14-12 強襲作戦でした
ギルド拠点をシオン率いる防衛部隊に任せ、ジン達は三手に分かれて行動を開始した。
ジンとヒメノ、ヒイロとレン、ハヤテとアイネ……三組のカップルによる、強襲作戦である。
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「いきますっ!!」
ヒメノが射る矢は、武技無しでも相当なSTRが込められている。その証拠に、盾も鎧もアバターも尽く貫いていくのだ。
「嘘だろっ!?」
「ば、馬鹿な……!!」
プレイヤーもPACも応援NPCも皆、ヒメノの放つ矢によって倒れていく。
「いざ、疾風の如く!! 【一閃】!!」
そしてジンが走れば、クリティカルヒットのライトエフェクトが煌めく。次々と発生するその光は、まるで地上の花火の様だ。
「な、何だとぉっ!?」
「動きが、見えなかった……!!」
その動きを目で追う事は敵わず、赤いダメージエフェクトを刻まれたプレイヤーが地面に転がる。
「つ、つえぇ……」
「速……過ぎる……」
このプレイヤー二十八名、PAC五名で構成されたギルド……【異世界ミッドナイト】の拠点は陥落した。この【異世界ミッドナイト】で、二人が陥落させたギルド数は四つ目である。
「では、ヒメ」
「はい!」
二人は拠点に立ち入ると、ギルドクリスタルを確認。そして、得物を構える。
「「【一閃】!!」」
同時に放った【一閃】により、ギルドクリスタルは一瞬にして砕け散る。これで、【七色の橋】に更に100ポイントが加算されたのだ。
「くそ……まるで、歩く災害だぜ……」
そんな言葉を残して、消滅したプレイヤー。そんな捨て台詞に同意しながら、他のプレイヤーも蘇生猶予時間を消化して消えていった。
「では、次でゴザルな」
「はい! 行きましょう!」
ヒメノをお姫様抱っこの形で抱き上げたジンは、その重みに口元を緩ませながら駆け出す。
ヒメノが驚かない様に、最初はゆっくり……ジンの中でのゆっくりだが。そして徐々に速度を上げ、やがて全力疾走へ。
フィールドを徘徊するモンスターは無視し、一直線に目標地点へ向かう。この為に走り回っただけあり、ジンは迷う事なく次のギルド拠点を補足した。
そこは、ギルド【ヴァンガード】の拠点だ。
「ヒメ、頼むでゴザル」
「任せて下さい! えっと、プレイヤー五、PACは無し……応援NPCは、それなりの数です!」
ヒメノは【狙撃の心得】で習得出来る【ホークアイ】を駆使し、遠く離れた場所から敵情視察を実行していた。
しかし、それは特別なスキルでは無い。弓使いならば、優先して手に入れたいスキルなのである。取引掲示板にそれを高額出品しても、僅かな時間で売り切れるのだ。
そして相手ギルドのメンバーである青年も、それを駆使して周囲を警戒していたらしい。ジンとヒメノが居る事に気付き、目を見開いた。
「あ、見つかっちゃいました」
「まぁ、目立つでゴザルからなぁ」
従来の≪夜天の衣≫をグレードアップさせた、ジンの≪忍衣・疾走夜天≫。
紫色がメインな為、派手な色合い故に目立つ。なのでデザインは、そこまで奇をてらうモノではない。
対するヒメノの新衣装である、≪戦衣・桜花爛漫≫……こちらはセンヤのデザインセンスが爆発した逸品である。
