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忍者ムーブ始めました  作者: 大和・J・カナタ
第十五章 第四回イベントに参加しました・弐
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15-23 幕間・その頃の【天使の抱擁】

 ギルドクリスタルの絶対数が減った事により、ギルド同士の戦いは「自軍のポイント稼ぎ」から「敵のポイントを削ぐ」方向へ推移した。

 主にその標的となっているのは、過去イベントで活躍が見られたギルドだ。特に名が挙がるのは、やはり第二回イベントの決闘トーナメントに進出したギルドだろう。

 そして標的にされていて、第二回イベントに参加していなかったギルドがある。それは、ギルド【天使の抱擁】だ。


 ごく一部にとっては、スパイ騒動を発端とした理由。しかし現時点でアンジェリカと【禁断の果実】の繋がりについて知っているのは、ほんの一握りのギルドのみである。

 それはスパイ討伐に参戦したギルドと、その様子を見ていた観戦者達……そして、【天使の抱擁】の面々である。


 スパイとの関係について知らない彼等が、何故【天使の抱擁】を標的としているのか? それはアンジェリカの活躍を通して、【天使の抱擁】が大規模ギルドの一角と認識されているからだった。

 同時に彼等は、【聖光の騎士団】や【森羅万象】と異なる点がある。それは【天使の抱擁】が”アンジェリカのファンが集まったギルド”であり、誰もが強いプレイヤーではないと考えられていた。そして、それは実際にその通りだ。


 そんな【天使の抱擁】は、ギルド拠点で防衛に徹している。

「ハイド、また敵襲だ!!」

「魔法職は、城壁上で詠唱開始!! 弓職は配置に付け!! 前衛の回復は!?」

「まだ半分だ!! ポーションの振り分けに難航してる!!」

「回復済みの奴は俺に着いてきてくれ!! 残りは回復次第、ある程度の人数で揃って出撃!!」

 何故、彼等が拠点防衛しか出来ないのか? 理由は単純で、戦力が少なくなったからだ。


************************************************************


 スパイ討伐戦……その場には、【天使の抱擁】の面々も居合わせた。そこで知った、アンジェリカの目的……そして、スパイ集団【禁断の果実】との接点。

 アンジェリカはジンとの戦いに敗れた後、蘇生待機時間を経てギルド拠点にリスポーンした。そこから、場は大いに荒れた。


「手下を使ってスパイ行為なんてして、恥ずかしくないのか!?」

「そんな手を使ってまで、人気が欲しいのか!?」

「カイトやジェイクは、グルなんだろう!? あいつらと共謀して、俺達を騙していたんだな!!」

「こんなやつの為に、俺はステータスポイントをあげたのかよ……!! ふざけんな、俺のポイントを返せよ!!」

 そんな声を上げるのは、スパイ達の自爆や暴走で戦闘不能になった面々。拠点にリスポーンした彼等は、アンジェリカが帰って来るのを待ち構えていたのだ。

 リスポーンした彼女を確認すると、彼等は一斉にアンジェリカに詰め寄った。その顔に浮かぶ激しい怒りの表情が、彼等の鬱屈した心を表しているかのようだった。


 アンジェリカが何か言おうとしても、喚き散らすプレイヤー達は聞く耳を持たない。

 【八咫烏】の為に譲渡したステータスポイントの返還や、贈ったアイテムや装備……更には、動画サイトやライブチケットなどの金を返せとまで言い始めた。


 その騒動が沈静化したのは、スパイ討伐戦を生き残った面々が帰還してからだった。納得できない心を抑えて、スパイとの戦闘に参加したプレイヤーが少数だが居たのだ。

 最も、彼等はアンジェリカの敗北を見届け……そして、スパイが殲滅されるとその場を離れた。討伐ギルドと同席する立場ではないと思ったし、そうするのは気が引けるどころの話ではなかったのだ。


「落ち着けよ、何の騒ぎだ……いや、言わなくてもいい。予想は付く」

 その少数の中の一人……それは、ハイドだった。紛糾する面々に対して、クールダウンする様に声を掛けたのだが……それは、彼等の神経を逆撫でした。

「何処に行っていたんだ、お前ら!! 今更のこのこと帰って来やがって!!」

「リスポーンしてないって事は、逃げて来たのか!! 俺等を見殺しにしやがったんだな!!」

「汚い真似しやがって……お前らも、ぶっ潰してやろうか!!」

 ヒートアップしたプレイヤー達は、ハイド達にまで噛み付き始める。その顔は醜く歪み、口から吐き出される言葉は更に過激な発言も増えていく。どれもこれも見るに堪えない醜態、聞くに耐えない罵声ばかりだ。


