15-40 パーティーの準備をしました
十二月二十四日の、クリスマス・イヴ当日。AWOの世界でも、クリスマスムードが漂っている。始まりの町≪バース≫の町並みも、クリスマスツリーや飾りで彩りを加えられていた。
そんな町の一角にある、大きな建物……その中で、町並みに劣らない程の飾り付けが進められていた。この大きな建物は、プレイヤーが有料で借りる事が可能なイベント会場だ。
これはプレイヤー主催のイベント等で使用される事を想定したもので、宿屋等と同じ扱いの建築物である。
そんなイベント会場の中で、飾り付けを進める面々。その面々を普通のプレイヤー達が目にしたら、大層驚くであろう面子である。
例えば和装を身に纏うプレイヤーや、中華風の衣装のプレイヤー。現代風の服装だったり、騎士風の衣装だったり、冒険者風の装いだったり、傭兵の様な見た目であったり。更には白い狼の意匠が盛り込まれた見た目のプレイヤーもいたり、どこからどう見ても忍者が居たり。
「ふふっ、ツリーの飾り付けなんて久し振りですね」
「楽しいですよね~こういうの!」
「ケリィさん、センヤちゃん。このリースも使います?」
「ありがとうございます、アリアスさん!」
「そうですね……この辺りとかは、どうでしょうか?」
「あっ、良いですね! サイコーです!」
三メートルほどありそうな、大きなクリスマスツリー。脚立に昇って、飾り付けをする面々は和気藹々とした雰囲気である。
それも、ギルドの垣根を越えて。皆が一緒に、パーティーの準備をしているのだ。
そんなツリーは、一カ所では無い。
「レンちゃん、これってツリーのてっぺんに付ける星だよね?」
「えぇ、その様ですジェミーさん」
「ふむ……それを貸してくれ。高い所ならば、我々が適任だろう。ヒイロにケイン、補助を頼めるか?」
「あぁ、勿論だよアーク」
「それなら俺、脚立をもう一脚借りて来ますね」
会場の中央に一カ所、そしてホールの手前・中間・奥の左右に一カ所ずつ。合計七カ所に設置されている。
ツリー班はそれを次々と飾り付けていくのだが、誰一人として面倒くさいなどと口にはしないあたり楽しんでいるのは確実だろう。
「ラグナ君、そっちもう結んで貰ってOKだよ!」
「了解、ヒューゴさん! メギドさん、下から見てどうですか?」
「オッケーオッケー! イイ感じ!」
パーティーホールのギャラリー、その手摺にガーランドを飾っていく面々。上で括り付ける者と、下から指示を出す者のやりとりで賑やかだ。
百五十人が入れるホールの左右に飾り付けるのだから、相応に手間がかかる。しかしながら誰も彼もが進んで自らの役割を全うしようとしており、雰囲気は上々であった。
「ジライヤ氏! まだそっちに椅子あるか?」
「あるぞ、クロード殿。いくつ必要だ?」
「四つだ!」
「了解! レオン殿、手伝って貰えるだろうか?」
「あぁ、任せてくれ!」
また、料理を置くテーブルや座る椅子を用意する面々。あちらこちらへ行ったり来たりしているのだが、それでも楽し気な雰囲気である。
既にいくつかのテーブルには料理が置かれているが、それ以上にテーブルが準備されていく。壁際のツリーとツリーの間に料理を置く長テーブルが設置されていき、中央のツリーを囲む様に丸テーブルと椅子が設置されている。どうやら、ビュッフェスタイルを想定したレイアウトなのだろう。
「本格的にパーティーの準備ってカンジね。今まで使った事ないけど、ここってそれなりにゴールド消費するんじゃなかったかしら?」
「まあまあだったと思います、マールさん! ここはまだ、箱的には中規模程度ですねー!」
こういったイベント会場はいくつか存在しており、コヨミの言う通りこの建物はその中でも中規模のものだ。
そんなマールとコヨミの会話に、【聖光の騎士団】のタイガと【遥かなる旅路】のウィンフィールドが参加した。
「流石は配信者だ、詳しいね」
「ここの定員は確か、百五十だっけ?」
二人はこれまで、一度も会話をした事のない相手だ。しかし、コヨミは嫌な顔をすることなく笑みを浮かべて頷いた。
この場に居るのは、各ギルドから「パーティーに参加しても問題なし」とお墨付きを得た面々だ。そして、スパイ撲滅で協力し合った間柄というのもある。それ故に、コヨミもアイドルモードで応対していた。
