14-02 衝突が始まりました
第四回イベント開始から、十五分が経過。各ギルドのリーダーは現在の状況について確認を済ませ、行動方針を現状に当てはめて指示を出し始めていた。
イベント専用エリアのマップは大まかな広さしか解らず、他のギルドの動きも解らない。初期状態では、転送されたギルドの拠点……そして半径五百メートルの情報しか表示されていないので洗う。
そこでまず確認したのは、ギルドメンバーを分散させて周囲の状況を把握する事。それによって解ったのは、メンバーが探索範囲を広げるとその情報がギルド全体に共有されるという事だった。
そこで大多数の各ギルドは、マップの拡張を優先事項とした。次いで、他ギルドの動きを探る事。そして、拠点の強化である。
「それでは、幹部で検討し決定した方針を発表する。拠点強化は、ギルドクリスタルの防衛に欠かせない……しかし、あれもこれもは出来ないだろう。応援NPCを十名、拠点強化へ回す。そして、防衛に十名……五名は応援NPCだ。カガミ・ジョー・タイガー・ダン・エム。連携が上手い君達に、防衛役を頼みたい」
「「「「「了解!!」」」」」
「他のメンバーで周囲を探索し、マップの適用範囲拡張を進める。プレイヤーとNPCが半々になるように、十人一組を形成してくれ」
そう言って指示を出すのは、ギルド【絶対無敵騎士団】のギルドマスター。騎士風の鎧で身を固めた整った容姿の青年で、名を【フデドラゴン】という。
彼は騎士道精神溢れる青年で、仲間達からの信頼も厚い。そして高い志……最強のギルドを目指すという方針を掲げ、日々仲間達と攻略に勤しんでいる。
彼が目指す理想の騎士……それは円卓の騎士を束ねる王、キング・アーサー。だから、彼はプレイヤーネームをアーサーにしたいと思いAWOを始めた。
しかしその時には、もう既に【森羅万象】のアーサーがその名を名乗っていた。
彼は憧れのアーサーの名を名乗るのを、断念した。ペンドラゴンにしようと思ったが、その名前も使われていた。その結果思いついたのが、フデドラゴンという名である。
そして、彼はやはりギルド名を騎士にちなんだモノにしたかった。騎士団というギルド名で、同じ騎士道精神を持つプレイヤーを集めようと考えた。
その時には、もう既にDKC時代から名前が知れ渡っていた【聖光の騎士団】に騎士風のプレイヤー達は集まっていた。
それでも、自分の理想とするギルドを作ろう……そう考えて色々と試行錯誤を重ねた結果、思いついたギルド名が【絶対無敵騎士団】である。
さて、そんなフデドラゴン……本名【加賀篠 輝水】は、アーサーもアークも、ペンドラゴンも一切恨んだり妬んだりしてはいなかった。とても良い奴である。
更に彼は面倒見が良く、ギルドメンバーの悩みなどを真摯に聞く男だった。ゲームにしろ現実にしろ、仲間を大切にする性格なのである。
そんな彼なので、ギルドメンバーからは尊敬を集めている。女性メンバーからも、とても人気があったりするのだ。
だというのに。
『【無敵】は拠点防衛十五人、内プレイヤー五人。拠点強化はNPC十五人。攻めるなら今が好機。座標は……』
ギルドメンバーの一人である【ジューダス】は、何かを確認する素振りを見せながら外部サイト【禁断の果実】に情報を流していた。
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各ギルドに潜り込ませたスパイ達は、続々と外部SNS【禁断の果実】に情報を上げていく。あるギルドの拠点内でそれを確認しつつ、ジェイクはニヤリと口元を歪ませた。
