01-03 ダンジョンに挑みました
胡散臭い風体の生産職人、ユージンと出会ったジン。彼の案内で、件の洞窟ダンジョンへと向けて歩いていく。
「それにしても、単独で攻略するのかい?」
「えぇ、まぁ……」
友達居ないもんで……とは言いたくなかった。別にぼっちじゃない、はず。きっとクラスメイトの彼と、いつか一緒に冒険できる……はず。
「ふむ……それなら少しだけ、簡単にダンジョンについて教えておこうか?」
「あ、助かります」
ユージンが説明してくれた内容は、こうだ。
洞窟型ダンジョン……[魔獣の洞窟]は、獣型のモンスターが出るダンジョン。序盤のダンジョンだけあって、内部の通路はそこまで複雑ではないらしい。
初心者をレベル10付近まで上げるには丁度良く、序盤のレベリングスポットには最適らしい。最も今は、よりおいしいレベリングスポットが見つかったので、閑古鳥が鳴いているそうだ。
レクチャーを受けながら辿り着いた、初めてのダンジョン。ジンは、目の前に現れた洞窟の入口を見て唇を一文字に結ぶ。
「それじゃあユージンさん、案内ありがとうございました」
案内の礼を告げるも、ユージンは首を傾げて何か考え事だ。
「あの……?」
「……うん、決めた。ジン君、餞別に良い物をあげよう」
ジンの問い掛けに、ユージンは顔を上げてポーチをゴソゴソとまさぐり始める。
「へ?」
何事? と面食らうジンに構わず、ユージンはポーチを漁る。
そして、探し物が見つかったらしい。
「はい、これ。僕が作ったアイテムで、≪ポイズンポーション≫っていうんだ」
手渡されたのは、三本の瓶。中身は毒々しい色の液体だ。
「ポ、≪ポイズンポーション≫……」
――ポーションと呼んでいいのか、これ……ポーションって回復薬とかの事だよね?
とはいうものの、水薬の事をポーションと呼ぶ。故に≪ポイズンポーション≫という名称は、別段おかしいわけではない。
ジンの内心を知ってか知らずか、ユージンは笑顔を浮かべて解説する。
「これをモンスターに飲ませたり、浴びせたりするといい。相手は毒状態になって、徐々にHPが減少していくからね」
「あ、やっぱ毒なんですね」
“やっぱりね“という表情をするジンに、ユージンは笑いながら頷く。ちなみに、飲ませた方が効果は高いらしい。
「このポーションは、普通の毒状態付与攻撃とは違う部分がある。時間経過での効果解除が無いんだ」
つまり、永続効果という事だ。
「おぉ、それは凄い……」
「うまく使ってみてね。それじゃあ、僕はここで! 健闘を祈るよ!」
そう言いつつも、ジンを笑顔で見つめるユージン。どうやら、見送ってくれるらしい。
「ありがとうございます、頑張ります!」
ユージンにそう告げて、ジンはダンジョンの入口へと向かっていった。
……
ダンジョンの中は壁に篝火が焚かれて、薄暗いものの真っ暗では無かった。
「おぉ、雰囲気あるなぁ……」
恐る恐る進むと、早速のお出迎えが現れた。大型のネズミ型モンスターで、名前は【ビッグラット】。まんまである。
「ダンジョン初戦闘か……よーし、来い!!」
ジンの言葉を理解しているわけではないだろうが、ビッグラットが素早く近付いてくる。跳び上がったビッグラットが、ジンに噛み付き攻撃を繰り出そうとする……が、こちらはAGI全振りである。
「【クイックステップ】!!」
武技を発動し、その場から一歩後退。ビッグラットが地面に着地する前に、短剣を構える。
「【スライサー】!!」
急接近し、ビッグラットを短剣で斬り付ける。その攻撃がクリティカルヒットしたらしく、ビッグラットは一気にHPバーを半分まで低下させた。
「どんなもん……」
そこまで口にして、ジンの脳裏に警鐘が鳴る。【気配察知Lv1】の効力である。つまり、半径5メートル以内に敵がいる。