巫女服らしさを残しつつ、ヒメノのボディラインを最大限に生かした意匠。少女と女性の間を行き来する、そんなイメージを見る者に与える装備となっている。
「あれ……? 相手のプレイヤーさん、こっちを見て固まっていますね……」
「……そう」
この状況では本来ならば、敵勢力の接近に気付いたのだ。すぐにギルドメンバーにそれを伝え、迎撃態勢を整えるべきである。
なのに何故、相手は固まっているのか? ジンはその理由を察していた。
――ヒメに見惚れるのは、無理もない。けど、許さん。
本来ならば、ヒメノのこの姿を見せるのすら嫌なのだ。ヒメノが気に入っているから、我慢しているだけで。
なので不躾な視線や、下心のある視線で見る者はぜってぇ許さねぇ。
「ヒメ、行くでゴザル」
「はいっ! 頑張りますね!」
崖の上から跳躍し、相手ギルド拠点に向かう。勿論、お得意の忍者ムーブで。
「【天狐】!!」
空中を駆けるジンの姿に、ようやく相手ギルドのメンバーは声を上げたらしい。拠点の方から、ざわめきが聞こえて来る。
「いざ!!」
「参ります!!」
旦那に合わせるこの新妻、実にノリノリである。
ヒメノを射撃に適した場所へ下ろすと、ジンは一気にトップスピードへ。
真っ先に狙ったのは、弓職や魔法職だ。
「【一閃】!!」
VITが低い傾向にある後衛職ならば、ジンのステータスでも戦闘不能にしやすい。そして後衛落としは、ヒメノに対する攻撃を阻止する事にもなるのだ。
その狙いは的中しており、ヒメノは後衛の邪魔なく前衛を相手にしている。防御力に自信有りといった、前衛職の応援NPC達が一撃で蹴散らされていくのだ。
「やっ……はっ……えぃっ!!」
弛まぬ努力で習得した、新たな射法。そして【クイックドロウ】を駆使し、ヒメノは短い間隔で矢を放っていく。
「ぎゃあぁっ!!」
「なっ……【トニオ】オォッ!!」
ついでに貫通した矢で、プレイヤーも落ちたらしい。
「【クイックステップ】!!」
AGIタイプのビルドである女性プレイヤー【レミー】が、武技を駆使してヒメノに接近する。
――死角、頂きっ!! アンジェ様の為の、犠牲になりなさいっ!!
どうやら彼女、【禁断の果実】のメンバーらしい。その表情には、勝ちを確信した笑みが浮かぶ。
「【フラッシュストローク】!!」
武技を発動しながら細剣を突き出し、ヒメノの背中を貫こうとするレミー。
しかしヒメノは、鋭敏な感覚でそれを察知。弓刀≪大蛇丸≫の飾り部分……いや、防具部分でそれを防ぐ。
「……はぁっ!?」
弓の持ち手部分、その上下にあしらわれた飾り。これはある物を流用した、れっきとした防具である。
この防具の元となったのは、ヒメノの所有していたユニークアイテム≪八岐具足≫。つまり弓刀≪大蛇丸≫は弓と脇差≪大蛇丸≫だけでなく、≪八岐具足≫をも合成して生まれたのである。
「【一閃】!!」
そして、反撃の【一閃】。技後硬直中のレミーは、一瞬にしてそのHPを刈り取られてしまう。
「う、嘘……でしょ……」
地面に倒れ伏しながら、レミーは混乱していく。
今のヒメノの動きは、後ろに目が付いているのかと言いたくなるような反応だった。そんな事が出来るスキルなど、聞いた事がない。
――ど、どうやって……気付いたの!? まさか、気配を察知したとでもいうの!?
