15-11 【森羅万象】VS【仮設ギルドA】
ギルド【森羅万象】のサブマスターであるクロードは、魔法職のナイルと数名の仲間を伴ってギルド拠点攻略を敢行していた。
【鉄血工房】と【ファンタスティック・アドベンチャーズ】を倒した彼女達は、その勢いのまま【四国の番犬】の居る方向へと歩みを続けている所だ。
行軍すれば、道中でモンスターに出くわす事もある。しかし彼等は大規模ギルドの主力メンバーであり、モンスターなどものの数では無かった。
その証拠にメンバー全員が、平常運転で会話をしていた。その雰囲気は、拠点襲撃をハシゴしているとは思えないものだ。
「何箇所攻められるかね? 今の所、良い感じで稼げてるよな」
「ホントね。このまま続けていけば、上位入賞は間違いないんじゃない?」
内容はしっかり、行軍中のそれである。
「でも油断は禁物よね。他のギルドも、同じ事を考えていてもおかしくないわよ」
「あぁ、そうだな。それに昨日と違って、中小ギルドも防衛に力を入れているからね」
昨日は【禁断の果実】による誘導で、多くの中小規模ギルドが【七色の橋】に戦力を集中させた。そうしたが為に、主要ギルドの精鋭チームにギルド拠点に攻め入られ壊滅。ギルドクリスタルも破壊されて、ポイントを大幅に減らしてしまったのだ。
失敗から学んだらしく、中小ギルドは相応の戦力を拠点に残すようにしている。今は、二日目の午前中……このイベントを勝ち抜けるかが、ここで決まると解っているのだろう。同じ轍を踏むまいと、拠点防衛を意識するのは至極当然の事であった。
「この先に居る【四国の番犬】は、どの程度の戦力を置いているかねぇ」
「まぁそれなりの防衛能力があるプレイヤーが、応援NPCを指揮する形でしょうね。それにしても、ネーミングよ……」
次に戦う事になるギルドについて、考えを巡らせつつ道を進む一行。すると、前方を警戒していた女性がピタリと足を止めた。
「誰か居ます……それも、複数」
その言葉を耳にしたクロードの判断は早かった。右手を上げて、メンバーの意識を自分に向ける。これは、ハンドサインを出す合図だ。
そして「物音を立てない」「いつでも応戦出来るように」「前進する」と、続けてハンドサインを出す。全員がその内容を理解し、静かに己の得物を構えた。
それから数分後、前方が騒がしくなった。
「おい、前からプレイヤーが来てるぞ!」
「戦闘準備だ、野郎ども! 誰が来ようと、ブッ潰すぞ!」
騒がしい、本当に騒がしい。山賊か何かが来るんじゃないだろうか? なんて思ってしまうのも、無理はないだろう。
そうしてドタドタと足音を立てながら迫るプレイヤー達を視認して、クロードは納得した。
「仮設ギルドだな。恐らくだが、位置から考えて……仮設Aか」
三つある仮設ギルドだが、Cはマップの南側……Bはマップの西側だと、初日の情報収集で判明している。二日目が始まった今のタイミングで、遭遇する可能性があるのは仮設Aだろう。クロードは、そう判断した。
しかし仮設ギルドAだとすると、油断は禁物だ。
昨夜起きた、スパイ集団【禁断の果実】との大乱戦……そこで二人の青年が、圧倒的な力でスパイ達を蹴散らす姿を目の当たりにしたのだ。
