短編 運営夫婦は見た!
シリウス×エリアだと思った方は、ごめんなさい。
「警察への通報も滞りなく完了……か。これで、少しは楽になるか?」
「そうね……お疲れ様でした、あなた」
椅子の背もたれに体重を預ける様に寄り掛かるシリウスに、エリアは柔らかな笑みを浮かべて声を掛ける。
二人が今居るのは、運営メンバーが集まる部屋ではない。交代制で休憩を取る為の、個室スペースである。夫婦である為、シリウスとエリアが二人で個室を使っても誰も不思議には思わない。
「それじゃあ、私達も少し休みますか?」
仮眠を勧めるエリアだが、シリウスは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「その前に、気になる事があってね。少し確認したい」
そう言うと、シリウスは運営専用のシステム・ウィンドウを開いた。そこに映し出されているのは、【七色の橋】の拠点……その建物内部だ。
「あら、何かしら?」
「いやまぁ、大した事ではないんだが……これで有名所のギルドが、【七色の橋】の疑惑を否定する手助けをするはずだろう。祝杯でもあげてるかと思ったんだが……」
「ゲーム内では、今は深夜ですからね。寝ているみたい」
「流石に無理もないか……おや?」
ウィンドウに映る光景……その少女が、ある人物の部屋へと赴いた。
「レン? 何をしているのかしら……」
「あの部屋は……ヒイロ君の部屋みたいだな」
夜更けにレンが、恋人の部屋を訪ねる……その意味を考えて、二人は押し黙る。
――恋が不埒な真似をするとは、到底考えられない……それに英雄君も、そんな軽率な子ではない……。
――仁君と姫乃さんが添い寝をしているし、触発されたか? しかし初音家の教育を受けている恋ちゃんが、そんな事をするかな……?
夫婦は脳内で妹・義妹の事を考え……彼女とヒイロを信じるべきだと思い、己のパートナーに口を開こうとした。顔を上げて視線を隣に向けたタイミングは、全く同じである。似たもの夫婦かな?
そうしている内に、レンは部屋の主を呼んでいた。
『レン? どうしたの、こんな夜更けに……』
『済みません、ちょっと相談が……少し、お時間を頂いても良いでしょうか?』
レンの声は、どことなく不安そうな声色に聞こえる。シリウスとエリアは、ウィンドウを閉じようとする手を止めてしまった。
『勿論、構わないよ。立ち話も何だから、中へどうぞ……レンが良いならだけどね』
『清く正しいお付き合いを……ですものね。大丈夫です、私はヒイロさんの事を信頼していますから』
そんな二人のやり取りを耳にしたシリウスとエリアは、顔を見合わせ苦笑した。やはり、取り越し苦労だったかと。
『それより、相談って?』
『……一言で言ってしまうと、家族についてなんです』
ウィンドウを閉じようとして、シリウスの手が止まる。エリアが息を止め、ウィンドウの中に映るレンを見つめる。
そのままヒイロが部屋の扉を閉め、二人の姿が見えなくなる。
――どうしよう、かなり気になる……!! でも、覗き見をするのは……!!
