13-11 幕間・とある喫茶店にて
AWOのスタート地点、始まりの町[バース]。そこに、一軒の喫茶店がある。
冒険や生産以外の楽しみ方も出来る、それがVRMMOの良い点である。
普段は戦闘職のプレイヤーが目立つが、その傍らで鍛冶を専門にプレイする者がいる。ポーションを製作して楽しむ者や、商人として活動する者もいる。
そして同様に、飲食を提供して楽しむプレイヤーも居るのだ。料理バフが実装される前から既に、複数のプレイヤーが飲食店を始めていた。
”彼女”が訪れた喫茶店は、その中でも後発組。料理バフ実装時に、プレイヤーが立ち上げた喫茶店なのだという。
扉を開けると、カウベルの音が鳴った。店の内装は木目調を主体として統一されており、どことなく温かみを感じさせる。
カウンターの中に居る青年が、彼女に向けて視線を向けた。整った顔立ちに、長身細身の二十代後半から三十代前半くらいの青年だ。
「いらっしゃいませ。お一人でしょうか?」
挨拶の言葉を紡ぎ出す声色も、耳馴染みの良いものだった。これで性格が良ければ、完璧な美青年だろう。
とはいえ、外見だけで人を判断する彼女ではない。いつもの様に、クールな様子を崩さずに声を掛けた。
「いえ、こちらで待ち合わせをしている者なのですが……」
彼女がそう言うと、青年は「あぁ」と口にした。
「では、奥側の階段から二階へどうぞ。そちらの階段からは、誰も上がらない様にしておきます」
青年がそう言うと、メニューを差し出した。
「備え付けのベルを鳴らして貰えば、注文を取りに伺います」
内密の話をする場としての、個室の用意がある。そういったプレイヤー向けを想定してなのか、随分と手慣れた様子だ。
青年の言葉に従い、二階に上がった後で……彼女は、ふぅと溜息を吐く。
自分達を取り巻く現状を思い返すと、こうして落ち着けるのはギルドホームくらい。しかし年若いギルドメンバー達を気遣う事が多いので、何も考えずにのんびりする事などここ最近は無かった気がする。
とはいえギルドメンバーと共に活動する事を、彼女は彼女なりに楽しんでいる。それについては、苦では無いのが救いか。
そんな事を考えていると、階段を上がる足音が聞こえて来た。どうやら、待ち人が来たらしい。
そういえば、彼に最後に会ったのはいつだったか。アバターでしか会えない、ゲーム内でのやり取りしかない男性。そんな彼から、二人で会いたいと連絡が来た時……自分も彼に会いたいと、即決していた。
――それも、お嬢様の側を離れて……私はやはり、本物ではなく偽物のメイドに過ぎないのでしょうね。
そう自嘲していると、入口の方から彼が姿を見せた。普段は逆立てている髪を、今日は下ろしている。それだけでも随分と印象が違って見えるので、変装としてはそれなりの成果がありそうな姿だった。
「……こんちは、シオンさん」
幾分、緊張気味にそう挨拶をする彼。そんな彼に、あぁ自分と同じなのだろうか……そんな事を思い、彼女……シオンは、軽く会釈を返す。
「御無沙汰しております、ダイス様。どうぞ」
「あぁ、じゃあ失礼して……」
互いに向かい合い、席に座るシオンとダイス。しかし、何とも気まずい空気が漂う。
「……あー、いきなり声掛けて悪かった。例の件、やっぱり心配になってな」
例の件……どの件かなどと、問い返すのは意地が悪いだろう。シオンは苦笑しつつも、心配してくれた彼に言葉を返す。
「ご心配かけたようで、申し訳ありません。我々としても、流石に想定外の事態でしたので……正直、戸惑っているのが本音ですね」
だろうな……と苦笑して、ダイスは言葉を切る。そうして、再び沈黙。
何かしら、話題が無いかとシオンは思考を巡らせて……そして、この喫茶店について思い至る。今日、ここで会おうと言い出したのはダイスだったのだ。
