15-37 第四回イベント終了しました
第四回イベントが終わった、その翌日となる十二月二十一日。ジン達は揃って、【七色の橋】のギルドホームに集まっていた。勿論、今回のイベントにゲストとして参加したユージン・リリィ・クベラ・コヨミも一緒だ。
机を囲んだメンバー達は、グラスを手にして待っている。何を待っているのか? それは当然、今回のイベントでギルドを率いたヒイロの挨拶である。
全員の準備が整った事を確認し、ヒイロは仲間達に視線を巡らせる。
「それでは、第四回イベントお疲れ様でした。我々【七色の橋】は惜しくも第二位という結果になりましたが、あの激しい戦いでこの成績を残せたのは皆のお陰です。それでは全員の健闘を称えて……乾杯!!」
『かんぱーい!!』
唱和と共に、グラスを掲げる面々。そしてそれぞれが、グラスを合わせて言葉と笑顔を交わし合う。
第四回イベントにおいて、【七色の橋】の最終成績は第二位という結果に落ち着いたのだった。
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第四回イベントの終了アナウンスが流れた後、プレイヤーはそれぞれのギルド拠点に転送された。これは、戦線離脱となった面々も同様である。当然だが、最初から観戦していたプレイヤー達はそのままだ。
イベントを終えたプレイヤー達の胸中は、十人十色といった状態。力及ばず悔しがる者が居れば、最後まで戦えた事に満足する者も居た。
そうこうしていると、各ギルドの拠点上空に光の線が走る。光の線は長方形を描き、巨大なシステム・ウィンドウを形成した。これは、第一回イベントの中間・最終結果発表でも使用されたシステムだ。
その巨大なシステム・ウィンドウに、運営メンバーの姿が映った。
『アナザーワールド・オンラインをお楽しみの、プレイヤーの皆様。第四回イベントへご参加頂き、誠にお疲れ様でした』
中央に立つのは、今回のイベンターを務めるセイン。その後に、シリウス・エリア・レイモンドといった責任者達が並んでいる。
『ゲーム内で三日に渡る、長時間のイベントとなりました。まずは、イベントに参加された皆様の健闘……称賛を贈ると共に、心から感謝申し上げます』
それぞれのギルドの拠点では、プレイヤー・PAC・応援者全員でその様子を見守っている。
今、彼等が最も気になるのは自分達のギルドの順位……そして、どのギルドが今回のイベントの頂点に輝いたのか。セインもそれを理解しており、長々と挨拶を続けるつもりはなかった。
『それではお待たせ致しました。最終集計が完了致しましたので、これより成績発表に移りたいと思います』
セインがそう言うと、最終成績発表が始まる。参加ギルドの総数は百九十一組……順位が下のギルドから順に、成績が発表されていく。
最初だけは二十一組、次からは二十組毎に成績が発表される。そうして六十位からは、十組毎の発表となった。マップ内でプレイヤー達の歓喜や悲嘆の声が上がる中、いよいよ上位の発表となる。
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1位【森羅万象】
2位【七色の橋】
3位【聖光の騎士団】
4位【魔弾の射手】
5位【遥かなる旅路】
6位【桃園の誓い】
7位【忍者ふぁんくらぶ】
8位【漆黒の旅団】
9位【白狼の集い】
10位【絶対無敵騎士団】
11位【暗黒の使徒】
12位【仮設ギルドC】
13位【ラピュセル】
14位【フィオレ・ファミリア】
15位【闇夜之翼】
16位【天使の抱擁】
17位【真紅の誓い】
18位【仮設ギルドA】
19位【ベビーフェイス】
20位【竜の牙】
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最終日の終盤まで、生き残っていたギルドは二十組。その全てが、二十位以内にランクインする形となった。
そして今回のイベントで最終的にトップに躍り出たのは、大規模ギルド【森羅万象】であった。これは拠点防衛の成功と、戦闘不能になっていないメンバー数が最も多かった事によるボーナス判定あっての結果である。
