14-15 幕間・最前線を征く者達
夕暮れ時になり、ジン達が拠点に帰還し始めたその頃。【遥かなる旅路】のギルド拠点では、攻め込んできたギルドとの戦闘が激化していた。
この場に居ないのは、二組の襲撃チーム。タイチ・ルシア・オヴェールの率いる班と、トロロゴハン・ロビン・ゼノン・ウィンフィールドが率いる班だ。
そうなると、拠点防衛を担当するのはあの男である。
「邪魔だ、どけぇっ!!」
襲撃者がそう叫びながら剣を振り上げるが、それに対して厳しい風体の男は動じずに返す。
「どかしてみせろ、少年!! フンッ!!」
前に踏み込み、同時に左手の盾を突き出してみせる男。それにより、襲撃者は剣を振るう動作を阻害された。
「【ヘビースラッシュ】!!」
そして右手に握った長剣を振るうと同時に、盾をずらす。視界を奪いつつ、動きを阻害してみせるその手腕。流れる様な動作で繰り出されたそれにより、襲撃者はHPを儚く散らす。
「く、そぉ……! 強い……美味そうな名前のくせに……!」
「褒め言葉として受け取っておこう」
負け惜しみをサラリと受け流し、男……カイセンイクラドンは、戦闘中の仲間に視線を向けた。
仲間達は必死に襲撃者と戦い、侵攻を食い止めている。しかし優勢とは言えず、数の暴力に押され気味だ。
ならば、自分の力で押し返すまで。それが出来るだけの実力を、彼は持ち合わせている。そして何より、彼等は自分のギルドメンバー。ならば守るのは、自分の役割だ。
「誰一人、落とさせん!!」
そう言って彼は駆け出し、仲間の援護に向かった。その姿から感じられるのは、安心感……そして、頼もしさだ。だからこそ、カイセンイクラドンはギルド内外から慕われるのだろう。
「うわぁ、カイさん……流石だな!!」
茶髪のスポーツマンっぽい長槍使いの青年、マックス。彼がそう言うと、クロスボウを構える桃色の髪の女性が頷いた。
「そうね、トロ姉さんが惚れる訳だわ」
彼女はランラン、マックスの相棒である。二人は同じ大学の友人であり、一緒にAWOを始めた間柄なのだ。しかし何故か互いに特別な感情を抱けず、恋愛関係には発展しない。
この二人も、【遥かなる旅路】の幹部メンバー。第二回イベントに参加してはいたものの、出番を得られなかったプレイヤーである。
「よそ見してる暇があんのかぁ!?」
死角から短剣を振り上げて迫る襲撃者に、マックスは苦笑する。
「もちろん、お前がこっちを見ていたのは知っていたからな」
そう言うと、マックスは槍を横に薙いで短剣使いを牽制する。短剣使いはそれを避け、身を屈めた。
「そういう事よ、お兄さん」
身を屈めた隙を見逃さず、ランランはクロスボウから矢を射る。それを受けた短剣使いがバランスを崩したところへ……。
「【スティングスラスト】!!」
マックスによる、突撃槍。これで、HPはゼロだ。抜群のコンビネーションで、二人はあっさりと短剣使いを下してみせたのだった。
「ギルドポイントも、順調に稼げているわね。もう3000を超えて、3470だわ」
「おう! 今回は、大規模さん達に勝てるといいな!」
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「やられてたまるかぁぁぁっ!!」
メイスを握り締めて、振り下ろす男性プレイヤー。その軌道上に居るのは、一人の可憐な少女だ。傍から見たら、事件現場だろう。
しかしこれはそういうイベントだし、何よりそれでも足りない。
「よっと」
金属で金属を打ち付ける、激しい音。それは少女が持つ大盾によって、メイスの一撃が防がれた事を意味する。しかも、軽々と。
無理もない……何せ、相手はVIT極振りの人間要塞……【森羅万象】のハルなのだから。
「くそっ、やっぱり硬い……!!」
「はいはい、そこまでだよー」
更に攻撃しようとメイスを振り上げた男に、ゆるーい口調で聖女シアが杖を向ける。
「【セラフィムビット】」
撃ち出された光の球体が男に纏わりつき、そのHPを傷付ける。男はその事に気を取られ、目の前の少女への注意を疎かにしてしまった。
「じゃあ、今度はこっちの番! 【リヴェンジ】!!」
盾で受けたダメージを、纏めて相手に与える装備スキル。場合によっては、ゲーム内で最高の威力を叩き出す事が可能である。
「ぬおぁっ!?」
