14-13 幕間・作戦の裏側で
ジン達がギルド拠点を狙って行動している頃、ギルド【天使の抱擁】はギルド拠点を攻撃していた。しかし、相手は何だかくたびれた表情である。そして、そのギルドを攻めて終えたのだが……。
「うわっ、ここもかよ!!」
「もうクリスタルが破壊されてるな……」
ギルド拠点に辿り着いたものの、そこは既に陥落済み。ちなみにここを落としたのは、ハヤテとアイネの二人である。
ギルドポイントはギルドクリスタルを破壊しなければ増えず、リスポーンしたプレイヤー・PAC・応援NPCを倒しても、相手ギルドのポイントが減るだけなのだ。
そしてギルドクリスタルが復活するのは、一時間後。つまり相手のポイントを削っただけで、自分達は得るものが無かった事になる。
そんな状況で、冷静でいられるカイトではなかった。
「クソが……どこのギルドだ、俺達の獲物を横取りしやがったのは!!」
ギルド拠点の壁を蹴り付け、口汚く罵るカイト。しかし他の勢力が別ギルドの拠点を狙うのは当然であり、早い者勝ちである。カイトは単に思い通りにいかない事に対し、癇癪を起こしているに過ぎない。
その姿を見て、ギルドメンバー達は表情を歪めた。
「なぁ、アイツ……ヤバくないか?」
「イケメンだと思ってたけど、性格悪いよね……」
「配置換えしてくれないかな、割とまじで」
「ワガママ言う子供かよ……」
男女問わず、仲間達はカイトの態度に眉を顰めていた。
そんなカイトは怒り狂って……その随行者達はカイトの様子に意識が向いて、気付けない。その様子を窺う、二人組が居る事に。
……
「怒ってる怒ってる……子供みたいじゃない?」
「実際、中学生の子供らしいからね。まぁ、私達も高二だけど」
木の上で、遠巻きにカイト達を監視する二人組……ココロとイズナである。そう、【忍者ふぁんくらぶ】のココロとイズナである。ジン×ヒメは至高と胸を張って宣言するのがデフォルトの、ココロとイズナなのである。
二人が何をしているかというと、一言で言えば偵察だ。カイトの情報は、ジンから聞かされている。
情報とは言っても、マキナの同級生である事……そして現実で、マキナに暴力を振るい脅迫した事くらいの情報だ。
そんな彼を重要危険人物とみなし、探し出して追跡を開始した。無論、カイトの監視を指示したのはジンではない。二人の……いや、【忍者ふぁんくらぶ】の自発的な行動である。
「頭領様と【七色の橋】の敵は、我らの敵。怪しい者を監視し、その行動からスパイ共を特定する」
「頭領様へのご報告は、あまり小出しにするのは良くない。ギルドメッセージで情報を集め、取り纏めたものをお送りしよう。無根拠な憶測は、絶対に避けろ。ただしどうしても伝える必要があるならば、推測である事を明記するように」
これが、ギルドのトップからの指示です。歪みねぇな。
「さて、それじゃあ会長に報告ね」
「イズ? ちゃんとアバ名付けないと不貞腐れるわよ……アヤメ会長ね」
そう、ふぁんくらぶ会長と言う名のギルドマスターであったレイチェルだが……彼女は事情あって、名前が変わった。嬉々として変えた。
その名は【アヤメ】。元レイチェルが、敬愛する頭領様に付けて貰った新たなプレイヤーネームである。
「本当に羨ましいわ。私も頭領様達に、新しい名前付けて貰いたい~!」
「でもさ、ココロ。お二人は私達の名前、良い響きって言ってくれたじゃん? それを変えるのもねぇ……」
「それなー」
二人も便乗しようとしたらしいが、ジンとヒメノは二人の名前の響きが似合っていると言ってくれたのだ。それを考えると、名前を変えるのはどうかと思ってしまうのである。
良いから君ら、はよ報告してあげようよ。
……
「アヤメ会長、結構な情報が集まって来ましたね!」
ギルド【忍者ふぁんくらぶ】の拠点で、情報を取りまとめていた元・レイチェル……今はアヤメと名乗る、美女。本名【安和田 富子】は、メンバーの一人であるハヅキの言葉に頷いてみせた。
「喫緊の課題は、カイトとやらの動き。それと、カイトの仲間と思われる者達の特定だが……恐らく、こいつらだろう」
アヤメがマップに表示される、あるギルドの拠点を睨む。
「【天使の抱擁】……アンジェリカのギルド、ですか」
ハヅキの言葉に、アヤメは頷いてみせる。
「あぁ。カイトが所属しているギルドであり、彼等が狙うギルドは一定期間までは防衛が手薄になっていた。スパイを通じ、ギルドメンバーを誘導したのだろうな」
