短編おまけ あの人達は今
熾烈な戦いが繰り広げられる、第四回イベント。既に敗退したギルドも出て来ている中、生き残っているギルドは夜明けに向けて気を引き締め直していた。
敗退するギルドは、やはり生産職が不足しているギルドが多い。ギルド拠点の強化、空腹度を満たす為の料理が用意出来ないのだ。
他のギルドの所有するアイテムを奪い取る事は、システム的に出来ない。イベントではプレイヤーのデスペナルティによるドロップも無いので、資材や食料の確保はマップ内での採取に限定される。
そんなイベントエリアだが、大半のギルドは見張りを置いて休息に努めている。
しかし夜闇に紛れて他のギルドを襲おうという、そんなギルドも少なくはない。休息のために警戒中の戦力が減っているタイミングなのだから、そう考えるのも無理もないだろう。
とはいえ大規模ギルドや中規模ギルドは、夜警に手を抜いてはいない。交代制で休息をとり、襲撃に備えているのだから当然だ。
故に、狙われるのは小規模ギルドである。
イベントエリアの南西側、そこで一つのギルドが夜襲を目論み移動していた。
ギルドの名は【煉獄】……プレイヤー数二十一名、PACは六名の小規模ギルドだ。
「もうすぐ着くぞ、準備は良いか?」
ギルドマスターである【オルランド】が問い掛けると、メンバー達が黙して頷く。
彼等は拠点の防衛を応援NPCに任せ、主戦力を投入して夜襲を敢行しているのであった。
ちなみにギルドクリスタルは襲撃に備え、サブマスターであり盾職の【オリバー】が隠し持っている。これは【煉獄】が、応援NPCを戦力としては信頼していないせいだ。
とはいえ、応援NPCは決して弱くはない。応援NPCが、その力を発揮出来ていないだけである。
こうなった原因は単純なもので、オルランド達は成長したPACに慣れてしまったのだ。PACとは成長したAIによって、ある程度の自発的行動を可能とするNPCだ。それと同じレベルを最初から求めてしまった為、期待よりも使えないという判断をしてしまったのである。
それが間違いだと、彼等は気付いていない。
PACは契約までの間に好感度を上げる為、契約直後にはある程度の信頼関係が構築される。その為、最初からある程度の自発的な行動を可能としている。
しかし応援NPCは、それらの過程がない。最初から、指揮下に入る事が約束されているのだ。故に、プレイヤー側から歩み寄り、信頼関係の構築が必要なのである。
ともあれ【煉獄】は、目的地を視認する所までやって来た。
「……ふん、大して強化はしてないな。所詮は【おしゃぶり】か」
はい、彼等が狙っているのはおしゃぶりこと、ギルド【ベビーフェイス】の拠点でした。
「警戒も最低限の人数だし、チョロそうだな」
「まぁ、おしゃぶりだしなぁ」
「いやぁ、近くにこんな雑魚ギルドが居てくれて良かったわ」
相手の守りは薄い……そう確信した彼等は、警戒心を捨て去って拠点へと接近した。
……
「ぬおぉぉぉっ!? 落とし穴だとぉ!?」
「なんて古典的な……いや、深いなコレ!?」
「って、串刺しにいぃっ!?」
はい、まずは落とし穴に落ちました。やはり、落とし穴は定番ですよね。
ちなみに、ハヤテはこれをチラッと見ただけで見抜きました。いやぁ、流石ですね。
落とし穴への落下を免れた面々は、こちらに向けて武器を構える応援NPCを見て舌打ちをする。その数は、先程盗み見たよりも多い。
「なにっ!? NPCがこんなに!?」
「隠れてやがったのか、汚ぇぞ!!」
「うわっ!! な、何でプレイヤーの指示もなく攻撃して来やがった!?」
はい、敵を油断させる為に、見える所には最低限っぽい人員を配置。それ以外に、見えない様にして配置された応援NPCがお出迎えしました。
ちなみに応援NPCとはある程度のミーティングをしているらしく、ちゃんと指示無しでも敵を迎撃します。
「まーた、敵襲か……ナメられたもんだな」
「よし、ここは常套手段で……囲んで、叩き潰してしまいましょう」
リッドとファルスが姿を見せると、オルランド達は分が悪いのでは? という考えが頭に浮かび……それを否定した。
――相手は所詮、おしゃぶり共だ!! 押し切ればいける!!
「オリバー、お前は無理をするなよ。野郎共! 押し切ればいける!! ブッ潰せぇ!!」
オルランドの指示に、【煉獄】の面々は気勢を上げて押し通ろうとした。リッドとファルスを倒して建物の中に押し入り、クリスタルを破壊すれば自分達の勝ちだ。
そうして駆け出した彼等は、地面から十数センチメートルの位置にピンと張ってあったロープに引っ掛かった。こけた。
「ぬおぁっ!?」
「トラップか……卑怯だぞ!!」
「あっ、あっ……矢が飛んで来て……」
矢や魔法が飛んできました、これはいい集中砲火ですね。
「いや、サバイバルイベントだぞ? トラップくらいやるだろ、普通」
「そもそもトラップ程度で卑怯なら、夜襲はド外道じゃないですか。鏡を見て言いなさいな」
本作では珍しい……とても珍しい、【ベビーフェイス】側の正論が入りました。これには【煉獄】側、ぐうの音も出ません。
「……くっ」
”くっ”は出せました、これが女騎士なら、”殺せ!!”も欲しい所ですね。
そもそもギルド【煉獄】は、勘違いをしている。標的にした【ベビーフェイス】を、格下だと侮って夜襲を仕掛けたのだが……それこそが、大きな間違いなのだと。
彼等は確かに、トップギルドからしたら強いギルドとは言い難い。最前線を駆け抜けるようなプレイヤーからすると、だ。
しかしながら、弱くはない。装備も整えているし、レベルもスキルもしっかりと育てている。
今だって、消耗を抑える為に【煉獄】を罠に嵌めたが……そうしなくても、返り討ちに出来るだけのスペックを持ち合わせている。
【煉獄】は忘れているかもしれないが、【ベビーフェイス】は第二回イベントの決勝トーナメントに出場している。それが出来るだけの実力は、しっかりと持ち合わせているのだ。
「他の奴らを起こすかと思ったけど……そこまでする事は無さそうだな」
「えぇ、残りは五人程度……ローウィンも、クリスタル破壊作戦で疲れているでしょう。休ませてあげましょう」
【ベビーフェイス】からしたら、これまでの相手が悪かった。
そして【煉獄】からしてみたら、狙った相手が悪かった。
ただ、それだけの事であった。