12-20 反撃の糸口見つけました
拓真が霧人の脅迫に屈した……と思わせる返答をした、その日の夜。
「さて、それじゃあ作戦を練ろう」
ギルド【七色の橋】のギルドホーム……通称[虹の麓]。そこに集ったメンバーは、真剣な表情で席に着いていた。ギルドメンバーは勿論、ユージン・リリィ・クベラも同席している。
ヒイロが切り出した、”作戦”という言葉。それは、何についての作戦か。
「妙な輩が、僕達を狙っている事がハッキリしたけど……その目的は、いったい何だろう?」
ジンの言葉に、マキナが真剣な表情で頷く。
「彼の言葉だけでは、目的までは解りませんでした……やはり彼に従っているフリをして、彼から逆に情報を引き出した方が良いと思います」
そう、これが本題。
マキナを脅して利用し、【七色の橋】の情報を得ようとするプレイヤー。カイトの陰謀に対して、自分達はどう対応するか。そしてこの問題をどう解決し、カイトの企みを阻止するか。
つまりマキナは、カイトに従うフリをしていたのだ。彼は脅迫を受けたその日の内に、【七色の橋】に全てを打ち明けたのだった。
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時間は遡り、拓真が霧人に脅迫された日の夜。
拓真はAWOにログインするやいなや、【七色の橋】のメンバー全員がいる前で全てを話した。
「僕がクラスメイトに情報を漏らしたせいで……あの大規模PKが起きました。本当に、済みませんでした!!」
――嫌われたくない、失いたくない……でも、僕は皆に救われたから……今度は……!
土下座で謝罪するマキナの姿に、メンバー全員が言葉を失った。
――今度は……僕が皆を守る。その為なら痛みにだって耐えられる……何だってしてみせる……!!
霧人から見た拓真は、他人の顔色を伺い、攻撃される事を恐れる少年だった。そんな彼は仲間達の拒絶を恐れ、自分の言いなりになるしかない。そう信じ込んでいたのだ。
もしもマキナとして【七色の橋】に加わっていなかったら、その展開は有り得たかもしれない。しかし彼はもう、カイトの知る彼ではない。
例え、仲間達に嫌われても……真実を打ち明け、【七色の橋】を狙う敵の存在を明らかにする。好きになった女の子を……自分を励ましてくれた人達を、守りたい。
マキナの成長……そして勇気を振り絞った行動。これは、完全にカイトの予想の外だった。人間的な成長を遂げていた拓真は、霧人の陰謀を打ち砕く事を選んだのだった。
カイトの敗因は、マキナを侮った事。彼の成長に……そして、彼の強さに気付く事が出来なかった事だろう。
「情報を漏らした相手は、僕のクラスメイトです。彼はそれを理由に、僕を脅して……【七色の橋】の情報を探る為の、スパイにしようとしています」
マキナの告白を受け、ハヤテが目を鋭くさせる。
「……って事は、誰が糸を引いていたか解ったんスね?」
ハヤテの言葉に、顔を上げたマキナ。彼は真摯な態度で、頷いてみせた。
「リアルネームは、流石に言えないけど……僕を脅した相手のプレイヤー名は……【カイト】です」
マキナが告げた名前に、ハヤテは目を見開いた。その名前に、聞き覚えがある。ありすぎる。
「【カイト】って……もしかして、あのカイト? ウチで刀を買った、三年二組のイケメンの?」
「刀……あぁ、そう言えばそんな話をしてました。【七色の橋】から購入したって……って、何で彼が三年二組って知ってるんですか?」
肯定するマキナの返答に、ハヤテはポカーンとしてしまった。
何かまずい事があったのか……とマキナが不安感を煽られていると、ハヤテがブツブツと独り言を口にし始めた。
「……カイトのクラスメイト? 隣のクラスのアイツの? じゃあマキナさんって、同中? 中三だったんか。いやいやマジか、こんなすぐ近くに……本当に世間は狭い、狭いなぁ。狭過ぎるかもしれません」
ブツブツ呟くハヤテに異様な何かを感じ、メンバーは全員戸惑い気味だった。しかしハヤテは止まらない。
「というかコレ、逆に都合が良い? 良いじゃん? イイじゃん! すげーじゃん! ご都合主義万歳!」
段々とテンションが上がり始め、最後には大声になるハヤテ。そんな状況に苦笑し、ミモリがハヤテに声を掛ける。
「ハヤテ君、ハヤテ君。クライマックスにジャンプしようとしてないで。ね、何か思いついたのかな?」
「おっと、失礼! いやはや、ある意味これは朗報ッス」
ようやく正気? に戻ったハヤテは、ニヤリという擬音がぴったりな笑みを浮かべる。