VRゲームの時間加速状況下では、従来ならば外部サイトが見れなかった。しかし数年前、時間加速に対応する事が可能な技術が開発された。それを実行するには高性能なサーバー等が必要だったが、ある有名企業がそれを実現してみせたのだ。
その企業はWEBサービスも行っており、レンタルサーバーを用いてSNSを運営する事も可能となっている。勿論、手間や費用はかかる。しかし【禁断の果実】は、その費用を捻出して時間加速状況下対応を実行に移していた。
「情報収集は順調そうか?」
ジェイクがほくそ笑んでいるのを見たカイトが、周囲の面々にバレないように声を掛ける。
「えぇ、順調です。それでは最初の標的ですが……二十名ほど連れて、マップのこの座標に向かって下さい」
二人は今回のイベントに挑むにあたり、アンジェリカのギルド【天使の抱擁】に加わった。役割分担は、既に決まっている。基本的にはジェイクが情報収集、カイトが前線担当だ。
カイトは既にレベルキャップまで到達しており、レベル60。この領域には、【天使の抱擁】において五人しか届いていない。
「そんじゃあ、潰して来るか。終わったら連絡するから、また指示をくれよ」
「ええ、宜しくお願いします」
武器を手に拠点の外へ向かうカイトを見送り、ジェイクは視線をシステム・ウィンドウに落とす。
――目ぼしいギルドでスパイを潜り込ませられなかったのは、【七色の橋】と【魔弾の射手】……その他の有象無象は、無視して良い。
有名ギルドからあぶれたプレイヤー達は、それなりに多い。そんな者達が立ち上げたばかりの、小規模ギルドも少なくはない。しかし、それは加えるに値しなかった雑兵。つまりは、残り物である。それをわざわざ、警戒する必要は無い。
ファンギルドも、どうせ馬鹿騒ぎをしてイベントを堪能できれば良い……ついでに、推しを間近で見る機会があれば御の字。その程度の考えで、参加していても物見遊山気分なのだろう。
これがジェイクを含む、【禁断の果実】の主要人物達の考えだった。
狙うは、名の知れた有名ギルド。そこをアンジェリカが率いる【天使の抱擁】が下し、彼女の名声を高める。
全ては、アンジェリカの為だ。
彼女を満足させる為。彼女の役に立つと証明する為。彼女に必要とされる為。彼女の愛が自分に向く為。
「さて、【絶対無敵騎士団】の次は……ふん、この【悠久亭】あたりが良さ気か」
システム・ウィンドウを操作し、【悠久亭】に忍び込ませたスパイに指示を出す。
『主戦力を分断させ、潰しやすく誘導せよ』
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「敵襲!! 敵襲ーっ!!」
警戒を指示されていた応援NPCが、叫び声を上げる。拠点防衛を担当していたエムは、迫る集団に目を向けて驚いた。
「倍以上の集団……!? くそっ、誰か皆に救援連絡!」
「ジョー、頼む!」
「盾持ち部隊、止めてくれ!」
「止まった奴を叩くぞ!」
迎撃手順を組み立てて、エム達は二十人以上のプレイヤー集団を見る。
――全員プレイヤーか……一体、どこのギルドだ?
「行くぞ!!」
そう言ってみせたのは、青髪の青年。手に握っているのは、刀だ。
――刀……!! しかし、和装じゃない。【七色の橋】が販売したのを買ったのか?
