13-14 対面しました
【七色の橋】のギルドホーム、通称[虹の麓]。その門前で騒いでいたグランと、彼が所属するギルドのメンバー……その前に、七人のプレイヤーが姿を現した。
ギルドマスターを務める鎧武者、ヒイロ。
サブマスターとして並び立つ巫女姫、レン。
その横に控える和風メイド、シオン。
銃を担いだ銃使い、ハヤテ。
薙刀を突き立てる侍少女、アイネ。
弓を手にした一撃必殺巫女、ヒメノ。
そしてその口元をマフラーで隠した最速忍者、ジン。
この【七色の橋】を立ち上げた、七人の揃い踏み。その存在感は、グランを黙らせるには十分なものだった。
「何の用件……いや、そもそも誰なのかな?」
ヒイロらしからぬ、棘のある言葉。彼の普段を知る者ならば、珍しいと目を丸くするだろう。
勿論、これはわざとである。相手の感情を煽り、冷静さを失わせる。そうして思考を誘導して、口を滑らせる算段であった。
「お前ら! お前達が不正を認めないから、俺が……! 俺が軽犯罪になったのは、お前らが……っ!!」
顔を醜く歪めて、グランが叫ぶ。ヒイロに飛び掛りかねないと判断した、彼の所属するギルドメンバーがそれを抑えた。
「やってもいない事を、認めろと? 随分と無茶な事を仰るのですね」
そう言って、魔扇で口元を隠すレン。口調や細められた目から、明らかにグランを挑発していた。
彼女もグランが晒し犯と解っているので、ここぞとばかりに煽りに行っているのである。
「おい、お前が軽犯罪になったのって、まさか……!!」
「あの通報、お前の仕業だったのか!?」
驚いてみせる名もなきメンバー達だが、それを見てハヤテがくつくつと笑い始めた。
「白々しいな。そいつの単独犯ってアピールか? トカゲのしっぽ切り?」
笑っていながらも、その目は鋭い。
事実、彼等が無関係だという証拠はない。ならば、疑ってかかるのが道理だろう。
そんな恋人の言葉を、アイネが引き継いだ。当然ながら、視線は厳しく冷たいものだ。
「私達を陥れる為に、貴方達が企んだ事じゃないのですか?」
その一言を聞いたギルドメンバー達は、慌ててそれを否定する。
「ち、違う!! 誤解だ!!」
「俺達は、決して【七色の橋】を陥れようなんて考えていない!!」
「本当だ、信じてくれ!!」
顔色を青褪めさせたギルドメンバー達は、慌ててグランから距離を取る。
――こ、こいつの巻き添えになってたまるかよ!!
――余計な事をしでかしやがって!! 折角、ここまで来たのに!!
彼等のギルド……【白狼の集い】は、【七色の橋】同様に小規模ギルドだ。
特別な一つを持つ者はいない、至って普通のプレイヤー達。そんな彼等だが、第三回イベントで入賞するという実績を挙げる事に成功した。
それ以来、彼等のギルドへの加入も増えて来た。仲間内の関係も良好で、第四回イベントでは上位を目指して頑張ろう……そう意気込んでいる所だったのだ。
だというのに、この騒動……その原因がギルドメンバーだった。そうなれば、今すぐにでもグランを放逐してその首を差し出したい気持ちになっても仕方があるまい。
だが、ただ一人……【白狼の集い】を率いる男だけは、違った。
「……信じて貰えるか解らないが、説明させて貰っても良いだろうか?」
グランから唯一距離を取らなかった青年が、一歩前に出てそう申し出る。表情は強張っているが、この場を治める為に行動を起こさなければならないと判断したのだろう。
「あぁ、構わないよ」
冷たい視線ながらも、ヒイロは青年に先を促した。
ちなみにこれもあくまでポーズで、ヒイロは彼が晒しやスパイとは無関係なんだろうと予測している。主導権をこちらが握る為に、あえて厳しい姿勢を崩さないだけで。