ハヤテは自分の考えを口にする前に……マキナに、自分の正体を明かす事にした。勿論これは彼が同じ中学の生徒だという確信があり、そして仲間相手だからこそ出来る事である。
「マキナさん……俺、一組の相田。相田隼ッス」
唐突な自己紹介に、マキナは目をパチクリさせ……そして、驚愕する。
「あ、相田君!? ウチの学年で一番成績がいい、あの相田君!?」
その反応を見て、ハヤテは今後の対策の見当が付いた。
マキナとカイトは、隼と同じ中学の生徒。そして浦田霧人が、【七色の橋】を貶めようとしてた集団の一員。
相手がマキナを、スパイとして利用しようとしている。自分達の仲間を脅そうというのなら、手加減をしてやる必要など皆無。そしてあちらが汚い手を使って来るならば、容赦など不要。
そんな事をハヤテが考えていると、ジンが首を傾げて問い掛けた。
「あれ? ハヤテ、十位以内とか言ってなかった?」
気にするのはそこ? と思わなくもないが、ハヤテは苦笑して肩を竦める。
「一位も五位も、十位以内ッスよ。この前は二位だったし」
「いやいや、相田君ってトップスリーから落ちた事無いじゃん!!」
「まぁ、そうッスけど」
そんな会話を繰り広げるハヤテに、アイネは目尻を下げていた。
「わぁ、ハヤテ君ってやっぱり凄いんだね」
恋人からそんな視線を向けられると、照れくさい。曖昧に微笑み返すハヤテに、ジン達はニヤニヤしているのだった。最も、マキナは未だ戸惑い気味だ。
「お、驚きだよ……髪型や色で、結構印象変わるんだね。あ、僕は……名井家、名井家拓真だよ」
マキナが本名を告げた事で、ハヤテが「あぁ!」と頷いた。
「そういや、ジン兄達の文化祭で見かけたわ!! 成程、ネオンさんを助けてくれたの、名井家君だったッスね!!」
「いや、そんな……たいした事は出来なかったし……」
照れるマキナを見つめて微笑みながら、ネオンは今の会話をしっかりと聞いていた。名井家拓真、その名前をしっかりと心のメモ帳に書き込む。彼の罪の告白を受けても、ネオンの想いは揺らがない様だ。
――マキナさん……拓真さん。私達の為に、勇気を振り絞ってくれたんだろうな。あの時、私を助けてくれたのが……この人で、良かった。
そんな少年少女達を見守っていたシオンだが、このままでは話が進まない。
「盛り上がっている所、申し訳御座いません。まずは一度、話を順序だてて整理しては如何でしょうか。そろそろ、ユージン様達もお見えになるでしょうし」
彼女の言葉に頷いて、ジン達はこれまでの経緯を振り返る事にした。
……
一通り状況を確認した【七色の橋】は、今後の事について相談し始める。当然、焦点はカイトに絞られる……が、それだけではいけない。
「カイトが一人で全てを動かしているとは、到底思えないッス」
「……相手は集団、裏で糸を引いているのも複数人……だな?」
ハヤテとヒイロの考察を聞いたヒビキも、そう言えば……と頷いた。
「確かに、あの大規模PK……それと偽物騒動が同一人物の仕業だとしたら、違和感がありますね」
ヒビキが口にした違和感について、アイネも思い当たるフシがあったのか口を開く。
「そうね。大規模PKの主犯は、私達を直接PKしようとしていた。だけど偽物騒動は、【七色の橋】の評判を下げる様なやり口だったもの」
アイネの告げる違和感の根拠に、レンとヒメノも自分の感じた印象を口にする。
「そうですね。前者は短絡的に過ぎる、稚拙なもの。後者は杜撰ではありましたが計画的だった感がありますね」
「カイトって人は、PKの方に関わっていたはずですよね? だとしたら、偽物騒動は別の人間によるもの……という事でしょうか」
そこで、ネオンがある点について意見を口にする。
「あと、カイトはマキナさんをスパイに仕立て上げようとした……ですよね? だとしたら、他のギルドにも……」
スパイが潜り込んでいる……その可能性を示唆され、アイネも同意を示した。
「確かに。以前、ハヤテ君が言ってたよね? 『掲示板で意図的に情報をリークしているプレイヤーが居る』って」
その可能性を考え出せば、答えは自ずと姿を見せる。ヒメノとセンヤがハッとした表情になる。
「そっか……もしかしたら他のギルドにもスパイが潜り込んでいて、情報を流しているのかも!」
「うん! その可能性は、ありそうだね!」
ヒメノの推察に同意しながら、センヤはこの先の事について考える。
――だとしたら、多分その人達もカイトって人同様に誰かを騙してるんだ。そんなの、許せないよね!
