13-09 幕間・ある人物達の独白
「せんせー! だっこー!」
「だめ! せんせーはみさきとあそんでるの!」
「あぁ、ケンカは駄目だよ。ほら、一馬君もおいで。一緒に遊ぼう? その後で、先生が抱っこしてあげようね」
この幼稚園に通う子供達は、本当に元気だ。お陰でこうして玩具や先生の取り合いが起きる事もあるが、比較的すぐに理解してくれるのはありがたい。
「いや、それ山尾先生だけですよ」
「ほんとそれ。治先生の言う事は、みんなすぐに聞きますからね」
同僚の先生方、心読まんでくれる?
俺、山尾治が勤める古伊世幼稚園。高齢化社会で園児の数は一昔前より減ったが、それでも賑やかな幼稚園だ。むしろ、その頃が園児の数が多かっただけでは? という気もする。ちなみに担当しているのは、年中のちょうちょ組だ。
一馬君と美咲ちゃんが仲直りし、仲良く遊ぶ様子を見て思う。やはり、子供達は可愛い。
この調子で健やかに、良い子に育って欲しい。幼稚園の先生として、その一助になる事が出来れば良いなと思う。
そこでふと思ったのが、とある知り合いの中高生の子供達。
――そうだな、あの子達みたいな……思いやりを持った、真っ直ぐな子達になって欲しい。
VR・MMOゲーム、アナザーワールド・オンライン。これまでは良い意味で、現在は悪い意味で有名なギルドの子供達。
先日のホームでの出来事は、掲示板でも拡散されている。運営からの調査が入ると、運営主任から言い渡された件だ。
――つまり運営が彼等の無実を確認し、それを証明するという事。もう少しの辛抱だぞ、皆。
ギルド【七色の橋】が不正なんてしていないのは、俺達がよく知っている。彼等の日頃のプレイしている様子を見れば、一目瞭然だ。
運営がそれを調べれば、彼等が自力であの領域に至ったという証明になる。それが公表されれば、下らない憶測など一蹴できるだろう。
それらが一通り落ち着いて、問題が解決したら……俺達は、【七色の橋】にある提案を持ちかけようと考えている。それは、【七色の橋】を誘ってオフ会をしようというものだ。
あの子達に会うのも楽しみだし、ケイン達がリアルでどんな感じなのかも楽しみだ。
……フレイヤに会うのは、ちょっと……いや、かなり緊張するけど。
最近……正確には第三回イベントの頃から、やたらと距離が近くなった女性。リアルの彼女はどんな人なのか、リアルの俺を見てどんな風に思うのか……期待と不安が入り交じる心地である。
ちなみにうちの新参メンバーは、まだ【七色の橋】との交流が深くない。なのでこの話は、古参メンバーだけで進めている。
彼等にそれが知られたら、不満を抱かれるだろう事は想像に難くない。その為俺達は、RAINというSNSでその話をしている。
――そういえば……例の大規模PK。あれも、外部のSNSが絡んでいたな。
第三エリア到達を目指す俺達……【桃園】【七色】【魔弾】に、リリィさんやクベラ君を加えた同盟。その前に立ちはだかったPKerは、外部のSNSで情報を得て集まっていた連中だった。
このところ続く、トラブル。俺は、これが偶然だとは思っていない。もしかしたら今回の騒動でも、SNSを使用して示し合わせた連中がいるんじゃないか?
