12-12 エクストラクエスト第三弾に挑みました
「という事で、今回【七色の橋】にゲスト参加させて貰う事になったユージンです。どうぞよろしく」
「同じく、リリィです。皆さんと一緒に、頑張りますね」
「毎度おおきに、クベラや! 商人なんであんま戦力にはならへんかもしれんけど、精一杯協力さして貰うで!」
【七色の橋】のギルドホームを訪れた三人が、笑顔でそう挨拶の言葉を告げた。そんなゲスト三人に、メンバーからは盛大な歓迎の拍手が贈られる。
「皆さんが参加して下さって、とても嬉しいです」
「ええ、勿論それはメンバーの総意です。本当にありがとうございます」
ヒイロとレンがそう言うと、ユージン・リリィ・クベラは、嬉しそうに笑みを零す。
「さて、それじゃあ今後の予定について聞いても良いかな?」
「えぇ。一緒にイベントに参加するなら、準備段階から……ですね」
「せやな、教えて貰えるか?」
三人もイベントに対する意欲は十分らしく、そんな有り難い事を言ってくれる。
「助かります。一応、第三エリアの方で……あ、ユージンさんは、第三エリアには……?」
「あぁ、それは問題無いよ。フレンドさんの厚意で、首尾よく到達出来たんだ」
「それは何よりです」
今回はイベントで共闘する形になるので、ジン達は自分達の情報をどこまで開示するのか……それについて、事前に話し合った。
風林火山陰雷のエクストラクエストについては、ユージンは既知の内容だ。しかし、リリィとクベラには初めて明かす事になる。
とはいえこれまで幾度と共に行動して来たフレンドである二人だ、その人柄は信頼に値する。故にジン達は、リリィ・クベラに情報を包み隠さず明かした。
「成程……それが、皆さんの強さの秘密の一端なんですね」
「教えて貰って、おおきにな……いやぁ、驚いたで」
今後の予定についての話が落ち着くと、リリィが真剣な表情で背筋を伸ばした。
「お返しという訳では無いですが……私のステータスを、皆さんに余すところなくお伝えします」
「せやな、ワイも! まぁ、大したステータスちゃうんやけどな」
「それじゃあ、僕も自分の情報を開示しよう」
その後、ユージン・クベラを含めた互いの情報を共有し……いよいよ、イベントに向けての準備を進める事にした。
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一時間後、行動を開始した【七色の橋】。姿を晒して騒がれるのは困るので、いつもの様に変装中だ。
フィールドに出れば、ギルド戦に参加するのであろうプレイヤー達の姿があった。誰もが採集をしたり、モンスターと戦ってレベリングをしたり。誰も彼も、イベントに向けての熱意が窺える。
ジン達が最初に向かったのは、北側第三エリアの[アイザン]。その先にある洞窟型ダンジョンが、怪しいと睨んだのだ。
「獣型モンスターばっかりのダンジョン……これはやっぱり、そういう事ッスよね!」
「俊敏な動きのモンスターが、多いという情報も確認出来ました。だとすると、可能性は高いですね」
獣型モンスターに、俊敏な動き。となれば、やはりそのボス部屋に居るモンスター……その真の姿は、あの九尾を持った狐型モンスターではないか。
「他のエクストラも、一応アテあるッス」
「俺も探索の時に、色々と調べたんだけど……多分、皆の目指すエクストラクエストじゃないかと思うんだ」
ハヤテとマキナの情報収集能力は、流石の一言に尽きる。これまでのエクストラクエストがあるダンジョンの傾向……それらを加味して、目星を付けたのだ。
更に、ソロプレイヤーのゲスト三人から提供された情報……その情報は、二人の推測を補強するものだった。
第二エリアではレイド2だった事もあり、第三エリアはエリアボス同様にレイド3であると予想。戦闘可能なメンバー総動員で、行軍を開始したのだった。
