14-31 成敗しました
いつも【忍者ムーブ始めました】をご閲覧下さる皆様へ。
更新頻度を落としてのお送りとなっている中ではございますが、本日で本作の投稿開始から二年という節目の日となります。
遅ればせながら、予定を崩して投稿するようにと私のゴーストが囁いたので、前倒しでゴーします。
お陰様で、ここまで執筆する事が出来ました。
三年目もどうぞ、お付き合い頂ければ幸いです。
いくつかの決着が付く一方で、アレクは【聖光の騎士団】の追撃によって追い詰められていた。アレクを援護しようとするスパイ達は、もうわずか数名。いよいよ年貢の納め時だと、ギルド側のプレイヤーは考えていた。
しかしアレクは、追跡者を意識しながら駆けていた。その表情には、余裕すら浮かんでいた。
――俺を追って来たのはアークとギルバート、ライデン……そしてシルフィか。
残るメンバーは、ギルドに潜入していた他のスパイを追っている。逃げ回る傍らで、アレクは他のスパイに指示を出していたのだ。
その指示の内容は「主要メンバーを引き付けろ」という、簡潔なもの。しかし、誰もが【禁断の果実】の首謀者……アレクを追おうとする中で、それを遂行するのは困難である。
故に、彼等はある手段を用いた。
「【禁断の果実】の本当の狙いは、ここからだ」
「お前達はまだ、自分達が踊らされていると気付いていない」
「この騒動の真実、知りたくはないか?」
そんな意味深な言葉で、彼等はギルド側のプレイヤーの注意を引いた。自分もまた、スパイの中で相応の立場にある存在だと思わせたのだ。
アーク達は彼等を殲滅するべく、戦力を分散させるしかなかった。この場で彼等を壊滅させる……それが、この場に集まったギルドの目的だ。取り逃がす訳にはいかない。
そしてアレクを追うのは、アーク・ギルバート・ライデン・シルフィが担当する事になった。スパイを盾にしながら逃げ続けるアレクは、いよいよアーク達に牙を剥こうと決意を固める。
――問題無い、いける……!! 俺の手に入れたユニークスキルなら、こいつらを倒す事も不可能ではない……!!
アレクはこれまでの暗躍で、様々な情報を手に入れていた。それは勿論、スパイ達がアンジェリカの為に集めた情報だ。その中には、特殊なクエストの情報もあった。
アレクはその情報の中から、アンジェリカに必須ではないと自分が判断したものを手に入れる事にした。
そのいくつかの取得に挑戦したアレクだったが、クリア出来たエクストラクエストは一つだけである。それ以外は、クエスト失敗に終わった。
それも無理ない事で、スパイが提供したのは完全な情報ではない。主観が混じっていたし、そもそもクリアまで至っていない。故に、全ての情報を網羅している訳ではないのだ。
目標達成の為に試行錯誤しながら、攻略法を見出して条件を達成する。それはVRMMOプレイヤーならば、誰もが意識せずとも実行する事だ。
しかしアレクのやり方は「手駒にしたプレイヤーに攻略本を作らせて、それを実行した」というもの。要するに、他力本願である。
……
主戦場からある程度の距離を取った所で、アレクはようやく足を止めた。そんなアレクの背に、追い掛けて来たアークが声を掛ける。
「ようやく観念したか、アレク。お前をギルドから追放する前に、やっておく事がある」
両手に剣を携えたアークは、厳しい視線をアレクに向けた。
そんなアークの背を守る様に立つライデンは、自分の考えをこの場で口にする。
「重犯罪者のデスペナルティは、君も知っているだろう? 我々を騙し、利用して来た代償を支払って貰うよ」
そんなライデンの台詞に、アレクは小馬鹿にした様な笑みを浮かべてみせる。
「利用しているのはお互い様だろうが。お前達は、下っ端をこき使っているって自覚が無いのか?」
アレクの言葉は、幹部としてギルドの上位に位置するプレイヤーに対するものだ。下に位置するプレイヤーの、不平不満を代弁する。そう言わんばかりの態度である。
しかしアーク達は、それで揺らぐ事は無い。
「彼等がギルドの為に動く代わりに、我々は彼等が出来ない事を成し遂げる。彼等が更に強くなる為に、我々が彼等の進む道を切り拓く。それが【聖光の騎士団】の掲げる信条だ」
ギルバートがそう言うと、アレクは鼻で笑いながら剣を抜く。
