15-10 【遥かなる旅路】VS【忍者ふぁんくらぶ】
戦闘が激化し、脱落するギルドが加速度的に増えている第四回イベントマップ。その中で繰り広げられるギルド同士の戦いは、熾烈を極めていた。
更にモンスターがマップを徘徊する為、疲弊したギルドや実力不足のギルドは損害が増えていく。それも無理のない事で、二日目開始から数時間……徐々にモンスターのレベルが上がり、既に第二エリアから第三エリア相当の強さになっているのだ。
逆にそれを好機と見て、ポイントを稼ぐギルドも増えている。
「よし、エル!! トドメと行こうぜ!!」
「はいは~い、ぶっぱなすね~」
ギルド【楽園聖騎士団】と戦い、圧倒するのは傭兵風の装備を身に纏った中規模ギルド【遥かなる旅路】のメンバーである。
タイチとエルリア、そしてロビンが率いる十五人。彼等はこれまで【無駄に洗練された無駄のない無駄な一味】と【AWO鎮守府】を撃破し、三つ目のギルド拠点襲撃を敢行していた。
最初は【楽園聖騎士団】の方が、押している様に見えていた。しかしそれは、【遥かなる旅路】の演技であった。倒せそうだと思わせて、拠点の外へと相手ギルドを誘い出したのだ。
更にタイチ達は出現したモンスターを上手く利用し、誘い出した彼等の後方へ誘導。自軍と、襲い掛かって来るモンスターでの挟撃を試みたのだ。
これには【楽園聖騎士団】も、溜まったものではないと抵抗した。しかし、多勢に無勢の状況を引っ繰り返す策も、力も彼等は持ち合わせていなかった。
「行くぜロビン!」
「おうよ!」
タイチも自分の感情に折り合いを付けたのか、昨夜までとは違う快進撃を見せていた。好意を抱いていたルシアの裏切りと決別……それを振り切り、ギルドを代表するに相応しい活躍ぶりである。
そんなタイチをサポートするのは、【遥かなる旅路】の古参メンバーであるロビン。第二回イベントでも共にチームを組んだだけあり、その連携は折り紙付きである。
そんな幹部三人に続いて前衛職が【楽園聖騎士団】と切り結び、盾職が魔法職を守り、弓職が相手後衛を牽制する。
戦況は終始、【遥かなる旅路】が優勢。【楽園聖騎士団】は戦闘開始時の威勢の良さを失っていた。前門の【遥かなる旅路】、後門のモンスターだ。無理もないだろう。彼等は最早、ひたすら防御に徹している状態であった。
そして、後衛の中核……魔法職のエルリアが、魔法の詠唱を完成させた。この局面で放つのだから、相応の魔法である事は間違いない。
「じゃ、行きますか……【ダイダルウェーブ】ッ!!」
エルリアが発動したのは、水属性魔法における最高の威力と効果範囲を誇る魔法。大きな津波が陸上で発生し、敵を呑み込まんと迫る。当然、モンスターもまとめて始末する算段だ。
その様子を目の当たりにした【楽園聖騎士団】は、慌てて後退していく。
「さ、避けろっ!! もう俺達は、後が無いんだっ!!」
「モンスターがぁっ!! 邪魔すんなぁぁっ!!」
「う、うおおぉっ!! 【クイックステップ】!!」
魔法の効果範囲から逃れようと、必死の形相で駆けるプレイヤー達。しかし、それは出来ない相談である。
「逃がさないっ!! 【ラピッドスライサー】!!」
短剣を振るい、逃走するプレイヤー達の足止めを図るロビン。彼の右手用の短剣≪ディレイダガー≫は、攻撃を当てた対象に確率で鈍足効果を付与する。三人を同時に連続で斬り付けると、ロビンの思惑通り三人それぞれが鈍足効果に囚われた。
「ぬぅ……っ!?」
「く、くそぉっ!!」
そしてタイチも、ロビンとは逆方向から接近。挟撃による、逃走阻止を試みる。
「【旅路】の、タイチ……!?」
「ど、どけぇっ!!」
破れかぶれの突破を試みる三人のプレイヤーだが、タイチは冷静にその挙動を確認する。そして長剣を構え、タイミングを見計らっていた。
「今だっ!! 【クイック……】」
【楽園聖騎士団】の面々が、加速してタイチの迎撃をやり過ごそうとしているのは予測済み。だからタイチは慌てず、余計な言葉も動作も無く。彼等の一縷の望みを潰す為の、スキル発動宣言をした。
「【超加速】!!」