ギルド【ヴァンガード】の拠点陥落は、それから間もなくだった。
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一方、【七色の橋】の拠点から西側。点在するギルド拠点を襲撃する二人組がいた。
現在、攻めているのは【サンシャイン】というギルドである。
「【ソニックスラッシュ】!! うぉぉぉっ!!」
「負けてたまるか!! 【ラウンドスラスト】ッ!!」
同時に繰り出される攻撃を、彼は手にした大盾で受け止める。
「【ストロングガード】」
防御に成功したのを確認した瞬間、ユニークスキルの効果を発動。装備が瞬時に変化し、大太刀の姿を取った。
「【一閃】!!」
二人まとめて、一刀両断。更にそこで止まるヒイロではない。上限までスキルレベルを上げた【一閃】の技後硬直は、一瞬だ。
「はっ!!」
大太刀のリーチを生かし、周囲を囲む敵を牽制する為の薙ぎ払い。それを喰らうのを避ける為、敵プレイヤーは後ろに下がる。
十分な距離が開いた瞬間に、ヒイロは右手の武器を更に変化させる。その形状は、アイネの装備に似た薙刀だ。
「たぁっ!!」
前方に突き出した薙刀の刃が、敵プレイヤーの胸に突き刺さる。
「武器が変化するとか、聞いた事ねぇぞ……!!」
「バカ、決闘イベでもやってたろ!! ユニークスキルかもしれん、油断するな!!」
比較的冷静なプレイヤーが、防御に徹しながらヒイロの行動パターンを把握しようと務める。まるで、ヒイロというボスキャラクターを攻略しようとしているかの様に。
しかしながら、相手はヒイロ……ユニークスキル【千変万化Lv10】の使い手である。
変化可能な【武装一式】は、初期値の三から増加し十二種になっている。その行動パターンを看破するのは、困難を極める。
「【一閃】!!」
今度は両手の小太刀による、二連【一閃】。彼等は果たして、ヒイロに倒される前に攻略法を見出だせるのだろうか。
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【武装一式】
≪鎧・阿修羅≫≪打刀・羅刹≫≪小太刀≫≪大太刀≫≪大盾≫≪短刀≫≪薙刀≫≪蛇腹刀≫≪両薙刀≫≪鉄扇≫≪大筒≫≪火縄銃≫
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そして、相手はヒイロだけではない。最初に範囲攻撃魔法で応援NPCを壊滅させ、残るプレイヤー達を翻弄する蒼銀の令嬢がいるのだ。
「【一閃】」
パチンと魔扇を畳み、≪刀剣≫属性を持たせて振るうレン。魔法を詠唱していたプレイヤーにヒットし、その詠唱を中断させる。
彼女はそのまま、くるりと舞う様に回転。その間に右手の≪伏龍扇≫を開き、魔技を発動させる。
「【雷陣】」
展開される雷光の陣、それに触れたプレイヤー達の身体が麻痺状態に陥る。
レンは【雷陣】展開と同時に詠唱を開始しており、プレイヤー達の状態異常が回復する前に魔法詠唱は完成する。
「【散】・【サンダージャベリン】!!」
六人のプレイヤーに向けて、通常の【サンダージャベリン】よりも小振りな雷槍が飛ぶ。
魔法攻撃において、【ボール】【アロー】【ジャベリン】等は同時発動数を増やす事が出来る。しかし同時発動数を稼ぐには、詠唱時間の追加が必須となるのだ。ちなみに、同時発動数はスキルレベルによって上限が設定されている。
しかし【神獣・麒麟】の魔技である【術式・散】は、追加詠唱無しでも複数の魔法攻撃が可能となるのだ。その代償として、魔法に込められるINTが減少してしまう。
とはいえ、使い手は全プレイヤー中最高のINT値を誇るレン。それに加えて【術式・陣】で威力を高められた六分の一【サンダージャベリン】は、並のプレイヤーを容易に屠る威力を秘めていた。
「あ、ありえ……ねぇ……」
「ちくしょう……隙がねぇ……!!」
地面に倒れたプレイヤー達は、優雅に立つレンを凝視する。そんなプレイヤー達に、レンは一声かけた。
