14-21 幕間・十二月十六日(前)
「さて、それじゃあ話し合いだね」
そう言ってみせるのは、【聖光の騎士団】の参謀・ライデン。彼の隣にはギルバートが着席し、にこやかに微笑んで……いや、若干笑みが引き攣っている。
その原因は、目の前で向き合って座る面々であった。
「こうして会話するのは、久方振りか……第二回で俺の希望を聞き入れてくれた事、感謝する」
「いえ、こちらこそ。トッププレイヤーに挑んでみたいという、自分の考えもありましたからね」
堅い様子で会話を交わす、ヒイロとアーク。そう、【七色の橋】と【聖光の騎士団】のトップ同士の会話であった。
「こうしてもう一度、君達と会話する事が出来るのはありがたい申し出だった……最も、話の内容については別としてだが」
「でしょうね……俺としても、こんな形で再会したいとは思っていませんでしたから」
今回彼等が再び相見えたのは、友好関係を構築する事が主目的ではない。現在、AWOで起こっている騒動について話し合う為だ。
「スパイが、我がギルド内部に居る……その推測については、ギルバートとライデンから聞いている。しかし、それを鵜呑みにする訳にはいかない。メンバーに対する信頼……そしてギルドを率いる者としての責任が、俺にはある」
その言葉に、ヒイロの隣に座る少女……レンの表情に、僅かながら動きがあった。
――やはり、私が知っている頃のアークさんではない……。
レンがシオンと共に、最前線攻略のレイドパーティに参戦していた頃。その頃のアークは、付いて来られない者は置いていく……というスタンスの、実力至上主義と思わせる振る舞いだった。
強さのみを追求し、栄光のみを追い求める……その姿勢を否定はしないが、共感は出来ない……それもあってレンは、彼との間に線引きをしていたのだ。
――おーおー、やはりレンちゃんも気になってるかー。まぁ、だよねぇ。
対面に座るシルフィは、レンの内心をうっすらとだが察していた。だってこのアーク、ビフォーアフター激しいし。
ちなみにレンはヒイロにピッタリと寄り添うように座っており、二人の関係性は誰がどう見てもラブなあれだ。なので、シルフィは穏やかな気持ちでレンの様子を窺っている。
ちなみに何故こんなに他の女性を気にするのか、そして何故レンがアークに恋愛的な興味が無いのが解って心穏やかなのか……それは、シルフィ自身もまだ認識していない。まだ。
ともあれ、今はギルドの幹部同士の話し合いだ。
「【聖光の騎士団】を大切にする気持ちは、解ります。俺も、ギルドや仲間達が大切ですからね」
事を起こせば、後戻りは出来ない。場合によっては、ギルドや所属するメンバーに累が及ぶ可能性もある。それは、ヒイロも当然理解している。
「……それが解っていて尚、その話を俺達に切り出したと」
アークの考えでは、ギルド内のスパイは放置は出来ない。しかしあまり事を荒立てて、他のメンバーが疑いや非難を浴びる様な事態は避けたい。そう考えている。
アークの内心は、ヒイロとて理解している。自分でも、出来るならばそうしたかった。しかし、それが出来ない理由がある。
「えぇ、自己満足と解っています。でも、俺達にも大事な理由がちゃんとあるんですよ。どの道、俺達はあるプレイヤーの迷惑行為を止める。その時、彼の仲間達も無事では済まないでしょう」
その言葉から、アークはヒイロの内心を読もうと考えを巡らせる。
――そのプレイヤーの仲間が、俺達のギルドに潜入した者……か。つまり、俺達の中からスパイとして挙げられる者が出るのは確実……そういう事だろう。
