15-09 【聖光の騎士団】VS【フィオレ・ファミリア】
AWOにおけるトッププレイヤーとして、真っ先に名前が挙がる人物は複数いる。その中の一人であるアークは、【聖光の騎士団】のメンバーを率いてイベントマップを突き進んでいた。
ここへ来るまでに【煉獄】【フルアーマー愛好会】【財団A】と、三つのギルド拠点を攻め落として来た。その進軍速度は早く、飛ぶ鳥を落とす勢いという表現がしっくり来るものである。
その要因の一つは当然、アーク本人の力だ。
ユニークスキル【デュアルソード】と、レベル初到達達成報酬であるユニーク装備。そこにアーク本人の技量が組み合わさり、圧倒的な力を発揮する事が出来ている。
更にそんな最強クラスのプレイヤーに、最強クラスの軍師と支援役が付いていた。そう、ライデンとルーである。
戦略と速攻性の高い魔法に特化したライデン、支援・回復・攻撃とバランス良く魔法を行使できるルー……この二人のサポートを受けたアークを止める事は、生半可な実力では不可能といえる。
「さて……次は【フィオレ・ファミリア】だね」
ライデンがそう告げると、アークが「ふむ……」と頷いた。
「確か、実況配信系ギルドだったか」
アークも当然、トッププレイヤーとして他の有力プレイヤーの情報収集に余念は無い。自分の力を過信して、油断する様な男ではなかった。
「はい、実況配信者のフィオレを中心としたギルドです。フィオレは、連携と威力を重視した実戦志向の魔法職だそうですね。サブマスターは二人で、フィオレの弟【ネーヴェ】と妹の【ステラ】ですね。ネーヴェが前衛職、ステラが弓職です」
スラスラと情報を口にするルーも、同様だ。トップギルドの幹部たる者、情報の重要性は重々承知している。
「実戦志向か。ライデン、どう見る?」
「同タイプのビルドなら、遅れは取りませんが……ただ、実戦志向にもいくつか種類がありますからね。僕は後の先を取れる速攻型。ベイルの場合は、デバフを中心にした妨害型。ルーやセバスチャンは、味方を強化する支援型です」
勿論この分類は暫定的なもので、ベイルはデバフ以外にバフも使える。デバフが目立つのは、やはり姉であるシルフィの【ベルセルク】が大きな要因と言って良い。
ルーとて支援だけでなく、攻撃や回復も得意としている。支援が目立つのは、ライデンのサポートに回る機会……まぁ、本人が進んでそれをやりたがるからなのだが。それ故に、支援役という役回りが多いだけで。
セバスチャンに至っては、近接格闘が可能なタイプの支援役だ。当然妨害・回復・攻撃となんでもござれで、意外と多芸だったりする。
そしてライデンの場合は速攻発動に重きを置いている為、威力で言うとルーの方が高い。しかし的確な魔法選択と手数の多さこそが彼の強さの源であり、魔法職の中でもトップクラスの実力者として君臨し続けている。
AWOの有名な魔法職は誰か? と聞かれたら、真っ先に名前が上がるのは彼だろう。
しかし、そんなライデンもある人物に対しては兜を脱ぐ。
「ただまぁ……レンさん相手は流石に骨が折れると思いますが。恐らくAWO最高レベルのINTに、速攻発動が可能なお札。そして、自己強化に近接戦闘も可能……言い方は悪いですが、それなんてラスボス? っていうレベルの存在です」
あっさりとそう言うライデンだが、【聖光の騎士団】の面々は掛ける言葉が見つからなかった。レンという少女のアバター性能が脅威なのは、誰もが知るところだ。
最前線級最高峰の魔法職であるライデンは、レイドパーティに参加していた頃のレンを知っている。当然その実力の高さには目を付けていたし、ライバルになるならば彼女だと確信していた。
