14-24 真相が明らかになりました
システム・ウィンドウで、メッセージの履歴を公開する。それで何も出なければ、証拠は無いという事になるのではないか。そんなミリアからの提案に、アレクとエレナは自信ありげに頷いてみせた。
「構いませんよ、それで私が無実であると信じて貰えるなら」
「あぁ、俺も見せても構わないが」
アレクとエレナが肯定してシステム・ウィンドウを展開すると、ルシアも恐る恐る頷いてみせる。
「そ、それで良いの……? それなら、私も……見せるけど……」
そうして、三人はシステム・ウィンドウを可視化する。
――スパイが悠長に、メッセージを残すと思うのか? 馬鹿め!!
――これで流れは、こちらに傾く!! そうなれば、こっちのものよ!!
――アレクとエレナも、落ち着いているし……きっと、大丈夫……。
内心で、ミリアの提案は渡りに船だと考えた三人。しかしそこで、アークが待ったをかけた。
「待て、【魔弾】の……ミリアさん、だったか。君の提案だが、メッセージを削除してしまえばそれまでではないか?」
問題のメッセージがあれば、それが証拠になる。無かったならば、証拠不十分。アークの言葉は、そんな提案の穴についての指摘である。
最もそれは、シナリオ通りのという但し書きが付く。アークの指摘に対し、ミリアは首を横に振って説明を始める。
「メッセージの削除とは、受信フォルダからの削除に過ぎないのです」
その言葉の意味を理解し切れず、誰もが首を傾げてしまう。
それは仕方のない事で、受信フォルダから削除する事をメッセージの削除というのは当たり前だからだ。メールソフトと違い、削除したメッセージが一定期間蓄積される”ごみ箱フォルダ”の様なものも無い。
そんな怪訝そうな者達に対し、詳細を解説するのは……誰もが予想だにしない人物だった。
「受信フォルダからの削除は、イコールメッセージの削除では御座いません。アカウントメニューにあるログ画面を開けば、メッセージの履歴も閲覧出来るのです」
その情報を口にしたのは、【聖光の騎士団】のセバスチャンだった。意外そうな顔をする者が多い中、平然とそれを受け止めるのはレンとシオン、そしてミリアだけである。
そして、ミリアの説明を引き継いだレンは一切動じずに頷いてみせる。
「はい、セバスチャンさんの言う通りです。そこからならば、受信フォルダから削除したメッセージも閲覧が可能です」
そんなレンの言葉に、渦中の三人は過剰に反応してしまった。
「な、何っ!?」
「何ですって!?」
「う、そ……」
削除する事で、メッセージは完全に消え去る……そう思っていた彼等は、知りもしなかった事実を聞かされて激しく動揺する。
――言わされた……!! 全て、最初からこの流れに持っていく為だったのか……!!
――こいつら……私達がスパイだという、明確な証拠を自分から出させる為に……!!
――削除したメッセージが見れるだなんて、知らなかったし……!!