【七色の橋】もボーナス判定は得られたのだが、戦闘不能になっていないメンバーという点では【森羅万象】の方が多かった。
そんな訳で、結果発表を受けた【森羅万象】はお祭り騒ぎになっている。その盛り上がりぶりは、日を跨いでも続いた程だ。
そうなると暴走するメンバーも居たのでは? と思われる所である。そこはギルドマスター(シンラ)とサブマスター(クロード)が、しっかりと手綱を握って抑えてみせた。
更にメンバー達に対しても、決して増長しないように釘を刺してある。
その甲斐あってか、問題らしい問題は起こっていない。勝って兜の緒を締めよ、それを地で行っているのだった。
とにもかくにもイベント上位入賞を収めた【七色の橋】も、お祝いと相成っているわけだ。料理や飲み物を口にしつつ、和やかな雰囲気でこの時間を堪能している。
「にしても、最後のアレは凄かった。流石の一言だね」
「あー! ジン兄とヒメさんの!」
「ふふっ。お二人のコンビネーション、とても素敵でしたね♪」
ユージンが口火を切れば、話題はイベント終盤戦の各々の戦いに変わる。最初に話題に上がったのは、並み居る強敵……特にアークを倒し切った、ジンとヒメノの戦いについてだ。
「えへへ……あの時は、もう無我夢中でした」
「僕も。没入感っていうか、ひたすら戦いに集中していた感じかな」
そんな二人の言葉に、目を剥いたのはコヨミである。
「え、あの時って……こう、ユニゾンか? ってくらい、息ピッタリの動きでしたけど……こう、相手に合わせようとか……意識していたわけじゃないんですか?」
「「ですねぇ……」」
「……マジで?」
コヨミの驚きは無理もないが、二人は決して合わせようと意識してはいなかった。しかし、だからと言って考え無しに動いていた訳ではない。
「ジンさんなら、私の動きに合わせてくれるって信じてましたから♪」
「あはは……まぁ、僕も同じかな? 僕が敵の動きを止めれば、ヒメは必ず仕留めてくれるって思っていたからね」
つまりはそういう事。互いに相手を信じて、全力を尽くしたのだ。
惚気とも取れる、そんな二人の言葉。しかし、誰もツッコミを入れる事など出来なかった。コヨミなど、口をあんぐりと開けている。待たれよ、乙女。
そんな雰囲気を払拭するのは、やはりこの二人。
「あらら……ヒイロさん、私達も負けていられませんね?」
「俺とレンなら、同じ事が出来るとは思うけどね」
悪戯っぽい小悪魔モードのレン様降臨。その矛先はやはりヒイロだったが、彼は彼で二人の発言に共感する部分があった。
「レンの魔法は、AWO随一だ。全幅の信頼を置いているという点では、俺も二人の気持ちが分かるよ」
大真面目にそんな事を言うヒイロに、レンは言葉を失ってしまう。その頬が紅潮し、何かを言おうとしても言葉が出て来なかった。レン様の貴重な赤面シーン。
そんな二組のカップルは置いておこうと、クベラはマキナに視線を向けた。
「マキナはんも、凄かったなぁ。あの【ドッペルゲンガー】、性能やら使い勝手やらはどないなもんやった?」
強引な話題転換ではあるが、二人の世界に入っているカップル×2はそっとしておいてあげよう。そんな意図が透けて見えていた。
クベラの内心を察してか、マキナはわずかに苦笑いしつつ質問に答える。
「【ドッペルゲンガー】が戦闘不能になったら、僕も強制的に戦闘不能になりますからね。使いどころは難しそうですけど、上手く扱えるならかなりのアドバンテージになると思いました」
一般的に知られる逸話からデザインされたであろう、スキル【ドッペルゲンガー】。これはマキナの姿形や、ステータスがそのまま反映された分身スキルだ。【ドッペルゲンガー】はAIで制御されるが、動きまでマキナのそれに非常に近いものだった。
「マッキーとドッペル君のお陰で、【魔弾】の陣形を崩せたッスね! あれが無かったら、多分普通に敗けていたかタイムアップだったッスよ」
そう言って、マキナに拳を突き出すハヤテ。そんなハヤテに、マキナも笑みを浮かべて拳を突き出した。コツン、と拳同士が合わせた二人。その姿を、アイネとネオンは優しい表情で見守っている。