「【……スt】うわぁっ!?」
AGIを強化し、【クイックステップ】を発動しようとしたプレイヤーの行く手を阻む。そのまま長剣を振り抜き、その衝撃で後退させた。
「【デュアルスラッシュ】!!」
残る二人には、武技で応戦。一発ずつ攻撃を叩き込むと、彼等も大きく後退させられた。これは武技攻撃に、ノックバック効果を持たせる武装スキル【インパクト】の効果だ。
二人がノックバックしたのは、一人目が後退させられたポイントと重なる。最初の一人目が大勢を立て直すよりも速く、仲間が押し戻されてぶつかってしまった。勿論、これもタイチの計算の内である。
そうして彼等は【ダイダルウェーブ】の効果範囲から逃れる事は適わず、津波に呑み込まれた。勿論、モンスター諸共である。
津波が収まったそこには、倒れたプレイヤー達の姿があった。立ち上がれる者は一人もおらず、全滅したのは間違い無いだろう。
「よし、クリスタルを破壊しようぜ」
ロビンの言葉に、他の面々も頷いてみせる。タイチとロビンが歩き出し、他のメンバーがそれに続く。
そんな【遥かなる旅路】の面々の行く先に、ある物が飛来した。地面に刺さったそれを見たタイチは、表情を険しいものに変える。
「手裏剣……だと」
嫌な予感がする……むしろ、嫌な予感しかしない。手裏剣といえば、忍者を代表するアイテムの一つ。そしてAWOにおける忍者と言えば、あの少年……ジンのイメージが根強い。
そして手裏剣が地面に刺さった後、姿を見せたプレイヤー達。それは揃いの忍装束を身に纏った、七人の男女であった。
ちなみに彼等はキメッキメの着地ポーズのまま、微動だにしない。何やってんの。
その姿を目の当たりにした【遥かなる旅路】の面々は、表情を引き攣らせた。その実力と異様さを、昨夜は嫌という程見せ付けられたのであるから無理もないだろう。
「【忍者ふぁんくらぶ】……か」
勘弁してくれよと言いたいのを堪えて、タイチは仲間達の前に出る。
ファンギルドの一つとも、無名のギルドとも思わない。昨夜、自分達を【宴】の廃拠点まで誘導する様子……本気で追撃して、落とせなかったギルドのメンバーなのだ。全員が全員そうとは限らないが、甘く見て良い相手ではないのは明らかであった。
ともあれ、自分達の前に姿を現した以上……恐らく、戦いは避けられない。仲間達に警戒を促すハンドサインを送り、タイチは表情を引き締めて前に出た。
「はじめまして……じゃないんだっけか。俺は【遥かなる旅路】のタイチだ、よろしく」
タイチがそう名乗ると、忍者達はポーズを取るのを止めて立ち上がった。
そして前に出たのは、一人の青年だ。顔は頭巾で隠されて解らないが、身体つきはがっしりとした体型である系である。
「ご挨拶痛み入る、タイチ殿。僭越ながら挨拶をさせて頂こう、私は【ジライヤ】……【忍者ふぁんくらぶ】に所属する者だ」
――ジライヤ? 自来也から来てんのか……? 拘りが強い……あと、クセも強い。
そうは思いつつも、問答無用で襲い掛かって来ないあたりキチンとしている。その点に関しては、悪印象は抱かない。
それに彼等は昨夜の騒動で、【七色の橋】とトップギルドが合同で主導したスパイ討滅戦に関与していた……それを考えると、ギルドとしては真っ当なギルドなのだろう。
しかし、だからといって戦わないという選択肢はない。
「コソコソしないで、正面きって戦うってワケね。忍者っぽくは無いが……それは今更か。なにせこのゲームの忍者筆頭は、あのジン君だもんな」
「その通り、我等は敬愛する頭領様に倣う方針だ。必要とあらば陰に潜んで動きはするが……相手が正々堂々としているならば、姿も見せるし顔も晒すさ」
タイチの言葉に頷いたジライヤは、システム・ウィンドウを開いて何やら操作する。すると、彼の頭部を覆っていた頭巾が消失した。
頭巾が消えた事で、ジライヤの顔が露になる……タイチはその顔に、見覚えがあった。
――こいつ、確かソロプレイヤーの……名前は確か、【ヴィクトール】。最前線のレイドパーティに参加していたヤツじゃないか! それが何でまた、【忍者ふぁんくらぶ】に?
