15-32 激動の最終日10-決戦・風雲七色城-
次々と各地での戦いに決着が付いていく頃、【七色の橋】の拠点での戦いも大詰めを迎えようとしていた。
二箇所の桟橋を舞台とした、トッププレイヤー達の攻防戦。エリアボスを討伐した【聖光の騎士団】と【白狼の集い】、【忍者ふぁんくらぶ】が桟橋での戦闘に加わっていく。エリアボスを相手取るのは流石に苦戦した為、残る戦力もそう多くはない。
その頃にはシオンと戦いを繰り広げていた【ベビーフェイス】【暗黒の使徒】【漆黒の旅団】も、激しい戦いの末に戦闘不能になり拠点に死に戻りしていた。
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■拠点【七色の橋】
【七色の橋】(36人)
シオン・ミモリ・カノン・ユージン・クベラ、応援者ダナン、応援NPC30人
【聖光の騎士団】(8人)
アリステラ・セバスチャン・タイガ、プレイヤー5人
【白狼の集い】(5人)
ヒューズ・アリアス、メギド、PAC1人、応援NPC1人
【ベビーフェイス】(2人)
リッド・ファルス
【忍者ふぁんくらぶ】(5人)
コタロウ・ココロ、プレイヤー3人
【漆黒の旅団】(3人)
アッド・リーパー・グリム
【暗黒の使徒】(3人)
シン・フォウ・ギア
【仮設ギルドC】(20人)
ケリィ、プレイヤー19人
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「ジェット!!」
「エクストリーム!!」
「アタァァック!!」
縦一列になって、疾走するのは【暗黒の使徒】のシン・フォウ・ギア。残り三人という状況下に陥って尚、【七色の橋】攻略を諦めていなかった。全てはリア充を殴る、ただその為に。
だが、そんな三人に並走する三人の人物。
「邪魔だっ!!」
「どきなっ!!」
「おらぁっ!!」
一人ずつに標的を定め、横から攻撃するのは【漆黒の旅団】。【七色の橋】は渡さないとばかりに、他のギルドに対して積極的に攻撃を仕掛けていたのだ。
「くそっ、邪魔をするな!!」
「それは出来ない相談だな!!」
リア充専門PKerと、真っ向勝負型PKerが衝突。その脇を擦り抜けるように、他のギルドの面々が駆けていく……が、そう簡単にはいかなかった。
「おっと、【聖光】さんじゃあねぇか!!」
グリムは先頭を走るアリステラを見て、それまで抑えていたフォウを蹴り飛ばして行く手を遮る。
「貴方達……PKerですわね? やるというのならば……!!」
「お嬢様、大局を見失わない様にご注意を……場合によっては、私が【七色】に向かいます」
ただ、シオンに近付きたいだけなセバスチャン。お前、そういう所だぞ似非執事。
そんな二人の背後を駆けていたタイガが、表情を引き締めて前に出る。
「PKerは私が!! お二人は、【七色の橋】を優先して下さい!!」
一方、逆側を通ろうと駆けていた【白狼の集い】。彼等が接近した瞬間、シンが反応を見せる。
「む!? リア充の気配ぃぃっ!!」
「うぉっ!? な、何だこいつ……!?」
目を血走らせながら、ヒューズに襲い掛かった。どうやらヒューズとアリアスの間にある、甘酸っぱいあれやそれを察知したらしい。流石、高性能リア充センサー搭載型PKer。
「ヒューズさん!!」
「アタシを無視するとは、良い度胸してるじゃない!!」
アリアスがヒューズを援護しようとする前に、リーパーが凶悪な笑みを浮かべつつシンに接近して短剣を振るう。
そんな混沌とした戦場を、気配を殺してソロリソロリと通り過ぎようとするのは【ベビーフェイス】の二人組。PACも応援者も倒されて、残るは彼等二人だけ……それでも【七色の橋】を倒すという強い意思が、彼等に撤退という選択を選ばせなかった。姿勢を低くしてビクビクしながら前進する姿を、滑稽と見るか勇敢と見るかは意見が分かれそうなところである。
そうしてトッププレイヤー達の横を擦り抜けた二人は、死線を乗り切ったとばかりに表情を一変させた。やってやる、行ける、行ってみせると。
「っしゃあ!!」
「行くぜぇ!!」
リッドとファルスは立ち上がり、武器を構えながら駆け出した。その先に待つシオンは、二人を見ても冷静に対処しようと大盾を構えている。
だが、リッドとファルスの進撃はそこで止められてしまう。
「させぬぞ!!」
「油断大敵ですねー」
いつの間に接近していたのか、コタロウとココロが二人に向けて攻撃を仕掛けた。