「秘匿していた、【術式・散】を使う事になるとは……皆様の連携は、お見事でした。また、よろしくお願いしますね」
そう言って、レンはヒイロの援護に向けて歩き出す。より豪華になった和服≪法衣・桃源花蓮≫の裾が、一歩踏み出す度に揺れる。姿勢良く歩く後ろ姿は、美しいという表現がぴったり当て嵌まり……彼等は、目を奪われるしか出来ない。
惜しむらくは、もう蘇生猶予時間の三十秒が迫っている事。レンが次の行動を開始する前に、彼等はフィールドから一時退去するのだった。
……
ギルドクリスタルを破壊して【サンシャイン】を下した二人は、拠点を後にしながら会話する。
「疲れは大丈夫かい、レン」
その柔らかい口調と言葉に篭められた、レンへの思い遣りと愛情。それを感じ取り、レンは笑みを浮かべて頷いた。
「はい、問題ありません。ヒイロさんは大丈夫ですか?」
「それは良かった、俺も大丈夫」
ヒイロは歩きながらマップを開くと、その内容に苦笑した。
「大混戦だな……どうやら、他のギルドも動いているみたいだし」
「ふふっ、そうでなくては困りますけどね。その為に散々、根回しをしたのですから」
サラリとそう返したレンだが、その言葉の意味する所……それこそ、この状況に至る為の事前準備だった。
「ジンとヒメは、もう六カ所か……流石、速いな」
「本当に。ジンさんとヒメちゃんが味方で良かったと、何度思った事か……」
AGI極振り忍者と、STR極振り姫様。この二人のタッグは、プレイヤー・モンスター問わずに圧倒出来る。これがもし敵だった場合、脅威以外の何物でもない。
「でも、私達も負けていませんよ? 私とヒイロさんの相性は、最高ですから」
少し悪戯っぽい笑みを浮かべて言うレンに、ヒイロはちょっと……いや、かなりドキッとさせられた。小悪魔ムーブ状態のレンお嬢様なのに、言う事はヒイロへの素直なデレ。天使が過ぎる。
そして、同時に考える。自分とレンの相性……これは、確かに最高と言って良いだろう。
装備切り替えのヒイロと、近距離も遠距離も対応可能なレン。二人はあらゆる状況に対応する事が可能であり、継戦能力も高い。火力については、論ずる必要など無いだろう。【七色の橋】の主砲の一人、それがレンなのだから。
そして連携において、そして恋人関係において重要な事。それは、心が深く強く通じ合っている事だ。
同じ方向を向いて、二人三脚で歩いていく。互いに歩幅を合わせて、相手が歩きやすい様に。ヒイロもレンも、自然体でそれが出来る者同士。互いが互いの実力を、十全に発揮させる事が出来るという事だ。
「あぁ、レンの言う通りだ。俺と君の相性は、ジン達にも負けていないさ」
そう言って、ヒイロはレンの髪を撫でる。サラサラの髪は触り心地が良く、戦闘で高揚した精神をニュートラルに戻してくれる。
そんなヒイロの顔を見て、レンは少し悪戯心が湧いて来た。
「あ、ヒイロさん。お顔……」
「え、何か付いている?」
視線を動かしてみるヒイロだが、自分の顔は見えないだろうに。そんなヒイロに苦笑しながら、レンは頬に手を添える。
「ちょっと失礼しますね」
そう言うと、レンは背伸びをしてヒイロに顔を寄せ……その唇を奪う。
「……ッ!?」
触れるだけの口付けを済ませたレンは、口元を緩めてニッコリと笑う。
「付いているではなく、付ける……でしたね。今度は、ヒイロさんからお願いしますね?」
そう言って、クルッと背中を向けて歩き出すレン。ヒイロが衝撃から復帰して、彼女を追い掛けるまで……十五秒程の時間を要した。
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ギルマスコンビがバカップルしているその頃、三組目……ハヤテ・アイネコンビは、ギルド拠点を陥落させた直後だった。
「あっさりと終わっちゃったね?」
「んー、ファンギルドだとこんなもんじゃない?」
二人が落としたのは、シルフィのファンギルドである【シルフィ応援団】。姐御好きの集いである。