その動きから察するに、明らかに彼等は実戦経験が豊富なプレイヤーだ。剣術を学び武道に精通しているクロードは、そう確信していた。
――スオウ=ミチバと、セス=ツジ……あの二人が居るとなると、気を抜けないな。
そう考えながらも、クロードは冷静に状況を判断。仲間達に、指示を出す。
「相手は仮設A、しかし寄せ集めと油断はするな。周囲に伏兵が居ないか、警戒しながら応戦するぞ」
自分がここで味方を鼓舞しなければ、勝てるものも勝てなくなる。この辺りは、流石サブマスターにして前線隊長といったところか。
そんなクロードの言葉に、メンバーは真剣な表情で頷いて返した。このメンバーの半分は、スパイの自爆で倒れてしまった。しかしもう半数……つまり昨夜の大乱戦を生き残った面々は、スオウとセスの力を目の当たりにしている。
「魔法職と、弓職……私の後ろに。≪メデリオルス≫があるから」
「あと、一人は後方を警戒しておけ。挟み撃ちだった場合、即座に陣形を変えるぞ」
ナイルとクロードの指示に従い、配置に付くメンバー達。
スオウならば、影に潜んで機を覗うくらいはやりそうだとも考えられる。目的達成の為ならば、奇襲も笑ってこなしそうだと思えてしまう。
そしてセスは、神業的な剣技でスパイを次々と斬り倒した剣豪だ。対抗するならば、クロードクラスでなければ難しいだろう。
……
そうしていると、仮設ギルドAのプレイヤー達がすぐそこまで迫っていた。
「相手は【森羅万象】だ!!」
「大規模だぞ、どうする!?」
「ビビってんのか、お前?」
「逃げたきゃ逃げなぁ!!」
「当然、やるに決まってんだろ!!」
「大規模さんを倒せば、大金星だぞ!!」
そんな仮設ギルドAの面々を見て、クロードは何とも言えない表情を浮かべる。その言動と態度から、かませ犬感が半端無かった。
――あの二人は居ない……か。残念半分、安堵半分だな。
彼等が居たならば、苦戦は必至。しかしながら、クロードも一門のVRMMOプレイヤーだ。強敵と戦い、勝負を制してみせたい……という思いは、少なからずある。
とはいえ、これは遭遇戦。それも想定内ではあるが、気を引き締めて掛かる必要がある。愛用の直剣≪エッジ・オブ・プレデター≫を手に、クロードは堂々と歩いていく。
ある程度の距離で、仮設ギルドAのプレイヤー達が足を止めた。その中の一人が、ニヤニヤとした表情でクロードに声を掛ける。
「まさか【森羅】のサブマス様とはな……こいつぁ運が良い、存分に楽しめそうだ」
嘗め回すかのような視線を向けられ、クロードは不快感を覚える。だが、そんな小悪党っぽい青年には興味が無い。何故ならば彼は装備も平凡で、武器を構える姿もなっていないのだ。
それよりも、後方……十数名のプレイヤーの中心に立ち、油断無くクロード達を警戒している男が居た。彼からは、それなりの実力者だろうという気迫を感じられる。
そんなクロードの内心に気付かずに、仮設ギルドAの面々は鼻息を荒く声を張り上げた。
「俺は【アルヴィン】! てめぇらをブッ倒す男だ、覚えときな!」
「てめ……っ、抜け駆けすんな! 覚えておくなら、この俺【ブラッド】様だ!」
「いいや、この僕……【クライド】の名前を覚えておくと良い」
一人だけではなく、次々と……何というか、自己紹介が始まった。何故に?
