短編 今夜の返答はどっち?
敢えて言おう、微糖であると!!
作者的には微糖です。
誰が何と言おうと、作者の中では微糖です。
スパイ集団【禁断の果実】を討伐してから、数時間。【七色の橋】のギルド拠点、その建物の中は静寂に包まれていた。
最も、静寂に包まれているのは廊下や広間だけである。個室となっている部屋の中では、姫と同衾した忍者が脳内会議していたり、幼馴染カップルが添い寝してイチャついていたりする。
そんな中、キィ……という音が廊下に響いた。それは木製の扉が……個室の扉が開いた音だ。部屋の中から出て来たのは、小柄でスレンダーな体系の女性。クセで毛先が跳ねた茶色の髪が特徴的な、気弱そうな女性である。
最も彼女は、自分の熱中するモノに関しては気弱とは呼べない面を見せる。そんな彼女、ゲーム内での名をカノンという。
――目が冴えて眠れない……。
どうやらカノンは、寝付けなかったらしい。スパイ討滅戦という大規模な乱戦、その中で彼女も必死に戦っていた。彼女は戦闘に不向きな性格なので、その戦い方は接近戦を諦めて”自作した武器を投げる”という荒業だが。
――工房スペースで、武器を作っておこう……。
投げたら投げた分だけ、彼女の攻撃の手数は減る。戦いの中で回収したり、戦いの後で回収すれば問題ないのだが……それが出来ない場合も当然、少なくは無い。
なので、投擲する武器のストックを作る必要があるのだ。
そうしてカノンが工房スペースへ向かうと、目的地から明かりが漏れている事に気付いた。
主に工房を使用するのは、カノン本人以外だとミモリ……そしてゲストメンバーのユージンだろう。他のメンバーも生産活動を行うが、その場合は誰かと一緒に作業をする事が主だ。複数名でやる場合、カノンやミモリ・ユージンにまず声が掛かるだろう。
乱戦後のミモリの様子から、ポーションのストックはまだ十分。故に、彼女が作業をしているとは思えない。もしかしたら、ユージンだろうか? そう思って、カノンは工房の中を覗き見た。
そこには一人の青年……ユージンではない、もう一人のゲストメンバーの青年の姿があった。
――クベラ、さん?
クベラは何やら、せっせと作業をしていた。彼が作っているのは、どうやら弾丸や砲弾等の消費アイテムの様だった。
弾丸を使用するのは、ハヤテとユージン……そしてクベラだ。砲弾もヒメノとクベラ以外は、基本的には使用しない。しかし自分用だけならばもう十分なのは、その量を見れば明らかだ。
――皆の為に……。
彼は商人であり、損得勘定で動くスタンスが普通のプレイヤーだ。しかしカノンから見ても、クベラはそれだけの人間では無いと解る。
自分の利益の為だけならば、もっとやりようがある。いくら親交の深い間柄だと言っても、隠れて消費アイテムを作る必要などない。
ならば何故か? それはクベラという人間が優しい人柄で、思い遣り深い性格だからだろう。
――最初に会った時から、そうだった……。
人見知りのカノンの事を気遣って、心を砕いてくれた。あの日の事は、今でもふとした時に思い出す。誰にでもそういった気配りが出来るのも、彼の長所だと思う。
しかし……いつからだろうか。その優しさを、独り占めしたいという思いが気付けば生まれていた。誰にでもではなく、一番は自分に向けて欲しい……そんな独占欲が、気が付けば存在したのだ。
カノンは、それを心の奥底に押し込める。クベラの良い部分が、損なわれる気がしたのだ。だからジンへの想いを封印した時の様に、表に出さない様に……。
そんな、自分に嫌気が差して来そうな心境に陥り掛けた時だった。
「ん? カノンさん?」
その声に、カノンの身体がビクッと跳ねる。
「あ、ぅ……ごめ、なさ……」
反射的に謝罪の言葉を口に出してしまうが、複雑な心境と突然の呼び掛けでいつも以上に口が回らない。
「いや、こっちこそビックリさせてスンマセン。カノンさん、休まんでええのんか?」
いつもの似非関西弁で、ゆっくりと穏やかに語り掛けるクベラ。その優しい声も、穏やかな口調もカノンの為だ。人見知りなカノンが慌てないで済む様に、自分の言葉をゆっくりと受け止められる様に。
そんなクベラの心遣いが、カノンにとっては嬉しくて仕方が無い。
――なのに、私ってば……本当に、ダメだな……。
呼吸を整えて、カノンは意を決してクベラに返事をする。
「す、少し……休めたので、その……武器の、補充……しないと、です……から……」
最後の方は小声になってしまったが、何とか返事が出来た。そう思って、カノンはふぅと息を吐く。
そんなカノンを見たクベラは、柔らかく微笑んでみせるとある事を申し出た。
「ほんなら、ワイが手伝うで。一人やと大変やろ」
ここまで消費アイテムを用意していながら、そんな事を言い出すクベラ。それには流石に、カノンも遠慮の意思を見せた。
「クベラさん、も……ちゃんと、休まないと……ダメ、です」
アイテムの量からして、スパイ討滅からすぐに取り掛かったに違いない。生産職のカノンだから、それはおおよそ察する事が出来る。
彼もカノン同様、戦闘をメインにしているプレイヤーではない。そんなプレイヤーに、あの大乱戦は精神的にも堪えたに違いない。しっかりと、休息をとって貰うべきだ。
しかしクベラはニッと笑って、首を横に振る。
「ほんなら、ボディガード替わりでもええで。PACや応援者が警戒してくれとるけど、万一もあるやろ。個室には侵入できんくても、工房は侵入可能なはずや」
プライベートスペースである個室には、確かに許可の無い他のプレイヤーは侵入不可能だ。しかし工房は共有スペースであり、侵入可能区域となっている。最も工房内の装備やアイテムを、他ギルドのプレイヤーが奪取するのは不可能だが。
ともあれ万が一、ギルド拠点に侵入者が現れたら……というのも、冗談で済む事ではない。
「……なんで、そこまで……して、くれるんですか……?」
それは思わず、無意識の内に口を突いて出た言葉。それを口に出してから、カノンは自分の発言に気付いてハッとした。
――私、なんでこんな……こんな事、言うつもりじゃなかったのに……!!