これには確証は無いが、状況証拠としては十分ではないか? アヤメはそう考えている。
「そして、頭領様達の作戦が開始され……」
「あぁ、上手くいかなくなった……ココロとイズナの情報によると、カイトとやらは荒れているらしいぞ」
「それは是非、この目で見てみたいですね」
意地の悪い笑みを浮かべるハヅキだが、アヤメはそれを咎めない。だって相手は頭領様の敵であり、マキナを脅迫する卑劣な輩なのだから。身内のみの陰口くらいなら、許されるだろう。
「しかし何故、地位も名誉もあるアンジェリカがそんな事をするのだろうな」
それが、アヤメには解らない。カイトが所属している以上、【天使の抱擁】が無関係とは思えない。だがアンジェリカはそんな事をしなくても、地位も名誉も実力も備えている。
そんなアヤメの疑問に、ハヅキは自分の予想を口にする。
「案外、アンジェリカは知らないとかじゃないですか?」
アンジェリカが、カイト達スパイの行動を知らない。それは、有り得るかもしれない。だが、それだと余りにも腑に落ちない。
そこでアヤメは、もう一つの可能性を考える。
「どうだかな。もしくは、彼女がスパイ達の行動には無関心……だったりしてな」
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そんなプレイヤー達の頭上には、天空の島が浮かんでいる。ここは運営メンバーが控える場所であり、プレイヤー達が立ち入る事は出来ない。
出来ない、かな? 出来ない……かも? あの忍者な彼なら、【天狐】とかで来ちゃえるか?
ともあれそんな運営スペースでは、運営メンバー達集まっていた。誰もがモニターを見て、第四回イベントの様子を見守っている。
「……まさか、こうなるとはな。懸念されていた一ギルドの独走は、この分だと無くなりそうだ」
シリウスがそう呟くと、エリアも真剣な表情で頷いてみせる。
「いくつかのログを見たら、面白い事がいくつか起きていたわ」
「……何で教えてくれなかったんだ、めちゃくちゃ気になるじゃないか」
そんな二人の会話に、運営メンバー達は苦笑してしまう。それにしてもボスはやはり、嫁さんに弱いのだろうか。
そこへ、ガイアが歩み寄る。
「シリウス様、エリア様。資料の方は、現在九割方が揃っております」
その報告に、エリアが鋭い視線をモニターに向ける。そこには、アレクの姿が映し出されている。
「そう。急がせて」
「はい、畏まりました」
一礼して歩み去っていくガイアを見送り、シリウスは一つの懸念事項を口にした。
「未だに、彼女については証拠がない……か」
「そうね……でも、これ以上は見過ごせないわ。でないと……ねぇ」
一度言葉を切って、エリアが苦笑いを浮かべる。その顔から、シリウスは彼女の本心が汲み取れた。
『でないと、妹達に先を越されてしまうもの』
……
一方、運営メンバーとは異なる部屋がある。ここは観覧者用に設えたスペースで、運営の広報を担当するイベンター達が集まっていた。
「うわぁ!! 凄い、本当に忍者だ!!」
「うふふ、延義君は忍者君がお気に入り?」
「はい、亜都子さん!! だって、あんなに速くて強くてカッコイイんですよ!!」
興奮気味に、そう口にするのは少年……魔王軍四天王のショタ担当・スペイドきゅんだ。どうやら彼は、忍者なプレイヤーを見て感動しているらしい。
そんなスペイドきゅんを微笑まし気に見るのは、妖艶な恰好の美女。同じく四天王の、チャリス様である。その優し気な表情から、衣装のインパクトを打ち消す程の母性を感じさせる。
スペイドを演じるのは、子役出身の演技派俳優である【田代 延義】だ。
今もドラマやCMで活躍しているのだが、彼もゲーム好きな一面があった。そこで秘密裏に催されたAWO公式キャラクターのオーディションで、見事合格。四天王・スペイドの中の人となったのである。
チャリスを演じるのは、人気声優の【羽和田 亜都子】。
十年前までは、若手声優を集めたアイドル声優の一員として活躍。今でも人気声優として、アニメやゲームに参加している。その縁があって、AWOオーディションに参加したのだった。ちなみに現在は三十歳で、一児の母である。
「俺はやはり、あちらの方が好みだな! 戦いは力、そして筋肉だ!」
そう言うのは、大柄な男だ。彼が視線を向けているのは、アークやクロード……そしてヒイロ等が映っている、近接戦闘の様子である。そのモニターを見ながら、力こぶを作ってみせるのだが……そんな仕草を嫌そうに見ていた隣の青年から、クレームが飛んだ。
