13-21 幕間・不協和音
ギルド【桃園の誓い】のメンバー……その中でも、加入して日が浅い面々……レオン・マール・ゼクト・ヒューゴ・ヴィヴィアン・バヴェル。そしてドラグが、始まりの町[バース]に存在する喫茶店に集まっていた。
話を切り出したのは、ベテランのプレイヤーであるレオンだった。
「君達に来て貰ったのは、俺が話す内容について真剣に考えて欲しいからだ」
この面々を集めたのは、どうやら彼らしい。その表情は、真剣そのものだ。
そんなレオンに、マールは問い掛ける。
「何かしら、レオン。それに何故、このメンバーなの?」
彼女とて、何の話なのかは理解している。ケイン達を呼ばず、隠れる様にして始まりの町に集められた。つまり、彼等に聞かれたくない話がある……そういう事だろう。
しかしそれは、レオンの口から説明して貰うべきである。それがこの集まりの、発起人の責務。そういった考えがあり、彼女はあえてそう問い掛けた。
マールの言葉を受け、レオンは一つ頷いて話し始めた。
「このギルドのマスターである、ケイン……そしてギルドを立ち上げたメンバーと、ゲイル・チナリ……彼等は何というか、【七色の橋】を信じ過ぎていないか?」
そんなレオンの言葉に、ゼクトは「あぁ……」と声を漏らした。彼は別の理由だと思っていたのか、説明されてやっと理解したらしい。
対するヒューゴは深く考えていなかったのかおちゃらけた感じの表情だったが、レオンの発言を聞いて真剣な面持ちに変わった。
そうしてレオンは、この中で最も【桃園の誓い】に所属して長いメンバーに話を振る。
「ドラグ、お前はどう思う?」
「まぁ、レオンの言い分も解らなくはない……かな」
内心では【七色の橋】に対する印象を悪くするチャンスだと思いながら、ドラグはそんな言葉を口にする。
――不正をしている【七色の橋】は、どうなってもいい……だが、【桃園の誓い】が分裂するのは避けるべきだ。
グランがやらかしたせいでタイミングが狂ったものの、未だに各ギルドの【七色の橋】への疑念は拭いきれてはいない。それはどうやら、【桃園の誓い】も例外ではないらしい。
しかし、ここでヘマをやらかすのは危険……ドラグはそう考えていた。
というのも、【白狼の集い】に所属するもう一人の【禁断の果実】メンバー……レイヴンから、気になる報告が上がったのだ。
――【七色】のヒイロが、スパイが居ると勘付いている……これは、警戒した方が良いだろう。
レイヴンからの報告では、グランを除く【白狼の集い】が【七色の橋】のギルドホームに上がったという。そこで交わされた会話の内容は、グランがスパイではないかという疑い。
とはいえ、それはギルドの総意ではない。新メンバーのマキナが、ヒイロを窘めた所からそれが察せられる。
ドラグはそう考えている。それが、演技だと気付かずに。
――落としどころは、俺が代表になってケイン達と話し合う……これが一番だろうな。
そんな算段を付けているドラグの横で、ヴィヴィアンが神妙な面持ちで口を開く。
「公式発表は、確かに彼等の無実を証明しました……でも掲示板で言われている様に、それはゲーム内の調査だけ……ゲームの外では、どうか解らない……という事ですか?」
ヴィヴィアンの言葉に、レオンは眉間に皺を寄せながらも頷く。
「決め付ける訳じゃない。しかし俺にはどうも、大きな力が動いているように思えて仕方がないんだ」
彼の言う、大きな力。それが何を示しているのかは、全員が察していた。
「まさか運営が、【七色の橋】を擁護している……そう言いたいのか?」
ゼクトがそう言うと、レオンは首を横に振る。あえて言葉を濁したのに、運営と口にしないで欲しいものだ……と言わんばかりである。
「そこまでは言わないし、言えん。しかし、どうも腑に落ちん」
ギルド【七色の橋】に対し、運営の一部が便宜を図っている……レオンまでもが、そんな可能性を考えている。
最も彼も、その可能性は三割程度と考えている。二割は不正をしていない、五割は一部のメンバー……レンとシオンだけが不正をしているというものだ。
そんなやり取りを見て、口を閉ざしていたバヴェル。彼はおもむろに立ち上がった。
「……確証が無い議論に、僕は意味を見出せないので失礼しますね」
彼の、どことなく棘のある言葉。それを受けて、レオンが眉尻を上げた。
