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忍者ムーブ始めました  作者: 大和・J・カナタ
第十三章 イベント準備を進めました
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13-09 幕間・ある人物達の独白

「せんせー! だっこー!」

「だめ! せんせーはみさきとあそんでるの!」

「あぁ、ケンカは駄目だよ。ほら、一馬君もおいで。一緒に遊ぼう? その後で、先生が抱っこしてあげようね」


 この幼稚園に通う子供達は、本当に元気だ。お陰でこうして玩具や先生の取り合いが起きる事もあるが、比較的すぐに理解してくれるのはありがたい。

「いや、それ山尾先生だけですよ」

「ほんとそれ。治先生の言う事は、みんなすぐに聞きますからね」

 同僚の先生方、心読まんでくれる?


 俺、山尾治が勤める古伊世ふるいせ幼稚園。高齢化社会で園児の数は一昔前より減ったが、それでも賑やかな幼稚園だ。むしろ、その頃が園児の数が多かっただけでは? という気もする。ちなみに担当しているのは、年中のちょうちょ組だ。


 一馬君と美咲ちゃんが仲直りし、仲良く遊ぶ様子を見て思う。やはり、子供達は可愛い。

 この調子で健やかに、良い子に育って欲しい。幼稚園の先生として、その一助になる事が出来れば良いなと思う。

 そこでふと思ったのが、とある知り合いの中高生の子供達。


――そうだな、あの子達みたいな……思いやりを持った、真っ直ぐな子達になって欲しい。


 VR・MMOゲーム、アナザーワールド・オンライン。これまでは良い意味で、現在は悪い意味で有名なギルドの子供達。

 先日のホームでの出来事は、掲示板でも拡散されている。運営からの調査が入ると、運営主任から言い渡された件だ。


――つまり運営が彼等の無実を確認し、それを証明するという事。もう少しの辛抱だぞ、皆。


 ギルド【七色の橋】が不正なんてしていないのは、俺達がよく知っている。彼等の日頃のプレイしている様子を見れば、一目瞭然だ。

 運営がそれを調べれば、彼等が自力であの領域に至ったという証明になる。それが公表されれば、下らない憶測など一蹴できるだろう。


 それらが一通り落ち着いて、問題が解決したら……俺達は、【七色の橋】にある提案を持ちかけようと考えている。それは、【七色の橋】を誘ってオフ会をしようというものだ。

 あの子達に会うのも楽しみだし、ケイン達がリアルでどんな感じなのかも楽しみだ。


……フレイヤに会うのは、ちょっと……いや、かなり緊張するけど。


 最近……正確には第三回イベントの頃から、やたらと距離が近くなった女性。リアルの彼女はどんな人なのか、リアルの俺を見てどんな風に思うのか……期待と不安が入り交じる心地である。


 ちなみにうちの新参メンバーは、まだ【七色の橋】との交流が深くない。なのでこの話は、古参メンバーだけで進めている。

 彼等にそれが知られたら、不満を抱かれるだろう事は想像に難くない。その為俺達は、RAINというSNSでその話をしている。


――そういえば……例の大規模PK。あれも、外部のSNSが絡んでいたな。


 第三エリア到達を目指す俺達……【桃園】【七色】【魔弾】に、リリィさんやクベラ君を加えた同盟。その前に立ちはだかったPKerは、外部のSNSで情報を得て集まっていた連中だった。

 このところ続く、トラブル。俺は、これが偶然だとは思っていない。もしかしたら今回の騒動でも、SNSを使用して示し合わせた連中がいるんじゃないか?