というのも、彼等は自分の実力にそれなりの自信があるからだ。
この遭遇戦で大規模ギルドのサブマスターに、実力を認められれば……もしかしたらギルドにスカウトされ、一気に幹部になれるかもしれない。そんな淡い期待があった。
人格も大事だよ、むしろ一番重要だよ……そこに気付いてくれないかな。
ちなみに彼等の本心をもっと言及するならば、更にその先も見据えている。シンラやクロードといった美女、アーサーガールズといった美少女とお近付きに……なんて下心も満載だったりする。
捕らぬ狸の皮算用なのは、言うまでも無い。
そんな自己紹介を聞き流して、クロードは不敵な笑みを浮かべて剣を構える。
「大言に見合う実力があるならば、覚えるとしよう。そちらの男性は、名乗らなくて良いのか?」
水を向けられたのは、当然先程の青年である。
「……【ザックス】だ」
そう言うと、彼は手にした槍を構えるだけである。無駄な事を言わない分、他のメンバーよりも対人戦に慣れているらしい。
「そうか。さて、仮設ギルドAの諸君……退くなら今の内、とは言うまい。どうやらやる気らしいからね」
逃がすつもりもないのだが、それは言わない。
「君達の挑戦を受けようじゃないか……さぁ、掛かって来ると良い」
上からの物言いに、仮設ギルドAのメンバー達は苛立ちを覚えた。それを傲慢な物言いだと感じ、灸を据える必要があるなどと考える者が居た。逆にそれはわざとであり、自分達を挑発しているのだから慎重に戦う必要があると考える者も居た。
そしてザックスは……。
――流石、【森羅万象】のクロード。堂々とした振る舞い、美貌、そして実力……。
ザックスは愚にもつかない事を口にする味方を、完全に意識の外に追いやっていた。彼が意識を向けるのは、堂々と立って仮設ギルドAの面々の言葉を受け流すクロードに注がれている。
その内心は。
――ンンンッ!! エモいッ!!
見た目に反して、めちゃくちゃ軽かった。真面目そうな雰囲気は、意図的に演じているだけらしい。中身はこんなんです。
――あぁ~、俺の事スカウトしてくれないかなぁ。直属にしてくれたら、死ぬ気で頑張るんだけどなぁ。
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ザックス……本名【有野河 望】も、ソロプレイヤーとしての活動が長い。しかしソロよりも、ギルドに所属したいとは思っていたのだ。そして所属するならば、やはりトップギルドが良いとも。
となれば、【森羅万象】に入れれば……と考える事も、当然あった。
そんな彼は大学四回生。就職活動も終えて、春からは新社会人である。しかし会社に入る前に、是非とも恋人が欲しいと思っている。就職先が男ばかりなので、出会いが無さそう故。
ちなみに余談だが、クロードは彼の好みのタイプだった。可愛い系より、綺麗系らしい。
え、【七色の橋】に入りたくないかって? 無理なものは無理、彼はそれくらいはちゃんと理解できる男だった。
ジン達は、【七色の橋】が身内勢と公言している。ぽっと出の余所者を、そう易々と懐に入れはしないだろう。いくら、相応の実力があったとしてもだ。
ともあれザックスは今回のイベントで、実力を見せてトップギルドの目に留まれば自分も……と、そんな野望を抱いていたのだった。
その為に入念にイベントの準備をし、レベリングも装備強化もしっかりこなして来た。
そして彼は、一番近いトップギルドの方にメンバー達を誘導したのである。つまり彼にしてみれば、ここでクロード達に遭遇したのは渡りに船だったのだ。
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さて。頭に血が上った仮設ギルドAの面々が突撃をかまし、戦闘が開始された。そして、戦況はというと……。
「く、そおぉっ!!」
「当たらねえぇっ!!」
クロードは≪エッジ・オブ・プレデター≫を振るい、敵の攻撃をそらす。または軽やかな足捌きで、振り降ろされた剣を避ける。同時に複数名を相手取りながら、全くHPが減っていないのだ。