「なぁっ!? てめ、邪魔すんな!!」
「だが断る!!」
「アイェェェ!? ナンデ!? ニンジャナンデ!?」
「うわぁ、こんな良い反応してくれる人初めてですよ」
更に【忍者ふぁんくらぶ】のメンバーが、他のギルドの面々に向けて襲い掛かっていた。無論、目的は【七色の橋】の援護の為である。
だが、それでも抑えられない強者もいる。
「押し通りますわ!!」
「失礼」
アリステラとセバスチャンの主従コンビは、仲間達に他の敵を任せて【七色の橋】陥落の為に疾走する。
「そうはいかん……!!」
そして【漆黒の旅団】サブマスター・アッド。彼は【聖光の騎士団】の二人に攻撃するのではなく、シオンに向けて駆け抜けていた。無論、【聖光の騎士団】側の横槍には警戒をしている。この辺りは、流石というべきだろう。
「リア充爆発しろぉぉぉっ!!」
最後に、決してブレない【暗黒の使徒】のギア。しかしネタばかりではなく、クロスボウを構えて走る様子は安定感を感じさせる。【暗黒の使徒】は決闘専門のPKerであり、対人戦に長けているプレイヤーなのだ。盾使い相手の立ち回りも、熟知しているのである。
迫る強敵達を前に、シオンはいよいよかと気を引き締める。
「【展鬼】」
その武技発動宣言を耳にし、セバスチャンは口元を歪める。シオンの硬さは重々承知している……が、攻略法は存在する。そう確信していた。
――その鉄壁防御が崩された事がある……私はそれを覚えているぞ……!!
第二回イベント準決勝……【森羅万象】との戦いの中で、シオンの防御が破られた事があった。その時の映像とシアの発言から、シオンの【展鬼】について予測を立てていた。
――それは広範囲を守る為に、VIT値を減少させる効果。メリットに対するデメリットとしては、妥当な所だろう。
流石はトップギルド幹部にして、サポートに長けるプレイヤー。その予想は正鵠を射ており、その弱点も見抜いていた。
その弱点を突く為の対策まで、セバスチャンはアリステラに持たせている。万全を期して、シオンを倒す為に準備をして来たのだ。
そこで更にダメ押しをするのが、自分の役割である。
アリステラ、アッド、ギアが並んで駆け抜ける。そして後方のプレイヤーとも、十分な距離を取れた。この位置ならば、魔法詠唱を阻害される危険性を最小限に抑えられる。そう判断し、セバスチャンは足を止めて詠唱を開始する。
スキル【マルチタスク】により、詠唱可能な魔法は二つ。セバスチャンが選んだのは、そのどちらも【ストレングスアップ】だ。アリステラのSTRを増加させ、シオンのVITを抜く為の算段である。
しかし、彼は知らない。シオンのビルド、全てを見抜いている……そう思わせられていただけなのだと。これまでの戦いの中ですら、秘匿されて来たモノがあるのだと。
「【励鬼】!!」
シオンの発動宣言と共に……【展鬼】により分割されていた大盾≪鬼殺し≫が、彼女の手にある大太刀≪鬼斬り≫へと向かっていく。そして≪鬼斬り≫の刀身を覆うようにして、合体してみせた。
「な……にぃっ!?」
「まるで、金棒ですわね……!!」
金棒、その表現が正に正解。大江山の鬼の首領である酒呑童子をモチーフとした、山のユニークスキル【酒呑童子】。それと共に与えられたユニークアイテムと考えれば、金棒と称するのが最も適しているだろう。
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武技【励鬼】
効果:【展鬼】発動中に使用可能。分割された≪大盾・鬼殺し≫を、≪大太刀・鬼斬り≫に纏う。効果発動中、使用者のVIT値がSTR値に変換される。継続時間、240秒。
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武技【展鬼】によりVIT値が半減している為、従来の50パーセントの値がSTRに加算される……つまり、VIT値を半分STR値に変換する武技である。
恐らくは【展鬼】自体が、【励鬼】ありきの効果。そしてその見た目と効果は、やはり伝説の鬼・酒呑童子を想定してデザインされたのだろう。シオンは、そう考えている。
それはさておき、制限時間240秒の内に勝負を決める必要がある。シオンはそう判断し、この戦いで初めて攻勢に出る。
「【其の動かざること山の如く】」
身に纏うは、緑色の戦鬼のオーラ。半分になっていたステータスを、最終武技を以って補う。