平静を保つ事など、不可能だった。寝耳に水の仕様を聞かされ、三人は追及から逃れる術を探す……当然、そんなものは見つかりはしない。
一方、各ギルドのメンバー達はアカウントタブを開いてみせる。そこには確かに、削除済みのメッセージが表示されていた。
「あら、本当ね~」
「ほう、消したと思っていたメッセージが確かに見られるな」
「うむ……こんなシステムになっているとは、知らなんだ」
顔を青褪めさせる三人を意図的に無視して、納得するプレイヤー達。それに苦笑しつつ、今度はアリステラが何でもない事の様に言葉を続ける。
「これは普通にプレイしている分には、知らなくても問題が無い仕様ですもの。知らないのも、無理はありませんわ」
そんなアリステラの言葉に、シルフィが不思議そうな顔で問い掛けた。
「アリステラ、そんな事をよく知っていたな?セバスチャンも……それに、レンさん、ミリアさんもだ」
当然、シルフィは……事態をこの流れに導いた面々は、その仕様について聞かされていた。なかなかに、演技派である。
確かにこれは、普通ならば知られていない仕様である。
だが、レンとシオン、ミリアとセバスチャンはそれを知っていた……その理由は、ただ一つ。レンはファースト・インテリジェンスを経営する、初音家の娘。その使用人であるシオンは、本業はファースト・インテリジェンスの社員だ……現実では、メイドでは無い。そしてミリアは六浦財閥の令嬢であり、セバスチャンは宇治財閥の御曹司。
うまり、ユートピア・クリエイティブに出資している企業の関係者。故に、仕様書等を確認する事が出来る立場にある。そのお陰で、この仕様について知る事が出来たのであった。
しかし、そんな事をこの場で口にする事は出来ない。なので、彼女達はお茶を濁す。
「執事として、この程度は当然の事です」
「あら、流石ですね」
「執事がそこまで頼りになるなら、私もレンちゃんみたいに執事のPACを探そうかしら?」
「その時は、ロータスと並べてみせたいですね」
そんな彼女達の事は気になるものの、本題はそこではない。シンラは話が脱線しないように、エレナに視線を向けて微笑みかけた。
「成程ね~? アカウントのログを確認すれば、メッセージの履歴が全てが解るのね~。エレナさん、良かったわ~。これで、あなたの潔白が証明出来るわね~」
「あぁ、【森羅】のマスターの言う通りだな。ではアレク……アカウントログを、提示してくれ。これは君の無実を証明する為だ、解ってくれるな」
「そうね。これでルシアの疑いを晴らせるわ。さぁルシア、アカウントログを開いてくれるわよね?」
所属するギルドのトップから、そう言われて……三人は最早、為す術がなかった。メッセージ画面から下の方に表示されている、アカウントと明記されたタブ。そこを開いてしまえば、全てが終わる。
そんな光景を目の当たりにしているドラグは、気が気ではない。三人のアカウントログが見られてしまえば、メッセージを送ったプレイヤーのユーザー名も明らかになるのだ。そう、自分が同盟の情報を、流出させたとバレてしまう。
――ま、まずい……どうする? どうすれば? どうしよう? どうなってしまう?
思考は定まらず、血の気が凍る心持ち。もう緊張のあまり、呼吸をする事すら忘れてしまいそうだった。
そんなドラグに、ケインが声を掛けた。
「どうしたんだ、ドラグ。顔色が悪いぞ?」
緊張状態のドラグは、ケインの呼び掛けに思わず大声で返してしまう。
「な、何でも無い……!! 何でも……っ!!」
突然の大声に、プレイヤー達の視線がドラグに向かう。ドラグはその視線が、「今度はお前だ」と言っているかの様な錯覚を覚えた。
――嫌だ、やめろ、やめてくれ……俺は、俺は……っ!!
恐怖心が心の中を侵食し、震え上がる。そんなドラグに対し、ケインは哀しみを窺わせる目を向ける。
「……なぁ、ドラグ。せめて、自分から本当の事を話してくれないか?」
その言葉は、ケインからの最後の温情だった。アレクやエレナ、ルシアの様に……ドラグを追い詰め、苦しめたくなかったのだ。
ドラグとは、最前線時代からの付き合いだった。しばらくは疎遠になったのだが、第三回イベントの少し前……彼から連絡を貰い、【桃園の誓い】に加入する事になった。
それから今日に至るまで、ドラグは【桃園の誓い】のメンバーとして共に歩んで来た。
