13-10 スパイ対策を進めました
不正疑惑が拡散され、そして運営主任エリアから【七色の橋】のプレイログを確認すると宣言された、翌日の昼。
マキナこと名井家拓真は、クラスメイトの浦田霧人に歩み寄る。
「浦田君……ちょ、ちょっと相談したい事があるんだけど……今は時間、大丈夫……かな」
難し気な顔をする拓真に、霧人は何の件かについて思い当たる。
「あぁ、大丈夫だよ。ここだとなんだし、静かな所に行くかい?」
「あ、ありがとう……浦田君」
先日の様にビクビクしつつ、わざわざ自分に話しかける拓真。霧人は彼の性格上、自分から霧人に声をかけられないと思っていた。
そんな拓真に違和感を感じつつ、霧人は屋上へと連れ立って向かっていく。
「……それで? 何の相談だい?」
不愉快そうな顔を向ける霧人に、拓真は真剣な様子で質問をする。
「浦田君が【七色の橋】の情報を求めていたのって……彼等の、不正……あれを、明るみに出す為だったの?」
――は? 何言ってんだコイツ?
「おかしいと思ったんだ……浦田君が、あんな事を言うなんて……でも、もし僕が所属しているギルドが不正をしてたら……」
俯きがちに、そんな事を口にしていく拓真。その顔色は悪く、混乱しているのは明らかだ。
――はぁ……もしかして、壊れた? 自分の身の周りで色々起き過ぎて、【七色】と俺のどっちを信じたらいいか解らなくなった? これだからザコは使えないんだよ。
「で、でも! ネオンさんは、違うと思うんだ! 彼女とはよく一緒に行動するけど、そんな素振りは無いよ! ステータスもスキルも、全然平凡なものだと思うし!」
突然、そう言って捲し立てる拓真。その必死な様子を見て、霧人は合点がいった。
――惚れた女の為か。くっだらねぇ!
「本当なんだ、信じて!!」
「うっせぇな、寄るなクズ!!」
拓真の肩を突き飛ばし、転倒させる霧人。十分に暴力行為なのだが、霧人はその点に思い至っていない様だ。
「好きな女の為にとか思って、嘘の情報渡したりしてねぇだろうな? 後でどうなるかくらい、足りねぇ頭でも解んだろ?」
悪びれもせず、倒れる拓真を見下す霧人。
「下らない事に頭使うくらいなら、何も考えずにありのまま情報を寄越せよ。いちいち呼び出すなよ? RAINで送れば良いからよ。ほら、お前はそれくらいしか出来ないんだからさ……なぁ、裏切り者のスパイ君?」
そう言い残して、霧人は屋上から立ち去っていった。
「いたた、口を滑らしてくれると思ったけど……情報は引き出せなかったか。でもまぁ、後々これも活きるよね」
身体を起こしてそう言うと、拓真は視線を屋上の塔屋……に居る、隼に向けた。彼の手には、携帯端末が握られている。
――演技は得意ではないと思っていたけど、もしかしたら僕のそれも捨てたモノではないのかもしれない……いじめられっ子の演技なんて、自慢にもならないけどね。
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一方、仁と英雄は友人二人と顔を突き合わせていた。話題はやはり、例の不正疑惑についてだ。
「……運営と繋がっているっていうのは、やっぱり真っ赤な嘘か」
「そうだろうと思っていたけど、こうして二人の口から聞けて安心したよ。後は、運営の調査結果を待つばかりだね」
二人はあっさりと、仁達の言葉を信用してみせた。
何故なら彼等は、ゲームでもリアルでも【七色の橋】を知っている。そして目の前の二人が、そういった不正を良しとしない性格だと知っている。
何より彼等が心の底から、純粋にゲームを楽しんでいるのを知っているのだ。
「しかし俺達に、スパイ行為を仕掛けようとしている奴が居る。【聖光】でも、目を光らせて欲しいんだ」
英雄の言葉に、明人が視線を鋭くする。
「ウチにもスパイが居ると? まぁ、心には留めておくよ」
聞き流した……かの様に見えるかもしれない。しかし明人は、二人の言葉を真剣に受け止めている。既に頭の中では、素行の悪いメンバーや怪しい動きをするメンバーの顔と名前を浮かべている。