第三エリアまでのエクストラクエスト攻略により、【酒呑童子】のスキルレベル上限……そして、武技や魔技のレベル上限は現在14。当然ながら上限までレベルは上げており、シオンの最終武技【酒呑童子】によるステータス加算値は140パーセント。この為に、シオンはずっと防御に徹して来たのだ。
「参ります……【一閃】!!」
最も前に接近していたアッドに向け、金棒と化した≪鬼斬り+鬼殺し≫を振るう。アッドは戦鎚でそれを受けようとして……激しい打撃音と共に、後方へと吹き飛ばされた。
「ぐ……ぁっ!?」
当然、VRなので痛みは微々たるもの。しかしながら全身を打つ殴打の衝撃、飛ばされた距離、激しい打撃音……それらがアッドの精神に対し、強い衝撃を与えた。
そして、視界に表示されているHPゲージ。そこから光がグイグイと失われていくと、残りほんのわずかという所で留まった。
――なんて威力……!! ここまでずっと、この力を隠して戦っていたのか……!?
この場での戦いが始まって、相当の時間が経過している。その間、シオンは全力を出さずにひたすら耐え忍んで来たのだ。
その間に、彼女が受けて来た攻撃は相当な数。しかもそれは、最終日に残ったトッププレイヤー達のものだ。受け切るのは、相当な忍耐力を要求される所業である。
そして彼女がこのタイミングで、全力を出した理由……それは彼女の使用したスキルには制限時間があり、その力を以って戦いを終わらせる為。ひたすら耐えて来たのは、彼女の射程距離に襲撃者全てが入るのを待っていた為だろう。
それはセバスチャンやアリステラも察しており、このままではまずいと理解している。しかしそれでも、この戦いを制する勢いでいたのだ。そこで相手が予想外の力を発揮したからといって、退散するのはプライドが許さなかった。
「私がサポートする!! 耐え凌げば、こちら有利になるはず!!」
「ですわね!! それはそうと、口調が崩れていらっしゃいますわよ!!」
遠回しに、冷静になれと釘を差しながら前に出るアリステラ。彼女はシオンの一挙一動に注視し、攻撃を予測して相対するつもりだ。左手の小盾でシオンの攻撃を受けるのは、愚策中の愚策……それを即座に判断し、その上でシオンと真っ向勝負をしようという決断力。こういう所は、流石の一言に尽きるだろう。
シオンが振るう金棒を、アリステラは必死に避ける。逆にアリステラが愛剣でシオンを斬ろうとすると、その刀身は弾かれてダメージを与えられない。
更にシオンは巧みな手捌きで、大振りな金棒を操ってみせる。本来ならば重量武器の大太刀と、重量防具の大盾である。二つを組み合わせれば、正に超重量武器。この様に軽々と扱うのは相当なSTRを要求され、困難を極める。
しかしシオンは第一回イベントの際に、ヒメノが手に入れた≪朱雀の宝玉≫と自分が手に入れた≪白虎の宝玉≫をトレードしている。
二人は自分の所有する重量装備……ヒメノは≪四門大砲・桜吹雪≫に、シオンは≪大太刀・鬼斬り≫に四神スキル【軽量化】を付与。パッシブスキルとなるこのスキルにより、所有者は重量を大幅に緩和されているのだ。この効果は金棒となった装備にも引き継がれ、効果を発揮しているのである。
ちなみにもう一つ所持していた≪玄武の宝玉≫で、≪大盾・鬼殺し≫には【硬化】が付与されている。これは発動してから四分間、武器効果により上昇するステータス強化値が上がるというものだ。
唸りを上げて振るわれる、シオンの金棒。それを必死に避けながら、アリステラは反撃を繰り出す。しかしシオンのVIT値を抜くには、今のままでは足りない。
「【ストレングスアップ】!! 【ストレングスアップ】!!」
ようやくセバスチャンにより、アリステラのSTRが底上げされた。
その効果を受け、アリステラは内心で「待っていましたわ!!」と叫ぶ。しかしながら眉一つ動かす事なく、表情はシオンの攻撃を凌ぐ時のまま。有名な財閥の令嬢として、鍛え上げて来たポーカーフェイスは揺るがなかった。
「はっ!!」
アリステラは今度こそと言わんばかりに、愛用の剣を突き出す。今までの攻撃に対して無視していたシオンだが、今はその攻撃を金棒で受け止めた。そのまま金棒を振るって剣を押し返すが、アリステラは姿勢を低くしてそれを避ける。
その場に留まれば、金棒を振り下ろされて終わる。そう考えたアリステラは、後方に跳んで距離を取った。
――STRが強化された私の攻撃を、彼女は無視せずに受けた……つまりVITが抜かれる可能性があると、判断したのでしょう。ならば、まだ勝ち筋はありますわ!!