「のわぁっ!!」
立ち止まったジンに、影から新たなビッグラットが襲い掛かる。慌ててその場を飛び退けば、ビッグラットが攻撃を空振りさせて舌打ちした。ムカつくモンスターである。
確認してみると、一匹だけではなく三匹が飛び掛かって来たらしい。
「ネズミだけに、大量に居るのかな……」
その疑問に対する回答は、ジンの背後から迫っていた。
ネズミ特有の鳴き声が聞こえると同時、ジンは再び危険を直感する。
「十体はいるんですけど!? 【ハイジャンプ】!!」
洞窟の天井スレスレまで跳び上がり、そのままクルッと回転して天井に着地。地面を見ると、都合十匹のビッグラットがこちらを見上げていた。
「無理!!」
そのまま、重力に従って落ちる前に天井を蹴る。着地点は、ビッグラット達の居る場所よりも奥。通路の先だ。
「足の速さなら、ネズミなんかに負けるかっ!!」
AGI極振りの素早さを駆使して、一目散に駆け抜ける。
背後から追い掛けてくる、ビッグラットの群れ。その内の一匹がジンに飛び掛かって来た。
「【スライサー】!!」
スケートのスピンをするように、片足でジャンプすると同時に身体を捻って回転。襲い掛かるビッグラットの身体を、短剣で切ってみせた。
「おお、やれば出来るもんだ……」
無意識下での行動だったが、上手くいってホッとするジン。そのまま、ビッグラットに構わずに駆け抜けていく。
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その後も、ジンは走り抜けていた。現れたモンスターを時には倒し、時には逃げて奥へ奥へと進んでいく。お陰様で、ここまでノーダメージだ。
しかしこのままでは、精神的な疲労がマッハである。
「どこか休める場所は無いかな……」
休憩所を求めてダンジョン内を観察すると、上の方に光が灯っているのが見えた。光はどうやら、丁度良さそうな窪みにある様だ。そこに身を潜めれば、少し休憩できるだろう。【気配察知Lv1】によると、あそこにモンスターは居ない様である。
しかし窪みは、相当に高い位置にある。【ハイジャンプ】でも届かないだろう。
「……クライミングするしかないかな」
ジンは岩肌の取っ掛かりに手を掛けて、力を込める。次の取っ掛かりに足を、次にまた手を……そうして、ジンは岩肌をよじ登っていった。
……
途中で何度か落ちそうになりつつも、ジンはどうにか窪みに辿り着いた。罠がある訳でもなく、祠が一つあるだけである。
「祠……? あれ、ここ洋風ゲームだよね?」
祠を見ると、狐の像と古めかしい水晶があった。狐の尾は九本ある。
「九尾の狐? このダンジョンと何か関係あるのかな?」
一先ず、ジンは祠に手を合わせる。理由は自分にも解らないが。
祠には、一枚の札が貼られていた。その文字は達筆過ぎて読み難かったが、ジンは何とか解読する。
「疾きこと風の如し? それにしてもこの水晶、何か模様が……」
模様を見ようと水晶に触れた瞬間、祠に安置されている水晶が光を放つ。
「な、何だ……!?」
光が収まると、そこには黒いスキルオーブがあった。店で売っていたスキルオーブは青く、色が全然違った。
「……貰えるのかな?」
罰とか当たらないかな、と思いつつ、ジンはスキルオーブを手にする。すると、スキルオーブは独りでに輝き始める。
『習得条件が満たされていません』
そんなアナウンスが流れる。どうやら、習得には条件がある様だ。
「何だコレ……?」
アイテム詳細を見れば、何が起こったのか解るかもしれない。ジンはそう思い、システム・ウィンドウを開いた。
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【?????】
説明:疾きこと風の如し。
効果:??????
