12-18 厳しい現実でした
第四回イベントが近付く中、それぞれのギルドはその準備に力を注いでいる。それはジン達、【七色の橋】も同様だ。ゲームにログインしていない時間でも、第四回イベントの事を意識してしまう。
例えば、朝早くに教室で会話する仁と英雄の様に。
「ギルド対抗のサバイバルイベントだもんね……モンスターを相手にする時より、戦術的な面で苦戦しそうだ」
「特にウチは、尖った性能のメンバーが多いからね。情報を買おうとしたプレイヤーが、何か掴んでいる……みたいな可能性もある。まだ確定ではないけどね」
二人は誰も居ない教室で、真剣な表情で会話をしていた。
ジンとヒメノは、ステータス極振りビルド。長所に関しては他の追随を許さないが、それ以外の面では装備による強化頼りになってしまうのだ。
それに生産と投擲以外は不得手なミモリ、人見知りゆえに離れた所から武器を投げるしか出来ないカノン。こちらも接近されたら、対応し切れるかと言われると不安要素が強い。
「やっぱり単独行動は最小限に、数人で組んで戦うのが一番だよね」
「ま、そうなるよね」
単独行動で何とかできるとすれば、AGI特化のジンとVIT特化のシオンか。
オールラウンダーなヒイロだが、火力を出す為の【幽鬼】はクールタイムが長いという弱点があるのだ。
そうなると、【幽鬼】は切り札として温存しておく必要がある。
ハヤテとマキナも、立ち回り次第では単独で戦闘をこなせる。しかしハヤテはMPと弾数管理というネックがあり、マキナは火力不足という欠点がある。
それらの不安要素がある為、誰かと組んで行動するのが基本スタイルになるだろう。
「それにしても……時間加速で長丁場のイベントになるんだよね」
「だね。空腹度とか気を付けないと……」
システム面について真剣な表情でそう言う仁だが、英雄は別の事を考えていた。
「それもそうだけど、体感時間は数日分になるだろう? 精神的な疲労の蓄積も考えられるし、休息時間の確保も必要だよね」
「確かに、それもそうだね。仮眠時間とかあった方が良いね」
イベント準備は、順調に整いつつある。故に二人は、当日の事について意見交換をしていくのだった。
……
イベントに思いを馳せているのは、女子中学生メンバーも同様だ。始業前、五人揃って廊下で談笑をしている。
「時間加速は二十倍だっけ? イベント時間が三時間だから……」
「六十時間……だね。二日と半日になるんだ」
話題は当然、第四回イベントについて。とはいえ仁や英雄の様に、戦略性について話すのではなく……。
「結構、長時間になるよねー。メンバーがメンバーだから、居心地悪い感じはしないけど」
「プレイヤー同士の戦闘があるのはちょっとアレだけど、お泊り会みたいでちょっと楽しみかも……」
イベント中、恋人や想い人と長時間を共に過ごせる。その一点が、彼女達にとっては大きな要素となっていた。
普段は夜の七時頃からログインし、十時頃にはログアウトする。長引いたとしても、十一時には引き上げるのが日常だ。通常時の時間加速は三倍なので、ゲーム内で体感する時間は九時間から十二時間なのである。
ちなみにこれは【七色の橋】の少年少女が真面目な学生だからであり、コアなゲーマーはもっと長時間をゲーム内で過ごしている。
仕事から帰宅し、深夜帯までゲームをプレイする者。学校から帰宅しすぐにログイン、夜ご飯を挟んでゲームをプレイする者。そういったプレイヤーの方が、実は多かったりする。
「基本的に、行動する相手は決まってくるはず。英雄さんもそれは解っていると思うし、安心してね」
恋がそう言うと、少女達は愛しい相手の顔を思い浮かべる。二日と半日、ずっと側に居られる……それはゲーム内での事であっても、とても楽しみに感じられる。
その中でも、特に楽しみにしているのが……姫乃だった。
――仁さんと、たくさん一緒に居られる……お、奥さんとして、何かしてあげたいな。
現実では中高生カップルの二人だが、ゲーム内では新婚夫婦だ。愛する旦那様が、何か喜ぶことをしてあげたい……そんな事を考えていた。
……
一方、女子大生コンビ。二人もやはり、イベントについて話し合いをしている。
「うーん……鍛冶や調合をするには、工房が居るものね。装備のメンテナンスや、消費アイテムの補充は必要かも」
「う、うん……だから、ギルドの資金で……出先でも、生産が出来るセットを買った方が……良いかなって」
普段は[虹の麓]ことギルドホームの工房で生産をする、【七色の橋】の面々。それは自分の工房で生産に励む、ユージンも同様だ。