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【ヒイロチーム】
ヒイロ・レン・シオン・ロータス・セツナ・ユージン・リリィ
【ジンチーム】
ジン・ヒメノ・センヤ・ヒビキ・ネオン・マキナ・リン・ヒナ
【ハヤテチーム】
ハヤテ・アイネ・ジョシュア・カゲツ・ミモリ・カノン・クベラ
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今回は商人プレイヤーであるクベラも、エクストラクエスト攻略に参加する。そこで彼は、戦力となるべく準備をして来たらしい……最も、その準備とはユージンからある物を買ったのだが。
「ユージンさんに相談してな、ワイもコイツをゲットしたんや」
そう言って、腰のホルスターに手をやるクベラ。そこには一丁の拳銃が収められていた。
「H&K P2000、警察でも採用された銃だね。護身用には持って来いだろう」
製作者であるユージンは、そう言ってニッコリと微笑む。内心ではトカレフと悩んでいたのだと付け加えると、センヤがはて? と首を傾げる。
「トカレフって、聞き覚えがある様な?」
「まぁ、暴力団なんかが使用するってイメージの強い銃ッスからね」
「銃自体に罪は無いんだけどねぇ」
そんな雑談をしている内に、いよいよ洞窟が見えて来た。その周辺には、誰の姿も見当たらない。
「中に誰も入っていなければ、閑古鳥が鳴いている……のかな?」
マキナの疑問には、リリィが応えた。
「恐らく、あちらの雪山にプレイヤーは集中しているんでしょうね。あちらには、経験値を稼ぎやすいモンスターが居るんです。確か……恐竜のモンスターで、三種類の……」
「それ、まさかティラノサウルス・トリケラトプス・プテラノドン?」
「え、よく解りましたね?」
どうやらリリィは昔の特撮には疎いらしいが、男子メンバーはおおよそ察した。同時に、串■アキラさんの声が脳裏に再生される。
ともあれ、他のプレイヤーが少ないならば渡りに船。念の為にローブで顔と身体はある程度隠すが、変装装備から本来の装備へと換装するメンバー達。ダンジョン攻略ともなれば、サブ装備では心許ないのだ。
「では、いざ!」
「あぁ、行くぞ!」
ダンジョンに足を踏み入れ、進んで行く一行。その歩みは堂々たるもので、モンスターを警戒はしても怖れはしていない事が窺える。
すると、前方に白い毛並みの狼型モンスターの姿が見えた。
「白狼……氷雪地域といったら、やっぱああいう感じだよね!」
何故か嬉しそうなセンヤに、ユージンは微笑みながら前に出る。
「ちょっと待ってね。【鑑定】……ほほう、ジャックウルフ。ジャパニーズウルフじゃないのか」
「それだとゼ■ワンやないですか」
●亡迅雷〇et.を、クベラも知っていた様だ。
「それじゃ、早速行こうか! ジン!」
「御意にゴザル!!」
マフラーをグイッと上げて、構えるジン。兵士の狼というならば、この先に座すであろうキュウビが王という事。その王を倒そうというのだから、こんな所で足踏みはしていられない。
「いざ、疾風の如く……【クイックステップ】!!」
瞬時にジャックウルフの目前まで距離を詰め、両手の小太刀を振るうジン。
「【狐風】!!」
繰り出された真空の刃が、ジャックウルフの身を斬る。攻撃範囲が広い為、今の初撃でジャックウルフのヘイトはジンに集中した。
唸りを上げて同時に迫るジャックウルフ。中々の俊敏さだが、ジンの速さには遠く及ばない。
「よっ……! ほっ……! 【狐火】!!」
複数個体を巻き込めるタイミングで、地面に苦無を投げて魔技【狐火】を発動。訓練を重ねたその投擲精度は見事なもので、一度に四体を焼く事に成功した。
ジンのINTでは大ダメージは見込めないが、代わりに四体の内三体が延焼効果を受ける。そのダメージ量は、いつもよりも多い事が解る。
「やっぱ、火属性が効果的だな。よし! それじゃあ行くぞ!」