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「何にも解かんないな。疾きこと風の如し……風林火山の風だっけ?」
一先ず、ジンはそれを収納スペースに収納する。
「とりあえず、休憩しよう……ボスはもうすぐのはずだし」
そのままジンは、システム・ウィンドウでボスの攻略情報を流し読みしながら、三十分程の休息を取った。
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そして、一時間後。ジンの目の前には、ボス部屋の扉があった。
「ここかぁ……」
三メートルはある扉に手を触れると、ひとりでに開いていく。ボス部屋に足を踏み入れると、ジンの背後の扉が勢い良く閉まった。
「あー、お約束だなぁ」
ボスからは逃げられないとか、そんな感じらしい。どこの大魔王だろうか。
「とうとう、初ダメージを覚悟しないとダメか……ボスだしなぁ」
部屋の中は篝火で照らされ、随分と広い空間である事が解る。部屋の奥には、大きな狐が蹲っていた。寝ているのだろうか。掲示板の情報では、攻撃パターンも難解なものでは無いらしい。
「よし……行くぞ」
そう気合いを入れた瞬間だった。
ボス部屋を照らしている、壁の篝火。それが、赤い炎から青い炎へと変化した。
そして篝火の炎から火の玉が飛び出すと、ボス部屋の奥へと飛んでいく。その数は、九だ。青い火の玉が狐に吸い込まれると、狐の目が青く光った。
狐の表面に罅が入り、その背後から新たな狐の尻尾が突き出した。
「いよいよ、ボスのお出ましかな?」
短剣を構えるジン。やる気は十分だ。視線の先で、狐の尻尾が更に一本。もう一本、追加で一本と増えていく。
ジンは気付いていない。これから現れるボスは、掲示板に掲載されているボスではない事を。
掲示板に書き込んだプレイヤーや、この部屋を訪れたプレイヤーも気付いていない。今、初めてこのダンジョンの真の主が姿を現す事を。
これは、ゲームの運営が全てのダンジョンに用意した”隠しクエスト”の一つである。これに挑戦する事が出来る者は、条件に適合する者のみ。
その条件とは”あの祠”に辿り着いた者、である。偶然にも、ジンはこの条件に合致したのだった。
突如、狐の身体が燃え出す。青い炎に焼かれる狐は、大きく跳び上がってみせた。
九本の尻尾を持った巨体の闇色狐。これが、エクストラボス【アンコクキュウビ】である。
『エクストラクエスト【暗黒の九尾】を受けられます。クエストを受けますか?』
アナウンスが流れ、ウィンドウが浮かび上がる。
「ボス戦、わさわざ受けるか受けないか選べるんだ。OKっと」
未だにこれがただのボス戦だと勘違いして、ジンがボタンを押す。
『エクストラクエストを受領しました』
クエストを受領すると同時に、アンコクキュウビが一鳴きした。それだけで、ボス部屋中の空気が震えるようだった。
「さぁて……」
短剣を手に身構えるジン。ジンを一睨みしたアンコクキュウビが、地面を蹴る。
その一瞬で、アンコクキュウビはジンの目の前に迫った。
「【ハイジャンプ】ッ!!」
咄嗟に叫び、跳び上がる。それは偶然にも、最良の判断だった。何故ならば【ハイジャンプ】こそがジンの持つ武技で唯一、続けて繰り出される攻撃を回避できる手段だった。
アンコクキュウビは横に一回転すると、その九本の尻尾を振り回したのだ。攻撃範囲が広く、【クイックステップ】で避けようにも続く衝撃波に吹き飛ばされてしまう。
つまり、安全地帯は上しかないのだ。
攻撃行動終了と同時に、ジンは着地する。それを見て、アンコクキュウビが前足を振り上げた。
「【クイックステップ】!!」
今度は、しっかりとアンコクキュウビの挙動を見据えて武技を発動する。【クイックステップ】で前足のひっかき攻撃を回避し、攻撃終了と同時に短剣を振るおうと……して、ジンは慌てて飛び退いた。地面にマグマの様なエフェクトがあるからだった。
直後、地面から炎が噴き出す。
「……これ、ヤバくない?」
……
戦闘開始から15分、ジンは必死にアンコクキュウビの攻撃を回避し続ける。一撃一撃が、ジンにとっては即死攻撃であった。 しかし徐々に、アンコクキュウビの攻撃パターンが解って来た。そこでいよいよ、ジンは反撃に打って出る。
アンコクキュウビの尻尾振り回しをジャンプで回避し、その目前に着地したジン。
――硬直時間は、たったの10秒!!