そうして彼女がレイドパーティに参加しなくなって、少し経った頃……第一回イベントで、和装を身に纏った彼女はとんでもない存在へと進化していた。砕けた言い方をすれば、マジでヤバい。マジヤバである。
ライデンも、彼女がウルトラレアやユニークスキルを保有しているだろうとは予想していた。それだけの性能を、彼女は何度も見せ付けてきたのだ。
昨夜アレクがユニークスキル【七転八起】のスキルオーブをドロップした事で、その予想は既に確信に至っている。
――あれだけの強化ならば、恐らくはユニークスキル。INT強化、これは多分だけど確実。同じような存在がすぐ側に居るしね。
AGIタイプのジン、STRタイプのヒメノ、VITタイプのシオン。これは戦い方等から見て、間違いはない。
ステータス強化型ユニークスキル……ライデンはその存在を、最早疑ってはいない。
――それに共通点がある……あのオーラを纏った状態だ。ジン君は当然、【九尾の狐】。ヒメノさんは【八岐大蛇】、これは確実だろう。
第二回イベントで目の当たりにした、ジンとヒメノの最終武技。そしてシオンとレンも、同様の性能を発揮していた。
シオンは鬼の角の様なオーラが見て取れたので、鬼にまつわる何かだろうとは思う。
だが、レンのはイマイチ解らない。彼女がオーラを纏った際に、球が浮いていた。記憶の底からその様子を思い出すと、青・白・赤・黒の四色だったはず。
そこでライデンは、ある可能性に思い当たる。青白赤黒、東西南北。オタクやゲーマーならば、必ず履修する四体の神獣の逸話。それも、第一回イベントではボスモンスターとして登場した、それ。
東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武……四方の守護獣。
――まさか、それにまつわる……いや、それは無いか?
ライデンは、その可能性を否定した。してしまった。
当然、理由はある……四神にまつわるモノならば、その場合レンが纏うオーラが”黄色”であると考えたからだ。四神を従えるモノ……黄竜、または麒麟。そのイメージカラーは、黄色だからであった。
それでは、おかしいと思っても仕方がないだろう。
実は実際に、【神獣・麒麟】のデフォルトモチーフカラーは黄色だった。麒麟に雷、どちらも黄色を想起させるものである。無理もないだろう。
まさかユニークスキルのオーラなどの、モチーフカラーが任意に選べる……とは、流石のライデンでも思うまい。もしも自分が手に入れられたならばその限りではないが、そうでなければ気付きようがないのだ。
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ともあれ【聖光の騎士団】は、進軍を続け【フィオレ・ファミリア】の拠点を目視できる位置まで来た。
相手ギルドの様子を覗ってみると、それなりの人数が集まっていた。何やら、盛り上がっている様子だ。
「ふむ……思った以上にプレイヤーが多いな」
「えぇ、もしかしたら拠点攻略部隊が、帰還したのかも……斥候の誰か、【リスニング】を」
ライデンの指示に、一人のプレイヤーが片手を上げた。【リスニング】とは【感知の心得】で習得出来る武技で、遠くの場所の音を拾う事が出来るスキルだ。
『すげー! 流石だな、ネーヴェ君!』
『ありがとうございます』
『お帰り、ステラちゃん! これだけクリスタルを破壊したなら、もしかして二十位以内も夢じゃなくないかしら?』
『ただいまでーす! はい、そうかもしれないですね!』
聞き耳を立てた斥候の青年は、ライデン達に振り返って短く報告する。
「やはり、主力が帰還した所の様です」