 いや、だとしても無理だな。SNSのチャットや通話履歴を確認するなんて、警察でもなければ無理だ。刑事事件とかになれば、捜査の手が及ぶ事もあるだろうが……。


「せんせー、おかおこわいよー?」

「どうしたのー?」

「あ、ごめんごめん。大丈夫だよ」

 何にせよ、子供達を守るのが俺達大人の役割だ。彼等の助けになれる事があれば……俺は盾職タンクのゲイルとして、彼等の盾となろう。


************************************************************


 大学の講義を受ける中、俺……名嘉眞真守は、ここ最近の出来事について考えている。講義内容? 頭に入って来ないに決まっている。


 有名ギルドのスキャンダルというか、問題行為。それが公に晒されて、非難の嵐になるという騒動。これは、AWOに限った話ではない。

 しかし、そこまで頻繁に起こるものかと言われると……それはおかしいと言わざるを得ない。


 以前プレイしていた、ドラゴン・ナイツ・クロニクル……通称・DKCでも、そんな事があった。

 あの時はとあるギルド……確か【ジェネシス】というギルドの不祥事。


「マモ、どした? 顔こえーぞ……割といつも」

 友人……熱田言都也から声を掛けられ、俺はそちらに視線を向ける。こいつは最近、【桃園の誓い】に加入したメンバーである。AWOでは、ヒューゴと名乗っている。

「失礼なヤツだな、お前……このイケメンを捕まえて」

「すげぇ自信だな。まぁ、俺はイケてる方だと思うけどよ」

 だろう? そうだろう……いや、ヒイロ君には負けるが。


「試験前だぞ、講義内容聞かなくていいのか?」

「今、こうしてくっちゃべっているお前の台詞じゃないだろ……まぁこの科目、俺は必修じゃないし」

 必修科目なら、もうちょい真面目にやるけどさ。

「というか、むしろお前は必修じゃなかったか?」

「まぁ、ほら。俺、赤点をギリギリ回避するのに定評がある男だから」

 自慢にならんぞ、それは。常に赤点ギリギリって事じゃないか。


「んで? 難しい顔してたけど、どしたん」

「……AWOの件で、ちょっとな」

 俺がそう言うと、言都也は表情を変えた。別に顔を青褪めさせたとか、そういうのじゃない。良くも悪くもない……いや、ニヤニヤとムカつく感じの顔だ。悪い方かも。

「アレだろ? 例のシオンさんだろ? 良いよなぁ、年上お姉さん。しかも美人で巨乳メイドさんだろ?」

 悪い方だった。


 シオンさんとの付き合いは、まぁ長い方だ。と言っても、長いだけだった。

 アーク率いる【聖光の騎士団】がホストのレイドパーティに、俺も参加していた頃。そこに、シオンさんも居た。レンちゃんの付き人として、オーソドックスなメイド服を着用して。


 最初に感じた印象は、お堅そうな女性だと思った。表情を崩さず、笑いもせず、ただレンちゃんの側に控えていた。声も口調も事務的で、ロボットみたいだなんて思った事もある。

 盾職としては優秀だったが、俺にとってはただそれだけ。味方に居る分には、まぁ楽が出来る……といった印象だった。


 変化に気付いたのは、第一回イベントの時だったか。

 西門で遭遇した彼女は、口数が増えて話し方も随分と柔らかい感じになっていた。ついでに和装メイドになっていたり、鉄壁に磨きが掛かったりと他の変化もあったが。

 それから彼女達は【七色の橋】を結成し、同時に俺達も【桃園の誓い】を立ち上げた。


 姉妹ギルドである俺達は、交流する事が増え……そして彼女の変化につれて、俺の彼女に対する印象も変わっていった。堅物っぽい印象は、物静かで理知的な女性という感想に変わった。事務的だという印象も、子供達の為にフォローに回る慈愛を感じさせた。

 そして、あの第三回イベントの時。彼女と二人で巨大蜂と戦った時……彼女の赤面する所や、頬を赤く染めつつ微笑んだ所を見て……多分、確実に、うん絶対。俺は、彼女に恋をした。


「マモっち、黙んないでくれよ~。真顔コワイ。怒っちゃやーよ」

「本気で失礼な奴だな、お前。つーか、講義聞いとけよ。赤点で冬休み返上とか、シャレになんねーぞ」

「ウィッス」

 ようやく静かになった。


 【七色の橋】は今、騒動の渦中に居る。彼等が運営の誰かから情報を貰って、それを利用してトッププレイヤーに登り詰めたという晒しスレの書き込み。それによって、彼等に凄まじい批判の声が向けられているのだ。

 俺は【七色の橋】が、掲示板で晒されたような不正をしているとは微塵も思っていない。彼女もあの子達も、そんな人間じゃない。新規加入したメンバーは解らないが、ケイン達も同じ考えらしい。