アリステラはシオンが攻撃に転じる前に、流れを自分に引き寄せようと踏み込む。
「はっ!!」
アリステラの刺突を、またも金棒で受けるシオン。アリステラは更に、流れる様な動きで刺突攻撃を繰り出していく。
シオンは、今のアリステラのSTRならばダメージを与えられると判断した。ダメージを受けたら、最終武技【酒呑童子】の効果が切れる……それを避けたのだ。
しかし、アリステラの本当の狙い……それは、シオンに防御させる事だった。
「【ペネトレイト】!!」
シオンの金棒に触れる直前で、スキルを発動させたアリステラ。ただの通常攻撃に、【防御貫通】効果を付与させた一撃。それを金棒で受けたシオンは、驚き目を見開いた。
シオンのHPが減少すると同時に、彼女の身体を覆っていたオーラが消える。それは最終武技【酒呑童子】の効果が、ダメージを受けた事によって切れた事を意味する。
――ダメージを受けると効果終了……特殊な条件下でのみ使用可能なスキルか!!
セバスチャンはシオンの持つスキルについて思案を巡らせつつ、魔法詠唱を進めていく。今の一撃によって、流れはアリステラに向く。シオンを倒す、絶好のチャンスが巡って来たのだ。
「今度こそ、勝たせて貰う……!!」
口元を緩めながら、セバスチャンはシオンに視線を集中させる。しかしその瞬間……彼の胸を、何かが穿った。
「っ!?」
その感触と衝撃で、セバスチャンは自分が撃たれたと判断。胸元のダメージエフェクトは、弾丸によるものだとすぐに察した。
――銃……となると、ハヤテ少年か!!
視線を巡らせると、塀の上に赤髪の少年らしき姿があった。そこから狙撃されたのだろう。
と、警戒した次の瞬間。今度は、何かが上から飛んで来た。それは……一言で表すならば、球体だ。トゲのついた、バスケットボール程の大きさの球体である。俗に言う、モーニングスター……それが、セバスチャン目掛けて飛来している。
「そんな攻撃、馬鹿正直に当たるものか……!!」
飛来速度はそれなりに早いが、セバスチャンのステータスならば回避は容易。ハヤテらしき人物を警戒しつつ、モーニングスターの飛来する地点から前に出て……桟橋にモーニングスターが接触した瞬間、爆ぜた。
「はぁっ!? くっ……【クイックステップ】!!」
爆風でHPを削られつつも、【クイックステップ】を発動させてダウンを避けたセバスチャン。桟橋という横幅が狭い場所の為、前に出るか後ろに下がるかの二択となる。そこで、セバスチャンは前に出た。
――今のは、投げたのか!? となると、投げたのは……!!