ネーヴェとステラ、二人の名前が聞こえた事を報告する。そうなると、二人の姉であるフィオレも帰還しているだろう……と予想するのは、容易い。
しかしながら、その事実でさえもアークにとっては望むところであった。
「それならば、【フィオレ・ファミリア】の実力が見られるな。今後の事も考えるならば、この戦いは試金石になるだろう」
もしも【フィオレ・ファミリア】がトップランカーに喰らい付けるならば、その手の内を早い内から確認する事は重要だ。
そういう意味では、このGvGで彼等と戦う機会が訪れたのは僥倖である。
「ライデン、どう動く?」
「相手の前に堂々と姿を見せて、真正面から叩き潰す……王道の制圧が、メンツ的にもイメージ的にも最適ですね」
前衛、後衛、盾役に支援役。バランスが取れたこの一行ならば、それは容易い。ライデンはそう判断し、提案した。その内容を聞いた【聖光の騎士団】メンバーは皆、不敵な笑みを浮かべて頷く。
「了解した。ではこれまで通り慢心せず、油断なく……その上で、俺達の力を見せ付けるとしよう」
相手を見くびる訳でもなく、自分達の力を過信するでもない。ただ堂々と、トップギルドの名に恥じぬ振る舞いを。
そんなアークの宣言に従い、【聖光の騎士団】メンバー達が陣形を組む。その動きはキビキビとしており、傍から見たら本当の騎士の様に見えるかもしれない。
「では、前進!」
アークの号令に従い、進軍するメンバー達。その顔に浮かぶのは、純粋な戦意だった。
……
接近する【聖光の騎士団】に気付いた【フィオレ・ファミリア】は、蜂の巣を突いた様な混乱を見せた。
唐突に、トップクラスのギルドのチームが現れたのだ。それもチームを率いているのは、最強と目される男・アーク。これには、焦燥感を抱くのも無理はないだろう。
しかし、ギルドを率いる女性は冷静だった。
「恐れる必要は、無いわ」
そう言いながら、艶のある黒髪を靡かせ前に出た女性。彼女こそ、この【フィオレ・ファミリア】のギルドマスターを務めるフィオレだ。彼女は迫り来る強敵を前にして尚、堂々とした立ち姿だった。
「落ち着いて、迎撃準備をしてね。大丈夫、私達は結構やれると思うよ」
優しく諭す様に、仲間達に告げるフィオレ。その声色のお陰か、メンバー達は徐々に落ち着き始めた。
更にフィオレに付き従う様に、中学生くらいの少女が歩み出た。
「皆、正念場だよっ! 頑張って、あの人達を追い返しちゃお!」
ハキハキとした、明るい声で呼び掛ける少女。フィオレの妹である、ステラである。
ピンク色の髪をツインテールにした、小柄な少女。その姿は、庇護欲を掻き立てる程に可愛らしい。そんな幼げな彼女が、姉を助けようと奮起する様子……その姿に、仲間たちは負けてはいられないと気合いを入れ直した。
「では壁役が前に出て、相手の進軍を阻止。接敵と同時に、後衛は遠距離攻撃で壁役への援護を。前衛メンバーは相手の動きが止まり次第、全力突撃」
淡々と指示を出すのは、長身の青年だった。彼はフィオレの弟・ネーヴェだ。
濃紺の髪、青白い鎧、青い剣。寒色で揃えられた容姿と装備、感情を覗い知るのが難しい表情。そんな彼は、仲間達からは【氷雪の貴公子】と呼ばれているのだった。
「相手がアークさんの率いる【聖光】なら、切り札を使わないといけないかもしれないわね」
「トップギルドかぁ……緊張するなぁ」
「心配は無用だ。姉さん達は俺が守る」
三姉弟が並び立つ姿を見て、ギルドメンバー達はいけるかもしれない……そんな気持ちになり始めていた。
――フィオレさんなら、やってくれるかもしれない……!!
――ステラちゃんには、指一本触れさせないぞ……!!
――無表情だけど、ネーヴェ君はお姉さんや妹さん想いなのよね。やっぱりイイかも!!