そんな明人に気付いているのか、いないのか。人志は、思い出した事を素直に口に出した。
「そういやDKCにも居たな、スパイごっこをする奴らが」
人志の発言に、明人も頷いてみせる。
「あまりにも幼稚だったから、泳がせて決定的な証拠を突き付けてやったけどね」
過去にも、そういった者達が居た……それを聞いた仁は、興味を抱いた。
「へぇ……どういうスパイだったの?」
「ギルドのプレイヤー情報を、SNSに流出させたんだよ。レベルとかスキルなんかだけどね」
やれやれとばかりに、首を横に振る明人。そこで人志が、明人に視線を向けてニヤつく。
「で、我等が軍師殿が策を練ってくれたのさ。スパイ疑惑がある奴に、わざと情報を掴ませた。全員、違う内容のやつね」
下手人が情報を明かしたら、どの情報を明かしたのか確認する。それにより、情報を得られた者がスパイだと証明してみせたのだ。
尚、そのスパイはあっさり追放……そのまま、ゲームを引退したという噂が流れたそうだ。
「成程ね」
「それ、参考にさせて貰って大丈夫かな?」
「勿論。他にも色々と手はあるよ、明日までにリストアップしておこう」
随分と協力的な明人に、英雄は気になった事を聞いてみる事にした。
「でも、良いのか? 友達とはいえ、ライバルギルドになるのに」
そんな彼の言葉に、明人ではなく人志が答える。
「相手が全力じゃなきゃ、勝っても意味が無い……だろ?」
それは、第二回イベントの決勝戦……その舞台で、仁が彼等に向けた台詞だ。
「……ははっ、あの時のお返しかな?」
「これで返せるとは、思ってないけどな」
……
そんな彼らの会話を、廊下から覗く三人の生徒達が居た。
「……チッ、普通に話してんな」
「不正してるくせに、ヘラヘラしやがって……ムカつくぜ」
あからさまに嫌悪感を顔に出す二人の生徒に、一人の生徒が厳しい視線を向けた。
「おい、ちゃんと考えてモノを言えよ。未だに不正の証拠なんて、どこにも出て来てないだろ」
「でもよ、映真!!」
そんな三人に、一人の男子生徒が近寄った。
「あの、二年の先輩っすよね? 誰かに用っすか? 名前教えて貰えば、呼んで来ますよ」
野球部に所属する巣平君が、そう声を掛ける。
「い、いや……大丈夫!」
「騒いで悪かったな、それじゃあ!」
そそくさと去っていく三人を見送りながら、巣平君は首を傾げる。
そんなやり取りがされているのは、教室の前側の扉付近。一方、後ろ側の扉では……。
「……頭領様、大丈夫そうね」
「気落ちしてないか心配だったけど……流石、我らが頭領様ね」
忍んでいる二人が居た。そう、文化祭でジン×ヒメに狂喜乱舞した二人。【忍者ふぁんくらぶ】に所属する、あの占い研究会コンビである。ぶっちゃけ、事情を知らない人が見れば不審者。
そんな二人に、一人の女子生徒が声を掛ける。忍べてなかった。
「あの、もしかして星波君に御用ですか?」
彼女は仁達のクラスの委員長で、人志の世話をやけに焼く隈切さんだ。
星波英雄の外見から、学年問わずに接触しようと訪れる女子生徒。それに声を掛けて退散させる役割は、彼女が率先して行っていた。
しかし、今回は毛色が違う。
「い、いえ! 滅相もない!」
「寺野く……あぁいや、何でもないの!」
名字を口にしたので、隈切さんは「あぁ、寺野君のお客さんか」と納得した。
「寺野君、お客さんだよ!」
見守るだけで良かったのに、憧れの頭領様を呼ばれてテンパる二人。
ちなみに仁の客と聞いて、根津さんの目がクワッ!! と見開いた。まだ諦めてなかったのね、君。
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その頃、初音女子大学付属中等部。
「……」
食事をしながらも、携帯端末が気になって仕方が無い様子の優。そんな優に、他の四人は苦笑気味だ。
「RAIN待ちなんだよね?」
「うん……昼休み、カイトと接触するって言ってたから……」
優は拓真が心配で、気が気ではない様子である。仕方が無いだろう、相手はスパイ行為の主犯の一人。しかも脅迫するような、ろくでもない人物なのだ。
