15-07 【聖光の騎士団】VS【仮設ギルドC】VS【ルナティック】
そしてまた、イベントエリアの別の場所……ギルド【ルナティック】の拠点。とあるギルドが、強豪ギルドを前に善戦していた。
既に【ルナティック】のメンバーは、建物を守るプレイヤーしか残っていない。そして建物に攻め入ろうとする二組の集団が、熾烈な争いを繰り広げていた。
「この……調子に乗るなよっ!!」
「何だ、こいつら……意外と連携している!! 寄せ集めじゃないのかよっ!!」
装備も、年齢も、てんでバラバラ。そんな統一性の無いプレイヤー達が、白銀鎧と青い制服に身を包んだプレイヤー達……【聖光の騎士団】と、正面からぶつかり合っていた。
統一性が無いのは、仕方のない事だ。何故なら彼等は、ギルドではない。イベント期間中のみの、運命共同体……三つある【仮設ギルド】の内の一つ、仮設ギルドCなのである。
「やべぇぞ、マジで! 俺等が、【聖光】とやりあってるぞぉ!」
「負けてねぇ! 信じられん!」
目的も、プレイスタイルも異なる彼等だが……今、ある一人のプレイヤーの声に応え、一致団結していた。
「全く、ケリィさんは凄いな!!」
「私達の勝利の女神様よ、当然でしょ!!」
ケリィ……という、聞き覚えの無い名前。チラッと一目見た時には、確かに目を惹かれる美貌の持ち主だった。その彼女が、彼等を纏め上げているのか……そんな予想から、【聖光の騎士団】の面々は視線をケリィの方へと向けた。
「く……っ!! この女性、手強いですわ!!」
「お嬢様、視野が狭くなられておいでです!! 冷静に!!」
ケリィが相手をしているのは、アリステラ・セバスチャンのコンビである。二人の表情が苦し気なものなのに対し、ケリィは涼し気な表情で細剣を構えていた。
「参ります」
構えた細剣の刃を、逆の手で撫でる動作。掌が通過したそこには、光で描かれた文字らしきものが浮かび上がっている。
「【シャイニングカノン】!!」
ケリィが細剣を突き出した瞬間、白い砲撃が放たれる。
「今度は【カノン】系!?」
「く……ぬぅっ!!」
光属性の魔法は、射速が早い。発動してから回避するとなると、相当なAGIが必要になる。何とか身を捩って避けようとするが、アリステラは左腕……セバスチャンも右足が被弾してしまう。
――剣で魔法を……まるで、アーク様の様な……!!
愛しの殿方であるアークの事を脳裏に思い浮かべながら、アリステラは魔法を放った後のケリィに接近。
「はあぁっ!!」
その手の剣を振るい、彼女にダメージを与えようと果敢に攻め込む。しかし、当たらない。ケリィはアリステラの動きを予測しているかのように、軽やかな動きで攻撃を避けていく。
そこに、セバスチャンの支援魔法がかけられた。
「【アジリティアップ】【ストレングスアップ】!!」
AGIと、STRを強化。これならば、アリステラもケリィを捉える事が出来る……セバスチャンはそう考えたのだ。
そして、そう考えたのはアリステラも同様だった。
――感謝致しますわ!! お兄様!!
執事ロールプレイはウザイし、人妻相手に慕情を捨てられないダメな兄。そうは思っていても、何だかんだで幼い頃から自分を可愛がり、見守り、本当に困った時には何も言わず当たり前の様に助けてくれた優しい兄。
互いに互いを信頼し合っているのは、間違いが無い。だからこそ、二人の連携は的確だ。相手が何も言わずとも、何を求めているのかが解る。
セバスチャンがそれを実行できるのは、そう驚く事ではない。支援役というのは、相棒の前衛の動きを熟知してこそなのだ。
そしてアリステラだが……彼女はセバスチャンの支援内容や、タイミングを予測している。それは戦況把握と、適した戦術を即座に分析する事が可能だからだ。
そして彼女は「兄ならばこのタイミングでこう攻めるはずだ」と、察しているのである。
「【聖光の騎士団】に、勝利を……っ!!」
アークの為に……そして、苦楽を共にした仲間達の為に。そう口にして、鋭く踏み込むアリステラ。そんな彼女に、ケリィは口元を緩める。
「素晴らしい気迫です。ですが、私も負けるつもりはありません」
そう言ってケリィは、アリステラが振り下ろした剣を細剣でいなした。その動きには一切の澱みが無く、完成された動きだった。
そのまま彼女は細剣を撫でると、再び光の文字を浮かび上がらせ……そして、アリステラに向けて刺突攻撃を繰り出す。
連続で繰り出される刺突は、ケリィの技量によって繰り出されたもの。システムによる挙動へのアシストは、一切掛かっていない。しかし輝く光の文字によって、ライトエフェクトを纏った武技の様にも見えた。
「くっ……!?」
そしてケリィの攻撃が、アリステラの肩に掠った。その瞬間、アリステラの身体に電撃が奔る。
「何……ッ!?」
驚きつつも、セバスチャンの動きは的確だった。ポーチに手を入れ、デバフを解除する為の≪ポーション≫を取り出したのだ。
――間違いない、これは……麻痺効果……!! あの、光の文字が原因……!?