確かにそうなると、【聖光の騎士団】は無関係ではなくなる。しかし、だからといって【七色の橋】の行動に加担する理由にはならない。
「ならばそちらが、その自己満足をやめれば良いのでは? それに我々が巻き込まれる謂れはないと思うがな」
ギルドと仲間の為に、慎重を期して穏便に……そう考えるのは、不思議ではないだろう。
「それは出来ません。通報対象のプレイヤーに俺達の仲間が脅され、現実で暴行まで受けている。早急に、そいつを止める必要がある」
そこまで断言するのだから、意志は固いのだろう。アークはそれを感じ取り、反論をすることを控えた。
もしも自分達の仲間が同じ状態になったら? アークも、同じ選択をするかもしれない……それに【七色の橋】が仲間との絆を重んじるギルドであるのは、アークも良く知っている。だからこそ、彼等に執着を抱いているのだから。
アークの様子を見て、ヒイロは更に言葉を続けた。
「そいつを通報する事で、他のギルドに潜入したスパイも連鎖的に炙り出される。そうなるとスパイに潜入されていたギルドの中から、動揺する人達は必ず出て来る。これを放置は出来ない」
その言葉に、今度はシルフィがヒイロに怪訝そうな顔を向ける。
「何故、【七色】が【聖光】を気にするんだい?」
シルフィの疑問に対し、ヒイロは真面目な表情でハッキリと答えた。
「ギルバートとライデンは、俺達の大事な友人……いや、親友です。二人が被害を受けるかもしれないのだから、当然でしょう」
「「……!?」」
ヒイロの言葉に驚いたのは、当の本人達。ギルバートとライデンが、ヒイロを驚きの視線で見ていた。
確かに最近は仲良くなって、昼食を共にしたりしている。ゲームの話もするし、情報交換もする。しかし彼に親友と言って貰えるほど、信頼を得ているとは思っていなかったのだ。
ヒイロは、こんな事で嘘を言ったりはしない。例えスパイ根絶の作戦の為でも、友情を偽ってダシにする様な男ではない。
つまりこれが彼の本音なのは、ギルバートとライデンにはよく分かった。
「……俺達は、ギルバートやライデンのついでか」
「言い方は悪いですが、そうですね」
アークが苦笑し、ヒイロにそんな事を嘯いた。それを肯定するヒイロの言葉に、アークは苦笑いを深める。
「そうか」
言葉だけならば不服そうに捉えられるかもしれないが、アークの表情がそれを否定する。
――アーク……あんた、どこか羨ましそうだねぇ。
今までに見せなかった、アークの表情。それを見たシルフィは、アークが羨望の感情を抱いていると思えた。その感情の矛先は、ギルバートとライデンに対してだ。
それはきっと自分よりも一足先に、【七色の橋】と友好関係を確立した事に対する羨望なのだろう。
そんなアークの内心を察している訳では無いが、ヒイロは自分の心の内を漏らす。
「ただ、どうなっても構わない人とは思っていない。特にアークさん、貴方はある意味別枠だ」
「……ほう?」
アークが内心を抑え、ヒイロに目を向ける。その時ヒイロは、アークに対して……ある想いを宿した視線を向けていた。
「今度は、俺が貴方に勝つ。その為にも、つまらない連中の行動で潰れて貰っては困る」
「……成程」
双方から感じ取れるのは、相手に対する戦意。そしてギルドを率いる者として、高みを目指す者としての存在感。妖刀の鎧武者と、聖剣の勇者……感じ取れる迫力は、互いに一歩も譲らないものだ。
――ふふっ、どうですかアークさん? これが、【七色の橋】のヒイロさんです。
――ハハッ、この歳で大したモンだよ。アーク、ここまで言われちゃあ答えは決まってるだろう?
