15-30 激動の最終日9-勝利への秘策-
【忍者ムーブ始めました】をご覧下さっている皆様へ。
新年の御挨拶を、謹んで申し上げます。
昨年も拙作にお付き合い頂き、またご感想・ご評価・ブックマークを頂きましてありがとうございました。
それでは早速、作者からのお年玉!!
新年一発目の本編をお届けさせて頂きます!!
第四回イベントの残り時間が、三十分を切る頃。ギルド【桃園の誓い】の拠点での戦いも、更に激しいものとなっていた。
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■拠点【桃園の誓い】
【桃園の誓い】(28人)
ゼクス・チナリ・ラウラ・バヴェル・ゼクト・ヴィヴィアン・応援NPC22人
【七色の橋】(6人)
ハヤテ・アイネ・マキナ・ネオン、PACカゲツ・PACジョシュア
【魔弾の射手】(5人)
レーナ・ディーゴ・ルナ、応援NPC2人
【聖光の騎士団】(10人)
ギルバート・ヴェイン・ホープ、プレイヤー7人
【森羅万象】(10人)
アーサー・オリガ・ラグナ、プレイヤー8人
【真紅の誓い】(8人)
クリムゾン・プレイヤー3人、PAC1人・応援NPC3人
【暗黒の使徒】(6人)
ダリル・ビスマルク・プレイヤー4人
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激しい戦いを繰り広げる【桃園の誓い】の拠点に、【七色の橋】と【魔弾の射手】が転がり込んできたのだ……より激しい攻防戦を演じながら。
「くそっ、銃ってのは本気で厄介だな!!」
大盾で銃撃を防ぎながら、ハヤテとカゲツを守るジョシュア。【守護騎士】と称される彼の力をもってしても、【魔弾の射手】の激しい銃撃によるダメージを積み重ねている状態だ。
アイネは≪ポーション≫を使い、そんなジョシュアの援護。今の時点で不用意に突撃しても、蜂の巣にされて終わる……それを理解しているのだ。
その背後でマガジンを交換したハヤテは、改めて【魔弾の射手】の実力に舌を巻く。狙いを定める速さ、最適な位置取り、判断の速さ。全てにおいて、彼等は高水準。
――このまま撃ち合ってちゃ、ダメだ。やっぱり、アレを試すか。でも、それには……。
自分の策を使うには、【魔弾の射手】の動きを乱す必要がある。そう考えて、ハヤテは戦場全体に視線を巡らせる。
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激しい戦いの末、ゼクトは残り十人の応援者と共に【真紅の誓い】との戦いを継続していた。
「くっそ……しぶてぇなぁ!!」
ゼクトの硬い防衛体制は、見事に【真紅の誓い】の侵攻を食い止めていた。それに対し、苛立ち交じりに声を張り上げて斬り掛かるクリムゾン。
そんな青年に、ゼクトはニッと笑みを浮かべて応えてみせる。
「当たり前だ!! 仲間を守る為に、身体を張ると宣言している!! そう簡単に通すものかよ!!」
その巌の様な容姿に見合った、しっかりとした固い決意。それがゼクトの言葉から、感じ取れたのだろう……クリムゾンは、剣を両手で強く握り締める。
「……あぁ、そうかい。だが俺達は、お前らに勝ちに来たんだ。押し通らせて貰うぜ」
「ふっ、やってみせろ……俺は、守る事にはそれなりに自信があるぞ」
向かい合い、一触即発といった雰囲気の両者。
「行くぞお前等!! 俺に続け!!」
「「「イエッサー!!」」」
「絶対に通さねぇ!! 野郎共、頼りにしてるぜ!!」
「「「おうっ!!」」」
決死の突撃を開始する、クリムゾン率いる【真紅の誓い】の面々。それを迎え討つ、ゼクトと応援者達によって構成された【桃園の誓い】防衛チーム。
ゼクトは大盾を構えながら、クリムゾンの斬撃を受け止める。その瞬間に【シールドバッシュ】を発動させ、強引にクリムゾンを押し返す。
豪快さと強引さを思わせる動きだが、その陰には技量の高さと精密さが隠れている。それはクリムゾンも、身をもって実感していた。
更に特筆すべき点は、彼等の装備だろう。プレイヤーやPACが所有する装備は、店売りではないのは明らか。作り込まれているのが見ただけで解り、性能も高いのだろうと察するに余りある。
そして応援NPC達が身に着けているのも、どうやらそれ相応の装備らしい。プレイヤーの装備には及ばないだろうが、自分達の応援NPCの物よりも上等な装備だろう。参加人数の大小で得られる応援NPCの違いは、ステータスポイントの差のみ……ならば、装備品は同等の物であるはず。
――こいつら、応援NPCの装備を予め用意していたのか……!!
