短編 運営メンバーの雑談
オフィスビルが立ち並ぶ、ビル街。その中の一つ……とある財閥が建設したビルの1フロア。そこに、人気を博しているVR・MMO・RPG【アナザーワールド・オンライン】を運営する企業【ユートピア・クリエイティブ】が存在する。
設備も人手も充実し、最寄駅からのアクセスも良い。ゲーム運営会社としては、かなりの待遇である。
ゲーム運営に携わる会社は、ブラックというイメージが強い……そういう感も否めない。
しかし、ユートピア・クリエイティブはそのカテゴリーには当て嵌まらないと評判だった。それは内外を問わない。
そんなユートピア・クリエイティブの、とある一室。そこで社員が休憩を取っていた。
「ふぅ、今日も定時帰りか……転職してよかった」
彼は妻子持ちで、かつてVR・MMO・RPG【ドラゴンナイツ・クロニクル】……通称DKCの運営に携わっていた頃は起きた家族と顔を合わせずに生活するのが基本スタイルだった。
しかしDKCがサービス終了し、ユートピア・クリエイティブに引き抜かれてから、彼の生活は一変した。交代制の勤務ではあるものの、イベント以外では残業はほぼ無し。日常的な業務引継ぎも運営用のVRドライバーでログインし、時間加速下で行うという手法でそれを実現していた。
プレイヤーからのGMコール対応も専任の担当者が行うし、担当外の仕事については知らなくても問題無し。別部門に異動するにしても、引継ぎ期間を十二分に用意するという徹底ぶりだ。
何より上層部の行動力が違う。率先して運営に携わり行動する上層部のお陰で、社員は末端に至るまで安心して働ける。責任を押し付けられたりする事などは、これまで一切無い。
「お疲れ様です」
落ち着きを感じさせる、一人の女性に声を掛けられる。
「あ、金城さん。お疲れ様です!」
彼女の名前は【金城 杏奈】……AWO第二回イベントで、司会進行を務めたイベンター【アンナ】の中の人である。
「今日は特に異常なしですか?」
杏奈の問い掛けに、青年……【下寺 大続】は笑顔で頷いた。
「目下、プレイヤーは第三エリア到達に夢中ですから」
「そうでしょうね……まぁ、うちの上司は退屈だと嘆いていましたが」
彼女の言う上司。その話題に下寺は苦笑した。彼女の言う上司とは、DJ・レイモンド……本名【毛利 上洋】だ。
「そう言えば、ゲーム内で……なんでも第三エリア到達が立て続けに起こったとか?」
「あー、確かに連続でしたね。【聖光】【森羅】【旅路】……そして同盟が最初に到達したそうです」
同盟……その言葉に、杏奈は自分がイベンターを担当した第二回イベントに思いを馳せる。
「彼等が……ですか。まぁ、妥当な結果ですね」
イベントトーナメントに進出、そして好成績を収めたギルドの代表達。その中でも際立っていたのが、いくつかのギルド。
二つの大規模ギルド、【聖光の騎士団】と【森羅万象】。中堅ギルド【遥かなる旅路】。ここらへんは、予定調和である。
そして少数精鋭ながらも大規模ギルドや中規模ギルドに対し、凄まじい活躍を見せたギルドが集まった同盟。【魔弾の射手】に【桃園の誓い】……そして、優勝チームを輩出した【七色の橋】が結成した同盟だ。
紆余曲折はあったものの、終わってみれば中々に実りのあるイベントだった。彼等は今や、AWOを代表する看板プレイヤー達である。
特に優勝チーム【七色の橋】……その実力だけでなく、在り方も好ましい少年少女達だった。
「第四回イベントのイベンター、やるんですか?」
「いえ、私ではありませんよ。イベンターも持ち回りとなっていますから」
イベントを進行するイベンターは、五人。彼女……杏奈はその内の一人である。
第一回イベントのイベンターは、【奥島 園子】という女性がアナウンスのみの登場で担当。第二回イベントは彼女、アンナこと杏奈だ。そして第三回は……。
その人物について考えている杏奈に、一人の少女が声を掛けた。
「あ、お疲れ様です~!」
「横野中さん? お疲れ様です、今日は打ち合わせでしたか?」
「はいっ! 次のイベントの件で! 予定では来週だったんですけどねー」
「え……あっ、アイドルの【横野中 真美】!? もしかして、次のイベンターって……」
「あ、いえ! 私では無いですよ? 連続になってしまうので」
ユートピア・クリエイティブと契約している真美は、既にプレイヤー達の視線を一身に集める大役を果たしている。というのも彼女は、あるキャラクターの中の人であった。
実は彼女、魔王ちゃん様の中の人なのである。
NPCではなく、中に人が居るのであった。第三回イベントの時の武舞は、彼女が演じていたのである、すげぇ。そりゃあPAC契約は出来ませんて。
ちなみにその椅子を争ったのが、今話題のアイドルである【伊賀星 美紀】や【東條 詩乃】だった。真美・美紀・詩乃は皆が皆、現実でもVR界隈でもアイドルとして人気を博している。
尚、AWO運営関係者からは是非【渡会 瑠璃】も候補に……という要望があり、実際オファーもあった。しかし、瑠璃は一人のプレイヤーとしてAWOを楽しむ方針を崩さなかった。
故に、美紀・詩乃というネット界隈で有名なアイドルを押し退け、真美に白羽の矢が立ったのだった。
ちなみに瑠璃が参戦していたら、もう一人イベンターが増えていたのではないか? とまで噂されている。それくらい、瑠璃と真美の人気は根強い。
魔王ちゃん様に匹敵する存在となったら、女神様だろうか。リリィのことだから、駄女神にはならないはずである。
「それにしても、打ち合わせの前倒しとはまた……」
「もしかして、第三エリア到達に合わせて……?」
「そうではないでしょうか? 開発に携わっていないので、詳細は分からないですけど。でも凄いイベントになりそうですよねぇ……」
そこまで言って、真美は満面の笑みを浮かべた。イベンターとして携わる事は出来ないが、イベントを観戦する事は可能。それが楽しみなのだろう。
「なんて言ったって、ギルド対ギルドのイベントですもんね!」
次回投稿予定日:2021/8/30