「ですね! そこそこ多い所でも、五百人とかイケちゃうんですよ?」
「へぇ~、五百……そんなに人が集まる機会なんてあんのかねぇ……?」
「定員に達するかは解りませんが、あるみたいですよ?」
「そっすね。現に、ここも滑り込みで確保できたらしいですし」
実際にこのクリスマスパーティーの為に、イベント会場を押さえようとしたらかなりの数が予約済みとなっていた。どうやら同じ事を考えるプレイヤーも居るらしく、ここより大きな建物は既に予約で埋まっていたのである。
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設営班
【七色の橋】
ヒイロ・レン・センヤ・ヒビキ・PACジョシュア・PACボイド
【桃園の誓い】
ケイン・レオン・マール・ヒューゴ・ゼクト・PACマーク
【魔弾の射手】
ジェミー・シャイン・クラウド
【聖光の騎士団】
アーク・シルフィ・アリステラ・タイガ・他2名
【森羅万象】
クロード・オリガ・ラグナ・他3名
【遥かなる旅路】
オヴェール・ウィンフィールド・ゼノン・ノクト・他2名
【白狼の集い】
アリアス・他2名
【忍者ふぁんくらぶ】
ジライヤ・イズナ
【フリーランス】
ケリィ・コヨミ
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一方、パーティーには欠かせない準備をする面々は他にも居る。装飾と同じくらい、パーティーを彩るのは料理である。今回は参加人数が百人越えと大変多いので、厨房はさながら戦場の様な慌ただしさだ。
「シンラさん! 揚げる用のポテト、準備出来ました!」
「ありがとう、お姫ちゃん~! さぁて、揚げましょうかね~」
「イリス、さん……おにぎり、サイズは……この、くらいで……良い、かな……?」
「十分十分、大丈夫よカノンちゃん!」
「トロロゴハンさん、サラダ用の野菜ってまだありましたっけ?」
「トロで良いわよ、ルナちゃん。確か今、ジン君達が追加で買いに行ってるはずよ」
「ホープさん、そろそろこのターキーに火を入れますか?」
「はい、そうですね。お任せしても大丈夫ですか、ココロさん」
各ギルドの女性陣が、忙しなく……しかしながら、どことなく楽しそうに料理を進めていく。ギルドの垣根を超えて、一致団結する様子はとても麗しき光景だ。
とはいっても料理をしているのは、女性陣だけではない。男性陣もまた、この厨房にはいる。
「ゲイルさん、マジで手際良いっすね?」
「うん、凄く手慣れているし……本業ですか?」
「ハハハ、料理はただの趣味さ。アーサー君やハレルヤ君だって、見事な物じゃないか」
「御謙遜召されるな、ゲイル殿。今から、食べるのが楽しみな程だ」
「コタロウ君、こういう時でもその口調なんだな……」
「無論だ、カイセンイクラドン殿。常在忍道、それが我が道なれば」
「そ、そうか……うん、頑張れ」
各ギルドの、料理に精通する男性陣。彼等もまた、パーティー料理の調理に勤しんでいた。しかし女性陣に混じるのは、何となく気が引けた彼等。そこで男性は男性で、力を要求される作業を買って出たのである。
「しかし、一番やべーのは……」
「あぁ、間違いなくあの人だな……」
彼等の視線の先に居るのは、板前の様な恰好をした男性。彼の手が淀みなく動き、酢飯とネタを一つの形へと完成させていく。それはまるで、高額なお店で出されるソレだ。
「まさか寿司まで握れるとはな……」
「さ、流石ユージンさんだ……」
生産職人ユージン、まさかの寿司まで握れるという事実が発覚。その上、出来栄えはケチの付け所が無い立派な板前寿司。料理を放り投げて、今すぐ食いたいとすら思ってしまえるくらい美味しそうなのだ。
しかも握る手際……その速度が、非常に速い。調理班は持参した寿司下駄の数に最初は驚いたものだが、詰まれていたそれがみるみるうちに減っていったのだ。これには同席している生産メンバー達も、驚きを禁じ得なかった。
そこへ、数名の女性が姿を見せた。
「寿司ネタの準備出来ましたけど、どうでs……うわっ、もうこんなに!?」
