短編 ミモリさんは恋をしない
甘い話が多いって?
作者の芸風がコレだからなぁ←
じゃあ、こんなのはいかがでしょう。
宵闇に包まれる第四回イベントエリアマップ、その西側に存在するあるギルドの拠点。そう、【七色の橋】のギルド拠点……誰が呼んだか、[風雲七色城]。
まだ夜が明けない内に、仮眠から目を覚ました一人の女性……調合職人として名を馳せる、ミモリ。彼女は個室の窓を開けて、拠点内に視線を巡らせた。
拠点を囲む外壁は、それなりに高く作られている。実はこれ、ある人物によって計算し尽くされた高さである。
スキル【体捌きの心得】……第二回イベントでその有用性が広まったスキルだが、大体のプレイヤーはこの外壁を越える時に【ハイジャンプ】で越えようとする。しかしこの外壁、【ハイジャンプLv10】ではギリギリ届かない高さとなっているのである。
では、どうすれば越えられるのか? それは実は単純で、同じく【体捌きの心得】で取得できる【ウォールハイク】を使って壁走りすれば良いのだ。
ちなみに例外がどこぞの九尾の狐の忍者である。【天狐】はとても使い勝手のよろしい武技です。
で、誰がこれを考えたのか? 当然、あの男である。
ありとあらゆるジャンルの生産活動に手を出しており、誰もが認める成果を挙げる生産職人の頂点と呼ばれる人物。今イベントで【七色の橋】のゲストメンバーとして参戦している、ユージンだ。
――流石よねぇ……その上、戦闘だって出来るんだもの。
思い起こすのは、拠点内での戦闘。ミモリとカノンが迎え討ち、しかし倒し損ねた青年にあっさりと敗北した後の事。
颯爽と現れたユージンは、ミモリとカノンを蘇生させ……そして、ティマイオスを尽く圧倒してみせた。それも、これまで隠していた……もう一つの顔・ユアンとしての正体を明かしてまで。
死体蹴りをされた自分を気遣い、過剰なまでに敵を追い詰める姿には空恐ろしいものも感じたが……同時に、嬉しくもあった。自分の為に怒りを覚えてくれた事が、嬉しかったのだ。
しかし、ミモリはそれを表に出さない様に努めている。
その理由は、単純明快。相手は既婚者……その上、既に孫娘までいるのだ。若々しい外見からは、実に信じ難いが。
ユージンは、前々から現実で既婚である事を明かしている。更にゲスト参加する際に、【魔弾の射手】のメイリアが孫であるとも教えていた。
そんな相手に特別な感情を抱くなど、あってはならない。というか【七色の橋】のメンバーとして、不義理などあってはならない。
――それに、多分これは恋愛感情とかじゃないはず。確かに魅力的ではあるけど、だからと言ってキスしたいとか諸々したいとかは考えられないし……。
自分の感情と折り合いを付け、冷静に物事を考える事が出来る。このメンタルコントロールに長けているのが、ミモリの強みである。
ラブではなくライク、これは間違いない。ミモリはそう、自分を納得させる。
元よりミモリは(カノンもだが)、彼に弟子入りしたいと思っていたくらいである。つまりは、憧れだ。
そしてこれだけ彼の事が気になるのは、更に憧れる要素が加わったせいだろう。それだけあの時のユージンは頼り甲斐を感じさせ、目を奪われる存在だったのだ。
ミモリはそんな事を考えながら、個室の外……ベランダ部分に出た。
VR技術によって再現された夜風が、ミモリの肌を撫でる。その感触は実にリアルで、ミモリは本当に異世界に迷い込んだ様な気分になる……それだけ、AWOの再現技術が凄いという事だ。
そんな時だった。
「おや、ミモリ君?」
低い青年の声が、ミモリの耳に届く。先程まで彼の事を考えていたせいか、ミモリは頬に熱を帯びる感覚を覚えた。そうして、声がした方を向いて……。
「……何してるんですか、ユージンさん」
何故だか、一気に冷めた。
というのもユージンは、ベランダにリクライニングチェアを置き、アロハ甚平姿で寝そべっているのだ。エンジョイかよ。
更にサイドテーブルには、ワインらしき物が置かれている。その横にはつまみなのか、チーズまで。優雅かよ。
「なに、折角の機会だからね。少しは堪能しようかと……ほら、月光浴には良い満月だろう?」
満月を指差しながら、朗らかに笑うユージン。サングラスもなく、髪も下ろしているので見た目はとってもユアンさんだ。しかしこんな脳天気に笑う姿を見たら、この人が色んな意味で最高峰プレイヤーの一人とは、誰も思いはしないだろう。
「私達もエンジョイ勢ですけど、ユージンさんはエンジョイガチ勢ですか?」