「はっ……ものは言いようだな。まぁ、好きにすればいいさ……俺はここらでおさらばさせて貰うけどな!!」
そんなセリフを吐き捨てながら、走り出そうとするアレク。ギルバートはその様子を見て、地面を蹴り駆け出す。
「逃さん!!」
アレクの進行方向に素早く移動し、槍を構えて突き出す。無駄のない動きで繰り出されたそれは、アレクの腹を抉った。
「く……っ、やっぱ速い……!」
焦りの表情を見せるアレクだが、それで容赦するアーク達ではない。
「アークさん」
「あぁ」
ライデンが【サンダーボール】を放ち、アレクの身体に命中。状態異常である麻痺が発動したアレクは、完全に動きを止められた。
「これで終わりだ」
身動きが取れないアレクであっても、アークは油断なく接近する。そして両手に携えたユニークアイテムを構え、武技を発動させた。
「【クインタプルスラッシュ】!!」
左右一対となる≪聖印の剣≫と≪聖咎の剣≫により、【クインタプルスラッシュ】の四連撃は左右同時に発動する。つまり、八連撃へと性能を飛躍させる事が出来る。
この万全の体勢で放った攻撃においても、アークの慎重さが垣間見える。【ブレイドダンス】や【ブレイドダンス・エクストリーム】は強力だが、技後硬直が若干長い。万が一に備えて、ほんのわずかな秒数で技後硬直が解ける【クインタプルスラッシュ】が最適と判断したのだ。
その八連撃によって、アレクのHPが全て失われた。だが、すぐにHPが回復する。
「やっぱり、保険はかけていたか」
「≪聖なるメダル≫だろうね。しかし、これで打ち止めだ! 【サンダーボール】!!」
自己蘇生を警戒していたシルフィが、追撃を開始した。
ライデンの魔法攻撃がアレクに当たり、麻痺効果が再度発動する。そこへシルフィが駆け寄り、【ベルセルク】状態での一撃で回復したHPを刈り取る算段だ。
「なっ……くそぉっ!!」
「果てな、アレク!!」
シルフィの豪快な一撃で、アレクは大ダメージを喰らう。蘇生したとしても残るHPは残り僅かであり、このまま攻め切ればアレクは何も出来ない……そう考えたシルフィに対して、アレクは不敵な笑みを浮かべてみせた。
「なーんてな」
アレクの身体にシルフィの剣が命中し、HPがゼロになった……その瞬間に、アレクのHPは逆再生されたかの様に回復した。
「ッ!?」
「【ブレイドダンス】!!」
シルフィが技後硬直に入ったタイミングに合わせて、アレクは【ブレイドダンス】を発動。その全ての攻撃が、シルフィのアバターに叩き込まれる。
「ぐ……っ!!」
シルフィは最後の一撃を喰らい、ダウンしてしまう。そのHPは危険域であり、アレクのステータスでも十分倒せる状態だ。やられるものかとシルフィが立ち上がる前に、アレクの技後硬直が解けてしまう。
「お前から消えな」
そう言って、剣を振り降ろすアレク。そこに、一人の男が割って入った。
金色の髪を揺らしながら、アレクの剣を双剣で受けるアーク。その眼はいつもと変わらない、鋭い視線だった。動揺や焦燥は覗えず、疑念も憤怒も感じさせない。
「はっ!!」
シルフィから引き離す様に、力いっぱいに剣を突き出す。それに押されたアレクが、後ろに数歩下げられた。
アレクを押し返し、自分の得意とする間合いを確保。アークはそこで、アレクの見せた不可思議な現象について思案する。
――蘇生アイテム≪聖なるメダル≫は、装飾品として装備可能。それが効果を発動すると、アイテムは消滅する。そして、同時に複数を装備は出来ない……自力での蘇生は一度だけのはずだ。
にも関わらず、アレクは二度蘇生した。この事から、アレクは特別な何かしらを保有している。
――恐らくは、ユニークスキル。しかし、連続して蘇生とは……まるでアンデッドだな。
しかしながら、それならそれで都合が良い。何故なら自分は【聖光の騎士団】を率いる者。聖剣に始まり、聖なる装備を身に纏う騎士なのだから。
「【セイントセイバー】!」
魔属性と呪属性に特攻効果を発揮する、ユニークスキル【デュアルソード】の力。これならばアレクの隠し持つ、何かを無力化出来る可能性がある。
そう判断し、アークはアレクに連続攻撃を繰り出す。技後硬直を狙われる事を警戒し、今度は通常攻撃だ。
三度目の戦闘不能……しかし、三度目の正直とはならなかった。アレクは再び、HPが回復したのだ。
「……はぁ、無駄なんだよ。無駄無駄」