「ミモリ君、手伝いに感謝するよ。まだ寿司ネタはありそうかな? この感じなら、もう少しいけそうかな」
「あ、あはは……了解です、どんどん捌いてきますね。あ、寿司下駄が足りないですかね?」
「安心して下さい、履いt……じゃない、まだあるよ」
「……流石」
ミモリが持って来た寿司ネタも、決して少なくはない。しかしながら、ユージンはまだまだ握れるらしい。本気で多芸である。しかもネタ(寿司だけに)をぶっこめるくらいには、余裕があるらしい。
「流石ユージンさん、やべーわね。あ、ゲイル! ブラウキングサーモン、捌いて来たわよ~!」
「あぁ、ありがとうフレイヤ」
「アーサー、グランドボアのお肉ってこんな感じで漬けておけば大丈夫かな? それとハレルヤさん、エンシェントターキーに詰めるご飯用意できてます!」
「助かるよ、ハル! っしゃ、どんどん作るか!」
「ありがとうございます、ハルさん! さぁ、更にグレードアップしたものをお出し出来そうです!」
実は今回のクリスマスパーティーを催す際に、「第三回イベントで入賞した料理を是非食べてみたい」というリクエストがあった。故にイベント料理部門入賞者の大半が、当時の料理を再現しようと張り切っていたりするのだ。
また、ここで過去イベントに入賞していない……というか、参加していなかった面々がその実力を披露していた。
「お待たせしました、カイさん。ホーマーイールの下拵えは、こんな感じで大丈夫ですか?」
「済まんな、エル。出来栄えを楽しみにしていてくれ」
「いやぁ、楽しみは楽しみなんですけどね? 女子としてそこはかとない屈辱が……」
「ははは! いやなに、戦闘ばかりしていたが、現実での料理の腕も無意味じゃないと知って興味が湧いてな!」
なんとカイセンイクラドン、料理が出来た。作っているのはやはり……と思いきや、ちらし寿司だった。イール……つまりウナギを使った、豪勢なものだ。他にもマグロやサーモンのぶつ切りが混ぜ込まれ、彩りも考慮されており実に食欲をそそる……あ、イクラが乗せられた。やはり、外せないらしい。
「コタさん、お待ち~! これがアクアパッツァ用の具材ね! で、こっちはローストビーフ用に切り分けたお肉!」
「かたじけない、イズナ。うむ、非常に素晴らしい。貴殿の調理の手腕、実に見事な腕前だ」
「いやいや、私味付けとか大雑把でダメダメですし? んじゃ、よろしくでーす!」
忍者って何でしたっけ? みたいなラインナップの料理を作っているらしい、副会長コタロウ。しかしここで忍者飯とか出すのは興覚めですし? ちゃんとクリスマス向けに作ってますし? ちなみに彼、既にパエリアとか作っていたりするし。
ちなみに、料理の後にクリスマスケーキの調理が待っている。既に数名がそちらに手を付けているが、それでも人数が人数だ。
「自分の担当終わった人、こっちの方もお願いするッス~!」
「シンラさんのケーキセット、俺等じゃどうにもならねぇぞ!?」
「おーい、誰かシンラさんの作業代わってくれ!! 一位のケーキの再現とか、無理ゲー過ぎる!!」
「えぇぇ……これ、ジュエルベリー足りるかな!? 誰か、調達班の人に連絡お願いします~!」
「了解です、アイネさん! じゃあゼクスさんに……」
「他に足りない素材ありますか!? 今の内に連絡しないと!!」
「イナズマちゃん、そしたらサインバードの肉もお願い!! 思いの外、減るのが早いんだよ!!」
この様な修羅場っぽい雰囲気を醸し出してはいるが、誰もがギルドの垣根を越えて協力して料理を拵えていく。調理班の手は、今も淀みなく動き続けているのであった。
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調理班
【七色の橋】
ヒメノ・シオン・ハヤテ・アイネ・ミモリ・カノン・ネオン・PACヒナ・PACロータス・PACメーテル・PACカーム
【桃園の誓い】
イリス・ダイス・フレイヤ・ゲイル・ヴィヴィアン・バヴェル・PACファーファ
【魔弾の射手】
メイリア・ルナ・ディーゴ
【聖光の騎士団】
ライデン・ベイル・セバスチャン・ルー・ホープ・トール・ハレルヤ・他1名
【森羅万象】