盾による殴打は、ただの通常攻撃だ。武技ではない。しかしその一撃には、男……【ハーディス】のHPを全て散らすだけの威力を秘めていた。
「よし、【クルセイダー】のギルマスが落ちたぞ!!」
「一気に、決着を……付けよう」
眼鏡を掛けた短槍使い・ラグナと、鎖を従えた魔法職・ナイルが呼び掛ける。それに応えるのは、ギルドのエースだ。
「あぁ! アイテル、任せた!」
「お任せを! おはようからおやすみまで、揺りかごから墓場までアーサーさんをお守りします!」
「そ、そこまで?」
困惑しつつも、アーサーはその俊敏性を駆使して駆け出した。それを止めようと、【クルセイダー・オブ・レジェンド】のメンバーが武器を構えるが……アーサーの動きを捉える事適わない。
「【スパイラルショット】!!」
更にそこへ、アイテルが放つ矢が襲い掛かる。
「あっぶね!?……はっ!! しまっ……」
「【ホーミング】」
避けたはずの矢が、軌道を変えて再び襲い掛かる。同時にアーサーがプレイヤー【トーリ】を斬り付け、彼の回避行動を止めてみせた。
アイテルの矢がトーリのアバターに突き刺さり、そのHPを抉り取る。
その時既に、アーサーは次の標的に向けて急加速。愛用の剣≪征伐者の直剣≫を振るった。
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「情報と違う……!! 【七色の橋】を攻めて、手薄になっているんじゃなかったのかよ!!」
悲鳴じみた声を上げたのは、【天使の抱擁】に所属するプレイヤーだ。彼は【七色の橋】襲撃で手薄になっている、大規模ギルドを攻めるという役割を与えられた。
そんな総勢二十名の襲撃チームは、絶望の淵に立たされていた。
「ふむ、君達は中々に勇敢だ。この【聖光の騎士団】に、その程度の人数で攻め込んで来るとはね」
そう告げるのは、【聖光の騎士団】が誇る名参謀・ライデンだ。
ライデンの前に陣形を組んで展開するのは、第二回イベントでも活躍した面々が中心。【天使の抱擁】の面々も、嫌と言う程見覚えがある。
「さて、それじゃあご挨拶だ」
ベイルが投擲したのは、≪ポイズンポーション≫。【天使の抱擁】の後方に投げられたそれは、地面で割れて毒の水溜まりを作る。
それはシルフィの【ベルセルク】の為であると同時に、彼等の退路を断つ為だ。その狙い澄ましたデバフ設置を見た【天使の抱擁】の面々は、”逃がさない”という意思を感じ取る。
「では始めよう、【天使の抱擁】。新たな大規模ギルドの力を、我々に見せてくれ」
ライデンの開戦を告げる言葉を受けて、クルスが盾を構えて歩き出す。同時にシルフィとホープを筆頭とする敏捷性の高いメンバーが、【天使の抱擁】の左右へ向けて疾走した。
「さぁ、折角のイベントだ!! 存分に戦おうじゃないか!!」
「ひっ、バーサーカーが……!!」
「いざ、尋常に……参ります」
「あ、あの美人!! 刀だ、刀を持っているぞ!!」
戦闘態勢を整えつつも、彼等は焦りで視野狭窄に陥っていく。
「何だか、弱い者いじめをしているみたいだなぁ」
「そう言わないでくれ、ベイル。攻めて来た相手に手心を加えるのは、逆に失礼だ」
アーク率いる【聖光の騎士団】は、トップギルドとしていかなる挑戦も受け付ける……そういうスタンスのギルドである。だからこそ、拠点に攻め込んだプレイヤーを責めたりはしない。しかし挑戦する以上、襲撃する以上は相応の覚悟があるものとみなす。
多対少でも、文句は言わせない。有利な状況に事を運ぶのも、また実力。サバイバル戦など、その典型だ。
「それじゃあ、ライデンさん。私も始めますね」
「あぁ、我々の力を見せ付けて、格の違いを思い知って貰おう……ルー、頼んだよ」
そう言って、ライデンはルーの背中をポンと叩く。
「ま、任せて下さいっ!! よぉし!!」
それだけで、ルーの頬に赤みが差し……そして、彼女のテンションを上げていく。配置に向かうルーの背を見ながら、ライデンは数日後に想いを馳せる……あぁ、もうすぐクリスマスだなと。
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その頃、とあるギルドの拠点。こちらでは、他のギルド拠点とは異なる空気が流れていた。