剣で魔法を発動させる、それだけの効果ではない。剣に魔法攻撃の属性を持たせ、魔法の特性も発揮する事が出来る。
実に単純明快なスキル効果。だが、それは平凡なプレイヤーが使った場合だ。洗練され、卓越した技量を持つケリィの様な人物がそれを保有しているとなると……それは驚異的な力たり得る。
「おらあぁっ!!」
追撃を繰り出そうとしたケリィと、麻痺状態のアリステラ。その間に飛び込んで来たのは、一人の青年だった。青年はアリステラを庇う様に立ち、その身体でケリィの細剣を受けた。
「貴方……!!」
彼は【聖光の騎士団】所属、前衛職の【タイガ】である。元は最前線のレイドパーティに参加していたソロプレイヤーで、その実力を買われてスカウトされた。
そして、彼は……まぁお察しの通り、アリステラに憧れているのだった。
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最初は見た目と立ち振る舞いから、アリステラは高飛車なお嬢様ロールプレイをしているイタい女……という印象を抱いていたタイガこと、【前戸 虎雄】。
そう感じた原因は、彼女だけのせいではない……常に傍らに居る実兄の、執事ロールプレイに辟易して毒を吐いていたのも一因だ。
ともあれ第二回イベントをきっかけに、セバスチャンをイジる様になる前……かつてのアリステラは、確かにそういった印象を受けやすい女性だった。
しかし【聖光の騎士団】の方針がチームワークを意識したものに変革され、トッププレイヤーとそれ以外のプレイヤーの交流も徐々に増えていった。その中で、彼はアリステラの本当の姿を目の当たりにした。
仲間達が動きやすい様に、雑用だろうと率先して動く所。相手がどれだけ乱暴な物言いでも、落ち着いた物腰で応対する丁寧さ。伸び悩む仲間に対し、親身にアドバイスをする面倒見の良さ。
そういった彼女の姿を見て、タイガは理解した。
彼女は本物のお嬢様で、高飛車どころか仲間想いな女性である……と。
それを理解した瞬間、彼女に対する感情は一変した。
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だから、だからこそ。彼女を戦闘不能にはさせない。
「アリステラさんは……仲間はやらせないぜ!」
ケリィからアリステラを庇おうと、仁王立ちして堂々と宣言するタイガ。そんな男の背中にアリステラは目を見開き、セバスチャンは感心していた。
とはいえ、彼は麻痺中なのだが……アリステラはその事を思考の彼方へと捨て、彼の背中を見て感動していた。
――なんて仲間想いな方なのでしょう……!!……あら、彼の名前、何でしたっけ? 確か……タイガさん?