半分正解、半分は不正解である。
第三回イベントで、生産に参加した初期メンバーの面々。彼等はこのイベントに備えて、試行錯誤しながら装備作りに勤しんでいた。追加メンバーの装備が完成するまでに拵えた品々や、完成後に鍛えた品々を応援者達へ託したのである。
そしてイベント開始からも、拠点に残った面々は生産を続けていた。消費アイテムは勿論の事だが、不足している装備品等も作り続けていたのだ。こちらは生産専門の応援者が居る分、イベント前よりも捗ったくらいだ。
戦う為の準備を怠らず、力を尽くし続ける。その姿勢を崩さず、貫き通すからこそ【桃園の誓い】は強いのだ。
――これは……勝てねぇな……っ!! でもよっ……!!
内心で諦めつつも、共に戦う仲間達……そして今は別行動中のスカーレット達の為に、歯を食いしばってゼクトに再び斬り掛かる。
「まだまだ、ここからだっ!! 倒れるとしても、そんときゃ前のめりじゃねぇとなぁ!!」
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一方、ゼクス・ギルバート・アーサーのAGI特化組による攻防戦。
元よりジンに次ぐ実力者として名高いギルバートとアーサーだが、その二人を相手にしているゼクスも負けてはいない。
「ふむ……!! 素晴らしい、素晴らしいぞゼクス!! 第二回での戦いから、ここまで力を付けるとは!!」
「しかも、技量もな……!! ここまで長時間やり合っても、ペースを崩せないとは……!!」
「トップランカーからのお褒めの言葉、痛み入るぜ!!」
ギルバート・アーサーの掛け値なしの賞賛。それを受けて尚、ゼクスは意識を逸らす事無く戦いに集中する。
ゼクスが手にしているのは、今回のイベントに備えてグレードアップされた二振りの中華刀。【七色の橋】と共同で臨んだ第三回イベントでの経験を元に、自分達で鍛えた新たなゼクスの愛刀。その性能はユニークアイテムには劣るものの、ウルトラレアアイテムに迫る性能を有していると言っても過言では無い。
主な製作者はケイン……そして既にギルドを追放されてしまった、ドラグである。とは言っても、この作業にはギルドメンバー全員が携わり協力して作り上げた物だ。
更に装飾品も、数あるアイテムの中から自分に適した物を選定して調達。それを材料にして、製作し直したのである。
こちらも、ギルドメンバー総出での生産だった。そしてこの作業の主担当を引き受けたのがゼクス、そして彼の最愛の恋人であるチナリである。
服もまた、イリスとフレイヤを中心に強化された。デザイン自体はユージンが手掛けた物と変わらないが、その性能は大幅に向上している。
何故、デザインがそのままなのか? それは、彼女達にある考えがあったからだ。それはこのイベントが終わったら【七色の橋】のメインデザイナーとなっているセンヤと共に、新デザインを作り上げようというものである。
そしてこれらの品々に関与しているのは、生産職の頂点と目される男。ユージンは【七色の橋】だけではなく、【桃園の誓い】と【魔弾の射手】に自らの生産レシピを提供しているのだ。この事は、三つのギルドの間では周知されている。
それも全て、ユージンにとって三ギルドが大口顧客であり……そして、友人・仲間として大切に思っているからだ。
ちなみにゼクスの出で立ちには、もう一つ今までとは違う点がある。それは、彼の両肩に浮かぶ赤い紋様だ。タトゥーの様にも見えるそれは、時折光を帯びる事がある。
そんな装備面での拡充と、素材調達における探索を経たゼクス。更なる成長を遂げた彼の戦い振りは、傍から見ても見事なものと賞賛されて然るべきものだ。
しかしながら、既に相当な時間を費やしている。イベントでの勝利を目指すならば、ここで決着を付ける必要があるだろう。
誰よりも早くそれに思い至ったアーサーは、不敵な笑みを浮かべて構える。
「悪いが、もう残り時間も僅かだ……ここらで、ケリを付けさせて貰うぜ」
既に、【禁断の果実】戦で損傷した専用装備は修復済み。万全を期した状態で、この最終日の戦いに臨んだのだ。
「行くぜ!! 【変身】!!」
アーサーは「行くぜ」の所で左手を前に突き出し、「変身」のタイミングでその手を天に掲げた。まさかの変身ポーズである。どこの忍者に影響されたんだろう?