 彼女の、あの子達の為に……何か俺に出来る事は無いだろうか。ここの所、俺はそればかり考えている。


――もう、当たって砕けるしかない……かな。


 今夜、彼女にメッセージを送ってみよう。脈がどの程度あるのか解らないけど、動かなきゃ何も始まらないしな。

 そう言えば、ドラグも同年代なんだったか。あいつは何だかんだモテそうだし、ちょっと相談してみても良いかもしれないな。


************************************************************


「ウメちゃん。今日、一杯どうや?」

 定時になる少し前に、俺は同僚からそんな誘いを受けた。しかし、今は優先しなければならない事がある……だから、丁重に断る事にする。

「悪いな、今日も早めに帰る用事があるんだ。年明けなら、付き合えるとは思うんだけどな」

「またかー、最近付き合い悪いなぁ? ウメちゃん、家なんて徒歩十五分やん」


 一年前に大分から大阪に異動になった際に、俺は運良く職場から最寄りのアパートに入居出来た。しかも、ネットワーク回線がしっかりしたアパートである。

 お陰で、何のストレスもなくAWOをプレイ出来ているのだ。これはありがたい。


「悪いね、今は色々と立て込んでるんだ」

 そう……第四回イベントが近い今、やらなくてはならない事はいくらでもある。

 ただでさえ、俺は戦力としては微妙な立ち位置なのだ……しっかり貢献しなくてはなるまい。


 そんな事を考えていると、同僚は途端にニヤケ面をして俺を見てくる。

「何だよ、男に見つめられて喜ぶ趣味は無いぞ」

「ふっ、成程なぁ……ウメ、コレやろ? オンナ出来たんやろ?」

 小指を立てて言う同僚。その言葉に思わず、自分でも解るくらいに過剰反応してしまった。

「ちゃ、ちゃうわ!!」

「だはは、どないした? いきなり、関西弁使こうて! 図星やろ、な?」

「ち、ちげーよ……そういうんじゃないから」

 思わずクセで、関西弁を使用してしまった。動揺する俺に、同僚はやたらと追求してくる。


――彼女オンナ……ねぇ。


 同僚の誘いを振り切り、帰路に着いた俺。脳裏に浮かぶのは、一人の女性の姿だった。


 いつも自信なさげで、オロオロしている印象が強い。しかし、彼女と知り合ってしばらく……それだけでは無い事を、俺はもう知っている。

 好きな事に……主に鍛冶に集中する彼女は、いつにも増して饒舌だ。途切れ途切れの口調も、鳴りを潜める。


 どちらの顔も、彼女の魅力だと思う。それに、彼女は周りの人を大切にする。他の子達もそうだが、彼女は特にそうだと思う。

 苦手な事でも、仲間の為に奮起して挑む……その姿は、年下ながら尊敬している。


 俺が彼等に接触したのは……最初はただ、儲けになると思っていただけだった。

 いくつもの実績を打ち立ててきた、とんでもない子供達と女性三人。話題に事欠かない彼等とコネが出来れば、楽して稼げると思っていたのだ。


 それが、今ではどうだ。

 戦闘の邪魔にならない様に、必死にクロスボウや銃の練習を積み重ねて。あの下らないガセネタが広まって、彼等の評価が傷付けられて。

 それでも尚、共に戦いたいと思う。いいや、共に戦わなくてはいけないとすら思っている。自己保身に走るなんて、もっての外だ。


 それは俺が、彼等一人一人を信頼し好感を抱いているから。勿論、それも理由の一つではある。

 しかし、それ以上に……あの女性が、傷付いたり傷付けられる姿が見たくない。それが何よりも、自分の心を突き動かす要因なのだろう。


「参ったなぁ……このクベラさんとした事が。まさか、こんな気持ちにさせられるなんてなぁ……しかも、相手は女子大生やんか……」

 この俺、【梅島うめじま 勝守かつもり】は……本気で、カノンさんが好きになってしまったのだ。


************************************************************


 私、渡来瑠璃の日常は、せわしない方だと思う。

 日中は勿論、高校に通っている。私が通うのは、芸能界では割と有名な女子校だ。芸能人も多く通っており、私も浮かないで済んでいる。


 放課後はマネージャーに迎えに来て貰い、仕事がある時はテレビ局やスタジオに直行。今日は仕事では無いので、レッスンの為にスクールへ向かう。


「瑠璃ちゃん、今日は発声レッスンね。頑張りましょ!」

 そう言って、私を鼓舞してくれるマネージャー。彼女は【社絵やしろえ 亜麻音あまね】さん、御歳二十八歳のベテランだ。

 敏腕マネージャーとして知られていて、うちの事務所では恐れられているらしい。でも、私にとっては優しいお姉さんです。