第二回イベントでプレイヤー達を驚かせた彼女の戦い方は、セバスチャンにとっても印象に残るものだった。城の入口に視線を向けると、そこにはカノンの姿がある。
だが、それ以上に問題なのは……。
「ええ位置や、おおきにな」
銃を構えて自分を狙う、クベラ。彼が引き金を引くと同時、マズルフラッシュと共に撃ち出された弾丸。
「ハヤテじゃ、無い……ッ!?」
彼がハヤテと誤認したのは、ハヤテに扮した応援者だった。【七色の橋】において、銃といえばハヤテ……そんな固定観念を利用し、相手の虚を突く作戦は成功した。セバスチャンの胸元に撃ち込まれた弾丸は、彼のHPを奪い去ってみせた。
セバスチャンが倒された事で、アリステラは危機感を覚える。シオン・カノン・クベラを、一人で相手にしなくてはならないのだ。
しかし、撤退は出来ない……ここへ来た以上、残された道は倒すか倒されるかなのだ。
「……よろしくてよ。私、諦めは悪い方ですの!!」
覚悟を決めたアリステラは、不退転の姿勢でシオンに向けて駆け出した。
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乱戦の様相を呈する戦場から、少し離れたもう一箇所の桟橋。こちらでは多数のギルドが入り交じるのではなく、【七色の橋】と【仮設ギルドC】による戦いが繰り広げられていた。
とはいっても、その実態は一対一の激しい攻防戦。一人の青年と一人の女性が、桟橋を舞台に一騎打ちをしているのだ。
桟橋の終点である城の入口には【七色の橋】の面々が、桟橋の入口には仮設ギルドCの面々が佇んでいる。彼等はその戦いに手も口も挟めず、呆然としながら見守るしか出来ない。
壮絶な一騎打ちを演じるは、片や生産職人の頂点と名高いユージン。片や仮設ギルドCを束ね、最終日まで勝ち残る事に貢献した謎の美女ケリィ。
二丁の銃剣と、一振りの細剣を駆使した戦闘。互いに動きは洗練されており、戦闘という名の演舞の様である。
ケリィの細剣が突き出されるも、ユージンはそれを紙一重で回避。返す刀で銃剣を振るうが、ケリィは引き戻した細剣を使って銃剣の軌道を逸らす。
そうして再び、細剣による突き攻撃。鋭い刺突をまたも避け、ユージンはその体勢のまま左腕を頭の後に回す。
手首の動きで微調整し、≪地竜丸・参≫の銃口をケリィの胴体に狙いを定め引き金を引く。曲撃ちによる予想外の攻撃……と思われるそれも、ケリィには通用せず。彼女は跳び上がると同時に身体を捻り、避けながら斬撃を繰り出す。ユージンはその切っ先を、身体を逸して回避してみせた。
ケリィは危なげなく着地すると同時に、細剣を振り払う様に振るう。ユージンは横薙ぎのそれを銃剣の刀身でいなすと、トリガーガードに通した指を支点にして銃剣を回転させつつ踏み込む。ガンスピンさせながら、刀身を用いた攻撃だ。
そんなユージンの攻撃を、ケリィは軽やかな動きで回避。同時に細剣の刃に添えた手で、撫でるようにしながらユニークスキルの力を発動。魔力を帯びた細剣の刃は青い光に包まれ、魔法剣状態になる。
魔力を纏った細剣による攻撃は、物理と魔法の両方の特性を兼ね備える。装備で攻撃を受けた際には、攻撃の余剰ダメージが上昇する。更に魔法ダメージ、魔法効果も適用されるのだ。
それを理解しているのか、ユージンは距離を取ろうと後に跳びながら銃口をケリィに向ける。連続して引かれる引金、立て続けに放たれる弾丸。ケリィはそれに対し、魔法剣と化した細剣を振るう。迫る銃弾を、細剣一本で切り払ってみせたのだ。
お返しとばかりに、纏った魔法を解き放とうと細剣の剣先をユージンに向けるケリィ。魔法名を宣言しようと口を開くが、その前にユージンの狙いに気付く……彼が後に跳んだのも、意味があったのだ。
空中に浮かぶは、いつの間にやら彼が描いていた刻印。自分の身体でその刻印を、ケリィの視界に入らない様に隠していたのだろう。
刻印に銃口の位置を合わせ、引き金を引くユージン。放たれた弾丸は刻印によって雷属性を付与され、電撃を帯びながらケリィに向けて飛ぶ。その速度は雷属性によって加速しており、雷光の軌跡を宙に残しながら直進。ケリィの細剣……その剣先に突き進んだ。雷撃の弾丸と、魔法剣の剣先が衝突。発生するのは、【スキル相殺】。発生した反動によりケリィの細剣から魔法光が失われ、同時に剣自体が空間から押し退けられる。