自分の横と、対面。その両者を見守りながら、レンとシルフィはこの先の展開を察した。
アークがフッと口元を緩め、ヒイロに真正面から質問を投げる。
「それで、俺達に何をさせたい」
その視線を正面から受け止め、ヒイロはアークに向けてハッキリと要求を提示した。
「ちょっとした、お芝居に付き合って欲しい」
そこで、ここまで黙ってヒイロの側に控えていたレンが口を開く。
「お芝居の舞台が整っていても、役者が少なくては締まりません。特に、当事者がいなくては始まらないでしょう」
ここまでは、自分の恋人がアーク達をどう引き込むのか……レンは、それを見守っていた。いざという時は、自分が別の方向から囲い込むつもりでいた。その手段も内容も全て、想定した上でこの会談に参加した。
しかし、それは杞憂だったらしい。ヒイロはアークという男の本質を見抜き、彼が乗りやすい方向性で説得した。第二回イベント終了後の決闘、自分の敗北を材料にして。
ならば、ここからは具体的なプランについての話だ。これには、この場に居る全員が参加する必要がある。レンはそう考え、話を促す。
「運営には、企業として守らなければならない境界線があります。そうなると、運営が取れる措置は意外と限られるのです。VRMMOの様な、不特定多数を相手にする場合は、特に」
レンの言葉に、ライデンも乗っかる。
「そうか。運営がスパイを処分出来ても……証拠不十分で取り零しが出る可能性があるんだね?」
ライデンの言葉を聞いて、ギルバートも会話に参加し始めた。彼も、レンの意図を察したのだろう。
「つまりそれは、獅子身中の虫を抱えたままになる……か」
「はい。やるならば、根も残さずやらなければ」
その為に、一芝居打つ。つまり、そういう事である。
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一方、【森羅万象】のシンラとクロード。この二人も、アーサーとハルの仲介を経て【七色の橋】のメンバーと対峙していた。
「こうして落ち着いて話すのは、初めてね~」
「そうですね。今日はお時間を頂き、ありがとうございます」
「……ゴザル口調じゃないのね、残念~」
「こら、シンラ」
シンラとクロードの前に並んで座るのは、ジンとヒメノ。アーサーとハルによって、この会談の場がセッティングされたのだ。
「何か我々に、話があると聞いた。要件を伺おうか」
クロードが硬い口調でそう切り出すと、ジンはスッと視線を細めた。
一見すると、クロードの態度は厳しい姿勢だ。お前達には負けない、その隙を与えない……そう示しているようにも見える。
しかし、ジンはそうは捉えてはない。クロードは緊張している……ただそれだけなのだと、彼は感じている。
過去に似たような表情や態度をする、ライバル達もいた。陸上の大きな大会に出られるか否か、その結果発表の場で緊張する選手達……彼等は皆、自分は大丈夫だ、絶対にいけると己に言い聞かせる様にしていた。
今のクロードの目が、表情が、態度や纏う雰囲気が、それと重なるのだ。
「では、単刀直入に言わせて貰います。我々はスパイ行為をするプレイヤーを、利用規約違反や名誉毀損をした加害者として通報します。その人物は、僕達の仲間に暴力を振るった危険な人物です。なので、早く止める必要があると考えています」
ジンの切り出した話を聞いて、二人は視線を鋭いものに変えた。
「……あらあら、穏やかじゃ無いわね~」
「その加害者が、ウチのメンバーだとでも?」
シンラとクロードは、自分達が怪しいと睨んでいる人物……彼女がそんな軽率な事をするとは思えない。そうだとすれば、彼女以外にも? と考えた。
しかし、ジンはそれを否定した。
「僕達が考えている限りでは、違います。ですが加害者の仲間が、貴方達のギルドに居るのはほぼ間違いないかと」
その言葉は、予想の範囲内。しかしそれを、簡単に認める訳にはいかない。
「ほう、その証拠はあるのかな? 証拠の無い言い掛かりは、自分の首を絞める事になるが」
そうクロードが言うと、ジンは言い難そうな表情を浮かべ……しかし、ハッキリと答えてみせた。
「その根拠について、ある出来事が関わります。その出来事についてご本人に指摘するのは、今後の関係悪化の為に避けたいところですが……」
――本人に指摘する……やはり、その件か!!
