短編 大事にしたい人
( 'ω'o【過糖警報】o
私の大好きな恋人、相田隼君。彼はいつも私を気遣ってくれて、いつも私の住むあたりに来てくれる。これは多分、私の為だ。うちは門限もあるし、紳士的な彼だから遅くならない内に家に送り届ける為にそうしてくれているんだろうって。
でも今日は、私から彼にお願いしてみた……隼君の住む町にも、行ってみたいって。
用事があって来た事もある、隼君が住んでいる町……その中心は、やはり電車の駅を中心に広がる駅前区画。私は駅から出て、彼との待ち合わせに指定されたオブジェの前に向かいます。
近頃はいつも結っている髪を、今日は久し振りに下ろしてみました。服装も気合いを入れて、メイクもバッチリにしています。
隼君、喜んでくれるかな……そんな事を考えていると、目的地である待ち合わせ場所に彼が居る事に気付いた。
もう……いつもこうなんだから。
待ち合わせをする時、隼君は絶対に私より先に到着している。今日は待ち合わせの時間より、三十分前に着くようにしているのにも関わらず。
彼の姿を見つけてしまえば、歩く速度が自然と早まっていく。彼は携帯端末に視線を落としているから、私の到着には気付いていないはずだ。
悪戯心が湧いたので、彼の後ろの方から声を掛けようと回り込む。
近くなったら早足をやめて、足音を立てないように気を付けて……。
「ん。早かったね、愛」
声を掛けようとした瞬間、彼は顔を上げて振り返った。その瞳に驚きはなく、私が近付いている事に確信を持っていたらしい。
「おはよう、隼君……よ、よく気付いたね?」
「ははっ、まぁね」
目を細めて笑う彼は、少し得意げだ。
そういえば、以前の隼君は、VRFPSプレイヤーだったらしい。周囲の変化や雰囲気の違い、見知った相手の気配を察知するのが得意……なんて言っていた。何でもない事の様に言っていたけれど、普通に考えたらおかしい。
彼がそのゲームでどれだけの存在だったかは知らないけれど、この分だと今と同じようにトップランクのプレイヤーだったのでは?
そんな事を考えている内に、隼君は私に向き直り柔らかく微笑んでくれる。
「今日はわざわざ、こっちまで来てくれてありがとうッス。それと、おめかしも……凄く可愛いし、綺麗だね」
「そう言う隼君だって。こんな早く来て待っていてくれたし……それに服装や髪型も、とっても素敵」
いつもよりも整えられた髪型に、ハイネックのセーターとライトブラウンのコート。普段のラフな格好も好きだけど、こういうちょっと大人っぽい服装もとても似合っている。
いつもよりも大人びた外見の隼君……でも、変わらないものもある。
「そう言ってくれて、嬉しいッス」
そう言って、隼君はいつもの笑顔を浮かべた。くすぐったそうな笑み……と言えば良いのかな。その笑った顔は年相応で、私に安心感を与えてくれる。
初めて一緒に過ごすクリスマスは、幸先の良い滑り出しといって良いよね。
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俺、相田隼は普通の中学生だと自覚している。
顔の作りは平凡だし、身長も平均的な高さに留まっている。勉強は出来る方だけど、運動は普通。人付き合いは苦手ではないが、かといって周囲にいつも人がいる様な人気者でもない。
だからなのか。
「いやぁ、相田の彼女、マジ可愛くね!?」
「これが噂の彼女さんか……!」
「こんな美少女捕まえやがって、お前羨ましすぎるぞ!」
たまたま遭遇したクラスメイト達に、俺達は絡まれてしまったのだ。
特にうるさいのが、吉田……【吉田 米永】。以前から、愛に会わせろとやかましかった。会ってもやかましいし、だから会わせたくなかったのだ。第一こいつら、そんなに仲良い訳じゃないし。
「あはは……初めまして、隼君の恋人の巡音愛です。隼君がいつもお世話になっています」
そう言って、ペコリと頭を下げる愛。育ちが良いからか、姿勢良くお辞儀をする様は大和撫子といった雰囲気だ。
そんな愛の応対に、クラスメイト連中は頬を染め出す。こいつら……。
というか、こいつらに世話になったかと言われたら逆だし。いつも課題忘れて泣き付いてくるから、渋々教えてやったりしてるし。
「本当に、俺等より年下なのか……?」
「くっ……何か、旦那を立てる奥さんみたいだ……」
「こんな平凡な奴が、何でこんな美少女と……!!」
いや、そんな恨みがましい視線を向けられても。
「隼君は決して、平凡な人ではありませんよ? 私にとって特別な人ですし、周りの仲間からの信頼も厚いですもの」
笑顔を崩してない愛だけど、これはちょっとムッとしているな? 俺が平凡と言われた事が不服なんだろうけど、実際に学校では平凡な学生なんだよねぇ……まぁ成績上位者なのは、知れ渡っているけど。