それくらいしか、攻撃を叩き込む隙を見出せなかった。胴体目掛けて突っ込み、短剣を付き刺す。この短時間で、ジンは数少ない攻撃系の武技を更に繰り出す。
「【スライサー】!!」
アンコクキュウビの隙を突いて、【スライサー】を発動。勢いのままに斬り付けると、【クイックステップ】を発動して大きく後退する。
ジンが後退する瞬間にアンコクキュウビの硬直時間は終わり、目前の敵に向けて右前足を振り上げる動作。そのまま振り下ろすと、また地面から炎が噴き出す。
「ぜんっぜん削れてない……!!」
アンコクキュウビの頭上に表示されているHPバーは、ほんの1ドットしか削られていない。これはアンコクキュウビのHPが多いのもあるが、同時に設定されているVIT値が高く、ジンのSTR値が低い事も影響していた。
「これ、厳しいんじゃ……【クイックステップ】!!」
呆然とするジンを見て、アンコクキュウビが突進して来る。ギリギリだったが、【クイックステップ】のクールタイムが終了したお陰で回避は成功した。
――このままじゃ、何時間かかる事やら……少しでも、ダメージを与える方法を……そうだ!!
ダンジョンに入る前に出会った、あの怪しい風体の男性。彼から渡されたアイテムが、ここで活きるとジンは気付いた。
「”システム・ウィンドウ”!!」
システム・ウィンドウが浮かび上がる。しかし、悠長にアイテムを取り出す時間は無い。そう、アンコクキュウビが待ってくれるはずが無いのだ。
再び突進して来るアンコクキュウビ。だがアンコクキュウビが飛び出して来る寸前に、ジンはその進路上から逃れるべく猛ダッシュした。
武技ではない、ただの回避行動。だが、これが功を奏した。アンコクキュウビはジンの真横を通り過ぎ、壁際まで突っ込んで行ったのだ。
その隙に、ジンはユージンのポーションを取り出す。
「……出来れば、飲ませたいけど」
浴びせるよりも、飲ませる方が効果は高い。事前にユージンからレクチャーされていたのである。
アンコクキュウビが口を開くタイミングを、ジンは見計らう事にした。
……
それから更に、15分が経過した。ジンはアンコクキュウビの攻撃を回避しながら、その動きを観察していた。
その中で、ジンはついに隙を見付けた。アンコクキュウビは突進攻撃を回避すると、前足で引っ掻き攻撃からの炎噴射……もしくは尻尾振り回しを繰り出して来る。尻尾振り回しは硬直時間があるものの、口は開かない。しかし引っ掻き攻撃から炎が噴き出すその際、アンコクキュウビは口を開けて鳴いているのだ。炎が噴出している、ほんの3秒前後の間だけ。
しかし、それを口の中に放り込む為には危険が伴う。
アンコクキュウビが口を開くのは、炎が噴出している間。しかもその時、アンコクキュウビは上を向くのだ。【ハイジャンプ】を使用しなければ、届かない高さである。有効な回避手段を切る必要があり、追撃を躱す手段が限られてしまうのだ。
「……いくぞ」
ジンは、他に手段が無い事を理解している。やると決めてしまえば、後はただ実行するのみ。
この思い切りの良さは、陸上競技に打ち込んでいた頃に身に付いたものだ。記録への挑戦や、走る前の緊張感。それらを振り払う為に身に付いた、仁のスイッチ。
――まずは武技を使用せずに、狐に向けて駆け出す!!
ジンが接近する際、アンコクキュウビが飛び掛かっては来ないのは確認済み。そのまま、前足を振り上げれば引っ掻き攻撃から火柱噴出。一度身を捩れば、尻尾振り回しだ。
引っ掻き攻撃ならば、それを躱して口に向けて【ハイジャンプ】を使用。尻尾振り回しならば同様に【ハイジャンプ】で回避し、次のタイミングを見計らえば良い。
そして、アンコクキュウビが右前足を振り上げた。
――来た!!
