12-16 幕間・笑顔を振りまく天使
「さてさて、今日も張り切って配信始めるよー!」
AWOにログインし、システム・ウィンドウを操作して配信を開始する女性。その周囲には、彼女を見つめる野次馬プレイヤー達の姿があった。
それも無理のない事で、彼女の配信はAWOプレイヤーの中にもファンが多いのだ。
「あー、やっぱ可愛いなぁ」
「だな……お近付きになりてぇ……」
「今日で三日目? どれくらいレベル上がったのかしら」
「ねー、パワーレベリングなんかは断っているんでしょ? 流石よねぇ」
「それにしても、アバターとリアルの外見をほとんど弄らないのも良いよなぁ。髪と瞳の色くらいだろ?」
「弄る必要なんてないじゃん、あれだけの美人なんだからそのままで最強だしさ」
そんな周囲の声が聞こえているのか、いないのか。彼女はカメラに向けて、話し掛ける。
「今日はダンジョンの攻略に行ってみようかな。休憩時間中にね、色々調べて来たんだよ」
様々なプレイヤーが書き込む、情報掲示板。そこに記載されている内容を見ながら、彼女は視聴者に向けて語り掛ける。
『お、なになに?』
『休憩時間にか。頭が下がるな』
『体には気を付けてね』
『情報は武器だからねー、アンジェちゃんは流石よく解ってるわ』
コメントの数は数えるのも億劫になるくらい、沢山だ。それに一つ一つ応えていては、時間がいくらあっても足りない。
なのでアンジェリカは、実況を後から見返せるアーカイブにコメントし、一つ一つのコメントに返信する。この対応は視聴者からは好評で、彼女からの返答が欲しくてコメントするという者も少なくない。
ともあれコメントに返事をするのは後にして、アンジェリカは自分の考えを口にした。
「考えたんだけどね、AWO運営さんは王道も定番も大事にするけど……それ以上に、たくさんAWOの世界を探索して欲しいって考えていると思うんだ。だから意外と、人気の無い所とかにレアな何かがある気がするんだよね」
彼女がそう言うと、彼女にだけ見えるコメントがその視界の上部分を流れていく。
『アンジェリカ先生の考察が始まった! 成程~!』
『AWOを隅々まで探索すると良いのか』
『もしやユニーク狙い?』
『アンジェリカさんの考えが当たってたら、運営にとってはこうして公言して貰うのは嬉しかろう』
『ふむふむ、確かにユニーク持ちっぽい人達ってあまり目立つ所で動いてないもんね』
『美人の上に頭も良いのか、最高かよ』
これらのコメントが流れるスピードは、目で追いきれない程の速さだ。そして、その量も多い。当然だろう、なにせ彼女……アンジェリカの配信に同時接続している数は、この時点で万を越えているのだから。
同時接続数が一万を越える配信者は珍しくないが、VR配信……それも時間加速状況下での配信となると、稀である。時間加速中のゲーム配信をリアルタイムで視聴する場合、視聴者も時間加速が可能な状態……つまり、VRドライバーを使用しなければならないのだ。
「まずは……うん、これだ! えへへ、AWOプレイしてる友達が教えてくれた、[夢幻の墓所]に行ってみよー! あんまり人気が無いダンジョンらしいんだよね。あ、ここはアンデッド系のモンスターが出るって! そういうのが苦手な人は気を付けてね!」
アンジェリカが選択したのは、[夢幻の墓所]というアンデッドモンスターの巣窟。女性には……場合によっては男性にとっても厳しい、ホラー系ダンジョンである。
……
その配信を視聴しつつ、口元を緩める女性が居る。彼女の名はエレナ……本名・稗田実子。【森羅万象】の幹部であり、その裏ではアレク達と共にアンジェリカを信奉する女性である。
――アンジェ……私が手に入れた情報、有効活用してね。貴女の為に突き止めた、ユニークスキルの情報よ。
そう、彼女は知っている。アンジェリカが向かおうとしているダンジョン[夢幻の墓所]に、何があるのか。
彼女は同志達と共に、手下を使ってスキルの在処やクエスト情報を集めていた。そうしている中で、ついに見つけたのだ……ユニークスキルの情報を。
【森羅万象】のギルドホーム、そのマイルーム。そこならば、誰にも見咎められる心配はない。なのでエレナは、笑った。
――頑張って、アンジェ。貴重なモノ、美しいモノ、尊いモノ……それは、貴女にこそ相応しいのよ。
その表情は、最愛の存在に向けられる笑み。今、彼女は心底期待している。アンジェリカがソレを手に入れた暁には、その情報を差し出した自分の愛情を受け入れてくれるだろう。
記憶の中にある、アンジェリカの瑞々しい素肌を思い出し……興奮のままに彼女の実況配信を凝視する。食い入るように、という表現がピッタリな姿だ。
[夢幻の墓所]……そこにはエクストラクエストの起点となる、祠が隠されている。
次回投稿予定日:2021/10/15(本編)