ともあれ愛の言葉に、吉田達は口を噤んだ。俺を下げるのは、愛の心象を悪くすると今更に気付いたんだろうけど……もう遅いんだよなぁ。
「それでは、私達はこれで。失礼しますね……隼君、行こう?」
これ以上、話す用件は無い……とばかりに、会話をぶった斬って俺を促す愛。それでもきちんと奴等に声を掛けるあたり、やっぱり育ちの良さが滲み出るんだよな。
「そッスね。んじゃ、また新学期に」
俺も軽く手を上げて、吉田達に背を向ける。愛の笑顔の裏に隠された、静かな怒りを察したのか。奴等は何も言えず、追い縋る様な事も無かった。あったらあったで、馬が蹴るまでもなく俺が一蹴する気だけどね。
正月が明けて新学期に入ったら、こいつらから色々と言われそうだなぁ……面倒臭い。
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私は隼君に、普段の学校生活について聞いてみた。同級生の人達の態度が、あまりにも腑に落ちなかったのだ。
AWOでの隼君や、デートする時の隼君は良く知っている。彼と交際し始めて、彼と時間を積み重ねて来たから。
でも、学校での彼についてはほとんど何も知らない。成績優秀で、学年トップだという事くらいだ。
私のそんな疑問に、隼君は嫌な顔一つしないで答えてくれた。でも、その内容は予想外だった。
「日頃からつるむ奴は、まぁ居ないかな。話しかけられりゃ応じるけど、用が無ければこっちから率先してってのも無い」
AWOでは周りの人達と、和気藹々としている姿をよく見るけれど……現実での隼君は、あまり人付き合いに重きを置いていないのだろうか?
不躾とは解っているけれど、気になって仕方がないのでそう聞いてみた。
「そういう訳じゃ、無いッスよ? んー、ただ単にさっさと帰って家でゲームしたいから……ってのが本音かなぁ」
そう言った後、基本的には陰キャだし……だなんて付け加える隼君。その言葉を聞いた私は、多分うまく笑えていないんだろうな。
私も姫ちゃん達と仲良くなるまで、あまり深く関わる相手はいなかった。だから隼君の事はどうこう言えないんだけど……少し寂しいかな、と思ってしまう。
今の私は、学校で共に過ごす友達の存在がとても大切なものだと思っている。
でも私の口からそんな言葉が漏れ出す前に、隼君がカラッとした笑顔を浮かべた。
「でも、これからは名井家君……マッキーがいるから、もうちょい学校も楽しくなりそうッスね。まぁあと三学期しか無いんスけど」
マキナさん……隼君は、彼をとても信頼している。その理由は彼がカイトの脅迫を跳ね除けて、私達の為に抗う決意を見せたからだと思う。
隼君は結構、そういう所がある。
誠意に対しては誠意を込めて応じるし、友好的な相手には友好的に振る舞う。そして悪意に対して、彼は一切容赦しない。
そんな彼だから……私達【七色の橋】を守る為に、戦う決意を固めたマキナさんを全面的に受け入れたんだろう。
「マキナさんは、何処の高校に行くんだろう?」
「日野市はどうかって、聞いたんスよねー。お姉さんも日野市らしいから、それもアリって感じらしいッス」
「ふふ、そうしたら仁さんや英雄さんも居るものね」
「うん。そうなったら、メッチャ楽しそう」
優ちゃんも喜びそうだし……そうなったら良いな。
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クラスメイトに遭遇するという、望まぬ事態はあったものの……愛とのデートは順調で、お互い楽しんでいる。
しかしながら、今日の俺は少し……困ってしまう事がある。
普段の愛は、清楚系の衣服を身に着けている。特に多いのは、上にブラウスで下はパンツルックかロング丈のスカート。その為、割と露出が少ないのだ。
しかしながら今日の彼女は、いつもとはガラリと雰囲気を変えて来ている。
コートの下に着ているのは、襟ぐりが開かれたニットセーター。こちらは発育のよろしい彼女の胸元を、強制的に意識させてくる。そして下は黒いタイツの上に、ショートパンツを履いている。その為、こちらも彼女のスラリと長く細い足が強調されているのだ。
そんな出で立ちをした愛しい恋人は、いつもよりも積極的というか……普段は手を繋ぐに留めているのだが、今日は俺の腕にピッタリとくっついて来るのである。これは少々、いやかなり、健全な男子中学生には刺激が強い。
二の腕に感じる柔らかな感触は捨て難いが、そのままだとちょっと俺がヤバい。なので、それとなく彼女に指摘するしかない。
「愛……ごめん、えーと……当たってる」
それとなく? 無理でした。仕方無いだろ、俺だっていっぱいいっぱいなんだ!
