14-21 舞台が整いました
「こっちだ! 追え!」
ギルド【遥かなる旅路】のギルドマスター・カイセンイクラドン。彼の号令を受けて、ギルドメンバー達が全力で走る。
その視線の先には、木の上を走るローブ姿のプレイヤーがいた。
先を読んで弓や魔法で攻撃するも、そのプレイヤーに中々当たらない。攻撃が当たると確信した時など、枝を鉄棒代わりにして一回転してみせたのだ。そして、その反動で別の枝に渡るという芸当。驚きの身のこなしである。
追跡するメンバー達は、そのローブ姿のプレイヤーはある人物ではないかと考えていた。
あれだけの速さ、そして身のこなし。それが出来そうなプレイヤーといえば、あの忍者ムーブの少年だ。
しかし、その予想はあっさりと否定された。ローブが風で捲れて、足元が顕になったのだ。
「……スカート!?」
「生足っ!!」
「パンチラは……くそっ、無いかっ!!」
ロビンとウィンフィールド・ゼノンがそんな声を上げると、女性陣から冷めた視線が向けられる。男の本能みたいなものなのだが、それでもダメらしい。特に最後のゼノンの欲望に忠実な一言は。
むしろ最初のロビンの驚きは、純粋に忍者な彼のズボンが見えると思ったが故の驚きだったのだが……ウィンフィールドとゼノンのせいで、同類に思われてしまう事態に。切ない。
「しかし、だとすると女性か……彼かと思ったんだけどな……」
タイチの呟きに、ルシアも同じ事を考えていた。あれだけの動きをするプレイヤーなど、数える程しかいない。そして、前を走るプレイヤー……その速さは、あの忍者を思わせる。
女性という事は、彼のPACの可能性も考えた。だが、そこまで高度な作戦行動をAIが遂行できるとは思えない。
それに彼ではないという事について、納得出来る部分もあった。
――彼は、どうあっても目立つものね……それはもう。間違いなく隠密行動には、向いていないわ……。
ルシアがそう感じるのも、不思議では無い。普段のジンは走っている所を目撃されたり、掲示板等で話題になったりしているのだから。
なのでジンは忍者ムーブをしているけれども、全然忍んでないと思われている。それは、AWOのプレイヤー大半の共通見解だったりするのだ。
ルシアは、そして多くのプレイヤーは知らない……彼は、必要な時には忍らしく忍ぶ事を。
何故、そんな事になったのか? 本気で忍んでいるジンを、彼等が補足出来た事が無いから。この一言に尽きる。
************************************************************
「さて、それじゃあ行きましょうか」
黒髪の女性がそう言うと、周囲のメンバー達が頷いて立ち上がる。それぞれの手には、無骨な銃が握られている。
「完全超悪の時間です!」
「それを言うなら、勧善懲悪だよ」
「もう、それだけだとただの極悪人じゃない」
……
「さぁて、そろそろ行きますかねっと」
そう言って、ギルド拠点から歩き出した青年。しかし、次の瞬間にその歩みを止める。彼の耳に届いたのは、鎧と鎧が擦れ合う音だった。
「おや……やる気じゃん?」
青年の声に応えるのは、苦笑混じりの笑い声だ。
「仲間外れにされるのは、寂しい事だろう?」
「ハハッ、違いない」
そして、二人は並んで歩き出した。
……
夜風を楽しむかの様に、一人の女性がフィールドを歩いていく。月明かりが照らすその白銀の装束と鎧は、夜闇になど呑まれないと言わんばかりに幻想的な輝きを放っていた。
離れた場所で繰り広げられる、追跡の騒々しさとは打って変わった静寂。何も知らない者が見れば、なかなか寝付けない美女が夜の散歩を楽しんでいるかの様な雰囲気。
蒼いロングヘアを揺らしながら、彼女は歩いていく……内心で、ようやく彼の驚いた顔が見られるだろうと期待しながら。
************************************************************
一方、追跡劇は他のギルドでも行われている。【聖光の騎士団】や【森羅万象】……そして、また一つのギルドでも。
「ゼクス、追い付けるか!?」
「急いじゃいるが、厳しいぜ……!!」
【桃園の誓い】もまた、ギルドクリスタルを奪取されていた。こちらも休息時間で全員が揃っていた為、ギルドメンバー総動員で追跡をしている。
――ギルドクリスタル、必ず取り戻す……!!