素材集めで、フィールドを共に駆け巡った。カノンを主軸に、魔王へのプレゼントの刀を鍛えた。シオン達の作った衣装の仕上げに、星の刺繍を皆で施した。
第三エリアを目指して、ギミックの解除方法を探し回った。大規模PKに対し、全員一丸となって抗った。エリアボスをハシゴして、勝利を分かち合った。
ジン達とのオフ会を催そうと、どんな事をするか話し合った。新たな仲間達を迎え、次の日は休みだからと夜遅くまで盛り上がった。イベントに向けて、素材やアイテムを集めるべく駆け抜けた。
ケイン達の記憶にあるドラグの姿は、仲間としての彼の姿だった。
しかし……ケインは気付いている。イリスも、ゼクスも。ダイス・フレイヤ・ゲイル・チナリも解っている。今、問題となっている情報……それは、自分達から漏れたものだ。そして、それが出来たのは……ドラグしか、いなかった。
だからケイン達は、ジン達に頭を下げてある事をお願いした……ドラグがスパイとしてではなく、自分達の仲間である事を選んでくれたならば……。
しかしケインの言葉に、ドラグは激しい動揺を見せた。
「なっ……何を言うんだ、ケイン!! 俺はあいつらとは無関係だ……!!」
その否定の言葉に、ケインは目を伏せた。
――ドラグ……せめて、自分から打ち明けてくれたのなら……。
もう、ここまで来たら止められない。そして、止めてはならない。何故なら彼等は【桃園の誓い】だから……そして、ケインはギルドマスターなのだから。
「各ギルドが、立て続けに第三エリアに到達した。あれは、タイミングが良すぎる。【桃園】と【七色】【魔弾】の同盟が動き出した直後、一気に攻略が進んだ……まるで俺達の攻略情報が、外部に漏れたように」
「ち、違う!! そんな事は……!!」
ドラグは否定しようとするが、言い訳すら思い浮かばない。なにせ、図星なのだから。
「特に【森羅】が、ネオンちゃんが考えた方法……モンスターを巨岩に誘導するって攻略法を選んだのは偶然にしちゃ出来過ぎだ。そんな発想は、そう簡単には出て来ねぇだろ」
ゼクスの言う通り、モンスターを利用するという発想は出にくい。突進系のモンスターが多いのはもっと手前の地点であり、巨岩付近には現れないのだ。
「し、知らない……俺は、何も……!!」
「私達が報告会をしている間に、【聖光】が砂漠のエリアボスを解放した。報告会の翌日に、【森羅】と【旅路】が……鉱山のボスは【暗黒】が解放したが、倒すには至らなかったわ」
「西側だけ早かったのは……報告会の前に、砂漠から連絡していたから。情報漏洩があったと考えるなら、時系列に当てはめると……砂漠の探索メンバーよね?」
「違う!! 俺じゃない!! フレイヤかもしれないじゃないか!! ジンやヒメノだって、【魔弾】のジェミーやレーナだって怪しいだろう!? 何故俺を疑うんだ!!」
「……既にジン君とヒメノちゃん、【魔弾】の二人と私は……アカウントログを、同盟のギルドマスターたちに提示したの」
「な……っ!?」
自分以外は、ログを既に見せていた。つまり、彼等は既にドラグに的を絞って動いていた事になる。
これで自分が無実と証明できるのであれば、いくらでも反論する事が出来ただろう。しかしそれは、決して起こり得ない。なにせ、削除済みのメッセージの中には……彼等の言葉が真実であると証明するメッセージがあるのだから。
「ドラグ……違うと言うなら、俺達に証明してくれ。アカウントログを見せて欲しい」
「……そ、それは……」
ドラグは全身を震わせて、立ち竦む。このままでは三人のアカウントログで、全てが明らかになる。しかし自らログを見せても、結果は変わらない。
黙り込み、沈黙する……それが、ドラグの最大の過ちだった。
……
カイト・アレク・エレナ・ルシア・ドラグ……自分以外のメンバーが、完全に詰んだ。それを見ていたジェイクは、危機感を覚える。
これは彼等を排除し、自分がアンジェリカを独占するチャンスではある。だが、アカウントログの確認はまずい。ドラグが送ったメッセージや、彼等が受信したメッセージ……そこに、自分の名前も記されているのだ。
――このままだと、俺も……!! 有料アイテムで、名前を変えるか? 他人の目がある今は、すぐにバレる……!! ここはとにかく、アンジェを連れて逃げるしか……!!
