13-16 幕間・ヒューズの独白
俺の名は【下海戸 太悟】……AWOでは、ヒューズと名乗ってプレイしている。今はギルド【白狼の集い】のギルドマスターとして、日々頑張っている所だ。
しかし、今日はツイていない……ウチのメンバーの一人であるグランが、問題を起こしてアカ停止処分になったんだ。
まさか【七色の橋】晒しをした張本人が、自分のギルドメンバーだとは思わなかった。
巷で[虹の麓]と呼ばれている、【七色の橋】のギルドホーム……そこに足を踏み入れるのは、彼等と親交が深いプレイヤーだけらしい。
しかし今、例外が生まれた。生まれてしまった。
グランを除いだ俺達五人がここに足を踏み入れたのは、晒し行為の状況説明の為。事情聴取でも良い、俺等は重要参考人というわけだ。
ホームの中にお邪魔すると、広いスペースがある。そこに、四人の人物が居た。
和装で統一された面々……【七色の橋】のギルドメンバーだろう。第二回イベントでは見なかった顔で、逆に生産職の二人……ミモリとカノンの姿は無い。
「それでは、そちらの椅子にどうぞ」
「あぁ、失礼する」
鎧武者の少年・ヒイロが目の前のソファに腰掛けるのを待って、俺も勧められたソファに腰を下ろした。
俺がヒイロと向かい合う様に座ると、彼以外のメンバーが動き出した。
「上の部屋から、ソファや椅子を持って来るね」
「そうですね。助かります、ジンさん」
「では、私はお茶の用意を」
「あ、シオンさん。私も手伝いますね」
……あれ、ソファ? 椅子? お茶? 事情聴取は?
すぐにソファや椅子が用意され、目の前のテーブルにお茶が並べられた。このゲームで緑茶を飲むの、初めてだ。
こちらは俺の左右に、二人ずつメンバーが並んで座っている。対する【七色】は俺の正面にヒイロ、その右隣にレンが座っている。
そして左右……俺から見て右手側に、ジン・ヒメノ・アイネ・ハヤテ。左手側は、外には出て来なかった四人だ。
ともあれ、最初にすべき事は決まっている……俺は立ち上がると床に膝を付き、頭を下げる。そう、土下座だ。
「まずグランのしでかした事について、謝罪させて欲しい。本当に、申し訳無い」
俺の行動を見て、仲間達も同じく土下座をしてみせる。まずは、誠意ある謝罪から。そう決めていた。
「……顔を上げて下さい、俺達は貴方達を糾弾する為に招いたわけではないんです」
その言葉に甘えて、顔を上げる。すると、ヒイロの隣に座るレンが優しげに微笑んでみせた。
「彼の件で、いくつかお話を聞かせて欲しいんです。だから、どうぞ普通にお座り下さい」
優しい口調なのに、どことなく……悪寒を感じるのだが、気のせいか?
ともあれ厚意に感謝の返事をして、俺達は席に座り直した。
「さて、ヒューズさん。今回の件ですが……グランの単独行動、そう考えて良いんですね?」
俺は、知ってる事を洗いざらい吐く必要がある……と、覚悟していた。しかしヒイロが口にしたのは、先の俺の言葉を肯定するニュアンスの発言。
「あ、あぁ……それで間違いは無い。そうだな?」
【白狼の集い】メンバー全員に視線を巡らせると、誰もが首を縦に振る。その顔は、必死である。
無理もない、相手は【七色の橋】。イベントで、数々の実績を上げて来た少数精鋭の実力派。
そんな彼等を敵に回すなど、最悪の展開だ。
「晒しのあった時も、彼はギルドの皆さんと一緒に?」
「いや……その時あいつは、フレンドに会いに行くと言っていた。それで、単独行動をしていたな」
「成程……彼は、よく単独行動を?」
「あぁ、よく一人で行動している。それ以外は、普通のプレイヤーで……」
質問されるのは【白狼の集い】についてではなく、グランの事だった。
他にもギルド加入はいつ頃だったか、ギルド内に親しい仲間は居るのか、ギルド外の交友関係はどうだったか。
まるで俺達【白狼の集い】ではなく、グランとそのフレンドだけを疑っている様な口振りである。
あまりに気になったので、彼等の真意を聞いてみたい……そう考えた俺は、意を決して口を開く。
「こちらから言えた立場では無いのだが……俺から、一つ聞いても良いか?」
「……えぇ、良いですよ」
「グランの事を、何故そこまで……? まるでアイツが、スパイか何かみたいな……」
そこで、俺は気が付いた。グランがもし、俺達の情報を集める為に入り込んだスパイだとしたら?
「……俺は、その可能性を考えています」
ヒイロの言葉は、俺の考えを肯定するものだった。
しかし、そんなヒイロに【七色の橋】のメンバーから声が掛かる。
「ヒイロ君? それは流石に疑い過ぎじゃないかな。AWOでスパイ行為をするにしても、メリットが無いだろう?」
それはヒイロよりも、年上の青年。大学生くらい……だろうか?
「……マキナさんの言う通り、かもしれないですね。済みません、忘れて下さい」
彼は、マキナというのか。第二回イベントには参加していなかったようだし、新メンバーだろうか。
「聞きたい事は聞けましたし、ヒューズさん達からは何かありますか?」
そう問い掛けられるが、こちらから何か質問や要望を口に出来る立場ではない。ウチのメンバーの顔を見てみても、同じ考えらしい。
「いや、こちらからは何も」
「解りました、これでお開きにしましょうか」
そう言ってヒイロが立ち上がると、「あぁ、そうだ」と思い出した様に俺を見る。
「折角ですし、フレンド登録をお願い出来ますか?」
それは俺達からすれば、願っても無い申し出だった。
「こちらとしても、是非お願いしたい」
……
フレンド登録を済ませた俺達は、【七色の橋】の面々に見送られて[虹の麓]を後にする。
「お咎めなしとはな……まぁ、俺達からしたら助かったが」
そう呟いて深い溜息を吐いてしまった俺に、メンバー達も追従した。
「そうですねぇ……俺は、連帯責任で運営に通報されるかと思いましたよ……」
「門の前ではメチャクチャ怖かったよなぁ……」
「本当になぁ。ホーム内では、普通に穏やかな感じだったよな……」
そんな中、一人だけ不満そうな表情を浮かべる者がいた。
「それにしても、スパイとか……映画やアニメの見過ぎじゃないか? 不正の件だって嫌疑が完全に晴れた訳じゃないくせに、偉そうな態度だしよ……」
それは、【レイヴン】というギルドメンバーの一人だった。その表情からは、【七色の橋】に対する嫌悪感の様なものを感じさせる。
そういえばレイヴンも、グランと同時期に加入したメンバーだった。そして、グランとはそれなりに親交があったはず。
スパイ……それに不正疑惑。もしもグランがスパイだとしたら……こいつも?
「よしとけよ、聞こえるかもしれないぞ」
「そうそう。これ以上揉めても、誰も得はしないんだしさ」
仲間達に宥められて、不愉快そうに鼻を鳴らすレイヴン。
成程、警戒するに越したことはなさそうだ。
「マキナ、ナイス演技」
「最初の頃の様に振る舞うの、心情的に結構しんどいです……」
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次回投稿予定:2021/12/5(本編)