03-09 南門の戦いでした
ジンがレーナ・ユアンとの共闘関係を結ぶよりも前に、時間を遡る。
南側の門では、プレイヤーとモンスターとの戦闘は激しさを増していた。
AWOにおいて、有名なギルドである【聖光の騎士団】。そのギルドマスターである、最高レベルプレイヤー・アーク。その名の下に集ったギルドメンバーや、ギルドに加入していないが行動を共にするプレイヤー達。彼等は防衛線を築き、戦線を維持する事を優先していた。全ては、門を突破されない為。この防衛イベントを、プレイヤー側の勝利で納める為に。
その甲斐あって、他の門に比べて戦線離脱者はごく少数であった。
そんな防衛線に、ヒメノ・ルナ・シャインの暫定パーティも居た。少なくはないが、決して多いとも言えない女性プレイヤーの彼女達は、実に目を引いていた。
最も、目を引く理由は容姿だけでは無い。
「ヒメノさん、相変わらず凄いですねー!!」
「はい、モンスターが派手に吹っ飛んでたです!!」
ヒメノが矢を放てば、モンスターが死ぬ。
「ルナさんとシャインさん……それに、周囲で戦っている皆さんのおかげです!」
ヒメノのその言葉は本心からのものであり、そして事実でもある。
ヒメノの役割は、謂わば砲台。そんな彼女に近付こうとするモンスターは、ルナの魔法攻撃で妨害される。足を止めたモンスターに、ヒメノの一射が入れば良し。それが無理な場合、シャインがその手にした槍で突き倒す。
それは、彼女達にとってはいつも通りのプレイングである。ヒメノも、ルナやシャインも、いつも通りであった事が幸いした。それぞれの役割がしっかり噛み合って、効率的にモンスターを討伐する事が出来ているのだ。
そして先述した通り、彼女達の周囲にはアークの指揮下にあるプレイヤー達がいる。彼等はプレイヤー同盟としてそれぞれの役割を全うし、後衛への攻撃チャンスをしっかりと作り出していた。
仲間が多ければ多い程、ヒメノの攻撃チャンスは多い。故にヒメノ達は、アークの指揮するプレイヤー集団に加わっているのだ。
その甲斐あって、ヒメノの与ダメージとキルカウントは凄い事になっている。ランキングに名を連ねたのは、それが理由だ。
そんな中、どこからともなくアナウンスが響き渡る。
『プレイヤーの皆様にご報告します! 北門付近で、メッセージ機能を妨害するモンスターを討伐! 北門中央エリアのメッセージ機能が復活しました!』
そのアナウンスを聞いたプレイヤー達は、ざわめく。
「マジか、北門に先を越されたぜ……!!」
「くそ、負けてられないな!!」
「俺達も、早くモンスターを見つけ出そうぜ!!」
「よし、俺はメッセージ機能を妨害しているヤツを探すぜ!!」
「おい、抜け駆けはさせねぇぞ!!」
「俺も行くぜ!!」
我先にと、プレイヤー達が単独行動を開始してしまう。それを見たプレイヤー達も、負けじと持ち場を離れ始めてしまう。
それは、当然と言えば当然。VRMMOに傾倒するプレイヤー……その本質は、負けず嫌いが多い。
今はアークの名の下に協力体制を築いていたが、心の中では誰よりも早く……誰よりもいい成績を。そういった欲があったのだ。
それは致し方が無い事だった。MMORPGとは、限られたリソースをプレイヤー同士で奪い合うゲームなのだから。
プレイヤー達によって形成されていた、防衛ライン。そこから半数近くのプレイヤーが離脱していく。それによって、折角の防衛ラインは穴だらけになってしまうのだった。
「く……っ!! 待て!! 待つんだ!!」
「戻ってくれ!! まだ、モンスターの攻撃は……!!」
「防衛ラインを維持しなければ……!!」
離脱するプレイヤー達に、アークのギルドメンバーが声を荒げる。しかし彼等は同じギルドでもなければ、フレンド登録をしている相手でもない。
「そりゃあアンタらに任せるぜ!!」
「頼んだぜ、最大規模のギルドさん!!」
そう言い捨てて、プレイヤー達は門の少し前から離れて行く。
ヒメノ・ルナ・シャインの暫定パーティも、異変に気付いた。
「あ、あれ? 他のプレイヤーさん達が、フィールドの外の方に……」
困惑するルナに説明したのは、意外にもシャインだった。
「多分、限定モンスターを探しに行ったですね」
溜息を吐いて周囲に視線を巡らせると、シャインはある一点に視線を集中させた。
「限定モンスターを討伐すれば、ポイントが高いと踏んだですよ。でも、タイミングとしては最悪かもです。だって……」