そう考えたジェイクは、五人を切り捨ててこの場を離れようと考えた。
「何なんだ、この茶番は!! お前達、そんな事は当事者だけでやれ!! 我々を巻き込むんじゃない!!」
高圧的に、さも迷惑だと言わんばかりにジェイクは声を張り上げた。視線が自分達に集まるが、そんなのは関係ない。
「さぁ、アンジェ。彼等に付き合う必要は無い、私と一緒に……」
アンジェリカに退散を促し、難を逃れる。そう考えていたジェイクだが、そうはいかない。
「そぉッスか? じゃあこっちはこっちでやろうか、ジェイクさん?」
最凶の銃使いが、ジェイクに向けて鋭い視線を向けていた。
「オタクのギルメンの不始末、どう落とし前をつけてくれんのかなぁ? そこんとこ、どうなん?」
「くっ……」
歯嚙みするジェイクに、ハヤテがニヤニヤとした顔で問い掛ける。
「あぁ、そうだ。カイトはオタクのメンバーなんだし? このスパイ騒動について、何か知らないかなぁ……」
「し、知らん!! 私もアンジェも、そんな……」
ジェイクがハヤテの言葉に反論しようと、声を荒げる。しかし、それを遮る鈴を転がす様な声。
「ねぇ、ジェイク。何で皆は嘘をつくの?」
「アンジェ!?……良いですか、アンジェ! その話は後で……!!」
これ以上、喋らせてはいけない。ジェイクは焦って、アンジェリカに黙っている様に告げようとするが……。
「だって、私の為にしてくれている事なんでしょ? それの何がいけないの?」
それは、間に合わなかった。
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アンジェリカの言葉は、多くのプレイヤーが耳にした。彼女の為に、行動している……その言葉を、確かに聞いたのだ。
それについて、どういう事なのか問い詰めよう……そう何人かが口を開こうとした、その時だった。
「通報を受けて来てみれば……何やら、騒がしい事になっているようだな」
各ギルドの面々が集まった位置から、少し離れた場所。そこに、人影があった。その頭上に表示されているカラーカーソルは、銀色に輝いている……それは、運営アバター専用のカラーカーソルだ。
「まぁ良いではありませんか。手間が省けるのですから」
銀髪の男性と、その側に寄り添う青銀色のロングヘアの女性。そんな二人の一歩後には、金髪をオールバックにした男性が立っている。
「まぁ良い……丁度、全ての調査が終わった所だ。ガイア、進めてくれ」
運営責任者・シリウス……彼の指示に一礼すると、ガイアがプレイヤー達に向けて話し始める。
「プレイヤーの皆様、改めまして自己紹介を。私はAWO運営に携わっております、ガイアと申します。そして本名は、姓を【三枝】と申します」
三枝……その名字に、多くのプレイヤーが目を見開いた。運営S……それがグランが口を滑らせた、三枝という人物だという話は広まっている。
「不正だなんだと騒いでいらっしゃった方々に対して、私も思う所がございました。我が身の潔白を証明するのも、また私の仕事です」
そこまで言うと、三枝……いや、ガイアは視線を鋭いものに変えた。
「なにせ、私は初音家の使用人。そして、ユートピア・クリエイティブの一部門を預かる立場です。その私が冤罪とはいえ、不正に加担したと思われてしまっては……お仕えする初音の名に、傷が付きますからね」
初音家……それは、ファースト・インテリジェンスや財団法人初音学園の経営者。そしてAWOを運営するユートピア・クリエイティブの出資者だ。
思わぬ大企業の名前が出て来た事で、プレイヤー達は口を噤んでしまう。
――相手が、大企業の……しかも、初音の関係者……!? 下手な事を口にしたら、まずい……!!
相手が悪い、それも最悪なレベル。それを察したプレイヤー達が静まり返った事で、ガイアは満足そうに頷いて話を進めた。
「事実確認の為、入念な調査で確証を得なくてはなりませんでした。お時間が掛かってしまった事、まずはこの場でお詫び申し上げます」
入念な調査が終わった、それはつまり不正騒動についての事実を詳らかにする。誰もがそう察した。
「不正行為について吹聴したユーザーについて、我々は詳しい調査を行いました。するとあるユーザーとの共通点がございました」
その言葉に、【白狼の集い】のギルドマスターであるヒューズが目を伏せる。グランはやはり、スパイとして潜入したプレイヤーだったのだ。
「その人物は、とあるギルドの名を騙って騒動を起こし、更に外部サイトを利用してプレイヤーを集め、大規模PK行為を目論んだユーザーでした」
ギルドの名を騙った騒動に、大規模PK……【七色の橋】が口にしていた事が、事実だった。誰もがそれを理解した。
「彼等の共通点は、いくつかありましたが……最も重要なのは、とあるサイトに頻繁にアクセスしていた事です」
ガイアの言葉を聞き、アレク達が……そして、ギルドの輪の中に居るスパイ達が顔色を変える。
運営がわざわざ、そこまで調べるはずがない……彼等は、そう高を括っていた。
しかしバンとグランの起こした事件と、ガイアが初音家の使用人であるという事実……それによって、運営を本気にさせてしまった。そのバックに居る、初音家も敵に回してしまったのだ。
「【禁断の果実】という個人が製作したソーシャルネットワークサービス、それが二人のユーザーの共通点でした」
SNSサイト【禁断の果実】……運営がそこに辿り着いた。その事実に、アレク達は動揺を隠せない。
――何故、サイトに辿り着いた……!? URLは随時変更しているし、失敗した駒は排除したのに……!!