余談ではあるが、ファンギルドは今も増え続けている。その多くが、女性プレイヤーのファンギルドだ。
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【忍者ふぁんくらぶ】(参加)
【レン様に仕え隊】
【ヒメノちゃんを見守る会】
【シオンさんを守る同盟】
【アイネちゃんに斬られ隊】
【ヒイロアイドル計画本部】
【ハヤテ君に撃たれ隊】
【俺等の女神はイリス様】
【フレイヤさんの舎弟共(非公認)】
【ダイスさんマジ兄貴】
【レーナさんにハートを撃ち抜かれた者達の集い】(参加)
【ジェミーさんに甘え隊】(参加)
【アーク伝説を広める集い】
【シルフィ応援団】(参加)
【アリステラお嬢様の執事になり隊】(参加)
【ルーちゃん好き好き団】
【シンラ万歳】(参加)
【クロード親衛隊】(参加)
【HHH】
【聖女シアちゃんを崇め隊】
【アイテルちゃん俺だ結婚してくれ】
【ナイルたん愛好会】
【今日も明日もトロロゴハン】
【カイセンイクラドンさんの養子縁組待機列】
【リリィちゃんファンクラブ】(参加)
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正直、彼等の正気を疑うギルド名である。ちなみにこの中でイベントに参加しているのは、僅かである。残るファンギルドの面々は、観覧エリアでイベントを観戦しているのだ。
余談であるが、【七色の橋】系列ファンギルドは【忍者ふぁんくらぶ】を除き非参加だ。これは最近の騒動で離脱者が多く、戦力が確保できなかった為である。
尚、唯一ファンギルドが設立されていない有名プレイヤー……それが、アンジェリカである。何故ならば、彼女のギルド【天使の抱擁】は加入に制限を設けていないのである。
誰でも加入出来る、有名プレイヤーのギルド。それも、話題沸騰中のネットアイドルのギルドだ。人が流れ込むのも、無理はないだろう。
「次はどこにすっかなぁ……東側だと、【聖光】とカチ会いそうだし」
「そうだね……こっち側は? 主要ギルドは無いから、被らないと思うけど」
アイネが示したのは、【七色の橋】の拠点から見て南側。ここから向かうならば、然程時間は掛からないだろう。
「んー、そだね。こっち行ってみようか」
「うん♪」
二人は頷き合うと、移動を開始。その歩みに、気負いは感じられない。
……
徒歩で十分程かけて、ギルド拠点を視界に収めた二人。物陰に隠れ、ハヤテが【ホークアイ】で様子を窺う。
「うん、行けそうッス」
「ギルド【ベビーフェイス】だっけ? 第二回イベント以来だよね」
はい、三度目の因縁でした。ちなみに【ベビーフェイス】は、ギルドクリスタルを二度破壊されております。割と、ボロッボロです。
「んじゃ、行こうか」
「了解っ!」
二人は物陰から出て、【ベビーフェイス】の拠点に向けて走り出す。遠巻きに見えるその拠点は、全く強化されている様には見えない。恐らく、建築物の強化は考慮していなかったのだろう。故に、見晴らしは良い。
突如姿を見せたハヤテとアイネを見て、ローウィンが目を剥いた。
「な……【七色】だっ!! 敵襲、敵襲ーっ!!」
「クソッ、最悪だ!!」
「怯むな、相手はたった二人だぞ!!」
プレイヤーは五人全員が揃っており、PACは四人。そして応援NPCの数は、四十人程だ。残る応援NPCは五十人なのだが、不在らしい。
余談だが、リッドのPACである【シャダ】は元・冒険者のNPCである。そのお陰で採取系のスキルを保有しており、この場に居ない応援NPCを連れて外出中なのである。
「斉射準備!!」
弓職のファルスが応援NPCを従え、陣形を組む。彼を含めた十人が一斉に、弓に矢をつがえていく。
ファルス……彼は本名を【佐木谷 太郎】といい、学生時代は弓道部に所属していた。故に弓には自信があり、負けは無いと確信している。