前衛組が駆け出すと、それを見たジンもお膳立てを整えるべく苦無を構える。
「【狐雷】!!」
地面に突き刺さった苦無から、四方八方に電撃が奔る。それに触れたジャックウルフは、少しのダメージと同時に麻痺状態に陥った。
そこに駆け寄る、前衛メンバー達。
「手早く片付けよう」
一気に片を付けるべく、両手の≪妖刀・羅刹≫を大太刀に変化させたヒイロ。
「了解です!」
ジンがヘイト稼ぎを始めた頃から、【性能昇華】の溜め動作に入っていたアイネ。
「【バーサーク】」
そして、スキルを駆使してVITを犠牲にSTRを強化したシオン。
「僕等の火力じゃ、一撃じゃ落とせない……なら!!」
「二人で同時、だね!!」
ヒビキとセンヤは、タイミングを合わせて同時攻撃を繰り出す算段。息ピッタリな幼馴染カップルだからこその、連携攻撃だ。
「ホント、いいコンビだね」
そう言いながら、マキナも両手の短槍を握り締める。一撃の威力は無くとも、連続攻撃による手数が短槍の持ち味。ジャックウルフ相手ならば、押し切れるという自信もある。
更に、その後ろに続くのはリン・セツナ・ジョシュア。順調に成長したAIは、指示を受けなくても行動に移ったのだ。
その自律思考の結果は、プレイヤー勢が狙っていないモンスターを狙うべきだと判断した。それは【七色の橋】の会話や表情から計算した結果であり、その行動はジン達の意向通り。
ヒナは支援魔法の詠唱を既に進め、カゲツも火属性魔法の詠唱中。ロータスはクロスボウを構えて、撃ち漏らしが起きた場合に備えている。
「【一閃】!!」
両手の大太刀を振るい、ジャックウルフを斬り付けるヒイロ。その破壊力をもってしても、ジャックウルフを落とし切る事は出来なかった。麻痺から復帰したジャックウルフが、ヒイロにその獰猛な視線を向け……その顔面に向けて、炎の矢が直撃した。無論、レンの放った【ファイヤーアロー】だ。
「サンキュー、レン!」
標的にしていたジャックウルフは、レンの魔法で倒す事が出来た。しかし、他にもジャックウルフは生存している。故に油断せず、警戒をしながらヒイロはレンに声を掛けた。
「私が付いていますので、存分にどうぞ」
「ははっ、これは負ける気がしない」
その様子を見ていたハヤテは、ニヤリと笑ってアイネの狙うジャックウルフに銃口を定めた。
「【一……」
アイネが薙刀を振り降ろす、その瞬間。
「【アサルトバレット】」
ハヤテが、愛銃の引き金を引く。
「……閃】!!」
ジャックウルフのHPバーがグッと減少するが、残りわずかという所で止まる……その直後、ジャックウルフの眉間にハヤテの弾丸が撃ち込まれた。
「……流石だね!」
愛する恋人の称賛に、ハヤテはニッと笑うと次の標的に向けて銃口を構えた。
「【ブレイクインパクト】!!」
そのすぐ側で、シオンが振り下ろした大太刀≪鬼斬り≫。その一撃で、一匹のジャックウルフが息絶えた。
「……ステータス系のユニークスキルならば、一撃で屠れそうですね。ジン様は難しいでしょうが」
本来はVIT系ユニークスキルの保有者であるシオンも難しいのだが、彼女は【バーサーク】によってSTR変換という手段がある。故に、VITを犠牲に一撃討伐も可能となっていた。
その代償として、今の彼女のVITはゼロ。故に迫るジャックウルフの攻撃が掠っただけで、大ダメージを受ける。
「【ハイジャンプ】!!」
最速忍者が、居なければ。
アレンジ武技【ハイジャンプ~ただし飛ぶのは相手~】でジャックウルフを蹴り飛ばしたジンを横目に、シオンは【バーサーク】を解除。クールタイムが終わるまでは、ジンと共にヘイトを稼いで盾職として応戦だ。
「右側はお任せを」
「では、拙者は逆へ!」
最低限の意思疎通で、事足りる。それだけ、濃密な戦闘経験を共に積み重ねて来たのだ。二人は共に担当するべき場所へ向けて、駆け出した。
そして、数分後。
「あらら、出番が無かったわね」