「ははは、違いないね。楽しむ為にゲームをしている訳だから」
呆れた様な視線を向けられて尚、ブレる事のないおじさん。その姿に、ミモリは改めて思う。
――この人の奥さんがどんな人か……本気で見てみたい気がする、色んな意味で。
そんなミモリの内心を知ってか知らずか、ユージンは起き上がるとミモリに向き直る。
「ミモリ君もどうだい?」
ワイングラスを手に取って、そんな事をのたまうユージン。しかし、ミモリはいやいやと手を振る。
「私、まだ十九歳なので。未成年です」
そんなミモリの発言に、ユージンはピタリと固まった。
「そうだったか、これは失礼……済まないね、とても大人っぽいから、もう成人済みかと思っていた」
ユージンにそう言われると、何となく照れ臭さを覚える。色々と。
「あ、でもジュースもあるよ。桃とオレンジとブドウと……あ、グレフルも」
「……ブドウで」
何となく、もう少しこの人と話してみたい。そんな気持ちが湧き上がって、ミモリは無意識の内に言葉を返していた。
……
「僕の妻について?」
「はい」
ミモリは何となく、気になった事を聞いてみた。というか、考え出したら凄く気になった。気になり過ぎて、夜しか眠れそうにない。
しかし、ユージンは苦笑して首を横に振ってみせる。
「やめておいた方がいい」
人当たりの良い……少なくとも、【七色の橋】のメンバーには全面的に好意的な態度を崩さないユージン。そんな彼がはぐらかす事もなく、否定の意を示したのは珍しい事だった。むしろ、ミモリからすれば初めてである。
――何か、話したくない理由が……まさか、奥様は既にお亡くなりになっているとか……?
何か、深刻な事情があるのだろうか? 迂闊にも、踏み込み過ぎてしまっただろうか? そんな思いに駆られるミモリだが、ユージンは苦笑を深めて言葉を続ける。
「多分、全て惚気になる」
「アッハイ」
「それも長時間の」
「オッケーです、やめときます」
即座に、これ以上はやめようと思ったミモリ。憧れの相手から、奥さんの惚気話を聞かされるのはちょっと……という感じだった。
「あぁ、それなら僕の孫の話とかはどうかな?」
気まずい空気を払拭しようとしたのか、ユージンがそんな提案をする。ミモリも奥さん話題よりは良いかと、それに便乗する事にした。
「へぇ……もしかして、メイリアさんのご兄弟ですか?」
「いや、メイは一人っ子。だから、イトコの間柄だね。その中では……うん、薬を研究している子が居るな。君達と歳も近いし、話が合いそうだ。メイよりも三つ上だから……そうなると、ミモリ君の一つ上になるのか」
その孫は、大学二年生らしい。そしてメイリアは三つ下、つまり高二だ。
「メイリアさんって高二だったんですね……ジン君達より、いっこお姉さん」
「だねぇ」
思いの外年が近いのはさておき、もっと気になる事もある。本当に、このおじさんは幾つなのだろうと。とても、気になる。
しかし、どうせ答えてはくれないだろう。そう思って、ミモリは苦笑しながら他愛のない言葉を口にする。
「本当に、ユージンさんのリアルが想像しにくいですね。もしかして、不老不死ですか?」
そう言われて、ユージンは目を丸くして……フッと微笑んでみせた。
「バレてしまっては仕方がない、実はそうなんだよ」
「またまたぁ」
ユージンの冗談に、ミモリはからからと笑う。彼にしては、リアリティに欠ける冗談だ。
「僕の戯れ言はさておき、その孫もAWOに誘ってみるのもいいかもね? もしかしたら、君達と気が合うかもしれない」
それは良いかもしれない。男性にしろ女性にしろ、新たなフレンドになれるかもしれない。だがしかし、薬学に精通するとなれば……。
「それだと調合職のライバルが増えるんですが……シンラさんとか、強敵が居るのに」
既に調合職の中で、抜きんでて有名なシンラ。最もそれはミモリもなのだが、ライバルが更に増えるのは考え物だった。
「ほう……そうなると僕は?」
「ラスボス」
「えぇぇ……」
そんな話をしながら、二人は月見を楽しみながら談笑を続ける。夜が明ける頃には、ミモリの中である考えが生まれていた。
――好きや憧れっていうよりも、何だか……身内的な何かだわね。多分、お兄さんとかお父さんみたいな感じ。うん、やっぱりそういうアレだわ。
そう結論付けると同時に、それならばそれで良い。もっと色々と話したい。ミモリは、そんな風に思ってしまうのだった。
次回投稿予定日:2022/5/20(短編)
ユージンさんとミモ姉のお話。
ユージンさんは本当に、謎の人です。(棒読み)