このギルドの中心は、フィオレ・ステラ・ネーヴェの三人。元よりゲーム好きで、実況配信により人気を得ていたフィオレ。AWO参戦を契機に、彼女の妹と弟も一緒にプレイする事と相成ったのだ。
そして三人がプレイする姿を見た視聴者達は、益々フィオレのファンに……そしてステラとネーヴェのファンも誕生していた。
そうして近付いて来る【聖光の騎士団】を待ち構えていると、彼等は拠点の手前あたりで足を止めた。
前衛と後衛の間に居たアークは、堂々とした足取りで前に歩み出て来る。
「俺の名はアーク……【聖光の騎士団】のギルドマスターだ。初めまして、【フィオレ・ファミリア】の諸君」
接近する内に相手が攻撃して来るならば、相応の反撃で応じるつもりでいたアーク。しかし【フィオレ・ファミリア】は、【聖光の騎士団】の接近を迎えた上で相対する様子を見せた。
それはアークにとって好ましい、強者としての立ち振る舞いに感じられた。その為【聖光の騎士団】としても、問答無用の攻撃は控える形となったのだった。
そんなアークに対し、フィオレも前に歩み出た。
「初めまして、【聖光の騎士団】の皆さん。【フィオレ・ファミリア】ギルドマスター、フィオレです」
ふわりと柔らかく微笑むフィオレは、その容姿も相俟って魅力的な女性らしさを感じさせる。しかし、それで揺らぐ【聖光の騎士団】ではない。注意深く、相手の出方を覗っていた。
「GvGイベントに参加する以上、覚悟は定まっているものと見受ける。悪く思わないで頂きたい」
「それはお互い様です。我々も負けるつもりはありませんので、悪しからず」
無駄な問答は避け、これから本気で叩き潰すと宣言する両者。それでもどこか清廉とした空気が流れているのは、互いに相手を評価しているからだろうか。
そして。
「では、参る」
アークが≪聖咎の剣≫を抜き、前に突き出す。それを確認したギルドメンバー達は前進し、アークを守る様に構えた。
「受けて立ちましょう」
フィオレは腰に装備していた≪書物≫を開くと、それがひとりでに浮き上がる。同時に【フィオレ・ファミリア】の前衛メンバーが前に駆け出し、己の武器を構えた。
「攻撃開始!」
「先手を譲るな、こっちのペースに巻き込むぞ!」
アークの宣言に対し、ネーヴェが声を張り上げる。【聖光の騎士団】と【フィオレ・ファミリア】の前衛達は互いに、先手を譲らぬと言わんばかりの突撃を見せた。
そうしてぶつかり合う、両ギルド。
「行くぞ、オラァッ!」
「ハァッ! 中々にやるな!」
「援護射撃、開始! 前衛を援護しろ!」
「後衛、ボーッとしている場合じゃないぞ! 撃てぇっ!」
攻めて来た【聖光の騎士団】としては意外だったが、これまでイベント事で名前が上がらなかった【フィオレ・ファミリア】の実力……それは、中々に高く感じられる。
基本的な動き、攻撃する時の狙う場所、防御時の注意点。そして何より、連携が上手い。
――何故、これまで無名だったのやら……ともあれ、中々の強敵だ。出し惜しみをしている場合じゃないな。
ライデンは即座に、本気を出すべきだと判断。≪失われし魔導書≫を開き、≪古代樹のタクト≫を構える。
そこへ、一本の矢が飛んで来た。
「……っ!!」
ライデンはそれを半身になって躱したが、狙われたタイミングに違和感を感じる。ライデンとて人の子、思考に耽る際には注意力が薄れる。だが、思考中に攻撃される……その可能性は予測出来る。だから警戒はしているのだ。
しかし思考の隙を突くのではなく、結論が出て行動を開始しようとした瞬間に矢が飛んで来たのだ。その瞬間は、思考と行動の隙間を突く事が出来るのである。
矢の飛んで来た方向に視線を向けると、そこには誰も居なかった。高速で動き回っている……という可能性もあり得る。しかし、見た所そんなプレイヤーは居ない。ならば、攻撃してきた者は……普通にしていても人の陰に隠れられる、見付けにくい小柄な人物だと察しはつく。
「……まぁ、良いだろう」
どのみち、ライデンが狙うのは後衛。ならば容赦を捨てて、本気で攻めても良いだろう。そう思いルーに視線を送ると、彼女は口元を緩めて頷いてみせる。
「舐められては困るな……こちとら【聖光】の幹部なのでね」