引っ掻き攻撃を回避するには、武技を使用しなければ困難だ。しかし【クイックステップ】は使用しない。
一か八かの賭けで、純粋な身体能力を駆使してアンコクキュウビの懐に潜り込む。そうする事で、引っ掻き攻撃をギリギリで回避する事に成功した。
空を切る右前足が地面に叩き付けられると、地面に赤い光が広がる。火柱の噴出だ。同時に、自分の放つ火柱に触れないようにアンコクキュウビが上体を上げる。
「【ハイジャンプ】!!」
アンコクキュウビの眼前に跳び上がると、ジンはその口に向けてポイズンポーションの瓶を放り投げた。
ポーションはアンコクキュウビの口内に吸い込まれ、ひとりでに割れる。これはアイテムの仕様であり、ぶつかったりしなくても勝手に割れて効果を発揮するのである。
問題はここからだ。
火柱を回避する為、【ハイジャンプ】を使用してアンコクキュウビの頭上に居るジン。この状況下では、アンコクキュウビの挙動は確認出来ていない。
――どう出る!?
眼下のアンコクキュウビを注視していると、口を閉じた所で視線がぶつかり合った。すると、アンコクキュウビの眼が細められる。それはまるで、哂っているかのようにジンには見える。その視線は、スキル効果で上昇を続けているジンを捉えて離さない。
そして、アンコクキュウビはその口をもう一度開き、ジンを待ち構えた。
――そう来たか!!
噛み千切るのか、丸呑みにでもするのか。アンコクキュウビの巨体なら、そのどちらも可能だろう。そんな感想を抱きながら、ジンは左手でまとめて握っていた二つのポーションを投げる。二本の瓶も、最初の一本と同様にアンコクキュウビの口内に呑み込まれていった。
ポイズンポーションを、全て呑み込んだアンコクキュウビ。だが、ここで一撃を受ければジンのステータスでは一撃死だ。
……だから、ジンは着地した。地面ではなく、天井に。
足場が無ければ発動できない、その武技を発動する為に。
「【クイックステップ】!!」
天井を全力で蹴ると、アンコクキュウビの背後を取る様に地面に急降下する。うまく着地出来るかは不安だったが、何とか両の足で踏ん張る事が出来た。
【クイックステップLv5】の効果時間は7秒。その効果が持続する内に、ジンはアンコクキュウビから距離を取る。
アンコクキュウビに視線を向けると、その頭上に表示されるHPバーの横にドクロマークが見て取れた。毒状態にかかったという証だ。
「よし……!!」
後は、攻撃をひたすら回避し続けるだけである。
……
毒状態になったアンコクキュウビの攻撃を回避して、一時間。アンコクキュウビのHPバーは、丁度半分くらいまで減った。
気の抜けないボス戦で、ジンは神経を擦り減らせていた。だがユージンのポイズンポーションは、目に見えて効果があった。それが、ジンの精神を支えている。
着実に減っていくボスのHP。終わりの無い戦いでは無いという事実が、ジンを奮い立たせる。
だが、本番はここからだった。
HPが残り半分に達した事で、アンコクキュウビの行動パターンに変化が現れた。高く跳躍したアンコクキュウビが、ジンの居る場所を目掛けて落ちて来る。
「な……っ!?」
行動パターンの変化に、ジンは一瞬硬直する。
その巨体が迫る姿に、ジンは自分の右足を奪ったトラックを重ねた。
「うわああぁぁぁぁっ!!」
力の限り叫んで、ジンは横っ飛びに逃げ出す。それは無意識の内の行動だ。しかしながら、偶然にも良い判断だったと言えよう。
アンコクキュウビの巨体が地面に着地すると、衝撃がジンを襲う。それにより、ジンのHPが四割削られた。
「ううっ!?」
咄嗟に地面に伏せると、その直上をアンコクキュウビの尻尾が通り過ぎる。
直撃を避けたものの、その余波で吹き飛ばされるジン。地面を転がり、壁にぶつかってしまう。これで、残りHPは一割である。
「パターンが変わった……!!」
