15-15 迎撃しました
ジン達が拠点に戻った所で、アイネが率いる攻略部隊も帰還した。帰還の理由は勿論、ハヤテ・クベラ達と合流する為だ。
「ヒメちゃん、ジンさん、コヨミさん!」
アイネはここへ戻るまで暗い顔をしていたが、ジン達の姿を見て表情を緩めていた。やはりジンやヒメノの姿を見ると、安心感があるのだろう。
「アイネ殿、カノン殿、おかえりでゴザル」
「お疲れ様ーっ!」
「ご無事で何よりです!」
そんな声を聞き付けたか、拠点からハヤテ達が姿を見せた。苦笑しながらも軽く手を上げるハヤテ、バツの悪そうな表情で頭を掻くクベラ。これは、戦闘不能になってしまった事が申し訳無いと思っているのだろう。
「おかえりッス、皆」
「力及ばず、済まんかったなぁ」
その後に続くボイドや応援者達も、ピンピンしていた。ステータスダウンはあるものの、戦闘不能が尾を引いているという感じではなさそうだ。
「ハヤテ君ッ!! ごめんね、守れなくて……!!」
泣き出しそうな表情になるアイネが、ハヤテに縋り付くかのように駆け寄る。それを受け止めつつ、ハヤテは苦笑いを深めてしまう。
「こっちこそ、止めらんなくてゴメン。いやぁ、メイリアさんガチで強かった」
気にしないで良い、元気を出して欲しい……そんな想いを込めて、ハヤテはアイネの頭を軽めに撫でる。
カノンもカノンで、クベラに駆け寄って瞳を潤ませていた。
「クベラさん……あ、あの……」
「はいはい、カノンさん落ち着きや……ほれ、ワイもハヤテ君もピンピンしとるやろ? ステータスダウンはあるけど、何ともあらへんて」
言いたい事は山程あるが、それを上手く言葉に出来ない……そんな様子のカノンを落ち着かせようと、クベラは努めて明るく振る舞っていた。
というか、アイネもカノンも気にし過ぎだとハヤテは思う。VRMMOで戦闘不能になる度に、いちいちこうなってはキリがないのだ。
アイネはAWOが初めてのVRMMOだし、カノンは最近まで生産オンリーだったのだから無理もないのだが。
そんなハヤテチームの様子を、ジン達は見守っていた。仲良いなあ……と思いながら。最も、自分達も相当なものなのだが……それには気付いているのだろうか。
……
アイネとカノンが落ち着きを取り戻した所で、ジン達は食事休憩に入った。朝の内に用意しておいたおにぎりを頬張りつつ、互いの得た情報を共有していく。
「大手は、こっちまでは……足を延ばして、ない……よね? やっぱり、考える事は……同じっぽい、ね」
「せやな、決着は今夜か明日……それまでは、周辺ギルドを叩いてポイントを稼ぐってハラやろな」
「一番キツいのは、今夜から明日にかけてでゴザルな」
既に脱落しているギルドも、少なくはない。ポイント源となるギルドが残っている内に、攻められるだけ攻めなくてはなるまい。
「最小限の拠点防衛で、攻め手を増やす……この作戦は今の所、イイ感じで機能してるッス。でも、それを強豪ギルドに気付かれた場合……」
「総力を上げて、ジンさん達を襲いに来る……でしょうね」
ギルドクリスタルを持ち歩き、少数精鋭で拠点周辺を駆け回り防衛を行う。これはジン達のスペックと、ユージンが用意した頑強な拠点……双方が無ければ採用出来ない、実に大胆不敵な作戦である。
しかしながら当然、この作戦にはデメリットが存在する。拠点防衛とクリスタルの守護を担うメンバーが、本当に最低限しか居ないのだ。
ジンとヒメノの極振り夫婦と、成長著しいコヨミ……高性能なPACであるリンとヒナ、他のプレイヤーがまだ取得していない神獣・コン。メンバーは充実しているが、少人数故の弱みも少なくはない。
もしも【七色の橋】の現状を知られたならば、他ギルドはどう動くか? 最も現実的なのは、大人数による集中攻撃……これが、最も有効だろう。
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観戦エリアで、各ギルドの戦いを見守るプレイヤー達は盛り上がっていた。