詠唱を開始すれば、スキルと装備の影響でそれはすぐに完了する。そして、ライデンが標的を前衛プレイヤーの後方……弓職や魔法職に狙いを定める。
魔法を発動しようとした瞬間、桃色の髪の少女と視線がぶつかり合った。
――やはり、君か。
ギルドマスター・フィオレの妹……桃色の髪の弓職・ステラ。小柄な彼女ならば、前衛や周囲の後衛の人影に隠れる事が可能だろう。
彼女の持つ弓から矢が放たれ、それがライデンに向かって飛んで来る。しかしライデンは、彼女の攻撃を意識の外へと追いやった。
「【ウィンドウォール】!!」
ライデンに矢が到達する寸前、彼の隣に立つルーが魔法を発動。【ウィンドウォール】の突風が、ステラの放った矢を吹き飛ばす。その的確なサポートに、ライデンは口の端を吊り上げた。
「【ライトニングアロー】!!」
すかさず放たれる、雷の矢。殺到する魔法攻撃を前に、【フィオレ・ファミリア】の後衛職は表情を引き攣らせた。
「させません……【ディルーポ】」
フィオレが何かを投げ、それが割れると同時に岩壁がせり上がった。その岩壁は、ライデンの放った【ライトニングアロー】を全て受け止めてしまう。
「……何?」
無詠唱で、魔法を発動させる……その力を目の当たりにして、ライデンは思わず固まってしまう。何せそれはあの蒼銀の髪の少女、【七色の橋】のレンの戦術を彷彿とさせる光景だったのだ。
「隙ありだ……!!」
動きを止めたライデンに向けて、【聖光の騎士団】の前衛を押し退けたネーヴェが切り込む。その動きは【聖光の騎士団】と比較しても遜色無い、雄々しい動きである。
しかし、ネーヴェの行く手に一人の男が立ちはだかった。その男は無言で剣を振るい、ネーヴェの突進を阻んでみせる。
「そうあっさり通れるとでも思ったか?」
「……ちっ!!」
両手の聖剣を駆使してネーヴェを止めたのは、アークだ。フィオレの予想外の魔法発動に驚きを抱きつつ、彼は冷静に敵の攻撃に対処してみせた。
更に、そこへ魔法攻撃が飛ぶ。
「【ウィンドジャベリン】!!」
ルーの放った風魔法が、ネーヴェを貫こうと飛来する。それに気付いたネーヴェは、当たるものかとバックステップで魔法を回避した。
それに追い縋るアークだが、ネーヴェは油断せずにアークの接近に備えてみせる。そうして両者は剣を打ち合わせ、睨み合う。
――この男、中々出来る……か。
――こいつ……流石、【聖光】のトップって事か……!!
互いの実力の高さを実感しつつ、負けるものかと剣を振るい合う。そんなアークとネーヴェの側で、両ギルドの前衛達が激しい攻防を繰り広げていく。
戦況は拮抗している……かに見えたが、すぐに均衡は崩れる事となった。
「……面白い」
その一言を呟くと同時、アークの攻撃が更に早く鋭くなっていく。
「……っ!?」
押されている、その実感にネーヴェは表情を歪め……そして、負けるものかと表情を険しくさせた。
――姉さん達の為に、負けてたまるか!!
ネーヴェ……【有賀音 雪太】は、姉が大好きな普通の中学一年生だった。そう、中一である。
実は彼、アバターの外見をいじりにいじって大人アバターでゲームを始めた、やっとVRが出来るようになった中学一年生なのだった。
そして、彼は姉が好きだった。それはもう、姉さえいれば何でもいいというくらいには姉大好きだった。簡潔に言うとシスターコンプレックスを拗らせていた。
なので姉の前で無様に負けるなどあってはならないと、必死の抵抗を見せていた。
一方ステラは、やたらと飛んで来る魔法を避けるのに必死だった。
「わっ……またっ……!!」
それは【ボール】系の威力と攻撃範囲の魔法が上空から撃ち落とされる、【フォール】系の魔法。使い勝手が悪く、人気の無い魔法である。数分前からステラが弓を構える辺りを狙って、そんな【ウィンドフォール】が降って来るのだ。
「次は……あそこかな」
そう呟いて、魔法詠唱を進めるのはルーだった。
彼女はステラがライデンを狙って矢を放ったのを察し、彼女の動きを制限……ついでに倒そうと、魔法で攻撃していた。どうやらルー的に、ライデンを狙った彼女は絶許らしい。略さないで言うと、絶対ェ許さねェ!!