眩い光に包まれたアーサーは、愛用の変身専用装備を身に纏った。その姿を前にしたギルバートとゼクスは、アーサーの動きを警戒……するより早く、行動を起こした。
「そう来ると思っていたぞ、【閃光】のアーサー!! なればこちらも……【オーバードライブ】ッ!!」
ここへ来て、まさかのギルバート。彼はこの最終日に、新たなスキルを引っ提げて参戦していた。
赤いオーラを身に纏ったギルバートは、躊躇う事無くアーサーに向けて斬り掛かる。彼の【変身】と違い、【オーバードライブ】は時間制限のあるスキル。一気呵成に決めたいと思うのも、当然の帰結であろう。
「【ミリオンランス】【グングニル】!!」
ジンとの戦いで編み出し、修練に修練を重ねて我が物とした武技と武装スキルの融合。激しいオーラの槍衾が、アーサーを襲う。
「く……っ!! これか!!」
狙う場所、発動させた距離も計算し尽くされた、会心の攻撃。その激しい連続攻撃に、アーサーの鎧のAPが削られていく。
だが、そこに更なる驚愕が襲い掛かる。
「仲間外れにすんなよ、寂しいだろ?」
ステータスを底上げした、ギルバートとアーサー。その二人に向けて、ゼクスは臆する事なく接近する。
「【コントラクト・リリース】!!」
ゼクスが宣言をした瞬間、彼の両肩に刻まれた紋様が光を放つ。同時にゼクスの動きが加速し、一瞬でギルバートとアーサーの間に割って入る。
「何……っ!?」
「速い……!!」
驚愕により、動きを一瞬止める二人。ゼクスはその瞬間を見過ごす事無く、ギルバートとアーサーに向けて中華刀を振るう。彼の刀には【鈍足】効果を付与する効果があり、ギルバートとアーサーの動きが鈍った。
「まだまだ行くぜぇ!!」
歯を剥いて笑いながら、ゼクスは追撃を繰り出す。その速さは先程までとは違う、圧倒的な速さ。
「くっ……!! アンタも切り札を隠してたか!!」
「当然!! お前等と同じステージに立つ為に、必死で努力したんでなぁ!!」
【変身】したアーサー、ギルバートの【オーバードライブ】に匹敵するステータス向上。このカラクリは、彼が準備期間中に得たスキルオーブによるものである。
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スキル【コントラクト】
効果:ステータスの中から一種類を選択し、【リリース】時に選択したステータス+300%。効果持続時間30秒。
条件:【シール】を発動させ、スキルスロットから【コントラクト】を除くスキルを三つ選択する。【リリース】可能になるまで、選択したスキルの効果を封印する。最低封印時間300分。
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スキルスロットのスキルを五時間の間、封印するというデメリット。その代償は大きいが、解放した際のステータスは四倍になるという強力なメリットがあるスキルである。
いま光を放ち、徐々に消えていく紋様。これは、【コントラクト】によってスキルが封印されている事を示すものだ。
無論、ゼクスが選択していたステータスは、AGI。五時間以上前に【コントラクト】でスキルを封印し、ここ一番で解放する為に準備していた。
つまり今の今まで、ゼクスはスキルを三つ封印した状態で戦っていたのだ。彼が封印していたのは、【短剣の心得】【感知の心得】【隠密の心得】。残りは【体捌きの心得】に【スピードスター】、そしてこの【コントラクト】である。
とはいえ、ゼクスは【拡張スキルスロット】を二つ使用している。そこに収められている【刀剣の心得】と【超加速】は有効な為、何とか二人のトップランカーと渡り合えていたのだ。
「うおぉぉぉっ!!」
「はあぁぁぁっ!!」
「負けるかよっ!!」
ゼクスも、ギルバートも、アーサーも攻撃の手を緩めることはない。速さと技量、そして熱意の応酬。ギルバートの【オーバードライブ】も、ゼクスの【コントラクト】も効果継続時間は三十秒。その制限時間を迎えるまでに、アーサーの変身専用装備のAPが尽きる。
アーサーの鎧が光の粒子となって砕け散ると同時に、ギルバートの槍がアーサーの肩を抉った。
「……ちぃっ!!」
ついに、HPが大きく低下したアーサー。しかしそこで、ギルバートとゼクスのスキル効果が尽きてしまう。全員が切り札を出し尽くし、三つ巴の戦いも最終局面だ。
「勝つのは……【聖光】だっ!!」
「いいや!! 【森羅】だ!!」
「【桃園】に……決まってんだろ!!」
ギルバートの槍がゼクスの腹を引き裂き、ゼクスの中華刀がアーサーの胸に突き刺さる。そしてアーサーの直剣は、ギルバートの首を捉えた。
減少していく、三人のHPゲージ。そして、最初に崩れ落ちたのはアーサーだった。
「……ちっ、やられたぜ……」
そんなアーサーに気を逸らさず、ギルバートはゼクスに追撃を加えようとする。しかしその前に……。
「おぉぉ……らあぁぁっ!!」
左手の中華刀を、ギルバートに向けて投げるゼクス。ギルバートはそれを槍の持ち手で弾き落とすが、次の瞬間に目を見開いた。
「王手だぜ、色男」
ゼクスが中華刀を手放した左手に握るのは、腰に装備した≪飾り布≫で隠していた≪サブマシンガン≫。現実世界にも存在する≪Samopal vzor 61”スコーピオン”≫を模したそれは、第二回イベントでもゼクスが使用していた。
「喰らいなッ!!」
そう言って引き金を引けば、≪サブマシンガン≫から吐き出される銃弾。それがギルバートに向けて飛ぶ。
しかしながら、ギルバートも高速状態での戦闘に慣れ親しんだプレイヤー。スキル効果が解除され、【オーバードライブ】の反動を受けた状況でも……高速戦闘の経験により培った動体視力は、衰えてはいなかった。
――見える……!! 弾丸の動きを、追える……ッ!!