スパイ達が暗躍していた初日とは異なり、二日目は各々のギルドが精力的に行動している。その様子を見るだけでも、ゲーマーとしての血が騒ぐのだろう。
「中々に盛り上がってるな! これは見ごたえがあるぜ」
「トップギルド以外にも、強いギルドが出て来たわね。第二回イベントは、八チームしか決勝トーナメントに進出できなかったし」
今になって、強力なギルドが出て来た……という訳ではない。元よりトップランカーが際立っていただけで、平均よりも強いギルドは前から存在していた。
第二回イベントは決勝トーナメント形式になるため、篩にかける必要があった。故に、一握りのギルドしか決勝トーナメントに進出出来なかっただけの事。
逆に全てのギルドに、平等に活躍の機会が与えられる……それが、今回のイベントだ。
「今後に期待なのは、【ファミリア】かな? 結構安定しているよな」
「俺は【竜の牙】かなぁ。他のVRMMOでも活躍してたらしいし、その内大規模と並ぶんでない?」
「俺は怖いもの見たさで【闇夜】だな。セシリアちゃん、あの中で唯一まともなのが不遇可愛い」
「やめて差し上げて? 私は【ラピュセル】かしら……アナスタシアさん、素敵だったわ」
「ここで僕は【忍者ふぁんくらぶ】」
「「「わかる」」」
第二回イベントでは、その活躍を見る事が出来なかったいくつかのギルド。そんな彼等が、この第四回イベントで目覚ましい活躍を見せている。
他にも、予想外の活躍を見せるギルドがいるかもしれない……そんな期待を胸に、観戦に回ったプレイヤー達はモニターを見つめていた。
そんな観戦者達で溢れ返る店内に、フードで顔を隠した一人の男が居た。彼は誰かと会話したりする訳でもなく、黙ってモニターを見つめながらグラスを傾けている。
その口元がニヤリと歪むと、彼はシステム・ウィンドウを開いてみせる。その人差し指が押したタブボタンは、メッセージウィンドウだった。
フレンド登録したプレイヤーの名前を選択しようと指をさまよわせるが……そこに、目当ての相手の名は無い。フレンド登録が解除されているせいだろう。
「……チッ。なら……」
相手の名前は解っている。ならばメッセージを送る手段は、まだある。幸いAWOは、それが容易に出来るシステムになっている。
相手の名前を入力し、そしてメッセージの本文を入力していく。
「うまくやれよ……っと」
最後に送信ボタンをタップして、メッセージが送信された。相手が彼をブロックしていたら、メッセージは送信出来ない仕様だ……無事に送信されたという事は、ブロックされていなかったらしい。
——クククッ……あの時やられたお返しだ。せいぜい苦しみな、忍者野郎……。
……
「……あん? 誰だ、こんな時にメッセージ送ってくるバカは」
そう言ってシステム・ウィンドウを開いた青年の足元には、プレイヤー達が転がっている。彼等は皆、HPを削り尽くされて戦闘不能になっていた。
「く、くそ……っ」
「こいつら……強い……!!」
悔しげな声を上げるプレイヤーに向けて、青年は口を開いた。
「そいつぁどうも。まぁ、俺らはプレイヤー相手の戦闘が専門なもんでね」
それは勝ち誇るでもなく、あまりにも淡々とした声。彼等を倒した事に、何の感慨も無いかの様。
そんな青年の態度に、倒れ伏していたプレイヤーは寒気を覚える。そして、脳裏にある可能性が浮かび……青年に向けて、問い掛けてみる。
「……まさかアンタ達、PKer……なのか?」
「おや、鋭いじゃないか」
あっさりと認めた青年の態度に、倒されたプレイヤー達は言葉を失う。しかし青年は、そんなプレイヤー達から意識を外す。
そこへ、ギルドクリスタルを破壊しに行ったメンバーが帰還して来た。
「お頭ァ、クリスタルは処理したっすよ」
「どうしたんです?」
仲間達に声を掛けられた青年は、口元をニヤリと歪める。システム・ウィンドウに表示されているメッセージを見て、だ。