刀を手にした、青髪の青年。その整った顔は、わずかに愉悦を滲ませている。
エム達は連携で善戦するも、物量差に耐え切れずに突破されてしまう。
更に拠点強化を行っていたNPC達も倒され、戦闘不能に陥ってしまった。
「く……っ!」
HPがゼロになったエムは、悔しげに青髪の青年を観察する。
「さぁて、まずは一つ目……【一閃】」
刀でギルドクリスタルを斬り付ける青年は、チラリとクリスタルを見る。その輝きが薄れつつも、ギルドクリスタルは健在だ。
「一撃では、破壊出来ない……か。なら、ほらぁっ!!」
もう一度斬り付けると、クリスタルの輝きが更に失われる。そうして、三度目で……。
「ハッ!! やっと割れたか!!」
【絶対無敵騎士団】のギルドクリスタルが、粉々に粉砕された。次にギルドクリスタルがリポップするのは、一時間後である。
「カイトさん、やりましたね!」
「これで、アンジェリカさんも喜んでくれるわ!」
「よし、カイトさん! 次はどこに向かいましょうか!」
そんなプレイヤー達の会話を耳にして、エムは戦闘不能三十秒を迎え……消滅した。
――アンジェリカ……そうか、あれが新たな大規模ギルド! 【天使の抱擁】か! フデドラさん……皆……守れなくて、すんません……。
これでエム達は、五分間の待機時間を待たなければリスポーン出来ない。
プレイヤー五名によるマイナス50ポイントと、応援NPC十五名によるマイナス15ポイント。そしてギルドクリスタル破壊によって、マイナス100ポイント。合計165ポイントを、【絶対無敵騎士団】は失った。
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その頃、ギルド【天使の抱擁】の拠点内。これからメンバーを引き連れて出立するアンジェリカに、ジェイクが声を掛けた。
「カイトが【絶対無敵騎士団】のギルドクリスタルを破壊に成功、ギルドポイントが100ポイント加算されました。アンジェリカ、順調な滑り出しですね」
システム・ウィンドウを操作していたジェイクは、朗らかな笑顔でアンジェリカにそう告げた。
「そうなの? カイト、流石だね」
喜ぶでもなく、そんな事があったんだ? という態度のアンジェリカ。彼女にとって、自軍のポイントが増えた事はあまり気にならないらしい。
「えぇ、本当に。あまり消耗も無かった様なので、そのまま次の標的に向かって貰っています」
「へぇ、そうなんだ? 近くに、他のギルドが居たのかな?」
「私の情報網に引っ掛かったんですよ。【無敵】から少し離れた位置に、【悠久亭】が居ました」
「ふぅん、流石ジェイクだね」
またも、気の無い返答。しかしその言葉に、ジェイクは内心で歓喜する。
それを心の奥底に隠し、アンジェリカに微笑みかけた。
「これしきの事、大した事では無いですよ。貴女の為ですからね」
ジェイクがそう言うと、この報告が始まって初めてアンジェリカが笑みを見せた。
「ふふっ、もう……ジェイクってば」
ジェイクの言葉に、アンジェリカは嬉しそうな笑みを浮かべている。その顔が見たくて、ジェイクは言葉を選んでいたのである。アンジェリカの笑顔に、ジェイクの心は高揚していく。
そんな光景を見ていた、【禁断の果実】に登録していない一般的なプレイヤー。彼は、二人のやり取りに疑問を抱いていた。
――アンジェちゃんは、あの男と知り合いなのか? 情報掲示板のメンバーらしいが……。
突然、ギルドに加入した二人の新参者。しかし、片やレベル60のトップランナーに並ぶプレイヤー。片や情報掲示板に所属し、有用な情報を齎した知恵者。
更にアンジェリカも親しげな態度を向けており、二人を妬ましく感じつつも糾弾は出来ない状態。
新たな大規模ギルド【天使の抱擁】において、二人は一部のメンバーに疎まれつつも手出しが許されない……ある意味、特権階級的な立ち位置を手にしていた。