「ちょっとぉ、止めなさいよ金ちゃん。汗臭くなるじゃないのぉ」
見た目は知的な美青年、しかし口調はオネェ。どうやら、リアルでもこの状態らしい。この二人は、演技ではなく素ではなかろうか。
「何を言う、”かさね”。VRなのだから、汗の臭いなんてする訳が無いだろう?」
「気分的な問題よ、きーぶーんー!」
大柄な男、四天王のディスク。彼は現役のスーツアクターであり、本名は【久台寺 金二】という。
スーパーな戦隊・仮面を被ったライダー・ウルトラな巨人などのスーツアクターとして、大活躍のベテランだ。ちなみに彼は主役級を演じる事が多く、スケジュールは過密である。どれくらいかというと、彼の筋肉くらいかな。
そして、オネェ……スティーブの中の人。彼(女)の芸名は、”かさね”。メイクアップアーティストとして、一躍人気となったアーティストである。
尚、本名は【小和田 重音】である。ちなみに余談ですが、ドリルツインテは似合わない顔立ちですね。
そんな騒がしい面々の横で、ニコニコしてモニターを見つめる美少女。魔王ちゃん様こと、人気アイドル横野中 真美である。ちなみに服装は残念ながら、デフォルト魔王ちゃん様だ。
「皆さん、すっごく頑張っていますね! あぁ、私も早くプレイヤーの人達と戦いたいなぁ!」
プレイヤーの人達と、魔王として戦いたいのか。それとも、プレイヤーの人達と一緒に戦いたいのか。どっちなんでしょうね。
ちなみに彼女はリリィこと瑠璃、アンジェリカこと美紀とも面識はある。しかしながら、あまり深く交流した事は無い。TV番組で一緒になり、楽屋に挨拶に行ったり来たりする……その程度の仲だ。
そして彼女達は、運営メンバーではあるものの外部の人間。ユートピア・クリエイティブの社員ではない。故に裏で起きているスパイ騒動については、何も知らされていない。
そして、広報責任者のレイモンド……そう、あのDJ・レイモンド。彼は勿論、運営の一部署の責任者。故に、騒動についてはよく知っている。
「五人共、楽しんでくれているみたいで何よりだYO! ちなみに適宜、休憩は取るんだZE☆」
今日も、実にハイテンション。その胸中で騒動について真剣に考えているとは、とても思えないだろう。
「わざわざ、そのテンションで行かなくても良いんじゃないですかぁ?」
「そうですよ……普段の毛利さんで、良いじゃないですか」
そう苦言を呈するのは、レイモンドの部下である。第一回イベントのアナウンスを務めた、奥島 園子……アバターネームは【オーウェン】である。そして第二回イベントの司会進行を務めたアンナこと、金城 杏奈だ。
「ね、【上谷】さんもそう思いませんか?」
オーウェンが声を掛けたのは、金色の髪の青年。イベント開始の際に、プレイヤーに挨拶をした今回のイベンターであるセインだ。歳の頃は二十代後半から、三十代前半くらいか。柔和そうな顔立ちで、顔に湛える笑顔も柔らかく穏やかだ。
プレイヤー達は知らないが、彼は広報担当であると同時に開発チームのメンバーでもある。その役割は、アドバイザーだ。
「まぁまぁ、レイモンドさんなりの楽しみ方なんでしょう。気になる様でしたら、席を交換しましょうか? ここなら、彼の身振りはそこまで気になりませんよ」
青年がそう言うと、二人は少し考えて頷いた。
「そうですね……御言葉に甘えて良いですか?」
「それなら、私も」
そんな二人の対応に、レイモンドがショックを受けた!! とばかりのオーバーリアクションをする。
「NO!! 塩対応過ぎやしないかい!? HEY、セイン!!」
相変わらずのテンションで、セインに詰め寄るレイモンド。しかしセインは、優し気な笑みはそのままにレイモンドを宥めに入った。
「まぁまぁ、僕が話し相手になりますから」
「Oh……やっぱ良い奴だな、お前はYO!!」
こんなやり取りをした直後。
「それで、【誠也】……どうだ? あっちからは、報告があったか?」
レイモンドはDJ・レイモンドではなく広報責任者・毛利 上洋の顔に戻る。
「えぇ……進捗率は90パーセントだそうです。準備が整ったら、始まりますよ……」
「そうか。ようやくだな」
「はい。定年退職した身に、トラブル対応は応えますけどね」
「またそれか? どう見てもお前、二十代後半か三十代前半じゃないか……いったい、いくつだっていうんだよ」