「流石、皆……だね」
十を越えるジャックウルフが、地面に転がる光景が広がっていた。この戦闘での損害は、ヒビキとセンヤが数発……マキナが二発程度の被弾。それも今、リリィによって回復されて全快した所だ。
「囲まれなければ、安定して戦える……かな?」
ユージンの言葉に、パーティメンバーは揃って頷いた。
……
順調にダンジョン内を進んで行く中で、ジンは開けた場所で淡い光を発見した。【天狐】を駆使してそこまで到達すると、第一エリア……そして第二エリアにもあった[風の祠]があった。
「いつもお世話になっているでゴザル」
そう告げながら、手を合わせるジン。そうしなければ、ユニークスキルが強化されないという訳ではない。ただ単にこの祠との出会いが、ジンのVRMMOライフの根幹にある。そう思ったからこそ、感謝の気持ちを込めて手を合わせたのだ。
『エクストラクエスト【九尾の試練】を受領しました』
システムアナウンスが流れ、エクストラクエストを受領した事を確認したジン。仲間達の下へと戻り、ボス部屋を目指して行軍を再開した。
「成程……ああいった目立たない場所に用意された、隠し要素……ですか。もしかしたら、まだ見つかっていない隠し要素もあるかもしれませんね?」
あったら、挑戦してみるのも良いだろう……リリィはそう考えていた。勿論、単独でそれを成し遂げるのは困難を極めるだろう。だからその時は、この【七色の橋】や【桃園の誓い】・【魔弾の射手】に相談するのが良いと考えている。
【聖光の騎士団】は自ギルドの強化を推し進める事で、レイドパーティ参加募集は前程には力を入れていない。理由は第一回イベントの後、シルフィ・ベイル・アリステラ・セバスチャンといった強者が加入した事。そしてギルドマスター・アークが、ただ強いだけでは無い……信頼関係を築いた仲間同士の力を重視する様になったからだ。
ちなみに【森羅万象】は加入メンバーの募集はしているが、外注は一切していない。これは【聖光の騎士団】が外注をするなら、我々は自分達の力だけで……という、対抗意識によるものだ。
互いをライバル視している両ギルドだが、今は果たしてどうなのか? これについては、誰にも解らない。
それはさておき、クベラもエクストラクエストには興味を抱いている様だ。
「ヒイロさんやハヤテさん・アイネさんのユニークは、このクエストとは毛色が違うんやろ?」
「そッスよ。俺等はエクストラボスの出す試練を、突破するってモノだったッス」
後ろを付いて来る、セツナ・ジョシュア・カゲツ。この三人以外にも、ユニークシリーズを齎すNPCが居る……とハヤテは睨んでいる。
――ただ、ちょっち引っ掛かるのは……セッちゃんとカゲっちゃんは、東洋風。じっちゃんは西洋風なんだよな。
そして彼等は、その立ち位置も異なる。セツナとカゲツは、剣鬼と魔女……その在り方が魔に寄った存在。逆にジョシュアは騎士の中でも高位に位置する存在であり、亡き妻は剣聖という神聖寄りの存在。
聖と魔……この両方に、同数のエクストラボスがいるのではないか? そしてそれは、対局の位置関係に存在するのではないか? と。
――ま、憶測ッスけどね。
ハヤテがそんな事を考えていると、視線の先に大扉が見える。どこからどう見ても、ボス部屋だ。
「うむ、見えたでゴザルな」
「いよいよ……だな」
ジンが表情を引き締めると、ヒイロも真剣な表情で拳を握り締めた。そんな二人に対し、ヒメノは明るい声色で応じる。
「はい! 頑張って、クリアしましょう!」
そんなヒメノに乗っかる様に、レンとシオンも声を掛けた。
「ふふっ、これだけ充実したメンバーですもの。負けはしない、でしょう?」
「過信は禁物ですが、同意見で御座います」
そして、アイネもそれに追従する。
「今回もそれぞれが、しっかり役割をこなすだけね。私達のチームワークは、AWO随一だもの!」