いや、だとしても無理だな。SNSのチャットや通話履歴を確認するなんて、警察でもなければ無理だ。刑事事件とかになれば、捜査の手が及ぶ事もあるだろうが……。
「せんせー、おかおこわいよー?」
「どうしたのー?」
「あ、ごめんごめん。大丈夫だよ」
何にせよ、子供達を守るのが俺達大人の役割だ。彼等の助けになれる事があれば……俺は盾職のゲイルとして、彼等の盾となろう。
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大学の講義を受ける中、俺……名嘉眞真守は、ここ最近の出来事について考えている。講義内容? 頭に入って来ないに決まっている。
有名ギルドのスキャンダルというか、問題行為。それが公に晒されて、非難の嵐になるという騒動。これは、AWOに限った話ではない。
しかし、そこまで頻繁に起こるものかと言われると……それはおかしいと言わざるを得ない。
以前プレイしていた、ドラゴン・ナイツ・クロニクル……通称・DKCでも、そんな事があった。
あの時はとあるギルド……確か【ジェネシス】というギルドの不祥事。
「マモ、どした? 顔こえーぞ……割といつも」
友人……熱田言都也から声を掛けられ、俺はそちらに視線を向ける。こいつは最近、【桃園の誓い】に加入したメンバーである。AWOでは、ヒューゴと名乗っている。
「失礼なヤツだな、お前……このイケメンを捕まえて」
「すげぇ自信だな。まぁ、俺はイケてる方だと思うけどよ」
だろう? そうだろう……いや、ヒイロ君には負けるが。
「試験前だぞ、講義内容聞かなくていいのか?」
「今、こうしてくっちゃべっているお前の台詞じゃないだろ……まぁこの科目、俺は必修じゃないし」
必修科目なら、もうちょい真面目にやるけどさ。
「というか、むしろお前は必修じゃなかったか?」
「まぁ、ほら。俺、赤点をギリギリ回避するのに定評がある男だから」
自慢にならんぞ、それは。常に赤点ギリギリって事じゃないか。
「んで? 難しい顔してたけど、どしたん」
「……AWOの件で、ちょっとな」
俺がそう言うと、言都也は表情を変えた。別に顔を青褪めさせたとか、そういうのじゃない。良くも悪くもない……いや、ニヤニヤとムカつく感じの顔だ。悪い方かも。
「アレだろ? 例のシオンさんだろ? 良いよなぁ、年上お姉さん。しかも美人で巨乳メイドさんだろ?」
悪い方だった。
シオンさんとの付き合いは、まぁ長い方だ。と言っても、長いだけだった。
アーク率いる【聖光の騎士団】がホストのレイドパーティに、俺も参加していた頃。そこに、シオンさんも居た。レンちゃんの付き人として、オーソドックスなメイド服を着用して。
最初に感じた印象は、お堅そうな女性だと思った。表情を崩さず、笑いもせず、ただレンちゃんの側に控えていた。声も口調も事務的で、ロボットみたいだなんて思った事もある。
盾職としては優秀だったが、俺にとってはただそれだけ。味方に居る分には、まぁ楽が出来る……といった印象だった。
変化に気付いたのは、第一回イベントの時だったか。
西門で遭遇した彼女は、口数が増えて話し方も随分と柔らかい感じになっていた。ついでに和装メイドになっていたり、鉄壁に磨きが掛かったりと他の変化もあったが。
それから彼女達は【七色の橋】を結成し、同時に俺達も【桃園の誓い】を立ち上げた。
姉妹ギルドである俺達は、交流する事が増え……そして彼女の変化につれて、俺の彼女に対する印象も変わっていった。堅物っぽい印象は、物静かで理知的な女性という感想に変わった。事務的だという印象も、子供達の為にフォローに回る慈愛を感じさせた。
そして、あの第三回イベントの時。彼女と二人で巨大蜂と戦った時……彼女の赤面する所や、頬を赤く染めつつ微笑んだ所を見て……多分、確実に、うん絶対。俺は、彼女に恋をした。
「マモっち、黙んないでくれよ~。真顔コワイ。怒っちゃやーよ」
「本気で失礼な奴だな、お前。つーか、講義聞いとけよ。赤点で冬休み返上とか、シャレになんねーぞ」
「ウィッス」
ようやく静かになった。
【七色の橋】は今、騒動の渦中に居る。彼等が運営の誰かから情報を貰って、それを利用してトッププレイヤーに登り詰めたという晒しスレの書き込み。それによって、彼等に凄まじい批判の声が向けられているのだ。
俺は【七色の橋】が、掲示板で晒されたような不正をしているとは微塵も思っていない。彼女もあの子達も、そんな人間じゃない。新規加入したメンバーは解らないが、ケイン達も同じ考えらしい。
