短編 返す言葉は
( 'ω'o【過糖警報】o
はぁ……手も足も、震えてしまう。これは、寒さだけのせいではない。
昨夜、彼女から会いたいと言われた時は……ゲームの中だと、勝手に思っていたのだ。それがまさか、現実で会いたいという意味だったなんて……。
ゲームの中ならば、僕のアバターはそれなりに整った容姿をしている。まぁ、それも今日までなのだけれど。
今夜、僕はアバターを削除して新たなアバターになる。そう、転生するのだ。
マキナのアバターに愛着はあるけれど……でも、もっと強くなる為に。僕は新しい自分に、生まれ変わろうと決めた。
それも全て、皆と……彼女の側に居て、見劣りしない自分になりたいから。
そんな事を考えていると、僕に声が掛けられた。
「お待たせしました!」
あぁ……彼女だ。ゲームと違うのは、髪と瞳の色だけだ。
「こうして現実で会うのは……一応、二回目だよね」
「ふふっ、そうですね♪」
その可憐な容姿も、周りの人の心を和ませる雰囲気もゲーム内の彼女そのまま。
「改めて……名井家拓真です」
「はい! 私の本名は、新田優です。下の名前で呼んでも、大丈夫ですか?」
「それは、勿論……だよ。その、僕も……良いのかな?」
「はい♪」
僕の容姿は平凡で、彼女に比べたら地味としか言いようがない。しかしそんな僕に、彼女は興味津々らしい。
「先日の、文化祭の時はあまりお話出来ませんでしたけど……拓真さん、とても優し気な顔立ちですね」
「そ、そう? 地味じゃない?」
「私は地味とは思いませんよ」
くっそ……好きな子にこんな事言われたら、色々と……あぁ、顔が火照る。自分が真っ赤になっているのが、鏡を見なくたって解る。
彼女にみっともない姿を見せたくないと思ってはいたから、それなりに身だしなみには気を付けて来たつもりだ。普段は使わないワックスを使って、髪を整えたりとか……僕なりに、頑張ったつもりである。
しかしネオンさん……いや、優さんは本当に可愛い。チェック柄のコートに、似た色合いのキャスケット帽が良く似合っている。
コートの前をしっかりボタンで留めているので、その下がどんな服装なのかは窺い知れない。しかし間違いなく、彼女にバッチリ似合っている私服なのだろうと想像出来てしまう。
それにしても、どうも違和感を感じてしまうな。彼女がどうこうじゃなく、いつもと違う事についてだ。
それは間違いなく、彼女の顔がAWOより近いのが原因だろう。
優さんの背丈は、僕より少し低いくらい……かな。というか、多分女子中学生としては平均的な身長だろう。ただ単に、僕の身長が低いだけだ。
ともあれ、こんな所で立ち話も彼女に失礼だろう。どこか、落ち着ける場所に移動するべきだ。しかしながら僕は、ここら辺の土地勘が無い。なので、彼女に場所を選んで貰うしかない。
「えっと……まずはどこか入る?」
「あ、そうですね。拓真さんもここまで足を伸ばして頂いて、お疲れだったでしょうし」
彼女に会うにあたり、僕が彼女の家の最寄り駅に赴く事にした。とはいえ、そこまで遠方という訳では無い。電車で二十分くらいなので、さほど苦でも無い距離だ。
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私、新田優が住んでいるこの町は、それなりに栄えている町です。
駅前にはショッピングモールがあり、その中にはカフェやレストランもあるのです。本屋やゲームセンターもある為、その気になれば一日中時間を潰せますね。
ただし、今日は普段と違いますね。やはりクリスマスなので、カップルのデートスポットとして人が多く集まっていました。
「結構、混んでますね」
「まぁ、そういう日だもんね。大丈夫、人混みで疲れたりしていない?」
あぁ、そんなに自然に、この人は……。
やはり、拓真さんは優しい。今の配慮に満ちた言葉は、取り繕った様な印象を感じられません。とても自然に、そうするのが当然と思って私を気遣ったくれたんですね。
マキナさんの、アバターの姿とは違う。青年のアバターの中身は、こんな柔和な顔立ちの少年でした。
でも、変わらないものもあります。それが、この優しいところです。
……あぁ、やっぱり好きだなぁ。
少し待ち時間がありましたが、私達は無事にカフェに入る事が出来ました。
「済みません、こんなに混むとは思いませんでした」
「大丈夫、気にしないで」
普段、この日は家で過ごしています。だからクリスマスに、このショッピングモールがこんなに混むだなんて知り得なかったのです。
私はカフェオレ、拓真さんはブラックコーヒーを注文して席に座りました。
「コーヒー、ブラックで飲まれるんですね」
「え? あ、うん。父さんが、家でもよく飲むんだ。最初は苦くて仕方がなかったんだけど、段々と慣れてきちゃって」
拓真さんはそう言って、「姉さんはブラックは苦手らしいけどね」と付け足した。
「あ、お姉さんがいるんですね」
だからこんなに、気遣いが出来る様になったのでしょうか?