「バヴェル……このままで良いと言うのか? 君は、この状況をどう思っているんだ?」
そんなレオンの言葉に、バヴェルは視線を向けて口を開く。
「だって、確証は無いんでしょう? その状態で、結論を急ぐ必要はあるんですか?」
変わらず棘を感じさせる言葉に、レオンはむきになって反論しようと立ち上がる。しかし、バヴェルの言葉の方が先だった。
「ただ……【七色の橋】が本当に無実だとしたら、彼等は今どんな気持ちでしょうね」
「レオンさん、あなたはどう思いますか? 中高生の子供達が大半の彼等が、ただの普通のプレイヤーだったら? 今、どんな気持ちなんだと思いますか?」
運営ぐるみで、不正をしているのではないか……そんな考えに天秤が傾きつつあったレオンは、その言葉を耳にして頭が真っ白になった。
「そ、それは……しかし、彼等は……」
不正をしているかもしれない、その可能性が高いのかもしれない……彼はそう反論しようとしたが、それは確かに「かもしれない」である。つまり、根拠は無い。
反論出来ずに戸惑うレオンに、バヴェルは溜め息を一つ吐く。
「なぁ、レオン君。自分自身で、その結論に至る根拠を探したのか? そもそも、周りの言葉を鵜吞みにして考える事を放棄していないか?」
穏やかな青年から、厳しい言葉を浴びせられた。
目を丸くし、絶句するレオン。それはレオンだけでなく、他のメンバーも同様だ。
そんな面々に視線を巡らせ、バヴェルはレオンへの追求を強めていく。
「ほら、ちゃんと頭を働かせて、想像して、答えてごらん。もしあの晒しが言い掛かりに過ぎなかったら、彼等は今どんな気持ちでいるのか? まだ中高生の子供達が、悪意ある言葉や視線を向けられている現状。これについて、貴方はどう思うんだい?」
レオンはその言葉を受けて、何も言い返せない。黙って俯き、視線をバヴェルから逸らしてしまう。
レオンに興味を失ったかの様に、バヴェルは視線をマールに向けた。
「マール君、君はどう思う?」
「……あなたの言う通り、風評被害だったならば辛いでしょうね。あれだけ歓声を浴びていた彼等が、一転してバッシングだもの」
最初から、その可能性を考慮していたのだろう。マールはバヴェルの質問に、淀み無く答えていく。
「それも踏まえて、この騒動に対しては慎重を期すべき。それは、私も同意見よ」
レオンの話の内容を、マールは最初から察していた。だからこそ、彼女はストッパーとしてこの密談に参加したのだ。
その返答に満足する事なく、バヴェルは話を変える。
「他にも、慎重に考えるべき点があると思う。例えば、騒動の温床となった掲示板についてだけど……事実だけに注目して、よくよく見れば不自然な事に気が付ける」
そう言って、バヴェルはシステム・ウィンドウを操作した。表示された画面を、可視化して全員に見えるようにする。
「まさか……掲示板の書き込み? それを時系列に、並べたんですか?」
ヴィヴィアンが目を丸くして、時系列に目を通していく。そんな彼女を横目に、バヴェルは話を続けた。
「これの内容は、第三者が見たものだけを記してある。憶測や感情は排した、客観的なものだけだ。そうすると晒されている内容と比べたら、おかしい点があると思わないかな?」
バヴェルの言う、おかしい点。それに真っ先に気付いたのは、ゼクトだった。
「……ジンか!!」
ゼクトの指摘に、他の面々もジンの動向を追っていく。その様子を見て、バヴェルは解説を始めた。
「そう。騒動の根幹に居るレン君とシオン君……彼女達と行動を共にするより、速い段階でジン君が高AGIプレイヤーと確認されている。恐らくはユニークスキルを入手した、その後という事だ」
AWOをプレイして、すぐの頃。まだフレンドがユージンのみだったジンは、単独でエクストラクエスト攻略を果たし……そして、忍者風衣装を装備した姿を目撃されている。
その頃の彼は当然、ヒイロやヒメノと出会う前。ソロプレイヤーだったのだ。
「……そうして、ヒイロ君やヒメノさんと、パーティを組んだ。そしてレンさんやシオンさんと、一緒に行動する様になったのはその後だ」
バヴェルの言葉に、他の面々も真剣にその”事実”について考えを巡らせる。
「その頃のレンさんとシオンさんは、【聖光】主催のレイドパーティに参加していたはずだ!!」