「ふむ、私が何かしたような口振りだ。だが、さっきも言った様に……」
クロードがジンに反論しようとするが、それを止めたのは予想外の人物だった。
「姉ちゃん、やめろ。らしくねぇぞ」
弟からの、思わぬ言葉……これにはクロードも、言葉を止めざるを得なかった。
「こいつは、もう具体的な所まで気付いてる。姉ちゃんだって、それを理解してるんだろ? 後戻りできない所まで話が進んで、運営に確認なんてなったらどうなる? 解るだろ?」
現状では、クロードの行為は見逃されているか……または、把握されていないのどちらか。しかしここで事を荒立てれば、運営も対応をせざるを得なくなる。
そんな二人の様子に、ハルもクロードに声を掛ける。
「クロードさん。ジンさん達と話し合いをした時に、アーサーが言ってました。尊敬してるお姉ちゃんは、筋を通す格好いいお姉ちゃんなんだって」
「ハ、ハル! そういうのは、言わなくていいんだって!!」
ハルが明かしたアーサーの本心を聞き、クロードは黙って目を閉じてしまう。これ以上はジン達にも、アーサーにも不義理を働く……それを、痛いほど感じているからだろう。
「ジンさん、ヒメノさん。この前、お話で言っていた事は……」
「はい。【森羅万象】そのものに対して、何かしたいわけじゃないです。私達が阻止したいのは、スパイ行為をしている人達ですから」
「うむ……スパイ行為は、周りの人達を裏切る行為に他ならない。準決勝の件については、一切表に出さないつもりです」
ハルの言葉に、明確に答えるヒメノとジン……それを聞いたシンラは、この先の展開について思考を巡らせる。
――忍者君とお姫ちゃんが、かなりの所まで知っているのは間違い無い。そして、うちのメンバー……それも幹部にスパイ、または情報をリークした者がいる事も。でも、まだよ。私はギルマスとして、簡単に相手の下に座す気はない。幹部の誰が該当者か、そこまでは突き止めていないはず。その攻め口からなら、主導権を……。
そんな事を考えるシンラだが、ジンは切り口を変える事にした。
「ちなみに余談ですが、第二エリアボスの解放について……話を聞いても良いですか?」
「……っ!?」
――相手に主導権を渡さない為には、カードは可能な限り温存していつでも切れるようにしておく。心理戦や駆け引きの、常套手段だ。
ジンはシンラの考えを、見抜いていた。彼女は協力体制を確立する事に、否は無い……しかし、大規模ギルドとして主導権を相手に渡す訳にはいかない。それ故に、素直に認められないのだろうと。
しかしジン達は、相手を支配したいのではない。共に肩を並べて、スパイ達の暗躍を止めたい。それだけなのだ。上だの下だのには、興味が無い……いや、あってはならない。
――僕達は別々のギルドで、友好関係を結べても最終的にはライバル関係になる。そこにあるべきは対等な立ち位置であり、立場の上下なんて競い合う間柄の僕達には不要な概念なんだから。
時には協力し合い、時には競い合う。それが自分達の関係であるべき。それだけである。
「いえ、NPCから得られる情報を知っていまして。そこで、一つ答え合わせがしたいなと」
「成程ね~、今になっては公になってもいい情報だものね~」
既に、第三エリアは到達は達成された。それならば、情報を秘匿する意味は無い。
「そういう事です。それで……もしかして、モンスターを誘導して岩を破壊したんですか?」
「……えぇ、その通りよ~」
ジンはその返答に、鋭い目になる。それを見たシンラは、察した……あぁ、これはそういう事かと。
――恐らく、正規ルートではない方法……!! NPCから得られる攻略法は、モンスターを利用するものではなかった……!!
「ちなみに、それを見付け出した方はどなたですか? 幹部の方ですよね?」
それが、王手。シンラは数秒の沈黙の後に、深く息を吐いて両手を挙げた。降参……という事だろう。
ここで嘘を言っても、後でそれがバレる可能性が高い状況。黙秘したとして、それは都合が悪い事を隠すだけ……それはシンラの、ギルドマスターとしての矜持が許さない。
シンラに残された手段は……ジンの言葉を素直に認め、彼等との協力関係を確立してスパイに対応する事だ。それを、認めざるを得なかったのである。
「……意外だわ、忍者君。容赦無く、逃げ道を塞ぐタイプとは思わなかったもの」
「時と場合によります。今回の騒動だと、他のギルドにも悪意を撒き散らすプレイヤーが居ると思ったので」
「はい! それに友達が居るギルドなら、何とか力を合わせたいと思ったんです」
にこやかに微笑んでそう言うヒメノに、クロードは目を向けた。
「ふむ……友達?」
「はい、アーサーさんとハルさんです!」
何の打算も感じさせない、曇りない笑顔。その笑顔を見て、シンラとクロードは呆然としてしまった。
ちなみにアーサーは軽く目を見開いた後、照れ臭そうに視線を逸らしている。ハル? めっちゃ笑顔ですわ。
――もしかして、最初から普通に話をすれば良かったんじゃ……?