――ほーぅ? タイガだったか。中々見所がありそうな……っと、いかんいかん。デバフを解除させねば。
タイガはあまりアリステラに率先して絡まないで、遠巻きに彼女を眺めていた。なので、名前をハッキリとは覚えられていない。それでも時間を少し要したが、思い出せるのは彼女の記憶力の賜物か。
ちなみにタイガが自分に想いを寄せているなどとは、露程も気付いていない。
セバスチャンは最初から、【聖光の騎士団】のメンバーの名前と顔を一致させていた。既に社会に出て、一流企業の重要ポストに就いている彼だ。この程度、出来て当たり前だと彼は考えている。
タイガの乱入でケリィの手が止まり、少しの余裕が生まれた。セバスチャンはまずアリステラに、≪ポーション≫を投げてデバフを解除。同時に【マルチタスク】の効果で二つの魔法詠唱を進め、それが完成する。
「【ウォーターボール】! 【サンダーボール】!」
水と雷……【ウォーターボール】の水で濡れた所に、【サンダーボール】の雷撃が加わればダメージも麻痺効果も増大する。それを狙って、セバスチャンは魔法を即座に選択し発動させた。
それを見たケリィは、タイガへの追撃を止めて魔法攻撃に対応する事にしたらしい。光の文字が浮かんだ細剣を、左右に振るう。
一見すると無造作な……その実、狙い澄ました鋭い剣閃。三発の【ウォーターボール】、そして同じく三発の【サンダーボール】。それらの中心を的確に斬り、掻き消してみせたのだ。
「な……!? まさか、相殺!?」
セバスチャンも、アリステラや他の面々も、ケリィが披露したその技巧が【スキル相殺】だと即座に理解した。
しかし、セバスチャンは更にその先について考える。今のが【スキル相殺】だとすると、不可解な点があるのだ。
武技または魔法をの中心に、同等の攻撃をぶつける事で効力を打ち消す……それが、【スキル相殺】だ。しかしケリィは今、武技を発動してはいなかった。
とある侍少女のように、無詠唱か? 否、それよりも解りやすい答えが目の前にある。
「どうやらその剣は、魔法効果を纏った剣の様ですね」
正体見たり、枯れ尾花……ではないが、見抜いてやったぞと言わんばかりのセバスチャン。しかし、ケリィは一切動じずにそれに応える。
「はい、その通りですね。これは【マジックブレード】という、私が手に入れたユニークスキルの効果によるものです」
そのあっさりとした肯定に、誰もが言葉を失った。
公言せずとも、ユニークスキルを保有するプレイヤー……既にそう目されているプレイヤーは少なくない。
代表的なプレイヤーは、【七色の橋】の面々……ジン達だ。そして、これは【聖光の騎士団】のアークにも言える事である。
またごく一部のプレイヤーは、他のプレイヤーによって明かされている。
該当するプレイヤーは、ジェイクにバラされたハヤテである。とはいえ、その場に居なかった者はそれを知る術は人伝以外に無いのだが。
自分からそれを公言するプレイヤーは、一人だけだった。
その一人とは、実況配信者にしてアイドルであるアンジェリカだ。アレクは既に退場し、ユニークスキルも失っているのでノーカンである。
ユニークスキルを保有しているとなると、その力を利用しようとする者……または、情報を得ようとする者に接触される危険性が高くなる。故に、ジン達も公の場ではユニークスキルについて公言しないようにしていた。それは、アークも同様である。
だがケリィは何でもない事の様にあっさりと、ユニークスキルの名前まで口にしたのだ。これには、その場の全員が呆けてしまった。
「まさか、ユニークスキル保有者だったとは……思いも依らぬ伏兵が居たものです」
「伏兵ですか……本当の伏兵はもっと意外で、目立たない所に居るかもしれませんよ?」
そこまで言うと、ケリィは左手の人差し指を口元に当てる。浮かぶ笑みは、悪戯が成功したと言わんばかり。その美貌と相俟って、思わずドキリとさせる様な仕草である。
「例えば……【ルナティック】のギルドクリスタルの前、とか」
そう告げた直後、【聖光の騎士団】と仮設ギルドCが戦っている拠点……その中心に立つ建物から、五名のプレイヤーが全速力で駆け出して来た。
「皆、作戦成功だ!」
「ギルドクリスタルの破壊に成功したわ!」
飛び出して来たのは、仮設ギルドCに参加しているプレイヤーだった。彼等はケリィ達が【聖光の騎士団】の注意を引いている隙に、建物内へと潜入していたのだ。
「ありがとうございます、皆さん。それでは、次の段階へ移りましょう」