カイトの陰謀を打ち砕くならば、その仲間達も放置は出来ない。他ギルドのスパイをあぶり出せないか? と、彼女も真剣に思案し始める。
一方、陰鬱そうな顔をしていたカノンは溜息混じりの言葉を口にした。
「はぁ……何で、そんな事を……する、のかな……?」
理解できないというニュアンスを、多分に含んだ一言。その言葉の中には、カイトやそれに与する者達への不快感を募らせている。
――私達は、ただ楽しんでいるだけなのに……相手は、そういう人達を狙っているのかな……?
カノンの表情は、暗いもの……【七色の橋】に加入する前に、時折見せていたものになっていた。それに気付いたミモリは、軌道修正を試みる。
「さぁ? それを判断するには、情報が不足しているわね」
ミモリはそう言って、カノンの意識を今後の事に向ける。しかし、彼女も内心では憤慨しきりである。
――こっちはただ、可愛い弟や妹分達と楽しんでいるだけなのに……ほんっと、無粋ここに極まれりね。
心の中で毒吐きつつ、ミモリは今後について提案する事にした。
「とりあえず自分達の身を守りつつ、相手の情報を得る術を考えるのが先決かしら」
ミモリの発言に、ヒイロも頷いて自分の考えを口にする。
「表面上はカイトに従うフリをして、彼から目的……そして他に居るだろう仲間の情報を得る。これが大指針で良いんじゃないかな」
――ゲームだからって、やって良い事と悪い事がある。それも解らないヤツなら、手段は選んでいられないか。
パッと見た感じは冷静だが、ヒイロは静かに怒りに震えていた。感情を押し殺し、ギルドマスターとして冷静な判断を下す必要があると解っているからだ。
そんなヒイロに気付いているレンは、彼の隣に寄り添っている。彼のリーダーとしての資質は、本人が思う以上に高い。そしてレンは、自分の役割は彼を支える事と定義している。
そして、レンもまたヒイロ同様に怒っていた。
――私にとって、このギルドはかけがえの無い場所。それを傷付けようとするなら、容赦はしません。
ギルマスとサブマス、カップルである二人。考え方も随分と、似通ってきているのだった。
しかし、ヒイロには懸念事項が一つあった。
「ただこのやり方をするとなると、マキナには苦労をかけてしまうけど……」
イジメに遭っていたマキナだ、この案は彼に負担をかけることになる。しかし、マキナは首を横に振ってみせた。
「僕なら大丈夫です。元より、自分で蒔いた種ですから」
大指針が決まり、具体的な対策について考える……その段になり、ギルドホームのエントランス側から声が掛かる。
「やぁ、皆。随分難しい顔をしているが、僕達も会話に加わっても大丈夫かな?」
そこには、今回のイベントにゲスト参加する三人が立っていた。
「ユージンさん!」
「リリィさん、クベラさんも……」
いつもの和やかな雰囲気と違い、真剣な顔で顔を突き合わせていたジン達。その様子から、リリィやクベラも何事かあったのかと察した様だ。
「皆さん、お疲れ様です……何かあったんですか?」
「随分と難しい顔をしとるな。何かトラブルでもあったんか?」
三人共、本当に来た所だったらしい。ここまでの話は、聞かれていなかった様だ。
「三人にも、お話しておきます。皆、良いね?」
ヒイロの言葉に、【七色の橋】のメンバーは頷き返した。三人の事はギルドに誘うくらいに、信頼している相手である。聞かれて困る事は無いし、一緒に戦って貰えるなら心強い。
こうして【七色の橋】とユージン・リリィ・クベラは、カイト対策について話し合い始めた。
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時は戻り、拓真が霧人に返答をした日の夜。
今後の作戦を決め終えた、【七色の橋】とソロプレイヤートリオ。作戦は別として、イベントにも備えなければならない。
