12-06 幕間・コヨミの独白
「皆、こんばんはー! さてさてぇ、今日も頑張って配信やっていっちゃおうかな?」
始まりの町で、私は意識して笑顔を浮かべながらそう宣言した。とは言っても、パーティメンバーが周囲に居る訳ではない。
代わりに存在しているのは、丸い球体だ。これが、話し掛けている相手……に繋がるモノである。
「おっ、わこつありがとー! こっこさん、いつも来てくれるね! おっと、ガリレオさん! この前はアドバイスありがとう!」
私は会話をしている……届くのは声じゃなくて、言葉の羅列……そう、コメントだけど。
私の視界にだけ、表示されていくコメント……これは、私のライブ配信を見てくれている人達から寄せられるコメントだ。
『コヨミちゃん、今日は何すんの?』
『第二エリアはよ』
『今日も張り付くわ』
『装備新調しないん?』
『ヨミヨミ、わこつー』
私の視界に、次々とコメントが表示される。のんびりするのも嫌いじゃないけど、ライブ配信はやはり動きが無いといけないよね。なら、今日はいっちょ頑張ってみようか!
「今日はこっこさんのコメントに応えて、第二エリア目指そうかなぁ。装備はねー、どうしよっかなぁ? 今話題の和装は、すぐに売り切れちゃうもんね。 ノラちゃん、わこつありー!」
撮影端末に向けて話しかけながら、ネットアイドルを目指す私……【御手来 舞子】は、【コヨミ】としてフィールドへ繋がる門へと歩き出す。向かう方角は、北だ。
歩きながら、私は視界の端に表示される視聴者数を見てみる。表示されているのは、13という数字だ。
十三人……でもまぁ、こうして駆け出しのライブ配信に来てくれるだけ、感謝感激だ。いつか人気配信者になりたいとは思う。だけど……折角のゲームだ。ゲームを楽しむのが一番、それを見てくれる人たちが楽しんでくれるなら、万々歳。これだね。
私はAWOを始めて二ヶ月、まだまだ新参プレイヤーだ。AWO初プレイと同時に、配信者デビューを果たしたばかり。
そんな駆け出しに、固定視聴者が付いてくれているのはありがたい。
見ている十三人のリスナーさんを楽しませる為にも、話をしないとね。傍から見たら、独り言に見えるのが難点なんだけど、さ。
「私はソロだから、野良でやるしかないんだよねー。誰か組んでくれる人が居たら良いんだけど……おっ、和装プレイヤーだ! やっぱり良いねぇ、和装!」
さて、北門までもう少し。そこで私の目に、三人の人物が映る。
紫色のマフラーを靡かせた、茶髪の忍者少年。
赤いマフラーを装備している、銀髪の巫女少女。
そして少年と同じく紫色のマフラーをした、黒髪のくノ一女性だ。
「良いな、私も和装欲しいなぁ……」
ま、月曜日限定販売らしいんだけどね。それに、すぐに売り切れるしさ。
……あれ? ちょっと待てよ?
目的地へ向かおうとした私は、そこで立ち止まった。そして、二度見。
あれ? もしかして、幻覚でも見てる? そして、三度見。
「……いやいや、待ってよ? あれって……嘘でしょっ!?」
新参の私でも、流石にその顔を知っている。AWO公式ホームページで公開されている、イベント動画。第一回と、第二回イベントの動画……穴が空くんじゃないかってくらい、見ましたからね!!
AWOで、彼等を知らない者など居ない……それだけの成績を収めているプレイヤー。
『忍者さんキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』
『御姫様!! 御姫様じゃないですか!!』
『うっそwww 【七色の橋】www マジかwww』
そう、噂の忍者さんと、御姫様。くノ一さんは、忍者さんのPACだ。
撮影端末の解像度は、プレイヤーアバターに限り半径十メートル。それ以上離れると、姿が粗くなって判別が困難になる。
配信の画面に映りたくない場合はプレイヤーのシステム・ウィンドウにある【非公開設定】をONにすると、撮影端末で半透明の人型として表現されるんだよね。わお、なんというかま〇たちの夜。
忍者さんと御姫様・くノ一さんとの距離は多分だけど十メートルギリ、かな? その上、彼等は【非公開設定】などしていないらしい。だからこそ、リスナーの皆が見えている訳で。それはもう、はっきりくっきりとその姿が映し出されているんだろう。
『コヨミちゃん!! 話しかけて!! おいしいよこれ!!www』
『神回の予感(*´Д`)ハァハァ』
「は、話しかけろって……トッププレイヤーだよ? こんな雑魚プレイヤー、無視されるに決まって……」
無茶振りはやめてー! 見てる方は楽しくても、こっちは緊張で胃に穴が空いちゃうよ! VRだけど。
撮影端末から視線を逸らすと、すぐ側に一人の男性が居た。
「失礼。拙者達を見ていたようでゴザルが、何か御用でゴザルか?」
無視するどころか、あっちから話し掛けてきました。
「ほわぁっ!? ほ、ホンモノ……!! ホンモノの忍者さん……!!」
「し、失礼したでゴザル……驚かせてしまったでゴザルか」
奇声を上げてしまった私に、忍者さん……【七色の橋】のジンさんは申し訳なさそうに頭を下げる。いや! 良いんです! むしろこっちが何かすんません!