「亜麻音さん、いつもありがとうございます」

 助手席に座る私がそう言うと、亜麻音さんは笑顔を零す。運転中なので、こっちは見ないけど。

「ほんっと、瑠璃ちゃんの担当になって良かったわ。真面目で素直だから、お世話し甲斐があるのよねぇ」

 風の噂が耳に入ると、アイドル業界は華々しく輝く世界だけではないという。


 マネージャーを奴隷の様に扱って、事務所から厳重注意を受ける子。

 共演者と親しくなり、遊び歩いて週刊誌にすっぱ抜かれてしまう子。

 隠れて恋人を作り、それが報道されてすったもんだした末に退所する子。

 SNSで軽率な発言を公開し、炎上した末に謝罪する子。


 私はどれも、大丈夫だと思いたい。でも、今は一つ懸念要素がある。

「亜麻音さん……一つ、お話良いですか?」

「何、改まって……え、待って怖い。何々? 彼氏でも出来た?」

 亜麻音さんが、物凄く慌ててる。初めて見たかも……まぁ、私もこんな事言い出すのは初めてだから仕方ないけど。


「いえ、居ませんけど。ゲームの事なんです」

 亜麻音さんは、私がAWOをしている事を知っている。何かあるとRAINとかでも報告するし、亜麻音さんも文句を言わずに受け止めてくれる。

「AWO? 確か、第四回イベントが近いんだっけ?」

「はい。そこで、私は友人のギルドにゲスト参加するんですけど……」

「うんうん、そうだったわね。それで、どうしたのかしら?」

 急かす事無く、先を促してくれる亜麻音さん。この人のこういう所が、話し易くて私は好きだったりする。


「その友人達が、掲示板で晒されたんです。運営の誰かから、情報を得て成り上がったって……今、ゲームではその話題が凄く広まっているみたいなんです」

 私はアイドルであり、クリーンなイメージが売りになっている。そんな私が、騒動の渦中に居るギルドにゲスト参加する……もしかしたら、私も批判を浴びるかもしれない。

「でも、彼等は無実です。なので、私はこのまま彼等と一緒に戦います。もしかしたら、アイドルとしての活動に支障が出るかもしれません。だから先に、ごめんなさいしておきます」

 ゲスト参加を取りやめる? 有り得ない。私にとって、彼等以上に信頼できる友人なかまは居ない。

 もし亜麻音さんから叱られても、【七色の橋】を見捨てるなんて絶対にしない。


「はぁ……瑠璃ちゃん。あなたのマネージャーとしては、問題視されているグループから距離を取って欲しいんだけど」

「解っています。でも、私は友達を裏切りたくありません」

「それでファンが離れて、仕事の方に支障が出るとしても?」

「覚悟の上です。賢い選択ではないのも、理解しています」

「……そう。他に鞍替えする気は無いのね?」

「はい、ありません」

 私が断言すると、亜麻音さんは黙り込んでしまった。


――迷惑を掛けてごめんなさい……でも、私は皆を信じている。そして、必ず……!


 必ず、彼等はこの騒動を解決するに違いない。それだけの実力を、【七色の橋】は持っている。

 そして私は、友達が困っているのを見過ごす人間にはなりたくない。彼等と一緒に困難を乗り越えて、最後に皆と笑顔で終わりたい。


 亜麻音さんは私の返答を聞いて、怒るだろう……と思っていたら、そんな事は無かった。

「良いわよ、ゲームに関してはプライベートなんだし好きになさい」

 まさかのGOサインに、私は耳を疑った。


「瑠璃ちゃんが真っ直ぐな良い子なのは、私が誰よりも知っているつもりよ。あとは自分が間違っていないと思ったら、絶対に意見を曲げないのもね」

 よ、よくご存じで……。

「そして……あなたは人を見る目がある娘っていうのも知ってる。だから……あなたの友達は、良い子達なんでしょう。まぁ、応援するから。頑張りなさい、瑠璃ちゃん」

 あぁ、なんて素敵な人なんだろう。この人が、私のマネージャーになってくれて良かった。


 その後、私の友人を見てみたいと言う亜麻音さんにスクショを見せたら……アイドルデビューさせられないか? と本気で頼み込まれた。

 ごめんなさい、亜麻音さん。この子達、全員彼氏いるんです。ネオンさん? いや、時間の問題じゃないですか。


************************************************************


 大学の講義を終えて、私はそのまま帰宅する。第四回イベントが近いので、色々と準備をしたいのだ。

 多分、弟も同じだろう……とはいえ、アイツはバイトの日だったはずだ。私の方が先にログインするだろう。

 早々に帰ろうと歩き出すと、私の顔を見て目を輝かせる後輩達の姿が目に入る。


――あー、またアレ……かな?