とはいえ、多少の被弾はある……だがしかし、相手は魔剣使いのクロードだ。
「はぁっ!!」
愛剣を振るえば、一人のプレイヤーがHPを全て失い倒れた。
「ち、畜生っ!! 誰か、蘇生を……!!」
仲間達に蘇生を懇願するが、誰もアルヴィンの声に耳を貸していなかった。というより、貸せなかった。クロードを前に、そんな余力は無いのだ。
ちなみに彼が、一番最初の戦闘不能者だ。さらば、モブA……もとい、アルヴィン。
そしてクロードがアルヴィンに与えたダメージ分、クロードのHPが回復した。
「くそっ、また回復しやがった……!!」
「あんな武器、反則だろぉっ!!」
このままでは、押し切られる。そう考えたプレイヤーが、背後にいるであろう後衛職に声を掛けた。
「後衛!! 援護してくれぇっ!!」
しかし、後衛は後衛で苦戦中であった。
「前衛が皆あっちに行ったら、こっちは詠唱もままならないんだけど!?」
「ゆ、弓使いはナイルを狙ってくれ!! あの子を止めないと、このまま……!!」
「やってるさ!! でも、鎖に矢が落とされてんだよぉっ!!」
ナイルは真っ先に、仮設ギルドAの魔法職を狙って魔法攻撃を開始。詠唱をヒットストップで妨害し、自分の弱点である魔法攻撃をさせない様にした。
矢が飛んで来ようと、問題無い。ナイルの≪メデリオルスの鎖≫は、物理攻撃を自動防御するのだ。
そしてナイルの鎖に守られた【森羅万象】の後衛職は、安心して支援魔法や援護射撃に集中できる。ステータスを強化された前衛メンバーは、次々と仮設ギルドAのメンバーを追い詰めていく。
――これが【七色】や【聖光】なら、間違いなくうまく行かないんだろうな……。
恐らくレンや、ライデンが相手ならば……そう考えると、ナイルは気が滅入ってくる。トップクラスの魔法職達は、絶対にナイルに仕事をさせない様に立ち回るだろう。
むしろ仮設ギルドAがそうしないのが、不思議でならないくらいだ。第二回イベントの時点で、ナイルの装備に自動防御の鎖があるのは解っていただろうに。
最もそれは、計算通り。クロードとて、相手を馬鹿にして挑発したのではない。彼等の注意を引き付け、前衛を自分に集める為の挑発だったのだ。
むしろクロードは、現実でも武の道を修めるプレイヤーだ。相手に対する敬意を忘れない、そんな女性である。
そんな彼女がわざわざああいう言い方をするのは、それが必要な事だからに他ならない。それだけの事だった。
彼女はVRMMOプレイヤーとして、そしてギルドを率いる一人としての立場を自覚している。ならば私心を押し殺し、ギルドの為に泥を被るくらいは平気な顔をしてこなしてみせる。逆に、そういった行為を仲間にさせない……自然体でそういった「それなんてイケメンムーブ?」をしてみせるのだ。
だからこそクロードは仲間に好かれるし、他ギルドの重鎮も一目置くし、ファンギルドも存在するのである。
――私も成長したら、クロードさんみたいなお姉さんになりたい……そして義姉さんになってもらいたい……。
ナイルが援護射撃をしながら、そんな事を考えている時だった。
「ここだ!! 【クイックステップ】!!」
クロードの攻撃で仲間がダメージを受けた、その身体を盾にして駆け出した人物……ザックスである。彼は【クイックステップ】でクロードを中心とした戦闘区域を駆け抜け、その背後に控えるナイル達へと接近した。
更にザックスは、ポーチからある小瓶を取り出して煽る。これは≪火精霊の血≫というアイテムで、攻撃に火属性を付与するという物だ。ナイルが魔法属性攻撃に弱いのは、ザックスも把握していたらしい。
「ふんっ!!」
突き出された槍を、ナイルの≪メデリオルスの鎖≫が遮る。しかし槍を覆う赤いオーラ……火属性の魔力が、≪メデリオルスの鎖≫の装備耐久力を減少させた。同時にナイルにも余波が伝わり、HPが少し減少する。
これがナイルの身体から十分に離れた場所で発生したものならば、余波は伝わらなかった。しかしザックスの攻撃を鎖が受け止めたのは、ナイルの目と鼻の先だった。