余裕を見せるアレクは、腰に携えていたポーションを手に取る。
「≪ライフポーション≫だ。お前らはこれを誰かにかけて貰わないと、蘇生できない。だが、俺は違う」
そう言うと、アレクは≪ライフポーション≫を煽る。一気にそれを飲み干して、空になった瓶を放り捨てる。
「俺にとっては、こんなのただの飲み物だ。味は好みじゃないけどな」
そう言った後で、アレクはもう一本……と、≪ライフポーション≫を手に取る。
「あぁ、そういう事か。ギル!」
「了解した!」
何かに気付いたライデンは、ギルバートの名前を呼ぶ。それだけで、ギルバートはライデンの言いたい事を察した。
アレクがポーションを摂取するのを、阻止しろ……言外のその指示は、ギルバートにしっかりと伝わった。
「【グングニル】!!」
ギルバートの槍≪スピア・オブ・グングニル≫の、武装スキル【オーラスピア】……それが放たれ、≪ライフポーション≫を持つアレクの手に命中した。
「……っ!! 貴様っ!!」
そこでアレクの、余裕の表情が崩れる。それは、先の糾弾の時の顔に似ていた。つまり、本気で焦りを感じているのだろう。
「手品の種は、アイテムのストック……≪ライフポーション≫の蘇生効果を、発動待機するスキル。もしかしたら、ユニークスキルかな?」
ライデンの推測を聞き、アーク達は納得した。今の≪ライフポーション≫を飲んだのは、ストック数を増やす為の行動だったのだろう。
アレクはそんなライデンの推測に、内心で焦りを覚える。確かに彼が習得したユニークスキルは、【七転八起】というスキルだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――
ユニークスキル【七転八起Lv5】
説明:≪霊薬≫の力を蓄え、任意のタイミングで発揮する修行者の力。
効果:≪ポーション≫を服用し、その効果発動を待機させたまま保持する。スキルレベルアップにより、発動待機可能数が増加。
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自分の切り札……そう思っていたスキルを看破され、アレクは危機感を募らせる。復活する自分の姿に動揺している間に、彼等を倒す。そんな思い描いていた未来予想図が、呆気無く崩れ去ったのだ。
「ほぉ……面白い予想だが、果たしてそれが正解かどうか……」
ライデンの予想が正解だと、確信されては堪らない。アレクはそう考え、余裕の表情を意識して作る。
何せ、このユニークスキルの攻略法は単純だ。とにかく≪ライフポーション≫を使わせず、繰り返し戦闘不能にすれば良い。レベル5の現在、ストック可能数は五度。事前に≪ライフポーション≫を最大限までストックしていたが、残り三度しか蘇生出来ないのだ。
「あぁ、だから答え合わせといこう。外れていたら、別の方法を試すだけだからね」
ライデンがそう言うとアークが、ギルバートが、シルフィが武器を構えて歩き出す。その歩みに迷いは無く、アレクが蘇生して反撃すると解っていれば対処のしようはいくらでもある。
――詳細は知らないけど、ユニークには種類と傾向がある。彼のは”ポーション”なんだろうね。
ライデンはジン達のユニークスキルについても、既に種類と傾向を掴みつつある。
既にイベント等で知れ渡っている、【風林火山陰雷】は”ステータス特化”とあたりを付けるのが容易だ。
そしてヒイロのスキルは、武器の形状が変化する事から”武装”。アイネは技後硬直の短縮や、威力強化が見て取れたので”武技”。
そしてアークの【デュアルソード】は、それらとはまた違った種類のユニークスキルだろう。
アレクは焦り、ライデンは余裕を残している。この状態は、当然の帰結だ。
アレクは情報を集めるだけで、ライデンの様に情報を元に攻略法を見出す事が出来ていない。情報を制する者が、全てを制す……そう考えておきながら、情報の扱い方が不十分なのだ。
「【グングニル】!」
アレクにポーションを摂取させまいと、先手を打つギルバート。その隙に、アークとシルフィが距離を詰める。
アレクは【オーラスピア】を回避せざるを得ず、二人の接近を許してしまう。
「行くよ、アレク! 【ハードブレイカー】!」
【ベルセルク】状態のシルフィが放つ武技の一撃で、アレクのHPは一気に全損した。先の【ブレイドダンス】で受けたダメージが、シルフィの狂戦士化を更に強めた影響だろう。