――とか考えてるんだろうな……まぁ良いか、俺が悪者になれば済む話だ。
「おっとてがすべったー」
「お手本の様な棒読み!?」
システム・ウィンドウを閉じず、視点をヒイロの部屋の中へ移動させるシリウス。どう考えても確信犯としか思えない行動に、エリアが珍しくツッコミを入れた。
「ウィンドウを閉じる手順をド忘れしてしまった、これは少し時間が掛かりそうだな」
「白々しさで畳み掛けて来る!? あなた、そういうキャラでしたっけ……?」
「何の事だか。済まないけど、ちょっと待っててくれ。あ、先に横になっててくれても良い。俺もすぐ行くから」
同じ部屋で、一緒に寝るのは確定事項。そして、今のは自分の操作ミスであり、エリアに何ら非は無い。そんなシリウスの言外の想いに、エリアは胸の奥が熱を帯びるのを感じる。
――もう、本当にイケナイ人ね……。
離れるのではなく、側に寄り添って。エリアはシリウスの肩に額を寄せる。一人で悪役にはさせない、自分も共犯になる……そんな、彼女なりの意思表示だ。
『ジンさんの言葉、あれがとても気になってしまいまして……』
レンは既に、ヒイロに本題を話し始めていた。その内容は、アンジェリカと対峙したジンの言葉について。
――求めるものでも、与えるだけ……ましてや、押し付けるものでは断じて無い。
――一緒に、育てていくもの……それが拙者の考える、愛でゴザル。
その言葉は、運営メンバー達も聞いていた。あれだけの規模の戦いで、更に騒動の中心人物の対話だったのだ。注目して然るべきだろう。
かくいうシリウスとエリアも、彼の言葉に心が震えた。
『ジンさんの言う愛の定義に、私も同意です。ヒイロさんと私の間にもしっかりと、一緒に育んでいる愛があると確信しています』
『……ありがとう、レン。でも、それ以外が気になったんだね?』
『はい……私は、間違いなく家族に愛されています』
レンの言葉に、シリウスとエリアは口を噤む。レンの目が、どことなく不安そうに揺れているのがモニター越しにも解る。
『使用人の皆さんにも、とても大切にされています。周りの人達のそれは、愛に違いありません……でも、もしそうなら……私は皆さんに何かを返せているんでしょうか』
レンが引っ掛かっているのは、”一緒に”の部分なのだろう。
家族や周りの人達の想いを、受けているだけではないのか? 自分はそれに応えられていないのではないか? それで、愛は成立するのか? レンは、そんな不安を覚えてしまったのだろう。
そんなレンを、ヒイロは柔らかく微笑んで抱き寄せる。
『当たり前じゃないか。レンは御家族の愛に、しっかり応えているよ』
断言するヒイロに、レンは不安そうに視線を向けている。気休めではないのか? という、不安がどうしても心から取り除かれないのだ。
しかし、ヒイロは揺らがない。強い確信を持って、レンに語り掛ける。
『レンが居て、元気にしている事。それ以上、大切な事は無いだろう?』
そう言ったヒイロは、穏やかな雰囲気ながらも自信に満ち溢れていた。
『私が……?』
『そう、君がだよレン。レンが健康でいる事、側にいる事、笑っている事……幸せでいる事。それが皆の願いで、レンはちゃんとそれに応えてる』
親や兄姉にとって、彼女が健やかに育つ事。元気でいる事、笑顔でいる事……それ以上の幸せは無いだろう。
ヒイロもまた、兄としてヒメノが幸せでいる事を何より願っている。だから、解る。
『君と家族の愛は、より強く、深く育っていっている。俺はそう思うよ』
そんなヒイロの言葉に、レンは目を伏せ……そして、彼の胸元に飛び込んだ。その顔は見えないが、きっとその口元には笑みが浮かんでいるのだろう。
モニター越しにヒイロの言葉を聞いて、エリアは口元を綻ばせる。そして、人差し指を伸ばしてシリウスのシステム・ウィンドウを閉じた。
「……大丈夫そうだな?」
「えぇ。英雄君も、何か……凄い子ね」
「【七色の橋】は皆、凄い子だらけだよ……はぁ、任期が終わったら俺もゲームに参加したいな」
「一人で行かせないわよ、あなた?」
「ウッス」
次回投稿予定日:2022/5/15(短編)
姉夫婦(リアル新婚さんいらっしゃい)と、妹夫婦(プロポーズはよ)はいかがでしたでしょうか。
ジンの愛理論を受け入れつつ、じゃあ家族愛はどうなんよ? という点について触れてみました。
短編とは思えない、シリアスでしたね。シリアスでしたよね? え、違う? じゃあシリウスでしたね。