その起因がHPの減少だという事に、ゲームに詳しくないジンもすぐに気が付いた。
「とにかく、回復を……!!」
しかし、アンコクキュウビはジンを見据えている。その目前で回復アイテムを取り出しても、すぐに接近されてしまうだろう。
「“システム・ウィンドウ”!!」
ポイズンポーションを取り出した時同様に、アンコクキュウビの硬直時間にHP回復ポーションを飲む事にしたジン。
ただし攻撃が掠っただけで、今のジンのHPはゼロになる。故にジンは、アンコクキュウビの攻撃を確実に回避するべく集中する。毒を飲ませた事で生まれた、何とかなったという思い。しかしゲームオーバー寸前になった今、ジンは再び集中し出した。
使用可能なスキルを意識し、アンコクキュウビの動きをジッと観察する。
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アンコクキュウビの硬直時間を使ってHPを回復し、そこからひたすら回避を重ねるジン。
HPが残り一割という所で、アンコクキュウビは自分の周囲に炎を吐き出すようになった。更に、尻尾を連続して振り回す攻撃も見せ始めた。
慎重に慎重を重ね、初見の攻撃も警戒するジン。ギリギリながらも何とか回避に成功し、あとほんの少しでアンコクキュウビのHPが尽きるという所まできた。
だが最後の1ドットが、いつまで経っても無くならない。毒を飲ませてから、既に二時間が経過している。HPバーが半分になるまで一時間程だった事を考えれば、明らかにおかしい。
ここで、ジンはある事に気付いた。
――もしかして、毒ではHPをゼロに出来ない?
その疑問は、正解であった。毒による継続ダメージではHPはゼロにならない、それがアナザーワールド・オンラインの仕様だ。つまりトドメの一撃は、プレイヤー自身がしなければならないのである。
それに思い至ったジンは、アンコクキュウビの隙を突いて攻撃を当てる事を決意する。残りHPは、たったの1ドット。持てる全てを駆使して、攻撃を叩き込む。
狙い目は、最初にダメージを与えた戦法。硬直時間が一番長い、尻尾振り回しの後だ。
何度かの攻撃を躱して、ジンはチャンスを窺う。そしてついに、アンコクキュウビがその身体を捩る挙動を見せた。
「【ハイジャンプ】!!」
尻尾振り回しをジャンプで回避。そのまま着地し、硬直時間の内に武技による攻撃を叩き込むべくジンは構える。
しかしアンコクキュウビは、ここで初めての挙動を見せた。左前足で、ジンに向けて引っ掻き攻撃を繰り出したのだ。
「【クイックステップ】!!」
紙一重。直撃を免れるも、ジンは攻撃後に使用するつもりだった武技を発動してしまった。
――なら、ここでコイツを倒す。
無意識の内に、ジンはアンコクキュウビの懐へと駆け寄っていた。
「【スライサー】!!」
その攻撃が、アンコクキュウビに突き刺さる。更に、ジンは武技を発動する。無我夢中だったが、それは武技を発動した後の硬直時間を無視していた。
「【デュアルスライサー】!!」
短剣を振り抜いた瞬間にスキルを発動し、深く深くアンコクキュウビの身体を斬り付ける。残り、ほんの僅かのHP。
そして……アンコクキュウビの動きが、止まった。
ジンが恐る恐る後ろに下がって、アンコクキュウビの頭上を見る。HPバーは、黒一色に塗り潰されていた。
「……勝った?」
ジンの呟きに応えるかのように、アンコクキュウビの身体が地面に倒れ伏した。
そして。
『エクストラクエスト【暗黒の九尾】をクリアしました』
ジンの脳裏に、あのアナウンスが聞こえて来るのだった。
自分で描いといて何ですが、効果確定の永続毒とか卑怯過ぎる。
今まで描いて来た小説は、主人公が強過ぎてさっくりあっさり勝つ場合が多かったのです。
苦戦とか長期戦とか、描写が難しいですね。
文章力を伸ばしていきたい、今日この頃です。