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短編 甘えていい

( 'ω'o【過糖警報】o

 最近になって、ようやく慣れて来た初音家の大きさ。門の前まで来た俺は、インターホンを鳴らそうとして……。

「いらっしゃいませ、星波様。どうぞこちらへ」

 門が開き、恭しくお辞儀をする青年に招き入れられた。初めて初音家を訪れて以降、いつもこの流れだ。


「いつもありがとうございます、【御手代みたしろ】さん」

 彼は【御手代みたしろ たけし】さん。当然、初音家の使用人さんだ。服装はいつもパリッとした執事服で、俺とそう歳が離れていないだろうにとても凛々しく見える。

「いえ。星波様をお迎えするこの大役、恋お嬢様から直々に仰せつかっておりますので」

 俺を出迎えるの、大役なんだ……? しかも、恋直々にって……。


 先導する御手代さんに続いて行くと、初音家本邸の前に辿り着く。ちょうどそのタイミングで、本邸の玄関扉が開かれ恋が姿を見せてくれた。

 彼女の姿が目に飛び込んで来て、今日も俺は胸が高鳴るのを実感する。

 デートの時にこうして迎えに来るのも、しょっちゅうなのに……お洒落をした恋の姿に、魅了されるのだ。

「おはようございます、英雄さん」

 そう言って、恋は涼し気な表情を崩して笑う。社長令嬢のお澄まし顔が、一人の可愛らしい女の子に様変わりするのだ。


「おはよう、恋。今日は髪、編み込みにしたんだね」

「はい、どうでしょうか?」

「凄く似合っているし、服装にもマッチしているね。とても綺麗だよ」

 今日も俺の恋人は、絶好調に可愛いし綺麗だ。白いコートに、紺色のロングスカートがとても大人びた印象を与える。しかし今日、彼女が一番気合いを入れているのは髪型だろう。

 それはどうやら、正解だったらしい。彼女の色白な頬が、内側から赤みを帯びた。そして口元が綻び、緩んでいく。


「お褒めに預かり光栄です……英雄さんも、とても素敵です。それはいつもですけれど、今日は一段と男前ですね」

「それはそうさ、初めて一緒に過ごすクリスマスだし。恋と並んで歩くなら、みっともない格好は出来ないさ」

 俺の言葉に満足したのか、恋は俺に歩み寄る。お嬢様な彼女なので、こういう流れが常態化している気がする。

 その様子を見守っている初音家の使用人の皆さんは、涼しい顔をしているけれど……どことなく、満足そうな空気感が漂っている気がした。


 恋は俺に並ぶとその細い腕を、するりと俺の腕に絡める。そうして使用人の皆さんに、ふわりと柔らかな笑顔を向けた。

「それでは、行って参ります」

「「「「「「行ってらっしゃいませ、お嬢様、星波様」」」」」」

 いつもこのお見送りを受けるのだが、未だに慣れない。しかしそれを顔に出せばみっともない事この上ないので、俺は意識的に笑顔を浮かべて一礼する。その時はいつも俺なりに、大切な恋をお預かりします……という思いは込めている。


************************************************************


 英雄さんとのデートでは、私は車での送迎は断る様にしています。最初は家族や、使用人の皆さんに難色を示されましたが……。

 ちなみにその理由は、彼とこうして歩く事が好きだからです。歩幅を合わせてくれる彼の優しさが感じられるし、その温もりが絡めた腕から伝わって来ます。

 そんな英雄さんと歩く街並みは、見慣れた場所のもの。でも車の窓から覗う時とは、全く違います。こんなに色鮮やかな光景に見えるのは、やはり彼が隣に居てくれるから……ですね。


「昨夜はゆっくり休めた?」

 英雄さんがそう問い掛けると、私の脳裏に昨夜のクリスマスパーティーでのあれやこれが浮かびます。

 たくさんの人と談笑した、とても賑やかなクリスマスパーティー。私にとって、初めての体験でした。

 最後に仁さんと姫ちゃんが、とんでもない甘々な爆弾をお見舞いしてくれましたが……あれはあれで、見ている分には良いものです。


「はい、お陰様で……英雄さんは、どうでしたか?」

 私の問い掛けに対して、英雄さんが少し表情を引き締めた様に見えます。しかしすぐに彼は、口元を緩めました。

「パーティーが楽しかったのと、今日のデートが楽しみだったので中々寝付けなかったよ」

 困った様に、苦笑した英雄さん。この表情をするという事は、本当に寝付けなかったのでしょうね。

「ふふっ。私が一緒なら、添い寝して寝かし付けて差し上げたんですが」

「それ逆に、ドキドキして尚更眠れなくなるパターンだよ」

 英雄さんはそう言って、私の冗談に軽口で返して来ます。


 最近の英雄さんは、中々照れてくれないので困ったものです。最初は結構、狼狽えてくれたのですが……最近は何だか、表情を崩さず笑って返されてしまいます。

 近頃の英雄さんは、とても頑張っていると思います。学業の成績も向上しているそうですし、相当努力を積み重ねているはず。それにゲームでも、【七色の橋】のギルドマスターとして仲間達を束ねるだけの存在感を見せ付けていますし。