俯いて、肩を震わせるカノン。その姿を見て、クベラは何かを言おうとして……一度、呼吸を整える。そして穏やかな表情で、カノンに向けて声を掛けた。
「カノンさんが、俺にとって特別な人だからです」
商人ロールプレイではなく、素の自分の口調で。クベラからしたら、結構な勇気を振り絞った台詞を。
その言葉を受けて、カノンは顔を上げ……驚きで目を見開いて、クベラを見つめる。
「え、あ……わ、わた……私……は、その……うぅぅぅっ!?」
次第に頬が紅潮していき、ついには顔全体を真っ赤にさせてしまうカノン。言われた言葉を反芻しながらも、混乱の極みに陥って背を向けて駆け出してしまう。
「……っ!!」
工房を飛び出すカノンの背中を見て、クベラは自分が失恋したのだと感じた。ギルドメンバーでもない、ただの知人の自分が彼女の心に踏み込めるはずが無かった。そう思ってしまった。
しまったのだが、それは早合点なわけで。
「……あ、あの……」
工房の入口、その壁からチラッと顔を覗かせるカノン。顔は真っ赤なままだが、その潤んだ瞳から嫌悪感は覗えない。
「わ、私……私に、とっても……クベラさんは、とく……べつ、です……」
たどたどしくも、カノンはクベラに向けて……しっかり聞こえる様にと、混乱と緊張に耐えながら呼び掛けていた。
「だ、だから……嫌な、のでは……ないので……む、むしろ……むしろ、その……嬉しい、ですから……嫌わないで……下さい」
クベラに嫌われたくない、距離を取られたくない。その事に気付いて、逃げようとする自分を叱咤激励して戻ったカノン。
そんなカノンの言葉に、クベラは目を見開いて……そして、笑みを浮かべた。
「カノンさんを嫌うなんて、有り得ないです」
その嬉しそうな笑みに、カノンは胸の中の靄が晴れていく感覚を覚える。そうして、感じるのは……クベラに対する、好きという想いが溢れ出す様な感覚。
――……あぁ、そっか。これなんだね、ジン君……ヒメちゃん……。
二人の想いが通じ合って、互いの好意を交換し合って、大きく育てていった愛情。その感覚が、今ならばカノンにも解る様な気がした。
「……や、やっぱり、今日は……寝ておきます、ね……その、色々……落ち着かないと、です」
「……うん、それが良いです。おやすみ、カノンさん」
小さく手を振るクベラに、カノンは表情筋に全力を注いで笑顔を作ってみせる。そして、小さく手を振り返して「おやすみなさい」と返し……個室に全力ダッシュを開始した。
残されたクベラは、走り去る足音が聞こえなくなった所で……ガクンと力が抜け、膝を付いて項垂れた。
「……え? どっち? これ、どっちだろう? 告白OK? お友達? え、どうしよ、これ……どっちだ?」
明確な告白でもなく、明確な返事でも無かった。なので、今の互いの関係性がどの程度まで進展したのか? それが明確になっていない事に気付き、全身の力が抜けてしまったのだ。
追い掛けて聞くなど、出来るはずも無い。故に、自分が霧の中で迷子になっている様な感覚を覚えてしまう。
「……ダメだ、これ以上考えたら泣きたくなる……寝とくか、もう……」
とりあえず寝よう、話しはそれからだ。スッパリと懊悩モードを止めて、クベラは自分に宛がわれた個室に戻る事にしたのだった。
次回投稿予定日:2022/5/10(短編)
もどかしい感じを描きたいので、こんな感じに仕上がった次第。
右往左往しながら、距離を縮めていく二人で居て欲しい。
つーか、くっ付いたらこの二人どうなんでしょうね←