「ミモリも、凄かった、ね……?」
「同感でございます。ユージン様の退場の後、たった一人であの大人数を落とし切るとは……お見事でございました」
カノンとシオンが、フライドポテトを堪能するミモリに賞賛を贈った。そんな二人の言葉に動じる事無く、ミモリはポテトを嚥下してから首を横に振る。
「私一人の力じゃないのよ、あれ」
ミモリはそう言うと苦笑しつつ、視線を少年少女が集まる場所へと向けた。
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最終日を目前に控えた、二日目の夜。ミモリは拠点内の工房で、せっせとポーション類を作っていた。
ポーションを投げるくらいしか、自分には出来ない。近付かれたら、為す術がない。そんな、ネガティブ思考に陥りながら。
「あれ、姉さん?」
「ミモ姉、精が出るッスね」
そこへやって来たのは、ジンとハヤテ。イトコ二人であり、可愛い弟同然の二人であった。
「二人共、お疲れ様。工房に来るなんて、どうかした?」
内心のネガティブな思考を押し隠す様に、ミモリは二人に用件を尋ねる。ジンは手裏剣や苦無等の、投擲アイテムを補充する為。ハヤテは弾丸を補充する為に、工房を訪れたのだと返答した。
「成程ね、ちょっと待っていてね?」
拠点にいる間は、ミモリ達も生産活動に勤しんでいた。生産向けの応援者達の助力も、非常に大きな要素である。お陰で現状、在庫は十分であった。
二人の為に、アイテムを棚から出すミモリ。その様子を見て、ジンはある事に気付いた。
「姉さん、何か悩んでる?」
他人の心の機微に敏い、ジンの特性発動。ミモリが何かに悩んでいるのを見抜き、それについて尋ねたのだ。
「……そう言えば、ジン君は昔っから鋭かったわよね……」
隠しても無意味と、ミモリはあっさり白状した。ジンとハヤテ、自分の身内が相手という気安さもあっただろう。
自嘲気味に内心を吐露するミモリに対し、二人はひたすら聞き手として付き合う。そうして、ミモリの話が終わった所で……二人は、ある提案を口にしたのだ。
「それなら姉さん、これ使ってみない?」
「投げるのは、ポーションだけじゃないッスよ! ミモ姉なら、ソッコーで使いこなせるはずッス!」
ジンが差し出したのは、手裏剣だった。
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「と、二人に勧められてね……薬品を仕込めば、私の強みも活かせるって」
そう言って、ミモリは袖口に手を入れ……そこから、長い棒状のアイテムを取り出した。所謂、棒手裏剣だ。
「で、二人と一緒に試したらね……何か、普通に出来ちゃったのよねぇ」
「……わぉ」
「流石で御座いますね」
運動神経は並以下のミモリだが、投擲技術に関してだけは何故か見事な才能を発揮する。それこそ、長い時間の鍛錬を重ねて来たジンと同等以上に。
もはや、ここまで来ると天賦の才と言っていいだろう。
もうネガティブな考えは薄れており、この戦術ならば自分も共に戦える……そんな実感があるらしい。その可能性を示してくれたのは、彼女の大切なイトコ達だ。
「ジン君と、ハヤテ君の……アドバイス、だったんだ……」
「ふふっ、そうなの」
ミモリはそう言って、談笑する二人を見つめる。優しさと、感謝の念が溢れた視線だ。しかし、次の瞬間にその視線が残念そうなものに変化した。
「ぶっつけ本番の実戦だったけど、マキビシだけでカタが付いちゃったのよね。新しい薬を塗った、≪棒手裏剣≫も試してみたかったんだけど……」
残念だったのは、あっさり終わってしまった事について。もっと、色々試してみたかったらしい。
「そ、そう……それは、残念……だね? ……あ、そう言われたら……私も試していないのがあった」
生産職JDコンビは、実戦で試せなかったアイテムについて思いを馳せていた。作り上げるだけではなく、使用感も試したいのだろうか。
「……やはり、お二人はよく似ておいでですね」