弾丸はどう足搔いても、直線的に飛ぶ。その軌道に、愛用の槍を……正確にはその穂先の腹を使って、全力で振るう。それはまるで、テニスのリターンの様に。
「何だとッ!?」
「はああぁっ!!」
しかし、それで全てを捉えられるとは限らない。穂先から逸れた弾丸は、ギルバートの身体に容赦無く突き刺さる。しかし彼がリターンした弾丸は、逆にゼクスへと襲い掛かる。
「く……そぉ……ッ!!」
ゼクスののHPが、その返撃によりゼロに達した……が、それはギルバートも同様。返し切れなかった弾丸により、ギルバートも全てのHPを失っていた。
「ふ……ふふふ……っ」
HPを全て失って尚、ギルバートは口元に笑みを浮かべていた。
「彼以外にも……こんなにも……敬意を表するに値する好敵手が居る」
仰向けになって倒れる前に、彼は心情を吐露する……それはとても、満足気なものだった。
「何と……嬉しい事か」
そのまま、倒れ込むギルバート。同時に膝を付き、前のめりに倒れ伏すゼクスも同様に笑っていた。
「へっ、そりゃあお互い様だ……」
そう言って、ゼクスは先に倒れたアーサーに視線を向ける。
「どうだ? お前さんも……そう思うだろ?」
その言葉を向けられて、アーサーはかつて感じた衝動と似た感覚を覚える。それは第二回イベントで、全力を尽くして競い合った末の敗北……ジンとの勝負に敗れた時と、同じ感覚であった。
その感覚は……強いて言うならば、歓喜。競い合い、高め合う相手が居る事に対する歓びの念だ。
「ふっ……否定は、しないさ……」
最期まで立っている事が出来なかった、その事に悔しいという思いはあるが……出せる力を出し尽くす事が出来たからだろうか、逆にいっそ清々しい。
「……次は、俺が最後まで立ってみせるぜ」
「ふっ……それは、こちらの台詞だ」
「いいや、俺が次は貰うぜ……勿論、次はアイツも交えてな」
彼等の脳裏に浮かぶのは、ある少年。紫色の飾り布を翻して疾走する、このゲームにおけるスタープレイヤーの一人。
「そういや、アイツはどこに居んだろうな?」
「ふむ……確かに気には掛かるな」
「予想を超える、トンデモ状態になってるかもな。なにせ、アイツってアレだし」
激戦を演じた同士だからか、互いに砕けた口調で会話を始めてしまう。これが、時間制限のある会話なのが残念な点だろう。もしもこれが蘇生猶予時間でなければ、彼等の間に生まれた縁は深まるのだろうに。
「あ、時間だ……じゃ、お先」
アーサーの蘇生猶予時間が尽きるまで、残り数秒。一足先に戦線離脱する……それが、アーサーにとっては悔しいポイントである。だが、大した差は無いと言わんばかりに、ゼクスとギルバートはアーサーに親密さを感じさせる挨拶を返した。
「お疲れさん、またな」
「良い戦いだった、感謝するよ」
「……あぁ、また戦ろう」
そんな二人の言葉に、笑みと言葉を一つ残して、アーサーは退場した。蘇生待機時間の満了まで、五分……そのタイムロスを考えると、ギルド拠点に戦線復帰しても拠点防衛くらいしか出来ないだろう。
そして数秒の後、ゼクス・ギルバートの蘇生猶予時間が終わる。激戦を繰り広げた三人は、相打ちでその戦いを終えるのだった。
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三人の戦いは、別の場所で戦う面々も気に掛けていた。その結果が引き分けで終わった事で、危機感を覚えるのはどの陣営も同じだ。
「ゼクス……!!」
ラグナと戦いを繰り広げていたチナリは、恋人の戦線離脱を見て表情を歪める。彼等と、そしてジンとの戦いに備えて努力していたのを、誰よりも側で見守っていたのだ。敗北ではなく、引き分け。勝利でもなく、引き分けだ。
しかし彼は同時に、己の役割を見事に果たしてみせた。ギルバート・アーサーというトッププレイヤーを抑え、そしてこの戦場から排除してみせたのだ。そう考えると、防衛という面では大金星。
その上、ゼクスは五分後に戦線復帰が出来るのだから。
だが同時に、【聖光の騎士団】と【森羅万象】も同じ考えだ。トッププレイヤーの注意を引き付け、相打ちとはいえ戦闘不能まで持っていった……これは戦術的にも、大きなメリットとなる。
「今がチャンスだ!! 【桃園】の拠点を攻略する!!」
チナリと戦っていたラグナは、彼女との戦闘を切り上げる様に指示。転身して、【桃園の誓い】の拠点に向けて駆け出す。
「あっ……!! そうはさせない!!」
彼等の後を追って走り始めるチナリと、そんな彼女に続く応援者達。それを声や足音で確認しつつ、ラグナは進行方向に意識を向ける。
そこで戦いを繰り広げていたのは、もう一人の親友。オリガもラグナの考えを察したらしく、ヴェイン率いる【聖光の騎士団】に背を向ける。