彼女の、あの子達の為に……何か俺に出来る事は無いだろうか。ここの所、俺はそればかり考えている。
――もう、当たって砕けるしかない……かな。
今夜、彼女にメッセージを送ってみよう。脈がどの程度あるのか解らないけど、動かなきゃ何も始まらないしな。
そう言えば、ドラグも同年代なんだったか。あいつは何だかんだモテそうだし、ちょっと相談してみても良いかもしれないな。
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「ウメちゃん。今日、一杯どうや?」
定時になる少し前に、俺は同僚からそんな誘いを受けた。しかし、今は優先しなければならない事がある……だから、丁重に断る事にする。
「悪いな、今日も早めに帰る用事があるんだ。年明けなら、付き合えるとは思うんだけどな」
「またかー、最近付き合い悪いなぁ? ウメちゃん、家なんて徒歩十五分やん」
一年前に大分から大阪に異動になった際に、俺は運良く職場から最寄りのアパートに入居出来た。しかも、ネットワーク回線がしっかりしたアパートである。
お陰で、何のストレスもなくAWOをプレイ出来ているのだ。これはありがたい。
「悪いね、今は色々と立て込んでるんだ」
そう……第四回イベントが近い今、やらなくてはならない事はいくらでもある。
ただでさえ、俺は戦力としては微妙な立ち位置なのだ……しっかり貢献しなくてはなるまい。
そんな事を考えていると、同僚は途端にニヤケ面をして俺を見てくる。
「何だよ、男に見つめられて喜ぶ趣味は無いぞ」
「ふっ、成程なぁ……ウメ、コレやろ? オンナ出来たんやろ?」
小指を立てて言う同僚。その言葉に思わず、自分でも解るくらいに過剰反応してしまった。
「ちゃ、ちゃうわ!!」
「だはは、どないした? いきなり、関西弁使こうて! 図星やろ、な?」
「ち、ちげーよ……そういうんじゃないから」
思わずクセで、関西弁を使用してしまった。動揺する俺に、同僚はやたらと追求してくる。
――彼女……ねぇ。
同僚の誘いを振り切り、帰路に着いた俺。脳裏に浮かぶのは、一人の女性の姿だった。
いつも自信なさげで、オロオロしている印象が強い。しかし、彼女と知り合ってしばらく……それだけでは無い事を、俺はもう知っている。
好きな事に……主に鍛冶に集中する彼女は、いつにも増して饒舌だ。途切れ途切れの口調も、鳴りを潜める。
どちらの顔も、彼女の魅力だと思う。それに、彼女は周りの人を大切にする。他の子達もそうだが、彼女は特にそうだと思う。
苦手な事でも、仲間の為に奮起して挑む……その姿は、年下ながら尊敬している。
俺が彼等に接触したのは……最初はただ、儲けになると思っていただけだった。
いくつもの実績を打ち立ててきた、とんでもない子供達と女性三人。話題に事欠かない彼等とコネが出来れば、楽して稼げると思っていたのだ。
それが、今ではどうだ。
戦闘の邪魔にならない様に、必死にクロスボウや銃の練習を積み重ねて。あの下らないガセネタが広まって、彼等の評価が傷付けられて。
それでも尚、共に戦いたいと思う。いいや、共に戦わなくてはいけないとすら思っている。自己保身に走るなんて、以ての外だ。
それは俺が、彼等一人一人を信頼し好感を抱いているから。勿論、それも理由の一つではある。
しかし、それ以上に……あの女性が、傷付いたり傷付けられる姿が見たくない。それが何よりも、自分の心を突き動かす要因なのだろう。
「参ったなぁ……このクベラさんとした事が。まさか、こんな気持ちにさせられるなんてなぁ……しかも、相手は女子大生やんか……」
この俺、【梅島 勝守】は……本気で、カノンさんが好きになってしまったのだ。
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私、渡来瑠璃の日常は、忙しない方だと思う。
日中は勿論、高校に通っている。私が通うのは、芸能界では割と有名な女子校だ。芸能人も多く通っており、私も浮かないで済んでいる。
放課後はマネージャーに迎えに来て貰い、仕事がある時はテレビ局やスタジオに直行。今日は仕事では無いので、レッスンの為にスクールへ向かう。
「瑠璃ちゃん、今日は発声レッスンね。頑張りましょ!」
そう言って、私を鼓舞してくれるマネージャー。彼女は【社絵 亜麻音】さん、御歳二十八歳のベテランだ。
敏腕マネージャーとして知られていて、うちの事務所では恐れられているらしい。でも、私にとっては優しいお姉さんです。