シンラ・ハル・アーサー・ディーン・レスター・フローリア・他2名
【遥かなる旅路】
カイセンイクラドン・エルリア・トロロゴハン
【白狼の集い】
レイル・カナン
【忍者ふぁんくらぶ】
コタロウ・ココロ・イナズマ・ハヅキ
【フリーランス】
ユージン
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飾り付けと料理の準備が進められる中、会場の外でもパーティーの為に行動する面々が居る。例えば、ジンがそうである。
「えーと、サインバードの肉が足りない……との事だな」
「でも、取引掲示板見たけど品薄でしたよ?」
「それなら、フィールドで狩った方が良いんじゃねぇか?」
「まぁ、クリスマスでゴザルからなぁ……」
ギルバートにゼクス、そしてジンやレーナ。また、各ギルドの精鋭達。脚の速さに定評のある面々が、調達を依頼されたリストを見て唸っていた。
ちなみにアーサーもこっち側が良かったみたいなのだが、生産イベント入賞者だったので逃がして貰えなかった。だって皆に、「カツ丼作って!!」と迫られたのだもの。クリスマスなのに、カツ丼……。
ちなみに調達班も当然、各ギルドのメンバーが入り混じっている。そんな面々が集まっている姿を見たプレイヤー達は、何事かとざわついていた。
「おいおい、何だよあの面子……!!」
「【七色】【桃園】【魔弾】……まぁ、ここは解るんだが」
「あぁ……【聖光】と【森羅】のメンバーが、一緒に居るって何事だ……!?」
「更に【旅路】【白狼】……極め付けに【ふぁんくらぶ】」
「クベラと、スオウも居るぞ……?」
豪華メンバーであるのは間違いなく、その一団は注目の的であった。
「あはは、見られてるねぇ」
「まぁ、しゃーないわ。ギルド関係なしにこの顔触れやからな」
スオウが愉快そうに笑い、クベラは無理もないと肩を竦める。自分達も含めて、目立つ集団という自覚はある。
「おっと、また連絡だよー。今度はハンマーマンゴーが欲しいってさ」
「ハンマー……マンゴー……? 待ってくれるか、レーナさん。何か、聞き覚えがある組み合わせなんだけど……」
「待った、ヒューズさん。それ以上は駄目です」
バナナな男爵の別フォームを想起したヒューズだが、ロビンがそれを止める。深く追求してはいけないのだ。
「これは、あちこちに移動する必要がありますね。ここは一つ、散開しては如何でしょうか?」
アヤメがそう言うと、集まった面々は調達リストに視線を落として唸る。確かにあちらこちらへ移動しなければならず、このままでは時間が掛かって仕方が無い。
「確かにそうでゴザルな。拙者は【天狐】がある故、サインバードを狩りに行くでゴザルよ」
ジンがそう申し出ると、他の面々も自分に適した担当が何処かを思案していく。
「ハンマーマンゴーの場所なら、俺が案内出来るよぉ」
「俺は大剣だし、これかな。グレイトバッファロー」
「ジュエルベリーか。確かダイスが言っていた、廃教会だな……よし、そっちは俺に任せろ」
「んー……私も銃があるから、サインバードが良いかな?」
「グランドボアの肉……これは、アーサーさんのカツ丼の為のものでしょうね」
「お、それなら私らの出番じゃん!!」
「うん……グランドボアはいっぱい狩ったし、イケる……」
「……ハンマーマンゴーが凄い気になるから、俺そっち行って良いか?」
「ふむ、そうするとジュエルベリー班が一人になるか? では、私が同行しよう」
「ワイは皆みたく走れへんからなぁ。取引掲示板に張り付いて、必要なモンを買うて貢献するわ」
「ハハッ、良いね。じゃあ俺は、サインバード班で。銃を使う戦い方に慣らしときたいからね」
それぞれのギルドを代表するプレイヤー達が、率先して名乗りを上げていく。すると他のメンバーも、自分の向き不向きを考慮して担当を申し出始めた。
「そうしたら、俺はタイチさんと一緒にグレイトバッファローに……」
「では私は、ジュエルベリー班に……」
「それなら僕も弓使いなので、サインバードの方を……」
「うわっ!! 今度は、ブラウキングサーモン!?」
「あ、それなら俺が良く釣れる場所を知ってます。ご一緒しませんか?」