 そんな彼等に対して、声を掛ける女性が居た。

「ねぇ……今の様子の動画、撮れたんだけど。見る?」

 そう言って、システム・ウィンドウを可視化したのはソラネコだった。再生され始めた動画には、糾弾するプレイヤーの様子が撮影されている。

「恫喝に、人格否定に、脅迫めいた言葉まで……うーん、不適切発言のデパートだよね? これを通報したら、どうなると思う?」

「はぁ、そりゃあ脅しか!?」

「脅しも何も、純然たる事実だよ。だからそうなる前に、落ち着こう? 冷静に話をしないと、何の意味も無いでしょ?」

「悪いのはそっちだろうが、怖くも何ともねぇぞ!!」

 状況は変わらず、糾弾するプレイヤー達は勢いを維持している。


 その様子に溜息を一つ吐いて、ソラネコは何でも無いかのようにシステム・ウィンドウの可視化を解除して操作し始めた。

「そ? じゃあ、通報しちゃうかな」

 ポチポチと、ウィンドウを操作するソラネコ。彼女の様子は淡々としている。それを見る糾弾側のプレイヤーは、馬鹿にしたような表情だ。まるで「自分達に否は無い、悪いのはこいつらだ」と確信しているかの様に。


 そんな彼等に、ソラネコはシステム・ウィンドウから顔を上げずに声を掛けた。

「そうそう、スパイは全滅したわ。あの場に居たギルドの面々が、徹底的にやったから。そのまま強制ログアウトして、イベントに再参加は出来なくなったみたいね」

 その言葉を聞いて、プレイヤー達は顔を見合わせた。彼女がそれを知っているのは、最後までその場に居たからだと思ったのだ。


「まさか、戦っていたのか?」

「さぁ、どうかしら? あなた達は、私達が貴方達を見捨てて逃げたと決め付けた訳だけどね。その根拠はあるのかしら? 言い掛かりで相手を非難する……何だか最近、そんな出来事があった気がするわ……どこだったかしら? 誰か覚えてる? あぁそうそう、スパイ達が【七色】にやった事だったわね。あら、貴方達も彼等と同じ事をするの? あらあら、見事なダブスタねー」

 彼等を見るどころか、ウィンドウから顔を上げすらしない。その状態で、淡々と捲し立てるソラネコ。普段は穏やかで、ほわんとした雰囲気の女性なのだが……普段とはかなり異なるその様子から、誰もがソラネコの本気の怒りを察した。


 糾弾していたプレイヤー達が、何とも言えない表情で口ごもる。それ幸いと、ソラネコはウィンドウからようやく顔を上げた。その視線の向く先は、アンジェリカだ。

「アンジェリカさん、まずは事情を聞かせて欲しいの。今の断片的な情報では、事の経緯を理解出来たとは言えないもの」

 努めて冷静に呼び掛けるソラネコに、アンジェリカも頷いてみせる。彼女としても、自分の事を話すという意思はあったのだ。


――今までの事は、きっと間違っていたんだと思う。だから、皆は倒された……私がそうならなかったのは、私が間違っていなかったからじゃない。


 静まり返るプレイヤー達の視線を一身に受けながら、アンジェリカはこれまでの事を話し始めた。ポツリポツリと、記憶を呼び覚ます様に。


************************************************************


 アンジェリカから話を聞いた面々の内、半数以上のプレイヤーは自らの意思でギルドを離れた。とはいえ、その理由は一様ではない。

 彼女の真実を信じず、嘘を付いていると決め付けた者。真実を知って、彼女に幻滅した者。そしてアイドルとしての彼女に未来は無いと、見切りを付けた者。

 ギルド【天使の抱擁】はスパイの壊滅と、離反者によって戦力を激減させるに至った。残ったプレイヤーだけで、この戦いを勝ち抜くのは困難を極めるだろう。たとえ、ユニークスキルを保有するアンジェリカが居たとしても。


 そこで、ハイドがある事に気付く。

「アンジェリカさん。貴女の話だと、近しいメンバーは貴女の家も知っているのでは?」

「……? うん、そうだね」

 アンジェリカの返答を聞き、ハイドはこうしている内に何が起こるのかを予想した。アンジェリカに対する思いだけで、こんな大事を引き起こした張本人達。彼等がこのまま、何もせずに居るはずがない。