「岸野センパイ!!」

「先輩、今日は何か用事ありますか!?」

「良かったら、一緒にカラオケでも……!!」

 後輩女子達が、高い声で私に駆け寄って来た。私……岸野きしの弘音ひろねは見た目が少し男っぽいので、こうして女子達に人気がある模様。

 逆に男子は全然、寄って来ない。まぁ、チャラ男とか嫌いだから別に良いけど。


 さて。可愛らしい後輩達には申し訳ないが、お断りさせて貰おう。

「ごめんね、今日は用事があるんだ。年末まで、色々と立て込んでいてね」

 揃って「え~!」と声を上げられるが……うん、何故いけると思った? 逆にそっちが気になるわ。


 キャピキャピした後輩ちゃん達をやり過ごし、家へと真っ直ぐ帰る私。

 友達や後輩達と話したりしている時は、そちらに意識が向く。しかしこうして一人になると、否応無しにあの事を考えてしまう。


――【七色の橋】が、不正をしている……か。


 私が見た感じでは、そんな事をする子達に見えなかった。決勝で戦った彼等は、純粋で直向きだと思った。

 そんな彼等が、不正? 笑い話にもならない。


 そう、思いたかった……でも、だとしたらあの力は何なのか?

 あのギルドのメンバーが見せた力……ハッキリ言うと異常だ。

 もしもチートであれば、運営が見過ごす事は無いだろう。そうでないならば……やはりユニークスキル等を、手中に収めているはずだ。

 人柄は悪くない……しかし、そうではないかと思わせる要素が多過ぎる。


 帰宅して早々に、私は身の回りの事を済ませてログイン……大学生・岸野弘音から、【聖光の騎士団】サブマスター・シルフィになる。心の中に、モヤモヤを抱えたままに。


 ギルドのマイルームにリスポーンすると、私はすぐにルームを出た。既にログインしていたメンバーが、ギルドホームで何やら話している。

「運営は【七色】を広告塔にしたいんだろ? じゃあ不正しているなんて、そんな事認めないって」

「どっから広告塔なんて発想が出たんだよ……馬鹿馬鹿しい」

「でもさぁ、今はアンジェリカが話題の中心だろ? もう【七色】は用済みかもよ?」

「お払い箱か、ウケる」


 ギルドメンバーも、やはりこの騒動に対して思う所はあるらしい。

 とはいえ、彼等の言葉には何の根拠もない。こんな事を外で口にされては、ギルドの沽券に係わる。注意しなければならないだろう……そう思い、一歩踏み出した所だった。


「根拠のない憶測を広める様な行為は、止めて貰いたいものだな」


 冷たい声は、重く低く。しかしハッキリと、彼等や私の耳に届いた。

「あ、アークさん……」

 メンバー達が気まずそうに視線を右往左往させる間に、上の階に繋がる階段をゆっくり降りるアークが言葉を続けた。


「今は運営も、他のギルドもくだんの情報に対して敏感だ。明確な物証が無い中で、憶測を口にすれば……君達まで、処分対象にされる可能性も否定出来ない」

 それは彼等を咎めつつも、慮っている……そんなニュアンスが込められた言葉だった。

「君達は、俺達の仲間だ。こんな騒動の為に、君達を失うのは避けたい。運営主任の言ったように、周囲への配慮を欠かさず行動して欲しい」

 アークがそう言うと、先程まで好き勝手に話していた連中が大人しくなった。アークに向ける視線は、どちらかというと好意的な視線だ。


「む、シルフィ?」

 私に気付くと、アークは少しバツが悪そうな表情をする。何て顔をするんだい、胸張って良い。アンタは今、マスターとして立派にメンバーを諫めたんだから。

「やぁ、アーク。私も丁度、今来た所さ……出掛けるのかい?」

「イベントに備えて、少し体を動かしたくてな」

 こいつの言う”少し”は、世間一般では”めちゃくちゃ”だ。全く……一人で行かせたら、どうせしばらく帰って来ないんだ。これは、首に縄が必要なヤツだね。


「そうかい。それなら、アタシも付き合って良いかな?」

「あぁ、構わない」

 そう言うと、アークはギルドホームの扉に向けて歩き出す。そんなアークに、先程のメンバー達が頭を垂れていた。


「……流石だね、アーク。アタシなら”下らない噂話に乗せられるな”とか言って、黙らせるだけだったよ」

 ギルドホームを出た所で、アタシはアークに声を掛ける。すると彼は、いつもの仏頂面で肩を竦めた。