【七転八起】を発動しようとしたアレクの視界に、アークの姿が映る。アレクが蘇生した瞬間、アークがその双剣を振るうのは想像に難くない。
このまま蘇生すれば、アークに殺られる。しかし、蘇生しなければ全てが終わる。蘇生し≪ライフポーション≫を摂取するしか、選択肢は無かった。
「くっそおぉぉっ!!」
ついに抑圧されていた感情が爆発し、溜め込んでいた怒りが叫びとなって出た。
だが、それで結末が変わる事はない。
PvEにおいても、PvPにおいてもトップクラスの実力を持つアーク。しかし本当の彼の強さの秘密は、レベルでも技術でもない。
「【ハードスラッシュ】」
蘇生した瞬間に、冷静に、正確に、敵の命を刈り取る攻撃が放たれる。その動作からは冷徹さが、そしてアークの眼差しからは情熱が見て取れる。
最強を目指す、揺るがぬ信念。その意志の強さこそ、彼の力の源であり原動力である。
故にアレクの様な、実力も覚悟も半端な者を認めない。それがスパイとして、【聖光の騎士団】の名に泥を塗ったのだ。それを許すアークではなかった。
付け入る隙が見付けられず、しかし終わる未来を受け入れられない。アークとシルフィは、既に追撃の態勢に入っている。アレクはこの場から逃れようと、蘇生しながら最後の悪足掻きに出た。
「ウゥゥアァァァッ!! 寄るんじゃねえぇぇっ!!」
アークとシルフィを寄せ付けまいと、我武者羅に剣を振るうアレク。それは型も何も無い、無様な抵抗であった。
そこに駆け込む、緑髪の男。彼はアレクの無軌道な剣を、力強く弾き返す。
「ギルバートッ!! テメェエェェッ!!」
憤怒の形相でアレクが剣を振るうが、ギルバートの鍛え上げらた槍捌きの前では無力であった。ギルバートもジン同様、速さに特化したプレイヤー。その動体視力も鍛え上げられており、アレクの攻撃を見切れるだけの実力を備えているのだ。
「我等がギルドと、親友達に対する卑劣な行為……これは、その返礼だ」
そう呟いたギルバートが、槍をクルリと縦に回転させながらアレクの剣を弾き上げた。剣を振り被る体勢というよりは、お手上げバンザイ状態である。
「【スティングスラスト】!!」
その胸元に、深く突き刺さる槍の穂先。しかし、そこで終わりではない。
「【ラウンドスラスト】!!」
即座に蘇生しても、体勢を崩していれば逃走は出来ない。そう考えて、ギルバートはダメ押しの【ラウンドスラスト】を繰り出した。
その衝撃で倒れ込みそうになりながら、アレクは最後の蘇生を試みる。そこへ殺到するのは、六本の光の矢だった。
「【シャイニングアロー】」
光矢が突き刺さったまま、アレクは自分の視界の隅に表示されるHPバーを見る。ゲージがみるみる減っていく。
「く……っそぉおおおぉぉぉっ!!」
目を血走らせながら、吠える様に叫んでライデンに向けて駆け出すアレク。魔法職のライデンならば、強引に突破出来る……そう考えたのだろう。
しかし、それを許すアークではない。
「【ソニックムーブ】」
それは移動する際に衝撃波を放ち、ある程度軽量な相手ならば上空に巻き上げる【体捌きの心得】の武技だ。直線的な移動であり【クイックステップ】程に自由に動けないのが難点だが、今この状況においては有効だった。
その移動によって発生した衝撃波で、アレクは上に吹き飛ばされる。その落下地点には、双剣を構えたアークの姿が待ち構えていた。
「チッ……チ……チクショオオオォォォッ!!」
「……【クインタプルスラッシュ】!!」
力強さと流麗さが同居した、完成された剣捌き。左右合わせて八度繰り出された連撃により、僅かだったアレクのHPが完全に消失した。
アークに斬られ、壁に叩き付けられるアレク。そのままアバターから力が抜けて、地面に転がって俯せになる。
「……終わりか?」
倒れたままのアレクを警戒しつつ、四人は彼が逃げ出さない様にある程度の距離を確保して構えていた。
「蘇生しないところを見ると、恐らくは……しかし、彼が消滅するまで警戒は緩めずいきましょう」
まだ蘇生できるのに、できないフリをしているかもしれない。そう考え、アーク達は警戒を緩めない。
「……全て上手く行っていたのに……お前らのせいで……」
漏れ出る恨み言に、ライデンは冷淡な声色で返事を返す。