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アンジェリカ率いる【天使の抱擁】が順調に標的を攻め立てている、その頃。他のギルドもまた、近隣に拠点を構えるギルドとの衝突を開始していた。
「オラァッ!!」
「ちぃっ!! ちょこまかとっ!!」
短剣を手にしたプレイヤーが、戦斧を振り被るプレイヤーの脇を駆け抜けると同時に斬り付ける。
「食らいなさい……!!」
「させないわっ!!」
詠唱を完了させた魔法職が魔法名を宣言しようとする瞬間を狙い、弓使いの女性がヒットストップを狙って矢を射る。
「俺に任せて、ここは下がれ!!」
「馬鹿め!! 【ナックル】!!」
仲間を庇おうとした盾職を前にした格闘プレイヤーが、渾身の力を込めて盾ごと相手を殴り付けノックバックさせる。
「陣形を組み直せ! 【天下】の誘導に付き合うな!」
「そう言わずに付き合ってくれよ! 暇なんだろうが、【遊び】さんよぉ!!」
ギルドマスター同士の大声が、戦場に響き渡る。ここはギルド【暇を持て余した我々の遊び】の拠点であり、ギルド【天下無敵】がそれを襲撃している最中である。
【暇を持て余した我々の遊び】側は、プレイヤー十名に応援NPC十五名。そして、PACが五名の三十名である。
対する【天下無敵】は全員がプレイヤーの主力部隊で、その人数は十五名だった。
「【レクター】、応援NPCが次々やられている!」
「解っている! 相手はこちらのポイントを、チマチマと削る算段だ! 数はこちらは有利、プレイヤー複数名で少数を囲んで落とせ!!」
【暇を持て余した我々の遊び】のギルドマスターであるレクターの指示に、残る九名のプレイヤーがPACと応援NPCを連れて陣形を組み直す。
「卑怯クセェなぁ、【遊び】さんよ!!」
「何だと、こいつ!!」
【天下無敵】のギルドマスター【ギャリック】の挑発に乗り掛けるギルドメンバーに、レクターは注意を促す。
「挑発に乗るな! 冷静に対処すれば、行ける!!」
「あぁもう、ヴィヴィが居ればなぁっ!!」
「言うな、【ジュリア】!!」
サブマスターのジュリアが泣き言を言うが、レクターはそれを窘める。ヴィヴィとは勿論、【桃園の誓い】に移籍したヴィヴィアンだ。
ヴィヴィアンは、装飾品やポーションを製作出来る上、戦闘もできる魔法職だ。しかしレクター達は、レベリングで不足しがちなポーションの製作……生産職の役割”だけ”を彼女に求めてしまった。それがきっかけで、彼女はギルドを離れてしまったのである。
その離脱による、魔法職とポーションの不足。どちらも、【暇を持て余した我々の遊び】にとっては大打撃だった。
……
そんな怒号と剣戟が響き渡る、ギルドとギルドのぶつかり合い。その光景を、岩場の上から眺める影があった。
「……盛り上がっているでゴザルなぁ。ここに乱入したら、相当反感を抱かれるでゴザルよ……」
影というか、忍者だった。珍しく忍んだ、紫色のマフラーを風に靡かせる忍者だった。
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■プレイヤーネーム/レベル
【ジン】Lv60
■所属ギルド
【七色の橋】
■ステータス
【HP】168≪+290≫(合計458)
【MP】69≪+260≫(合計329)
【STR】10【-50%】≪+60≫(合計65)
【VIT】10【-50%】≪+60≫(合計65)
【AGI】133【+140%】≪+240≫(合計559)
【DEX】10【-50%】≪+80≫(合計85)
【INT】10【-50%】≪+75≫(合計80)
【MND】10【-50%】≪+75≫(合計80)
【CHR】10【-50%】≪+60≫(合計65)
■スキルスロット(6/6)
【短剣の心得Lv10】【体捌きの心得Lv10】【感知の心得Lv10】【隠密の心得】【超加速】【達人の呼吸法】