「……嘘を言ったつもりはない。第四回イベントの前に、メンバーが離脱するのは痛手だからな」

 ほーら、本音。まぁ、上に立つ者としては悪くないね。


「……ねぇ、アーク。アンタはどう思っている? 例の件……」

 彼がどう思っておるのか、それが気になる。

 そんなアタシの質問に、アークは足を止め……そして振り返る。


「俺は、自分の目で見、耳で聞き、肌で感じた事こそ信用する。【七色の橋】は実力……そしてその絆も、本物の強者。それが、俺の結論だ」

 そう口にしたアークは……薄っすらと笑っていた。


************************************************************


 気が滅入る……とてもとても、気が滅入る。気が滅入り過ぎて、部屋から出たくない。

 というのも私達のギルド【森羅万象】は現在、()()()()で荒れているのだ。


 直接対決で黒星を喫した相手である【七色の橋】が、運営のメンバーから情報を得るという不正をしていた……そんな噂が耳に入れば、不満が噴出するのも無理はないだろう。

 VR・MMOをプレイする人間は、その多くが負けず嫌い。負けた原因が自分達の実力不足ではなく、相手が不正をしているから……そんな疑惑が浮上すれば、怒りの声が上がるのも致し方が無い事だ。


 しかしウチのメンバーが悪戯に騒動に乗れば、新たな問題が起きるだろう。大規模ギルドの影響力は、無視できるものではない。


 あの情報が拡散されたのを知った私は、ギルドマスターとしてギルド内外に向けてコメントを出した。

 それは『【七色の橋】に関する騒動に、【森羅万象】のメンバーは関与しない。違反したメンバーには、ペナルティを与える事も有り得る』というもの。

 こうでもしなければ、私達まで騒動に巻き込まれるだろう。


「シンラ、ギルマスがそんな風にへたり込むな……」

 あらら、ウチのサブマス様に叱られちゃったわ。でも、お断りです。

「今はクロードしか居ないもーん、素の私を見せたっていーじゃん」

 同じ大学に通うクロード……恩田実南波。親友である彼女は、私のこういう姿なんて見慣れている。

「仕方の無いヤツだな……」

 そう言いつつ、それ以上は言わない。だから好きよ、クロード。


「それで、原因は何だ。例の件か?」

「そ、例の件」

 それで通じてしまうくらい、【七色の橋】の不正疑惑は広く拡散されている。

「にわかには信じ難い話だ。決闘イベントで相対した彼等の実力は、本物だと私は感じたがな」

 おや? 戦闘に関しては辛口のクロードが、こんな好評化を下すとは。

「ま、私も同感ね。ただ、ギルドは一枚岩では無いわ……ウチも、【聖光】も。なら【七色の橋】がそうだったとしても、不思議じゃないでしょ」


 あのイベントで対峙した彼等は、正々堂々としたプレイヤーだった。でも、もし誰か一人が……という事も、可能性としては有り得る。

 とはいえ、可能性は可能性。根拠の無い、憶測に過ぎない。

 そして私の見立てでは……その可能性は限りなく低い。逆にあの話は、事実無根である可能性の方が高い。


「ね、クロード。ハルとアーサーを呼んで来てくれない?」

「む? 構わんが……シンラ、何を考えている?」

「さぁ……何かしらねー?」


 私達がこの件で、手を出すのは悪手。よそはよそ、ウチはウチ。そのスタンスで行くのが、ギルドマスターとしての私の判断である。

 最も、彼等から接触があれば……状況次第では手を出すかもしれないけど、ね。

次回投稿予定日:2021/11/20(本編)

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― 新着の感想 ―
[良い点] それぞれ色々と考えて居るみたいですが…。 新なカップルが誕生か!?(笑)と一部の人達の気になる独白でしたね。(*≧∀≦*) [一言] この独白に出てきた人達はほとんどが、【七色の橋】が不正…
[良い点] >リアルの彼女はどんな人なのか おい、その先は地獄だぞ
[良い点] 山尾さん、名嘉眞さん、梅島さんそれぞれが自分の気持ちに気付いたみたいですね(ニヨニヨ)まだまだ件の事件の真っ最中ですがこの件を乗り越えて皆様に春がくるとよいですね。
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