「……むぅ、やっぱり強い……」
ナイルもザックスの挙動から、それなりの実力を持つ前衛である事を見抜いていた。そして今、実際に自分にダメージを与えるだけのプレイを見せたのだ。
「でも……っ!!」
敗けてなるものかと杖を構え、ナイルは魔法詠唱を再開する。選択したのは、発動の早い【ウォーターボール】だ。魔法はすぐに詠唱完了となり、ナイルは魔法名を宣言する。
「【ウォーターボール】!!」
放たれる水球は、ザックスに襲い掛かる。
彼はそれを避ける事無く、変わらずナイルに向けて槍を振るった。
「むんっ!!」
魔法攻撃をその身に浴びながら、彼はナイルを薙ぎ払う様に槍を振るう。≪メデリオルスの鎖≫が再びそれを止めるが、またも余波によってナイルのHPが減少した。
ザックスの槍は≪突撃隊長の長槍≫というレア装備で、これにはヒットストップ耐性を向上させる効果がある。そして彼の鎧もレア装備で、装備名は≪護衛騎士の鎧≫。装備した者の、魔法耐性を向上させるものであった。
つまりヒットストップ耐性と、魔法耐性を上げた魔職潰しである。その分、ステータスの強化は控えめな性能になっているのだが。
「この……っ!!」
「させっかよ!!」
ナイルの後方で安全に攻撃や支援をしていた面々が、ザックスを止めようと攻撃を集中させる。しかしそうすると、相手の後衛を抑える役割を果たす者が減る事になってしまう。
「飛んで来る攻撃、減ったぞ!」
「今がチャンスだ、やってやるぜぇ!」
クロード含む【森羅万象】の前衛に向けて攻撃を開始するのは、弓使いや機弓使い。そして魔法職は全員、【森羅万象】の後衛……特にナイルに向けて、攻撃を試みる様だ。ナイルは魔法攻撃に弱い、これは仮設ギルドAのメンバーも理解していたらしい。
「……ふむ、止むを得んな」
流れが仮設ギルドAに傾きつつあり、このままでは損害を被る。特に後衛の核となるナイルが落ちる事態は、避けなければなるまい。そう考えたクロードは、ナイルに呼び掛けた。
「ナイル、やっていいぞ!」
「……! 了解です」
「前衛、アレに気を付ける様に!」
「「「ラジャー!!」」」
ナイルが使用を控えていたのは、あるスキルだ。それを使えば、流れをこちらに引き戻せる。しかしながら、デメリットもある……その為、ナイルも発動を控えていたのである。
幸いなことに、仮設ギルドAの面々の攻撃はナイルに集中している。これならば、最大限の効果が見込める。迫る魔法攻撃に慌てる事無く、ナイルは杖を掲げてスキル発動の為の宣言を行った。
「【リフレクション】!!」
殺到する魔法がナイルに到達する瞬間、ナイルの身体を光の壁が覆った。そして光の壁に当たった魔法攻撃は、スキル名の通り反射したのだ。
「何だと!?」
「えぇぇっ!! それ【聖なるバリア-ミラーフォ……うぼぁっ!!」
反射した魔法は、敵味方関係なく無軌道に飛んでいく。【森羅万象】の前衛メンバーは、ナイルのスキル発動と同時に回避行動を取ったので損害は軽微だった。逆に仮設ギルドAの面々は反射した魔法を食らってしまい、HPを削られていく。
そして、至近距離で反射魔法を食らったザックス。魔法耐性を上げているとはいえ、複数名の魔法を一度に食らった形になる。お陰で、彼のHPは枯渇寸前である。
「は、反射攻撃……だと……!!」
「それだけじゃ、ないよ……?」
反射スキル【リフレクション】は、実は武装スキルだ。第三回イベントでシンラが手に入れたそれを、ナイルの≪メデリオルスの鎖≫に付与したのである。
武装スキルは、スキル名を宣言するだけで効果を発揮する。つまり魔法詠唱は別に進める事が可能であり、ナイルも攻撃を反射する前から魔法詠唱を進めていた。
「【サンダーバインド】」
バインド……それは各種属性魔法の中でも使用頻度が最も低い、拘束系の魔法である。これは範囲を指定して発動する魔法なのだが、発動宣言から効果発生までにタイムラグがある。