■拡張スキルスロット(5/5)
【九尾の狐Lv14】【刀剣の心得Lv10】【分身】【変身】【投擲の心得Lv10】
■予備スキルスロット(5/5)
【銃の心得Lv3】【採掘の心得Lv5】【体術の心得Lv】【鍛冶の心得Lv6】【彫金の心得Lv7】
■未装備
【毒耐性(小)】
■武器
右手武器 小太刀≪大狐丸・参≫AGI+60【破壊不能】
左手武器 小太刀≪小狐丸・参≫AGI+60【破壊不能】
■携行装備
≪シーカーロープ≫
≪ジンの苦無≫DEX+5
≪ジンの手裏剣・菫≫DEX+5
■予備装備
≪カノンの手裏剣≫
■防具
一式装備≪忍衣・疾走夜天≫全ステータス+60【破壊不能】、【縮地】、【朱の羽撃】
鞄≪大商人のポーチ≫収納上限1000
■装飾品(5/5)
首元≪闇狐の飾り布・参≫HP+60、MP+60、【破壊不能】
頭部≪ユージンの付け髪+10≫HP+200、MP+200
胸元≪レンの首飾り・迅+10≫AGI+20、INT+15、MND+15
左腕≪ネオンの腕輪・迅+10≫AGI+20、HP+30【HP自動回復(中)】
右腕≪ジンの腕輪・迅+10≫AGI+20、DEX+20
■結婚指輪
≪ジンとヒメノの結婚指輪≫【比翼連理】
■変身装備
≪風の忍鎧≫【AP】100/100
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眼下の様子を確認したジンは、システム・ウィンドウを開きマップの現在地点に【暇】と入力した。
別に、暇な訳ではない。ここが【暇を持て余した我々の遊び】の拠点と解るように、そう書き込んだだけだ。いや、ちょっと暇かもしれない。
ちなみに今回のイベントで、システムにちょっとした追加要素が加えられた。アバターの頭上に表示されるカラーカーソルを見る事で、プレイヤーネームを見る事が出来る……これは、従来通りの仕様だ。
そしてこのイベントでは、プレイヤーネームと同時に所属ギルド名も表示される様になった。
これは先日、とあるプレイヤーがとあるギルドを名乗って問題を起こした事に起因する。運営としては、所属ギルドを詐称されない措置を考える必要があったのだ。
プレイヤーネームを非表示にする事は出来るが、所属ギルドは出来ない。これも、そういった運営側の意図が窺い知れる。
――行けなくは無いが、無理に乱入するのも無粋……折角だし【天下無敵】の拠点を探してみるか。
流石に防衛戦力を置いていない、という事はあるまい。ならば【天下無敵】が【暇を持て余した我々の遊び】の相手に熱中している間に、【天下無敵】の拠点を攻めても良いだろう。戦略的な観点から考えても、汚くはないはず。多分。
【天下無敵】が攻めた方角から、拠点の位置を予測したジン。岩場を強く蹴り、宙に躍り出る。
「【天狐】!!」
MPを消費し、空中を駆け抜ける武技。その姿を見る者が見たならば、ジンの存在に気付くだろう。
しかしながら彼は現在、隠密行動中。【隠密の心得】による、【ハイド・アンド・シーク】を発動させている。
そうして予測した通り、ギルドの拠点がそこにあった。揃いの装備品は、先程乱戦を繰り広げていた【天下無敵】の仲間達と解る。
「では……いざ、尋常に」
ジンは【ハイド・アンド・シーク】を解除し、【天下無敵】のメンバーから見える位置に降り立つ。
「はっ!? あ、あいつ……えっ!?」
「アイエエエ!? ナンデ!? ニンジャナンデ!?」
「ひいぃ!! フィールドボスが来たぁ!?」
「何か衣装が豪華になってる!! 進化したの!? Bボタン!! Bボタン連打して!!」
「馬鹿野郎、もう手遅れだ!!」
ジンの登場に、混乱し始める【天下無敵】。プレイヤー数は十人程度で、残る二十人は応援現地人だ。三十人対一人である。
応援現地人達は、武器を構えて警戒する。しかしギルドメンバーからの指示が無くては、基本的には無断で動かないらしい。
