短編 妹分じゃあ物足りない
今回はビターテイスト。
AWOからログアウトして、私はVRドライバーを頭部から外す。横たわっていたベッドから身を起こせば、もう二十三時を回っていた。
イヴの夜に催されたパーティーとしては、速いのか遅いのかは判断の分かれる所だ。でも今回のクリスマスパーティーの参加者には、中高生も居たからね。
あの第四回イベントから、既に数日……その度に、私はある人物に対して怒りを覚える。
ルシアさん……貴女は何故、タイチ兄を裏切ったの?
……
私がギルドに加入したきっかけは、初心者の女性プレイヤーを狙ったナンパ行為から救われたからだ。その時には既に、タイチ兄とルシアさんはあの空気感だった。互いに相手を尊重していて、信頼し合っている。仲が良いのに、何で恋人じゃないのかと何度思った事か。
タイチ兄は面倒見がよくて、思いやりがある人だった。そのくせ取っつき易くて、冗談や軽口にも軽快な反応を見せて。ギルドのエースと呼ばれているのにも納得できる、暖かな空気を纏った人。見た目だけでなく、性格もとても素敵な男性だなって思った。
そんなタイチ兄の側には、いつもルシアさんが居た。彼女はタイチ兄の考えている事を自然に察して、サポートしていたり。それだけじゃなくて、タイチ兄が何かをド忘れした時なんかは……あの人が、その穴を埋めるように手を差し伸べたりしていた。
カイさんとトロさんの様に、誰もが認める未来のカップルで……きっと、それが私達には当たり前の光景だった。
「なのに、何故?」
アンジェリカ……伊賀星美紀を擁立する、スパイ集団【禁断の果実】。何故貴女は、そこに居たの?
何かしらの理由があった? やむにやまれぬ事情があった? 何か弱みでも握られていた? 返し切れない恩でもあった?
私の呟きに対する回答は無いし、答え合わせの機会は決して巡っては来ないだろう。そんな機会があったとしても、私はそれを断固受け入れるつもりはない。
タイチ兄がどれだけ苦しんだか……どれだけ身を引き裂かれる思いだったか。そんなの、顔を見ていればすぐに解った。
そして貴女が……あの最後の瞬間、タイチ兄を本気で求めていたのも解ったわ。タイチ兄の側に居た私が、狂おしい程に憎かったんでしょうね。
そんな事は、誰よりも貴女が解っていた事でしょうが。
タイチ兄にそんな思いをさせてまで、貴女はそっちを選んだんでしょうが。
自分がタイチ兄の隣に居たかったくせに、その場所を捨ててまでそっちに行ったんでしょうが。
貴女はタイチ兄を苦しめたし、これ以上ないくらいに傷付けた。
だから貴女にはもう、その場所に座るチャンスなんてやらない。
そんな事を考えていたら、携帯端末が音を鳴らした。
「……何で?」
それは、タイチ兄からのRAIN。それもメッセージじゃなく、通話だった。
「……もしもし?」
ルシアさんの事を考えて、心が陰鬱な空模様になっていたせいか。私の第一声は、とても不機嫌そうな音色に聞こえただろう。
なのに、タイチ兄は気にした風もなく。
『悪いな、疲れてるところ。今、大丈夫だったか?』
優しい音色で、そう言ってくれた。
「ん、まぁ大丈夫だよ。というか、こんな風に通話って珍しいね」
『まぁ、お前も花の女子大生だからな。迷惑かけない様にと思ってたのはあるわ』
そんな風に思われていたのか。それは正直、意外ではあった。でも……もしかしたら、それだけじゃないのではないか。
ルシアさんが居なくなって、その代わりの様に私がタイチ兄の隣に居るようになったから?
あの人の代わりに、私を穴埋めにしようとしたりしてない?
荒んでいたせいか、私はそんな感情に支配されかけていた。
『ただまぁ……そのさ、今回の件ではお前にちゃんと礼を言っときたかったんだ』
私の暗い感情は、そんな言葉で霧散させられた。今も傷ついているタイチ兄に、なんて酷い事を思ってしまったんだろうって……私は、心から反省する。
今回の件……とは、やはりあの件だろう。
『他の皆もそうだけど……特にお前は、俺の事を気に掛けてくれてただろ? お陰で俺も、何とか真っすぐ向けるようになれたからさ』
「……残念、ベイ〇ーのマスクを回避されちゃった」
『はぁ!? あれ、本気だったのか!?』
「勿論だけど、冗談だし」
電話越しに「お前なぁ……」と呆れた様な声が返って来て、次いでタイチ兄は言葉を続けた。
『ただまぁ、見るに堪えない……情けないツラしてたんだろうなとは思った』
「……一応、そういう意味で言ったわけじゃないからね?」
でもまぁ、全部が全部という訳では無かった。あんな辛そうな顔、していて欲しくないって思った。
『……エル、ありがとな。お陰で〇イダーにならなくて、済んだわ』
だから。
そういう言葉は、ずるいと思う。
「感謝してるって、さっき言ったよね」
『あぁ、言ったけど……』
「じゃあ、明日ログインしたらちょっと付き合ってよ。最近、始まりの町に評判のいい喫茶店があるんだってさ」
『……奢らせて頂きますとも』
「……私はあんな顔をさせないから」
『……うん?』
「裏切ったり、しないから」
『……お前が裏切るとは、これっぽっちも思ってないぞ』
「いっぱい笑わせてあげるから」
『窒息死しない程度に、おなしゃす』
傷心中のタイチ兄の心に付け込んで、ズルい女だよね……でも。
その分、いっぱい笑わせてあげるから。
絶対にタイチ兄の側を離れないから。
あなたの心を引き裂くような裏切りなんてしないから。
「んじゃ、明日はデートして貰うとしますか。それでチャラにしてあげる」
もう、遠慮はなしだ。そして、自分の想いに蓋をするのもやめるんだ。妹分は卒業して……タイチ兄の隣を、私の指定席にするんだから。
見てなさい、ルシア……もう貴女の付け込む隙は、無い。
私が絶対、タイチ兄を幸せにしてみせる。せいぜい、自分の過ちを後悔しなさい。
次回投稿予定日:2023/4/8(短編)
エルこわーい……と思われるかもですが、仲間だと思っていた人に裏切られた事。そして大切な存在を手酷く傷つけた事に対して、怒るのは当たり前だと作者は思うのです。
むしろそれを胸に秘めたままにしておき、大切な人を幸せにしようという方向に考えられるエルリアは良い子。流石トロさんの弟子。