「自業自得だね」
バッサリと切り捨てられて、アレクは怒りのままに声を上げる。
「黙れ!! 全てはアンジェへの愛の為だ!!」
そう叫ぶアレクに、シルフィが不愉快そうに答える。
「彼女の為なら何でもしていいってか? 愛は免罪符じゃない、履き違えんじゃないよアレク」
そんなシルフィに続き、ギルバートは己の考えを口にした。
「君達の言う愛は、誰の為の言葉かな? 私には、自分だけの為に口にしている様に聞こえるよ」
そうして、アレクが消えるまで残りわずか……という所で、アークが口を開いた。
「他人を騙し、貶める愛など碌なものではない。だから、こうなった。さらばだ、アレク」
アークがそう言い切ると同時に、アレクの身体が光の粒子になって薄れていく。蘇生猶予時間が尽きたのだ。アレクはデスペナルティを受け、消滅を迎える。
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乱戦状態が続く中、ある一角では一人のプレイヤーが隠し続けていた牙を剥いた。
「おいおい、マジか!?」
「クソッ……厄介すぎるぞ、ありゃあ!!」
彼等の視線の先に立つのは、不敵な笑みを浮かべて立つ男……その名前は、ジェイク。アンジェリカに近しい人物であると同時に、【禁断の果実】を影から操っていた一人。
彼の手に握られているのは、武骨な銃だった。
「次は、誰にしましょうか……」
悠々と銃を構えるジェイク。その銃口を向けられたプレイヤーは、一人のプレイヤーによって拘束されていた。その周囲では、同様にスパイがプレイヤーの動きを止めようと必死になってしがみ付いている。
「この……っ!! 放せ!!」
「ふはははは!! 放せと言われて放すバカが居るとでも!?」
身を挺してプレイヤーの動きを止めるスパイに対し、ジェイクは余裕の表情で頷いてみせる。ゆっくりと狙いを定めると、プレイヤーの表情は青褪めていった。
「では、また一人……」
愉悦の笑みを浮かべ、ジェイクは無慈悲に引き金を引く。
乾いた発砲音と共に発射された弾丸が、一人のプレイヤーの胸に命中した。武骨な外見に見合って、固定ダメージも相応に高いのだろう。狙われたプレイヤーのHPは、一撃で狩り尽くされてしまった。
ジェイクが手にしているのは、【禁断の果実】に登録するスパイが献上したアイテムだ。その受け渡しは、ジェイクが一手に引き受けていた。当然、彼は素顔も名前も晒す事無くそれを行っていた。
相手からすれば素性の知れない人物なのだが、それに素直に従うのはそれ相応のメリットがあったからである。
それは、彼等が固執するポイントだ。彼等はポイントを蓄積し目標値に達する事で、ある特典を得られるのである。それは無論、アンジェリカに関係する事なのだが……。
ともあれ、そんな献上品。それは本来であれば、誰に対しての献上品なのか? 当然、アンジェリカ宛である。
それをジェイクが所持し、使用している。銃を贈ったスパイは、その事に憤りを感じてジェイクに詰め寄ろうとした。しかし、彼は既にこの場には存在していない。ジェイクに、そのHPを奪われたからだ。無論、自らが贈った銃によって……である。
その際にジェイクが口にしたのは、最もらしい言葉だった。
「君達は、私がアンジェとコンタクトを取れる人間だと察しているはずです。その意味が解りますか? アンジェが使わないと判断した物を、貰い受ける事が出来る立場なのです」
アンジェリカに下賜された……と言わんばかりの言葉。それは彼がアンジェリカと親しい事を意味し、反感を覚える者も少なくはない。しかし、続く言葉がそれを遮った。
「私の判断次第で、貴方達を持ち上げる事も突き落とす事も出来るんですよ?」
下手にジェイクに噛み付けば、アンジェリカに二度と近付く事が出来なくなる。そうなれば、これまでの苦労は水の泡だ。そう判断したスパイ達は、ジェイクの機嫌を損ねない様に……そして彼に利用価値があると判断して貰える様に、必死にジェイクの援護に走ったのだった。
ここまでは、全てジェイクの思惑通り。そして、彼の予測ではそろそろ……。
「おっと、さっきぶりじゃないッスか……」
赤髪の少年が、自分に仕掛けて来る頃合い。実に良いタイミングである。
「……あぁ、君ですか。まだまだ元気そうですね? 【七色の橋】のハヤテ」