ようやく二人は、ジンとヒメノの本心を知った。単に仲間の為に、そして友人の為に行動を起こそうとしている。その言葉を、すんなりと受け入れる事が出来た。
そうなると、我を通しても無意味だろう。シンラはそう考え、本心からの笑みを浮かべる。
「ふぅん……ねぇ、忍者君とお姫ちゃん。私とも友達になってくれたりするのかな?」
「えぇ、喜んで!」
「勿論です♪ クロードさんもどうですか?」
そんな二人の反応に、クロードも兜を脱いで素の表情を浮かべる。
「……あぁ、それは良いね。是非、私もお願いしたいな」
それはサブマスター・クロードではなく、恩田実南波としての顔であった。
「うふふふ……まったく、良い意味でやりにくい子達だわ~♪ それで? NPCから手に入れられるという情報について、教えて貰えるのかな~?」
「えぇ、問題ありませんよ。東側第二エリアボスを開放する方法ですが、それは……」
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「ご無沙汰してます、お二人とも」
「どうも、本日はご足労頂いて……」
「固い挨拶は、止そうか」
「いつも通りの感じで構わないわよ、ハヤテ君、アイネちゃん」
ハヤテとアイネ……二人が対峙しているのは、【遥かなる旅路】を率いる夫婦。カイセンイクラドンとトロロゴハンの二人である。
礼儀正しく、頭を下げるハヤテとアイネ……そんな子供達に、ギルマス夫婦は苦笑して楽にする様に告げた。
「さて、早速だけど用件を聞こうかしら? お互い、イベントに向けて忙しい身だものね」
そう言うものの、トロロゴハンは内心ではじっくりと話す腹積もりだ。
――この二人がわざわざアポを取って来たのは、例の件……不正騒動の裏側の話のはず。恐らく他のメンバーも、別のギルドの対応をしているんでしょうね。
ギルドマスターであるヒイロ、サブマスターであるレン。そしてAWO中が注目する夫婦である、ジンとヒメノ。この二組が【聖光の騎士団】と【森羅万象】に対応しているであろう事を、トロロゴハンは見抜いていた。
最も彼女は、シオンがレンと共に居ると予想していた。なのでトロロゴハンの予想は、完璧では無い。とは言っても、今この場で話し合われる内容には何の支障もない。
トロロゴハンに先を促され、早速ハヤテは本題を切り出す事にした。
「んーと、結構言い難いんスけど……俺等の仲間が、あるプレイヤーに脅されたんスよ。スパイになれって。現実で、暴力まで振るわれて」
その言葉を聞き、カイセンイクラドンの表情が厳しいものになった。
「……本当なのか、それは」
「本当ッス。詳細は話せないッスけど、証拠もちゃんと押さえたッス」
カイセンイクラドンが怒りを滲ませているのは、彼が少しでも正しい人物であろうと努めているからだ。
完全な善人など居ないにしろ、少しでも善い自分でありたい。最愛の妻と、自分達に付いて来てくれる仲間達の為にも。だからこそギルドの内部にも、ギルド外にも目を配る。決して独善的にならない様に、常々意識しながら日々を過ごしているのだ。
そんなカイセンイクラドンにとって、脅迫や暴行は許しがたい行為だ。今すぐにでも、対応した方がいいのではないかと考えている。
「その仲間は、どうしているんだ? 怪我などは? 学生なら、教師に相談をしているのか?」
本気で、仲間の事を案じている……それがハヤテとアイネには、解った。
「本人は……結婚式の時に居た、マキナを覚えてるッスか? 彼が被害者ッス」
「マキナさんは、私達にまず相談してくれました。そして、私達は加害者には仲間がいる事に気付きました。その仲間は、他のギルドに入り込んでいる事も……」
ハヤテとアイネの言葉を聞いて、トロロゴハンが全てを理解した。