「……どういう事だ? ここにギルドの拠点があるはずだが……」
「あぁ、影も形も見当たらない……」
「何かしら、隠蔽工作をしているんじゃないかしら?」
二十名の【天使の抱擁】メンバーは、フィールドを探し回っている最中。ここに、ギルドの拠点があるので攻め落とせ……それが、ジェイクからの指示だった。
最も彼等は、そのギルドがどこなのかは知らない。ジェイクは知っていて、あえて伏せたのだ。
それでも盾持ちのプレイヤーを集めたあたり、成果を上げるのを期待しているのは間違いないだろう。
ちなみにジェイクがそのギルドの拠点に気付いたのは、全くの偶然。たまたま【禁断の果実】のメンバーが、あのギルドのメンバーを目撃したのだ……その代償は、そのプレイヤーと同行者達。彼等は、即座に倒されてしまったのだ。
そんな事を知る由もない彼等は、ふと違和感に気付く。自分達の人数が、二人ほど減っている事に。
「あれ? なぁ、【ホーク】って奴がいないぞ?」
「本当だな。あれ、あともう一人……えーと、名前なんだっけ……」
「確か、シェリル? シェミル?」
「【ミシェル】だよ、パーティメンバー欄見りゃ解るはず……なっ!?」
パーティメンバー欄を見た青年、【コイル】は目を見開いた。そこには、HPバーが黒く塗り潰された二人の情報。更に、たった今一人追加された。
「な……倒されたのか!?」
「いつの間に……おい、どうなって……あれ? おい!! また一人消えたぞ!?」
コイルともう一人の青年の声に、【ジョーズ】という青年は驚いて声を上げる。そして、周囲を警戒し始めるが……次々に、仲間が減っていく。
ここでシステム・ウィンドウを注視せず、周囲の警戒を強めていれば……違う結末になったかもしれない。
次々にメンバーが減り、残りはたったの三人。
「……どうしてだ!? さっきまで、すぐそこに……!!」
しかしそんなジョーズに、二人は怪訝そうな顔をする。
「……おい、どうした?」
「何を口パクしてんだ、金魚か?」
大きな声を出しているはずなのに、自分の声が聞こえていない。その事を不思議に思い、ジョーズは自分の状態表示を見て……【沈黙】状態にされている事に気付いた。
状態異常【沈黙】は、主に魔法職の呪文詠唱を封じる。また武技名を宣言させない事で、相手の武技を封じるのにも一役買うというものだ。
それが、自分に適用されている。攻撃や魔法を受けた覚えは無いし、さっきまでは普通に会話していた。
――誰かに、襲われている……!?
気付いた時には、既に遅かった。ジョーズはその背中に、攻撃を受けてしまう。一気にHPがゼロになり、全身から力が抜けて膝を付いてしまう。
「な……っ!?」
そのままうつ伏せに倒れて、ようやくジョーズの背中を二人も視認できた。そのダメージエフェクトは、ある装備特有のものなのだ。
「弾……痕……!?」
「まさか、ここは……!!」
銃を使うプレイヤーのみで構成された、特異なギルド。その名を口にする前に、二人の耳に声が届く。
それは今回のイベントに備えて、何度も動画で見た第二回イベント……その中で耳にした、聞き覚えのある声。
「そういう事だ……悪く思うな」
「拠点に帰りな、ベイベー」
【魔弾の射手】に所属する、クラウドとビィトの声だった。
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「くっ……この……っ!!」
一人の青年……【真紅の誓い】のギルドマスターである【クリムゾン】は、焦っていた。目の前に立つのは、臙脂色の鎧と赤い中華風衣装を身に纏った青年。
「はっ!!」
鋭い剣捌きと、巧みな盾の扱い方。それを駆使し、こちらの攻撃を尽く防がれてしまうのだ。その事実が、自分と彼……【桃園の誓い】のギルドマスター・ケインとの実力差をひしひしと感じさせる。
自分のギルドと似た名前のギルド、共に赤い装備の剣士。そんな類似性から、クリムゾンはケインをライバル視していた。
第二回イベントでは、決勝トーナメントに進出出来ず……今回のイベントで、自分の方がケインより上だと証明したかった。
だから、仲間達に自分とケインの戦いに手を出させないで欲しいと頼んだ。
しかし、それは幻想だった。夢物語に過ぎなかった。クリムゾンは、それを痛感させられていた。
――実力が、違う……!!