「大丈夫、隼君が目を光らせてくれているから。ね?」
そう言って、安心させようとする愛。自分の恋人に対する、信頼と愛情の深さが窺える。
「うん……拓真さん、隼さんが無事だと良いんだけど……」
拓真だけでなく、隼も心配する優。やはり良い子である。
その時、恋の携帯端末が震える。通知ウィンドウには、RAINのメッセージを受信した事を示す表示である。
「あ、英雄さんからね……うん、【聖光】の二人とは話が出来たみたい」
「そりゃ朗報だね! 大規模ギルドの幹部が信じてくれるなら、だいぶ助かるや!」
すると、今度は姫乃の携帯端末が震えた。
「仁さんからだ!! えっと……」
ソワソワとした様子で、携帯端末を操作する姫乃。その仕草から、仁からの連絡が嬉しくて仕方が無いといった感じだ。
――ゲーム内とはいえ、結婚までしてるのに……変わらないなぁ……。
これ、友人四人の共通見解だった。それだけ、今の姫乃は嬉しそうにしている。
そうして様子を見ていると、姫乃の顔が変化した……仁への愛が爆発した時に見せる、ふにゃっとした笑顔に。
「可愛いが過ぎる幼な妻……よくよく考えてみたら、幼な妻って響きえっちだよね」
「千夜ちゃん、出てる出てる。オヤジ出てる」
「でも解るな。ヒメちゃんは仁さんが絡むと、本当に幸せそうに笑うよね」
「そうでしょう、そうでしょう。可愛いでしょう、うちの義妹」
一人だけ圧倒的に気が早いが、笑顔満開の姫乃は仁のメッセージに釘付けだった。
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そして、その日の夜。
[虹の麓]前でジンと会えた後、そのままギルドホームへお邪魔した新人配信者・コヨミ。その際に他のメンバー(ゲスト含む)とフレンド登録し、次の日もホームに招かれた。
大丈夫なのかな? 図々しくないかな? 場違いじゃないかな? などと思いつつ、ポータル・オブジェクトを有効化する事となった。
そして招待されたからにはと、ログインして始まりの町[バース]からワープして来たコヨミを待ち受けていたのは……【七色の橋】特製の和装だった。
「う、うおぉ!? わ、私なんかが、良いんですかねっ!?」
そう、彼女の身に纏う装備……それは、いつも着用している店売り装備では無かった。
白と赤を基調とし、更に金縁で豪華さを演出した衣服。その下には、一部がシースルー素材を使用している黒のインナーウェア。そして臙脂と金色の彩飾を施された、具足風の鎧。
どこからどう見ても、ザ・和装である。その名も≪戦衣・快晴四葉≫と≪具足・甲騎闘頼≫だ。
しかも量産品ではなくコヨミ専用の、センヤデザインによるワンオフ装備であった。性能? ユニーク程じゃないけど、良いやつだ。一番良いのを頼む。
「良くお似合いです、コヨミ様」
「うん、凄く似合ってます」
「ふへぇ……良い仕事しちゃったぜ☆」
満足気に頷くシオンと、まだ鍛冶モード故にハッキリとした口調のカノン。そしてデザインを手掛けた、お茶目モード全開のセンヤ。その近くで、他の女性陣も「全面的に同意!」とばかりに笑顔で頷いていた。
これにはコヨミもテンパってしまい、オロオロしきりである。
「お、おいくらでふか!? 払えるかな!?」
思わず噛んでしまうコヨミに、ジン達は苦笑。
「お近付きの印の、プレゼントとでも思って貰えれば」
「後は今の騒動が解決したら、それを着て配信でもやって貰えればありがたいですね。和装の宣伝になりますし」
ヒイロとレンの言葉に、コヨミは目を丸くする。何故、少し顔を合わせただけの自分にそこまでしてくれるのか? と。
その理由は、彼女の行動にある。
ジンが止めたとはいえ、彼女は不正疑惑を聞いて[虹の麓]を訪れた。それは他のプレイヤーの様に、【七色の橋】の不正(勘違い)を糾弾する為ではなく……彼等を心配して、駆け付けたのだ。
そして、心ない言葉を口にしたプレイヤーに憤りを感じる所を、ジンは見ていた。
この事を聞かされた【七色の橋】の面々は、コヨミに対して強い好感を抱いた。それが、この歓迎に繋がったのである。