そう告げると、アイネがハヤテに視線を向ける。それは「ね? そうだよね?」と、期待感を込めた視線だった。正直、自分だけにこういう態度を向ける所とか可愛い……とハヤテは思ってしまう。
そんな恋人に応える様に、ハヤテも力強く頷いてみせた。
「まぁぶっちゃけ、最強の布陣ッスからね」
この布陣でクリア出来ないとなれば、それは第三エリアの適性レベルからかけ離れる仕様になるだろう。それか、相当な悪意のある初見殺しを用意している……といった場合くらいだ。
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そして、いよいよ始まったエクストラボス戦。事前予想を裏切る事無く、三組のレイドパーティは安定した戦いを繰り広げていた。
「【展鬼】!!」
後衛に急接近するエクストラボス・アンコクキュウビだが、相手が悪い。山のユニークスキル【酒呑童子】を保有するシオンが、本気で防御に徹しているのだ。その堅固さは、AWO最高峰と言って良い。
さて、アンコクキュウビのダウン条件は単純なものだ。連続して規定回数の攻撃がヒットすると、ダウン値が上昇していくのである。
しかし、言うは易く行うは難し。AWOに存在する全てのモンスターの中でも、最高のAGIを備えるアンコクキュウビだ。連続して攻撃をヒットさせ続けるのは、至難の業である。
「そこだ!! 【ラピッドスライサー】!!」
至難の業でした。
変身状態の上、最終武技【九尾の狐】を発動させたジン。目にも留まらぬ速さでアンコクキュウビに急接近し、両手の小太刀を振るう。その姿は正に、忍者風の特撮ヒーローである。
アンコクキュウビが攻撃動作をした直後、そのタイミングを狙っての手数の多い攻撃。その繰り返しによって、既にアンコクキュウビはダウン寸前である。アンコクキュウビは、泣いて良い。
ダウンさえすれば、そこからは一気呵成に攻め立てるのみ。その為ダウン値を上昇させる役割はジンに任せ、他の前衛メンバーは防御・回避に徹している。
「ふむ……流石ジン君、凄まじいね。動きも更に研ぎ澄まされている様だ」
「えっ!? 見えるんですか、ユージンさん!? あれを!?」
「いやぁ……決闘イベや大規模PKの時も思ったけど、本当に速過ぎるな……」
ゲスト三人も、ジンの全力を目の当たりにして驚きを禁じ得ない様だ。最も、ユージンは何故かジンの動きを少しは見れているらしい。ちなみにクベラは全く見えず、商人ロールプレイを忘れて標準語に戻っていた。
そんな感想を抱かれているとは露知らず、ジンは意識を集中させながら縦横無尽に跳び回り、駆け抜ける。精神は研ぎ澄まされ、アンコクキュウビと激しい攻撃の駆け引きを繰り広げる。
ジンは、似た様な感覚を過去にも味わった事がある。
例えばそれは、陸上競技大会の短距離走の決勝。ただ競い合う選手以外は意識に留まらず、全神経を走る事にのみ集中させる瞬間。無心で、ただひたすらに速く走る。それだけを考えている時の、あの感覚に似ていた。
しかし、あの頃とは違う点もあった。コースに立った瞬間から、選手の周りに居るのはライバルのみ。それは、ある意味では孤独だ。
だが今は違う……意識の中に、仲間の存在がある。
――陸上とは違う……皆が、一緒に走ってくれている。
実際に、横に並んで走る……という意味では無い。ジンが全力で駆け抜けられる様に、仲間達が力を貸してくれている。その連帯感、そして一体感。仲間の存在が、自分の背中を押す追い風の様に感じられる。
陸上競技を退かざるをえなくなり、凍り付いた仁の心。その心の氷を溶かしてくれたのは、父親が用意してくれたVRMMOとVRドライバーだった。
そこから始まった仲間達との異世界冒険ライフ。その体験が、愛しい少女の存在が、仲間達との触れ合いが、ジンの心の熱を激しく燃え上がらせた。
――皆と一緒なら、もっと走れる。この世界の、どこまででも……!!