「先代からのメッセージだぜ……内容は、【七色の橋】の情報だ」
そのギルド名を聞いて、数名のメンバーは目付きを険しくさせる。しかし彼等は喚き立てず、落ち着いた様子のまま青年の言葉を待った。
「折角の情報だし、今回はPvPのイベントだ……御礼参りにでも繰り出すか」
青年がそう告げると、耐え切れないとでも言わんばかりに数名のメンバーがガッツポーズを取る。どうやら【七色の橋】に対し、並々ならぬ思いがある様だ。それが良い感情か、それとも逆なのかは定かではないが。
「しかし、成程……よし、配置を変えるぞ。文句は聞かねぇし、グダグダ言う奴はシメる」
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ハヤテ達が再び各ギルドの拠点攻略に出発するのを見送って、ジン達も休憩を切り上げる事にした。
「一通り、周囲のギルドは回ったでゴザルな……ここからは、反撃に来るギルドも出て来るはずでゴザル」
「それを手早く撃破していかないと、ですね」
「ここからが、本当の拠点防衛ですね」
二日目開始直後、各ギルドの拠点を巡って攻め落とした理由がこれだ。
ギルドクリスタルはジンが持ち歩いているが、それを知らないギルドは[風雲七色城]を目指して進軍するだろう。ジン達はそれを撃破して、他ギルドのポイントを下げる。
そしてヒイロ達攻略メンバーが拠点に帰還する際、それらのギルド拠点を攻め落とす。戦闘不能になってステータスが下がった状態であれば、その難易度は下げられるだろう。
「む? 早速でゴザルな……」
「え、もう来たんですか?」
ジンは意識的に【感知の心得】を使って警戒をしていたが、早速敵襲を察知した。コヨミはその早さに驚きつつも、装備を整えて臨戦態勢だ。
「確かに早いでゴザルが、考え無しのギルドなら即座に攻め込んで来たでゴザルよ。こちらの襲撃からこれだけ時間を空けているならば、恐らくは態勢を整えての襲撃でゴザルな」
「つまり、油断大敵ですね!」
グッと拳を握るコヨミは、戦意十分といった具合である。
「目標、発見です! 二十名のプレイヤーに、PAC六名……それと、多数の応援者です。正確には数え切れないですけど、五十人近くでしょうか」
スキル【狙撃の心得】で使用可能な【ホークアイ】で、遠方の索敵をしていたヒメノ。その眼で確認した情報を、ジン達に共有する。
「七十近くの軍勢に対し、五人と一匹……でゴザルな。でも、拙者達なら問題無く退けられるでゴザルよ」
ジンがそう言うと、ヒメノはふにゃりと微笑んで頷いてみせる。その様子を見ていたコヨミは、相変わらずの仲睦まじい夫婦を柔らかい表情で見つつ声を掛ける。
「私は、コンちゃんと一緒に遊撃ですね!」
「宜しくお願いします、コヨミさん!」
「で、ゴザルな。リン、ヒナも頼りにさせて貰うでゴザル」
「畏まりました、主様」
「任せて下さい、お義兄ちゃん!」
……
物陰に隠れながら、【七色の橋】の拠点を目指すプレイヤー達。彼等は、ギルド【スライムスレイヤー】の面々である。
「くそぉ……まさか、残りポイントが100を切るなんて……」
「ネガティブ禁止! 【七色】にリベンジして、ポイントを取り戻そうぜ!」
どうやら彼等はポイントを着々と失い、もう後が無いらしい。残りポイントは85で、ギルドクリスタルが破壊されたらそれでお終い。このままではいかんと、周囲のギルドを探り……ほとんどのギルドが、クリスタルを破壊されている事を知った。
まだクリスタルがある周辺ギルドがいるならば、【七色の橋】以外に考えられなかった。
故に彼等は、自ギルド最高の布陣で【七色の橋】攻略に乗り出したのである。その為に二十五人の応援者を残し、七十五人の大軍勢で[風雲七色城]を目指しているのであった。
「あのマキナって奴と、ネオンちゃん……そしてリリィちゃんは、まだ戻って無いだろ。なら、他のメンツが拠点を守ってるんだろうな」