『あの一瞬で距離を詰めるとは……』
『忍者さんが忍者さんらしい事をしてるぞ』
『流石AGIオバケwww』
そんな展開を受けて、リスナー達のコメントは加速していくのであった。
……
「と、いう訳で……偶然お見かけした次第です! あ、あのっ! 今、配信中なんですけど……大丈夫ですか?」
「成程、ライブ配信……話には聞いていたでゴザルが、配信者にお会いしたのは初めてでゴザル。配信に映っているでゴザルな? 別段、構わぬでゴザルよ」
「へぇ……これが撮影しているんですよね? こんにちはー?」
私が新参プレイヤーである事、配信者である事をジンさんとヒメノさんに説明する。二人は撮影されることを嫌がったりせずに、私との対話に応じてくれた。ってか、ヒメノさん可愛い。
さて、納得顔のジンさん……そして、カメラに対して手を振るヒメノさん。そんな二人の様子に、リスナー達は大盛り上がりである。
『大物過ぎる……流石、忍者さん……』
『初見』
『ヒメノちゃんがてぇてぇ……はっ! 浮気じゃないからね!?』
『コヨミちゃんや、同接が100超えてんぞwww』
『コヨミってもしかして幸運の持ち主なんじゃないかw』
『リンちゃん可愛い。顔の造形が最高。もうリンちゃんなう』
『忍者さんが居ると聞いて』
『姫様も可愛いけどコヨミちゃんも可愛い』
『この夫婦、ほんますこ』
うんうん、解る。私もそう思う。こっこさん、確かに幸運の持ち主なんじゃないかって気がして来たよ。マジで。
そんな中、一人のリスナーが私に向けてとあるコメントを送ってきた。
『これは忍者さんと御姫様にPT組んでってお願いする流れだな』
「はぁっ!?」
無茶振りしないでよ、ガリレオさん!!
「わぁっ!?」
「ひゃぁっ!?」
「……?」
「「「!?」」」
あっ、ごめんなさい……私の奇声に、驚いたジンさんとヒメノさん。くノ一PACのリンさんは、一歩下がった場所で首を傾げている。キレイだな、この人も。
そして、そんな私達を遠巻きに観察する、野次馬のプレイヤー達。ナズェミティルンディス!!
「ど、どうかしましたか?」
私達、何かしちゃったかしら? と不安そうなヒメノさん。いやいやいや! ヒメノさんは何も悪くないから!! 思わず私は、慌てて首をブンブンと横に振ってしまう。
「いえ! 済みません、大声出して! リスナーが、皆さんにパーティ組んで貰えなんて言い出すものだから、つい奇声を上げてしまって……」
そんな私の釈明に、ジンとヒメノは顔を見合わせ……そして、笑顔で頷いた。
「ふむ、では申請を送るでゴザル」
「はい♪」
ふぁい?
『【ジン】にパーティ参加申請を送られました。パーティに参加しますか?』
「はぇ?」
まさか、OKされるとは思っていなかった……だって、相手はトップランカーだよ? それも、あのジンさんとヒメノさんなんだよ!?
「え……えっ!? 良いんですか!?!?」
私が思わずそう聞いてしまうと、ジンさんとヒメノさんは優しく微笑んでくれた。
「構わないでゴザルよ。袖擦り合うも他生の縁というでゴザル」
「ですねー! きっと何かのご縁ですよ♪」
なに、この二人。しゅき。
『最高過ぎる展開』
『神回』
『出た! 綺麗な忍者!』
『姫様が天使過ぎて生きるのがつらい』
『最アンド高』
『同接やべぇ、もう500超えたぞ』
『幸運配信者・コヨミ』
『コヨミちゃんやったね! 第二エリアへGO!』
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「でやあっ!!」
私の得物は大剣で、破壊力はそこそこ出せる。第一エリアのプレイヤーとしては、中々のものだってリスナーさんも言ってくれた。
難点は動きの遅さ、そして攻撃をヒットさせられない距離の相手に対する対応手段の乏しさなんだけど……組んだ相手が、それを全て帳消しにしてくれている。
「よっ、ほっ……この感覚、懐かしいでゴザルなぁ」
「主様、私が二体引き受けます」
武技無しで攻撃を軽々と回避する、ジンさんとリンさん。
「あぁ……また倒しちゃいました……ごめんなさい……」
武技無しで矢を放ち、その圧倒的なSTRで雑魚を間引くヒメノさん。
『クソワロタwww』
『完全回避www』
「まぁ、流石に第一エリアならば……流石にレベル相応では、武技抜きではちょっと苦戦するかもしれぬでゴザル」
『雑魚モンスじゃ、ヒメノちゃんの攻撃にゃ耐えられんかwww』
『姫様、別段倒してもええんやでwww』
「え? あれ、良いんですか? あれ?」
やべぇ、二人共……いや、リンさんもだ。三人共、強すぎ。
『コヨミちゃん、がんばえー!!』
『安定してるな。PTメンバーが強過ぎるのもあるけど、主自身もちゃんと動けてんじゃん』
『チャンネル登録しますた』
おっと、リスナーさんが応援してくれてる……呆けてる場合じゃないね!! 私も頑張るぞぉ!!