「確かに、そうだ。その頃、俺達もレイドパーティで一緒に攻略に挑んだ事があった」
「その時点では、二人共普通のプレイヤーだったわね……いや、普通のトップランカーと言うべきかしら」
その後で彼はヒイロ・ヒメノと出会い、レン・シオンと出会い、ケイン達と出会った。ステータス系ユニークスキルを入手するエクストラクエストの、最初の一歩を踏み出した者。それこそが、ジンである。
「僕はこうして時系列に沿って考えた事で、彼等は普通にプレイする中で特別なスキルなんかを得たんじゃないかと思ったんだ。君達はどう思う?」
疑惑の肯定に傾いていた天秤が、中立に……そして、否定側に傾き始める。唯一、未だに不正を信じているドラグ以外は。
そんなドラグに、バヴェルが視線を向けて声を掛けた。
「ドラグ君、君はどう感じるかな?」
「ど、どうって……何がだ?」
どもってしまうドラグを意に介さず、バヴェルは目を細めて言葉を続ける。
「晒されている内容は、レンさんとシオンさんが、運営から情報を得ている……だったよね? それが、勘違いだとしたらどう思う?」
バヴェルの言葉が耳に届き、ドラグの心臓は早鐘を打ち始める。ゲーム内のアバターだというのに、生身の身体の心臓の様に。
現実の身体ならば、きっとドラグは脂汗を流しながら震えていた事だろう。
そんなドラグだが、バヴェルは決して態度を緩めない。
「例えば世間話をしている時に、自分の家族にAWOの運営が居ると口にしていたら? それを聞いたどこかの誰かが、勘違いをしたら? それが原因で、こんな騒動に発展したとしたらどうかな?」
まるで見て来たかのように、そんな事を告げるバヴェル。ドラグからしてみれば、何故知っているのか問い質したい気持ちでいっぱいだ。
この話を続けさせてはならない、止めなくてはならない、知られてはならない。そんな焦りは表情に出さない様に必死に堪えつつ、ドラグはバヴェルの言葉を否定しようとする。
「そ、そんなの……可能性の話で……」
しかしその悪足掻きを、バヴェルは一刀両断する。
「そう、可能性だ。その可能性は、何パーセントくらいだろう? 晒した人間は、非難する人間は、関わった人間は……そういった計算を、果たして出来ているのかな?」
反論を正論で捻じ伏せられ、ドラグはぐうの音も出せずにいる。
黙る事しか出来なくなったドラグから視線を外し、バヴェルはレオンに向き直った。
「レオン君。そもそも君は、ケイン君達に聞いてみたのかな?」
「聞くって……何についてだ?」
それはドラグに向けた言葉より、幾分柔らかい口調。しかしながら、棘は未だに感じさせるその言葉だった。
「彼等がどんな子達なのか。彼等とケイン君達の間に、どういう事があったのか。彼等を信頼する、その理由は聞いているのかな?」
「……いや」
指摘されて、レオンは自分がいかに考え無しだったのかを悟った。
自分は勝手に不信感を抱いて、ケインとの対話を怠っていた。そのせいで、彼等が何を思って【七色の橋】を信じているのか……それすら、理解できていない。
「まずは今の思い込みを無くし、その上でケイン君達と話してみるのはどうかな。それによって、見えてくるものもあると思うよ」
それは、バヴェルなりのアドバイスだ。レオンも、他の面々もそれを察した。
「……あなたは、そうしたの?」
「さぁ、御想像にお任せするよ」
マールの質問に、お茶を濁すバヴェル。しかしその態度は、彼女の質問の答えに等しい……バヴェルは既に、ケイン達から【七色の橋】について色々な話をしているのだろう。
今度こそ、バヴェルは席を立った。
「拡散された情報を鵜呑みにして、決め付ける事。僕はそれを、無知の罪なのだと思う。そして無知なまま、無遠慮に他人を卑下する輩は……最低の人間だと思う。君達が、そうでないことを祈るよ」
そう言うとバヴェルはカウンターに立つプレイヤーに歩み寄り、コーヒーの代金を支払う。
「密談を続けるなら、好きにするといい。僕からケイン君達には、決して漏れない事を約束しよう」
その一言を残して、彼は店を出た。内心で、ある事を考えながら。
――それにしても、こんな資料まで用意するとはね。やっぱり、黒幕じゃないか。