「マジで!? よろしくっす、マキナさん!!」
「あ、それなら私も!! 釣りなら人手が必要そうだし!!」
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調達班
【七色の橋】
ジン・マキナ・PACリン・PACセツナ・PACカゲツ
【桃園の誓い】
ゼクス・チナリ・PACラウラ・PACスティード
【魔弾の射手】
レーナ・ミリア・ビィト
【聖光の騎士団】
ギルバート・ヴェイン・クルス・他3名
【森羅万象】
アイテル・シア・ナイル・ヴェネ=ボーレンス・他2名
【遥かなる旅路】
タイチ・ロビン・ランラン・マックス・リーリン・PACブラスカ・PACコリン・PACシャーリー・他3名
【白狼の集い】
ヒューズ・メギド・他3名
【忍者ふぁんくらぶ】
アヤメ・ハンゾウ・タスク
【フリーランス】
クベラ・スオウ=ミチバ
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その頃、現実世界。とあるテレビ局で、一人の少女が一仕事を終えた所であった。
「それでは、お疲れ様でした!」
生放送に出演していた彼女は、収録が終わり挨拶を済ませると足早にスタジオを後にする。そんな瑠璃を見送る者もいれば、逃がすまいと近付く者もいた。
「あ、瑠璃ちゃん!! お疲れ!! 今日も最高のトークだったね。そうだ、今日はイヴだし、俺達と一緒に打ち上げでもどうk」
「お疲れ様です!! 済みません、今日は友達との先約がありますので!! いずれ、機会があれば!! 亜麻音さーん、家までお願いします~!!」
今話題のイケメン俳優・タキトシこと【滝山 年也】。食い気味に断られ、放置されていった。
「……あらら、トシちゃん……フラれちゃった……」
「おい、聞こえんぞ……!! 女癖悪いらしいし、瑠璃ちゃんも知ってたんじゃねーの? ほら、彼女って清純派だし」
「ウラでは解らないっすよ、アイドルなんて。どーせこれから、性の六時間に決まってますって……チッ」
まさか瑠璃が急いでいる理由が、VRMMOのクリスマスパーティーの為とは思いもしないだろう。ちなみに彼等の言葉は、年也にもバッチリ聞こえている。
――チッ……伊賀星美紀もいねーし、渡会瑠璃もシカトするし……!! 仕方ねぇ、引っ掛かったオンナで我慢するしかねぇか……。
ちなみに彼の悪評はアイドル界隈では結構知れ渡っていたらしく、彼の誘ったアイドル達はマネージャー達と共に退散済みであった。
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パーティーの開始時間が近付く、その頃。とある一軒の喫茶店で、一人の男性が項垂れていた。
「はぁ……逝きたくないなぁ……」
何だか、ものっそい切実な溜め息と弱音が漏れ出ている。誤字じゃないからね、これ。
彼の目前には、二つのシステム・ウィンドウが開かれていた。その内の一つは、今日のクリスマスパーティーに参加する面々の……主に調達班宛の、素材調達メッセージが表示されている。
問題はもう一つの画面……それは、内輪で作ったトークグループだった。
『コーヒー楽しみにしてるね、セス』
『セスさん、今日はユージンさんのお寿司もあります。チラッと見ましたが、とんでもない完成度です。会場でお待ちしていますね』
『セスっち、この前作ってくれたカクテルの材料あったZE☆ いっぱい採ってくから、買い取りヨロ~(^▽^)/』
『やっほ~! セス君がドリンク作りやすい様に、カウンター確保しといたよん♪ あ、何人かドリンク作り出来そうな人には声掛けたからね!! また後でね~!!』
『御存知とは思いますが、逃げようとは思わない方が良いですよ。あの二人が並んだら、どうせ無駄な足掻きですから』
ここまでは、まだいい。これまでメッセージでも、何度もやり取りしていた相手だ。問題は、その後。
『ユーちゃんに招待して貰って、こちらのトークグループに参加しました。皆さん、どうぞよろしくお願いしますね』
『そういう事なので、よろしく。あと、まぁうん。済まん、い㌔……特にセス』
――何で自分を名指しするんだ、あの暴君は!!