「俺は【白狼の集い】のギルドマスターで、ヒューズという者だ」
青年……ヒューズが名乗ると、ヒメノが「あっ!」と声を上げた。
「確か、第三回イベントで戦鎌を贈っていた……」
彼が製作を主導し、ギルドメンバー全員で作り上げた≪ヒューズのバトルサイズ≫。武器部門で第十位に入賞したプレゼントの、製作者の名前だ。ヒメノはそれを、しっかり覚えていたらしい。
「覚えて貰えて光栄だ……君達の刀、≪月虹≫だったか。あれには、兜を脱がざるを得なかったがね」
「いえ、あの戦鎌も凄かったと思います!」
場にそぐわぬ、天使の様な微笑み。毒気を抜かれたヒューズは、苦笑して軌道修正を試みる。
「ありがとう、世辞でも嬉しいよ。ともあれ、俺がそのヒューズだ……こいつはウチのギルメンで、名前はグラン」
名前を呼ばれて、グランは表情を歪める。その視線は、ヒイロではなく……レンとシオンに向けられている。
「今日、ログインしたら既に公式発表が送られていてな。俺達も、自分達のホームでそれを確認したんだが。そうしたら、コイツがいきなり飛び出したんだ。後を追い駆けていたら、ここで騒ぎ始めて……わけが解らない状態ではあったが、流石に止めようとしていた次第だ」
そうして、ジン達が姿を見せた……という事だ。つまりグラン以外は、何も知らない。ヒューズはそう言いたいのだろう。
「後はグラン、お前の口から説明してくれ。俺達も何が何だか解らないんだ。このまま、だんまりを決め込むつもりか?」
そう言って、ヒューズはジン達に背を向けてグランを睨む。その視線を受けて、グランはヒューズを睨み返す。
「決まってんだろ!! 【七色の橋】が不正を認めないから、それを非難してんだよ!!」
その言葉を受けて、ジン達の視線が厳しいものになる。しかし、次の瞬間その表情が変わる事になる。
「俺は聞いたぞ!! レンがシオンに、ユートピア・クリエイティブに出向く様に指示していたのを聞いた!! 三枝って奴に会う為に!!」
「「「「「「「は?」」」」」」」
何言ってんだ、コイツ? という顔になる、【七色の橋】の七人。
「……それって、あの時の会話か? そういえば、晒し行為の直前に……確かに、そんな世間話をしていた気がするな……」
「あのー、私は指示した覚えは無いのですが……だって、シオンさんのリアルでの仕事の話ですから……」
「運営の、S氏……そうですか、あれはそういう……」
ヒイロ・レン・シオンの様子に、グランは忌忌しげに顔を歪める。
「報告を受けるって、ゲームの情報漏洩なんだろうが! しらばっくれるな!!」
「しらばっくれていはいません。私がそのS氏にお会いしたのは、ユートピア・クリエイティブの経営報告を受領する為だったのですから」
何が何だか……という顔だったヒューズだが、ようやく理解が及んだらしい。彼は呆れ顔でグランを睨むと、大声で叱責し始める。
「お前、そんな勘違いで晒し行為をしたのか!? 馬鹿かお前は!?」
馬鹿です。疑問の余地は無い。
「勘違いなもんか!! 【七色の橋】のレン、お前に情報提供者が居るのは解っているんだぞ!!」
「情報提供者? いえ、身に覚えが無いのですが……強いて言うなら、ユージンさん?」
本気で困惑するレンだが、グランは彼女がとぼけていると判断した。
更に声を上げようと、息を吸い込んだその瞬間。
「それ以上の騒動は、許可しません」
運営主任・エリアが、その場に姿を現した。その隣に、金色の髪をオールバックにした青年が控えている。
――って、三枝さん!? 三枝さんまで、何やってるんですか!?