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始まりの町からポータル・オブジェクトを利用し、転移したバヴェル。そんな彼に気付き、チナリが声を掛けた。
「あ、バヴェルさん! おかえりなさい!」
「ただいまです、チナリさん」
笑みを浮かべるチナリは、手にした物を大広間の机に並べていた。
「いいタイミングでしたね、丁度出来上がったんです!」
「……これ、僕達用の装備ですか?」
並んでいるのは、中華風の衣装。四着の男性用と、二着の女性用だ。
そこへ、フレイヤも姿を見せた。
「あら、お帰り。丁度良い所に帰って来たわ。他の連中は?」
「さぁ? どこかでレベリングでしょうか」
そんなバヴェルの返答を疑うことなく、フレイヤは頷いて並べられた装備に視線を向けた。
「待たせてしまったけど、何とか仕上がったわよ。あなた達の為の、新装備」
「ギルマスコンビと、ゼクスとダイスさん……四人はちょっと、お出かけ中なんです。だから途中からは、フレイヤさんと私と兄で仕上げました!」
服の仕上げの大半は、フレイヤの手によるものだ。鎧などは、ゲイルとチナリのSTRが高い兄妹によるものである。
そして、姿を見せないゲイル。彼が今何をしているのかは、フレイヤから語られた。
「ゲイルは今、宴会用の料理を作っているわ。イベント前に、パーッとやろうって話ね。予定は大丈夫?」
そんなフレイヤの言葉に、バヴェルは笑みを浮かべて頷いた。
「えぇ、大丈夫です……服、ありがとうございます。大切にします」
……
一方、バヴェルが去った後の喫茶店。そこでレオンを中心にした面々は、掲示板や過去の動画を漁っていた。
「ケインとゼクス・イリスが一緒に目撃されたのは、第一回イベント。しかし開始前に、一緒にお茶をしている……相当仲良くなった、その後か?」
レオン……本名【成田 蔵頼】は、先程と打って変わって情報収集に勤しんでいた。
先程までの雰囲気は一変し、鬼気迫る勢いと称して差し支えない様子であった。
マール……【笛宮 美和】は、第一回イベントの様子を見ている。
足を組んで頬杖をつく様子だが……その目は真剣そのものである。一切のヒントを見逃すまいという、熱意が見て取れる。
「ギルド結成前、一つのパーティとして行動している状態。この時点で、ヒイロ君は武器が今とは違う……戦術も、鬼以外は普通ね。まだ、ユニークスキルを得ていない頃かしら?」
ダイスのリアル友人・ヒューゴこと熱田言都也。彼は、掲示板の書き込みなどを見ていた。
彼もまた、普段の軽い調子は鳴りを潜めている。
「【魔弾の射手】についてだけど、やっぱりどいつもこいつも憶測ばかりだ。バヴェルさんの言う通り、客観的な意見なんてちっとも無いぜ」
ゼクトこと、【持田 和高】は第二回イベントの動画と掲示板を交互に見ている。強面の彼だが、眉間に皺が寄って尚の事厳しい。決して怒っているのではなく、真面目に情報収集をしているだけなのだが。
「【聖光】の情報が、このイベントの時にやたらと書かれているな。他のギルドもそうだが……」
ヴィヴィアン……大学三回生の【奥代 里子】は、彼等が抜き出した情報を時系列に並べていく。
「ジンさんが、四人の初心者女性を助けた……ここね。多分、これが【魔弾】のレーナさん達……」
その対象は、【七色の橋】だけではなく、他の主立ったギルドも含めてだ。
もしも他のギルドが関係しているならば、何かしらの情報が得られるかもしれないと考えたのである。
「ドラグさん、【森羅万象】はどうですか?」
「お、おう……まぁ確かに、気になる点がいくつか……今、書き出す」
バヴェルに叱責された彼等は、自分達が何も確認しないで憶測を口にしていた事を恥じた。そして、後悔するよりやる事があると奮起したのだ。
まずは客観的な事実を並べ、因果関係を調べる事にした。対象は【七色の橋】だけではなく、有名所のギルド全て。そうする事で、この騒動の真実に迫ろうと考えたのだ。
その熱意に付いて行けず、ドラグは内心で冷や汗をかいている。その脳裏に、先程のバヴェルの言葉がこびり付いて離れないのだ。
――勘違い? まさか、俺が勘違いしているというのか!? そんな、まさか……そんなはず……そんな、はずは……。
次回投稿予定日:2021/12/15(本編)