そこで彼等が目指すのは、各都市のクエスト消化である。【七色の橋】だけでなく、他のギルドも同様だが……イベント告知以来、ほとんどのプレイヤーは戦力増強の為にクエスト消化を中断していた。だがユージンからのアドバイスによると、実はクエスト消化にもメリットがあるらしい。
「各都市のクエストをクリアすると、ギルドの名声値が上がるんだよ。その名声値に応じて、街の顔役から報酬が貰えるのさ」
名声値ポイントや報酬が貰えるのはギルド単位であり、内訳は装備品や消費アイテム……名声値が高いと、ガチャチケットも貰えるらしい。
また名声値が高いギルドに所属するプレイヤーは、NPCの好感度が上がりやすい。つまりPAC契約クエストが有利になるのである。
そこでジン達は北側第三エリア[アイザン]へ向かい、現地クエストの攻略に乗り出した。
「住み着いた盗賊かなんかを、討伐するんですよね。対人戦っぽくなりそうです」
「うむ……しかし、ヒメ達は出来るだけ援護で構わぬでゴザルよ」
討伐……つまり、人の姿をしたモノを倒すという事。グロテスクな表現などは緩和されていても、気分の良いものではないだろう。
それにクエストの達成目標は、討伐か捕縛。どちらを選んでも、報酬には差がないのだ。
しかし、ヒメノはそんなジンの言葉を否定する。
「それを言い出したら、第四回イベントには出られませんよ。大丈夫です、あくまでゲームですから」
確かに、対人戦となれば甘い事は言っていられない。それにそれはいつか必ず通る道であり、決闘形式での対人戦は既に経験しているのだ。
そんなジンとヒメノのやり取りに、アイネも参加する。
「ジンさん。お気遣いはありがたいですけれど、私達は守られるだけの存在にはなりませんよ」
アイネまでもがそんな、勇ましい言葉を口にする。
――大切なこの仲間を、守りたいのは私達だって同じ……強力な敵でも、悪意を持ったプレイヤーが相手でも。
中学生組は、そんなアイネの言葉に同意……と言わんばかりに、頷いてみせた。
その光景に、もしかしたら女性陣の方が肝が座っているのではないか? などとヒイロは考えてしまった。
「じゃあ問題無しって事で……そろそろッスよ」
ハヤテの言葉に、メンバー全員が警戒態勢に移行する。[マリアナ]での依頼傾向から、複数パーティによる攻略が可能なのは確認済みだ。
そんな【七色の橋】と共に歩いていた、リリィとクベラ。ここまで静かにしていたのは、ギルドとしての方針には口出ししない様にという考えからだ。しかし戦闘ともなれば、仲間として肩を並べる事になる。
「支援はお任せを!」
「ワイも少しは、戦闘に慣れんとなぁ……よし、やったるで!」
そんな力強い二人に続き、ユージンも笑いながら得物を手にしている。
「背中は任せてくれて良い、存分に暴れておいで」
そんな頼れるゲストメンバーに頷き返し、ジン達は戦闘に適した陣形を組む。
「よし、じゃあ打ち合わせ通りに……行くぞ!」
ヒイロが号令と共に駆け出すと、その左右を並走するシオンとヒビキ。こういった展開で、真っ先に駆け出すジンは……後衛の少し前を、警戒しながら走っていた。
「あ? おい、野郎ども! 追手だ!」
「ハッ、返り討ちにしてやれ!」
「かかれ! かかれーっ!」
ならず者NPCが迎撃に移ると、ヒイロは大盾形態にした左手の≪妖刀・羅刹≫で攻撃を受け止める。シオンとヒビキも、それぞれ≪鬼殺し≫と≪護国崩城≫で攻撃を防いだ。
血気盛んなならず者達は、二十人程。その内、十七名が我先にと襲い掛かって来た形になる。残る三人は、遠巻きに様子を窺っている。
装備の性能が上がり、≪護国崩城≫という心強い得物を手に入れたヒビキ。敵の攻撃をしっかり受け止められた今の展開に、内心で感動していた。
――まだまだ、男らしくなれていないけど……僕もヒイロさんやシオンさんみたいに、皆を守れたら……!!