まさか第一回イベントの時、北門でジンに救われたからとは夢にも思わないだろう。最も言葉で言われても、実際にその場の彼とジンの様子を見なければ実感が湧かないはずだ。
しかしながら、ヴィクトールは現に出会ってしまったのだ。ありとあらゆるモンスターの攻撃を避け、疾風の如く駆け抜けて敵を斬り続けた忍者に。
「我々は【遥かなる旅路】の精鋭達に、この拠点のギルドクリスタルを賭けた勝負を挑む」
ジライヤがそう言うと、後ろから二人の少女が歩み出た。
「しかしながら、貴方がたは【楽園聖騎士団】との戦いで多少なりとも損耗があるかと思います」
「相手が疲弊している所を襲う、というつもりはありません。どうぞ回復なさって下さい」
赤茶色の髪の少女と、瑠璃色の髪の少女……イズナとココロがそう告げる。
その言葉に、【遥かなる旅路】のメンバー数名は「ナメられている」と感じたらしい。視線が険しくなり、今にも襲い掛かりそうだ。
しかし、タイチは……そしてエルリア、ロビンは逆の印象を抱いた。
「相手が全力を出せる状態で戦ってこそ、意味がある……ですか」
「成程ね、確かにAWOの忍者らしい台詞だな」
エルリアとロビンの言葉に、イズナもココロも柔らかく微笑む。自分達の……そしてあの少年の考えに理解を示した二人に、好感を抱いたからだ。
そして幹部メンバーが【忍者ふぁんくらぶ】の本懐を言い当てた事で、他の【遥かなる旅路】の面々も理解した……彼等は【七色の橋】の忍者・ジンのプレイスタイルに憧れ、それに倣って忍者ムーブをするプレイヤーなのだと。共感は出来ないが、理解は出来た。
――ハハッ、良いね。こういう正々堂々ってのは、俺も大好きだ。
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タイチ……本名【古枝 洋紀】は、普通の感性を持った平凡な社会人だ。ちなみに彼は大卒で普通の企業に就職し、今年で二年目。今は後輩に指導をする傍ら、自分のスキルを磨いている最中である。
彼の座右の銘……それは「地道な努力は、才能に勝る」である。それを信じて、彼は日々努力を積み重ねて来た。それは私生活でも、そしてゲームでも。
そして彼は、敬愛する二人のプレイヤーに巡り会った。カイセンイクラドンとトロロゴハン……二人の在り方が、自分の理想とするスタイルそのものだったから。
鍛錬を怠らず、名声を集めても驕らず、後に続く者達の模範となる様に振る舞う。そんな二人の姿に憧れ、タイチは「自分も一緒にやらせて欲しい」と頼み込んだ。
二人はそれを快諾し、更に同じ考えの仲間が増え……そうして、【遥かなる旅路】というギルドが誕生したのだ。
だからこそ、タイチは気を引き締める。ギルドのナンバースリーとして、トッププレイヤーの一人と称される者として……無様な戦いは、敵にも味方にも見せられない。
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数名の仲間達が≪ポーション≫等で回復する間、タイチはジライヤ……そしてその背後に立つ【忍者ふぁんくらぶ】の面々と向かい合っていた。
とはいえ、相手が回復中に襲い掛かって来る……などと考えている訳では無い。不意打ちをしようという訳でも、断じて無い。
隙の無い身のこなし、自然体でこちらの回復を待つ佇まいから感じ取れるものがあるのだ。
――伊達や酔狂じゃないな。こいつら、絶対に強い。
彼等が身に纏う雰囲気は、只者では無いと感じさせるものだ。無論、忍装束だから異質に感じられるという意味ではない。
その中でも、ジライヤは別格に強い。それが感じ取れるのは、タイチがトッププレイヤーだからである。