その為には、更に速く。もっと速く。誰よりも、何よりも速く。
「その疾きこと、風の如く!! 【閃乱】!! 【一閃】!!」
短剣の武技では最も攻撃速度が速い【ラピッドスライサー】ですら、遅い。そう無意識に判断したジンは、HPを犠牲に確定クリティカルヒットを繰り出す必殺の武技を繰り出す。
ジンの無謀とも思える攻撃に、ヒイロは制止の声を掛けようとして……絶句した。連続して起こる、クリティカルヒットを表すライトエフェクト。けたたましく響き渡る、武技の炸裂音。その感覚が……あまりにも短い。
――ジン……!? い、一体どんだけの速さで、攻撃を……!?
「ジンさん! 凄いですっ!」
「……に、人間……止めてない?」
「しょ、正直……お嬢様と、同じ気持ちです……」
「……うわぁ、ジン兄が更に……追い付く方の身にもなって……」
「凄すぎて、何が何だか……」
「ひえぇ……あれは流石に、マネ出来ないね……」
「うん、流石にあれはね……」
「凄過ぎです、ジンさん……!! 憧れるなぁ!!」
「こ、これがジンさんの本気……!? お、俺もあんな風に、強くなれるのかな……?」
「ユージンさん? あれも、見えます?」
「あはは、ごめん。一切見えない!」
「うぼぁ……」
仲間達が驚愕している内に、その閃光と炸裂音が唐突に止む。そして、アンコクキュウビから紫色の鎧忍者が飛び退いて来た。
「待たせたでゴザル……いざ!!」
変身状態のジンが、紫のオーラを揺らめかせながら着地すると同時。アンコクキュウビの巨体が、ガクッと崩れ掛けた。
――はぁ、全く……とんでも無い相棒だよ、ジン。
いつかもし、ジンと真剣勝負をする事があったら……そんな事を、心のどこかで考えていたヒイロ。親友で、相棒だからこそ……対等の存在でありたいと、思っていたから。
だというのに、たった今披露された凄まじい連撃。
――あんなのを見せられたら……更に、努力が必要だと実感させられるな。
ヒイロも何気に、負けず嫌いだ。そして、壁は高ければ高い程に燃えるタイプである。そう言う意味では、二人は似た者同士なのかもしれない。
「総員、攻撃!!」
その号令と共に、唖然としていたメンバー達も意識を復帰させる。すぐにアンコクキュウビに向けて、全力の攻撃を放つのだった。
そして、アンコクキュウビのHPがゼロになったのはそれからすぐ……戦闘開始から、十四分三十秒という過去最短の討伐となった。
そしてジン達は、待望の報酬を得る事になった。
ジンのユニークスキルのレベルキャップ開放、ドロップ系ユニークアイテムの強化と、ユニーク素材の入手。それ以外のメンバーは、金銀のガチャチケット。
しかし、最後にサプライズが待っていた。
『スピード・アタック・ボーナス!!』
風林火山陰雷系のエクストラクエストにおいて、初めてスピード・アタック・ボーナスを達成する事となった。
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【神獣の卵】
説明:血肉を分け、心を通わせた者にのみ従う、神獣が宿った卵。
孵化まで残り時間:4日23時間56分
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次回投稿予定日:2021/10/5(本編)
神獣の卵……もっと良いネーミング無いかと思ったんですけどね。
解りやすいのが、一番良いんですよ、多分(思考放棄)