それ故に、狙って発動しても当たらない事が多いのだ。行動パターンが設定されているモンスターならまだしも、プレイヤーが相手では拘束魔法の発動を察知して回避する事が出来るからである。
しかし魔法反射によりダメージを受けた直後のザックスには、それを回避する事は出来なかった。ヒットストップにより、行動を制限されているからだ。
ザックスに雷の鎖が巻き付き、動きを封じられてしまう。同時に雷撃ダメージもわずかながら入り、麻痺状態を引き起こしてしまう。
「そこだっ!! 【クイックステップ】!!」
それを見逃す程、【森羅万象】は甘くない。殿を警戒していたプレイヤーが、ザックスに接近し大剣を振り上げる。
「【ブレイクインパクト】!!」
クリーンヒットしたその一撃はクリティカル判定となり、ザックスの体力を大幅に減らす。その減少量は、自分では叩き出せない数値である。
――これ程の差があるのか……? これが、トップギルドの力……。
減少していく自分のHPゲージを凝視しながら、ザックスは自分の見通しの甘さに気が付いたのだった。
……
ナイルが【リフレクション】を発動してからは、流れは完全に【森羅万象】のものだった。体勢が崩れた仮設ギルドAの面々は必死に抵抗するも、流れを引き戻すこと適わず。
「これで終わりだ……【デュアルスラッシュ】!!」
クロードの放った二連撃が、最後の一人となったザックスのHPを奪い尽くした。
地面に仰向けに倒れたザックスを見下ろしながら、クロードは油断なく立っている。最後まで気を抜かない……その意志が、視線からも感じ取れる。
「……参った」
敗北宣言を口にして、ザックスは目を閉じる。彼に出来るのは、蘇生猶予時間が尽きるのを待つだけ。そこで虚勢を張らないのは、潔が良いとも言えよう。
「ふむ、中々だったぞ。スオウ氏やセス氏が居たら、勝負は解らなかったかもしれないな」
これはクロードの本心であり、二日目が開始してから一番の戦闘らしい戦闘だった。ここに来るまで、殆どが一方的な殲滅だったのだ。
しかしクロードのそんな言葉に、ザックスは疑問そうに表情を翳らせる。
「スオウ……? スオウ=ミチバか? あいつはただの斥候職だぞ……? それに、セス=ツジならば……あいつはただの食料係だ」
今度はクロードとナイルが、首を傾げる。スパイ相手に大立ち回りを見せたスオウとセスが、ただの斥候や食料係だと言われては無理もない。
そこで、クロードはある事に気が付いた。
――スオウ氏、彼は情報屋だ……だとすれば、実力を隠して立ち回っているのかもしれんな。
情報屋として活動するには、名前が売れてしまってはやりにくくなる。その為、スオウは自分の実力を秘匿して活動しているのかもしれない。
セスは自分も情報屋だと名言はしていなかったが、スオウと懇意にしている事から彼の仲間……それか、協力者だろう。ならば、彼も同じ様に実力を隠していても不思議ではない。
――ならば、ここは深く追求しない方が良いか。
もしかしたら、彼等に協力を仰がなければならない日が来るかもしれない。そう考えるならば、彼等の心象が悪くなるのは避けておきたい所だ。
「そうか? では、人違いかもしれんな……なに、私も人伝いに話を聞いただけだ」
不思議そうな顔をしたまま、ザックスは蘇生猶予時間を迎えて消滅した。
「さて、奴等が来た方向は【番犬】の方角だった……となると、奴等に攻め落とされた後だと考えて良いだろう。ルートを変更する必要がある、一度シンラに連絡を取ろう」
「じゃあ、警戒しつつ、回復……ですね?」
「あぁ、そうだ」
すぐに意識を切り替えて、この先の作戦行動について考えを巡らせるクロード。その間も、周囲に対する警戒を怠らない……のだが、しかし。
「ふぅん? こっちの事情を考慮して、誤魔化しにいったか……中々の対応だよ、クロードちゃん」
クロード達の戦闘も、会話も……全て、彼はつぶさに観察していたのだった。
次回投稿予定日:2022/9/5(観戦者視点)
クロードさんは空気の読める女性!