――三枝さんも、運営アバターをお持ちだったのですね……。
レンとシオンが内心で驚いていると、エリアがグランに視線を向ける。
「運営からの警告の意味を、ご理解頂け無かった様ですね」
氷の様な冷たい視線が、グランを射抜く。その視線の冷たさと、放たれる威圧感……彼はそれを向けられ、背筋が凍る様な心地という言葉を体感していた。
「貴方が不用意に、憶測で通報を行った事。加えて外部の掲示板サイトに、その憶測を書き込んだ事。それによって、ゲーム内で騒動が起きました。更に、彼等のゲームプレイに多大な支障を来たす事となったのです。何より、彼等の名誉を毀損しているのですよ?」
氷の様な冷たさを維持しつつ、エリアはグランの所業について言葉を並べ立てる。しかしこれで納得する程、グランは利口では無かった。
「ふ、不正して……名誉も何も……!!」
反論しようとするグランだが、エリアがその言葉を遮り切り捨てる。
「不正はありませんでした。それとも、運営の公式見解を信用出来ないと仰るのですか?」
「ゲ、ゲーム内のデータを見ただけじゃないか!! 現実で、シオンが三枝から情報を流して貰ってるんだ!! その考えで調べれば、絶対に……」
「不正は、ありませんと言いました。三度目はありません」
既に、エリアの視線は絶対零度。この時点で、彼女はグランに対する処分を確定させた。
「軽犯罪判定ならば、通常のプレイの中で元のノーマルプレイヤーに戻る事が可能でした。しかし、貴方には我々の意図が伝わらなかったようです」
そう言うと、エリアは隣に立つ青年に視線を向けた。
「【ガイア】、この場は任せます。私はこの件の処理で、戻らなければなりません」
「承知致しました、主任」
恭しく一礼する三枝ことガイアに頷くと、エリアはウィンドウを操作してその場を離れた。
エリアを見送ったガイアは、グランに顔を向ける。
「プレイヤー・グランに通達します。貴方は運営からの警告を無視し、他プレイヤーに多大な迷惑行為を続けました。よって貴方には、無期限のアカウント停止処分を課します」
何でもない事のように、淡々と決定事項を口にするガイア。その内容を聞いて、グランは怒りで顔を真っ赤にした。
「ふざけんな!! お前らが、もっとちゃんと調べれば……都合が悪いから、俺の口を塞ぐのか!? こんなの、運営の横暴だ!!」
「このままでは、埒が明かないと判断します。どうせ数分の違いです……このまま貴方には、強制ログアウトになって頂きます」
顔色一つ変えず、ガイアがシステム・ウィンドウを展開し操作を開始する。
「おい! やめろ! もっと悪い事をしている奴らが、そこにいるだろ!?」
叫びながら【七色の橋】を指差すが、ガイアは一瞥する事も無く操作を継続する。
――こ、このままじゃ……二度とこのゲームに入れなくなる……!! そうしたら、二度とアンジェとは……!!
アンジェリカに会う為には、指令を実行して点数を稼がなくてはならない。ゲームから弾かれては、彼女に会う為の手段を失ってしまうのだ。
それだけは、何としても避けなければ。グランはそう考え、切り口を【七色の橋】から変えた。
「もっとPKerとかを規制しろよ!! あいつらの方が、プレイヤーに迷惑だろ!?」
必死に訴えても、ガイアの指の動きは止まらない。
「他にも居るぞ!! イベントの準決勝で不正をした奴!! 運営に気付かれないからって、順番を……おい、操作すんな!! やめろよ!!」
視界が赤く点滅し始め、警告が流れ始めた。
『運営より、プレイヤー【グラン】に通達します。重度の迷惑行為を確認致しました。強制ログアウトの措置を実行します』
「わ、解った!! 教えてやる!! 実は、【聖光】には……」
「強制ログアウトを実行します」
「や、やめ……っ!!」
ガイアの操作を阻止しようと、駆け出した体勢でグランが静止した。そのアバターにノイズが走り、徐々に薄れていく。
彼のアバターが完全に消滅すると、ガイアは姿勢正しくその場に居るプレイヤーへと視線を巡らせた。
「今後はこの様な騒動が起こらぬよう、お願い申し上げます。それでは、これで失礼致します」
感情を全く感じさせない、淡々とした様子。まるでロボットのようで、NPCよりもNPCらしい。
ガイアが姿を消すと、ジン達は【白狼の集い】に視線を向ける。
「……とりあえず、より詳細な事情を聞かせて貰いたいんですが」
「……承知した」
ヒューズも、他のメンバーも大人しく従うつもりらしい。ヒイロがホームの敷地内へ先導して入って行くと、ヒューズ達はそれに続いた。