ドラグも必死で、逃走している侵入者を追う。彼はこの時、すっかり自分が【禁断の果実】のスパイである事を忘れていた。
しかし逃走する侵入者の素早さは相当なもので、ゼクスまでもが一歩劣っているのだ。
当の逃走中のプレイヤーは、口元を歪めていた。それは苦し気なものではなく、むしろ逆だ。
本来ならば、自分はここまでのAGIを保有していない。しかしある人物から提供された装備と、料理バフでAGIを底上げしている。その甲斐あって、ゼクスをも上回るAGIを発揮しているのだ。
――サイッコーだわ!! こんな凄いアクセサリーを作れるなんて、流石が過ぎるわ!! お料理も、美味しゅうございました……!!
トップギルドの面々から逃げ果す為には、AGIの底上げが必要だった。そんな中、ある人物が快く自作した装備をプレゼントしてくれたのだ。快く……ちょっと、苦笑気味で。
更に、彼の所属するギルドメンバーから提供されたのは料理だ。これもまた、AGI強化のバフ性能を宿したものだった。その効力もさる事ながら、味も良くて最高であったのは記憶に新しい。
彼女がそんな事を考えていると、自分に向けて矢が飛んできた。彼女はそれを割と本気で躱して、体勢を立て直す。
「ふぉ……っ!? やばやばっ……気を抜いてる場合じゃないや……!!」
相手は、最前線クラスのプレイヤー集団。そんな面々を相手にしているのだ、集中しなくてはならない。
「風になるよっ!!」
彼女は目的地に向けて、更に加速。しかし、【桃園の誓い】が自分を見失わない様に……速度を調整しながら、走り続けるのだった。
************************************************************
そんな逃走劇が繰り広げられている事は露知らず、カイトは自分の指示通りに単身やって来たマキナを見てニヤついていた。
カイトがマキナに待つ様に伝えた場所は、既に脱落したギルド……【宴】の拠点である。
待ち合わせは、拠点の中心となる建物内だ。【宴】は生産職が多いギルドであり、拠点の強化は高レベル。広さも申し分無い。
この中であれば、観戦エリアのプレイヤーには会話も行動も目撃されはしない。迂闊な行動が多いカイトだが、それを考える程度には頭が回るらしい。
視線を右往左往させているマキナに、カイトは要求を告げる。
「ギルドクリスタルを持って来たんだろ? こっちに寄越せよ」
乱暴な態度のカイトの言葉に、マキナは顔を歪める。しかしながら、震える手でシステム・ウィンドウを操作し……収納してあったモノを取り出す。その結晶体は、確かにギルドクリスタル。自分の指示通り、それを持って来たマキナ……彼が自分の制御下にある事を、確信したのだった。
「それで良いんだよ。ほら、寄越せ」
そう言われて、マキナは躊躇いの表情を浮かべる。それを見たカイトは、マキナに向けて歩き出した。
「あのよ、お前自分の立場解ってるか? お前は俺の手駒なんだよ。それとも、あの事についてバラされたいか? 良いぜ、お望み通りバラしてやってもよ」
「そ、それは……っ!!」
カイトは刀を抜き、その切っ先をギルドクリスタルではなくマキナに向ける。
「可愛い可愛いネオンちゃんに、バラされたくないよなぁ? 嫌われたくないよなぁ、イジメられっ子のクソモヤシだなんてバレたくないよなぁ? 自分がギルドの情報を漏洩させた裏切り者だって、バラされたくないよなぁ!?」
徐々に語気を荒げていくカイト。その心ない言葉に、マキナの表情が強張る。それを見て、カイトは顔に愉悦の笑みを浮かべている。
「同じクラスのよしみで、俺は黙ってやっているんだぜ? 感謝して欲しいもんだ。なぁ、マキナ。ギルドの奴らに、裏切り者ってバレたくないよな? なら、大人しく俺の言う事を聞いてくれるよなぁ!? あぁ!? 名井家!!」
そんなカイトの言葉に、マキナは苦しそうな表情を浮かべ……そして、ギルドクリスタルを彼に差し出した。
「それで良いんだよ……ったく、余計な手間をかけさせるなよな」
そう言ってカイトは、ギルドクリスタルを片手で掴み取る。次の瞬間、それを頭上に放り投げてみせた。
「【一閃】!!」
渾身の一振りを、自由落下してくるギルドクリスタルに向けて放つ。それを受けて、クリスタルは粉々に砕け散った。
「くくっ……ご苦労さん。それじゃあ……もうちょっと付き合えよ!!」
ギルドクリスタルを破壊して尚、カイトの悪意がマキナを襲う。カイトは刀を振るい、マキナに襲い掛かったのだ。
マキナはカイトの攻撃を、短槍で凌ぎながら声を上げる。
「な、何で……!! クリスタルは、渡したのに……!!」
「黙れよ、木偶の坊!! テメェ、【七色】の連中が雑魚ギルドを襲撃しているのを黙ってやがったな!!」
「それは……っ!! 主力メンバーを分散させろって、言うから……!! 言う通りに……!!」
「口答えすんな、クズがっ!!」
カイトの振るう刀を、短槍で受け流すマキナ。しかし、それで精一杯……という表情だ。カイトはそのまま、マキナを攻め立てていく。
――攻撃されるのが怖いのは、相変わらずか……雑魚がっ!!
