短編 舞台裏の談笑
既に日付が変わり、クリスマスイヴは終わった。今はクリスマス当日の深夜時間帯である。
はじまりの町[バース]にある、プレイヤーが経営する喫茶店[Camulodunum]。深夜にも関わらず、数人の男女がこの場所に集まっていた。
「ほぉ……成程。本当に面白い少年だね、彼」
そう言ってコーヒーを淹れるのは、この喫茶店の店主であるセス=ツジだ。カウンター席に並ぶ面々も、一人の青年の話を興味深そうに聞いていた。
「確かにスオウさんから情報を買おうとすると、公式の掲示板に名前を書き込まなければなりませんね」
黒髪の女性……【森羅万象】のメンバーであるヴェネ=ボーレンスがそう言うと、金髪に青メッシュの入った【聖光の騎士団】の制服を着た女性・ホープも頷く。
「【禁断の果実】に気付かれない様にする為に、【忍者ふぁんくらぶ】に協力を仰いだ……うん、理に適っています」
二人の横に並んで座る明るい茶髪の女性……【遥かなる旅路】の一員・オヴェールは、中華服の青年にベッタリくっ付いている。くっ付かれている側……バヴェルはそれを当然の様に受け入れつつ、横に座るスオウ=ミチバに視線を向ける。
「その上、接触を担当するプレイヤーの名前を変えさせたんだろう? 自分で課金アイテムを購入して、それを提供してまで」
「そ。結構、やるでしょ? しかも事前に、本当の依頼者は自分だって事や、そんな回りくどい方法を取った手段も素直に打ち明けてさぁ」
スオウが心底愉快そうにそう言うと、バヴェルも似た様な笑みを浮かべて「それは本当に、彼らしいね」と頷いた。
「あいつが肩入れするのも解るな……彼や【七色の橋】の面々は、本当に純粋で真っすぐな子達だし」
そう言いながら、一人一人にコーヒーを差し出すセス。彼も穏やかな笑みを浮かべ、どことなく楽し気だ。
彼等が話しているのは、ジンがスオウから情報を買う時の一件の事だ。
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「……お、来たね。時間通りだ」
第一エリアと第二エリアの、人気の少ない草原。そこに立つ打ち捨てられた高台の上で、来訪者を待っていたスオウは待ち人の来訪を笑顔で迎え入れた。
「この度は依頼に応じて頂き、感謝するでゴザルよ」
現れたのは、【七色の橋】のジン……このAWOにおいて、注目を集めているプレイヤーだ。その傍らに立つのは、彼の最愛の女性であるヒメノ。そして今回の依頼に協力している【忍者ふぁんくらぶ】のアヤメとコタロウだ。
「なーに、良いって事さ。こっちもビジネスとしてやっているんでね。互いの利害が一致して、互いの要求に応え合えるなら構わないんだ」
そう言うとスオウは、立ち上がってジンに向き直る。
「こちらの要求は”俺から情報を買った事を口外しない”事と、”情報を悪用して不当な利益を得ない事”だ。君達はこの要求に応えられるかな?」
「”口外しない”とは、”相手に察された場合”も含むという解釈で宜しいでゴザルか?」
スオウの要求の深い意味を知るべく、問い掛けるジン。その言葉にスオウはニッと笑って、首を横に振る。
「自分から口にしないならオーケー……って事にしているよ。認めなければセーフだ」
「では、そちらは問題無いでゴザル。次の要求についてでゴザルが……拙者達は各ギルドに潜入したスパイ達を追い詰める、その手立てを探しているでゴザル」
その理由を口にした事で、ヒメノは思わずジンに視線を向けた。本来、そこまで打ち明ける予定では無かったのだ。
なのでヒメノはジンを止めようかと思ったのだが……彼の眼を見て、口を挟むのを控えた。
――ジンさんがこういう眼をしている時は、多分何かあるはず……!!