言葉で言うだけは簡単だが、姿を捉えにくいステラをしっかりと狙えている。だからこそ、ステラも慌てているのだ。
ステラの配置取りは的確で、狙撃に適した位置取り。つまりはセオリー、お手本通りだ。お手本通りという事は、パターンが決まっている。行動を予測し、そこを狙う事が容易という事だ。
VR経験の長いルーにしてみれば、それはモンスターを相手にするのと大して変わらない。
「まったくっ……どうしてウチの場所を、こんな正確に……!!」
ステラは、まさか自分の動きを予想されているとは気付けていない。自分がセオリー通りの行動しか取れていない事が、原因とも思っていない。
ステラは……本名【有賀音 千羽】は、高校二年生の少女だ。雪太とは逆に、容姿を幼く設定してVRMMOを始めた。つまり、雪太からすれば彼女も姉。大好きな姉なのである。
シスコンはさておき、彼女が幼女アバターを作成したその理由……それは彼女が、絶対に現実の自分だとバレたくないという思いからである。
というのも、千羽は学校で風紀委員という役割を背負っているのであった。風紀委員である自分がVRMMOをしているなんて、現実の友人知人に知られる訳にはいかない……そんな考えからである。
ちなみに姉と弟は、風紀委員でも別にゲームをするのは普通では? と聞いてみた。しかし彼女は、頑なに譲らなかった。もしかしたら、ただ単に幼女化したかっただけかもしれない。
ちなみに彼女、弟に負けず劣らずのシスコンでブラコンである。姉も弟も、とっても大好きだった。
ともあれステラは、攻略サイト等で得た情報を元に弓職として鍛えて来た。ただし攻略情報、つまり教科書通りに。彼女は割と固定観念に囚われやすく、型にはまるタイプであった。現実でお堅い風紀委員なのも、関係あるのかもしれない。無いかもしれないが。
さて、そんな弟妹に愛される長姉。
「誰か、ステラとネーヴェの援護をお願い出来る? それまで、私が保たせるから」
宝石を手にし、【聖光の騎士団】の前衛に向けてそれを投げた。その数は、三つだ。
「【エスプロジオーネ】」
フィオレが単語を呟いた瞬間、投げられた宝石が全て同時に破裂。そこを起点に、爆発が起きた。
「ぬぅ……っ!!」
「また、詠唱待機時間が無かったぞ……」
【聖光の騎士団】のメンバーはフィオレの攻撃でHPを削られるも、戦闘不能には至らなかった。しかし足が止まっただけでも、【フィオレ・ファミリア】にしてみれば好機である。
「今だ……っ!! ステラちゃん、大丈夫かい!?」
「あ……どうもです、【オクト】さん!」
「ネーヴェ君、援護するわ!!」
「【ユノ】さん……感謝します」
仲間達の援護を受けて、ネーヴェとステラの表情に安堵の色が浮かぶ。しかし、安心するのは早かった。
「固まってくれるならばありがたい」
そう言って、双剣を手に駆け出すアーク。その瞳に油断の色は皆無であり、動きにも澱みは感じられない。
「ちっ、させるか……!! 【デュアルスラッ……】」
「【ソニックスラッシュ】」
ネーヴェが発動しようとした【デュアルスラッシュ】に、アークは【ソニックスラッシュ】をぶつける。瞬間、ネーヴェの剣とアークの剣が接触した箇所が激しく光った。
「これ……はっ!?」
システム外スキルの一つ、【スキル相殺】……相手の武技に対し、武技をぶつけて発動を強引にキャンセルさせるPS。これまで、アークがこのPSを発動した事は無かった。