そんな動揺するアレク達に気付いているのか、いないのか……ガイアは淡々と話を続ける。
「他のプレイヤーにも、同様の輩が居るのではないか。我々はそう考え、六浦財閥に協力して頂き調査を行いました」
ガイアがそう告げると、プレイヤー側の人間が声を上げる。
「その【禁断の果実】というサイトがあるのは、六浦財閥が運営するプロバイダのレンタルサーバーだったから……ですね?」
「つまりユートピア・クリエイティブからの要請を、六浦財閥は快く受け入れた……という事かしら」
ジェミーとミリアの発言に、ガイアはその通りとばかりに頷く。
「左様に御座います。そして、先程全ての調査が完了しました」
六浦財閥の協力を得て、行われた調査……それはつまり、登録制のSNSである【禁断の果実】……決して公にならないと思っていたそのサイトの、内部まで知られているという事だろう。
アレク達は……そして、各ギルドに潜入したスパイ達は顔面蒼白である。
「【禁断の果実】なるSNSサイトに登録している者全員が、何かしらの利用規約違反を行っていることを確認しました。その際たるものは……所謂、スパイ行為ですね」
それは【七色の橋】と、主要ギルドの面々の主張を裏付けるものだった。明らかに様子がおかしいプレイヤー達は、気が付けば仲間達から距離を取られて孤立している。
そこで、一人の男性が前に出る。金色の髪をオールバックにした、執事姿の青年だ。
「ちなみにUGIコーポレーションも、詳細な調査を行ったと聞いたな。疑惑を掛けられたギルドのプレイログを、映像でも確認したとか」
いつもの執事口調を捨て、眼鏡を外してそう語るのはセバスチャンである。
ほら、エリアがそこに居るから。それに、シオンも居るしさ。ここは一つ、彼女の前でいい格好しておかないと。
御曹司としての存在感と、気品を全面に押し出したセバスチャン。その様子に、誰もが視線を向けて耳を傾けた。
「結果は、疑念の余地など無いものだったらしい。そのギルドのメンバーは皆、ただひたすらにゲームを本気でプレイしているだけ。そして、全力でゲームを楽しんでいるだけの子達だ……という結論だったそうだよ」
そう言うと、セバスチャンはアレク達に視線を向ける。その眼が、「お前達とは違って」と言っている。それが、誰からも解った。
……
スパイ達はやたら視線を彷徨わせたり、目を閉じて小刻みに震えたりしている。誰も彼もが、沙汰を下されるその瞬間が迫る事に恐怖していた。
そしてついに、その時が訪れる。
「それでは総括致します。運営は本件について、度重なる協議を行い……該当者全員を、重犯罪プレイヤーとする措置を決定致しました」
アカウント削除、または凍結……それを覚悟していた面々は、重犯罪落ちという措置に面食らう。
そんな面々に冷めた視線を向けていたシリウスは、ここでようやく口を開く。
「そういう事だ。まぁアカウント削除にしないだけ、温情があると思って貰いたい」
「それでは改めて、プレイヤー各位にお願いします。どうか利用規約やマナーに則った、節度ある行動を取って頂ければと思います」
シリウスとエリアがそう告げると、数名のプレイヤーの頭上で変化が起こった。緑色だったカーソルの色が、赤へと変化していったのだ。
スパイ達が特定され、それによって場は混乱に包まれる。
「……あ、あいつらの、カーソルが……」
「いま、カーソルが赤の奴がスパイなんだな!? ぶっ潰すしかねぇ!!」
「お、おい! そんな、まさかお前も……」
「ち、違うわっ……何かの、間違いよ!!」