「ありがと! 後でコメ返しするから待っててねぇっ!!」
私の設定では、コメント表示はパーティーメンバー表示に設定されている。だから、ジンさんやヒメノさんも視界にコメントが表示されるようになっている。お二人は快くそれを受け入れてくれて、リスナーさん達のコメントにも応えてくれている。この二人、天使か何かなのかな?
そうして私達は順調に道中を進み、いよいよ第二エリアボス目前……と、そこで私達は複数のプレイヤーに囲まれた。その数は、実に十人を越えている。な、なに!? もしかして、ジンさん達のファンっすか!?
とおもいきや。
「コヨミちゃん、配信見たよ! もし良かったら、俺も参加させて貰えないかな!!」
「うわっ、本当に忍者さんと御姫様……!!」
「良かったら、魔職はいかが? 大剣使いなら、バフあると捗るっしょ」
「第三エリアに行く前に、後進のサポートでもしようかなって思ってね。私で良ければ、パーティに参加させて貰えないかしら?」
え、私? 私の配信を見て、駆け付けてくれた? え、なにそれ……めちゃくちゃ嬉しい。
「あ……ありがとうございます!!」
そんな私を、ジンさん達は笑顔で見守ってくれている。
そうだ、この場を仕切らなきゃいけないのは私なのだ。
他プレイヤーとのコミュニケーション……それも、VR・MMOに求められるプレイヤースキルだ。他プレイヤーを味方に付けられるかどうかは、システムは何のフォローもしてはくれない。
ライブ配信者となれば、尚更その懸念は付いて回る。でも、それをモノに出来ないと……この先、やっていけないよね!!
結果、私達は十八人でレイドパーティを結成。エリアボス・ウォータードラゴンの座すバトルフィールドへと向かう事となった。
……
そうして始まった、エリアボス戦。
「うおお!? 前に戦った時より、攻撃が激しいんだけどっ!?」
そう言うのは、盾職のメルシーさんだ。私は初めて戦うけど、前とは違うんだろうか?
そんなウォータードラゴンのヘイトを稼ぎ、回避盾として場を持たせてくれているのは……勿論あの人。忍者な彼を狙って攻撃を繰り出すウォータードラゴンは、『またお前ら!? 何度オレをボッコボコにすれば気が済むわけ!?』とでも言いた気である。き、気のせいだよね?
しかし、それでも……ジンさんは自然体で、ウォータードラゴンを相手に縦横無尽に跳んで撥ねて走っていた。
「前より、動きが激しいでゴザルが……恐れるに足りぬでゴザル!!」
両手の小太刀を振るい、ウォータードラゴンを斬り付けるジンさん。流石、最高最速の忍者。
ジンさんがヘイトを稼ぎ、タゲを集めてくれている。すると、魔法職の女性・フォルテさんがニヤリと笑う。
「さっすが最速忍者……これなら派手にやれるかも」
不敵な笑みを浮かべるフォルテさんに、他の男性プレイヤー達も便乗し始めた。
「キメるのは、やっぱコヨミちゃんですしおすし。チャンス作りは任せてちょーだい!」
「だなー! ま、俺も第二エリアに行けるから助かるんだけど……でも、この展開はちょー燃えるし! コヨミちゃんのサポートのつもりで、全力で喰らい付いてやるぜぇ!」
……ううぅ、何て幸せ者なんだ私。これはもう、やってやってやりまくるしかないよね!!