淡々とそんな事を口にするシャインだったが、その表情は芳しくない。ヒメノとルナは、シャインの視線の先に目を向け……そして表情を強張らせる。
「さっきよりも、強力なモンスターが現れるに決まってるです」
それは、空を飛ぶモンスターだった。最初は小さな点にしか見えなかったが、徐々にその全容が明らかになっていく。
赤みがかった毛に覆われた体躯に、大きく広げられた翼。その瞳は猛禽類のそれであり、鋭い嘴を大きく開けて咆哮する。その数、十匹だ。
「あ、あれって……でっかい鳥!?」
「いわゆる、グリフォンですね。人型、獣型と来て……次はグリフォンですか。うん、定番です」
慌てるヒメノに対し、シャインは冷静に状況を分析する。見た目からは想像できないが、どうやら彼女は相当肝が据わっているらしい。
離脱しようとしたプレイヤー達は、突然の強敵出現に混乱していた。
これまではアークの指揮に従っていた……だから、順調に戦えていただけ。その指揮下から離れた今、彼等は自分の裁量で生き抜かなければならない。しかし周囲のプレイヤーとの連携など、突然取れるものではない。
つまり詰んだ状態であり、いきなりの展開に対応出来ず慌てふためくばかりだった。
「う、うわあぁっ!? だ、誰か魔法で撃ち落とせよ!!」
「弓使いは居ないか!? 地面に落としてくれれば、俺が……!!」
自分勝手に喚き散らすプレイヤー達だが、そんな状況で連携など取れるはずもない。
アーク達も、彼等の援護は二の次と判断していた。
勝手な行動を取ったプレイヤー達を見限ったという側面もあるものの、実際には救援どころではなかった。防衛線を再度形成しなければ、容易く門を破られかねない……そう判断したのだ。
「やはり、プレイヤーが攻撃しにくいモンスターを用意していたか。しかし、グリフォンが出て来るとはな……可能な限り、固まって行動するんだ!! 魔法職は詠唱を始めてくれ!! 弓や投擲武器を持つ者も、狙いを定めろ!! 一匹ずつ落とすぞ!! 前衛職は、後衛を守れ!!」
矢継ぎ早に出される指示。しかしプレイヤーの半数以上が離脱した現状では、満足のいく連携は取れない。
「……ここは、やるしかないかな」
ぎゅっと口を横一文字に結んだヒメノが、矢をつがえた。弦を引き絞って、最も前を飛ぶグリフォンに向けて狙いを定める。
「いざとなったら、私が防御魔法を使います!!」
「お願いします、ルナさん」
そう言いながらも、ヒメノは狙いを定める。そして、覚悟を決めて矢を放ってみせた。
「【パワーショット】!!」
グリフォンの攻略方法は、広く知られている。掲示板にも、攻略情報が載っているのだ。
まず、狙うのは翼だ。翼を片方でも破壊すれば、グリフォンは飛び続ける事が出来ない。そうなれば、当然の如く地面へと落下する。そこからは、近接戦闘で倒す事が可能だ。
口で言うのは簡単だが、これは中々難しい。
グリフォンは強力な幻獣系モンスターだ。有名なだけあって、相応の耐久値を持つ。翼だけでも、大柄な人型系モンスター並みの耐久値を持つのだ。それを火力の出ない弓矢や、射程距離に長けるも低火力の魔法で攻撃するのである。そうなれば、耐久値を削るだけで相当な時間がかかる。
しかもそれが空を飛び回り、その上反撃して来るのだ。狙いにくい上に、反撃は相応の威力。攻撃パターンは滑空からの体当たり、上空から急降下しての爪による引っ掻き攻撃か、嘴による突き刺し攻撃である。
そんな難敵であるグリフォンに、ヒメノの放った矢が命中する。命中したのは、喉元だ。するとどうした事か、グリフォンは苦し気に吠えながら落下していった。
「……は?」
「えっ?」
「うそーん……」
静寂が、辺りを支配する。矢を放ったヒメノに、プレイヤーの視線が集中する。グリフォン達も、何処となく「え、マジで? 何やったの、今?」とでも言いたげな表情を浮かべてヒメノに視線を向けていた。何とも人間臭い態度だが、どんだけ高度なAIなのだろうか。
「あ、結構削れましたね」
ヒメノのそんな一言が、周囲のプレイヤーの鼓膜を震わせる。最も、アバターの鼓膜なのだが。
彼女の宣言通り、射られたグリフォンのHPバーが八割は削れていた。胴体はゴーレムの倍近く耐久値があるのだが、STR極振りプレイヤーであるヒメノには関係なかった。
「よ、よしっ!! グリフォンにトドメを刺せ!!」
アークの号令に、ギルドメンバー達が行動を開始した。
「アイツ、動いてないぞ? もう死んでないか?」