「アーサーのお陰で、厄介な敵が戦闘不能になった!! 今が好機だ!!」
「「了解っ!!」」
そうして駆け出したオリガ部隊に、ヴェインは薄ら笑いを浮かべていた。
「敵に背中を向けるのが、どういう事か解ってるだろうに……なぁっ!!」
ヴェインの放ったクロスボウの矢が、オリガの背中に向けて飛ぶ。オリガは愛用の大剣を背負う様にして、その矢を受け止めてみせた。
「ほぉ?」
視線を細めるヴェインは、オリガ達……そして、進行方向から見て合流するであろうラグナ達を見る。
「成程ねぇ……大方二つの部隊が合流して、強引に【桃園の誓い】のクリスタルまで突っ切る気か。でも……」
クロスボウに矢を装填しながら、ヴェインはチームメンバーに向けて声を張り上げる。
「ギルバートの旦那がやってくれたんだ、俺等も負けてられないよなぁ!」
「「おぉっ!!」」
ヴェインの掛け声に、呼応する様に雄叫びを上げる【聖光の騎士団】のメンバー四人。
普段は無気力そうなヴェインが戦意を露わにしているのも、彼等の意識を高揚させる一因だ。
無論、それもヴェインは織り込み済みだ。
普段からだらけた態度をしているのは、相手の油断を誘う為。同時にここぞという時に、普段との落差で仲間達の闘志を掻き立てるのである。
こうした演出が出来る様に、普段の振る舞いから徹底している……ギルド内でヴェインが高く評価されるのは、こうした面も含まれている。
拠点に向けて駆けて来る【森羅万象】二組と、【聖光の騎士団】一組。その後方から追跡する、チナリチーム。それを目の当たりにして、拠点防衛を繰り広げていたヴィヴィアンは顔を顰めた。
――ただでさえ【暗黒】と、【聖光】の人達を抑えるのに精一杯なのに……!!
ラウラと、八人の応援者達。彼等の奮闘で何とか耐えているが、戦況は芳しくは無い。自作した≪ポーション≫等を大量放出し、必死に指示を出して堪えているのだ。ここへ来て、敵チームが増えるとなると……正直、抑え切れないだろう。
しかし、それでも退く訳にはいかない。仲間達から託された、最後の砦という役割なのだ。
今まで向いているからという理由で、生産の腕しか求められずに戦場に立つ機会が無かった。そんな自分の想いを受け止め、共に戦おうと言ってくれた【桃園の誓い】の仲間達。彼等に応える為にも、ここで負ける訳にはいかなかった。
ヴィヴィアンは杖を握り締めて、最後の手段に思い至る。魔法職にとっての、最終手段……自爆による範囲攻撃【マナエクスプロージョン】。これならば、敵チームを一網打尽に出来る。
「ラウラさん、応援者の皆さん! 入口の防御を固めて下さいっ!」
そう言ってヴィヴィアンが前に飛び出せばPACであるラウラと、NPCである応援者達はその指示に素直に従う。
そんなヴィヴィアンの行動を見て、【暗黒の使徒】の面々……そして、【聖光の騎士団】の面々は即座に彼女の狙いに気付いた。
彼女は自爆して、自分達をまとめて倒す気だ……と。
これまで自分が主導で、前に立つという経験が無かったヴィヴィアン。その為、戦いの駆け引きにおける経験は少なかった。
このイベントに備えて戦術や戦略について、学んで来たものの……それらは知識として、覚えただけ。経験が伴っていないのだ。
「あいつが自爆する前に、【クイックステップ】で離れるぞ」
「あぁ、了解」
ヴィヴィアンの意図を予測した【聖光の騎士団】の面々は、【マナエクスプロージョン】に備えて回避する算段を付けていた。
同時に【暗黒の使徒】のメンバー達も、各々が【マナエクスプロージョン】にどう対応すべきか言われずとも察している。同時に「リア充爆発しろ」と内心でほくそ笑んでいた。
ヴィヴィアンの目論見を見抜き、彼女の自己犠牲も無駄な足掻きとせせら笑う。それは、気の緩みだった。
「【バーニングカノン】!!」
ヴィヴィアンの動向にばかり集中していた彼等の横から、容赦なく放たれた火炎の魔砲。その灼熱の炎が、【聖光の騎士団】の面々のHPを焼き尽くした。
「な、何だと……!?」
「お、俺のHPが……!! まだ、あんなにあったのに……!!」
その炎は【暗黒の使徒】にも届き、ダリル・ビスマルクの二人だけがかろうじて戦闘不能を避けられた。しかし魔法攻撃に少し掠ってしまい、HPは大幅に削られてしまっている。その上、状態異常【延焼】を負ってしまった。
「……【七色の橋】」
ヴィヴィアンがそう口にした通り、そこに立っていたのは和装の青年と少女。【七色の橋】のマキナとネオンの二人だ。
「まさかここで、【七色】とはな!! 何という運命!! 神はやはり、俺達にリア充を滅せよと言っているのか!!」
「しかも、感じる……感じるぞ!! リア充の気配を感じるッ!! 桃色の髪の少女!! 君からは、甘酸っぱい青春の匂いを感じるぞぉっ!!」