「力を貸して下さっている皆さんの為にも、ぼっこぼこにしてやりますよ!!」
そこで視線を巡らせると、微笑みを浮かべているヒメノさんと目が合った。赤い瞳を細めて、優しく私を見つめている。
可愛いし、綺麗だし、素敵なのは解っていたけど……それ以上に、この人の眼は澄んでいる。澄み切ったその瞳を見ていると、吸い込まれそう……なんて比喩が頭に浮かんだ。
「行けますか、コヨミさん」
道中で聞いた天真爛漫って感じの明るい声とは違って、可憐ながらも凛々しさと力強さを感じさせるヒメノさんの声。
「はい!!」
私の返答にふにゃりと微笑んだヒメノさんは、一転して凛々しさを感じさせる引き締まった表情になる。そして、彼女はその手に持った弓を構えた。
「皆さん、ダウンさせます! 準備を!」
その声を耳にして、各々が配置についた。
「やぁってやるぜぇ!!」
「ふふふ、バッチリ行けるわ!!」
「一気にカタを付けようぜ!!」
その声を受けて、ヒメノさんは矢をつがえ……。
「行きます!! 【ヘビーショット】!!」
唸りを上げて飛ぶ矢。その鏃の先端がウォータードラゴンに触れると同時に、頭上に表示されるHPバーがガクッと減少した。
『すげぇ減った!!』
『あれ、【スパイラルショット】なら終わってね?』
『流石、姫様……パネェ』
……えぇぇ!? こ、こんなに破壊力出せるの!? 矢の一本で!?
そんな呆然としている私に、ヒメノさんが振り返って声を掛けてくれる。
「コヨミさん!!」
そう……ヒメノさんの一撃を受けたウォータードラゴンが、その巨体を揺らした……そして身体の力が抜けたらしく、グッタリとした様子で地に伏したのだ!!
ダウンした!? 一発で!?
「コヨミさん、どうぞっ!!」
「今でゴザルッ!!」
ヒメノさん……ジンさん……。
「ヨミヨミッ!! 行こうぜ!!」
「さぁ、ぶっぱなしましょう!!」
『うおおお熱い!!』
『やっちまえー!!』
『がんばれ!!』
皆から贈られる声援。それを受けて、私は走り出す。
「行きますうぅぅっ!!」
私は大剣を握り締め、フィールドを走り抜ける。見ててね皆!! やってやります!!
……
結果として、ワンダウンでの討伐は出来なかったものの……その後のツーダウン目で、私達はウォータードラゴンの討伐に成功した。
討伐までのタイムは二十二分。これのお陰か、スピードアタックボーナスというものを得られた!! いやいやいや、マジでパネェ……ジンさん達、強いなんてもんじゃないね!!
そしてフィニッシュアタックボーナスを……私がゲットできた。できてしまった!! じゃ、じゃんけんで、誰が手に入れるか決める?
私がそんな提案をするも、誰も首を縦に振らない。
「このレイドパーティは、コヨミ殿の為に結成されたもの。ならば、コヨミ殿が使うべきでゴザルよ」
「私も同意見です!」
「私もよ。コヨミちゃんがゲットしたんだし、そのまま自分のモノにしなさいな」
「そうそう! ほれ、ヨミヨミ!」
マジかよ、この場には天使しか居ないのか!!
「ううぅ……これは一生大事に持っておいて、墓までもっていきます!!」
『使えwww』
『墓ってサービス終了までか?w』
『ヨミヨミ、使おうwww』
『宝の持ち腐れはいくないwww』
リスナーのコメントに加え、ジンさん達からも使った方が良いとアドバイスを受けてしまった。これもライブ配信的に、良い展開だとまで言われてしまった。
そこまで言われては、固辞するのも失礼だよね……そうして私は、皆が居る前で≪ゴールドチケット≫を使用した。その結果出たスキルオーブは……。
「へ、【変身】……!?」
排出率がウルトラレア並の、スーパーレアスキル。それを見事、引き当ててしまったのだった。
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エリアボス討伐を果たしたレイドパーティは、北側第二エリア最初の町[ホルン]で解散する。別れ際に皆でフレンド登録をすると、私はジンさん達に感謝のご挨拶を。
「ほんっとうにありがとうございました!! このご恩は忘れませんから!!」
そう言う私に、ジンさんとヒメノさんは優しく微笑んでいた。
「お役に立てて良かったでゴザルよ」
「はいっ♪ コヨミさん、お疲れ様でした!」
ギルドホームに戻るらしく、ジンさん達とはここでお別れだ。その背中が見えなくなるまで、私は全力で手を振った。
私の尊敬している、配信プレイヤー……少しは、あの人に近付けたかな。
ライブ配信をするきっかけとなった、人気アイドル。ネットでもリアルでも活躍していて、歌ったり踊ったり……そして、ゲームのライブ配信なんかもしているあの人。
あの、アンジェリカさんに。
次回投稿予定日:2021/9/15(本編)
※ウォータードラゴン
攻略メンバー内に、一定回数ウォータードラゴンを倒しているプレイヤーが居た場合、ウォータードラゴンの行動パターンが増える。つまり、難易度が上がる。
そういう意味では、ジンとヒメノのせいです。