「ダイス様、よくこの様な喫茶店を御存知でしたね。雰囲気も良く、こうして内緒話も出来る場所は稀有でしょう」
そんなシオンの助け舟に、ダイスも沈黙を続かせまいと乗っかった。
「あぁ、ウチの新メンバーがな……ここのマスターとは知り合いだからって、こっそり教えてくれたんだ」
新メンバー……その響きに、シオンは一抹の不安を抱く。
ハヤテとマキナが通う中学の生徒である、カイト。彼の息の掛かったプレイヤーが、その新メンバーなのではないか? という懸念が浮上する。
「あぁ、俺等よりちょっと年上くらいの人でな。見た目はちょっと頼りなさそうに見えるんだが、割と全体を見て調和を取ろうとしてくれているんだ」
ダイスの評価を聞く分には、悪い人物では無さそうな印象だ。しかしながら、それが演技とも限らない。シオンはダイスに、どこまで事情を話すべきかと思案する。
「ダイス様……その、少々込み入った話をしてもよろしいでしょうか?」
「……今の、あんたらの現状か? それなら、先に注文をしておこうか。流石に何も頼まず、個室を使うのは不義理だしな」
確かに、彼の言う事は最もだ。シオンは彼の提案に頷いて、メニューに手を伸ばした。
……
運ばれてきたコーヒーに口を付け、その味に驚きつつ……シオンは【七色の橋】の現状を話した。
まずは、AWO全体に拡散された晒しスレの件。運営の調査は、逆に無実の証明になるというシオン。その断言っぷりに、ダイスは苦笑しつつも安心した。
――俺が信じた連中は、やっぱり無実だった。それが解っただけでも、安心したぜ。
しかし、問題はそこからだった。
「……そのカイトって奴が、マキナ君を脅してスパイに仕立て上げようと?」
「はい。我々はその少年から、逆に情報を引き出そうとしている所です」
かなり踏み込んだ所まで、シオンはダイスに打ち明けた。この件については、シオンの裁量に任せる……それが、ギルドマスターとサブマスターの決定だった。
「……そのスパイ行為をしようとしている奴は、個人か? それとも集団か?」
「現時点では、明確な根拠はありません。ですが……恐らくは、後者。それも、広い範囲ではないかと」
だとすれば、最近迎え入れた新メンバーの中にも……そんな疑念が、ダイスの中に生まれる。
しかし、そんなダイスにシオンは微笑み掛ける。
「ですが、私は【桃園の誓い】を信じています。共に歩んで来た姉妹ギルドですから」
その裏の無い微笑みに、ダイスは心臓を鷲掴みにされたのではないか? と思うくらいに、胸が締め付けられる気がした。
第四回イベントを前にしている今、ギルドの新メンバーについてベラベラと話すのは愚策。しかし彼女に対して、隠し事はしたくない。
ケイン達に、新メンバーについて明かして良いか? などと聞く事は、今は出来ない。既に、新メンバーが居ると明かしてしまったのは考え無しだった。後悔しても、もう遅いが。
「誰が、とは明確には言えないんだけど。ウチに新メンバーが入った。さっき言った人を含めて、六人だな」
随分と、いきなり人数が増えたものだ。そう思いつつ、シオンはダイスにその先を言わせる事を嫌った。
「ダイス様、それ以上は」
「……あぁ、済まないな。ちょっと、色々と気が逸ったらしい」
そう言いながら、ダイスはコーヒーを口に含む。
「……スパイ行為をしているヤツがいるのは解ったが、何が目的だろうな」
それは、当然の疑問だ。
「ただ無軌道に、名のあるプレイヤーの情報を暴き立てよう……という目的ならば、もっと掲示板に自分達の情報が流れているでしょうね」
ではトッププレイヤー達の情報を得て、どうする? それに現在の彼等の動きを見ると、スキルやステータス・装備を暴いて優位に立とうというよりは……。