「亜麻音さん、いつもありがとうございます」
助手席に座る私がそう言うと、亜麻音さんは笑顔を零す。運転中なので、こっちは見ないけど。
「ほんっと、瑠璃ちゃんの担当になって良かったわ。真面目で素直だから、お世話し甲斐があるのよねぇ」
風の噂が耳に入ると、アイドル業界は華々しく輝く世界だけではないという。
マネージャーを奴隷の様に扱って、事務所から厳重注意を受ける子。
共演者と親しくなり、遊び歩いて週刊誌にすっぱ抜かれてしまう子。
隠れて恋人を作り、それが報道されてすったもんだした末に退所する子。
SNSで軽率な発言を公開し、炎上した末に謝罪する子。
私はどれも、大丈夫だと思いたい。でも、今は一つ懸念要素がある。
「亜麻音さん……一つ、お話良いですか?」
「何、改まって……え、待って怖い。何々? 彼氏でも出来た?」
亜麻音さんが、物凄く慌ててる。初めて見たかも……まぁ、私もこんな事言い出すのは初めてだから仕方ないけど。
「いえ、居ませんけど。ゲームの事なんです」
亜麻音さんは、私がAWOをしている事を知っている。何かあるとRAINとかでも報告するし、亜麻音さんも文句を言わずに受け止めてくれる。
「AWO? 確か、第四回イベントが近いんだっけ?」
「はい。そこで、私は友人のギルドにゲスト参加するんですけど……」
「うんうん、そうだったわね。それで、どうしたのかしら?」
急かす事無く、先を促してくれる亜麻音さん。この人のこういう所が、話し易くて私は好きだったりする。
「その友人達が、掲示板で晒されたんです。運営の誰かから、情報を得て成り上がったって……今、ゲームではその話題が凄く広まっているみたいなんです」
私はアイドルであり、クリーンなイメージが売りになっている。そんな私が、騒動の渦中に居るギルドにゲスト参加する……もしかしたら、私も批判を浴びるかもしれない。
「でも、彼等は無実です。なので、私はこのまま彼等と一緒に戦います。もしかしたら、アイドルとしての活動に支障が出るかもしれません。だから先に、ごめんなさいしておきます」
ゲスト参加を取りやめる? 有り得ない。私にとって、彼等以上に信頼できる友人は居ない。
もし亜麻音さんから叱られても、【七色の橋】を見捨てるなんて絶対にしない。
「はぁ……瑠璃ちゃん。あなたのマネージャーとしては、問題視されているグループから距離を取って欲しいんだけど」
「解っています。でも、私は友達を裏切りたくありません」
「それでファンが離れて、仕事の方に支障が出るとしても?」
「覚悟の上です。賢い選択ではないのも、理解しています」
「……そう。他に鞍替えする気は無いのね?」
「はい、ありません」
私が断言すると、亜麻音さんは黙り込んでしまった。
――迷惑を掛けてごめんなさい……でも、私は皆を信じている。そして、必ず……!
必ず、彼等はこの騒動を解決するに違いない。それだけの実力を、【七色の橋】は持っている。
そして私は、友達が困っているのを見過ごす人間にはなりたくない。彼等と一緒に困難を乗り越えて、最後に皆と笑顔で終わりたい。
亜麻音さんは私の返答を聞いて、怒るだろう……と思っていたら、そんな事は無かった。
「良いわよ、ゲームに関してはプライベートなんだし好きになさい」
まさかのGOサインに、私は耳を疑った。
「瑠璃ちゃんが真っ直ぐな良い子なのは、私が誰よりも知っているつもりよ。あとは自分が間違っていないと思ったら、絶対に意見を曲げないのもね」
よ、よくご存じで……。
「そして……あなたは人を見る目がある娘っていうのも知ってる。だから……あなたの友達は、良い子達なんでしょう。まぁ、応援するから。頑張りなさい、瑠璃ちゃん」
あぁ、なんて素敵な人なんだろう。この人が、私のマネージャーになってくれて良かった。
その後、私の友人を見てみたいと言う亜麻音さんにスクショを見せたら……アイドルデビューさせられないか? と本気で頼み込まれた。
ごめんなさい、亜麻音さん。この子達、全員彼氏いるんです。ネオンさん? いや、時間の問題じゃないですか。
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大学の講義を終えて、私はそのまま帰宅する。第四回イベントが近いので、色々と準備をしたいのだ。
多分、弟も同じだろう……とはいえ、アイツはバイトの日だったはずだ。私の方が先にログインするだろう。
早々に帰ろうと歩き出すと、私の顔を見て目を輝かせる後輩達の姿が目に入る。
――あー、またアレ……かな?