彼等が敗れたのは、マキナ達の班。マキナの技巧は卓越しており、それを援護するネオンも手強い存在だった。更にサポート役のリリィが、その実力を遺憾なく発揮していたのだ。
応援者達も非常に手強く、あっという間に敗北してしまった。彼等ともう一度戦うのは、心の底から御免被りたい。
しかし、誰もがある種の不安を抱えていた……口には出せないが。なにせ、相手は【七色の橋】なのだ。
問題は……ギルド拠点を守っているのは、誰か? である。
ギルドマスターのヒイロが居るとしたら、サブマスターのレンも一緒にいるだろう。レンが居るならば、彼女のメイドであるシオンが居ないはずが無い。正直言うと、この三人相手では勝てる気がしない。
ハヤテが防衛を任されているなら、そこにはアイネが居るだろう。第二回イベントの事を考えると、ボッコボコにされそうでめっちゃ怖い。
ヒビキとセンヤならば、まだ行けそうな気がしてる。とはいえ、彼等の情報は不足しているのも事実。マキナ・ネオン・リリィチームの強さを考えると、油断してはいけない気がする。第一、ゲストがリリィだけとも限らないし。
そして、一番最悪のパターン。それは……。
「……ひぃっ!?」
「な、なんてことだ……!!」
「俺達のイベント、終了のお知らせだな……」
「あっ、これは詰んだわ」
「相手が、あの夫婦だなんて……!!」
「ヨ、ヨミヨミ!? ヨミヨミじゃないっすか!!」
「あの狐は、何だ……? ってか、あれってモンスターだよな……?」
その視線の先には、ジンとヒメノ……そして、ゲストのコヨミの姿があった。三人に付き従う様にしているのは、リンとヒナ。そして、神獣のコンである。
「……ひ、怯むな!! まだ、敗けると決まった訳じゃない、かもよ!?」
「どうしたギルマス、口調バグってんぞ」
「倒れるなら、前のめりだ!! ですよね!?」
「もう勢いだけで喋ってんだろ、アンタ……」
「盾職はヒメノちゃんに突撃!! それで矢の威力を軽減できるから!! AGIに自信があるヤツは、数人がかりでジンとくノ一ちゃんを止めろ!! コヨミちゃんはどうしよう!?」
「あ、じゃあ自分の部隊でヨミヨミ抑えるわ」
「あざーっす!! オナシャス!!」
「ギルマス、こんな人だったっけ……?」
テンパり過ぎて、異様なテンションで捲し立てるギルドマスター【ローレンス】君(本名【八津家 治】君・二十七歳独身)。しかし彼の勢いによって、絶望モードのギルメン達は少し持ち直した。
「っしゃあ!! じゃあ全軍、突撃じゃあああああああ!!」
「「「「おーっ!!」」」」
咆哮を上げながら、突っ込んで来る【スライムスレイヤー】。その様子を見つつ、ジンは態勢を低くして構える。そのすぐ後ろに立つヒメノは、弓刀≪大蛇丸≫に矢をつがえていた。
「打ち漏らしは、拙者達に任せるでゴザル」
「コンちゃん、お願いね!!」
「コンッ!!」
「ヒナ、援護をお願いします」
「了解です!!」
ジンの右側に、コンに乗ったコヨミ。左側にリン、その後ろにヒナが控える。これはヒメノの攻撃の後に、AGIを駆使した攻撃で相手を殲滅する為の布陣だった。
最も、その前に……。
「行きます!! 【シューティングスター】!!」
ヒメノのこの攻撃に、耐えられるならばの話だが。
「や、ヤバい!! 【アイギス】!!」
「ぎゃああぁっ!?」
「開幕、対軍宝具っすか!?」
「い、一瞬でHPが溶けたぁっ!?」
ヒメノのSTRを込めた、矢の流星群。その猛威に曝された【スライムスレイヤー】は、次々とHPを奪われて倒れていく。残ったのは……一人の盾職プレイヤーの後ろに居た、プレイヤー十五名のみだった。
「マ、マジか……サンキューな、【ランディ】……」
盾職を務める青年・ランディが所有する大盾≪シールド・オブ・アイギス≫は、ギルバートの≪スピア・オブ・グングニル≫と同じシリーズの装備だ。
この大盾は武装スキル発動時、使用者のVITを大幅に上昇させるという性能を有している。そのお陰で、彼の後ろに居るメンバーは難を逃れたのだった。