見た目は美少女な彼だが、心の中で男らしくなりたいという思いを常に抱いている。
とはいえ最前に立ち果敢に戦う彼を、メンバー全員が認めている。華奢ながらも、ヒビキは勇敢で立派な男の子だと。
「そぉれっ!!」
足が止まったならず者達の頭上に、飛来する複数の瓶。その中に収められているのは、ミモリ特製ポーションだ。その正体は……。
「ぐっ!? う、う……」
スヤァ……と、立ったまま船を漕ぎ始めるならず者達。
ちなみにポーションを浴びたヒイロ達も、同様に睡眠状態異常になる……が、そこは支援魔法の出番だ。
「「「【リカバリー】!!」」」
レン・ネオン・リリィの状態異常回復魔法で、三人は即座に復活。目の前で睡眠状態になったNPC達を見て、頷き合う。
「ちっ、睡眠薬か!」
「退くぞ!」
「あぁ、本隊に報せねぇと!」
襲い掛からなかった三人は、睡眠状態の仲間を見捨てて走り出した。見切りが良過ぎる気もするが、そういうAI設定なのだろう。
最も、それで逃げ切れるなら……の話。
「疾風の如く!!」
最速忍者のAGIの前では、彼等の逃げ足など匍匐前進と大して変わらない。一瞬で目前に現れた忍者の姿に、ならず者達は目を剥いた。
「斬り捨て御免……【一閃】!!」
まず、先頭を走る一人に向けて両手の小太刀による二連撃。流石に第三エリアの敵らしく、それだけでHPが枯渇する事は無かった。
しかし、目的は達成出来た。一瞬でも、彼等の足を止められたならそれで良いのだ。
「【アサルトバレット】!!」
「【エイムショット】!!」
ハヤテの弾丸、ヒメノの矢が残る二人を仕留める。ならず者の内、襲って来なかった三人が逃げるのはハヤテとマキナの予想範囲内。そんな逃走者がいれば、ジンが足止めするのは確定事項。それ故の、絶妙なタイミングでの狙撃である。
同時に、ジンが【一閃】に繋げて武技を発動。【チェインアーツ】による連続攻撃を開始する。
「【スライサー】!! 【一閃】!!」
装備の更新により、たったの三チェインで相手のHPバーが枯渇した。眼前で、膝から崩れ落ちたならず者。それを見下ろして、ジンは飾り布の下で息を吐く。
一方、眠ってしまったならず者達。ヒイロ達が距離を取ったと同時に、アイネとセンヤ・マキナ……そしてユージン・クベラにより、ロープで拘束されていた。
「これで良し、と」
「三人は討伐、残りは捕縛。うん、これはこれでアリかも!」
「プレイヤー相手で、この手が使えたら楽ですね」
こうして、この場での戦闘は終了した。
実はこの一連の行動は、第四回イベントで有効と思われる戦術の予行演習であった。
「睡眠耐性を相手が持っていたら、難しいわね。その時は、別のデバフが良いけど……」
「……捕縛した、後は……どう、する?」
まさか、身動きが出来ない相手にトドメを刺すのか? と、カノンは表情を曇らせる。
そんな彼女の疑問に答えるのは、ユージンである。
「DKCで過去にあったGvGイベントについて調べたんだけど、捕縛後は一定時間が経過すると戦闘不能扱いになったそうだ。恐らく、同様のシステムじゃないかな」
無論、拘束を解いたら戦闘不能は避けられる。また、仲間が救出した場合も同様だ。
「……それなら、まぁ……」
そんな解説に、カノンもいくらか気分が紛れたようだった。
「さて、それじゃあ尋問タイムッスね。ほれほれ、起きな」
逆に、トドメを刺す事を躊躇しない……そんなタイプのハヤテは、平然と縛られたならず者の一人の肩を揺らす。
「あ、あ……?」
一人が意識を取り戻すと、他のならず者達も目を覚していった。そして、周囲の様子から……自分達がどういう状況にあるのかを、察知したらしい。
「なっ! て、テメェら……! ちっ、俺らの負けだ……」
「くそ……ツイてねぇな……」
「煮るなり焼くなり、好きにしやがれ!」
威勢の良い言葉に、ハヤテは手にした≪アサルトライフル≫を握る手の力を緩めた。
――ん、やっぱ生身の人間と違って往生際が良いね。はてさて……スパイ連中はどこまで、見苦しく吠えてくれるかな?
このNPC達の様に、あっさりと負けを認めないで欲しい。そうでなくては、仲間に手を出した己の愚かさを実感させてやれない。
第二回イベントの一件よりも、ハヤテは静かにキレていた。故に……下準備を、入念にしなければと再認識する。