「岸野センパイ!!」
「先輩、今日は何か用事ありますか!?」
「良かったら、一緒にカラオケでも……!!」
後輩女子達が、高い声で私に駆け寄って来た。私……岸野弘音は見た目が少し男っぽいので、こうして女子達に人気がある模様。
逆に男子は全然、寄って来ない。まぁ、チャラ男とか嫌いだから別に良いけど。
さて。可愛らしい後輩達には申し訳ないが、お断りさせて貰おう。
「ごめんね、今日は用事があるんだ。年末まで、色々と立て込んでいてね」
揃って「え~!」と声を上げられるが……うん、何故いけると思った? 逆にそっちが気になるわ。
キャピキャピした後輩ちゃん達をやり過ごし、家へと真っ直ぐ帰る私。
友達や後輩達と話したりしている時は、そちらに意識が向く。しかしこうして一人になると、否応無しにあの事を考えてしまう。
――【七色の橋】が、不正をしている……か。
私が見た感じでは、そんな事をする子達に見えなかった。決勝で戦った彼等は、純粋で直向きだと思った。
そんな彼等が、不正? 笑い話にもならない。
そう、思いたかった……でも、だとしたらあの力は何なのか?
あのギルドのメンバーが見せた力……ハッキリ言うと異常だ。
もしもチートであれば、運営が見過ごす事は無いだろう。そうでないならば……やはりユニークスキル等を、手中に収めているはずだ。
人柄は悪くない……しかし、そうではないかと思わせる要素が多過ぎる。
帰宅して早々に、私は身の回りの事を済ませてログイン……大学生・岸野弘音から、【聖光の騎士団】サブマスター・シルフィになる。心の中に、モヤモヤを抱えたままに。
ギルドのマイルームにリスポーンすると、私はすぐにルームを出た。既にログインしていたメンバーが、ギルドホームで何やら話している。
「運営は【七色】を広告塔にしたいんだろ? じゃあ不正しているなんて、そんな事認めないって」
「どっから広告塔なんて発想が出たんだよ……馬鹿馬鹿しい」
「でもさぁ、今はアンジェリカが話題の中心だろ? もう【七色】は用済みかもよ?」
「お払い箱か、ウケる」
ギルドメンバーも、やはりこの騒動に対して思う所はあるらしい。
とはいえ、彼等の言葉には何の根拠もない。こんな事を外で口にされては、ギルドの沽券に係わる。注意しなければならないだろう……そう思い、一歩踏み出した所だった。
「根拠のない憶測を広める様な行為は、止めて貰いたいものだな」
冷たい声は、重く低く。しかしハッキリと、彼等や私の耳に届いた。
「あ、アークさん……」
メンバー達が気まずそうに視線を右往左往させる間に、上の階に繋がる階段をゆっくり降りるアークが言葉を続けた。
「今は運営も、他のギルドも件の情報に対して敏感だ。明確な物証が無い中で、憶測を口にすれば……君達まで、処分対象にされる可能性も否定出来ない」
それは彼等を咎めつつも、慮っている……そんなニュアンスが込められた言葉だった。
「君達は、俺達の仲間だ。こんな騒動の為に、君達を失うのは避けたい。運営主任の言ったように、周囲への配慮を欠かさず行動して欲しい」
アークがそう言うと、先程まで好き勝手に話していた連中が大人しくなった。アークに向ける視線は、どちらかというと好意的な視線だ。
「む、シルフィ?」
私に気付くと、アークは少しバツが悪そうな表情をする。何て顔をするんだい、胸張って良い。アンタは今、マスターとして立派にメンバーを諫めたんだから。
「やぁ、アーク。私も丁度、今来た所さ……出掛けるのかい?」
「イベントに備えて、少し体を動かしたくてな」
こいつの言う”少し”は、世間一般では”めちゃくちゃ”だ。全く……一人で行かせたら、どうせしばらく帰って来ないんだ。これは、首に縄が必要なヤツだね。
「そうかい。それなら、アタシも付き合って良いかな?」
「あぁ、構わない」