ユージンは追撃とばかりに、銃口……ではなく、その下に拵えられる剣先をケリィに向けた。
「【雷竜】」
魔技発動宣言を受け、銃剣が輝く。剣先から飛び出すように姿を現した、雷光で形を為した竜。それがケリィに向けて飛ぶ。
ケリィはそんな【雷竜】を前にしても、驚きや焦燥は見せなかった。接近する【雷竜】に向けて疾走し、攻撃範囲に入ると同時に跳躍。新体操選手の演目の様に、弧を描きながら身体を捻り、回転し、【雷竜】の上を通過した。
スルーされた【雷竜】は、そのままケリィの後方に居た仮設ギルドCのプレイヤー達が居る場所に向けて直進。戦いに見惚れていたプレイヤー達に突き進み、彼等のHPを奪っていった。
そんな彼等を意に介する事無く、ユージンとケリィの攻防戦は続く。
戦闘開始から、この様な駆け引きが続いていた。既に相当な時間が経過しているのだが、ユージンもケリィも疲れた様子は一切見受けられない。むしろ戦いが激しさを増すのに比例して、二人の動きがより生き生きとしている様にさえ感じる。
戦闘開始直後は仮設ギルドC側も、ユージンとケリィが戦っている脇を通り抜けようとするプレイヤーや、二人の戦いに参戦しようとするプレイヤーが居た。しかし二人の戦いに巻き込まれた彼等はあえなくHPを散らすか、堀に落ちて戦線離脱の憂き目にあったのだった。
それだけ、二人の戦いは最初から激しいものだった。つまるところ、最初からクライマックスだった。
二人の身のこなしは洗練されており、卓越した技巧からは目を離せない。ユニークスキルを保有していたとしても、これだけの戦いを演じる事が出来るのは何人居るだろうか。これ程の攻防戦が実現しているのは、本人達の地力が高いからだと誰でも理解できた。
最早これはPvPではなく、プロフェッショナルによる魅せ物なのではないかと錯覚すらしてしまいそうになる。翻るコートやマントの裾の動きすら、計算され尽くしたものなのではないかと勘繰ってしまいそうになる。
二人の戦いを見た者に、感想を尋ねたならば最後には同じ結論に行き着くだろう。
『この戦いは、美しい』
二人の容姿、身に纏う装備、振るう武器。
繰り出す武技、精密な技巧、躍動する動き。
その全てが完全に噛み合う両者が、ぶつかり合う事で生まれる戦の舞。
敵味方も、イベントの残り時間も、何もかもを忘れて魅入ってしまう。それ程までに、この戦いは美しかった。
誰もが無意識にそう感じているものの……当人達の考えは、別であった。
激しい攻防から一転、二人は示し合わせたかの様に足を止め、攻撃の手を止めて向かい合う。
「ふふ、楽しいですね」
「あぁ、とても楽しいね。しかし……だ」
そう言いつつ、二人は困った様な笑みを浮かべていた。それは視界の端に表示される、タイムカウント。
「イベント時間、残り十分……ですか」
「名残惜しいなぁ……延長するには、どこに連絡すれば良いんだろう?」
「カラオケ店じゃないんですから……」
親し気な会話はさて置き、残り時間はもう僅か。決着を付けなければならないと、互いに考えていた。
「それじゃあ、奥の手だ……【其の知り難きこと陰の如く】」
瞬間、暗黒色のオーラが噴出。ユージンの身体を覆うそれを見て、ケリィはフッと微笑みを浮かべた。
「とても素敵ですね。それはきっと誰よりも、貴方に似合っています」
「そう褒めないでくれよ、照れるじゃないか」
嘯いて肩を竦めるユージンに、ケリィは笑みを向け……そして、表情を引き締めた。
「では、こちらも……【変身】」
優雅さを感じさせる挙動と共に、発動宣言をするケリィ。彼女の足元に魔法陣が展開され、その魔法陣が上昇。純白を基調とした彼女の服が、黒いSFテイストのものへと変化していく。
魔法陣が彼女の頭上まで上昇し切った所で、彼女の出で立ちは大きく異なるものとなった。SFチックなボディスーツに施された、青いラインが光る。【魔弾の射手】とは異なる方面で、ファンタジー世界にそぐわぬ姿だ。
そして長いロングストレートの青い髪は、ツインテールに結われている。それが何故だか、とてもしっくりと来る……ケリィの変身を見守っていた誰もが、そんな印象を覚えた。
