だもんね
【巣平】
まぁなー
【3ヨッシー】
男性アイドルも何か、そこまで追っ掛けたいって感じにならないの何でだろ
【NEDSU】
確かに
【ことり】
そう言われてみればそうだね
【人志】
ヒント:クラスメイト
【ジン】
英雄か
【英雄】
何故に俺?
【ジン】
そこらのアイドルより、断然顔が良いじゃん
【アキ】
完全に同意
【ことり】
それだ!!
【みっちー】
鳴洲に座布団一枚!!
【イノッチ】
山田くーん、座布団持ってきて~!
【人志】
笑〇じゃねぇwww
【NEDSU】
山田君役は誰だろう^^
【アキ】
あ、次って瑠璃さんの番じゃない?
【巣平】
瑠璃?
あぁ、渡会瑠璃か
なに、倉守はあの子のファン?
【人志】
ファン……というか
【アキ】
なんというか
【英雄】
ちょっと俺も見て来るね
【ジン】
僕も
【NEDSU】
Σ(・ω・ノ)ノ
【ことり】
え、二人も!?
【3ヨッシー】
星波君と寺野君は、マジで意外
【巣平】
渡会瑠璃って、そんなに有名だっけ?
************************************************************
RAINでのトークを中断してテレビに集中すれば、そこで一人の少女が満面の笑顔を浮かべて歌い踊っている。
普段ゲーム内で接している時は、大人びたしっかり者の綺麗な女の子……という印象を与える彼女。しかし今は、歌と踊りで観客や視聴者を魅了する……正真正銘の、アイドルの姿を披露していた。
――よくよく考えたら、こんな凄い人と仲良くして貰っているんだなぁ……。
テレビの画面から……今年最後にして最高のパフォーマンスを披露する、アイドル・渡会瑠璃。仁はAWOで何度も共に戦った、仲間である彼女の晴れ舞台から目を離せないでいる。
きれのあるステップ、伸びやかな歌声、弾ける笑顔。その姿はキラキラと輝いて見え、彼女の魅力を何倍にも引き上げている。
彼女が歌い切るまで、仁はずっとそのパフォーマンスを見守る。心の中で、仲間である彼女を応援しながら。
瑠璃の出番が終わり、他の出演者が歌い始める……しかし、先程の感動や興奮は感じられなくなった。
今更ながらに、瑠璃……ソロプレイヤー・リリィは、アイドルとしても凄いのだと実感する仁。
それはどうやら、他の仲間達も同じ感想を抱いている様だ。
************************************************************
【ジュン】
瑠璃さん最高だったー(∩´∀`)∩
【サトシ】
いやぁ、本当に凄かったね
流石というか
【てるてる】
私、めっちゃ興奮しちゃったよ!!
【YOU】
素敵だったねー♪
【まーる】
本当ね
フレンドが本物のアイドルなんだなって感動しちゃったわ
【拓真】
改めて、凄い人と知り合いなんだなって実感しちゃいますよね
【英雄】
うん
俺もヒメも、瑠璃さんの出番中はずっとテレビから目が離せなかったよ
【ゼクトおじさん】
あれだけの歌や踊りを身に付けるまで、眠れねー夜もあっただろう
【バヴェル】
ゼクトさん(笑)
【山尾】
何でビルダーなんだよ
【ジュン】
ていうか名前w
************************************************************
仲間達のやり取りに、口元が緩む。そんな時、携帯端末の画面が切り替わる。着信音が鳴り、バイブレーション機能で端末が震える。
「……ふふっ」
画面に表示されているのは、姫乃の名前。しかも、ビデオ通話だ。仁は画面を操作して、ビデオ通話に応じる。
『あ、仁くん……ごめんなさい、今大丈夫でしたか?』
端末から姫乃の声が聞こえると、父・俊明と母・撫子が視線を向けて来る。ニヤニヤとした、からかうような視線である。撫子など、口元に手を当てて「まぁ、お可愛いこと」とでも言わんばかりだ。
しかしながら、相手は最愛の姫乃である。両親の態度に多少思うところはあるが、それを表に出さないように努めて笑う。
「大丈夫。瑠璃さんの出番が終わったからでしょ?」
『えへへ、バレバレでしたね』
部屋に戻って、通話しようかと思うものの……両親からは圧の篭った視線が投げ掛けられている。「私達も姫乃ちゃんとお話したい、させてくれるよね、させろ」という視線だ。無視してやりたいのを抑えて、仕方なくテーブルの上に携帯端末を立てる。
「初詣に行くのは、朝九時くらいで良いんだよね?」
『はい、うちもその時間に神社に行きますね! 恋ちゃん達も、それくらいに着くそうです♪』
他の近隣メンバーは地元で初詣らしい。こちらに泊まりに来ている和美と紀子は、宿泊させて貰っている相田家と同行になる。なのでこちらの初詣は、寺野家と星波家に恋と鳴子が加わる形だ。
