短編 これからのこと
( 'ω'o【過糖警報】o
お嬢様と初音家からお許しを頂き、今日は一日休暇となった私。予想していたよりも近くに住んでいるらしい彼の最寄り駅には、電車で行く必要があった。日頃は初音家の車で移動する為、電車移動は実に久し振りだ。電車が駅に到着して、駅のホームに降り立つ私。ホームから見える町並みの上に広がる、晴れ渡った空を見上げる。晴れてよかった……本当に。
昨夜は雪が降りホワイトクリスマスとなった訳だが、降られ過ぎると厄介だ。公共交通機関の運行に支障を来たし、彼に会う為にここに訪れる事を邪魔されていたかもしれない。
そう考えて、口元が緩むのを自覚する。ダイス……名嘉眞真守。昨夜から、交際する事になった青年。私は彼に会えるのを、思った以上に楽しみにしていたらしい。
男性とお付き合いをするのが、初めてという訳では無い。私とて、それなりに様々な経験を積んでいる。それなのに、何故こんなにも浮足立ってしまうのやら……それが、自分でも不思議で仕方が無かった。
改札を出てすぐに、見覚えのある青年の姿が目に飛び込んで来た。
オールバックではないが、髪を後ろに撫で付けているのはゲームで見る彼の髪型と同じ。まぁ、同一人物なのだからそれもそうだろうが。
服装は白いハイネックセーターに、濃い色合いのジーンズ。上着として、ネイビーカラーのチェスターコートを羽織っている。中々にセンスが良い、落ち着いた雰囲気のチョイスだ。
モニター越しの通話でも思ったが、彼の容姿は整っている。そんな彼に恋人が居ない……もとい、居なかったのは不思議だと思う。よく、周りの女性が放っておかなかったものだ。
彼の周囲の女性の見る目が無いのか、それとも彼のガードが堅かったのか……後者の様な気がするわね。
彼は携帯端末に視線を落としており、まだ私の到着には気付いていないらしい。私はそんな彼に向けて、真っすぐに歩き出した。
近付く私に気付いて、視線を携帯端末から私に向けた彼。私を捉えた目が見開かれたので、今日の私の装いは彼の好みに合致していたのだろうと察する事が出来た。
「よぉ……その、初めましてになるんかな」
「初めてという気がしないけれど……そうね、初めましてなのかも」
一度もこうして会った事のない相手と、交際をすることになる……というのは、よくよく考えたら色々と危ない気がする。だというのに……相手が彼だというだけで、その危険性は無いものになってしまった。少なくとも、私の中ではそうである。
「今日は、ありがとな。俺がそっちに行っても良かったんだぞ」
「こちらこそ、お誘いありがとう……今回は、私が来たかったから」
彼は、一人暮らしだと聞いている。なので、今日は私が料理を振る舞おうと思ったのだ。
私は初音家に住み込みで働いているので、招くのには少々……いや、かなり問題があるし。
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昨夜から付き合い始めた、土出鳴子……AWOではシオンという名で、某お嬢様のメイドをしている彼女。本当に、こんな美女と付き合うのか……これは結構、色々頑張らないといけないな。
俺とて過去に彼女が居た事はあるし、女性経験皆無という訳では無い。別に、遊びまくっていた訳では無いが。
しかし過去に交際した女性とは、圧倒的に鳴子は違う。やはり既に社会に出て働いているからか、大人の女性といったオーラをひしひしと感じる。
隣に並んで立った時に、彼女が見くびられたりしない様に……俺もしっかりしなければならないよな。
そんな俺達は、現在スーパーで買い物をしている。今日は、鳴子が俺の家で食事を作ってくれるそうなのだ。
ログアウトした後に、鳴子と今日の件について少し話をしたのだが……彼女は、俺の家を訪ねて料理を作りたいと言い出したのだ。ありがたい限りだ、実際。即座にオーケーして待ち合わせについて決めて、話はついた。
「今更だけど……デートっていう感じではなくなって、ごめんなさい。外出してのデートは、改めてになってしまうけれど」
昨日、俺がデートって誘ったからな。というか気にしてくれた事が嬉しいし、改めて一緒に出掛ける気満々なのが解るので……俺的には、大歓迎だ。
「良いんじゃねえかな、おうちデートって事で。別に型に嵌まる必要も無いし」
「そう言ってくれて、良かった」
鳴子がそう言って微笑むと、周囲から何やら圧を感じる。見てんじゃねーよ、見世物じゃねーぞ……。
「調理器具は、あるのよね?」
「おう、自炊してるしな。一通り揃ってるぜ」
レジに並んでそんな会話をしていると、前の男性客が舌打ちした。俺達にか……と思ったのだが、どうやら違うらしい。
レジ打ちをしているのは、アルバイトの男子高校生だろうか。入って間もないのか、手つきがもたついている。
今日は混んでるし、客も多いからレジの人は大変だよな。ずっと立ちっぱなしだし、クリスマスだもんな。カゴいっぱいに買う人も多いだろうし、お疲れ様だなあ。
前の客の番になり、不機嫌そうなそいつに委縮しちまってる。あーあ、可哀そうに。俺達の会計の番になったので、俺は決して不機嫌そうな印象を与えない様に注意する。
「お会計、三千四百二十円になります……」
鳴子が財布を出そうとしていたが、俺はそれを手で制して自分の財布から支払う。鳴子が不服そうな顔をするのだが、ここは俺に出させて欲しいものだ。ただでさえ、飯を作って貰えるのだから。
「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」
「ん、どうも」
カゴを手にして、その場を離れるその時……俺を追う様に付いて来る鳴子が、クスッと微笑んだのが背中越しに解った。
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人柄というものは、些細な事から伺える。赤の他人に対する態度や、周囲の人に向ける視線など……それらから感じ取れるものが、その人の本質を表すと私は常々思っている。
その観点から考えると、彼……真守は非常に善意の人だ。
「機嫌良さげだな?」
「えぇ、とても。というか彼氏と過ごすクリスマスなのだから、機嫌が良いのは普通でしょう?」
私が彼氏と明言すると、彼はうっすらと頬を赤らめて口元を緩ませた。どうやら照れているらしい……可愛い所もあるのね。
そうして歩いていくと、彼が住んでいるアパートに到着。駅やスーパーから近く、作りもしっかりしていそうだ。中々に良い物件だと思うのだけれど、家賃とかはどうしているのかしら?