「魔法職、詠唱開始!! 火属性で攻めるぞ!!」
同時に魔法職のパルスは、火属性魔法による魔法攻撃支援を指示した。こちらは応援NPC二十人で、同時に魔法を放たれては厄介だろう。
「行くぞ、突撃!!」
「俺に続けぇっ!!」
更に長剣使いのローウィンと、盾職のヴォイド。ローウィンのPACであるルイスと、ヴォイドのPACである槍使い【ダイ】。四人の前衛メンバーが、前衛職の応援NPCを従え前進して来る。
ヴォイドもファルス同様、盾職としての頑強さには自信がある。彼の本名は【稲田 茂也】といい、高校までラグビー部に所属していたのだ。格闘球技であるラグビーで培ったタフネスさと、爆発力。それが彼の自信の源だ。
五十人と二人の戦闘、数の差は歴然である。しかしながら、その数の差を引っ繰り返すだけの戦略は用意してある。
「お近付きの印に、プレゼントッス!!」
ハヤテはヴォイド目掛けて、消費アイテムを投擲した。その形状は、黒い金属製の球体だ。ヴォイドが盾でそれを受け止めると、球体が爆ぜて爆発が起きる。
「爆弾……だとぉ!?」
それは、ミモリ特製の≪爆裂玉≫。その効果は抜群で、威力も高く範囲も広い。
「そーれっ!!」
アイネも≪爆裂玉≫を投擲するが、狙いは後衛。弓職と魔職が控える場所に向けたものだ。
「な……くそっ!!」
「逃げろ、当たったら一溜まりもないぞ!」
攻撃準備を整えていた彼等は、飛んでくる≪爆裂玉≫から逃げるように距離を取る。それにより、攻撃動作は中断せざるを得ない。それが二人の狙いである。
「はいはい、狙い撃ちッスよ!!」
そして≪爆裂玉≫に意識を向けて、逃げ惑う応援NPC。その頭を狙い、ハヤテが≪アサルトライフル≫で狙撃する。恐るべきは、その狙撃精度だろう。ハヤテは走りながらの射撃でも、しっかりとヘッドショットを決めていく。それも、前衛を避けてジグザグに走りながら。
前衛がハヤテを攻撃するのではないか? と思いきや、それは出来ない。何故なら、それどころではない。
「【一閃】!!」
応援NPCの前衛の腹を、≪聖剣≫属性を持つ薙刀が一刀両断。いや、真っ二つにはならないけど。ハヤテを狙おうとする者から先に、アイネの刃が斬り捨てていく。
「【スラスト】!!」
スキル効果によって、一瞬で技後硬直が終わる。アイネは更に武技を発動し、応援NPC達を攻撃する。
強化された≪聖刀・鏡花水月≫の斬れ味たるや、凄まじい。盾職のVITをもってしても、HPの減りが早いのだ。
「調子に乗るなぁっ!! 【シールドバッシュ】!!」
アイネの武器は長柄装備であり、懐に潜り込めば与しやすい。そう考えたヴォイドは武技を発動、盾を突き出してアイネに突進する。
「【ハイジャンプ】……からのっ!! 【フォールスラスト】!!」
アイネは軽やかに跳び上がり、ヴォイドの盾をやり過ごす。そして彼の背中が真下に来るタイミングで、武技【フォールスラスト】を発動……ヴォイドを串刺し状態にした。
「な……っ!?」
「【一閃】!!」
更にアイネは【チェインアーツ】を発動し、ヴォイドを串刺しにしたまま【一閃】を繰り出す。その連続攻撃により、ヴォイドはHPを全て失い膝から崩れ落ちた。
「調子に乗んなよ、お嬢ちゃん!!」
アイネの技後硬直を狙い、短剣使いのリッドがその敏捷性を駆使して急接近。彼女の柔肌を切り付けようと、短剣を振り被る。
リッド……本名【河江 寛成】は、その見てくれ通り昔はヤンチャをしていた。今でこそ落ち着いたが、喧嘩が日常茶飯事だった頃もある。故にその敏捷性と勝負勘には、絶対の自信があった。
しかしアイネは、薙刀を本格的に学んでいた少女だ。我流の喧嘩殺法が、本物の武道に通用するだろうか。
それを証明するかの様に、アイネは薙刀の柄を巧みに動かした。薙刀の真髄は、柄も交えた攻防だ。迫り来るリッドに向けて、アイネは薙刀の石突部分を突き出した。
「やぁっ!!」
「な……ぐべぇっ!?」
その石突部が、リッドの顔面にめり込んだ。刃にばかり集中していたリッドは、何が起こったのか理解できていない。