「おいおいおい!! 一気に人数が半分以下だぞッ!?」
「だからヒメノちゃんに範囲攻撃を持たせるなと、あれ程……」
「……悪夢だ」
一瞬の出来事に、呆然としてしまう【スライムスレイヤー】。しかしジン達にしてみれば、彼等が正気を取り戻すまで待つ必要は無い。
「いざ!!」
ジンが、そのAGIを最大限に発揮して駆け出す。その一瞬の後、リンとコンも地を蹴り走り出した。
「早く回復を……いやっ!! 構えろ!!」
ジン達の接近に気付いたローレンスが、仲間達に注意を促す。しかし彼等が迎撃態勢を整える前に、ジンが彼等の目前に到達した。
「……速っ!?」
「や、野郎ッ!!」
彼等はその速さに驚き立ち尽くす者と、防衛本能を働かせて即座に武器を振るう者に分かれた。水平方向に振るわれた刃を両の目で視認しながら、ジンは沈み込む様に姿勢を更に低くする。
「【一閃】!!」
頭上を通り過ぎる剣から意識を外し、ジンは一歩踏み出して武技名をハッキリと口にする。クリティカルヒットが発動した事を示す、派手なライトエフェクトが二度発生。その衝撃で身体をよろめかせるプレイヤーの脇を擦り抜け、その背後に居るランディに斬り掛かった。
「ぬっ!?」
ヒメノに注意を向けていたランディは、ジンの接近に気付いて顔を顰める。自分のVITならば、ジンの攻撃に耐え得る……隙を晒せば、ヒメノに一撃でやられるだろう。
このままヒメノを警戒し、ジンは仲間達に任せれば……そう思っていると、三名のプレイヤーがランディの脇を駆け抜けた。彼等はAGIに自信のあるプレイヤーで、その速さを駆使してヒメノを倒そうと考えたのだろう。
そして他の仲間達も、ランディを守ろうと動き出した。ジンを包囲する様な位置取りは、彼の機動力を低減させる為の苦肉の策である。
しかしそこに、左右から襲い掛かる者達が居た。
「【一閃】」
ポニーテールにした黒い髪を揺らして、プレイヤーの首を小太刀で斬り付けるくノ一姿のPAC。そのAGIは非常に高く、生半可なプレイヤーでは捉えられない。
「くっ……!? いつの間に……!!」
「怯むな! たかがPACだ、数人で掛かれば……」
大した事は無い。そう言おうとしたプレイヤー目掛けて、狐の神獣が接近する。
「こっちですよーだ!!」
「な……っ!?」
コンの背に乗ったコヨミが、片手で大太刀を振るう。刀身が長い事もあり、女性のリーチでも攻撃が十分に届くのだ。
そして、ヒメノに接近する三人のプレイヤー。彼等はまだ、ヒメノの持つ弓刀≪大蛇丸≫の本来の姿を知らない。
「えいっ!!」
放たれた矢を避け、一斉に襲い掛かろうとする三人。しかし、それはヒメノからの誘い水。彼等をある程度、一箇所に纏める為に誘導したに過ぎない。
「【蛇腹剣】!!」
ヒメノの武技発動宣言を受け、刀身部分が分割した弓刀。それを見た三人のプレイヤーは、何が起きたのか理解し切れずに動きを緩めてしまう。
「【ラウンドウィップ】!!」
弧を描く蛇腹剣モードの刀身が、三人に襲い掛かる。それに対応し切れなかった二人がHPを消し飛ばされるが、一名は慌てて伏せて難を逃れた。
「あっ……」
「は、はぁ……こ、このまま……っ!!」
安堵の溜息を吐いたのも、一瞬の事。即座にヒメノに接近し、青年は彼女を攻撃しようと短槍を構える。
「悪く思わないでくれよ!! 【ソニックピアス】!!」
素早い動作で繰り出された、速攻の一撃。これが決まれば、ヒメノを攻め落とす起点になる……彼は、そう判断していた。
しかし鋭利な短槍の一突きにも、ヒメノは冷静に対処する。
「はっ!」
ヒメノは弓刀の防具部分で攻撃を受け、そしていなしてみせた。それは流れる様な、洗練された動作である。
「何っ!?」
青年の驚きも、当然だろう。ヒメノが見せた一連の動作は、後衛である弓使いの動きとは思えない程に鮮やかなものだった。
しかし、それで終わりではない。
「【クイックドロウ】!!」