そう、アークが公の場では【スキル相殺】を披露するのは初めてである。第二回イベント以降、彼は鍛錬に鍛錬を重ね……そして【スキル相殺】を我がモノとしたのだ。
このままでは、ネーヴェがやられる。そう判断したフィオレは、宝石をアークに投げ……そこに、魔法攻撃が襲い掛かる。
「きゃっ……!!」
投げた直後の宝石を、正確に射抜いたのは【ウィンドアロー】。ルーが放ったものだ。
「君がどうやって、それを会得したのかは興味があるが……レンさんと同種の芸当だろう。【聖光】が、それに何の対策もしていないとでも?」
第二回イベントで煮え湯を飲まされた、レンの速攻魔法。それを破る為の術を講じない程、ライデン達は愚かではない。
「さぁ、決めさせて貰おう」
アークとルーの攻撃は、ライデンを警戒させない為のフェイク。狙いは光属性魔法において、最高の威力を叩き出す範囲魔法攻撃だ。
「【マインドアップ】!!」
ルーは味方の前衛を対象に【マインドアップ】を掛け、魔法攻撃の耐性を上げる。いくらフレンドリーファイアでも、この魔法の威力では大ダメージになる可能性が高いからだ。
――まずい……このままでは、姉さん達が……!!
姉達を庇おうと、ネーヴェは即座に自分の身を盾にした。
「姉さん、クリスタルを……!!」
ネーヴェがその言葉を言い終える前に、ライデンがその魔法を行使する。
「【ルミナスエンド】!!」
天に放たれ、降り注ぐ光の雨。その光雨が殺到すると、【フィオレ・ファミリア】のメンバー達が次々に叫び声を上げる。
効果時間が終わると、そこには倒れる【フィオレ・ファミリア】の面々の姿があった。
耐え抜いた【聖光の騎士団】の面々は、流石だと言わんばかりにライデンを見るが……ライデンの表情は、まだ張り詰めたものだった。
「……まだ、隠し玉があったかな」
「フィオレさんと、ステラさんの姿がありませんね……」
ルーも、ライデンの懸念に気付いていた。ネーヴェは他のプレイヤーと共に倒れているが、フィオレとステラの姿が見当たらないのだ。
「斥候は先行し、ギルドクリスタルを確認せよ」
アークの指示に、一瞬身体を硬直させる斥候メンバー。しかし、すぐに幹部達の懸念事項を察し、慌てて駆け出して行った。
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「……危なかったね、姉さん」
「本当にね。皆には、悪い事をしてしまったわ……後で、謝らないと」
フィオレはステラを伴い、拠点から少し離れた場所に辿り着いていた。フィオレの手には、【フィオレ・ファミリア】のギルドクリスタルが抱えられている。そして彼女の右腕付近に浮かぶのは、書物だ。
「この≪魔法大全≫で可能になる付与魔法の裏ワザ、魔法を触媒物質に付与する手段……まだ、習熟度が足りないかしら」
口惜しそうに呟くフィオレだが、ステラはそんな事はないと考える。何故なら姉は……フィオレこと【有賀音 斗羽】は容姿と性格だけではなく、才能に満ち溢れた才女だと確信しているからだ。
「違うよ、姉さん。ウチ達が支え切れなかっただけ……次は、絶対にカンペキに姉さんのフォローをしてみせるから!! ね!!」
グッと拳を握り、そう宣言するステラ。そんな妹の決意表明に、フィオレは申し訳なさそうに……しかし、少し嬉しそうな笑みを浮かべて頷いてみせた。
多くの仲間を戦闘不能にされたが、クリスタルは死守した……リベンジの機会に向けて、フィオレは自分に出来る事は何だろうと考え始めるのだった。
次回投稿予定日:2022/8/20(本編)