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その頃、西側第二エリアの末端となる[ヴォノート砂漠]。地中から姿を現した巨体が、地面に向けて砂を吐き出す。その砂を、複数名の盾職プレイヤーが防ぐ。
「うおおおお! 耐えろおおお!」
「後ろにはいかせねぇぞぉ!」
巨大な虫モンスター……第二エリアボス【エンシェントワーム】の、砂吐き攻撃。この砂を吐き切った後、エンシェントワームは魔法攻撃に対する耐性が下がる。そうなればワームの弱点である、水属性魔法の効果が上がる。
それがワームのダウン値が最も上がりやすい、鉄板戦術である。
そうして、エンシェントワームが砂を吐き切った。そのタイミングに合わせて、後方に控えていた女性が声を上げる。
「魔法攻撃、お願いします!」
複数人のプレイヤーが戦闘行動を取る雑多な音の中にあって、その声は不思議と戦場全体に響く。耳馴染みの良い女性の声に、魔法職プレイヤー達は男女問わずに声を揃えた。
『了解!!』
そうして魔法職プレイヤー達が、いよいよ出番だと杖を掲げた。
「喰らえ!! 【アクアピラー】!!」
「行くぜ!! 【アクアカノン】!!」
「ダウンは俺が貰うぜ! 【アクアフォール】!!」
「残念、アタシが貰うわ!! 【ウォータージャベリン】!!」
次々と殺到する、水属性魔法。その集中砲火を浴びたエンシェントワームが、一度身体を起こそうとして……そこで、力及ばず地面に転がる。
「ダウンだ!!」
「よっしゃあ!! いっけぇ!!」
魔法職プレイヤー達が、先程の女性に視線を向ける……既にその時、女性は両手に刀を握り締めて駆け出していた。
白い布地を使って作られた、プレイヤーメイドの衣装。彼女が地面を蹴る度に、その裾がヒラリとたなびく。その上に着用した白銀の軽装鎧には、金色の装飾が施されて陽光を反射し輝いている。
その姿を見たプレイヤー達は、皆が皆同じ感想を抱く……正に、天使だと。
「行きます! 【羽動】!」
そう言って彼女……アンジェリカは地を蹴って飛び上がった。すると彼女は飛ぶ鳥の様に、滑空しながらエンシェントワームとの距離を詰めていく。これはユニークスキル【八咫烏】の、第二の武技【羽動】の効果によるものだ。
しかし、この移動手段にはデメリットがある。いや、【羽動】だけではない。ユニークスキル【八咫烏】の武技は、全てにおいて共通のデメリットがあるのだ。
それは、武技を使用する度にステータスポイントをランダムに消費するというものである。
【羽動】の場合は1だが、塵も積もれば山となる。武技を使用すればする程、アンジェリカのステータスポイントは減っていくのである。
やはり、武技は多用出来ない。そう判断したアンジェリカは、ステータスポイントを消費せずに済む、【刀剣の心得】の武技を発動させる事にした。
「【一閃】!!」
左右それぞれ一撃ずつ、そのどちらもがクリティカル発生になった。それにより、エンシェントワームのHPバーが二度減少した。
とはいえ、その減少量は並程度。何故なら、彼女の持つユニークスキル【八咫烏】に課せられたもう一つのデメリットがある。
それは第七ステータス以外のステータス値が、マイナス50%になるというものだ。これはジン達の所有するユニークスキルと、同様のデメリットである。
そして彼女はまだ、第七ステータスが開放されていない。
とはいえ、彼女は現在ソロで戦っている訳ではない。ソロであれば苦戦するが、このエンシェントワームに挑むのはレイドパーティなのだ。
「続けぇ!!」
「このダウンで終わらせられるぞぉっ!!」
「これ、SABイケるんじゃね!?」
遅れて到着したプレイヤー達が、アンジェリカを援護する様に攻撃を繰り出していく。この場に居る誰もが、アンジェリカの為に集まった者達であった。
そうしてエンシェントワームのHPが残りわずかになった所で、前衛プレイヤー達は攻撃の手を緩めた。
それはフィニッシュ・アタック・ボーナスをアンジェリカに取らせようという、暗黙の了解の為である。
代わりに盾職達が、アンジェリカの少し後方で待機に入った。これはエンシェントワームが起き上がっても、アンジェリカに触れさせない為の措置である。
こちらもアンジェリカは何も言わず、彼等が自発的に行っているだけだ。
そうしてダメージを与え続けるも、エンシェントワームはダウンから復帰。ヘイト値の高いアンジェリカに向けて、噛み付き攻撃を繰り出す……が、有志による盾職集団が立ちはだかる。
彼等が身を挺してアンジェリカを庇って守ると、彼女は目を見開いて驚いていた。
「皆さん……」
「さぁ、行けアンジェちゃん!!」
「俺達が守り切ってみせるぜ!!」
「……はい!!」