マキナはモンスター相手ならば、良い動きができる。しかしプレイヤーや人型のモンスター、NPC相手ではそうはいかない。
イジメによるトラウマが、彼を竦み上がらせるのだ。それを、カイトは知っていた。それを知っていて、利用した。
全ては、自分の心を満たす為だ。ギルド【天使の抱擁】で上手くいっていない鬱憤を、マキナを痛め付ける事で晴らす。
彼の心に恐怖心を植え付けて、自分に逆らわない様に調教する。自分の利益の為に、思い通りの操り人形に仕立て上げる。
ついでに【七色の橋】のギルドポイントも減らせるし、一石二鳥だ。
そう考えていたカイトだが、これがマキナの……マキナ達の作戦通りだと気付いていなかった。
「マッキー、もう良いよ」
「……っ!?」
唐突に、誰も居ないはずの拠点内で声がした。自分とマキナ以外の、第三者の声が。
「……【一閃】」
これまで防戦一方だったマキナが、まるで別人の様な顔付きで踏み込んで来る。カイトの右腕と左足を、左右それぞれの槍で突いて動作を阻害する。
「テ、メェ……ッ!!」
こういった輩に、一番効くのは? ここ一番でその性能を発揮する、あれである。
「【ハイジャンプ】!!」
自分の腹に、衝撃が走るのを感じたカイト。その瞬間、鮮やかな紫色の布がヒラリと翻るのが視界の隅に入った。
勢い良く吹き飛ばされたカイトの身体が、廃拠点の壁に叩き付けられる。
「な……っ……ん、で……」
壁からずり落ちて、地面にうつ伏せに倒れるカイト。何が起きたのか、理解が及ばない……そんなカイトの頭の中は、怒りと驚愕と屈辱と困惑でごちゃ混ぜだ。
静まり返った廃拠点内に、床板が軋む音……そして、複数名の靴音が聞こえる。
「これは驚いたな。マキナを探しに来たら、こんな場面に出くわすとはな」
「えぇ、本当に驚きました……まさか、私達の仲間が脅迫されていただなんて」
廃拠点の窓から射し込む、月明かりが照らす二人の人物。鎧武者と巫女令嬢の声が、カイトの鼓膜を刺激する。揶揄するような口調と内容が、カイトの自尊心を厳しく抉る。
――何故? 何故、こいつらが居る?
続けて月光が照らすのは、二人に並ぶように歩み寄った和風メイド。
「咄嗟の判断ですが、先程の貴方の行いは全て動画で記録致しました。そして今、通報致しました」
――通報? 誰が、誰を? ふざけるな、有り得ない、許せない、許さない……!!
怒りに顔を歪めて、身体を起こす。廃拠点の方を見れば、そこには和装のプレイヤー達が並び立つ姿。
「あれ、皆どうしたの? いやぁ、恥ずかしい所を見られちゃったなぁ」
恐怖に震える、臆病なクラスメイトの姿を予想していた。しかし彼は、自分の足で立ち、自分の言葉で仲間達に接している。まるで、自分の知っているマキナ……名井家拓真ではない、そんな感想を抱いてしまう。
「そ、そいつは! お前らを裏切っていたんだぞ! そんな奴の味方をするのか、お前ら!」
彼等を動揺させようと、カイトは声を荒らげる。そんなカイトの様子に、暁の銃使いが鼻を鳴らす。
「ん? あぁその事? 全部マッキーから聞いて、謝罪も貰っているッスよ? その上で、俺らはマッキーを受け入れたんスから」
「えぇ、それはもう、全てですね。大規模PKの事も、どこぞのクラスメイトの事もです」
侍少女の言葉に、カイトは察した……マキナは本当に、全てを打ち明けたのだと。
このままではまずい……そう思うが、何も案が浮かばない。どうする? どうしよう? どうすればいい?