「良い所に住んでいるのね」
「おう、結構気に入ってる」
「家賃とか、高そうね?」
「まぁまぁかな。一応、バイト代で生活出来てるよ」
ちゃんとアルバイトをして、生活していると。そう言えば、最前線時代にアルバイトの時間がと言っていた事もあったわね。しかし、食生活はどのようなものなのか……。
少しばかり緊張して、彼の部屋に招き入れられる。ワンルームのアパートによくある、部屋の入口がキッチンになっているタイプの部屋だ。
「お邪魔します」
「いらっしゃい。はい、スリッパ」
キッチンを兼ねた玄関を抜けると、リビング兼寝室になる。突き当りに窓があり、その先がベランダになっているのだろう。
見た所、ちゃんと片付いている。洗濯物が散乱したり、ゴミがあちこちに転がっている訳ではない。それに掃除が行き届いているのか、埃などが積もっている様子は見受けられない。
男の独り暮らしとは思えない、綺麗に整えられた部屋だ。
そんな事を考えていると、真守が私に振り返る。
「あ、一つ注意点な。クローゼットは開けないでくれ、雪崩が起きるから」
それ、自己申告するのね……まぁ彼らしいといえば、彼らしいのだけれど。
「見た所、見た目だけを綺麗に整えた訳ではなさそうだけど?」
「……まぁ、あれだ。察してくれ」
どうやら見られたくない物が、そこにあるらしい。男だものね、これ以上は追求するのはやめてあげた方が良いでしょう。
さて、それでは……気合いを入れて、料理を作るとしましょうか。
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彼女と並んで料理をする……という、非常に心躍るシチュエーション。鳴子のエプロン姿は、とても胸に来るものだ。めっちゃ良い。
そんな良い雰囲気ではあるのだが、俺はちゃんと聞いておきたい事があった。
「今更だし、俺が言うのも何だけど、身の危険とか感じないのか?」
独り暮らしの男の部屋を訪れるという意味は、彼女の様な女性にとっては忌避するのではないか? と思った。だからこそ、こうして料理を作りに来てくれた意図が解らなかったのだ。
「初音家の使用人は、護身術を叩き込まれているから」
「成程、全て理解した」
下手に手を出そうものなら、手痛いしっぺ返しを喰らう訳だ。場合によっては、社会的制裁も受けるだろうな。
「あとは、真守を信用しているのも大きいわね」
「……そっか、ありがとな」
勿論、俺は彼女を大切にしたいと思っている。そういう欲求が無い訳ではないが、それは互いに合意の上でするべきだ。大切な相手なら、尚更である。
「これ、もう少し炒めるか?」
「ん……そうね、あと一分くらい、中火で」
「あいよ」
……
彼女にばかり任せて、自分はのんびりするというのは気が引けた。なので二人で一緒に作った料理の数々を、こたつの上に並べていった。
「すげぇうまそう」
「口に合えば良いんだけど……」
二人で手を合わせて「いただきます」と口にしてから、料理に手を伸ばす。ローストビーフとか、食うの何年ぶりだろう。
「うわ、うまっ……!!」
「……良かった」
よく噛んで、鳴子が作ってくれた料理を味わう。流石というか、何というか……こんな人が彼女とか、俺ってめちゃくちゃ幸せ者じゃないか?