「おぃぃっ!! バレないから大丈夫って話だったじゃねぇかよぉ!!」
「お前……俺達を、裏切って……!?」
「あーあ、バレちゃしょうがねぇなぁ!! そうでーす、俺がスパイでしたー!! ザマァみろや、アッハハハハ!!」
「この野郎、開き直りやがった……!!」
騒がしくなる廃拠点の中で、空気は一触即発の様相を呈していく。
スパイ達を睨みながら、アークはやり切れないとばかりに溜息を吐いた。
「よもや、こんなにもスパイが紛れていたとは……」
そんなアークに同調する様に、シンラも頷いてみせる。
「申し開きは不要ね……もう、そんな段階ではないもの」
語尾を間延びさせるのを忘れ、エレナに視線を向けるシンラ。胸の内を満たしているのは、哀しみと怒りが混ざり合ったものだった。
そこへ、ジンが一歩前に出る。視線を向けているのは、カイトだ。
「君が【天使の抱擁】の為に、戦っているのを見た。その様子から……【天使】に紛れ込んだスパイとは思えなかった」
カイトは俯き、黙り込んだままだ。そんなカイトに、ジンは容赦なく言葉を突き付ける。
「そして、先のアンジェリカさんの言葉。君達は、アンジェリカさんの為にスパイ行為をしていたんだね」
カイトは、言葉を何も返さない。アレクも、エレナも、ルシアもドラグもジェイクも。他のスパイ達も、何も言えない。
そんなジンの問い掛けに応えたのは、天使と称される女性だった。
「そうだよ」
アンジェリカが肯定の言葉を口にした事で、この場に集まったすべてのプレイヤーが視線を彼女に向ける。
「皆、私の為なんだって……私を愛してくれているから、色々してくれているんだって」
どことなく、他人事の様な言い方。そして、愛しているからという言葉。そんなアンジェリカの発言に、スパイ以外の面々は厳しい視線を向ける。
「……スパイが勝手にやった事、自分は何も知らない……そう言いたいのかな?」
「責任逃れのつもりか? 少なくともスパイ行為に関わりがあったとなれば、AWOを知るファンは減ると思うがな」
ライデンが、クロードが、アンジェリカに厳しい視線と言葉を向ける。冷たい視線を向けるのは、他の面々も同様だった。
そうでないプレイヤーは、大半が悲しそうな目でアンジェリカを見ていた。これらはやはり、アイドルとしての彼女を応援していた人達だ。
しかし、ジンだけは違った。アンジェリカの表情から、態度から、言葉から、声色から……ある事に気が付いたのだ。
――この人は……いや、まさか……でも、そうとしか思えない……。
アンジェリカは、スパイ行為に関与している。カイトの様子を確認したジンは、そう考えていた。
しかし目の前に立つ女性は、スパイ行為がバレる事を恐れていない。逆に彼女が何も言わなければ、スパイと彼女の接点を立証するのは困難だったはずだ。
そもそも彼女は最近AWOを始め、配信で多くのプレイヤーの目がある中でプレイしている。そして彼女のカーソルが緑色のままという事は、SNS【禁断の果実】にも触れていない。
もしもそれが……”周囲の人間が勝手にやった事”だったとしたら?
そして彼女が、”スパイ行為を指示していない”としたら?
何より……彼女は”ある事以外に興味を抱いていない”としたら?
彼女は、彼等は”アンジェリカへの愛情”からスパイ行為に手を染めたと言った。
「まさかあなたは、自分が愛される事にしか興味が無い……のか……?」
思わず口から漏れ出たジンの呟きに、アンジェリカは視線を向けて……天使の微笑みを浮かべた。
「君は、解ってくれたんだ? うん、そうだよ」
次回投稿予定日:2022/2/15(本編)