 そして私との交際も、お父様が太鼓判を押す程に認められています。お母様も英雄さんは誠実で、とても健全な交際をしているので文句は無い……と仰っていました。


 英雄さんは、完璧な殿方かもしれません。初音家としては、申し分ありません。


 でも、私個人としては……不満です。


************************************************************


 恋と一緒に街を歩いて、ウィンドウショッピングに興じたり、若い女性に人気のあるカフェで軽食を済ませたりとデートは続く。

 街中の視線が集まっているんじゃないかというくらいに、俺達は注目を集めている。

 それも仕方のない事で、恋は本物のお嬢様だ。その容姿も立ち振る舞いも、完璧な淑女である。チラッと一目見ただけでも、彼女の魅力にクラリと来てしまうだろう。

 そんな彼女の隣に立つのだから、やはり俺自身もしっかりしなければならないだろう。意識して背筋を伸ばして、彼女に見劣りしない様にと心掛ける。


 それに今日は、彼女に伝えるんだ……俺と、結婚して欲しいと。AWOでも、そして将来は現実でも。

 だから尚更、彼女の前で情けない姿なんて見せたくはない……見せられない。


……


 楽しい時間が過ぎるのは、本当にあっという間だ。気が付けば日も傾き始め、すぐに夜になるだろう。

 もう、彼女を初音家に送り届けなくてはならないのだが……その前に、俺は彼女にこの想いを伝える。

「恋、帰る前に……ちょっと、寄りたい所があるんだけど良いかな?」

「えぇ、勿論です」

 恋は笑顔を浮かべて、俺にそう応えてくれる。


 恋と付き合う事になった、あの公園。そこで俺は、恋にある物を差し出す。

「今はまだ、大した物は贈れないんだけど……恋、俺と将来、結婚して欲しい」

 俺が差し出したのは、指輪だ。いわゆる、ペアリングというやつである。

 勿論、給料三ヶ月分なんて大層な物じゃあない。高校生が色々とやり繰りして、ようやく買えるだけの値段の品である。

 アルバイトをしていない俺だけど、貯金を崩して日々節約して購入したペアリング。学生の身分で贈れる物として考えれば、社会人の給料三ヶ月分に等しいと思う。


「……英雄さん」

 恋が指輪から、視線を俺に向ける。その視線に、俺は心臓が鷲掴みにされた様な錯覚を覚える。

 恋の表情は、俺が予想していた物ではなかった。不満そうな、怒っていますと言わんばかりのものなのだ。


「それを受け取るのは、勿論やぶさかではありません。でも、その前にお話しておく事があります」


************************************************************


 今、私は完璧に理解しました。彼は多くの事を解っているけれど、同時に肝心な部分を理解していないのだと。

 本当に、もう……困った人。


「サプライズは嬉しいといえば、嬉しいのですけど……これ、それなりに高い物では?」

「あ、あぁ……まぁそれなりに貯金はあったし、日頃の小遣いを節約して……」

「普段のデートは、その様子が伺えませんでした。結構、無理をしたんじゃありませんか?」

 私がそう言うと、彼はバツの悪そうな顔をする。

 ほら、やっぱり……。

「どんな高価な物を贈られても、英雄さんが無理をしたのであれば私はそちらを気にします。ご自分を大切にする事を、肝に銘じて下さい」

 私は彼の手に、自分の手を添える。日が落ち始めて、肌寒くなって来たからか。それとも彼には初めて、私が厳し目の言葉を告げたからか。とても、彼の手が冷たい。


「第一、日頃から英雄さんは頑張り過ぎです。日常生活でも、学業でも、ゲームでも。大方、私が初音の娘だから……なんて考えているのでは?」

「それは……うん、そう思ってる」

「もう……だから今日は、気を張っていたのでしょう? 私はご家族以外で、誰よりも英雄さんを見ていると自負しています。どんなに取り繕っても、誤魔化せると思わないで下さい」

 彼の頬に手を伸ばして、冷たくなった頬を撫でる。余計な肉が付いていない、と言えば聞こえは良いけど……多分、無理をして少しだけ痩せたのではないだろうか。


「ゲームでも、同じです。第四回の最後に私が戦闘不能になってから……英雄さんは更に、完璧に物事をこなそうとしていますね?」

 追求の手を緩めない私に、英雄さんは意気消沈して目を伏せた。なんだか叱られた子供か、子犬みたいだなんて思ってしまう。

「……ここまで見透かされると、自分が自分で情けなくなるな……」

 えぇ、そうでしょうとも。


「はい、それで構わないんですよ」


 私がそう言うと、英雄さんは顔を上げた。驚いて、困惑した顔。私は……そんな素顔を見せて欲しかったのだ。

「英雄さんは確かに整った容姿を持ち、とても誠実な人柄で、ゲームでも学業でも皆に認められる素晴らしい方です。お父様もお母様も、英雄さんならと交際を認めてくれています」