このままでは、自分は重犯罪者プレイヤーだ。アンジェリカの側に、そんな人間がいる事を他の連中が良しとするか? しないだろう。むしろ、喜んでカイトを排斥するに違いない。
アンジェリカはどう思うだろうか? 全て、アンジェリカの為だと言えば許されるか? いや、許されない。
何故なら、自分が拓真にした”ある行為”……それはアンジェリカが、特に嫌う行為なのだ。たからこそアレク達にも、マキナを手駒にした事を隠していたのだ。
このまま逃げても、何も変わらない。かといって、勢揃いした【七色の橋】を相手に勝てるとは思っていない。
第一通報済みという事は、運営が既に対応を開始している。先程の会話だけで、カイトがマキナを脅していたのは確定だ。更に自分は”名井家”と、彼の現実の名字を口にしていた気がする。
自分は既に、八方塞がりなのだ。どうすれば良いのか、解らない。誰でも良いから、手を貸して欲しかった。
その願いは、ある意味で叶えられる。
……
騒がしい物音と声が、遠くから聞こえる。それが徐々に近付いて来た所で、廃拠点に飛び込んで来たのは一人の青年。
「これはこれは、頭領様。このコタロウ、こんな所でお会いできるとは思っておりませんでした」
姿を隠す為に身に纏っていたローブを脱ぎ捨て、【忍者ふぁんくらぶ】副会長のコタロウが跪く。
するとその後を追って来た【聖光の騎士団】のメンバー……その半分程が、拠点内に突入して来た。残る半分は、拠点の周囲を包囲し始めているのだろう。
「【七色の橋】……!?」
「まさか俺達のギルドクリスタルを盗ませたのは、あいつら……!?」
「な、何が正々堂々だ! やっぱり汚い真似をしていたんじゃないか!!」
ジン達の姿を目の当たりにして、怒りの声を上げる【聖光の騎士団】の面々。しかし、その中の一人……アレクは、それどころでは無かった。
――カイト!? な、何をしているんだ、このクソガキ……!! まさか、アンジェの気を引こうと、独断で何かやらかして……!!
おおよその事情を、瞬時に予想したアレク。この状態に至っては、カイトを庇いだてする事は不可能だ。
カイトの視界に入らぬ様に注意しながら、アレクは息を潜める事にした。追い詰めれたカイトが、自分を巻き添えにする可能性は大いに有り得る……そう思ったからだ。
そんな中、別の方向から声と音が聞こえてくる。そして、またも拠点内に飛び込んで来たプレイヤー……今度は、若い少女だった。更にそれを追って、十数名の集団が拠点内に踏み込んだ。
「……あれは、【桃園】か」
アークがそう言う内に、一人の少女がコタロウの横に並んだ。
「頭領様ではありませんか! このココロ、お会い出来て嬉しいです!」
それを追って来た【桃園の誓い】は、【聖光の騎士団】の様に少し距離を取った場所で立ち止まる。
「お、おい……!! まさか【七色の橋】の仕業か!?」
「それに、【聖光】……どうなっているのかしら……」
レオンとマールが、信じられないといった顔を浮かべる横で、ドラグはカイトに気付いて悪寒を感じる。
――何だ? 何が起きている? カイト、何をしているんだ? アレク、お前は何か知っているのか……?
しかし、混乱はここから加速する。同時に複数の方向から、廃拠点に飛び込んでくるプレイヤー達。それは同じ様に【忍者ふぁんくらぶ】の面々と、それを追うギルドが姿を見せたのだ。問題は、そのラインナップである。
「な……っ!? あれ、【白狼の集い】か!?」
「あっちからは、【森羅万象】が……!!」
「おい、【遥かなる旅路】まで……!!」
そこへ更に、銃を装備したプレイヤー達が姿を見せた。
「あら、皆さんお揃いで……これから、パーティーでも始まるのかしら?」
雰囲気を察してか、それとも素なのか。ジェミーはそんな事を口にして、各ギルドの様子を窺う。どことなく楽しげなのは、気のせいか?