ヒメノに向ける愛情深い視線とも、怒りを漲らせた鋭い視線とも違う。相手から視線を逸らさず、真正面から向かい合う時の真剣な眼付きだ。
それは第二回イベントで、ギルバートやアーサーと向かい合った時と似ている。相手の人となりを見て、その真意を理解しようとしている。
ジンは他人の心の機微に聡いが、それは持って生まれたものではない。過去の経験に由来するものである。しかしそれは同時に、彼が人と正面から向き合うからこそ……相手を理解しようと心掛けているからこそ、可能な事なのだ。
――嘘や誤魔化しは、この人には通用しない気がする。そしてこの人が取引相手に求めているのは……誠意だ。
情報の売買における、彼の要求。それを考えれば、スオウの求めているモノは自ずと解った。彼は取引で得られる報酬を求めている訳では無く、誠実な相手を求めているのだと。
であるならば、彼からスパイ側に情報が漏れる可能性は低い。ジンは不思議と、そう確信出来た。だからこそ、本当の目的について明かしたのだ。
そんなジンの本質的な部分に、スオウも気付いている。ゲームの中でこんなに真剣に、相手を知ろうとしているプレイヤーはそう居ないだろう。
「うん、それならこっちとしては文句無しだ。悪事を止める為ってのは、立派な理由だと俺は思うし。じゃあ、依頼内容を伺おうか?」
スオウの返答に頷いて、ジンは「それでは」と本題を切り出す。
「先日、立て続けにエリアボスの解放と討伐が起きた件……その時、スパイ達が拙者達が得た情報を利用したのではないかと、拙者達は疑っているでゴザル」
そこでスオウは、眼を細めた。もしもジンの依頼が「情報を流した相手の特定」だった場合は、この依頼は受けられない。
――アレク達と違って、悪用する意思が無いのは解る。だから、保留にはしないけど……。
依頼を受けられない事と、その理由を話す事はしても良いだろう。スオウはそう考えて、ジンの言葉を待つ。
そんなスオウに対する、ジンの依頼内容は……。
「エリアボス解放の、正規の手段。この情報を買いたい」
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「スパイの情報を買おうとしたら、相手側と同じ事になる。だから自分達は”スパイを特定する為の手掛かり”を買う事にした……だってさ!! めちゃくちゃイケてない!?」
その時の事を思い出したからか、スオウは非常に上機嫌だ。
「ふふ、ご機嫌だね?」
オヴェールがそう言うと、スオウは笑顔で頷く。
「いやぁ、ほんっと良いわぁ。思わず追い詰める時は、俺も協力するって言っちゃったし」
スオウがそう言うと、セス以外の全員が意外そうな顔をして彼に視線を向けた。
彼があの糾弾の場に現れたのは偶然では無いと思っていたが、ジンと約束していたとは思ってもみなかったのだ。しかしながら、よくよくあの時のやり取りを考えると腑に落ちる。ジンとスオウは示し合わせた様な連携で、スパイ達を追い詰めていたのだ。
「あなたにしては珍しいですね。許可無しだったのでしょう?」
ヴェネがそう言うと、スオウは苦笑してしまった。
「そそ。約束した後にその事思い出して、思わずやべって思っちゃったよ」
「勢いで言ったの? そりゃまた意外」
「で、王様にすぐに連絡したんだけど……」
『ジン君やヒメノ君が相手なら仕方ない、気持ちはよく解るよ。あの子達に手を貸すというのなら、僕も同類だし。いいじゃん、やっちゃいなよYOU』
「だってさ」
スオウが口にした、ユージンの言葉。それを聞いて、誰もが「ユージンらしい」と笑う。
「ふっ……あいつの身内なら、俺達にとっても身内同然だな」
「僕は姉妹ギルドのメンバーだし、全力でフォローしていくつもりだよ」
セスとバヴェルがそう言うと、オヴェール・ホープ・ヴェネが苦笑を浮かべる。
「私らはどっちかと言うと、敵側の立ち位置なんだよなぁ……」
「話を聞いてしまうと、是非仲良くなりたいんですけど……」
「難しい……かな?」