しかし、これで終わるアイネではない。
「はぁっ!!」
更に柄を跳ね上げ、リッドに上を向かせるアイネ。そうする事で、アイネは薙刀の正式な構え……脇構えの体勢を取ってみせた。
「【一閃】!!」
リッドはAGIタイプの為、VITは大して高くない。だからこそ隙を伺っていたのだが……チャンスと思って飛び込んでみたら、呆気無く返り討ちである。これは悲しい。
その頃、弓職と魔法職の面々。ハヤテの弾丸を受けて、応援NPC達は戦闘不能。夥しい数のNPCが地面に転がっており、銃弾を受けた痕の赤いダメージエフェクトも相俟って見た目大惨事だった。最も実際に、【ベビーフェイス】的には大惨事だ。
残っているのは魔職のパルスと、弓職のファルス。そしてパルスのPACである機弓使いのカールと、ファルスのPACである【エル】だけだ。ちなみにエルは調合職人の生産系PACであり、戦闘スキルは所有していない。
「くそっ!! カール、撃て!!」
「アイアイサー、【スパイラルショット】!!」
機弓から放たれた矢が迫るが、ハヤテはそれを難なく避けて≪オートマチックピストル≫の引き金を引く。
「【アサルトバレット】」
カールの眉間に弾丸が撃ち込まれ、そのHPは枯渇した。慌ててエルが≪ライフポーション≫を取り出すが、それもハヤテは撃ち抜いてみせる。
「お、おのれぇっ!!」
「こうなったら!!」
ファルスが走り出し、ポーチから消費アイテムを取り出す。自分なりにハヤテの狙いを逸らそうと考えたらしく、真っ直ぐではなく無軌道に走っている。だが、フラフラと見えてしまうので実に滑稽だった。本人は至って真剣なのだが……。
それを見て、パルスは気が付いた。ファルスは自分の為に、ああやってハヤテの注意を逸らそうとしているのだ。
魔法職であるパルスは、詠唱をしなければ攻撃できない。詠唱を開始すれば、ハヤテはその隙にパルスの頭を撃ち抜くだろう。
しかしながら、魔法職には詠唱無しで発動出来る魔法が一つだけある。ハヤテがファルスに銃口を向けるのを見たパルスは、決死の覚悟で駆け出した。
「喰らえぇっ!!」
同時にファルスが投擲したのは、≪パラライズポーション≫。それを受ければ、ハヤテは麻痺状態に陥るだろう。
「やだよん」
最もファルスの手から離れた瞬間に、ハヤテがそれを撃ち抜くという行動を起こさなければ。ほぼ自分の手元で割れた≪パラライズポーション≫は、ファルスの右半身を濡らす。当然、麻痺効果が発動する。
「うおおぉぉっ!!」
パルスはハヤテに駆け寄り、杖を握り締める。
「【マナエ……」
魔法名を最後まで宣言する前に……ハヤテが右手を銃の形にしながら、パルスに向ける。
「【フライクーゲル】」
既に魔力チャージは済ませており、パルスを一撃で倒すに足る威力だった。
「……クス……っ!? な……に……っ!」
HPを全て失い、身体から力が抜けていく。そのままパルスは、仰向けに倒れた。
「パルスゥゥッ!!」
「はい、お疲れ」
そのまま≪アサルトライフル≫の引き金を引き、ファルスの脳天を撃ち抜く。これで後衛は全滅だ。
アイネの方はどうかと、視線を向けると……彼女はギルドマスター・ローウィンと一騎討ち中だった。ちなみにローウィンのHP、既に危険域。アイネは無傷とはいかなかった様だが、それでも九割はHPが残っている。
「くそおぉぉっ!! 【ブレイドダンス】!!」
「【クイックステップ】……【一閃】!!」
ローウィンの破れかぶれな武技発動を、危なげない動きで回避。そしてすぐに距離を詰め直し、抜き胴の【一閃】。これで【ベビーフェイス】の防衛部隊は、全滅である。
「アイ、お疲れ。大丈夫ッスか?」
「お疲れ様! 掠っただけだから、大したダメージじゃないよ!」
二人は自然体のまま、ギルド拠点へと踏み込み……そして、守る者が居なくなったギルドクリスタルを破壊。次の目的地を目指す事にした。
次回投稿予定日:2022/1/13(幕間)