その間に【忍者ふぁんくらぶ】のメンバーがジンの前に並び跪く。
「えーと、跪くのを止めて貰いたいでゴザルが……」
「しばしお待ちを、まだ会長が到着しておりませんので」
「えぇぇ……」
「何遊んでやがるんだ、あいつら……!!」
「もう良い、【七色の橋】ごと……!!」
「ギルドクリスタルを返して貰うぞ……!!」
複数のギルドのメンバーに、敵意を向けられる【忍者ふぁんくらぶ】の面々。しかしながら、彼等は平然としていた。
「クリスタル? なんの事かしら?」
そう言うイズナに、クリスタルを盗まれた【森羅万象】の面々が駆け寄ろうとし……立ち止まらされたのだ。
「ク、クロードさん!?」
「何故止めるんすか!? 早く、ギルドクリスタルを取り返さねぇと!!」
仲間達の言葉に、クロードはバツの悪そうな顔を浮かべてしまう。
「済まんな、実は今思い出したのだが……私とした事が、寝惚けていたようだ」
そう言うとクロードは、システム・ウィンドウを操作してあるアイテムを取り出した。
「盗まれたというのは、誤解だった。寝惚けた私が、収納していたらしい」
その手には、ギルドクリスタルが光を放っていた。そんなクロードの言葉を耳にして、誰もが一斉に思う……。
――嘘だッ!!
しかし、それはクロードだけではなかった。
「あ、いけない……そう言えば、僕も疲れて寝惚けていたみたいだ。ちゃんと僕が持っていたよ、ギルドクリスタル」
そう言って、ライデンもギルドクリスタルを掲げる。彼はそれを、最前に立つアークへと手渡した。
「疲れていたならば仕方がない」
「うむ、ライデンに頼り切りなのは自覚しているからね」
「ライデンには苦労を掛けてるからねぇ」
一斉にライデンを擁護する、アーク・ギルバート・シルフィ。その棒読み具合で、仲間達も悟った……これ、確信犯だと。
「あら、そう言えば私も……」
「あぁ、俺もよくよく考えたら……」
便乗するかの様に、ギルドクリスタルを取り出すトロロゴハンとヒューズ。
つまり【忍者ふぁんくらぶ】は、ただ見つかって逃げただけ。つまりはそういう事だ。
カイトは思考が定まらないまま、その様子を見ているが……そこで、違和感に気付いた。
クロード達の持つギルドクリスタルは光を放ち輝いているが、先程破壊した【七色の橋】のギルドクリスタルは光を放ってはいなかったのだ。
しかし今はそれどころでは無いし、それについて問い質す程の余裕は無い。
「あぁそう言えば、ギルドクリスタルで思い出した」
そんな事を言いながら、一人の男性が拠点の奥……暗闇の中から、姿を表した。
「ユ、ユージン……!?」
甚平姿のユージンに、集まったプレイヤー達の注目が集まる。更にその背後には、リリィ・クベラ・コヨミの姿もある。
彼等はジン達が決着を付ける為に出立するその時、自分達も一緒に行くと名乗りを上げた。ジン達としては拠点で待っていて欲しかったのだが、決意は固かったのだ。
「な、何だと……!?」
「リリィちゃんが、和装に……!?」
「あいつ、クベラ……商人プレイヤーの、クベラってヤツじゃないか……?」
「あの娘、どこかで見覚えがある様な……」
「コヨミだよ、配信者の!!」
ザワザワとどよめくプレイヤー達。しかし、ユージン達は堂々とした様子である。
「ユージンさん、何かありました?」
ヒビキが問い掛けると、ユージンは一つ頷いて話し始める。
「イベント終了後に、調度品として販売を考えていたギルドクリスタルのイミテーション……その試作品が、無くなっていてね? 誰か、覚えは無いかな?」
模造品……その言葉を聞いて、カイトはようやく理解した。自分が破壊したのは、ユージンが製作した偽物のギルドクリスタルだったのではないか? と。
「もしかして、そこの床に散らばっているやつかなぁ?」
「そこのカイトという人が、マキナさんから奪って破壊していましたね。それはもう、口汚く罵りながら」