「タイチ兄、あの人達……手強いよ」
「解ってるさ。頼りにしてるぞ、エル」
そんな二人のやり取りを見て、ロビンは目を細める。こういう時に、タイチの背中を押す役目はルシアだった……しかしその様子を、エルリアはずっと見守っていたのだ。
エルリアは、タイチを兄貴分以上の存在として見ている。本人も恐らく、それを自覚していないのだろう。よく行動を共にするロビンには、それが感じ取れたのだ。
そうして、【遥かなる旅路】の面々がHPとMPを回復させた。ここからは、再び戦闘の時間である。
「では、【遥かなる旅路】……手合わせ願おう」
「OK、楽しくやろうぜ……【忍者ふぁんくらぶ】」
二つの勢力は、己の得物を構えていつでも動ける態勢を取る。
「参る!!」
真っ先に駆け出したのは、ジライヤ。手にしているのは、直剣だ。その動きは素早いが、某頭領様の様な突き抜けた速さという訳ではない。
「ロビン!」
「おう!」
名前を呼んだだけでも、何を言いたいのかが解る。タイチはジライヤを迎え討つ体勢を取り、ロビンはジライヤを避けて駆け出した。狙いはジライヤに続く、忍者達だ。
「【バイタリティアップ】!!」
そんな前衛達を守るべく、エルリアはVIT強化の【バイタリティアップ】を発動。メンバーのVIT値が20%強化された。
「さてさて、行くよー!」
「よろしくね、イズ」
ジライヤの後ろに続くのは、イズナとココロ。イズナは投擲アイテムを手にしており、見た目からもそれが爆発物である事が察せられる。ココロはロッド型の杖を持ち、油断なくジライヤの背に続く。
「ふんっ!!」
「させっか!!」
ジライヤの攻撃に対し、タイチは長剣でそれを斬り払うようにして防ぐ。ジライヤはそこから左足を軸にして横に回転し、タイチの喉元に向けて刃を突き出した。しかしそれをまんまと食らうタイチではなく、彼は剣の柄を引き戻してジライヤの長剣の軌道を逸らす。
「ぬ……っ!!」
「はっ!!」
更にタイチは右足でジライヤの脇腹を蹴り、体勢を崩させる。傍目には荒っぽく見えるかもしれないが、体術を織り交ぜた戦い方は立派な戦術だ。実際、それによってタイチはジライヤの速攻を潰し、今ファーストヒットを食らわせた。
そんなジライヤに続いていたイズナは右側へと進路を変えて、【遥かなる旅路】の前衛をやり過ごす……と見せ掛け、タイチの後に続いていた前衛職に向けてアイテムを投擲した。
それは見た目通りの爆弾で、爆ぜれば前衛職に大ダメージを与えるだろう。
しかし、それは出来ない相談であった。
「【ウォーターボール】!!」
イズナの投げた爆弾、そしてイズナ自身に襲い掛かる水球。爆弾は空中で魔法攻撃に当たり、誰にもダメージを与える事なく爆発。そしてイズナは降り注ぐ【ウォーターボール】を、必死に回避した。
「ひょえぇっ! 狙いが正確!!」
そんなイズナのセリフに、エルリアが冷淡に告げる。
「当たり前でしょ? トッププレイヤーの魔法職なら、皆やってのけるわよ」
勝ち誇るでもなく、淡々と。対戦相手の前で、油断を晒さない様に。エルリアは相手を格下とは思わず、己の技量を総動員して圧倒するつもりで魔法詠唱を再開した。
そしてロビンは、直進から左側に進路を変えたココロに迫った。
棍棒には見えない、ロッド型の魔法杖。それを手に持っている事から、彼女は魔法職だろう。ならば両手の短剣で連続攻撃を加え、魔法を詠唱させなければ良い。
「悪いが、やらせて貰う!!」
ロビンの≪ディレイダガー≫ならば、ココロのAGIを下げて弱体化も出来る。封殺可能な組み合わせ……と、ロビンは思っていた。
「そう簡単には、いかせません」
ココロはそう言うと、ロビンの攻撃を避けた。その反応速度もさる事ながら、身のこなしも安定した回避行動だ。