そうして盾職達が受け止めているエンシェントワームの頭部に向けて、アンジェリカが刀を振るう。
「【一閃】!!」
激しいライトエフェクト……そして散っていく、エンシェントワームのHP。そのHP残量を示すバーがゼロとなり、エンシェントワームは完全に沈黙した。
「勝ったー!!」
アンジェリカがガッツポーズをすると、周囲のプレイヤー達が思い思いに声を上げる。その内容は各々によって違うのだが、そのどれもがアンジェリカを称えるものだ。
そしてその戦闘を画面越しに見守っていた、視聴者達のコメントも一斉に流れ出す。
『やったぜ!!』
『すっげ、もう第三エリア?』
『早い、早すぎるぞアンジェちゃん!!』
『コメ打つの忘れるくらい見入ってたわwww』
『お見事でした!!』
『アンジェリカさんおめでとう!!』
『コメが一気に流れ始めたなwww』
『レイドメンバーもよく頑張った!!』
『祝え!!』
『最高だったよー!!』
『第三エリア到達はやっwww』
そんなコメントを見ながらアンジェリカは表情を綻ばせると、システム・ウィンドウを開いた。
「やった、SABとFAB! みんなのお陰です! ありがとう!」
振り返って、レイドパーティを組んだ面々に駆け寄るアンジェリカ。そのまま両手を掲げ、一人一人とハイタッチを交わしていく。
一通りのスキンシップを交わした所で、アンジェリカが佇まいを直す。
「そしてですね……レベルがついに、30になりました!」
その発表に、レイドメンバーと視聴者双方が歓声を上げた。
何故ならば、アンジェリカはある公約を掲げていたのだ。イベントまでにレベル30に到達した暁には、兼ねてから公言していた事を実行に移す……と。
「いよいよか!! 待ってたぜ!!」
「ていうか、レベル上がるの速いな。さっすがアンジェちゃん!!」
「この時を待っていたのよー!! おめでとう、アンジェリカさん!!」
「ついにアンジェちゃんのギルドが結成されるんだな!!」
『レベル30って事は……いよいよ本格的に、アンジェの伝説が始まるんだな!!』
『こうしちゃいられねぇ!! 配信終わったら俺も速攻でアンジェちゃんの所に行きます!!』
『例のアレか!! 待ってました!!』
『もう後は、騎士団行くだけだろ? 速攻で結成だな』
沸き上がるファン達に、満面の笑みを向けながら……アンジェリカはハッキリと宣言した。
「はい!! いよいよ私のギルド……【天使の抱擁】の結成します!!」
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「五河 一、か。この青年に対して、業務妨害と名誉毀損による訴訟を起こすか?」
「恋や鳴子に対する名誉毀損だと、二人の素性を明かさなくてはならないわ。大地に対する名誉毀損と業務妨害のみしか、訴訟出来ないわね」
「土出君はまだしも、お嬢様は未成年。更なる犯罪行為に発展しかねない事を考慮すると、やむを得ませんね」
「とはいっても、それは表向き。初音に唾を吐いたのだもの……裏側で、その分も徹底的に清算させるつもりよ」
「ま、そうなるよなぁ……」
運営責任者・運営主任・そして二人の補佐。運営室長の執務室で、三人が現状について言葉を交わしていた。
そこへ、一本の電話が入る。着信音から、それが内線電話だと即座に察した補佐……執事の三枝が受話器を取る。
「はい、開発室長室……はい、解りました。では、応接室へお通しして下さい」
対応を指示して受話器を置くと、三枝は二人に向けて淡々と来客について報告する。
「宇治財閥より、宇治 室千雅様がお見えです」
その来訪者は、初音主任からすれば旧知の間柄である。とはいえ、さほど親しいとは思っていないが。
「俺はこっちの処理で、手が離せない。悪いけど、頼めるかな」
「あら? この処理くらい、すぐにでも……」
「いいからいいから。ホラ、お客さんを待たせるもんじゃない」
運営ボスが主任を急かすと、彼女は不思議そうにしながらも指示に従って部屋を後にする。その場に留まっていた三枝が、ボスに向けて苦笑いを向けた。
「宇治家の御曹司に、奥様が取られてしまうのでは?」
そんなからかい交じりの言葉に、ボスはフッと笑って返す。
「まさか。ウチの嫁さんはそんな尻軽じゃない、それは君だってよ~く知っているだろう?」
「えぇ、勿論」
椅子の背もたれに体重をかけると、ボスはやれやれと溜め息を吐く。
「毎回、怨嗟の籠った視線を向けられるんだぜ? 別に俺、横取りしたわけじゃないよな?」
「えぇ、正真正銘の恋愛結婚ですね。奥様はずっと、貴方に想いを寄せていらっしゃいましたから」
この話題はまずったか。そう感じたボスは、軌道修正を試みる。