「普段の食事はどうしているの? 自炊してると言っていたけれど」
「基本的にセール品とか、見切り品の野菜やら半額シール貼られた肉やらで作ってるよ。節約できる所は節約して、月に一度だけ自分へのご褒美に出前取る感じ」
「へぇ……結構、しっかりしているのね」
ただまぁ、主菜はだいたいもやしなんだがな。お陰で冷蔵庫には、焼肉のタレが常備されてる。
「これからのご褒美は、私が作りに来ましょうか」
「マジで!? 良いのか、めちゃくちゃありがたい」
この絶品料理を前に、それは本当の意味でのご褒美と言わざるを得ない。ありがたや、ありがたや……。
……
食事を終えて、食器を片付けたり残りをタッパーに詰めて冷蔵庫に入れた後。俺は鳴子と向き合って、これからの事について話を切り出した。
「鳴子はさ、レンさんのメイドを続けたいんじゃないかって思うんだけど、どう?」
俺がそう言うと、鳴子は目を見開いた。そして、少し視線を泳がせるのだが……どうしたんだ?
俺が首を傾げていると、鳴子が言いにくそうにしながらも口を開いた。
「えぇと、現実での私は恋お嬢様の付き人で、秘書みたいなものなの。メイドは、その……ゲームの中だけの、ロールプレイで……」
……本物のメイドだと思っていたぞ、俺!!
「本物のメイドだと思っていた……」
あ、口から漏れ出ちまった。
「ごめんなさい……というか、本気でメイドだと思われているとは」
「いやまぁ、レンさんが明らかに本物のお嬢様だって聞いてたからな……しかし、そうなると今後の目標も修正しないとな」
俺がそう言うと、鳴子が伏せていた顔を上げた。
「目標……?」
「あぁ……鳴子がメイドだと思っていたから、さ。だったら俺は鳴子と一緒にいる為に、支えていく為に……その、レンさんの執事を目指そうと、マジで思っていたんだわ」
俺の言葉を受けて、鳴子の頬に赤みが差した。いっそ、笑われた方が気が楽なんですが。
「……色々と、話さないとね。私の事、真守の事……それと、私達のこれからについて」
そう言って、鳴子が立ち上がると……俺の隣に座り、寄り添うようにしてくる。
「そう……だな。うん、俺も話したい。あと、鳴子が好きなものとか、嫌いなものとかちゃんと知りたい」
「そうね……真守のも、教えてくれるなら」
「あぁ、勿論」
めちゃくちゃ良い匂いがして、理性がガクガクと揺さぶられるのだが……これ、試されたりしてないよな?
「ねぇ、さっきの……執事の話」
「ごめん、忘れてくれないかな。掘り返されると、俺が恥ずか死にそうだ」
勘違いした、俺が悪いんだけどさぁ……と、思っていたら。鳴子が俺の肩に、身体を預けるように寄り掛かってきた。
「忘れてあげない……だって私だけではなく、私の大切な人の事も考えてくれていたんだから」
「それは、言われてみればそうだけど……でも、そんなの当たり前だろう?」
「当たり前を、当たり前に出来ない人が多いもの。やっぱり、あなたは私が思ったとおりの男性だった……」
柔らかく微笑んだ鳴子の顔が、俺の顔に近付く。これは……つまり、良いんだな?
「今日は、ここまでにさせて……ね?」
そう言って、彼女は俺の唇に自分の唇を重ねて来た。柔らかさとか、瑞々しさとか、色々と感じられて、心臓がとても大変な事になっているのだが……それ以上に、彼女に触れた部分から幸せな気持ちが全身に満ち満ちていく。
唇が離れた後、やはり名残惜しくは思った。
「我慢をさせて、ごめんね」
「いやまぁ、お預けも仕方ないさ」
申し訳なさそうな鳴子だが……俺としてもがっついて、不快に思われたくはない。
それに。
「彼の言葉じゃないけどさ……俺は鳴子と一緒に、その……愛を育んでいきたいんだ」
ジン君の、あの言葉。それを聞いて、俺は驚いたんだ。漠然としか感じていなかった、愛ってものを……彼はしっかりと考えて、自分の中で答えを出した。
本当に、大した子だと思うし……負けられないって思うし、応援していきたいとも思うのだ。
俺の発言を、鳴子は茶化す事なく真剣に受け止めてくれている。それは、彼女の表情から解った。
「だから、これで良いと思う。求めるだけじゃないし、押し付けるのも違うだろ。一緒に……積み重ねていければ、良いと思うから」
これは、俺の本心だ。本気で、彼女と生きていきたい……そう思っているから。だから、焦ったりしないで良いんだ。
そんな俺の言葉を聞いて、鳴子が俺の肩に頭を預ける。頬を擦り寄せるようにする彼女の様子に、愛しさが込上げてくる。
「ありがとう……あなたとこうして恋人になれて、良かった……」
実に光栄ではあるんだが……こっちのセリフなんだよなぁ、それはさ。
次回投稿予定日:2023/5/1(短編)
キャーーーー(ฅДฅ〃)
おまけ
「それはそれとして、執事服の真守も見てみたい……かな」
「誰得だよ、それ……」
「勿論、私得だけど」