「うん、ジンさん達と同じ……日野市高校に通っていてね。文化祭の日は、姉さんが財布を忘れたから届けに行ったんだよ」
柔らかい表情で、そんな風に教えてくれる拓真さん。最初は緊張した様子だったんだけど、今は落ち着いているみたい。
AWOでも一緒に行動する事が多いし、第四回イベントではずっと一緒だったから……私が側に居る事に、慣れてくれたんでしょうか。
「そうだったんですね。お姉さんが財布を忘れてくれたお陰で、私は拓真さんに出会えたんでしょうか」
「まぁ、お陰で優さんを助けられたのかもしれないね」
「あ、そうです! その節は、本当にありがとうございました」
私達はそんな風に談笑しながら、お互いの緊張を解していきました。えぇ勿論、私も緊張していました。改めて、好きな人に現実で会うのですから。
それに……今日こそ彼に、私の気持ちを伝えるんですから。
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カフェを出た僕達は、ショッピングモールの中をのんびりと歩く。賑やかな雰囲気はそこまで嫌いではないけれど、このクリスマスで浮ついた感じの空気は……ちょっと、居た堪れない。
そう、イチャイチャするカップルのなんと多い事か。
何て言うんだろう……こう、手を繋いだり腕を組んだりは、全然良いと思うよ? しかし、彼女を後ろから抱き締める彼氏とか。それどころか、正面から抱き締め合う恋人とか。あまつさえ、こんな人の往来がある場所でキスをするバカップルとか。
声を大にして言っても良いのならば、目の毒だから家でやってくれ!! と言いたい。
優さんも、何だか頬を赤く染めてソワソワしているし……落ち着いた雰囲気とか、丁寧な物腰とかで忘れそうだけど彼女は中学二年生なのだ。甘ったるいバカップル達の逢瀬にあてられて、戸惑ってしまうのも無理はないだろう。
「優さん、良かったらなんだけど……少し、外を歩かない? 人混みが凄くて暑いから、ちょっと涼むのも良いんじゃないかなって」
「そ、そうですね……!! 私も、その、賛成です……!!」
僕の提案は、速攻で可決された。やはり彼女にとっても、この視覚的に感じる糖分は困りものだったのだろう。
そんなショッピングモールの外に向かっている、その時だった。背後から来た男性が、彼女を見て歩調を早めたのだ。
あぁ、こいつは多分……偶然を装って、彼女に触れようとしているな? 視線からそれを察して、僕は彼女の手を取る。
「えっ!?」
「優さん、こっち。人にぶつかるよ」
彼女の手を引いて、自分の方へと引き寄せる。勿論あの男の汚い手が、彼女のお尻に触れる事は無かった。
「あ……ありがとうございます、拓真さん」
男は一瞬僕を睨んだが、小さく舌打ちをして歩き去って行った。感じが悪いにも程がある、これだからああいう輩は嫌いなんだ。
でもまだ、よくよく警戒しておかないと。一度目を付けた相手を、執拗に狙うという奴も多いらしい。それに僕が邪魔をしたから、周囲に人が居なくなったら強引な手段を取る可能性だって有り得る。
人通りがあり、尚且つ周囲に人が居る場所を通るようにしよう。
僕がそんな事を考えていると、右手がぎゅっと握られた。彼女の左手を、僕は握ったままだったのだ。
「あの……はぐれたら困りますし、このままでも……良いですか?」
顔を紅潮させながらも、彼女はそう言って僕を見ていた。なんだ、これ……めちゃくちゃ可愛い……。
控えめに力を込められた、彼女の手……彼女の手は僕の手よりも小さくて、柔らかくてすべすべしている。
否とは言えないし、言うつもりも無かった。
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私は拓真さんと手を繋いだまま、ショッピングモールの外に出ました。ひんやりとした空気が、火照りを冷ましてくれます。だって、何か……カップルの人達が、あんな公衆の面前で……。
「……やっぱり、優さんもバカップルのあれは苦手だった?」
「"も"という事は、拓真さんも……ですよね?」
「目の毒だった」
「ですねー」
お互いに、考えが一致していた事に安堵します。拓真さんがああいった、その……過度ないちゃつきを良しとしているなら、それに応えられるか不安でしたので。