「あぁ、いけない……もしかして、本物のギルドクリスタルと間違えてしまったかな?」
センヤとネオン、マキナの白々しさを感じさせる会話。
その内容から、集まったギルドの面々は何があったのか察した。同時に、【七色の橋】が何を目論んでいるのかを理解した。
主要ギルドが集まったこの場で、カイトを成敗する……主要ギルドのトップ達は、それを了承して茶番に付き合っている。そういう事なのだろう、と。
事はそこまで、単純なものではないのだが……現時点での判断材料では、そう思っても仕方があるまい。
そこへ更に、一人のプレイヤーが駆け込んで来る。彼女は、ギルドクリスタルを抱えていた。
「これはこれは、頭領様。どうなさったのですか、この顔ぶれは」
わざとらしく、偶然ここに来たと匂わせる女性……彼女こそ【忍者ふぁんくらぶ】会長を務める、実力派のプレイヤーであるアヤメであった。
その顔を見て、【聖光の騎士団】のメンバーが声を上げた。
「な……レイチェル!? アンタ、何でそんな格好を……!!」
かつての名を呼ばれたので、アヤメはそのプレイヤーに視線を向けて首を横に振る。
「久し振りだ、元気だったかな? それと、レイチェルの名は捨てたのだ……今の私は、【忍者ふぁんくらぶ】会長のアヤメ。頭領様が直々に名付けて下さった、この名で呼んで貰いたい」
「え? あ、はい」
そこへ駈け込んで来たのは、とあるギルドのプレイヤー達。そのギルドの姿を見て、カイトはまずいと慌て始める。
しかし、隠れる事などとうに適わず。彼が所属するギルド【天使の抱擁】の面々が、この場へと現れた。
「……どうしたの、カイト」
「お前、何を……!? まさか、何か……」
前に出て、カイトに声を掛けるアンジェリカ。そして彼女に並んだジェイクが、声を荒らげる。
同時にハイド達が武器を構え、アヤメに向けて叫ぶ。
「ギルドクリスタルを、返して貰うぞ!!」
そんな戦意溢れる言葉に、アヤメは「あぁ……」と返してギルドクリスタルを掲げた。
「うむ、お返ししよう。いやなに、お陰で良い鍛錬になった。礼を言わせて貰おう」
「……は?」
アヤメはその俊敏性を生かし、一息にハイドの前に移動してみせる。その速さに、ハイドは目を剥いて呆然と立ち尽くしてしまう。
「貴殿の指示出し、実に見事だった。私は鍛錬が趣味でな、こうしてたまに追いかけっこがしたくなるのだ……折角のイベントだしな」
嘘を吐け!! と言いたいが、今の素早さで攻撃されたらどうなるのか。それが解らないほど、ハイドは弱くない。
アヤメはアンジェリカに歩み寄り、ギルドクリスタルを差し出す。
「では、お返ししよう」
「……? うん、じゃあ返して貰うね」
アンジェリカがギルドクリスタルを受け取った瞬間、ジェイクが一歩踏み出してアヤメを攻撃しようとする……が、その時すでにアヤメは飛び退っていた。バック宙を織り交ぜて、【忍者ふぁんくらぶ】の面々が居る場所に着地。その動きはあまりにも見事過ぎて、誰もが呆然と見つめる事しかできない。
「アヤメさん、凄いでゴザルな。拙者も出来るでござろうか……」
「出来ます。頭領様なら、絶対に出来ますとも。あと、アヤメと呼び捨てでお呼び下さい」
「うん、無理です」
そんな気の抜けた会話が交わされるが、空気が弛緩する事は無い。逆にこの異様な雰囲気に、そして集まったメンバーに、緊張感は高まっていく。
「一体、何がどうなっているっていうんだ!! 説明しろ!!」
ヒステリックにジェイクが叫ぶと、マキナが一歩前に出て口元を歪めた。
「なに、ちょっと僕が彼に脅迫されていた……それだけの事ですよ」
その言葉を耳にして、ジェイクが……そしてアレクが、エレナ・ルシア・ドラグが目を見開く。そして、集まった面々の視線がカイトに集中する。
居心地の悪い空気が流れる中、一人の女性が口を開いた。
「カイト……どういう事?」
天使の言葉に、カイトは顔面を蒼白にし……そして、立ち上がった。
次回投稿予定日:2022/2/2(幕間)