「アンジェリカさん……貴女はログアウトして、身を守る必要があると思う。ゲームにログイン出来ない彼等は、現実で貴女に何かする可能性が高い」

 アンジェリカ……伊賀星美紀の家に入り込み、彼女に何かをする。カイトやジェイクの様子を見た限り、そんな事を考えてもおかしくない。

 特に、彼女の親戚であるカイト。現実で暴力沙汰を起こした彼だ、何が起きても不思議ではないだろう。


「……確かにそうね」

「あぁ、ハイドの言う通りだ。既にあれから現実で一時間近くの時間が経っている……現実で、彼等が何かをしようとしても不思議じゃない」

 他の残ったメンバーも、ハイドの意見を支持した。彼等はアンジェリカの真実を聞き、彼女もある意味で”被害者”だと考えた面々だ。

 彼女にこれ以上、スパイ達と関わらせるのは危険。そう判断して、その提案を支持していた。


「……皆は、どうするの?」

 残ってくれた彼等を残して、自分だけ逃げるようにログアウトして良いのか。

 アンジェリカも解っている……このまま、今の人数で戦うのは無謀だ。それにアンジェリカと【禁断の果実】の事を知るギルドならば、【天使の抱擁】を徹底的に叩こうと襲って来ても不思議では無い。

 かつてのアンジェリカならば考えなかっただろうが、彼女は確かに自分の意志で仲間達の身を案じていた。


 しかしハイド達は、笑みを浮かべて何でも無い事のように言葉を返す。

「やりようは、いくらでも。残りの戦いは、俺達が引き受けますよ」

「まずは自分の安全よ、アンジェリカさん」

「そうですよ。何か起こってからじゃ、遅いんですから」

 そんな彼等の説得に折れたアンジェリカは、謝罪の言葉を残してログアウトしていった。彼女はイベントの間、戻って来る事は出来なくなったのだ。


 そこで一人のプレイヤーが、残り僅かな仲間達に向き直る。彼は魔法職のエミール、ハイドやソラネコ同様に高レベルプレイヤーの一人である。

「こんな時に何なんだけど、私は現実では精神科医なんてものをやっているんだ」

 唐突な、リアル情報の公開。しかし彼の職業を聞いて、誰もがある可能性に思い至る。それは、アンジェリカの心の事だ。

「皆も薄々気付いていると思うが、彼女は過去の出来事……両親からの虐待や、クラスメイトからの暴行によるショックが原因で……精神に異常を来しているというのが、私の見解だ」


************************************************************


 ログアウトしたアンジェリカ……伊賀星美紀は、VRドライバーを外してベッドから起き上がった。暗い部屋には、誰も居ない……はずだった。

「……美紀? こんなに早くログアウトしたのか? まだ、イベントの途中だろうに」

 ゾクリと、背筋に得体の知れない感覚が走る。彼女はその感覚を覚えていないが、過去に感じた事があった。


『今日は、母さんは居ない……か。なぁ、美紀。もう、俺は我慢出来ねぇよ……』


『血が繋がっていなくても、父親よ!? それを相手に、アンタって子は……!! アンタなんて、私の子じゃない……ッ!!』


『伊賀星さん……!! 大丈夫、俺が守るから……!! もう、誰にも傷付けさせないから……!! だから、伊賀星さん!! 俺と……っ!!』


 脳裏に浮かぶのは、過去の出来事。痛み、恐怖、絶望……それがフラッシュバックする。それを齎すであろう相手を前にして、美紀の感じた感覚……それは、悪寒だ。


「……どうして、ここに居るの……? 舵定……」

次回投稿予定日:2022/11/30

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― 新着の感想 ―
[一言] 現実の世界でも  起こりうる出来事 今回の話を見た 全ての方に 私は 問いたい アナタなら どうしますか?
[良い点] ハイドさん達残留組、良い心構えしてんなぁ…。 それと比較しちゃうと離脱メンバーが現実的かもしれないけどスパイ達と五十歩百歩に見えてしまう不思議…。 で、最後に現れたギルティ幹部に悪寒を感…
[良い点] 人間の群集心理ってホント恐いですね。まぁ彼らの気持ちも分かりますしカイトたちは其れだけのことをしてきたので言い訳も聞き入れられにくいでしょう。それでも完全に空中分解しなかったのはハイド達の…
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