苦笑しつつ、シオンはそう言って二人のグラスに飲み物を注いだ。
そんな面々を横目に見ていたセンヤは、隣で食事を堪能するヒビキに視線を向けた。
「あの時、ジンさんを助けられて良かったね」
センヤからの言葉に、ヒビキは笑みを浮かべて首肯した。
「うん。多分あそこでジンさんが戦闘不能になっていたら、順位も下がっていたかもしれないね」
事実、上位陣のポイントは接戦だった。それを考えると、ヒビキの言葉は間違いではない。
しかしセンヤは、首を横に振ってみせた。
「ヒビキはジンさんに憧れてるじゃん? 憧れの人を手助けできて、良かったねって事だよ」
ストレートなその言葉に、ヒビキは視線を泳がせる。
現実でも、小柄で非力な少年であるヒビキ。彼は強い男になりたいと、常々思っている。それには腕力だけではなく、精神的な強さも含まれている。
そんなヒビキにとって、ジンという少年は憧れの存在だ。
強さと優しさを兼ね備えており、誰もが一目置くトッププレイヤー。ファンクラブという名の下部組織(自称)まで存在する、AWOの看板プレイヤーといって差し支えないだろう。
それで謙虚さを忘れず、常に正々堂々と振る舞うジン……ヒビキが尊敬し、憧れるのも無理はないだろう。
「まぁ、うん……ジンさんが敗ける所を、見たくないなって思ったんだよね……あはは」
「ふふっ、それは分かるよ! 私もジンさんが敗ける姿を、想像できないもん」
そうして笑い合う二人だが、彼等は背後にある人物が迫っていた事に気付いていない。
「ハードル上げないで欲しいな。まぁ、善処するけど」
そう言って、二人の頭に手の平を優しく置いたのはジンだ。
「わぁっ!? ジンさん!?」
「ありゃ、どこから聞いてました?」
「敗ける所を見たくないな、という所から?」
憧れの人云々は、聞かれていなかったらしい。聞かれて困る事ではないのだが、ヒビキが気恥ずかしさでオーバーヒートしかねない。そう考えると、良かったのかもしれない。
「さて、それで……ヒメには話していたんだけど、皆に報告が」
ジンがそう言うと、その場に集まった全員が彼に注目する。ジンはシステム・ウィンドウを開き、収納から一つのスキルオーブを取り出した。そのスキルオーブの色は、黒……ユニークスキルを示す色だ。
「えっ!?」
「おやおや……」
「ユニークスキル……ジン、それはいつ何処で……?」
驚く面々の中で、努めて冷静に振る舞うヒイロ。親友の問い掛けに、ジンは勿体振ることなくすぐに返した。
「……アークさんとの決着が付いた、あの時に手に入ったんだ」
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ユニークスキル【クライシスサバイブ】
説明:死線を乗り越え必ず生還する勇者の力。
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「死線からの生還……か。これの取得条件は、何だったんだ?」
ヒイロがそう問い掛けると、ジンはシステム・ウィンドウに表示された取得条件……エクストラクエスト【クライシスサバイブ】について説明する。
「新たなエリアが開放された時点で、規定数のキルカウント達成……それと、一度も戦闘不能になっていない事だよ」
キルカウントはさておき、一度も戦闘不能になっていない……その条件に、ヒイロは表情を引き攣らせた。
これまでの通常プレイだけでも、戦闘不能にならないという条件は困難だろう。その上で、第一回イベント・始まりの町防衛戦……第二回イベント・PvPトーナメントがあった。更に今回の第四回イベントは、GvGサバイバルである。正直、戦闘不能にならない方がおかしいとすら思ってしまう。
「つまり、条件を達成したのがイベント中だった……って事ですか?」
「いや、それだとおかしい……新たなエリアが開放された、それはつまり第二エリア開放時点のはず。だとすると……」
不可解そうなネオンに、マキナが己の考えを口にする。そうしてある程度の予想が付いた彼に、ユージンが同意を示した。