先程ギルド側の前で、追い詰められていた時とは違う態度。余裕を感じさせるその振る舞いに、ハヤテは目を細めた。
「そっちこそ、景気よくぶっぱしてるッスね」
そう言いながら、ハヤテがFAL型≪アサルトライフル≫を片手で構えた。それなりの重量があるのだが、それでも平然としている。
「そうそう、我々の素性を暴き立てたお礼をしなければなりませんね」
ジェイクの言葉を受けて、スパイ達はハヤテを抑えようと動こうとした。しかし、その前にハヤテ……そして、もう一人の人物がそれを遮る。
「そッスか。でも、悪いけどサシでやる気は無いんスよね」
ハヤテがそう言うと同時に、ジェイクの背後で金属音が鳴る。視線だけで背後を見ると、そこには薙刀を構える美少女の姿があった。
「私達二人が、お相手します」
そう告げる侍少女……アイネの言葉に、ジェイクはフッと笑みを零した。それは、小馬鹿にしたような笑みである。
「おや、二人がかり。正々堂々が信条の、【七色の橋】では無かったのですか?」
あからさまな挑発だが、二人は表情を変えずにジェイクを睨む。
「当然、相手によります。貴方は、正々堂々を謳う気は無いのでしょう?」
「そういう事。そっちのやり方に、倣うだけッス」
第二回イベントの決勝で、この二人がいざとなれば容赦しないタイプの人間である事。そしてその場合、他のメンバーに泥が被らない様に遠ざける所までがジェイクの予想。それは、どうやら的を射ていたらしい。
「おや、怖い怖い……怖くて仕方が無いので、近付いて欲しく無いですね」
そう言って、ジェイクはハヤテに銃口を向ける。ジェイクがその引き金に力を込めた、その瞬間。
「「【クイックステップ】!!」」
ハヤテは横へ、アイネはジェイクに向けて武技を発動しつつ駆け出した。
――所詮はガキだな!! ここまで思い通りに動いてくれるとは!!
ジェイクはアイネではなく、ハヤテに意識を向けている。そう見せ掛けていた。背後にアイネが迫って来ているのを、認識していながら。
「【一閃】!!」
アイネが薙刀で【一閃】を発動、その一撃がジェイクの背中に迫る……その瞬間、ジェイクのローブが不自然に盛り上がった。
「ッ!?」
「あれは……っ!!」
ハヤテもアイネも、それを見た事があった。意思を持つかの様に、持ち主への物理攻撃を防ぐレアアイテムの鎖である。
「あぁ、これですか? 私は見ての通り、か弱いのでね……アンジェから譲り受けたんですよ」
その言葉の真偽は、問題ではない。問題は、ジェイクが【自動防御】を備える≪メデリオルスの鎖≫を所持しているという点である。
「物理殺し……か」
「あぁ……君達は確か、薙刀と銃でしたっけ……では、私とは相性が良さそうですねぇ!」
そう言いながら、ジェイクはアイネに向けて銃口を向ける。至近距離故に、ろくに狙いを定める必要は無い。銃口がアイネに向いた瞬間に、引き金を引いてみせた。
「くっ……!!」
アイネはそれをしゃがんで避けるが、ジェイクはしゃがんだアイネに向けて蹴りを繰り出す。それを薙刀の持ち手で防いだアイネだが、更にジェイクは銃口を向け直した。
「野郎……ッ!!」
ハヤテはアイネから注意を逸らそうと、銃撃を試みる。しかし、ジェイクは一顧だにせずアイネを狙う。
――焦れ! 慌てろ!! 動揺しろ!!! 俺に楯突いた罰は、こんなものでは終わらん!!!
銃口を突き付けられ、アイネは身動きが取れない。その表情が強張っているのを愉快げに見つつ、ジェイクは嗜虐的な笑みを浮かべて口を開いた。
「さて、そろそろ……」
ジェイクの策略は、ハヤテとアイネの二人を追い詰めていた……ジェイクの頭の中では。
「まだです!」
「……っ!?」
アイネは鋭い視線で、ジェイクを……いや、自分に向けられる銃口を睨む。そして腕、指、手首の動きで薙刀を操り……最初に≪メデリオルスの鎖≫をその刀身で打った直後、その銃口に薙刀の石突を当てて照準を逸した。
ジェイクが引き金を引いたのは、その直後。撃ち出した弾はあらぬ方向に飛び、プレイヤーと戦っているスパイの背に命中した。
「な……このっ……!!」
慌ててアイネに照準を向け直そうとするジェイクだが、その狙いが定まる前にアイネが動く。薙刀が弧を描きながら鎖の先端に、次いで銃口に当てられた。
「馬鹿に……するな……っ!!」