「こういう人達なんです……諦めて、受け取った方が良いですよ」
「リ、リリ……リリィさんまで、ギャンカワ衣装だし……!!」
リリィもすっかり、メイド・イン・【七色の橋】。クールジャパンならぬ、キュートジャパン。この状況に慣れていないコヨミの混乱は、当然と言えば当然だろう。
ひとまずコヨミが狼狽えつつも和装を受け取って、ジン達は行動開始前のブリーフィングを始める。
「今日も、ホームの前……には、プレイヤーが……集まって、いるんだよね……」
「そうね。運営にあぁ言われたのに、どうしようもないわね」
通称[虹の麓]の周囲には現在、複数のプレイヤーが張り付いている。騒いでいる訳ではないのだが、それでも気分は悪いと言わざるをえないだろう。
「という事で目立たないように、例によって分散行動だな」
「はぁ……早く解決したい所ですね。こうも身動きが取れないと、実に不便です」
ギルマスカップルの言葉に、ユージン達ゲストメンバーも苦笑してしまう。
運営の沙汰を待つ……と思いきや、不便の一言で済ませてしまうのだ。それは勿論、自分達が真っ当にAWOをプレイしているという自信があるからだが。
そんな時、ヒメノがコヨミに視線を向けた。
「コヨミさんも一緒に行きませんか? 変装セットも色々あるので、それを使えば一緒に探索できると思いますよ!」
「えっ!? ヒメノさん!? いやいや、そんな……どんだけ天使なんですか!?」
思わずそんな事を口走ったコヨミに、ハヤテがサッと手を出してアピール。
「こんだけ!」
「どんだけ~!?」
IKK●みたいなネタに走りつつ、コヨミはそのお誘いについて真面目に考える。
――ありがてぇ! ありがてぇけど! トップギルドの探索に、私が付いていけるかな!? それに、私は……私、うぅ……き、聞いてみる……? 絶対、断られると思うけど……。
新人配信者であるコヨミだが、彼女も第四回イベントに参加したいと考えていた。勿論、視聴者からのお誘いもあったのだが……そのいくつかは、下心をありありと感じさせるものであった。
その為、最悪は野良で仮設ギルド参加にするか? なんて考えていたのである。
しかし、今。もしここで一歩踏み出す事が出来れば……そんな思考が、彼女の心を奮い立たせた。
「あ、あの……私、まだレベルも低いですし……お役に立てないと思うんですけど……」
俯きながら、コヨミは言葉を選びながら紡ぎ出す。しかし、中々勇気が出せずに言い淀み……それでも、ここまで言ったからには言わないとと自分を奮い立たせた。
そんなコヨミを、ジン達は穏やかに見守る。彼女の言いたい事は、なんとなく予想は出来ているのだ。むしろ、こちらから言い出そうと思っていたくらいである。
最も今の【七色の橋】の現状をしっかり説明し、彼女がそれでも受け入れてくれるならだが。
そして、数秒の溜めの末に。
「わ、私をゲスト参加させて頂けますか!!」
ようやくコヨミは、そう切り出す事に成功した。
そんなコヨミに対する返答など、決まり切っている。こうして、【七色の橋】は四人目のゲストメンバーを迎える事となった。
……
本日の方針はこのようなもの。
まず、ジンチーム。メンバーはジン・ヒメノ・ハヤテ・アイネ・リリィ。同行するPACは、リン・ヒナ・カゲツ・ジョシュア。目標、新婚夫婦が入手した新たなスキルを試して検証。
次に、ヒイロチーム。メンバーはヒイロ・レン・センヤ・ネオン・ヒビキ・マキナ・コヨミ。PACからは、ロータスとセツナ。目標、新規加入メンバーとコヨミの戦力の底上げ。
そして、生産チーム。メンバーはユージン・ミモリ・カノン・クベラと、生産系PAC全員。目標、ガンガン作ろう。
ちなみに珍しい事に今回は、シオンがレンの側を離れて単独行動をしたいと言い出した。その理由は……。
「【桃園の誓い】のダイス様より、我々を心配してお声を掛けて頂きました。内密に現状を伝え、こちらの作戦を伝える事が出来るいい機会かと」
そう言いながら髪型を気にしたり、服装を気にしたりするシオンさん。ゲーム内では乱れないのに。