「……そういえば、彼は【聖光の騎士団】に所属してたんだっけ」
「セバスチャンと名乗っておいでですね」
現実では、大財閥の御曹司。ゲームでは、執事ムーブをするロールプレイヤー。彼も相当な変わり者と言わざるを得ないだろう。
しかし本物の執事を知るボスとしては、やはり本物には劣ると思っている。そこで執事の見本のような三枝に、興味本位で問いかけてみた。
「三枝君的には、どうなんだい? 彼の執事ぶりは」
「十五点ですね」
「何点満点で?」
「千点ですが?」
流石は初音家の執事、基準の桁が違った。
……
そんな評価を下されているとは露知らず、宇治 室千雅は応接室で初音主任と向かい合っていた。
「UGIコーポレーションの皆様が着任された矢先に、無理を言って申し訳ございませんでした」
そう言って、初音主任が軽く頭を下げる。それに対し、室千雅は首を横に振って返した。
「予想外の事も起こります、お気になさらず。それにあの場合、ユートピア・クリエイティブの新参である我々が調査を行い提示する方が、調査結果に対する信憑性も増すでしょう」
ギルド【七色の橋】と運営Sに対する不正疑惑は、十二月一日に晒し上げられた。丁度その日に、UGIコーポレーションからの出向者が着任したのだ。UGIコーポレーションは、宇治財閥が経営する企業の一つ。室千雅はその企業で、重要なポストに就いている。
そして着任を受け入れて定時を過ぎたタイミングで、運営の信用を揺るがしかねない通報と掲示板への晒しが発生したのだった。
そこで初音主任は、UGIコーポレーションの出向者を管理する室千雅にコンタクトを取った。宇治財閥の人間ならば、第三者的立場として調査を行ってくれると期待しての事だ。
「それにしても、【七色の橋】は本当に目立ちますね。AWO運営としては、彼等にどの様な対応を?」
「あら、何もする気はありませんわ。彼等はのびのびと、ゲームを楽しんでいるだけですもの」
そんな初音主任の言葉に、室千雅は「おや?」と違和感を抱く。
社交の場では、女神もかくやという淑女っぷりを発揮する彼女。しかし職務の場では辣腕を振るい、何手も先を見据えて計画を組み立てると評判。彼女が結婚していなければ、ありとあらゆる企業が彼女を欲して声を掛けると未だに言われているのである。
そんな彼女が、【七色の橋】に対して無関心に思える様な発言。これには、室千雅も訝し気な表情を浮かべてしまう。
「あら、私の言葉は信用なりませんか?」
ポーカーフェイスは得意な室千雅だが、どうやら初音主任には見抜かれていたらしい。しかし慌てて否定する様な、無様な姿を晒す訳にはいかない。
「まさか。ですが、珍しいとは思います」
そう言って、人の好さそうな笑みを浮かべる室千雅。整った顔立ち……女性受けしそうな、甘いマスク。その笑みだけで多くの女性が彼に見惚れるのだが、初音主任は平然とそれを受け流す。
「珍しい……ですか。別段、大した理由ではないのです。運営メンバーとしてではなく、プライベートで【七色の橋】をよく知っているものですから」
――これくらいならば、世間話の範疇。私から彼に、何かを求める事は一切口にはしません。
プライベート。そう言われて、室千雅は【七色の橋】の面々を思い返す。すぐに思い浮かんだのは、第二回イベントの決勝戦。真っ先に顔が浮かんだのが、シオンだったのは何故だろうね。
そうして、次に顔を思い出すのは青髪の少女だった。そこで、彼はふと気付く……髪の色と目の色が違うので、すぐには気付けなかったが……あの少女の顔立ちは、目の前の女性に似てはいないか?
「……まさか、あのレン、さんは……」
驚きのあまり、呆けてしまう室千雅。
――ほら、食い付いた。
そんな彼の疑惑の視線を受けながらも、初音主任は態度を崩しはしない。
「えぇ、お察しの通りですわ。あの【七色の橋】のレンは、私の実の妹。そして、シオンは私の後輩です……あぁ、勘違いなさらないで下さいね? 私や主人は、彼等に情報を提供などしておりませんわ」
そう言いながら、初音主任は室千雅に向けて笑みを浮かべる。その笑顔を向けられた室千雅は、言葉を失い見惚れてしまった。
――宇治家の御曹司にして、大規模ギルド【聖光の騎士団】の幹部メンバー。貴方なら、私の為に動いてくれますよね?
「私や妹だけではありません。最先端企業を担う弟も、理想郷を預かる主人も……そして私達に仕える者達も、初音の看板を背負っているのです」
――ちゃんと、仲間に証言して下さいね?
「”初音”の名に泥を塗る事は、あってはならない。宇治さんも、そうは思いませんか?」
――私の可愛い妹達が、不正行為をする様な愚か者ではないという事を。