ジェイクは苛立ちのままにアイネに怒鳴りつけるが、彼女はそれで動じる程弱くは無かった。
「馬鹿にしてなど……いません、よっ!」
何度、銃口を向けても逸らされる。アイネの技量の前では、ジェイクの銃は然程脅威ではなかった。
「ふん……とはいえ、君達の攻撃は物理攻撃。≪メデリオルス≫がある限り、私には届かない!!」
何とか焦りを押し止めて、ジェイクは二人を挑発する。そして、同時にハヤテに向けて挑発的な視線を向けてみせた。
「それに忍者も、アンジェには勝てません!! 彼女は、ジンの弱点を知っていますからね!!」
ジェイクのその言葉を耳にして、ハヤテとアイネは攻めの手を止めてしまう。
「何だと……?」
顔色を変えた二人を目にして、ジェイクは落ち着きを取り戻す。同時に二人を激高させ、冷静さを失わせようと考えた。
「勿論、私もよーく知ってますよ?」
そう言うと、ジェイクは爪先で地面を軽く叩く。所謂、爪先トントンだ。それをジェイクは、右足でやってみせた。
「まさか、ドラグさんが……?」
大規模PKの際の告白を思い出し、険しい視線を浮かべるアイネ。しかし、ジェイクは愉悦の笑みを浮かべてそれを否定した。
「あの意気地無しは関係ありません。単に私が、独力で調べ上げた結果に過ぎない……」
そう言ってジェイクは、二人を更に挑発する言葉を口にした。
「夢を絶たれた哀れなガキも、すぐに始末されるでしょうね」
そんなジェイクの暴言に、ハヤテの目が吊り上がる。
「テッ……メエェッ!!」
一瞬で激高したハヤテが、ジェイクに向けて≪アサルトライフル≫を向ける。一発、二発、三発と発砲するが、当然それは≪メデリオルスの鎖≫に阻まれ、ジェイクには届かない。
「……許さないッ!!」
アイネも怒りを湛えた表情で、ジェイクに向けて何度も斬り掛かる。しかし、それも≪メデリオルスの鎖≫が防ぎ切る。
「物理が駄目なら……ッ!!」
ハヤテはアサルトライフルを収め、右手を銃の形にしてみせた。それを見て、ジェイクはニヤリとほくそ笑む。
「お見通しなんだよ、ハヤテ!」
そう言いながら、ジェイクは銃をハヤテに向ける。照準もそこそこに引き金を引いたが、運良く狙いはハヤテを捉えていた。
「くっ……!!」
反応し切れず、ハヤテは銃撃を食らってしまう。高性能な装備によるステータス強化で、即死は免れたが……HPは、一気に三割以下になってしまった。
「お前のユニークスキルが魔力による攻撃強化ならッ!! 物理攻撃を魔法攻撃に変える手段もあるって解るんだよッ!! 間抜けがッ!!」
勝ち誇った様に、ジェイクはハヤテを嘲笑いながら再び銃を撃とうとし……そこで、気が付いた。ハヤテの口元が、笑みの形をしている事に。
「……ぷふっ……あーあ、ノせられちゃった」
どこぞの監察医の様な、さもお見通しと言わんばかりの言葉。
「は?」
ハヤテの表情や言葉、その態度で、ジェイクは思考が停止する。何故、余裕の表情を彼は浮かべているのか? と。
その時だった。ジェイクの耳に、金属音が届く。それは金属と金属が、強い力でぶつかり合う音だ。同時に、風切り音が聞こえる。空気を切り裂く、鋭い斬撃の音だ。
「な……っ!?」
そんな事が出来るのは、アイネしか居ない。そう考えたジェイクは、背後に振り返り……そこで、薙刀を振るうアイネの姿を見た。
「もう、遅いですよ」
その言葉と同時にアイネは薙刀を巧みに操り、鎖をわざと柄に絡ませた。
「貴様……ッ!?」
動揺するジェイクに、ハヤテは意地の悪い笑みを浮かべている。
「あっれ~? 忘れたッスか? 決闘の時も、ヒイロさんがやってたじゃん」
ヒイロがやった……それは第二回イベントの準決勝で披露した、ヒイロの神業。【森羅万象】のナイルが操る≪メデリオルスの鎖≫の輪部分に、刀を突き刺して地面に縫い止めたアレだ。
確かに、自分はそれを目の当たりにしていた。だというのに、その事が意識から完全に漏れてしまっていた。ユニークスキルや銃にばかり意識が向いて、プレイヤースキルの事を勘定に入れる事が出来ていなかった。
更に、ハヤテは余裕の表情でジェイクを睨む。
「ジン兄やヒメさん、マッキーの事が知られている可能性くらい、考えてるに決まってんでしょ? あの場にドラグさんが居たって、俺等は確信してんだからさ」
つまりそれは、二人の激怒した様子は演技。ジェイクはそう悟ったが……それは間違いだ。