「仁さんと姫ちゃんみたいな、自然な感じだとそうでもないんですけどね」
「あー、解るかな。甘いとは思うんだけど、こう……不快な甘さじゃなくて、すっきりとした甘さ?」
「はい、そんな感じですよね」
もしも、拓真さんが望んでくれるなら……。
彼の手を握るのが、私の特権であって欲しい。
彼が何かに悩む時、真っ先に私に打ち明けて欲しい。
彼の優しい瞳を一番向けられるのは、私にして欲しい。
「……私は、ああいうカップルになりたいです」
私はそう言って、拓真さんの手をもう少しだけ強く握る。
「その相手は、その……あなたが、良い……です。ううん、あなたじゃなきゃ……嫌です……」
もう少し、後にするつもりだった。気持ちを伝えるのは、今日のデートが終わる時にしようと思っていた。
でも、口をついて出てしまったのは……本当に告白そのものの台詞でした。それはずっと抑え切れなくて、留めておけなくて、ついに溢れ出てしまった言葉でした。
拓真さんは……私の言葉に、どう答えるんでしょうか。
「……優さん」
私の名前を、拓真さんが呼ぶ。その声は、少し震えている様に感じられた。
「あの時に、君に返せなかった言葉を……実は、あれから自分なりに考えてきたんだ」
あの時に? それは、どの時……。
「"死んでもいい"っていうのは、今の僕には言えない」
その言葉で、私はハッキリと思い出した。あの夜、AWOの中で……。
『……そこは、”死んでもいい”って言うところだと私は思います』
それは『月が綺麗ですね』という言葉に対する返答。その返しとして、広く知られているのが『死んでもいい』というもの。
でも拓真さんは、その言葉は言えないって……つまり私への返事は……ノー……?
途端に、目頭が熱くなる。でも、泣いたりしたら拓真さんは困っちゃいますよね。だから、下を向いて……我慢しないと……。
「"ずっと君と月を見ていたいから"……死んでもいいは、まだ言えない」
……えっ?
こみ上げて来る涙で滲んで、拓真さんの顔がぼやける。でも、私は彼に顔を背けないように……だって、それはつまり……。
「月が綺麗なのは、"君が隣に居るから"……君への返事は、僕にとってはこれしかない」
やっぱり、堪え切れませんでした。私の目から、涙が溢れて止まりません。
でも……私が零した涙は、悲しいものではなかった。
……
拓真さんは私の手を握ったまま、逆の手で私が落ち着くまで背中を撫でてくれました。お陰様で落ち着いた私は、拓真さんにお礼を言います
「……拓真さん、あの……ありがとうございます。その……二つも、返してくれたんですね……」
「え? 二つ……?」
あ……この反応は、気付いていなかったんですね。そういえば、拓真さん「これしかない」って言ってましたね。
「"私が隣にいるから"は、多分……意味も解っていると思うんですけど……」
『あなたが隣にいるから』は、『この愛はあなたあってのもの』……という、意味です。
でもその前に……無意識に、拓真さんは……。
「『ずっと月を見ていたい』は……その……『ずっと一緒にいましょう』という……永遠の愛を、誓う……もので……」
「……っ!?」
私がそう指摘すると、拓真さんの顔が真っ赤になった。多分だけど……私も負けないくらい、真っ赤になっていると思います。
気まずいような、こそばゆいような沈黙。どれくらいそうしていたか、解りませんけど……最初に沈黙を破ったのは、拓真さんでした。
「狙って言った訳じゃないけど……」
「……はい」
「取り消さないから、それ」
「……っ!! はいっ!!」
「気が早いにも程があるけど、優さんがよかったら……ずっと、僕と一緒に居てほしい。その……お爺さんお婆さんになっても、ずっと」
「私で良ければ……喜んで!!」
晴れて私達は、今日から恋人同士……です。他の皆に負けないくらい、素敵なカップルになってみせます。
拓真さんをしっかりと支えて……そして、たくさん幸せにしてみせます。
次回投稿予定日:2023/4/28(短編)
ヾ(*´ω`*ヾ)(ノ*´ω`*)ノ
おまけ
「あ、あと……お爺さんお婆さんになった後でなら……それなら、"死んでもいい"かな……」
「お、追い打ちは……ズルいです……!!」
ちなみに『死んでもいい』は、『あなたとなら一緒に死んでもいいくらい愛してる』という意味だったりします。