「え……? あっ……!!」
愛も自分の胸が、俺の腕に押し付けられている事に気が付いた。というか、気が付いてくれなきゃ困る。
困るのに……愛さんや? 何故、更に押し付けてくるんですかね?
「……こういうのは、嫌?」
待て待て、それはズル過ぎない? 顔を真っ赤にした上目遣い、しかもこの角度からだと愛の胸元が……それも視覚的にだけでなく、触覚にまで訴えて来る。
「嫌じゃない、勿論……ただ、俺が狼になりかねないんスけど」
「……今はまだ、狼じゃないんだ? ちょっと、視線が鋭いんだけど」
「ハヤブサのままで居させて欲しいッスねぇ」
「成程、それは猛禽類の目だったんだね」
そう言いながら、愛は少し身体を離す。それにしたがって、腕からあの感触が離れた。
少し名残惜しい気はするが、あのままでいられたら俺が俺でいられる保証が無いし。
しかしながら、愛はそれで引き下がった訳では無かったらしい。
「……見たり、触ったり、したい?」
俺をジッと見ながら、そんな事を口にした。おやめなされ、それはマジでおやめなされ。
「誘惑しないでってば……そりゃあ俺だって男だから、そういう欲求はあるッスよ」
ここでしたくない、とは言えない。愛の全てを見たいし、触れたい。それを誤魔化すのは、愛に対して興味が無いと言う様なものだ。
でも俺達はまだガキで、そこまで至る事は許されない。それは互いの人生を、狂わせる結果になる可能性を孕んでいるのだから。
「でも、それ以上に大事にしたいからさ。だから、俺の中の狼さんは……ちゃんと責任が取れる歳になるまで、眠らせてやっておくれよ」
「……隼君の、そういう誠実なところ……やっぱり好きだよ」
信頼のこもった、熱い視線。とろける様な笑顔が向けられて、寒空の下なのにやたらと暑く感じる。
「ねぇ、隼君。私、隼君と結婚すると……相田愛になる訳だよね?」
唐突に、そんな事を聞いてくる愛。その名前の響きに、ちょっと困った様な顔をしているのは……語感かな?
「俺が巡音隼になるのも、視野に入れてもいいんスよ?」
愛は一人っ子だし、地主の家だ。そうなると、跡継ぎは必要だろう。
幸いうちは一般家庭だから、その辺りについて拘る必要は無い。親父とお袋も、そこまで頓着している様子は無いし。
「ふふ、それもありだけど……その辺りは、ゆっくり話し合っていこうね」
「そうッスね。しっかり俺達と、お互いの家族が納得出来るまで」
「うん、ありがとう。隼君……愛してるよ」
最後の言葉は、感極まった様に瞳を潤ませて。そんな彼女が愛しくて、俺は艶のある黒髪を撫でる。
「俺も愛してる。一生、愛を大事にしていくから」
愛だけじゃなく、愛のお父さんやお母さんも大事にしたい。だから俺の中の狼さんの出番は、まだまだ先のお話だ。
次回投稿予定日:2023/4/30(短編)
(「・ω・)「ガオー
おまけ
「ね、隼君……狼さんな隼君に会える日を、待ってるからね……?」
「それは、ズルいってば……」