12-14 幕間・舞い降りる天使
その日、アナザーワールド・オンラインはいつもよりも賑わっていた。
普段は第二エリアに到達出来ていない、低レベル層のプレイヤーが大半を占める始まりの町。ギルドホームを持たないプレイヤー達は第二エリア、第三エリア到達を果たすと先のエリアの町に拠点を移す。
最も大規模ギルドは、始まりの町にギルドホームを持っている。これは自分達の存在感をアピールする為に、早い段階でギルドを結成・ギルドホームの建築を果たしたからだ。
余談だが、ギルドホームは一つだけというのが現在の仕様。しかし第二エリア・第三エリアが解放された事で、プレイヤーから運営に要望がいくつも出されている。
それはサブホームを実装して欲しいというものだ。
ギルドホームから第二・第三のエリアに向かうには、ポータル・オブジェクトを使用した転移機能が基本だ。しかし、距離が離れれば離れる程、掛かるゴールドコインは高くなる。
サブ拠点があればホームからホームへの転移となり、ゴールドコインは消費されない。それ故に、プレイヤーはサブホームが欲しいと声を上げているのである。
運営も現在、イベント準備の傍らでサブホームの実装について検討している段階である。
それはさておき、現在の始まりの町。噴水広場を中心に集まるプレイヤーは、場を埋め尽くさんばかりにひしめいている。
その理由は……。
と、その時。噴水の側に光が発生し、その光が人の輪郭を形成していく。
ふわりと風に靡く、長い金色のロングストレートヘア。初心者装備の袖から伸びる、スラリと長い手足。引き締まった腰回りから下は、女性らしさを感じさせる丸みを帯びている。そして豊かに実ったその双丘に、視線を思わず向けてしまう男性プレイヤーは少なくなかった。
「ん……」
その女性が閉じていた瞼を開くと、サファイアの様な瞳が周囲を映し出す。
そこに待ち受けていたのは、現実かと見紛う程の光景。再現度の高いゲームだと知っていても、実際に自分が体験すると驚きを感じるのは当然だろう。
そして、自分を取り囲む様に凝視するプレイヤー達。老若男女問わないその集団……ハッキリ言って、普通なら怖い。そんな光景を前に、彼女は萎縮する……と思いきや、ふわりと笑顔を浮かべてみせた。
「凄い人だかり……え、もしかして、私の告知見てくれた人達かな?」
鈴を転がす様な声色で紡がれた言葉は、声を張り上げた訳でもないのによく通る。
その言葉を受けて、集まったプレイヤーが歓声を上げた。
「うぉぉぉ!!」
「待ってましたぁぁ!!」
「きゃー!! 本物!! めっちゃ可愛い~!!」
「顔ちっちゃーい!! スタイル良すぎー!!」
向けられる視線と歓声、そして言葉。それらを受けて尚、彼女は自然体だった。
「わぁ、嬉しい! あぁ、それとこっちも始めないと……ごめんなさい、ちょっと待っていて下さいね」
彼女がシステム・ウィンドウを操作していくと、やがて一つの球体が出現。これは、実況配信者の特徴である。
「こんばんわ、配信を見てくれている皆さん! お待たせしました! いよいよ今日から、アナザーワールド・オンラインの実況配信を始めていきまーす!」
撮影端末に向けて彼女がそう言うと、周囲のプレイヤーが再び盛大な歓声を上げた。
『わこつ』
『待ってました!』
『キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』
『この日を待ち侘びてました!』
『ついにこの時が来た!』
『わこつー!』
『今日もきました』
『アバター姿でも変わらぬ天使の様な美しさ!』
「おー、いきなりコメントが流れ始めてる!」
彼女がそう言うのも、無理はない。何せ始まって数分の現段階で、同時接続数は五千を超えている。今も現在進行形でカウント数は上昇中であり、すぐに万単位になるだろうと誰もが確信していた。
『ところで後ろどうした(笑)』
『人大杉w』
『まさかこの人達、出待ちしてたん?w』
『ヤヴァい、アイドルのライブ会場並みw』
そんなコメントに、彼女は口元をふっと緩ませた。一人の視聴者が綴ったコメントが、可笑しく感じられてしまったのだ。
「あはは、まぁアイドルのライブですから! 配信だけどね?」
茶目っ気を出してウィンクすると、周囲のプレイヤーが再び沸き立つ。それは撮影端末を通じて、彼女の配信を見守る視聴者達も同じであった。
『確かにそうだw』
『めちゃくちゃ可愛い』
『そりゃそうだね、大人気アイドルだもんw』
『ウィンクありがとうございます!』
『美紀ちゃんのライブなら親を質に入れてでも行く所存』
「こらこら、親御さんは大事にしないと! さぁて、それじゃあ改めて……」
そこで言葉を切ると、彼女は周囲のプレイヤーにゆっくりと視線と笑顔を向けていく。そして最後に撮影端末に視線を戻して、満面の笑顔を浮かべてみせた。
「改めて、伊賀星美紀です! あ、ここではアンジェリカだよ! 皆さん、よろしくお願いします!」
次回投稿予定日:2021/10/10(本編)
アンジェリカ、降臨。