短編 アナスタシアは確かめたい
クリスマスパーティーの最後にちょっとした……いえ、ちょっとじゃないわね。かなり甘酸っぱい出来事があったものの、パーティーは無事に終わった。
こんな大規模なイベントになるとは思っていなかったけれど、参加させて貰えたのはとても幸運な事だったと思う。私達【ラピュセル】は、他のギルドとの交流は薄かったから。
後で時間を貰いたいと、【七色の橋】のジンさんにお伝えしていたけれど……今夜はもう、そんな雰囲気ではなかった。なので私とアシュは、彼に「お話しは後日、改めて」とお願いする事にした。
あんなに可愛らしい彼女さんと過ごす、クリスマス・イヴだもの。お邪魔をしちゃ申し訳ないし、馬に蹴られたくはない。
それに連絡が取り合えるようにと、フレンド登録出来たしね。
私が彼に、聞きたかった事。それは彼が、あの寺野仁か? という事だった。
……
第四回イベントの初日に、私はメンバーを連れてフィールドの様子を確認しに行った。その間、拠点を守っていたのがアシュ……親友でありサブマスターであるアシュリィと、他の仲間達だ。
フィールドの探索を終えて拠点に戻ったら、アシュ達に謝られた。力及ばず【七色の橋】のジンさんに、クリスタルを破壊された、と。
「一人で攻めて来て、正面から正々堂々と挑んできたのよ……完敗だったけど」
過去のイベントの姿を思い起こせば、無理もない。彼の素早さは、そう簡単に捉え切れるものではない。
彼女達を責める事ではない。だから私は、皆に「次は頑張ろう」と励ましていた。
皆を落ち着かせて、気を取り直して次の行動に移そうとしていたその時……アシュからこっそりと、ある事を聞いた。
「アナ……あのジンさん、もしかしたらなんだけど……あの、陸上界の星かもしれない」
その言葉に、私は驚いた……まさか、あの陸上選手がAWOに居るとは思わなかったから。
私とアシュ……【海代 郁恵】は、二年前まで[池逗島高校]に通っていた。そして、私達は陸上部でそれなりの成績を残せる生徒だったのだ。
部活を引退したその時に、仲の良かった陸上部の後輩達が何やら盛り上がっていた。何事かと声を掛けてみたら、その娘からある話を聞いたのだ。
「あの陸上界期待の星が、うちの学校に入って来るらしいですよ!!」
陸上界期待の星……その通称は、本人の知らぬところで広く広く伝わっていた。彼は陸上界では有名で、学生の内に金メダルも夢じゃないと囁かれている人物だった。
そんな選手が、二年後には入学してくる……それは生徒や教師達の期待も大きかったと、あの頃を振り返ってしみじみと思う。
しかし、彼は不慮の事故に遭った。後遺症の残る足では、以前の様に走る事は出来なくなったのだという。
そうして彼は、陸上界から姿を消し……私達の母校に、入学する事も無かった。
……
私が彼に対して抱くのは、憐憫なのかと言われたら否定は出来ないかもしれない。しかし陸上競技から退いても尚、私は陸上が好きだと胸を張って言える。
何度か雑誌で見た覚えのある少年は、本当にAWOを騒がせる注目の忍者ロールプレイヤー・ジンなのか? もし、そうならば……彼も、陸上への想いがまだ燻っているのではないだろうか。
もしも彼の陸上への想いが、今もその胸に残っているのならば……うちの大学に来ないかと、私は提案してみたいと思うのだ。
うちの大学には体育学部があり、選手だけでは無く……コーチやトレーナーを目指す学生も多い。その中には、彼同様に諸事情で夢を追う事が出来ない人もいる。
未来の金メダリストを育てるというのも、一つの選択肢ではないだろうか? それで彼の心が少しでも救われるなら……私は、そんな事を思ってしまうのだ。
次回投稿予定日:2023/4/6(短編)
私の中でアナスタシアさんの株が上がっていく。
ちなみに彼女は男性不振とか、そういう訳では無いので。
まぁもしそうだったとしても、ジンあたりは普通に絆しそう。勿論、ヒメノとセットで。