そんな乙女な仕草を見せるシオンに、レンは真剣な顔で頷いて……。
「いえ、そういう建前は良いので。さっさとGOしましょう、シオンさん。良いですか、押してダメなら押して押して押して押して押しまくってGOしましょう」
「お嬢様、ピンポンダッシュの極意でも伝えたいのですか?」
本人は真面目にアドバイスしたつもりだが、シオンには真顔でツッコミを入れられた。本当に、仲が良い主従である。
そんなボケとツッコミに、真っ先に便乗したのはまさかの生産大好きおじさん。
「シオン君、≪深緑紫苑≫を装備していってはどうかな。折角だ、感想を聞いて来るといい」
「隕石級の大きなお世話をありがたく頂戴します、ユージン様」
「あ、頂戴はするんだ……」
「え、そういう事? そうなの!? うわぁ、大人の恋愛!? やば、興奮してきた!!」
「おっ、コヨミのおねーさんは話が分かりそうですなぁ」
「出た、センヤちゃんのオヤジムーブ……」
好き勝手に囃し立てる若者達にシオンがうんざりしていると、ヒメノとリリィが近寄ってきた。
「シオンさん、ファイトです!」
「私も微力ながら、応援していますね!」
「なるほど、ヒメノ様とリリィ様が天使と形容される理由がよく分かります」
「シオン殿、ダイス殿に宜しく伝えて頂きたく。こちらは元気でやっていると聞けば、安心して頂けると思うでゴザルよ」
「あれ、ジン様も結構な天使では?」
空気清浄系忍者ですから。
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その頃、【聖光の騎士団】ギルドホーム。ギルバートとライデンは、アークとシルフィと向き合っていた。
話の内容は、仁や英雄とした会話についてである。幹部全員を集めないのは、ライデンの判断だ。
「……スパイ、ねぇ」
わざわざVR・MMOをプレイして、スパイ活動をする利点が解らない。そう考えるシルフィは、二人の話を聞いても訝しげだ。
しかし、アークはそうではなかった。
「かつてDKCで起きた、スパイ事件。あれと同じ事が、AWOで起きている……そう言うのか?」
実に真剣な表情で、アークは唸るようにそう告げる。
――え、何? 過去にもあったの? そいつら、バカじゃないの?
シルフィの感想は最もなのだが、実際に起きた事も起きている事も変わらない。
「……ギルバート、ライデン。彼等との情報共有を、より密に行ってくれ。シルフィ、この件はひとまずここに居る者だけで共有する」
その言葉に、シルフィは不信感を抱く。何故、幹部メンバーに共有しないのかと。そして彼女は、サッパリとした性格の女性であった。
「アーク、そいつは何故だい? 幹部には周知しても良いと思うんだがね」
その不信感を心の中に抱え込むのではなく、さっさと聞いて理由を聞くタイプの人間だった。
――あ、聞いちゃうんだ。
――流石は姐御、清々しいな。
ライデンもギルバートも、そんなシルフィに感心してしまう。こういう彼女だから、アークと共に話を聞いて貰ったのだが……これは正解だったらしい。
何故ならば。アークの口元が、緩んでいるのだ。あの仏頂面がデフォルトの、アークの顔がだ。
「シルフィ、過去にスパイが入り込んだのはウチのギルドだった。そしてその男は、幹部にのし上がった者だった……これが理由だ」
アークの簡潔な説明で、シルフィはすぐに納得した。過去の事例を踏まえた対策、それが必要なのだろうと。
「成程ね……なぁ、三人共。ウチの弟については、アタシに任せちゃくれないかい?」
実の弟であるベイルに関しては、自分にも責任がある。そう考えているシルフィは、自らベイルに確認をしようとしていた。
「そうですね、シルフィさんが僕の提案を聞き入れてくれるなら」
ライデンの言葉に、シルフィはジト目を向けながら素っ気なく答えた。
「内容によるね。それはいったい、どういう提案だい?」
……
そうしてライデンから語られる、提案。それを聞いたシルフィは、何故そんな事をするのか疑問に思えた。
しかし大した事ではないと判断し、その提案を受け入れるのだった。