「……!!」
やはり、そう簡単にはいかないか……なんて口にしようとしたロビンは、ココロの青い目が鋭く細められた瞬間を見た……その、後衛とは思えない鋭い視線。その目付きが、何度も相対した強敵のそれと重なる。
――違う!! こいつ……前衛職!?
ロッドと思っていた得物は、仕込み杖。鞘から抜き放たれたのは、細く鋭い細剣だった。
「【フラッシュストローク】」
突き出される細剣が、ロビンの肩に突き刺さる。同時にロビンの視界に表示される、HPバーの下にアイコンが表示された。それは、麻痺状態を示すアイコンだ。
「【トライストローク】」
更に、細剣の三連突き。ロビンの足は止まり、ココロの攻撃を受けて立ち竦む事しか出来ない。
「ロビン!! ちっ、判断を誤ったか……!!」
そう歯噛みするタイチだが、ロビンの援護に行く事は出来ない。ジライヤの実力はやはり相当なもので、一瞬でも隙を見せれば流れは完全に彼に傾く……それは、長年の経験で理解出来たのだ。
エルリアはイズナを攻め立てているが、彼女にもまだ有効打は無い。彼女からココロに狙いを変えたとして、イズナの投擲する爆弾が味方を焼くだろう。
このままでは、ロビンは落ちる。タイチは他のメンバーが援護に行ければと思うが、残る四人の忍者達がそれを阻止している。
――俺を足止めし、エルを引き付け、ロビンを潰す……各個撃破、それが奴等の作戦か!
こちらの戦力を把握した上で、対抗策を練られていた……と考えるのが妥当だ。この付近に【遥かなる旅路】が居るのは、既に知られていて当然。ならば対策されていても、不思議では無い。
この状況を巻き返す作戦は、そう多くはない。
「しかし、流石……!! この剣捌き、見事だっ!!」
タイチと剣撃の応酬を続けながら、ジライヤはそう口にした。その声色は、どことなく嬉しそうにも思える。
何故彼の声色が、嬉しそうなのか? それが、タイチには何となく解った。
――強い相手と戦り合って、勝利したい……だろ。なら、俺等は同類だな。
リスク無しに勝てる相手では無い。そう解っていて、この先の事を考えてしまった。
この後、他のギルド拠点を攻略するのは厳しくなる。だが、それでもこの強者達に勝ちたい。そんなゲーマーらしい欲求が、タイチの心の奥底から沸々と湧いてくる。
「……おし、やるか」
そう呟いて、タイチはジライヤに向けて更に一歩踏み込んだ。
「むっ……?」
そこは、短剣の間合いだ。怪訝そうな表情を浮かべるジライヤだが、直後にその表情が一変する。
「っらぁ!!」
タイチは両手で握っていた長剣を右手一本で持ち、腰の後ろに手を回して……そこに挿していた、短剣を抜いた。
「……くっ!!」
「まだまだぁ!!」
長剣と短剣の二刀流。しかし長剣とのセット装備では無い為、サブ装備扱いの短剣は武技を使用出来ない。それでもタイチは、ジライヤに向けて……と見せ掛けて、足を止めたジライヤに向けて跳ぶ。両足を揃えたその跳躍は、ドロップキックをお見舞いしようとしている様に見えた。
確かにそれは、ドロップキック。しかしながら、ただのドロップキックとは違う。
タイチの狙いは、予想の斜め上。
「【ハイジャンプ】!!」
ジライヤを足場にして、跳ぶ為だった。
「なぁっ!?」
「あれは、頭領様の!?」
何故か、【忍者ふぁんくらぶ】の全員が目を見開いた。
「タイチ兄!?」
「普通、それやるか!?」
と思ったら、味方も目を見開いていた。
さて。空中を跳んでいたタイチは、ジライヤにドロップキックを命中させた瞬間に【ハイジャンプ】を発動した。彼は地面を足で踏みしめてはいないので、【跳ぶのは相手】も【流星の如く】にもならない。なら、どうなる?