そこまで思考が行きつくと、何かが見えてきた気がする。
「自分達にとって邪魔なギルドを、蹴落とそうとしている?」
「だよな、やっぱり」
ダイスも、同じ考えに至った様だ。
先日の大規模PKに至ったきっかけの、偽物騒動。そして、今回の不正疑惑の拡散。そのどれもが、【七色の橋】の評価を下げようという意識が働いた様に思える。
では何故、【七色の橋】が狙われるか? これについては、考える余地は無いだろう。
これまで第一回イベントで上位入賞、第二回では【聖光の騎士団】に【森羅万象】を直接下しての優勝。【桃園の誓い】との同盟で臨んだ第三回イベントも、軒並み上位入選だったのだ。
「だとしたら……我々を蹴落として、有利になる勢力が居るという事ですね」
「だな。とは言っても、最も大規模ギルドはその辺の搦手は使わないだろうさ。連中は、ゴリッゴリの武闘派ギルドだからな」
そう、二つの大規模ギルドは【七色の橋】打倒を掲げるだろう。しかし、その手段は……真っ向勝負。実力で勝つからこそ、意味がある。それが彼等の在り方だ。
見えない敵の正体に迫るには、やはり情報が不足している。そう痛感したシオンは、何か突破口が無いかと頭を悩ませる。
そこでダイスが、ある点に気付いた。
「そう言えば……第三エリア到達の時なんだが」
「はい? あぁ、あの時ですね……」
第三エリア到達に向けて活動していた【七色の橋】と【桃園の誓い】、そして【魔弾の射手】による同盟。この活動中に、偽物騒動と大規模PKが起こった。
「あの時の、大手ギルドの動き……どうも腑に落ちないと思わないか?」
「大手ギルドの……動き?」
確かあの時は、西側第三エリア初到達を【聖光の騎士団】が果たした。そして少し経ってから東側で【森羅万象】が、南側では【遥かなる旅路】が初到達に成功したのだ。
北側第三エリアについてはエリアボスこそ倒せなかったものの、ギミックを解く事には成功している。それを成し遂げたのは、PKギルド【暗黒の使徒】だったらしい。
そしてその時は、立て続けに第三エリア到達が続いた。
「それまで、ギミックが解けずに苦労していた奴らが……何の前触れもなく、同じくらいのタイミングで攻略するもんか?」
そう言われてみれば、タイミングが揃い過ぎている気がする。別段、運営から機を見計らってヒントが出された等の対応も無かった。
これは果たして、偶然だろうか?
そこで、ダイスが言いたい事はもう一つあった。
「しかもそれは、俺達が調査に乗り出した直後の事だ」
「あ……っ!!」
同盟が調査をし、ある程度の結果が出た頃合い。そこで大手ギルドが動き出して、ギミックを解き第三エリアへの道を拓いた。偶然にしては、条件が整い過ぎている。
そして、今現在の【七色の橋】が懸念しているのは……スパイだ。
「ダイス様、それはつまり……」
「【桃園】か【七色】……または【魔弾】か、あの時同行したフリーランスのメンバー……その中に、スパイが居る可能性が考えられる」
各エリアに分散して、調査を行った同盟チーム。その後で、全員集まっての報告会を行った。そのすぐ後に、大手ギルドによる第三エリア到達ラッシュが始まったのだ。
一つだけならば、偶然ではないかと思うだろう。しかし偶然に偶然が重なる可能性は、限りなく低い。そうすると、それは必然だった……と考えられる。
それらの要素を時系列で並べ当てはめる……すると、まるでパズルのピースの様にピタリと揃う。
「この件については、俺からも……ケインだけには、話してみる。そこからは、ウチのギルマスの判断に任せるが……」
仲間を疑いたくはない……そう考えているダイスは、苦々しい表情だ。