そんなやり取りをして、レイモンド肩を竦める。そんなレイモンドに苦笑しつつ、セインはモニターに視線を向け直した。
――こっちの準備が、間に合わないかもしれないな。だってあそこには……。
彼がジッと見つめるのは、一人のプレイヤー……黒いコートを翻しながら、敵プレイヤーを尽く退ける青年だった。
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一方、この第四回イベントには仮設ギルドが設けられている。これはギルド未所属であり、ゲスト参加もしていないプレイヤー達が集められた仮のギルドだ。
該当するプレイヤーの数は二百人を超えており、その為三つの仮設ギルドが設けられた。
そんな仮設ギルドの一つ……仮設ギルドAに、一人の青年の姿があった。彼の名は、セス=ツジ。始まりの町[バース]で、喫茶店を営むプレイヤーである。
「セスさーん! 何か食べられる物はありますかー?」
「勿論です。何か、リクエストはありますか?」
整った容姿のセスなので、女性プレイヤーからの声掛けが多った。そんな様子を見せられて、男性プレイヤーからは反感もあったのだが……彼は男女分け隔てなく対応するので、現在はそれも下火になっている。
「お肉!」
「セスさん、俺も肉! 大盛で!」
「はいはい、肉ね」
「野菜炒めを……」
「私は甘いものがいいです~!」
「了解、急いで用意するよ」
一人一人のリクエストに、セスは丁寧に応えていく。お陰で仮設ギルドAは、料理バフと空腹度回復に不満は無い状況となっていた。
そこへ、フードを被った男が姿を見せた。
「マスター、いつもの!」
そんな言葉を口にする男に、セスは初めて態度を崩す。
「了解、青汁だな」
「やめて!? 苦手なの知ってるっしょ!?」
コントの様なやり取りを始める二人に、周囲のプレイヤーは「もしかして知り合いか?」と視線を向ける。
「仮設Cの様子を見に行ったんだけどさぁ……やべー人を見付けちゃったよ」
「やばい、人?」
嫌な予感がして、セスはその人物の名を聞き出す。
そして彼女の名を聞いた瞬間、彼は表情を青褪めさせた。
「ス、スオウ……マジなのか?」
「俺があの人を、見間違えると思う? ボスの奥さんだよ?」
青年……スオウの言葉に、セスは間違いではないと確信。
そして、その口から漏れたのは……。
「俺、戦線離脱するわ」
ヘタレ発言だった。
「させねぇよ? 死なば諸共だ」
この仮設ギルドに参加するのは、大半が戦闘メインのプレイヤーである。貴重な生産職を、みすみす逃す訳がない。
「それにあの人、【KERIY】って名前でプレイしてるんだぜ?」
スオウがそう言うと、セスは頭を回転させる。そして自分達の法則に当て嵌めて……全てを理解した。
「……ア、アナグラム? え、じゃあまさか……!?」
またも顔を青褪めさせたセスに、スオウはトドメの一言を突き付けた。
「俺等、多分見付かってる。逃げたりしたら、後が怖いよ?」
スオウの言葉に、セスは天を仰ぐ。そして、心に決める。
――黒幕はアイツなんだし、アイツを盾にして逃げよう……。
……
セスがヘタレ全開になっている、その頃。仮設ギルドCに所属するプレイヤー達が、ギルド拠点を攻め落としていた。
「よっしゃあ!!」
「な、何だ!! 皆で連携すりゃあ、やれるじゃん!!」
「そうね!! 【ケリィ】さんのお陰だわ!!」
勝鬨の声を上げるプレイヤー達に、一人の女性が振り返って苦笑する。
「いいえ、私はただ皆さんと力を合わせただけです。だからこれは、皆で掴んだ勝利です」
そう告げる女性・ケリィの笑顔に、プレイヤー達は男女問わず目を奪われた。
白と金を基調とした装備に、青く長いロングヘア。整った顔立ちに、均整の取れたプロポーション。
何より彼女が身に纏う雰囲気は、澄み渡る明け方の空気の様に清々しい。
その姿と雰囲気に、共に戦うプレイヤー達は似通った感想を抱く。
――本当に素敵な人。まるで天使の様だわ。
――勇猛果敢な細剣使いか……戦乙女みたいだな。
――聖女と称するに相応しい、慈愛に満ちた人だな。
――間違い無い……彼女こそ、俺達の勝利の女神だ。
そんな感情を向けられていると気付いているのか、いないのか。ケリィは共に戦う者達に対し、呼び掛ける。
「さぁ、行きましょう」
ジンとヒメノが彼女の姿を見たら、驚く事だろう……ケリィこそ、二人に[神竜殿]について教えてくれた女性なのだから。
次回投稿予定日:2022/1/15(本編)