「ぬおおぉっ!?」
「うおおぉっ!?」
似たような絶叫が、戦場に響いた。【ハイジャンプ】でジライヤは強烈に突き飛ばされ、同時に反動でタイチも吹っ飛んだ。だが、それで良い……むしろ、それが狙いだった。
「飛んで来たぁ!?」
「待て! ちょっと待って、今動けな……うぼぁっ!?」
吹っ飛んだタイチはジライヤを転倒させた上、その勢いのままにロビンの下へと駆け付ける形となった。ただし、ロビンを巻き込んで転げ回る形となったが。
絡み合うように倒れた二人を見て、ココロがハッとした表情を浮かべる。だってタイチがロビンを、押し倒している様にしか見えないんだもの。
「……これは!!」
「ツブヤイターでたまにこういうシーンの、流れて来るよね!!」
「やめてあげて下さい」
ココロは興味深そうに、イズナは何故か嬉しそうに、そしてエルリアは心底嫌そうにそう口にした。
タイチが立ち上がると、ロビンは申し訳なさそうな表情で視線を逸らした。
「ごめん、俺そっちのケはねーや」
「俺も無いわぁっ!!」
当然、お互いに不幸な事故だと分かった上で言っている。こうしたやり取りが出来るのも、互いを良く理解しているからだ。
「じゃ、あとよろしく!」
「よし、スイッチな」
スイッチ……つまり、担当する相手を入れ替える。タイチはココロに向けて駆け出し、ロビンは全力でジライヤへと接近する。
「む……タイチさんですか。まずいかも?」
ココロはタイチの接近に対し、表情に翳りの色が浮かぶ。麻痺効果を与える≪パラライズサーベル≫は短剣であり、長剣の様な間合いを制する武器との相性は良くない。それを理解しているからだ。
「あー、びっくりした……むっ!? そう来たか!!」
自分に向かって疾走するロビンを見たジライヤは、ニヤリと笑う。ロビンも短剣使いであり、武器の間合いはジライヤの長剣の方が長いのだ。つまりタイチとココロの相性と、同様である。
「あんたら強いからな、手加減抜きで行くぜ!!」
「光栄ですけど、負けたくは無いので全力で抵抗しますね」
タイチは再び短剣を鞘に戻し、両手で長剣を振るってココロを攻め立てる。彼女の武器が麻痺効果を齎すものと解っていれば、当たらない様に立ち回れば良い……それが出来るだけの技量を、タイチは有しているのだから。
「はっ!!」
「ふむ、中々の腕だが……」
ジライヤもタイチと拮抗できるだけのプレイヤーであり、ロビンは彼の間合いの内側に入る事が出来ずにいた。しかしながら、ロビンの武器は短剣だけではない……このイベントの為に、密かに準備していた切り札をここで切る事にした。
「そこだ!!」
左手の短剣を鞘に収め、投擲したのはダーツの矢だった。その滑らかな動きから、相当な練習をしたのは明らかである。
ジライヤが長剣を振り切った瞬間を狙ったそれは、ジライヤの右足の太腿に刺さる。
「む……っ!? これは……毒か!!」
ロビンの投げたダーツの矢には、毒が塗られている。これによって、ジライヤは状態異常に掛かったのだ。
「回復を……くっ……!!」
「させると思うかい?」
ロビンはポーションを取り出す隙を与えない様に、再び両手にダガーを装備してひたすらジライヤに斬り掛かる。無理にダメージ覚悟でポーションを取り出せば、ロビンのダガーに斬り付けられ鈍足状態になるだろう。
