14-23 幕間・十二月十六日(後)
ギルド【桃園の誓い】のギルドマスターであるケインと、サブマスターであるイリス。二人はよく見知った女性を前に、難しい顔をしていた。
「……シオンさん、今の話は……」
「信じ難いのは百も承知ですが、高確率で事実であると考えております」
和装メイドの女性・シオン。彼女は姉妹ギルド【七色の橋】において最年長者であり、自分達と同じ様に少年少女達のVRMMOライフを見守る人物である。その為、ケイン達としてもシオンに共感を抱く事が多い。
そんなシオンが話を切り出したのは、不正騒動とスパイ疑惑について。ダイスもこの場に同席し、【七色の橋】の考えを順序だてて説明されていた。
「シオンさんの言う通り、信じたくは無いわ……でも、もしこれが本当なら……」
「……俺達の手に入れた情報を、意図的に流出させる。スパイ行為をしているのは、この場合……」
ケインとイリスも、金髪の青年の顔が頭に浮かぶ。
――シオンさんやダイスが言う通りなら、いち早く【聖光】が動き出した砂漠の探索メンバー……。
砂漠探索を行ったのは、ジン・ヒメノ・フレイヤ・ドラグ・ジェミー・レーナの六人だった。
この中で真っ先に除外されるのは、ジンとヒメノだ。スパイ達の標的になっているのも理由だが、あの二人がそんな事をするだなんて有り得ない。それは、ケインとイリスもよく解っている。
ジェミーとレーナは然程付き合いが深い訳ではないが、二人の人柄に触れる度に好感を抱く。それに彼女達は、【七色の橋】に対して深い思いやりを向けているのがよく解る。
そうなると、スパイが居るのは【桃園の誓い】……自分達の、身内という事になる。
――フレイヤとドラグ……この二人のどちらかが、スパイだとするならば……。
そこで、イリスが眉尻を下げつつ口を開く。
「フレイヤは、無いわ……私、しょっちゅう彼女と話すんだけど……」
ちなみに話の内容は、コスプレイヤーとしての話題だ。何せ冬には、年内最後の大イベントが待っているのだ。コミックなどをマーケットするあれが。コスプレ合わせについての相談は、夜を徹して行われているらしい。仕事中、眠気は大丈夫か?
ともあれ、イリスがフレイヤは白と判断する理由。それは……。
「あの報告会の後も、ずっと二人で話していたのよ。ログインしたままで」
報告会で、各エリアの情報を入手したとする。その翌日、早い段階でエリアボス討伐が敢行されたのだ。そうなるとギミック解除の情報が流れたのは、報告会の直後だと考えるべきだろう。
明け方近くまでコスプレ談義をしていたフレイヤが、情報を流せるとは思えない。
つまり……。
「ドラグ……か」
沈痛な面持ちで目を伏せるケインに、イリスとダイスが気遣わし気な視線を向ける。
ケインが仲間を大切にする青年である事を、二人はよく知っている。だからこそ、仲間の中に裏切者が居る……その事実に、心を痛めているのだろう。
しかし、それで黙るようなケインではない。
「……よく解ったよ、シオンさん。それで、【七色の橋】はどう動く? こちらもスパイの件を念頭に置いた上で、足並みを合わせよう」
ドラグの事は、仲間だと思っている。しかし、彼が【七色の橋】を意図的に貶めているならば……少年少女達が中心の、小規模ギルドに悪意の矛先を向けているならば……それを見逃すような、ケインではない。
何故ならば彼は、【七色の橋】の姉妹ギルドである【桃園の誓い】……そのギルドマスターなのだから。
――やはりあの時、彼等との関係を結んだヒイロ様とお嬢様の判断は、正解でしたね……。
共にスパイ行為を阻止する為に、戦う。その意志を表明したケインに、イリスとダイスも表情を引き締める。
そんな三人の視線を受けて、シオンは柔らかい笑みを浮かべて頷いた。
************************************************************
一方その頃。
「はい、了解しました!」
「えぇ、全面協力するわ」
「ものども、やるぞぉー!」
三人の美女からそんな言葉を向けられて、ミモリとカノンは言葉を失ってしまった。その後に居るユージンは、苦笑いを浮かべているだけだ。
「あ、あのぉ?……まだ、具体的に何も言ってませんよ?」
「ご相談が、ある……としか、言ってない、です……」
彼女達の目前に居るのは、黒い現代風の衣装を身に纏った面々だった。
「よっしゃ、旦那! 久々に実戦だし、アレやる? やっちゃう?」
「はぁ……俺の本業は医者だぞ? まあ、やる必要があればやるが」
「それなら、弾丸作るですよ! いっぱい必要になるです!」
「そッスね。素材足りないだろうし、後で仕入れますかね」
「お爺ちゃんに相談したら、良いかも……?」
「もう、あまりユージンさんに頼り切りになるのは……」
無骨な造りのギルドホーム、その大広間。そこで何やら賑やかになり始める、年齢層が統一されていない面々。そんな彼等が、一斉に動き出している。
「ごめんなさいね、意外とイベントとか大好きなのよ、皆」
「えぇぇ……それ以前というか、殺意にあふれているというか……」
ミモリの視線の先で、赤髪の青年と黒髪の青年が手榴弾っぽい何かの数を数え出している。アレはそういう効果の消費アイテムなのだろうか?