内心で不平不満を呟くセスだが、行かないという選択肢は自分には無い。それは理解しているので、渋々ではあるが立ち上がった。ようやく、重い腰を上げる事にしたらしい。
既にシステム・ウィンドウの収納内には、ドリンク作りに必要な器具や材料が収められている。ちゃんと支度はしていたという事は、行きたくないという一心で自分の店に留まっていたのだろう。
パッと見は普段通りの表情を装いつつ、カウンターから出たセスは店の入り口へと向かう。外に出てみれば、町を行き交う人達は悲喜交交といった風情である。
大切な相手や、気の合う相手とイヴを過ごせる者もいれば、異性の居ない集団や一人きりの者など様々なプレイヤーで溢れていた。
徒歩圏内のパーティー会場に向かうべく、セスが歩き出した……そこで、彼の背に声が掛けられた。
「あら、セスさん?」
それは、店の常連客であるプレイヤーの声。贔屓にしてくれる事もあり、セスは陰鬱な心中を押し隠して振り返った。
「こんにちは、フィオレさん……と、おや? そちらは……」
常連客とは、【フィオレ・ファミリア】のギルドマスターであるフィオレ……そして、彼女の妹・弟である。
しかしそんな三人に、意外な人物が同行していた。シスターっぽい服を身に纏った、銀髪の美少女である。
「お初にお目にかかります。私、【闇夜之翼】のギルドマスターを努めております、セシリア=ランバートと申します」
……
どうやらセシリア、偶然フィールドでフィオレ達と出会ったらしい。第四回イベントでは、激戦を繰り広げたギルドマスター同士。しかしイベントでの戦いを経て、互いにその実力を認め合う間柄になっていた。
善良な性格の者同士、すぐに二人は打ち解けた。そこでフィオレが、折角のイヴだからとセスの喫茶店に誘ったのだった。
「そうだったのか。済まないね、今日はパーティーに出席しなければならなくて……常連客に何も振る舞えないのは、心苦しいんだけど」
欠席は出来ない、それは解っている。なのでセスは、折角の客に対して申し訳なさそうに謝罪した。
「いえ、仕方ありませんよ」
「お気になさらないで下さい、セスさん」
「えぇ、また日を改めさせて頂きます」
「それじゃあセスさん、お気を付けて! またです!」
ギルマスコンビも、ステラもネーヴェもそう言って手を振る。そんな彼等に一礼し、セスも歩き出そうとし……そこで、彼のシステム・ウィンドウがメッセージの受信を報せた。
『許可は取っておきますので、お誘いしては? メンバー的にも、問題は無いでしょう』
黒幕……の奥さんからの、そんなメッセージだった。タイミングを見計らったかのようで、事実その通りの内容にセスは軽く目眩を覚える。
セスは、彼女に頭が上がらない。その意向を汲めなければ、後で己の身に災いが降り掛かること請け合いだ。
歩き出そうとしたセスが立ち止まったので、四人は不思議そうな顔をしている。そんな面々に、セスは苦笑しながら声を掛けるしかなかった。
「良ければ、一緒に行くのはどうかな。友人知人を誘っても、どうやら良いらしい」
次回投稿予定日:2023/3/1(本編)
とんでもメンバーによる、合同クリスマスパーティー。
何も起こらないはずがなく……。←