しかし今回のイベントで、拠点となる場所に工房設備があるかは不明。ならば、出先でも生産が出来るアイテム……≪簡易鍛冶セット≫や≪簡易調合セット≫というアイテムを、購入するべきではないかと考えた。
ただしこのセットは高額であり、おいそれと手を出せる物ではない。なので、ギルド資金で購入できないか? と考えているのだった。
ギルド資金で購入するならば、全員で使える運用方法になる。それは承知の上で、今回のイベントには必要な要素ではないか? 二人はそう考えていた。
「今夜にでも、皆に相談しましょうか」
「そう、だね……」
仲間達の反応を予想し、二人は苦笑し合う。
和装や刀の売上もあり、【七色の橋】の懐が寂しいはずもない。二人が言えば、すんなりと購入の提案は承認されるだろう。
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その頃、隼と拓真……そして浦田霧人が通う中学校。放課後、帰宅の準備をしている拓真に、霧人が声を掛けた。
「そうだ、名井家君。この前の話だけど……どうなった?」
それは霧人を【七色の橋】に迎える……という話。しかし、拓真はそれを仲間達に打ち明けられていない。
その理由は……彼に対し、一つの疑念があったからだ。
「う、うん……その話の前に、一つ聞いて良い……?」
「あぁ、大丈夫だよ」
拓真の様子を不審がりつつ、霧人は人懐っこい笑みで頷いてみせた。
「ただ、ここだと騒がしいし……屋上でどう?」
「う、うん……大丈夫……」
霧人は、いつも通りの様子。誰にでも親切で、イジメられていた拓真に手を差し伸べる……正義感溢れる、クラスの人気者。
そうして、大丈夫だと確信した……してしまった拓真は、彼を追って屋上へと向かった。
「それで、聞きたい事って?」
穏やかな口調で話を促す霧人に、拓真は彼なら大丈夫だ……と信じて、ついに疑問を口にしてしまう。
「その、う、浦田君は……何でバンって奴が、僕達に大規模PKを仕掛けた事を……知っていた、の……?」
そんな拓真の疑問を耳にした霧人は、表情を凍り付かせた。
「……」
無言で拓真を見つめる霧人に、拓真は慌てて弁明する。
「ご、ごめん……! 疑ってるわけじゃないんだ、ただ……」
誤魔化す事は容易い。霧人はそう考え、笑顔でしらばっくれた。
「あれ? そんな事言ったっけ?」
「う、うん……それに、あの大規模PKが、僕達を狙っていたって……僕達以外、皆やられてたから掲示板にもそんな事書いてないし……」
――チッ……無能の癖に、細かい事をネチネチネチネチ……!!
霧人はここ最近、フラストレーションが蓄積していた。ハヤテを通じて【七色の橋】に加入しようとするも、失敗。それ以降は特に成果を挙げられず、アレク達にも見下されていると感じていた。
――あぁ……そうか。いい手があるじゃあないか。
……彼は拓真を言葉巧みに誘導し、彼から【七色の橋】の情報を得るつもりだった。しかし、それでは重要情報は知れないし、手間がかかる。
だが……これなら、手っ取り早い。
周囲に誰も居ない事を確認し、霧人は拓真に歩み寄ると……その胸ぐらをつかんだ。
「う、うら……た、君……!?」
正義感が強い優等生で、社交的な人気者。そんな彼の突然の行動に、拓真は理解が追い付かず……ただ、彼を呆然と見る事しか出来ない。
「マヌケだなぁ? マヌケ過ぎるぞ、名井家君……何で、お前らが大規模PKに襲われたと思う? なぁ? 何で、お前らの行き先が解ったと思う?」
大規模PKは、バンの逆恨みを発端にするものだった。それは間違いないと、拓真は思っているが……確かに、彼も気にはなっていた。バンが何故、自分達が北側のエリアボスに挑むと知っていたのだろうか……と。
そこまで考えて、拓真は気が付いた。その情報を、自分はある人物に教えてしまった。情報を漏らしてしまったのは、他でもない……自分だったのだ。
「あの偽物が【七色】の情報を得られたのはさ……奴らがいつ! どこに行くのか! それを、バラしたヤツが居たからだよ! なぁ? 心当たり、あるよなぁ!?」
拓真は、誰に情報を明かした? それは言うに及ばず。拓真がその事を教えたのは、目の前の少年……浦田霧人だけだ。
顔色が変わった拓真を見て、いよいよ押え切れずに嘲笑を漏らす霧人。
「アハハハッ!! お前が仲間の情報を流して、そのせいで大規模PKが起きたんだよ! お前は知らず知らずの内に、仲間を危険に晒してたってワケだ!」
その言葉が、拓真の心に突き刺さる。