「そう……戦闘不能になっていないという条件に適合するプレイヤーが、複数いたんだ……例えば、僕とかね」
「えっ、ユージンさんも!?」
自分も条件に適合していた……そう告げるユージンに、誰もが驚いた。しかし、レンだけは難しい顔をしている。
「……あの、もしかしたら私も……今回のイベントで、初めて戦闘不能になりましたから」
「レンもだったのか……」
この二人ならば、キルカウントはまず足りているだろう。そして戦闘不能になっていなかったのだから、【クライシスサバイブ】を手にしていたのは二人だったかもしれない。
「後は、アークさんッスか。もしかしたら、他にも居たかもしれんけど」
「アーク様とジン様、ヒメノ様の戦いに決着が付いたタイミングだったという事は、そうなのでしょう」
難しい顔をする面々を見て、ユージンは人差し指を立てて自分の考えを話し始める。
「【九尾の狐】なんかの、伝説を基にしたユニークとは異なるタイプだね。特定の条件を達成した、到達者への報酬となるユニークスキルさ。僕の【クレストエンチャント】も、同じタイプだ」
ユージンがそう言うと、ヒメノは自分のシステム・ウィンドウを見ながらある共通点について口にする。
「スキル内容は違いますけど、私の【エレメンタルアロー】にも勇者って書かれてますね」
「ふむ、つまり【勇者】系のユニークスキルですね」
コヨミが直感でそう告げると、他の面々も確かにと納得する。その分類名は運営内で通っているものと同じであるが、それを知る事は流石に出来ない。
「こうして考えると、ユニークスキルの傾向が解ってきたんじゃない?」
「……伝説の、生き物……それに、勇者……だね。四字熟語のは、どう……なんだろう……?」
ミモリとカノンの疑問に、今度はクベラが自分の考えを口にする。
「今、四字熟語持ちで解っとるのはヒイロはん、ハヤテはん、アイネはんやな。どれも現地人由来なんやろ?」
「ッスねー。それに本人達も、魔女・剣鬼・守護騎士と称号まで持ってるッス」
称号持ちの現地人(NPC)……それを探せば、ユニークスキルを得られるかもしれない。誰もがそんな考えに行き当たる。
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その頃、運営メンバーの集まる部屋。
「いやぁ、何とか無事に終わって何よりですね……」
「現実では数時間だけど、中では三日だもの……疲れたわ〜」
互いに労い合う面々は、一仕事終えたと脱力モードに突入していた。体感では長時間の重労働だったのだから、無理もないだろう。勿論、交代制で休憩をとってはいた。しかし、それでも疲れるものは疲れるのだ。
そんな脱力している運営メンバーだが、唐突に扉が開く音を耳にしてビクッと反応する。
「あ……ボス!!」
「さ、サボってませんよ、別に!!」
慌てて佇まいを正す面々に、ボスこと初音室長は苦笑する。
「少しくらい、気が抜けても仕方が無い。今回のイベントは、大仕事だったからな。あと、ボスはやめろ」
そう言う室長の後ろからは、三枝がカートを押して入って来た。そのカートから漂うのは、食欲をそそる良い香りである。
「こ、この臭いは……っ!!」
「ま、まさか……!?」
「あぁ、お察しの通りピザだ。安心していいぞ、俺の奢りだからな。勤務時間中だしアルコールは駄目だが、ノンアルコールなら構わないぞ」
「「「「さっすがボス!!」」」」
「ボス言うなって言ってんだろ、要らないのか?」
「「「「要ります!! 要ります!!」」」」
大喜びのメンバー達にやれやれ、といった表情を浮かべ、初音室長はコンソールの前に座る。メンバーが食事を堪能している間は、自分がゲーム内のモニタリングを担当する為だ。
――さて、残るは後始末だな。大半の【禁断の果実】の連中は、今頃はビクビクしているだろうが……。
思い返すのは、午前中にこの建物を訪れた一組の男女。自ら進んでユートピア・クリエイティブに連絡をし、アポイントを取って来館した二人。
伊賀星美紀と、益井舵定……罪を認め、ケジメを付けるべく訪問して来た二人の事だった。