「バカ、ただのダウン状態だ!! 今の内にトドメ刺せ!!」
「バ、バカって言った方がバカなんだからねっ!!」
「小学生かっ!!」
何だか賑やかながらも、近接武器を装備したプレイヤー達がグリフォンに襲い掛かる。
「あ、トドメ刺そうと思ったんですけど……」
「いやー、大丈夫ですよヒメノさん! それよりも、他のグリフォンも落とせるです?」
「あっ、そうですね! 他のも落としましょうか!」
そんな風に、和やかに会話をするヒメノとシャイン。しかし、ルナは警戒を緩めていなかった。
「来ます!!」
一撃で大ダメージを与えたヒメノに、ヘイトが集中するのは当然の事だった。残る九体のグリフォンが、その瞳に怒りを宿らせて咆哮する。その内の一体が、ヒメノ目掛けて急降下して来る。
「【マテリアルプロテクション】!!」
詠唱を終えたルナが、魔法を発動させる。背に庇ったヒメノとシャインを守るべく、杖を構えて魔法の防御盾を生み出したのだ。
「……っくぅ!!」
グリフォンの体当たりに耐え切るも、防御盾は硝子細工のように粉々に砕け散る。しかしグリフォンはまだ八体居て、今にもヒメノに向かって突撃を始めようとしている。
「【ウォークライ】!!」
そんな中、一人のプレイヤーが挑発を発動する。ヘイト値の上昇により、グリフォンがそのプレイヤーの方へと視線を向ける。
「へっ!! 来いよ鳥頭ッ!!」
盾を構えて、表情を引き攣らせながらも笑うプレイヤー。彼の名は【ゲイル】……見た目は山賊みたいな大男だが、実は子供好きな保育士さん(三十六歳独身)である。
彼のポジションは、大盾による防御専門の盾職プレイヤー。シオンと同様の立ち位置だ。レベルもそれなりではあるが、流石にイベントモンスターの集中砲火を受けて耐えられる程ではない。
それでも今の難局を乗り切るには、ヒメノの力が必要……そう思ったからこそ、自分が彼女の盾になろうと勇気を振り絞ったのだ。ヒメノの火力ならば、何とかしてくれるかもしれない……そう信じて。
「……ヒメノさん、あの人の考えは解ったです?」
「はい、期待して貰っているんですね! 頑張ります!」
ゲイルに向かおうとしているグリフォンに、狙いを定めるヒメノ。
「行きます……【ラピッドショット】!!」
立て続けに放たれた、三本の矢。初撃がグリフォンの体力を三割削り、二撃目が更に三割。そして最後の一撃は、グリフォンが動いていたせいで胴体を逸れたものの翼を撃ち抜いた。
「おぉ……っ!!」
ゲイルが感嘆の声を上げ、周囲のプレイヤーが歓喜に湧く。
「次は……あの子で!!」
更にヒメノは、グリフォンを狙い矢をつがえた。
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ヒメノの活躍で、グリフォンは全て地に落ちた。
そんな中、東や西でもメッセージ妨害モンスターを討伐したとのアナウンスが入っていた。
その時である、ヒメノはある部分に不自然さを覚えるのだった。それは彼女が、長らく飛ぶモンスターを見ていた影響だろう。
「……やってみようかな」
既に、空に敵は居ない。しかし、ヒメノは宙を射る。ヒメノは正体を知らないが、周囲の色に溶け込んでいたイベントモンスターだ。彼女の一射を受けたイベントモンスターは、朱色の体色に変化し……そのまま、墜ちた。
「あ、あれはもしかして……!!」
ルナがシステム・ウィンドウを開くと、一部のみだがメッセージ機能が復活している事に気付いた。
「あれがメッセージ機能を妨害するモンスターみたいですね!!」
「成程、カメレオンみたいに背景に溶け込んでいたですねー」
ルナとシャインの言葉に、ヒメノは笑みを浮かべる。
「じゃあ、これで連絡できるんですね?」
「んー、一部分だけですねー。北のエリアは大丈夫ですが、東と西は……北寄りは通じそうです」
シャインの言葉に、ヒメノは眉尻を下げた。そろそろ、固定パーティメンバーが恋しいところだ。
そんな中、三人に近付く者がいた。白い鎧を着た、盾職のプレイヤーだ。アークのギルド【聖光の騎士団】に所属するプレイヤーで、名前は【マリウス】という男だった。
「話している所、失礼する。先程の攻撃、実に見事だったな」
それは、実に上からの発言だった。態度や言い方も、それを感じさせる。
「え? あ、どうも……えーと、貴方は……?」
その返答に、マリウスは目を丸くする。【聖光の騎士団】のマリウスと言えば、アークやギルバートに次ぐ有名人……と、自負していたからだ。