そう言うと、ケリィはアリステラ達から距離を取る。更に他の仮設ギルドCの面々も、【聖光の騎士団】のプレイヤーから距離を取って集まり出した。
「では、作戦通りに」
そう言うと、ケリィは駆け出した……アリステラ達から、逃げる様に。同時に仮設ギルドCのプレイヤー達も、数名一組でまとまって動き出した。その様子を見た限りでは、何組かに分散して逃走を図った様に見える。
「撤退ですの!? ここまで来て……皆さん、彼女達を追いますわよ!」
アリステラの号令に、【聖光の騎士団】の面々が追撃を仕掛けようとする。しかし、そこでセバスチャンが待ったをかけた。
「お待ちを……彼女達は、作戦と口にしました。分散して逃走したのも、その作戦の内かもしれません」
そんなセバスチャンの言葉に、アリステラ達は足を止める。
「分散したのは、追撃する我々を分断する為。そして追って来た所を、潜んでいた仲間か……もしくはトラップを駆使して、仕留めようといった所でしょう。ここに来るまで、いくつかのトラップがありました。恐らくは後者ですね」
落ち着き払った様子で、そんな推測を口にするセバスチャン。実際に、セバスチャンが見つけたトラップはケリィ達が設置したものだ。
「深追いは危険です。それよりもまず、彼等より先に中小ギルドを攻め落とす方が良いでしょう。あの様子だと、最終日まで勝ち残る可能性は高い……そこで決着を付ける方が、ローリスクです」
冷静沈着に分析するセバスチャンに、アリステラを始めとした【聖光の騎士団】のメンバーは成程と納得する。
――流石、お兄様。冷静に状況を判断するその頭の回転の速さ、流石ですわ。
これで無意味な執事ムーブや、初音の令嬢に固執していなければ、素直に尊敬できるのに。そんな事を考えつつ、アリステラは決断を下す。
「セバスチャンの言う事は最もですわね。貴方がたも、それで宜しくて?」
このチームを率いる二人にそう言われ、反論する者は居なかった。
……
「うまく撒いたか」
一人の青年が、ギルド【ルナティック】の拠点から離れた場所でそう呟く。彼と行動を共にするのは、四人のプレイヤー……その中には、ケリィの姿もあった。
「流石だな、ケリィさん。あなたの作戦通りだ」
青年がそう言うと、ケリィは柔らかな笑みを浮かべて首を横に振る。
「皆さんが、一致団結して事に当たっているからこそです」
謙虚な女性だ……男女問わず、同じ感想を抱く。美しく、優しく、聡明。そんなケリィに対して、仮設ギルドCのメンバーは誰もが好感を抱いている。
惜しむらくは……。
――これで、既婚者じゃなければアタックするのになぁ……。
それが、男性陣の最大のガッカリ要素だった。
初日に顔を合わせ、自己紹介の時点で彼女は自分が既婚者であると明言していたのだ。男性陣が一斉に落胆したのも、無理のない事だろう。
「しかし、裏の裏をかく為にトラップを設置するなんて! ケリィさん、本当に凄いです!」
同行する女性プレイヤーが、興奮気味にそう口にした。
そう、仮設ギルドCの作戦は「【聖光の騎士団】の追撃を止める為に、わざと見つかる様にトラップを設置する」というものだった。
追撃を受ければ、仮設ギルドCのメンバーの半分は討ち取られていただろう。
アリステラ・セバスチャン組は【ルナティック】を攻める前に、【天国への扉】の拠点で仮設ギルドCのプレイヤーと会敵している。そこで仮設ギルドCを撤退に追い込み、ギルドクリスタル破壊を成し遂げた。
しかし、それも作戦の内だ。
彼等が【天国への扉】の拠点で戦ったのは、仮設ギルドCの先遣部隊。近い場所に拠点を構える【聖光の騎士団】の襲撃部隊……誰がその指揮を採っているのか。彼等は、それを確かめる為の偵察部隊であった。
そして得られた情報を元に彼等を出し抜き、更に仮設ギルドCが手強いと印象付ける作戦。そうなれば、アークやライデンも仮設ギルドCの拠点攻めに慎重になるだろうと期待しての策略である。
「たまたま上手く行っただけですよ。それより、これで私達は動きやすくなるはずです」
「えぇ、稼ぎ時ってやつですね」
「はい、そうです」
冴え渡る智略、それを恐ろしいとは感じない。それよりも好ましく、心強い……そう感じさせる。
ケリィは視線を次の目的地の方角へと向け、フッと笑みを浮かべる。そして右手に握る細剣を、標的に突き付けるようにして口を開いた。
「さぁ、荒稼ぎの時間です」
どこかで聞いた事のあるような、その言い回し。誰もがそんな感想を胸に抱くが……それがどこで聞いたものなのか、思い出せなかった。
次回投稿予定日:2022/8/5(幕間)