生き残ったダリルとビスマルクが、何かテンションを上げていらっしゃる。ちなみにこの二人が、【暗黒の使徒】のギルドマスターとサブマスターだったりします、ハイ。
「ごめんなさい、撃ち洩らしちゃいましたね……」
「……」
申し訳無さそうなネオンに対し、マキナは厳しい視線をダリルとビスマルクに向けている。そんな二人の参戦により、オリガとラグナ、そしてヴェインは足を止めてしまう。
スパイ戦でその戦いを目の当たりにしてはいるものの、初めて対峙する相手だ。警戒するのも当然といえば、当然だろう。
しかし、【暗黒の使徒】は違った。
「行くぞぉぉっ!!」
「リア充爆発しろぉぉっ!!」
警戒? 何それ、美味しいの? そんな事よりリア充爆発しろ。それが彼等の生きる道、貫き通すプレイスタイル。しかもダリルとビスマルクは、そんな【暗黒の使徒】のスローガンを掲げるトップツー。マキナとネオンに向けて、全力疾走を開始する。使徒まっしぐら。
「さて、それじゃあ作戦通りに行きましょう!!」
ネオンの言葉に、頷いて応えるマキナ。迫る【暗黒の使徒】を前にして、二人は冷静に迎撃態勢を整える。
「俺は男の方をやる!!」
「ならば少女は俺が!! 気が引けるけど、出来るだけ優しく倒す!!」
ギルドマスター・ダリルはマキナを、サブマスター・ビスマルクはネオンをロックオン。一対一で、【七色の橋】を下そうと息巻く。
しかしそれは彼等の都合、そう言わんばかりにネオンがマキナに呼び掛ける。
「二人纏めてですけど……大丈夫ですか?」
心配そうなネオンに視線を向け、マキナはしっかりと頷く。果敢に駆け出したマキナは、両手の短槍を駆使して二人へ同時に攻撃を繰り出す。
「いい度胸だ!!」
「ふん、大した自信だが……!!」
マキナの攻撃を避けて、二人は反撃……の前に、マキナの追撃が彼等を襲う。
「何っ!?」
短槍は取り回しに優れる武器であり、使いこなせば怒涛の連続攻撃を可能とする。その謳い文句はカタログスペックとして見られがちだが、極めればその俗説通りに息も吐かせないラッシュを繰り出せるのだ。
マキナはかつてはソロプレイヤーであり、短槍二本でモンスターを相手に生き抜いてきた実力者。ギルドに加入してからは、対人戦の訓練を積み重ねて来たのだ。
「む、ぅ……っ!! 無名のプレイヤーと、侮ったか……!!」
「しかし俺達も、ギルドを率いる身!! リア充を撲滅すべく、日々鍛え上げて来たのだ!!」
マキナの激しい攻撃を何とか凌ぎ、反撃に転じようとする二人。しかしマキナはそれを見ても、臆することは無かった。
「マキナさん!!」
ネオンの呼び掛けに応じる様に、マキナはその場から飛び退いた。瞬間、激しい雷光がダリルとビスマルクに迫る。
「【サンダーフォール】!!」
頭上から落とされた、雷の一撃。それはネオンの武器≪大善慈錫≫に搭載された、武装スキル【チャージング】によって強化された魔法攻撃だ。
その威力は申し分なく、ダリルとビスマルクのHPが枯渇する寸前に至っている。
「こ……のぉっ……!!」
「こんな……馬鹿な……!!」
魔法攻撃により発生した状態異常【麻痺】により、二人の身体は動かない。そこへ、マキナがすかさず迫る。
「【ツインピアス】!!」
短槍による、鋭い突き。容赦を排したその攻撃が、二人にとってトドメとなった。
速攻で【暗黒の使徒】を下したマキナとネオンは、こちらに向かって来る【聖光の騎士団】と【森羅万象】を見る。どちらのギルドも、自分達を警戒しつつ真っ直ぐに向かって来ていた。
迫る強敵達を前に、ネオンの表情が強張る。
その瞬間だった。
「【アクセルドライブ】!!」
陣羽織姿の青年が、攻撃を繰り出したのだ。その標的となったのは、【魔弾の射手】のディーゴ。そして、攻撃を繰り出したのは……マキナであった。
「なん……だって……っ!?」
予想外の所から、予想外の人物による攻撃。思わず誰もがネオンの側にいるマキナと、ディーゴに攻撃したマキナに視線を彷徨わせる。
それは、【魔弾の射手】……レーナとルナも、例外では無かった。
「アイ!!」
「OK!!」
ハヤテはレーナに向けて、≪オートマチックピストル≫で連続して発砲。それをレーナは、横跳びになって避けた。地面を転がる勢いを利用して、大勢を立て直すが……動揺は、まだ拭い切れない。
一方でアイネは、ルナに向けて急速接近。薙刀を振るい攻撃すれば、ルナもその攻撃を避けようと駆け出す……レーナやディーゴから、引き離されるように。
「何だ、あれは……!?」
「双子……なのか!?」
オリガとラグナが驚き足を止める中、ヴェインはネオンの側にいるマキナの頭上に視線を向ける。カラーカーソルを凝視しても、【MACHINA】という表示は変わらない。