ヒメノはスキルを駆使して、右手に矢を手繰り寄せてみせた。
青年はこの至近距離で、弓を撃つつもりだろうか……と考え、訝しんだ。しかし更に攻め込もうと、青年は身体に力を込め……技後硬直で身体が縛られている事を思い出した。
そして、彼の技後硬直が終わる直前。
「えいっ!!」
ヒメノが、手にした矢を青年の肩に突き刺した。
「ええええええええぇぇっ!?」
まさかの攻撃に、青年は素っ頓狂な声を上げるしかない。しかし効果は覿面で、青年のHPはみるみる内に減少していき……そして、すぐにゼロに達した。
「ええええ!? あれえええぇっ!?」
あまりにも予想外だったのか、青年は戸惑い声を上げるしか出来ない。
そんな青年に苦笑しながら、ヒメノは一声かけた。
「済みません、凄く素早い攻撃だったので……また、宜しくお願いしますね」
そう言い残して、ヒメノはジン達の援護をすべく駆け出した。その後ろ姿を視線だけで追いながら、青年は言葉を失っていた。
――こ、攻撃はアレだったけど……や、やっぱり【七色の橋】は、噂されている様な不正はしてないんじゃないかな……? あんなに良い子が、あんな良い表情をしてるんだし……。
そうして、【スライムスレイヤー】が壊滅するまで……そう長い時間は掛からなかった。
……
ギルド【スライムスレイヤー】を倒し切ったジン達は、再び拠点防衛の為に索敵を開始する。
「思ったより、時間を食ったでゴザルな。すぐに次の行動に移らねば……皆、大丈夫でゴザルか?」
「勿論です! まだまだいけますよ!」
ジンが声を掛けると、コヨミが力強く頷いてみせた。このイベントに備えて鍛え、装備も高性能な物になっている。まだ余力がありそうであった。
「問題御座いません」
「私も頑張れるですよ!」
「コンッ!(僕も!)」
しかし、ヒメノだけは返事をしなかった。彼女はある方向に視線を向け、真剣な表情を浮かべている。
「……ヒメ?」
その様子に、怪訝そうにするジン。そんなジンに、ヒメノは小声で声を掛ける。
「ジンさん……【感知】はしていない……ですか?」
そう言われ、ジンはヒメノが警戒を緩めていない理由に気付く。彼女は現実で視覚に障害を持つが、その影響で他の感覚が鋭敏になったのだ。つまり目に見えない場所に、何かがあるという事だろう。
「しばし時間を貰うでゴザル……【周囲感知】」
スキル【感知の心得】で使用出来る感知能力には、パッシブスキルとアクティブスキルで分かれる。
パッシブスキルの場合、周囲に感知対象があればそれをスキル所有者に自動的に感じさせるというもの。アクティブスキルは発動宣言の後、パッシブ版より広範囲……尚且つ、より詳細な感知が可能となる。
そうしてジンが、スキルを駆使して得た情報。それはパッシブ版の範囲内に入らないギリギリの位置で、身を潜めているプレイヤーが存在するというものだった。
「二時の方向、数は六。それと……レッドカーソルでゴザル」
ジンがそう言うと、ヒメノだけでなくコヨミも危機感を覚えた。レッドカーソルのプレイヤーとなれば、考えられるのはPKer等の重犯罪者プレイヤーだ。
すると、物陰に隠れていたプレイヤーが徐に姿を現した。
「気付かれたみたいだな? さっすが、【七色の橋】……」
その男の顔に、見覚えは無い。しかし、彼の頭上に浮かぶシステム的な表示……ギルド名に、ジンとヒメノは覚えがあった。
「……【漆黒の旅団】」
ジンの重々しい呟きに対し、男は口を笑みの形に歪める。それはもう、楽しそうに。
「あぁ、お前等にブッ潰された【漆黒の旅団】さ」
次回投稿予定日:2022/10/10(本編)
お久し振りに登場した、PKギルド【漆黒の旅団】。
この元・最大規模のPKギルドですが、実は第四回イベントに参戦していました。
(以前掲載したマップ、左下の方にひっそり)
【七色の橋】と因縁のある彼等との遭遇、どの様な展開になるのか。
楽しみにして頂ければ幸いでございます。