二人は確かに、心から怒っている。それはもう、激怒を通り越している。しかし、ハヤテは怒れば怒るほど冷静冷徹に……アイネは武道経験者として、怒りをコントロールして押し留めている。
二人の本気の怒りを見誤った……それが、ジェイクの最大の失点であった。
ギリギリと音が聞こえるくらいに歯軋りをしていたジェイクに、アイネが冷たい笑みを浮かべる。
「本当に、詰めが甘いですね……ハヤテ君の見立て通り」
そう口にすると、アイネはジェイクを逃がすまいと薙刀ごと鎖を引いた。ジェイクはそんなアイネの態度も、表情も、この状況も、全てが気に食わない。
「き、キッ……貴様らあぁっ!!」
アイネに向けて叫び、掴み掛ろうとジェイクが一歩踏み出した……その瞬間。
「俺の彼女に近付くんじゃねぇよ」
その声と共に、後頭部に突き付けられたのは硬い何かだ。ジェイクからは見えないが、それが何か嫌と言う程によく解る。
「……絶対に、許さんぞ……この、俺が……っ!! 貴様らの様な、ガキに……ッ!!」
そう言いながらも、ジェイクは表情を引き攣らせるしか出来ない。
このまま引き金を引かれれば、自分は戦闘不能になる。蘇生出来なければ、重犯罪プレイヤーへのペナルティとして強制ログアウトだ。
それは良い、アンジェリカさえ居れば構わない。逆に言えば、アンジェリカが一人になった時……彼女の真実が、公に知れ渡ったら。自分達は、完全に終わる。
だが、それはジェイク個人の事情。
「俺のユニークについては、よ~く御存知ッスよね?」
ハヤテにも、アイネにも……そして、スパイ撲滅を掲げるギルドの面々にも関係の無い事だった。
「……絶対に、報復してやるぞ……ガキ共、せいぜい楽しみに……」
と、ジェイクが言い終わる前に。ハヤテはあっさりと引き金を引いた。乾いた銃声が周囲に反響し、その後にジェイクが地面に倒れた音が続いた。
「あ、ゴメン。聞く気が無かったから撃っちゃった」
「貴様ああああああああぁっ!!」
ジェイクの態度から、ハヤテは彼が煽り耐性が低いと察していた。なので、ここぞとばかりに煽っていくスタイルだ。
「あ、鎖も動かなくなったね。念の為、蘇生猶予時間が終わるまで警戒するよね?」
「だねぇ。キッチリ消えるまで、油断は禁物ッス」
そんな最凶カップルのやり取りが、更にジェイクの神経を逆撫でする。
「この……っ!! 正義の味方気取りか!? 貴様らッ!! 人を騙しておいて、自分達が正しいとでもっ!? この……っ、クズがッ!!」
往生際悪く、怒りのままに喚き立てるジェイク。しかしながら、ハヤテもアイネも平然としている。
「正義の味方ぁ? 俺達、そんな事言った覚えないなぁ」
「私達は、降りかかる火の粉を払っただけです」
冷笑しながら、反論する二人の声。その二人が自分を救い上げる可能性は皆無と察し、ジェイクはスパイ達にがなり立てる。
「スパイ共ッ!! 俺を蘇生しろ!! アンジェに会わせてやるぞ!! 俺ならそれが出来る!! 早くしろ、このノロマアァァッ!!」
もうジェイクは、自分が生き残る事で頭がいっぱいだった。しかしそんな罵声を浴びせられて、誰が蘇生してやろうと考える?
「俺はアンジェの一番だぞっ!! お前達とは違う、アンジェに必要な人間なんだ!! 早く俺を……っ!!」
そう宣いながら、アンジェリカに視線を向けたジェイク。彼の眼に映るのは、純白の天使鎧を装備したアンジェリカ。そして、狐面を付けたヒーローの様な姿のジン。
アンジェリカの表情は、兜で顔が見えない。しかしジェイクは、彼女の動きが今までと違う事に気が付いた。
アンジェリカのその変化は、ジェイクにとっては望ましくない事。いいや、最も忌避していた事である。
――アンジェが……美紀が正気に戻ってしまったら、俺は……終わる……っ!!
「貴様ら、早くしろ!! 早く俺を蘇生しろ!! アンジェが、アンジェが大変な事に……ッ!! 早く、止めないと……!!」
アンジェリカに手を伸ばしたくても、伸ばせない。そうして、蘇生猶予時間が終わりを迎える。誰もジェイクを蘇生させようと、動きを見せる者は居ない。むしろ無様に消えていくジェイクを見て、せいせいするといった具合だった。
そうして全てに見放されながら、ジェイクは強制ログアウトさせられ消滅していった。
次回投稿予定日:17:00