そうなると、話はその先の対応について。
「まずは、幹部メンバーの方を確認。次に、素行の悪いと思われるメンバー……そして、最近目立った功績を残したメンバーの確認ですね。気付かれない様に、慎重に行きましょう」
ライデンの言う素行が悪い……というのは、別にガラが悪いとかそういう意味では無い。独断専行が多いメンバーとか、そういう意味だ。
そして、目立った功績について。
「功績、ね。スパイ活動で、何かしらの利益を得たヤツって事かい」
「そうなると、第三回イベント入賞者か?」
先の第三回イベントでは、【聖印の巨匠】を中心に活躍したプレイヤーも多い。その中か近くに、スパイ行為をするプレイヤーも居るかもしれない。
そこでライデンが、その後に功績を挙げた人物について言及する。
「それと、もう一人。第三エリア到達に貢献した、アレクですね」
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同じ頃、【森羅万象】のギルドホーム。アーサーとハルが、ギルドマスター用の部屋を訪れていた。
「シンラさん、来たぞ」
「……お姉ちゃん、疲れてそうだね? 大丈夫?」
ハルの言う通り、今のシンラにいつもの様な雰囲気では無い。普段ならば笑顔を絶やさぬ彼女の顔からは、笑顔が消えている。代わりに、「超めんどくさい」と書かれている様にも見える。
「もし何なら、クッキーでも焼こうか? 疲れてる時は甘いモンが一番だろ」
現実・ゲーム問わずに料理が趣味なアーサーは、お菓子作りにも精通しているらしい。そんなアーサーの申し出に、シンラは真顔で頷いた。
「来てくれてありがとう、二人とも。アーサー、クッキーはぜひお願い」
そんな雑談はさて置き、シンラは本題について切り出した。
「来て貰ったのは、現在のAWOで起きている騒動について……そして、私達がどういうスタンスで動くかについてなの」
シンラの言葉を受けて、アーサーが不愉快そうな顔を浮かべる。
「あぁ、あのふざけたデマカセの晒しか」
それは【七色の橋】の不正疑惑を、否定するという意味に他ならない。
「あら……アーサーは、否定派なのね?」
シンラの言葉に、アーサーは真剣な表情で答える。
「当たり前だろ。俺はジンと、真正面からやり合ったんだ。それに動きからして、スキルや武技を使いこなす為に努力してたのが伝わって来た。あいつらは俺等と何も変わらない、普通の真っ当なプレイヤーだ」
そんなアーサーの発言に、ハルも続いて自分の意見を述べる。
「私も、アーサーと同じ考えだよ。正々堂々も、フェア精神も口だけじゃないって感じたもん」
アーサーとは違い、感覚的な言葉だ。しかしそれはシンラとクロードも同感だったので、否定する事なく頷いてみせた。
そして、シンラはいよいよ本題に入った。
「……アーサー、ハル。私達から、あちらに働きかける事はしない。これは、絶対に守って貰うわ」
首を突っ込むな……つまり、釘を刺されたのだろう。少なくとも、アーサーはそう感じた。
しかしシンラの話には、続きがある。
「ただし……あちらからアクションがあるとすれば、話は変わるわ。その時には必ず、あなた達二人のどっちかに連絡が来る」
つまり、ジン達から連絡が入る可能性がある……シンラはそう言っていた。
「うん。私達はジンさんやヒメノさんと、フレンド登録してるもんね」
ハルはその言葉の裏に隠された意味に気付いていないが、アーサーはシンラが何かしらの策を巡らせているのだと察した。だから、黙って彼女の言葉を待つ。
「その時、他のメンバーにはその事を報せないで。私とクロード、そしてあなた達二人だけの秘密にして」
シンラの言葉は、仲間を疑っているという意味合いだ。シンラに甘いクロードも、流石に聞き捨てならないと口を挟む。
「シンラ、それは……」
しかしシンラは、真剣な表情でクロードの言葉を遮った。
「待ってクロード。理由は言うから、今は聞いて。これは重要な事なの」
「……解った、お前を信じる」
それから数十分に渡り、四人の打ち合わせが続くのだった、