何より、ケインからは揺らぎも焦りも感じない。冷静沈着に、こちらの攻撃を全て捌いてしまう。
まるで、大樹の様だ……頭の片隅で、クリムゾンはそんな印象を抱いた。
……
ケインとクリムゾンが一騎打ちをする傍らでは、両ギルドの面々が集団戦を繰り広げていた。【真紅の誓い】は、プレイヤー・PAC・応援NPC合わせて三十名程。それに対し、【桃園の誓い】側はイリス・ダイス・マーク・ファーファの四名に、応援NPC六名だ。
三十人と十人の戦い……数の差はあれど、戦況は【桃園の誓い】が優勢だった。
「ここは……通さん!!」
ケインのPACであるマークが、その大盾でプレイヤーの進路を塞ぐ。その瞬間を狙い、ファーファが横から短槍を突き出す。
「文字通り、横槍入れさせて頂きまーす!!」
その緩い口調とは裏腹に、短槍捌きは速く鋭い。
「ちっ……!! 【クイックステップ】!!」
俊敏性を活かして、マークを迂回してイリスに迫ろうとするプレイヤー。しかし、イリスを護衛するのは歴戦のプレイヤーだ。
「甘いぜ!!」
青龍偃月刀を振るい、プレイヤーの足を止めるダイス。そこへ接近するのは、応援NPCだ。
「イリス殿には、近付けさせない!!」
長剣を巧みに使い、プレイヤーを攻め立てる応援NPC。その動きに、【真紅の誓い】のサブマスターである【スカーレット】は驚いた。
――応援NPCなのに、指示無しで動いた!? どうして……?
応援NPCのステータスポイントは、人数が少ないギルド程多く取得可能となっている。【真紅の誓い】はプレイヤーが四十四名、PACが八名の中規模ギルドだ。よって、応援NPCの性能は【桃園の誓い】の方が高く設定できる。
しかし、AIの性能までは変わらない。そこに差を持たせては、不公平となる……それは運営が決めた設定なので、間違いは無いだろう。
この真相、蓋を開ければ大した理由ではない。応援NPCと事前に、入念な打ち合わせをしているだけである。
これはギルド対ギルドの戦闘であり、刻一刻と変化する戦場。その中で、一から十まで指示をするなど不可能に近い。故にケイン達は事前に応援NPCと意思疎通を図り、こういう時はこうして欲しい。こんな場面では、こう動いてくれ。そんな事前の取り決めを、しっかりとしてあるのだ。
「サンキュー、【ディアン】!! 良い動きだぜ!!」
「いやいやダイス殿こそ、見事な腕前だ!! 異邦人とは、かくも凄い存在なのだな!!」
そんなやり取りをしながらも、ダイスと応援NPC・ディアンは警戒を緩めない。その姿から、スカーレットはおおよその理由を察した。
――これが、【桃園】……!! 実力、ステータス、スキル……それだけではない、か……!!
勝てないと、心の中で確信する。しかし、それでも退くわけにはいかない。自分達にも、ギルド【真紅の誓い】を率いる者としての意地があるのだ。
――負けるとしても、せめて最後まで全力を尽くそう……それが、仲間と彼等に対する礼儀だ!!
スカーレットはそう考え、剣を握り駆け出した。
次回投稿予定日:2022/1/20(本編)