しかし、誰もが彼を知っている訳ではない。というか、別段彼は有名プレイヤーという訳ではない。最前線のレイドパーティに加わっているが、中核には程遠いメンバーに過ぎない。
「……あ、あぁ。俺はマリウス。アークさんのギルド【聖光の騎士団】のメンバーだ」
その自己紹介に、ルナとシャインは目を剥いた。彼女達も攻略掲示板等を見ており、度々話題に上がるアークや【聖光の騎士団】の名はよく知っていた。マリウスの名前は知らないけど。
「初めまして、私はヒメノといいます」
が、ヒメノはそれでも態度を変えない。【聖光の騎士団】? どっかで聞き覚えあるかな? くらいの認識である。
というのも、彼女は全盲なのだ。確かに医療器具であるVRゴーグルを装着すれば、現実世界でも物を見る事が出来る。ゲーム内で掲示板を見ようと思えば見られるが、まだまだ不慣れなのだ。
そんなヒメノなので、掲示板の情報はジンやヒイロが集めているのだ。二人はヒメノに甘いので、そういった細々とした作業は自分達で行ってしまうのである。
つまり、アーク? ギルバート? 聞き覚えあるなぁ……マリウス? 誰それ? という訳である。
そんなヒメノに、マリウスは表情を引き攣らせた。しかし、気を取り直して言葉を続ける。
「ヒメノ、か。良い名前だな。可憐な君に相応しい。ヒメノ、君の矢は実に見事だった。是非我々のギルドに加入して欲しいと思っているんだが、どうだろう?」
それは、紛うことなきスカウトだった。有名人が集う、最強と名高いギルドの幹部からのスカウトである。両手を挙げて飛び付く……マリウスはそう思っていた。
しかしヒメノは、いきなり呼び捨てされた事に眉を顰める。その距離感の詰め方は、ヒメノの好みではなかった。
「済みませんが、パーティメンバーにも相談してみないと何とも……」
そう言って、ヒメノは会話を区切ろうとする。しかし、マリウスはそれで引く男ではなかった。
「そうか、ではパーティメンバーに相談してみて欲しい。ヒメノの実力なら、【聖光の騎士団】でも相応の立場になれるはずだ。あぁ、勿論だが、パーティメンバーも一緒に加入してくれるならば歓迎する。アークさんには、俺から話を通しておく」
マリウスの台詞には随分と熱が篭っていた。それもそのはず、彼はアークと同様に……ヒメノの強さと可憐さに心惹かれてしまったのだ。この機を逃したくはない。彼は、そう考えていた。
「……解りました、話すだけ話してみます」
「そうしてくれ。あぁそれならば、フレンド登録をしておこう。何かあれば……いや、何もなくても連絡をくれて構わない。ヒメノならば、いくらでも都合を付けよう」
騎士然とした風貌と口調だが、その内容は単なるナンパだ。ルナとシャインは、そう断じた。
そして、彼女達はヒメノの事をある程度は知っている。中学生の女の子が、ナンパ男に言い寄られている……としか思えない現状は、決してよろしくはない。
下手をしたら、ヒメノが男性恐怖症になりかねない。彼女達からすれば、知り合って間もなくともヒメノは大切な友達だ。ここは、自分達が守らねば!! そう思い、アイコンタクトを交して頷き合う。
「済みませんが、私達はまだ相談したい事があるので」
「ヒメノさん、疲れたですよね? 少し下がって休むですよー!」
彼女達は見目麗しきJD。男に言い寄られる経験も、当然あった。それ故に、ナンパ野郎のあしらい方など熟知している。
「……話の最中に、横槍を入れるのはどうかと思うが?」
あからさまに不満気なマリウスに、二人はニッコリと微笑む。笑顔の中に、どことなく迫力があった。いわゆる「空気読めよ、このナンパ野郎が」という感じの、迫力が。
「先に話していた所に入り込んだのは、貴方ですよ? それにヒメノさんはあれだけ活躍した分、お疲れみたいなので。ご遠慮願えますか?」
「しつこい男性は嫌われるですよー?」
そう言い捨てると、二人はヒメノを連れてその場を離れようとした。
「君達、流石にその物言いは失礼ではないか?」
それでも食い下がるマリウスに、二人の堪忍袋が切れかけた……その時だった。
『プレイヤーの皆様にお知らせします! 各門に、強力なモンスターの出現を確認しました!』
そんなアナウンスが、イベント会場に響き渡ったのであった。
こういう勘違い野郎を出すのが好きです。
正確には、勘違い野郎の末路を書くのが好きです。
次回投稿予定日:2020/7/8