カノンが視線を向けると、工房らしきスペースで金髪の青年が大量の鉱石を抱えて来た。その隣では金髪の外人女性が、何やら乾燥済みの粉末が入った瓶を持っている。
銀髪のあどけない美少女が、ユージンに期待のこもった視線を向けた。亜麻色のサイドテールの美女がそれを止める前に、ユージンが手持ちの弾丸を提供する。ちなみにこれは【七色の橋】にゲスト参加する前に用意したものなので、問題は無い。
「今回の件、私達も無関係という訳では無いの」
そう言って頬杖をついて微笑むのは、黒髪をツインテールにした美女だった。彼女の名前は、ジェミー……ギルド【魔弾の射手】のギルドマスターを務める女性だ。
「私達もね、えぇと……リアルの友人から話を聞いているの」
「高校時代の先輩達……? なんだけどね。で、どのみち【七色の橋】の皆の力になろうと思ってたんだよー」
ニコニコと言葉を引き継ぐレーナに、ミモリとカノンの胸が熱くなる。
――こんな風に、私達の事を思ってくれる人だって居るんだ……。
――良かった……この人達と、仲良くなれて本当に良かった……。
ミリアがそんなミモリとカノンから視線を外すと、微笑みを浮かべていた表情を引き締める。視線を向けたのは、ユージンだ。
「まさか、ユージンさんまで一枚噛んでいるとは思いませんでしたが」
ミリアからジト目を向けられても、ユージンの飄々とした空気は揺らがない。いつも通りの雰囲気で、肩を竦めてみせる。
「こんな大事に発展するとは、僕だって思っていなかったさ。まぁ、やるからには全力で力を貸す気だよ……生産職としても、”ユアン”としてもね」
ユージンがユアンの名を出した事で、【魔弾の射手】の面々は目を見開いた。
「えっ、バラしちゃったんですか? 何で?」
レーナがそう問い掛けると、ユージンは平然と頷いて返事をしてみせた。
「彼等と一緒にスパイ連中と戦う為だよ。相手が普通のプレイヤーじゃないなら、遠慮は要らないしね。それに、ジン君には見破られていたらしいし」
「え、凄い……よく解ったなぁ、ジン君」
もしも相手がスパイではなく、普通のプレイヤーやギルドだった場合……その時は、ユージンは生産職としての立ち回りのみで参加したかもしれない。
しかし、相手はスパイ集団。人を騙し、裏切る事を平然と行う連中だ。そういった相手に対し、容赦は要らない……ユージンは、そう考えているらしい。
「お爺ちゃん、それじゃあもう変装はしないの?」
メイリアがそう問い掛けると、ユージンは彼女の頭を撫でて頷く。
「そうだねぇ、ヒゲはもう良いかもね。事ここに至っては、隠すメリットはもう無い」
そんなユージンとメイリアのやり取りを見ていて、ミモリとカノンは何度も気になっていた事を質問してみる事にした。
「あの……メイリアちゃんって、本当にユージンさんのお孫さんなんですか……? それにしては、ユージンさん若く見えるんですけど……」
「うん? メイは正真正銘、僕の孫だよ」
「どうも、孫です」
「は、はぁ……」
高校生にしか見えないメイリアと、よくて三十代前半くらいにしか見えないユージン。この二人が並んでいると、祖父と孫には見えない。せいぜいが親子、下手をしたら年の離れた兄妹と言われても信じられそうである。
「気になるかい? 企業秘密だが教えてあげよう……僕は、若作りしてるんだ」
「はぁ……」
ユージン節は、相変わらずであった。
次回投稿予定日:2022/2/10(本編)