「もしかして、俺や忍者と同じ……いや、しかし……」
もしもこれが【分身】ならば、既にどちらかのマキナが消え去っているはずだ。それに先程の【暗黒の使徒】との戦いで見せた動きからすると、ステータス半減にもなっていない様に見えた。
「作戦成功……ここからが本番です!!」
「くっ……!! やっぱり、アイネちゃん……強い……っ!!」
ルナを激しく攻め立てるアイネ。彼女の言葉から、レーナはこの状況は【七色の橋】の作戦だと察した。ハヤテと撃ち合う中で、彼女は糸を引いていたのがハヤテだと察する。
先程までの消極的な戦い方とは打って変わった、闘志剥き出しの銃撃。動きが、狙いが、そして猛禽類の視線が、それを感じさせる。
「私達を……分断させる為の、作戦なんだね……!!」
「銃使い三人を相手に、馬鹿正直に戦うのは下策ッスからね!!」
やはりか、と納得する。そして、この状況を作り出したマキナ……彼こそが、この作戦のキーパーソン。
「カゲッちゃん!! ネオンさんとドッペル君の所へ!!」
「おじいちゃんも、お願いします!!」
ハヤテとアイネの指示を受け、駆け出すカゲツとジョシュア。その発言の中で、レーナは聞き逃せない名詞に気付く。
「ドッペル……もしかして、【ドッペルゲンガー】……?」
「あらやべ、口が滑っちゃったッスね」
そんなハヤテの言葉に、レーナは白々しいなと感じた。最後まで騙して終わるのではなく、作戦成功と同時に明かすつもりだったのだろう。現に、アイネもマキナも、ハヤテを咎める様な表情ではない。
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スキル【ドッペルゲンガー】
効果:プレイヤーのステータス・装備・スキルをコピーしたNPCを生成する。
プレイヤーもしくはNPCのHPがゼロになった時、同時にもう片方のHPもゼロとなる。
クールタイム、24時間。
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ネオンと共に注意を引くようにして戦っていたマキナは、スキルによって生み出されたNPC……もう一人のマキナだ。レベルを上げても、スキル熟練度を上げても一人しか生み出せない。その代わり、ステータスはマキナのステータスそのまま。
全ては【魔弾の射手】……この戦場で最も警戒するべき勢力の虚を突き、彼等を分断する為のハヤテの策。アイネも、マキナも、ネオンもその為にここまでもう一人のマキナがマキナ本人であるように振る舞っていたのだ。
「マッキーが作ってくれたチャンス、絶対に無駄にはしないぜっ!!」
「全力で……参ります!!」
ハヤテとアイネが、それぞれの相手との戦いに臨む。そしてマキナもディーゴを前に、気合いを入れて短槍を構えた。
「皆の為に……いざ!! 参る!!」
そんなマキナに対し、ディーゴは笑みを浮かべた。
「いい顔をしている……君と戦えることを、嬉しく思うよ」
それは彼の実力……そして仲間の為に全力を尽くして戦う姿に、感心を覚えたからだ。
「ビックリはしたけどよ……構うな、突っ込めぇっ!! 」
オリガが声を張り上げると、ラグナと【森羅万象】の面々が再び駆け出そうとする。しかし彼等が驚いている隙に、チナリ達がヴィヴィアンの下へと辿り着く。【七色の橋】の同盟ギルドだけあり、彼等が生み出す予想外の展開に耐性があったお陰だろうか。
「ヴィヴィさんは、後ろから支援で大丈夫!! 安心して、私達が付いてます!!」
「はい……はいっ!!」
ヴィヴィアンの自己犠牲は、チナリも気付いていた。仲間の為に己の身を犠牲にする覚悟は、悲しくもあり……そして、共感する部分もある。だからチナリは拳と拳を打ち合わせ、気合いを入れて宣言する。
「ここは、通さない!!」
殺到する【森羅万象】の軍勢を前に、応援者達と応戦するチナリ。その背後からヴィヴィアン達の援護が入るものの、長きに渡る防衛戦の傷跡は浅くない。徐々に【桃園の誓い】の応援者達に、限界が訪れ始める。
「済まねぇ、お嬢……」
「くそ、まだ戦えれば……!!」
最後まで共に戦おうと足掻きつつ、力尽きていく応援者達。紛れもなく彼等は仲間であり、その戦闘不能はチナリやヴィヴィアンの胸に鋭い痛みを走らせる。
そして、最早防衛ラインは保たない……と思われた、その瞬間。
「油断し過ぎじゃないかい?」
銃声が、戦場に響き渡った。撃ち出された弾丸は、オリガとラグナの背中に命中。そのHPが、固定ダメージによってぐっと減る。
「……ヴェイン!?」
「何故、お前が……銃を……!!」
ヴェインは陽の光を反射する、純白の銃を手にしていた。それはリボルバータイプの、大振りな銃だった。