彼は最前線レイドパーティ時代から、何気に気を配って全体を支える……世話焼きというか、兄貴肌な青年だった。それは翻って言えば、仲間を大切にするという性格と言える。
そんな彼が、仲間を疑わざるを得ない状況……これは、決して受け入れたくはない事だろう。
彼の内心の葛藤が、シオンにはハッキリと伝わって来ていた。そして、そんな顔をしないで欲しいという思いが彼女を突き動かした。
「え……?」
シオンの細くしなやかな手が、ダイスの手に重ねられていた。思わず間の抜けた声を出すダイスに対し、彼女も自分が衝動的に行動を起こした己に気付き驚く。
「……シオン、さん?」
戸惑い気味のダイスに対し、シオンは何を言うべきか……まとまらない思考で渦巻く脳内を、何とか整理しようと試みる。
その結果、彼女の口から出た言葉は。
「私の事でしたら、呼び捨てになさっても構いませんよ?」
とりあえず、己の願望だった。
……
ダイスの苦悩を和らげようと、シオンはそのまま突っ走った。その結果、二人は互いに呼び捨てで呼び合う事……そしてシオンは、ダイスと二人の時にはメイド口調を止めるという事で決着が付いた。
互いにそれが、現実逃避だとは知りながら。
「で、シオンさ……シオンは、その……たまにこうして、情報交換とか、出来るか?」
「そうで……いえ、そうね。私としてもそれが良いと思いま……思うわ」
ダイスよりも、シオンの方がぎこちない。これまで、AWO内でメイドムーブを一度も崩した事が無い彼女なのだ。我等が忍者のそれよりも年季が違うし、徹底ぶりも違う。
しかしシオンは、そこで満足しなかった。故に更に、彼の懐に踏み込むべく一歩を踏み出す。その一歩こそが、重要なのだ。例えば、明治時代の剣客が使う抜刀術の奥義の一歩と同じくらい。
「……それと、もし迷惑でなければ……連絡先を、教えていた……教えてくれるかしら?」
メイド口調じゃないシオンを新鮮に思いつつ、ダイスは頷いてみせる。
「あぁ、勿論だ……って、待った。そ、それって……リアルのか?」
「そ、そうだけど」
「い、良いの? 俺に教えて、良いのか? 大丈夫?」
「……大丈夫でなければ、提案しません」
そう言って少し、ムスッとした表情になるシオン。そんな風に彼女が感情を顔に出すので、ダイスは思わず目を奪われてしまう。
しかし、呆けてはいられない。この機を逃したら、次はもうチャンスが巡って来ないかもしれない。好機は今、この時。そう判断して、ダイスは首をブンブンと何度も縦に振る。
「解った! 教える、教えさせて下さい!」
「え、そこまで下手にならなくても……で、ではRAINの方で」
システム・ウィンドウを開き、二人はRAINに接続する。
余談ではあるが、AWOとRAINは提携している。なので、AWO内部でもRAINを使用する事が出来るのだ。ただし時間加速には対応していないので、現実側ではゲームをしている相手からマシンガントークをぶちかまされる事になる。
「……何かあったら、連絡してくれ。俺は既読スルーしない事には定評がある」
そういって、照れ臭さを誤魔化そうと冗談を告げるダイス。そんなダイスに、シオンは少し頬を赤らめつつ言葉を口にする。
「……何かなくては、ダメかしら?」
それは第三回イベントで同盟を組み、森林地帯を探索した時に彼女が見せた表情に近い。しかし、それに加えて砕けた口調。破壊力が増している。
ともあれ、こうしてシオンとダイスはある意味期待以上の成果を得て解散した。
互いのギルドホームに帰還した時に、やたらと上機嫌そうな雰囲気を纏っていたのは……決して気のせいでは無いだろう。
「それで、シオンさん? 実際、どうだったんですか? どこまで行ったんですか?」
「お嬢様、それは野暮が過ぎるというものです。お控え下さい」
次回投稿予定日:2021/11/25(本編)