これは、契約したてのPACと同じ仕様だ。AIの成長が進んでいない為、自律思考をしないのである。
そんな混乱する【天下無敵】に対し、ジンは堂々と声を上げる。
「こちらは、【七色の橋】のジン。貴殿らと競い合うべく、参上した」
そんな名乗りを受け、【天下無敵】側から「この人、忍者じゃなくて侍なのかしら?」なんて声が上がる。
「準備はよろしいでゴザルか?」
両手に小太刀を構え、ジンは【天下無敵】に問い掛ける。そんなジンの態度に、感心する者も居るのだが……不快感を覚える者も、数名居た。
「正々堂々を気取ってるつもりか!?」
「俺等を舐めてんのか!! ふざけんな!!」
「そんな態度で、不正行為の罪は消えないぞ!!」
お察しの通り、内一人は【禁断の果実】の人間だ。残る二人は、単純に馬鹿にされた気がして怒っただけ。
しかしジンは舐めてもいなければ、不正した訳でもない。そして、そんな罵声も全く響かない。
「準備は出来ている、と見受けたでゴザル」
何故なら、陸上競技は公平なスタートが原則なので。
「では、参る」
そう呟いて、地を蹴るジン。彼は十五メートル程の距離を瞬く間に詰め、不正云々を喚いたプレイヤーの目前に迫った。
「は?」
あまりの速さに、彼は何が起きているのか理解出来ない。目の前の忍者が、小太刀を構えている。その刀身が、淡い光を帯びていく。忍者の目が、スッと細められる。
観戦エリアで、自分達を見ているプレイヤーが居る。それもあって、あまり表には出さない様に努めているが……最初に彼に狙いを定めたのは、やはり不愉快だったからだ。
不正だなんだと喚かれた事に、苛立ちを感じたのである。彼とて、一介の高校生。感情を持つ、一人の人間なのだ。
最もジンという少年の性格からして、過剰な振る舞いはしないだろうが。
――努力の末に身に着けた技術……とくと御覧じろ。
どうせ戦うしかないのだ。それならば少しばかり本気を出して倒しに掛かっても、罰は当たるまい。
そう考え、ジンは小太刀を振るう。
「【一閃】!!」
戦闘の開幕を告げるのは、ジンが繰り出した左右二連撃のクリティカルヒット。
「……はぁっ!?」
不正を訴えた男……【禁断の果実】に登録しているアレク達の手駒である【ゴーズ】は、一瞬でそのHPを半減させられた。
「ゴーズ!!」
「くそっ!!」
ゴーズを助けようと、ジンに斬り掛かる三人のプレイヤー。しかし、その剣撃をジンは武技無しで避ける。
――うん、教えて貰った回避術……対人でも、しっかり使える。
ある人物からジン達が教わった、回避術。それは剣の切っ先、手の握り、視線の向けた先……それを見抜いて攻撃の軌道を予測すれば、回避が容易になるというものだった。確かに、それは道理である。
ただし口で言うは易し、実践するは難し。そんなアドバイスを完全にモノに出来たのは、仲間達の中でもジンだけである。
それを可能にしているのは、一言で言えば速さ。それは、アバターの性能だけでは無い。
初プレイ当初から、高速機動による戦術で激戦を潜り抜けてきたジン。それは、元々高水準だった彼の身体的な性能を引き上げた。
それは手裏剣や苦無の鍛錬を重ねた末に、現実でも投擲技術が向上した様に。動体視力だったり、反射神経……または思考速度だったり、知覚速度。そういった能力が、鍛えられたのである。
更に幸いな事に、ある人物から教ったその技術を磨く時間は大いにあった。なにせ、ギルドホームから出ればスパイや不正を疑うプレイヤーの視線があるのだ。
そこでジン達は開き直り、ホームの鍛錬場で仲間同士で対人戦の腕を磨いたのだ。多くのプレイヤーは、不正疑惑による逆境の時を鍛錬の時間に充てたとは夢にも思わないだろう。
そんな回避術を駆使し、武技無しで三十名の防衛戦力と渡り合うジン。更にその動きは加速し、それでいて研ぎ澄まされていく。挙動の全てから無駄が排され、その鋭さは抜き身の刃の如く。