彼女達は【聖光の騎士団】【森羅万象】【遥かなる旅路】の所属だ。ギルドとしての付き合い的には、クリスマスパーティーで交流を深められた。しかしそれは、ギルド同士の間柄という範疇を出るものではない。彼女達がジン達に”個人として肩入れする”のは、ギルドから不信感を向けられる可能性が少なくは無いのだ。
その時、店の入り口のドアベルが鳴った。彼等が視線を向ければ、一組の男女が入って来た所だ。黒ずくめの青年と、青髪に白装備の女性である。
「マスター、いつもの」
「青汁か」
「それはスオウ用だろ」
「ちょ、ボス!? 苦手だって言ってんじゃん!?」
そんないつも通りのやり取りに、入って来たユージンとケリィが笑う。
「[神竜殿]廻りは終わりました?」
オヴェールがそう問い掛けると、ケリィは上機嫌で微笑んで頷いた。
「えぇ、無事に」
そう言う彼女の左手の薬指には、ユージンが製作したであろう結婚指輪が嵌められている。
二人は既に第四回イベントで、顔も名前も実力も知れ渡ったプレイヤーだ。ユージンに至っては、その正体がユアンである事も。
その為、日中に動いたら他のプレイヤーに絡まれる可能性が高いと判断した。ケリィと約束した[神竜殿]廻りを迅速かつ安全に行う為に、日付が変わってから二人で出掛けていたのである。
ちなみにそれは指輪の用意・教会での結婚・七カ所の[神竜殿]を廻るという行為を、短時間で実行に移したという事である。
喫茶店に居た面々もそれは理解しているが、「まぁこの人達だもんな」とツッコミを入れる気すら起きなかった。代わりに一部の面々は、思う事があるのだが。
「良いなぁ。私らはギルド関連で結婚とか、厳しそうだしぃ……」
「あぁ、確かに……そう考えると、私達とユーちゃんがフリーで良かったです」
ホッとした様子のケリィに、オヴェールはむくれてバヴェルの脇腹をつっつく。
「何とかならないかな? マイダーリン」
「と言われても、ね……でもまぁ、ギルドが違うプレイヤー同士で、恋人になるっていう前例は出来たよ?」
「だって、それシオンさんとダイスさんでしょ? 姉妹ギルドじゃんかぁ」
じゃれ合うバヴェルとオヴェールに苦笑して、ユージンはケリィを促しつつカウンター席に座る。ユージンはスオウの隣、ケリィはユージンの隣だ。
「で? 何の話をしてたんだ?」
「あぁ、それは……」
ユージンとケリィが座ると、スオウ達がこれまでの会話について話す。
「成程、彼の話か」
「そそ。いやぁ、ほんっとうに良い子だよね!! 王様が入れ込むの、解るわぁ」
その内容を聞いたユージンはフッと笑みを浮かべ、肩を竦めた。
「良いだろ、僕の推し」
どことなく満足気なその言葉に、全員が笑顔を浮かべる。ユージンがジン達を大切にしている事が、良く伝わって来たのだ。
「で、【七色の橋】との交流がしずらい……と。ライバルギルドの三人は確かに現時点では難しいだろうが、第五回イベントでチャンスがあるんじゃないかな?」
「あれ、まだ情報は出回ってないよね? 弟君から聞いた?」
「まさか、それじゃあルール違反だろ。僕も誠也も、そんなズルはしないよ」
ユージンがそう言ってコーヒーを一口飲むので、スオウも「だよねぇ」と肩を竦める。本気で言った訳では無かったのは、そんな態度からも明らかだ。
「これまでのイベントは六月・八月・十月・十二月……傾向からすると、二月に次のイベントが来る気がする」
ユージンがそう言うと、ホープとヴェネが「成程」と頷く。
「確かに。これまでのイベントは全部、偶数月ですね」
「えぇ、四月はサービス開始ですし」
二月に第五回イベントが開催される……その予測は、実際に有り得そうだと誰もが考えた。
「で、最初は防衛イベントだろ? そこから決闘PvP、生産、サバイバルGvGだ。第一回以来、プレイヤーが直接競う形のイベントが続くから……」
ユージンはそこで一度言葉を切って、ニヤリと笑った。
「次は、プレイヤー同士が協力し合うパターンになる可能性があるんじゃない?」
次回投稿予定日:2023/4/20(短編)