 出会った時から、そうだったのだ。


「だから、頑張り過ぎないで良いんですよ」


 私の言葉に、英雄さんは驚いていた。全くもう、本当に……私の気持ちくらい、察して貰わないと困ります。私は完璧なあなたではなく……ありのままのあなたを好きになったのですから。

「私の前でくらい、情けない所を見せて下さい。私にくらい、弱音を吐いてくれて良いのです。私は貴方を支えたいんですから、もっと甘えて寄り掛かって下さい」

 そう言って、私は英雄さんの手を引いて歩き出す。行き先は、公園のベンチ。私は英雄さんをそこに座らせ、位置の低くなった彼の頭を抱き寄せます。


 しばらく押し黙っていた英雄さんは、少しは落ち着いたのか私にだけ聞こえるくらいの声で呟いてくれました。

「……恋の隣に立ち続けられる様に、なろうと思ったんだ」

「そうでしょうね」

「もっと良い男になろうと思ったんだ」

「英雄さんは最初から素晴らしい殿方でしたよ」

「決意が鈍るから、あんまり甘やかさないで欲しいんだけど」

「その決意は否定しません。でも私の前でだけならば、甘えん坊になってくれて良いんですよ?」

「恋は俺を甘やかして、ダメ男にする気?」

「えぇ、私だけが知っている英雄さんという事で」

「デロデロに、溶かされてしまいそうなんだけど……」

「私もそうなるつもりですので、二人でとろけてしまいましょうか」

 ようやく、本音を漏らしてくれた英雄さん。そんな彼の頭を、私は撫でて差し上げます。


「そもそも最初から、無理なんてしなくて良かったんです。私は英雄さんに、以前言いましたよね……()()()になる覚悟は、とっくの昔に出来ているんですって」

 それは、英雄さん達の文化祭の時に言った言葉。周りへの牽制の意味も含んではいたけれど、まごう事無き私の本心だったのだ。


 英雄さんはその言葉に安心したのか、私の背に手を伸ばす。いつになくぎゅうと抱き締められるけれど、それもあの時……彼の告白を、受け入れた時の事を思い出します。

 あの時も貴方は、私の言葉に喜んで……心が昂って、私を強く抱き締めてくれました。


 私は英雄さんの頭を解放して、彼の頬に手を添えます。不安そうな目は落ち着きを取り戻しつつも、気を張りすぎたせいか揺れています。

「私は貴方を愛しています。だから、離れませんし、離しません」

「うん……俺も、恋を愛してる。もう、恋無しじゃ生きられないってくらいに」

「では、お互い様ですね」

 私と英雄さんの距離は縮まり、そして重なる。不意打ちじゃない、ちゃんとしたキス。

 それは誓いのキスにしては、ちょっと湿っぽい空気ですけれど……それでも、とても幸せなキスです。


……


「ごめん、恋。色々と、スッキリした」

「そうでなくては。私は英雄さんを支えたいんですから、一人で張り切らないで下さいね」

 私を送り届ける帰り道では、英雄さんはリラックスしたご様子でした。今回の件は教訓になると共に、きっと良いガス抜きになったのでしょう。

 勿論、英雄さんが贈ってくれた指輪は……私達の左手の薬指に嵌めてあります。


「……恋も、俺に甘えてくれる?」

「勿論です。英雄さんを抱き締めて、添い寝でもさせてくれますか?」

 私がそう言うと、英雄さんは顔を赤らめて照れた。それは私が見たかった、素の表情の彼のものだ。

「どうなっても、文句言わないなら」

「ふふっ、当たり前じゃないですか」

 拗ねた様子で、ささやかな反撃をして来る彼ですが……そんなの、私にはそよ風同然です。


「覚悟は出来てると言ったでしょう? 英雄さんのお嫁さんになるのですから、受け入れる準備は出来ていますもの」

 私の返しに、英雄さんは降参したかの様に天を仰ぎます。そうして、小声でぼやいた言葉は……風に乗って、私の耳にもしっかりと届きました。

「俺のお嫁さん、小悪魔が過ぎる……」

_( _ *`ω、)_ デロデロ




次回投稿予定日:2023/5/2(短編)


ここまで来たら、次はどのカップルの話かお察しかと思います。

存分に糖分過剰摂取していって下さいませ!









おまけ


「ちなみに英雄さん、甘える時はどんなバリエーションがお望みですか? 可能な限り、ご要望にお応えするつもりですよ?」

「さしあたっては……恋が良ければ、その……膝枕とか……?」

「ふふっ、了解です♪」

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