もしも彼が、落ち着いていたら……悪いのはその情報を悪用した、霧人だと考えられただろう。
しかし、恩人と思っていた……友達だと思っていた相手から胸倉を掴まれ、心無い罵声を浴びせられる。
更に自分が、大切な仲間達を危険に晒した……その事が心に重くのしかかっていた。
そんな予想外の自体に、元々は気弱な拓真の心は追い付けない。だから……自分のせいだと、思い込んでしまう。
そして、自責の念に囚われる拓真に向けて、トドメとばかりに嘲笑った。
「全部、お前のせいなのさ……お前が、仲間とやらを危険に晒した! 気付かない内に、お前は大事な大事なお仲間を裏切っていたんだよ!! なぁ……今、どんな気持ちだぁ? なぁ! ッハハハハハ!!」
あまりのショックに、呆然とする事しか出来ない拓真。その胸倉を掴んだ手を離し、愉悦に塗れた笑みで彼を見下す霧人。
――バレたのは予想外だが、問題無い。コイツはメンタルが雑魚だからな……こうして強く言えば、何も出来やしない。
イジメられっ子で、気弱な性格の拓真。誰にも言うなと言えば、そうするだろう。イジメられていた様子を見ていた霧人は、そう確信していた。
ゲーム内では仲間が居たとしても、現実では彼は一人だ。自分が居なければ、孤独な存在なのである。
――相田が懸念事項だが……アイツは学校内で、然程ゲームの話をしていない。それにコイツは自分から相手に踏み込まないし、相田は踏み込ませない。ネトゲあるある過ぎて、滑稽だな。
彼の予測通り、隼は自分から相手のパーソナルスペースに踏み込むタイプではない。
今、彼が【七色の橋】に所属しているのは、ジンが居るという事がきっかけである。そうでなければ今頃、彼もソロだっただろう。
そして拓真も、自分から相手に踏み込む事は不得手だ。
心の中でそうなりたいと思っていても、【七色の橋】に加入したいと言い出せなかった……それはコンプレックスもあるが、元より受け身な性格である事も要因だ。
しかし、念には念を入れる必要がある。万が一にも、自分に逆らわない様に……彼の心に、抜けない楔を打ち込む。
「この事を、大事な大事な彼女に知られたら……どうなるかな?」
その一言が耳に入り、拓真は血の気が引くという感覚を実感する。もし、もしもネオンにこの事が知られたら……それを考えると、冷静ではいられなかった。
「ま、待って……!!」
恐怖心を露わにする拓真の表情を見て、霧人は笑みを濃くした。
自分に縋り付こうとする拓真を、霧人は突き飛ばす。
「触んな、クズがっ!!」
罵声を浴びせながら、霧人は拓真を見下す。顔を青ざめさせる拓真に、霧人は更に追い打ちを仕掛けた。
「あ、まだ彼女じゃないんだっけ? まぁ、片思いでも何でも良いさ……お前が裏切り者ってバレたら、あの娘にも相当恨まれるだろうなぁ?」
普段の穏やかで人の好さそうな表情ではなく、愉悦に満ち満ちた笑みを浮かべる霧人。
人前で見せる彼の表情は偽りの仮面であり、自分の立場を優位に保とうという目的の為の欺瞞。
今、拓真に向ける表情と言葉……これこそが、浦田霧人の本性であった。
「ま、俺も鬼じゃない。お前の裏切りの事を、黙っていてやっても良いが……バラされたくなかったら、俺の言う事を聞け」
身を屈めて、拓真に視線を合わせる。そして、嗜虐的な視線で彼の眼を睨み付けた。
「【七色の橋】の情報を逐一、俺に流せよ。一回も二回も、大して変わらないだろ? 断るなら……解るよなぁ?」
それは、拓真をスパイとして使うという事。本来は自分が潜り込むつもりだったが、正直なところ気乗りはしなかったのだ。
最初はそれが良いと思っていたし、先程までもそのつもりだったが……拓真から聞かされる、彼等の日常。それが気に入らなかったのだ。
――ガキ同士でやる、仲良しこよしの”おままごと”。そんな下らない恋愛ごっこに、付き合わなくて済むしな。クソ過ぎて、反吐が出る。
彼は自分が、同世代よりも”大人”だと信じ切っている。その理由は……彼が、他の同世代の男子よりも特別な経験をしているからだ。
だから少なくとも、彼はそう考えていた。故に拓真達を見下し、おままごとだと断じているのだ。
「考える時間をやる。明日の放課後、ここに来い。あー、一応言っておくけど……逃げようなんて思うなよ? 逃げたら……解るよな? 誰かにチクった時もだ……なぁ?」
こう言えば、拓真は逃げられない。
学校を休んでも、家を知る霧人の前では無駄。他の誰かに相談などしようものなら、拓真は彼に情報を漏らした”裏切り行為”を暴露される。