ケリィの変身した姿を見て、ユージンはフッと笑みを浮かべた。ケリィもまた、笑みを浮かべてユージンに向けて歩み寄る。
ツインテールを揺らしながら、優雅に歩くケリィ。ユージンはその場に留まり、銃剣の空薬莢を排出する。そうして二人の距離が詰められていく中で、手慣れた動作で弾をリボルバーに込めていった。
互いの剣の射程内に入る直前で、ユージンは装填を終えて準備完了。そうして、相手が自分の間合いに入った瞬間。
「はっ!!」
「やっ!!」
銃剣と細剣がぶつかり合い、火花を散らす。それは先程までの華麗さや躍動感はなく、ひたすらに相手を仕留める為の技の応酬。ケリィの攻撃はユージンに当たり、ユージンの攻撃もケリィに当たっていく。
ユージンの攻撃の荒々しさは、過去のイベントを含めても初めて見せるものだった。ステータス向上と持ち前のクリティカル率で、ケリィの変身専用装備のAPをどんどんと削っていく。
ケリィの攻撃は刺突中心で、的確にユージンの身体を突いていく。その手数はユージンに劣らないが、クリティカル率の高さはユージンに軍配が上がっている。
ケリィの変身専用装備のAPが、早々に尽きた。これで、ユージン有利かと思われた所で……彼女は細剣を巧みに操り、ユージンの銃剣を振るう手を斬る。
痛みで武器を手放すなんてことは無かったが、ユージンの攻撃が初めてクリティカルにならなかった。それが最終武技【漆黒の竜】の持続条件に抵触し、黒いオーラが霧散していく。
しかしユージンも、それは予想済み。ケリィの動きが阻害されているタイミングを逃さず、両手の銃剣で連続射撃を繰り出した。本当に人間業かと疑ってしまいそうな程の、高速射撃。その弾丸の半分以上をケリィも避けたが、三発の弾丸に被弾してしまう。ケリィのHPがグッと減り、危険域に到達してしまった。
しかしケリィもそれで怯む事なく、ダメージエフェクトを撃ち込まれた身体を押して攻撃を繰り出す。ユージンの左腕を貫いて、銃剣の動きを阻害。そして右腕を、自分の左手で掴み攻撃を阻止した。
「……随分、情熱的じゃないか……っ!!」
刺し貫かれた左腕も、掴まれた右腕も動かせない。STRについては、ケリィの方が上らしい。
「こう……いうの、お好きでしょう……っ!!」
ユージンのHPも、危険域に到達。残り僅かなダメージで、戦闘不能に陥ってしまう。
ケリィは細剣を引き抜き、ユージンに向けて突き出した。トドメの一言も、気合いの掛け声も無し……しかしそれが、彼女の渾身の攻撃なのだと察するのは容易だった。
しかしユージンは、右手の銃剣から手を離していた。自由落下する銃剣……そのグリップエンド部分を右足で受け止め、そのまま足を振り上げた。その最後の抵抗に出た彼の瞳には、衰えを知らない戦意が滾っていた。
ケリィの細剣と、ユージンの銃剣。互いの最後の一撃が、その胸を貫いたのは同時だった。
「……あー、駄目だったか」
「んー、勝てると思ったんですけどねぇ……」
互いの体勢が、前に向けて崩れる。膝を付き、そのまま互いのいる方へと倒れ込み……地面に伏す事なく、互いの身体を支える様に留まった。
「っつーか、剣が刺さったまんまじゃん。お互いにだけどさ」
「壮絶な相打ちですね、正に」
二人の会話通り、ケリィの胸を貫いた銃剣の刀身は彼女の背中に突き抜けていた。逆にユージンの胸から背に掛けて、ケリィの細剣が貫通している。血を想起させる赤いダメージエフェクトも相俟って、傍から見たら凄惨な光景に映るかもしれない。
「あっ……初めてだな、戦闘不能」
「……そういえば、私もですね」
誰も二人に駆け寄り、蘇生させようとする者はいなかった。
それは、二人が戦闘不能になる事を受け入れているからか。それとも激しい一騎打ちを目の当たりにした衝撃で、思考回路がフリーズしてしまっていたからか。
もしかしたらこの結末を、自らの手で変えてしまう事に躊躇しているのかもしれない。
刻々と蘇生猶予時間は消費されていき、もう数秒を残すばかり……そこで、ユージンが後方に控えるミモリに向けて声を掛けた。
「済まない、ミモリ君。後を頼むよ」