振り下ろされる剣を避け、動きを止めた前衛職を斬る。魔法職が発動した魔法を潜り抜け、接近して斬る。弓職の放った矢を紙一重で躱し、一気に距離を詰めてその身を斬る。
更に加速していくジンを止める術を、【天下無敵】の面々は持たない。
「う、そ……っ!?」
「当たらねえぇっ!!」
「こ、このっ!! 当たれっ!! 当たれよっ!!」
無策でガムシャラに武器を振るっても、ジンを捉える事は適わない。一人、また一人とHPを奪われて倒れていく。
そうして、最後の一人。
「ち、ちくしょおっ!!」
「【一閃】!!」
擦れ違い様に、武技名通りの渾身の一撃。それによって、【天下無敵】の防衛戦力は全員が戦闘不能に陥った。
蘇生猶予時間は、三十秒。その時間が過ぎるまでは、倒れたプレイヤー達は消滅しない。
「くそっ!! 何か不正をしやがったな!! 薄汚い真似しやがって!!」
まだ、件のゴーズが恨み言を口にする。しかしジンからしてみれば、そんなゴーズに付き合う義理は無い。
「その言い掛かりは、聞き飽きたでゴザル」
そう言いながら、拠点に踏み入るジン。守る者のいないギルドクリスタルを見据え、小太刀を握る手に力を籠める。
「では……【一閃】!!」
ギルドクリスタルを左右の小太刀で斬り付け、ジンは更に武技を繰り出す。
「【スライサー】!!」
三度、四度。斬り付けられる度に、ギルドクリスタルの輝きが褪せていく。
「【デュアルスライサー】!!」
続け様に放たれる、短剣の武技。左右から二発ずつ繰り出される、計四連撃の鋭い斬撃。もう、ギルドクリスタルの灯りは消える寸前。
「【一閃】!!」
とどめとばかりに繰り出された、【一閃】。【チェインアーツ】を駆使した、速攻の十連撃。ギルドクリスタルはほんの数秒で、その輝きを失い砕け散った。
「……は、やい……」
「今のって、【チェインアーツ】だよな……」
「あぁ……」
彼等もまた、【チェインアーツ】の存在は知っている。第二回イベントで、数名のプレイヤーがそれを駆使して戦っていた……そこから、Qチャンネルや情報掲示板でも話題になったのだ。
【チェインアーツ】は、純粋なプレイヤースキルに依存するシステム外スキルである。その存在を知っていたとしても、簡単に使いこなせる技術ではない。
その事に思い至ったプレイヤー達は、ギルドクリスタルを破壊したジンの背中を見て……ある点に考えが至る。
――まさか、本当に不正無しであの実力を身に着けたのでは?
そんな彼等の心境に気付かないジンは、振り返って倒れるプレイヤー達に視線を巡らせた。
「此度はギルド同士の戦い故、こうして競い合うしかないが……いずれ、共闘出来る様なイベントが来て欲しいものでゴザル」
そう告げて尚、ジンがその場から動く事はない。それはつまり……。
――看取ってる!? 自分が手に掛けた相手を、看取っているのか!?
そんな事を考える内に、最初に倒されたプレイヤーが蘇生猶予時間に到達した。まぁ、ゴーズなんですが。
「あ……!! くそっ……忍者、覚えt……」
捨て台詞の途中でその身体が硝子の様に砕け散ると、すぐに他の面々もタイムアップに至る。
そうして仲間達が消滅していく中、一人……【ロック】が口を開いた。
「あんたの言うように、共闘系のイベントが来たら……宜しく頼むよ」
そう言い残し、彼も蘇生猶予時間がゼロになり砕け散って消えていった。
ロックが消滅した場所を見つめながら、ジンは≪闇狐の飾り布≫をずり下げてその口元を晒す。
「いつか、きっと」
そう呟いて目を閉じ、数秒。ジンは再び≪飾り布≫で口元を隠すと、拠点の外に出る。
遠くの方から、かすかに聞こえてくる音。それは、プレイヤー同士の戦闘による音だろう。
「次は、あっちかな」
そう言って、ジンは脚に力を込める。そして……
「いざ、疾風の如く!!」
お決まりの台詞を口にし、全力で走り出した。