そして数カ月前まで拓真に向けられていた、素行のよろしくない生徒達からの悪意。それが再び、彼を襲う可能性も否めない。
拓真は言葉を返す事すら出来ず、涙目で震える事しか出来なかった。そんな拓真を鼻で笑い、霧人は踵を返す。
「良い返事を期待しているぜ? イジメられっ子の名井家クン?」
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そんな事件が起きている一方で、とある男が大学の情報処理室で調べ物をしていた。彼は今、ある記事を目にして言葉を失っている所である。
「陸上界の期待の星、二之里中学三年生……寺野、仁……交通事故に巻き込まれ、選手生命を……絶たれる……仁、ジン……!!」
男の名は、佐田貴志。AWOにおいては、ジェイクと名乗る情報掲示板のメンバー。そして、アレク達の仲間だ。
彼は【七色の橋】について、何かしらの手掛かりがないかと掲示板やイベント動画を見返していた。その中で気になったのが、第二回イベントでのジンとアーサーのやり取り。
元・陸上競技選手……それが何故、AWOを始めたか。そこが引っ掛かり、貴志は彼が陸上を辞める原因があったのではないかと調べ始めた。
ここまで有名な選手だったとは思わなかったが、彼の顔写真を見て確信した。よくよく見ると、髪型以外は忍者ジンそのものだったのだ。
――トラックに轢かれ、右足に!! 障害……!! これだ……!! ついに見つけたぞ、【七色の橋】のジン……!!
歓喜に震える貴志だが、彼はすぐに意識を切り替えた。その情報をどう有効利用するか……それが、重要だと理解しているからだ。
――この情報を公開しても、意味は無い。むしろ、ヤツに同情が集まるだけだ。それにリアル情報を流せば、俺を通報……悪ければ警察に通報される。そんな愚は犯さない。
「右足、か」
事故の記憶、陸上への執着、死ぬかもしれないという恐怖。それを利用すれば、彼の速さを封じる事が出来るのではないか。貴志は、そう考えた。
そんな彼に、一人の女性が声を掛けた。
「足がどうかしたの、貴志?」
彼女の声に、貴志の表情が再び歓喜に満たされる。
「喜んでくれ、美紀。最高の情報が手に入った……あの忍者もどきの、弱点だ」
わずかに振り返り、彼女を見る貴志。その視線の先には可憐にして妖艶、幼い少女の様でありながら成熟した女性を感じさせる存在が居た。
彼女……伊賀星美紀が、貴志に微笑みかける。
「そうなの? やっぱり貴志は凄いね」
天使の微笑み。そう形容するに相応しい、聖母すら霞そうな笑顔。それを向けられた貴志は、立ち上がって美紀に向き直る。
「美紀……このくらいなんでもないさ。愛する君の為なら、俺はどんな事だって出来る」
「ふふっ、貴志はいつもそう言ってくれるね。愛してくれるの、すごく嬉しいよ」
小首を傾げてそう言う美紀を前に、貴志の我慢は限界を迎えた。大股で彼女に歩み寄ると、その身体を強く抱き締める。
「美紀……いくらでも言うよ。俺の愛を受け止めてくれ」
貴志は目を血走らせ、鼻息も荒くなっている。美紀の腹部に押し付けられている彼の一部が、彼が何を求め欲しているのかを如実に物語っていた。
「うん、良いよ。貴志の愛は、私が全部受け止めてあげるね」
そう告げる美紀の声や仕草に、貴志の理性は崩壊した。
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――皆に……嫌われたくない……。
翌日の、放課後。夕焼けに染まる屋上で、鞄を抱くようにしながら震える拓真が立っていた。
――【七色の橋】は……初めてできた失いたくない場所なんだ……。
そこへ、悠々と歩いて近付くのは霧人。その表情は、昨日同様に嗜虐的な色を浮かべている。
「よぉ、名井家。昨日の件……返事は?」
――その為なら……。
俯いている拓真は、沈痛そうな面持ちで……口を開いた。
「……き、君の、言う通りにする、よ……だから、その……あの事は、誰にも……」
震えた声で、そう答えた。
――僕は……何でもする……。
これで、全て上手くいった。アンジェリカの為に、【七色の橋】の情報を手に入れる……その手段が、ついに手に入った。
霧人は拓真に向けて、笑顔の仮面を被る。自分に従っている限り、痛い目は見ずに済む……言外に、そう告げているのだ。
「あはは、聞き分けが良い奴は好きだよ? じゃあ今日からお前は、俺達の目であり耳だ。ヨロシクね……【七色の橋】の、スパイ君?」
次回投稿予定日:2021/10/23(幕間)
作者の方針も踏まえて、一言だけ申し上げます。
安心して下さい。