「これは、まずったかー……」
ココロとジライヤが苦戦している……だがイズナはイズナで、エルリアの注意を引き続けなければならない。彼女を自由にさせたら、魔法による攻撃や支援で【遥かなる旅路】側の全員が強力な敵になってしまうのである。
「さっきと逆になったわね? このまま貴女を足止めさせて貰うわ!」
「あぁ~、これは厳しい状況だぁ……!!」
更に密度を上げたエルリアの魔法が、イズナに次々と襲い掛かる。爆弾を取り出そうにも、エルリアがその隙を与えてくれなかった。
こうして戦闘はしばらく続いたが、最初にジライヤのHPが枯渇した。膝から崩れ落ちたジライヤを救出しようと、【忍者ふぁんくらぶ】の面々は動き出そうとするが……。
「貰ったぁ!!」
「余所見は厳禁よ!!」
その隙を見逃す、【遥かなる旅路】ではない。痛烈な攻撃を食らった忍者達は、次々と倒れていく。
そして、残るはココロとイズナだけになってしまった。
「あー、詰んだねぇ」
「うーん、着眼点は悪くなかった……と思うんだけどね。次に活かすとして、ここは退散かな?」
そんな二人を、タイチ達が包囲する。
「させると思うか?」
「「ですよねー」」
降参、といった様子で両手を上げる二人。そんな二人に、エルリアが歩み出る。
「男連中がやるより、私のが適任だよね。魔法だから、斬られるよりマシだろうし」
「あはは、そうですねー」
既にエルリアは魔法を詠唱し、それはすぐに完成する。
「【ウォータージャベリン】」
二本の水属性の投槍が、二人の腹に突き刺さる。HPが枯渇した二人は、俯せに倒れた。
「……最後まで、抵抗するかと思ったんだけど……」
エルリアの不思議そうな声に、蘇生猶予時間中の二人が苦笑する。
「悪党や、頭領様達の敵相手ならね。貴方達が相手なら、真っ当に正々堂々って感じかな」
「スポーツの試合みたいなもの……って言えば解るかな? 二人で巻き返せるアテも無いし……ここで無理するには、アイテムもかなり消費しないといけないし」
解ったような、解らないような感覚。しかし考え方の違いなど、現実でもゲームでも往々にしてある事だ。ならば、これ以上を論ずるのは無粋だろう。
「おっと、時間だ」
「次は勝ちに行くので、どうぞ宜しくお願いしますね」
そう言い残して、二人は消滅していった。
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「お、帰って来たか」
ココロとイズナが拠点にリスポーンすると、先に戦闘不能になっていたジライヤが待っていた。他の面々も一緒だ。
「済まなかったな、耐えられなくて」
「いいえー、こちらも援護出来てませんでしたし」
ココロがそう言うも、ジライヤの表情は変わらない。生真面目な男らしく、猛省中らしい。
「それに、彼等の戦術は見られましたしね。こちらは切り札を隠したままだったし」
「出す余力が無かっただけだけじゃないの?」
「おっと、痛い所を……ま、まぁそれに、会長・副会長も別行動でしたしね。最終日でリベンジ出来ますよ」
明るく笑うイズナに、ジライヤはチラリと視線を向ける。彼女が今しがたシステム・ウィンドウを操作して取り出した物……それは、一丁の奇妙な形をした銃だった。
次回投稿予定日:2022/8/30(本編)