そう言うと、アークはギルドホームの扉に向けて歩き出す。そんなアークに、先程のメンバー達が頭を垂れていた。
「……流石だね、アーク。アタシなら”下らない噂話に乗せられるな”とか言って、黙らせるだけだったよ」
ギルドホームを出た所で、アタシはアークに声を掛ける。すると彼は、いつもの仏頂面で肩を竦めた。
「……嘘を言ったつもりはない。第四回イベントの前に、メンバーが離脱するのは痛手だからな」
ほーら、本音。まぁ、上に立つ者としては悪くないね。
「……ねぇ、アーク。アンタはどう思っている? 例の件……」
彼がどう思っておるのか、それが気になる。
そんなアタシの質問に、アークは足を止め……そして振り返る。
「俺は、自分の目で見、耳で聞き、肌で感じた事こそ信用する。【七色の橋】は実力……そしてその絆も、本物の強者。それが、俺の結論だ」
そう口にしたアークは……薄っすらと笑っていた。
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気が滅入る……とてもとても、気が滅入る。気が滅入り過ぎて、部屋から出たくない。
というのも私達のギルド【森羅万象】は現在、あの噂話で荒れているのだ。
直接対決で黒星を喫した相手である【七色の橋】が、運営のメンバーから情報を得るという不正をしていた……そんな噂が耳に入れば、不満が噴出するのも無理はないだろう。
VR・MMOをプレイする人間は、その多くが負けず嫌い。負けた原因が自分達の実力不足ではなく、相手が不正をしているから……そんな疑惑が浮上すれば、怒りの声が上がるのも致し方が無い事だ。
しかしウチのメンバーが悪戯に騒動に乗れば、新たな問題が起きるだろう。大規模ギルドの影響力は、無視できるものではない。
あの情報が拡散されたのを知った私は、ギルドマスターとしてギルド内外に向けてコメントを出した。
それは『【七色の橋】に関する騒動に、【森羅万象】のメンバーは関与しない。違反したメンバーには、ペナルティを与える事も有り得る』というもの。
こうでもしなければ、私達まで騒動に巻き込まれるだろう。
「シンラ、ギルマスがそんな風にへたり込むな……」
あらら、ウチのサブマス様に叱られちゃったわ。でも、お断りです。
「今はクロードしか居ないもーん、素の私を見せたっていーじゃん」
同じ大学に通うクロード……恩田実南波。親友である彼女は、私のこういう姿なんて見慣れている。
「仕方の無いヤツだな……」
そう言いつつ、それ以上は言わない。だから好きよ、クロード。
「それで、原因は何だ。例の件か?」
「そ、例の件」
それで通じてしまうくらい、【七色の橋】の不正疑惑は広く拡散されている。
「にわかには信じ難い話だ。決闘イベントで相対した彼等の実力は、本物だと私は感じたがな」
おや? 戦闘に関しては辛口のクロードが、こんな好評化を下すとは。
「ま、私も同感ね。ただ、ギルドは一枚岩では無いわ……ウチも、【聖光】も。なら【七色の橋】がそうだったとしても、不思議じゃないでしょ」
あのイベントで対峙した彼等は、正々堂々としたプレイヤーだった。でも、もし誰か一人が……という事も、可能性としては有り得る。
とはいえ、可能性は可能性。根拠の無い、憶測に過ぎない。
そして私の見立てでは……その可能性は限りなく低い。逆にあの話は、事実無根である可能性の方が高い。
「ね、クロード。ハルとアーサーを呼んで来てくれない?」
「む? 構わんが……シンラ、何を考えている?」
「さぁ……何かしらねー?」
私達がこの件で、手を出すのは悪手。よそはよそ、ウチはウチ。そのスタンスで行くのが、ギルドマスターとしての私の判断である。
最も、彼等から接触があれば……状況次第では手を出すかもしれないけど、ね。
次回投稿予定日:2021/11/20(本編)