その間にも、携帯端末の画面上でメッセージが頻繁に送られているのが解る。
『あはは……凄い数のメッセージですね』
「だね。英雄・人志・明人との会話はクラスので済むから、グループ二つだけなんだけど」
『あ、通話してて大丈夫ですか? その、私はタブレットの方でチャットは出来てるので良いんですけど……』
どうやら姫乃は、仁との会話の傍らでグループチャットにも反応しているらしい。器用な事だ……と思っていたら、彼女の頭部に装着されているモノの機能に気付いた。
VRギアは、視覚障害者が擬似的な視覚を得られる医療器具だ。その機能で得られる視覚だが、健常者の目で見えるそれとは一部違う部分がある。それはバッテリー残量表示があるのと、携帯端末と連動してメッセージや着信を報せる機能だ。
姫乃はそれを活用して、仲間達とのチャットに応じているのだろう。タブレットは恐らく、キーボード代わりとなっているに違いない。
「僕もそうしようかな……ちょっと待っててくれる?」
『はい♪』
仁は立ち上がり、部屋からタブレットを取りに行こうとし……そこで、両親に視線を向ける。
「部屋からタブレット持って来るね。姫に年末の挨拶す――」
「「待ってました!」」
「――るなら……あっハイ」
仁の携帯端末を覗き込むように、二人して顔を近付ける両親。姫乃の画面には、二人の顔がアップで映っている事だろう。
……
姫乃とのビデオ通話は、最終的に寺野家と星波家の通話へと移行。
『うちの方が[上之入神社]に近いですし、初詣の後はうちで食事でも召し上がっていきませんか?』
例年の初詣は、寺野家も星波家も最寄りの神社で済ませていた。仁は気付かなかったが、英雄は何度か初詣で仁を見掛けた事があったらしい。
そんな[上之入神社]は、星波家から徒歩五分程度の距離にある。そこで星波家の父・大将は、寺野家を食事に誘った。
「おや、よろしいんですか?」
『姫乃も英雄も、喜びますから。ねぇ、仁君』
聖に名前を呼ばれる仁だが、その言葉はお世辞ではなく事実なのだろうと察するに余りある。英雄は穏やかな表情をしているが、期待に満ちた視線だ。そして姫乃に至っては、目をキラキラさせている……期待しているどころの話じゃない。
「ご迷惑じゃないのでしたら」
『勿論、うちは大丈夫よ。恋ちゃんも帰りに寄ってくれるそうだし。お陰で、張り切っておせちを作ったら作り過ぎちゃったのよ』
つまり星波家としては息子の彼女と、娘の彼氏を招く形か。それは聖のおせち作りにも、力が入った事だろう。
結局、仁達は初詣の後、星波家へお邪魔する事になるのだった。
************************************************************
もう年が明けるまで一時間半を切る所で、二家族は通話を切り上げた。やはり大晦日、年越し蕎麦を食べなくては……という理由である。
寺野家の年越し蕎麦は、蕎麦の上に海老の天ぷらを乗せてねぎを添えたオーソドックスなもの。しかしながら、仁としてはこれが無いと年を越せない……というくらいに、馴染み深い一品である。
「今年も色々あったわねぇ」
「そうだなぁ」
二人がそう言って、のんびりした様子で蕎麦をすする。その言葉を聞いた仁は、この一年を振り返り……本当に、色々な事があったと振り返る。
仁は事故に遭うまで、インターハイ出場常連校である[池逗島高校]を目指していた。しかし事故に遭って陸上が出来ない足になり、夢を断念せざるを得なくなり……結果、そこそこ近い[日野市高校]に進学する事を選んだのだ。
受験・合格発表・卒業・入学……その間にバレンタインやら誕生日やらがあったものの、仁は無為に生きているだけだった。
仁にとって事故に遭ってからの日々は……ある日までは、苦痛でしかなかった。
それが一変したのが、あの日である。
父親が買ってくれたVRドライバーと、アナザーワールド・オンラインのソフト。それを試しにプレイしても、現実では走れないままだと落胆してゲームから離れるはずだった。
そんな仁が今もゲームを続けているのは、英雄と姫乃のお陰である。
VRならば、仁はまだ走れる……その時はまだ知り合ってすら居なかった、姫乃の言葉。そして全盲の妹・姫乃の事を打ち明けてまで、それを教えてくれた英雄。
仁にとってのVRMMOライフは、その日に本当のスタートを切ったのだ。
そこから仁の生活は、期待と興奮と幸せに満ちた日々へと一変する。高難易度クエストをクリアした仁は、何の変哲もないNPCショップで姫乃と出会った。
会話のきっかけとなった≪夜空の衣≫を製作してくれたユージンは、もしかしたら仁と姫乃にとっては恋のキューピッドだったのかもしれない。
そして英雄と遭遇し、ダンジョンで恋と鳴子と出会い仲間になった。ケイン達と出会い、レーナ達と出会い、第一回イベントで活躍した。隼や愛を仲間に迎え、【七色の橋】を結成した。