――その仲間が、あの子なんだろうね……。
「マキナ君か……ううむ、そうなると……」
「待った、アナタ。彼等の話はまだ終わりじゃない、そうでしょ?」
カイセンイクラドンは、ハヤテとアイネの話が「マキナが被害を受けた事に対する対応」への相談と捉えてしまった。しかし、トロロゴハンは既にこの先の話の予想が付いている。
トロロゴハンの様子を見て、ハヤテは頷いて応えた。
「マキナを傷付けた馬鹿野郎は、ゲーム内……特に第四回イベントでも、脅して来るはず。俺等がその現場を押さえて、通報するッス」
「ですが各ギルドには、彼の仲間が潜入している可能性が極めて高いんです」
AWOで各ギルドに潜入し、スパイ行為を行っているプレイヤー達。彼等の内、既にバンとグランの二人は運営によって処罰を受けている。既にこの時点で、カイト達の繋がりは運営が把握していてもおかしくない。
そしてトロロゴハンも、自分達のギルドに所属する人物……彼女の不自然な様子から、その可能性に行きついていた。
「運営がソイツの事を調べれば、その仲間達も同様に処罰を受ける。私達からしてみたら、ある日いきなり仲間が居なくなる……もしくは、犯罪プレイヤーに落とされるって事だね」
その事を想定していたトロロゴハンは、ハヤテとアイネの言いたい事をしっかりと理解していた。
トロロゴハンから、現実で彼女の事を聞かされていたカイセンイクラドン。彼も、その時が迫っている事を察した。
「……そうか。やはり、そうなるか……話は解った。それで君達は、俺達に何を求めている?」
カイセンイクラドンは、ハヤテとアイネの話を受け入れ……そして、協力する姿勢を見せた。そのアッサリした様子に、二人は目を丸くしてしまう。
「あの……そんな簡単に信じてしまって、良いんですか? いえ、それはまぁ、信じて欲しいんですけど……」
アイネがそう言うと、トロロゴハンが苦笑する。
「スパイの件については、私らも怪しいと思うメンバーが居てね。道を踏み外す前に、真っ当な道へ戻そうと思っていたんだけど……どうやら、無理みたいだね」
「あぁ……既に現実で暴力被害を受けているとなると、悠長な事を言っていられないだろう。それに……」
一度言葉を切って、カイセンイクラドンは真剣な表情で二人に向けて宣言する。
「仲間が過ちを犯しているなら、それを止めなければなるまい」
それは、彼がトロロゴハンと共に立ち上げたこのギルド……【遥かなる旅路】の理念だ。
その言葉を聞いたハヤテとアイネは、カイセンイクラドンという人物の信念を感じ取り……そして、ある事を考えた。無関係とまではいかないが、スパイ行為に関与していない人達にも最大限の配慮をしなければならない……と。
――マッキーの為にも、スパイ行為の阻止は絶対だ……でも、それだけじゃダメだな。
――せめて、この人達……そして、ギルドの人達が風評被害を受けない様にしないといけないわね。
既に周知されている情報によると、今回のイベントでは参戦しないプレイヤーも観戦エリアでイベントの様子を見る事が出来る。
今回の作戦に協力してくれるギルドが、自分達の懐に潜り込んだスパイを問い詰める姿を観客が見たらどう感じるだろうか。事情を理解していないプレイヤーからしたら、疑念を感じさせるかもしれない。
しかし、拠点の建物内ならどうだろうか。寝食が必要になる今回のイベントならば、拠点内はプライベートエリアとなるのではないか?
――そこなら、不特定多数のプレイヤーに目撃される事は無い……かもしれない。ダメもとでイベント開始後に、運営に質問メッセでも送ってみるか。
そんなハヤテの推測が正しい事は、イベントが始まった直後に判明するのだった。
次回投稿予定日:2022/2/5(本編)