「折角、【魔弾】が情報をくれただろ? その情報を生かして、銃を作る事の何が不思議なのよ?」
そう言いながら、ヴェインは再び引き金を引く。連続して射撃が出来る時点で、その性能はハヤテや【魔弾の射手】が持つ物と大差無い性能だろう。
「切り札を隠していたのは、こっちも同じ。それじゃあ、お疲れさん」
ヴェインの放つ弾丸により、オリガとラグナのHPが尽きる。
そのまま【聖光の騎士団】のメンバーがチナリ達と【森羅万象】に迫り、激しい攻撃を開始した。
「さぁて、このまま……はっ!?」
悪寒を感じて身を屈めれば、自分の頭があった場所を弾丸が通過した。それも一発ではなく、二発だ。そして直後、靴で地面を踏み締め走る音がヴェインの耳に届く。続いて、銃声。それは程近い場所まで迫っているが、自分の方に弾丸は飛んで来てはいない。そしてまたも銃声が響いて、ヴェインは地面を転がりながら弾丸を避けた。
「ヤベェ、これ死ぬかも」
至近距離で銃を振るいながら戦うのは、ハヤテとレーナ。その駆け引きは留まる事なく動き続け、ハンドガンタイプの銃とライフルタイプの銃を駆使した高度な攻防戦。その合間に、銃口がヴェインに向いたタイミングで無造作に引き金を引いてみせた。
「おっとぉ!? マジかよ……でも!!」
ヴェインは体勢を整え、その直後に駆け出す。
「俺も混ぜて貰おうか……なっと!!」
ハヤテ・レーナ・ヴェインによる、銃の撃ち合い。ガン=カタか? それとも悪魔も泣き出す便利屋のアレか? と思わせる程の、完成された動きの数々。激しい戦いによって、蓄積していくダメージ。
そうして、最初に脱落したのは……やはり、ヴェインだった。
「いやはや……参ったね、こりゃ」
そう呟いて、仰向けになりながら天を仰ぐヴェイン。その目を閉じて、深い溜め息を吐く。
「あぁ……勝ちたかったなぁ……」
普段から、昼行灯を演じて爪を隠す能ある鷹……つい漏れてしまった言葉は、彼の被った仮面に隠された本心なのだろう。
そんなヴェインから離れていきつつ、ハヤテとレーナの戦いは終局へ。レーナはハヤテのHPを見て、押し切れるところまで来た事を確信。
「【オーバードライブ】」
この戦いを終わらせるべく、切り札を発動させた。
ステータスが格段に強化されたレーナは、ハヤテの死角から銃撃を放つ。その場に留まる事なく、動き続けながら。
前後左右から迫る弾丸に、ハヤテの身体のダメージエフェクトが増えていく。そうして、もうあと一撃で……という所で、レーナはハヤテの正面に立つ。
無駄口を叩く事無く、引き金を引く人差し指に力を込める。そうして、弾丸が吐き出される瞬間。
「【フライクーゲル】」
それは、ドイツ語で"魔法の弾丸"を表す単語。ハヤテの右手の人差し指に嵌められた指輪から、オレンジ色の光の弾丸が放たれた。
「……っ!?」
レーナが射撃する瞬間を狙った、絶好の一撃。それはレーナの腹に命中し、彼女のHPを全て奪い去ってみせた。
しかしレーナの弾丸もまた、ハヤテの心臓部分に命中。彼のHPも同時に尽きて、互いに戦闘不能へと至ってしまった。
「……ここまでずっと、切り札を隠してたんだね」
「自分の手の内を晒すの、嫌いなんスよねぇ」
「あはは、ハヤテ君らしいねぇ」
力が抜けて倒れてしまった二人だが、その口調に悲壮感は伺えない。全力を出し切り、戦った結果だからだろう。
「……この分だと、【桃園の誓い】は防衛成功ッスかね。もう、ゼクスさんも戻るっしょ」
「だねぇ、うちの二人は抑えられちゃってるし……純粋な前衛相手だと、分が悪いね」
視界の端を見れば、第四回イベントの制限時間を示すタイムカウンターが表示されている。イベント終了までの時間は、残り二十分。余程の事が無い限りは、【桃園の誓い】は凌ぎ切れるだろう。
「また戦りたいなぁ、ハヤテ君と。ここまで熱くなったのは、久し振りだよ」
「俺も【魔弾】の皆さんには、勉強させて貰ったッス。結構強くなったと思ったけど、まだまだだった」
レーナはその言葉を聞き、フッと口元を緩めた。
「でも、しばらくはPvPは良いかなぁ……やっぱりプレイヤー相手に戦うより、モンスターをプレイヤーと倒す方が楽しいからね」
「それは大いに解るッスよ」
元より、同盟相手。敵になるよりも、味方として戦う方がやはり良い。これは、互いに考えている事だった。
そうして、蘇生猶予時間が尽きる頃合い。
「じゃ、またね!」
「ッス、対戦あざっした!」
戦闘不能になった同士とは思えない、軽い感じで挨拶を交わす両者。浮かんだ笑顔は清々しく、やり切ったという思いが滲んで見えるものだった。
それからの戦いは、一進一退の攻防が続いたが……【桃園の誓い】は拠点を最後まで守り抜き、イベントの終了を迎えるのだった。