そう言われて、ミモリは自分が呆然としていた事に気が付いた。慌てて≪ライフポーション≫を出そうとするも、もう時間は尽きてしまう寸前。得意の投擲技術を以ってしても、間に合わないのは明白だった。
逆に仮設ギルドCの面々も意識を取り戻し、ケリィを蘇生させようと駆け出した。少し考えれば、どう足掻いても間に合わないと気付けただろう。その結論に至れない程に、彼等も激しい動揺の中に居たのだ。
そして、蘇生猶予時間がゼロに達した。
「じゃあ、また」
「えぇ、また」
凄惨な光景にそぐわない軽い挨拶を残して、二人は光の粒子となって消滅していった。その光景はまるで寄り添い合い、運命を共にするかの様に……。
……
ユージンとケリィが消滅し、仮設ギルドCの面々は足を止めた。そして、桟橋の終点に居るミモリ達に視線を向け……声を上げた。
「ケリィさんが、道を切り開いた!! 後は!! 俺達の出番だぁっ!!」
「「「「うぉぉぉぉっ!!」」」」
気合いの雄叫びを上げ、駆け出したプレイヤー達。その行く手を阻むのは、最早自分達のみ。
ミモリは緊張した様子で投擲アイテムを取り出し、≪爆裂玉≫をすぐ手に出来るように腰布に忍ばせる。いざという時は、自爆してでも止める……という覚悟である。
自分はジン達の様に、戦闘に秀でていない。前に出て戦うには、運動神経が絶望的なまでに足りていない。
魔法スキルは多少使えるが、スキルレベルが低くてこの戦いで使うには心許ない。
攻撃手段は、アイテムを投げる事だけ。戦闘においてはそれだけしか、得意分野が自分には無い。
だが、それでもミモリは逃げはしない。残り十五人程のプレイヤー達を前に、彼女は立ち向かおうと前に踏み出した。
「ここは……通さないっ!!」
そう言ってミモリはポーチから布の包みを取り出すと、布を広げながら何かを前方にばら撒いた。しかし何をばら撒いたかまでは、遠目からでは判別出来なかった。
「気を付けていくぞ!!」
「これだけ居れば、誰かしらは突っ切れるだろ!!」
応援者達を含めても、然程の脅威とは思わなかったのだろう。仮設ギルドCのプレイヤー達は、減速すること無く駆け抜ける。
ミモリは太腿のホルダーから、試験管の様な瓶を抜き取る。それをプレイヤー達の進行方向に向けて、勢い良く投擲。彼等はそれを避ける様に、桟橋の中心ではなく端の辺りへ進路を修正。
そして、ミモリ達との距離を詰めていく。
もう目と鼻の先で、投げるアイテムを取り出そうとポーチに手を入れているミモリ。彼女を攻撃して、無駄な抵抗を止めさせようと攻撃態勢に入る仮設ギルドCのプレイヤー達は……突然、身体の自由が効かなくなった。
「……なっ!?」
「何だ、この……っ!!」
「身体が……動かない……っ!?」
十五人のプレイヤーが突然、軒並み動きを止める光景。先程までの戦いとは、また別の意味で異様な光景だった。
仮設ギルドCのメンバー達は、駆け抜けた勢いのままに倒れ込む。そうして倒れた事で、ミモリが最初にばら撒いたモノの正体に気付く事が出来た。
「これって……まさか……っ!?」
それは桟橋の色に合う様に着色された、マキビシであった。それも、ミモリが研究に研究を重ねて合成した≪パラライズポーション≫を塗った特製品である。
「マキビシだとぉっ!?」
予想外の展開に、驚愕する仮設ギルドCの面々。そんな彼等に視線を向けつつ、ミモリは投擲アイテムを取り出した。それは、先程腰布に忍ばせた≪爆裂玉≫だ。
「何でこんなので、麻痺してんだ!?」
「くそっ、汚い真似を……!! 正々堂々戦わないのか!?」
「おいおいおい!! これを使うなら、忍者のジンだろ!?」
そんな批判をするプレイヤーを、ミモリは冷めた視線で見下ろして言った。
「あら、ご存知じゃなかったかしら?」
そうして、ミモリは≪爆裂玉≫を放りながら……。
「私はユージンさんからも、太鼓判を頂けた生産職人で……AWO一番の忍者、ジン君のお姉ちゃんよ?」
そう言って、不敵な笑みを浮かべたのだった。
次回投稿予定日:2023/1/15(運営サイド)
シオンの本領発揮、ユージンVSケリィ、そして吹っ切れたミモリ。
今回は描きたい物を、思う存分描いた感じでした。
まだまだ、描きたい展開が残っています!