千夜や優とも友人となり、初めて現実で姫乃に会い……マリウスの蛮行を阻止した後、姫乃と恋人になった。
夏休みには和美と紀子が仲間に加わり、その後の旅行で千夜・優・音也が正式に仲間に加わった。
その後の第二回イベントも、第三回イベントも多くの新たなフレンドに出会い……ゲーム内では姫乃への指輪を贈り、夫婦となった。
不穏な連中の企みによって、一時は不正疑惑をかけられたが……仲間になった拓真の決意に助けられ、そしてこれまで友好関係を築いて来たフレンド達の力を借りて、スパイ集団を壊滅させた。
「……密度の濃い一年だったな」
仁はそう呟いて、蕎麦の上にトッピングされた海老天を口にする。正直、密度の濃いでは済まされない程に色々な事があった。良い事も、悪い事もだ。
それでもこうして、満ち足りた思いで年を越せるのだから……。
「でも、今年は良い一年だったな」
そう結論付けて、仁は年越し蕎麦をすする。
そんな息子の様子に、両親は内心で安堵していた。去年この頃の仁は、あまりにも痛ましくて仕方が無かったのだ。夢を断たれた息子の表情は、親としても胸を締め付けられるものだった。
だが、仁は今……こうして穏やかな表情で、良い一年だったと口にしている。
「そうか、それは何よりだな」
「えぇ、良かったわね仁」
それもこれも全て、姫乃や英雄達のお陰なのだろう。そう思った俊明と撫子は、ここに居ない仁の恋人と仲間達に心の中で感謝の言葉を告げる。
だが、仁を救ったのはそれだけではない。
「それも、父さんと母さんのお陰だよ。VRドライバー、本当にありがとう」
仁が姫乃や仲間達、数多くのフレンド達に出会う事が出来たのは……あの日、俊明と撫子が相談してVRドライバーを買い与えたからだ。据置型のVRドライバーなど、決して安い買い物では無かったにも関わらず……である。
「……っ!! 何よ改まって、この子ったら」
「あぁ……お前が楽しんでいるなら、それで良いんだよ」
二人はそう言って、既に食べ終わった蕎麦の器を下げようと席を立つ。今は顔を見られたくないのだろう……それは、仁も察している。
蕎麦つゆを飲んで、仁はほっと息をつく。本当に、色んな事があった一年だった。
************************************************************
除夜の鐘の音が、窓の外から聴こえてくる。いよいよ長かった一年が幕を閉じ、そして新たな年が幕を開けるのだ。
テレビでは除夜の鐘を鳴らす様子が中継されており、その画面左上の時刻が23:59を示している。
携帯端末の画面を見れば、間もなくカウントダウンが始まる……そんなタイミング。またも、姫乃からビデオ通話が掛かって来た。
丁度ロック画面を操作するタイミングだったので、着信音が鳴る前に姫乃との通話が繋がる。先程と違い、姫乃が着ているのはクリスマスの時に購入したお揃いのパジャマだ。
タイムラグがほぼ無い状態で通話が繋がったせいか、姫乃は驚いた顔をして……画面に映る仁の姿を見て、ふにゃりとした笑顔を浮かべた。
両親はテレビの時刻を注視しており、仁が姫乃と通話中である事に気付いていないらしい。そうしていると、テレビがカウントダウンを表示し始める。
「来年も、宜しくね」
『えへへ、こちらこそ♪』
そうして、日付が変わった瞬間。
「『あけましておめでとうございます』」
互いに、いの一番に新年の挨拶を。そのささやかな希望が叶い、二人は画面越しに笑い合う。
離れた場所にいても尚、共有できる時間。新たな年を迎えるこの瞬間を、仁と姫乃は共に過ごしたのだった。
仁に新年の挨拶をしようとした両親が振り返り、姫乃と画面越しに微笑み合う息子をからかったのは言うまでも無いだろう。
……
さて、そこで終わるはずも無く。仁と姫乃のビデオ通話を通じて、そのまま星波家との新年の挨拶が始まり……日頃は既に寝てしまう姫乃が、夜更かしに耐え切れず寝落ちしてしまった。
画面越しに映る、天使の寝顔……新年から、良いものを見たと仁が内心で思っていると。
『仁くん……えへへ』
寝言でそんな事を言うものだから、両家族から散々からかわれる事になるのだった。
次回投稿予定日:2023/5/18(幕間)
※余談
サトシ=左利
てるてる=輝乃
YOU=優
まーる=美和
ゼクトおじさん=ゼクトおじさん
山尾=治の方
人志=人志
アキ=明人
巣平=巣平 宝留(野球部の少年)
ことり=隈切 小斗流(委員長)
3ヨッシー=三好 西代(彼氏持ちクラスメイト)
NEDSU=根津 茶久子(安定の根津さん)
みっちー=道端 亜里音(英雄推し同担歓迎穏健派)
イノッチ=猪里 千紗(英雄推し同担歓迎穏健派)
RAINトークにしれっと居る根津さん^q^