短編 不穏な連中の残念なチャット
※時系列は他の短編よりも前、11-24『エリアボス攻略を今度こそでした』の直後となります。
『さて……現状の目的はイベントランカーがいるギルドの情報集めなんだが』
それは深夜、とある人物のパソコンの画面に映し出された文字。AWOとは関わりのないSNSサービスでの、チャットである。
その文字を見て、パソコンの持ち主はキーボードにそのしなやかな細い指を伸ばした。
『ギルドの雰囲気が変わったらしいね、【聖光の騎士団】は』
それは、最初の文字を打った者に対する問い掛けだ。
彼女の問い掛けに対して、返信は早かった。
『あぁ。先の第二回・第三回イベントで、【聖光の騎士団】の戦力は確かに上がった。以前の烏合の衆とは、明らかに違って来ている』
そんな二人のやり取りに、他のメンバーもレスポンスを送ってきた。
『DKC時代は、付いて来られない者は置いていく……って感じでしたね』
『第一回の後から、アークの方針が変わったってのはマジ?』
『みたいだな』
どうやら、他のメンバーもチャットルームに入って来たらしい。
こんな深夜二時だというのに、相変わらず集まりの良い面々である。
『第一回イベントで、何かしらの心境の変化があったのは間違いない。おそらくはトップをあいつらに搔っ攫われたからだろうな』
あいつら……その言葉が指し示すのは、どう考えても【七色の橋】。流星の如く現れ、上位を独占したプレイヤー達だ。そのメンバーの一部はこれまで無名であり、事前に名前が知られていたのはレンとシオンくらいである。
『【森羅万象】はどうなんだ』
『第三回イベントで手に入れた≪魔札≫をどうするかで、色々と話し合いをしているわよ』
生産職が手に入れた≪魔札≫を、ギルドの為にどう使うか……それは確かに、悩み所だろう。下手をすれば、ギルドが分割する可能性だってある。
運営はそれが解っていて、このイベントを催したのだろうか? だとしたら、運営も中々に意地の悪い事を考えるものだ。
『【聖光】はそのあたり、どうしたの?』
『入賞者が≪魔札≫でガチャを回して、手に入ったオーブを公開。そっからトレードするか、購入するかってところに落ち着きそうだな』
『なんだ、【森羅】と同じなのね』
『やはり、そうなりますよね』
そこで彼女……ルシアこと芝和田滴は、、キーボードを軽快に叩く。
『ウチは生産職が居ないから、気楽なムードよ。そういえば、第三エリアの攻略はどう? こっちは南・東に到達して、次は北よ』
まだトップランカーが≪魔札≫による武装スキルを得ていないならば、目下の各ギルドの課題である第三エリア攻略について聞いておくべきだろう。
『そうだったな。【聖光】は残り、東だけだ』
『【森羅】もあとは西だけよ』
やはり、大ギルドの攻略速度は速い。さて、どちらのギルドが先に四方の第三エリア到達を終えるやら……。
滴がそう考えていると、彼女を除いた最後の一人がチャットに参加した。
『すまん、遅くなった』
ドラグ……【桃園の誓い】に潜入し、三ギルド同盟の情報を探っているメンバー。三ギルド同盟は現在、AWOで最も注目されている集団である。
有用な情報がある事を祈りつつ、滴はドラグに向けてレスポンスを返す。
『随分と遅かったわね。お疲れ様』
『あぁ。ちょっと、【桃園】のメンバーで会議をしていてな……』
ギルド【桃園の誓い】で会議……そう言われると、俄然興味が湧いて来る。
『何かあったのか?』
『気になるわね』
『面白いネタか?』
『興味深いですね』
他の面々も、同じ考えだったらしい。
そんなチャットに対して、ドラグからのレスポンスは予想外の事実を孕んでいた。
『全ての第三エリアに到達すると、新たな要素が解放される事が判明した。六つあるステータスに加えて、七つ目のステータスが解放される』
その文字列を見て、滴は目を見開いて静止する。七つ目のステータスが解放される……その新情報も、確かに聞き逃せない要素だ。
しかし問題は、その要素とは別にある……その条件だ。
『ドラグ、全ての第三エリアに到達したらと言ったか?』
『もしや三ギルド同盟が、全ての第三エリアに到達したのですか?』
『何で早く言わないんだ! 折角、奴等の独走を止める為に色々とやっていたんだぞ!』
最後のはやはり、カイトのコメントだ。短気な彼らしい。
『あなた達、ちょっと落ち着いてくれないかしら。ねぇ、ドラグ……彼等はPK集団に襲われていたわよね? つい昨日の事だったと思うんだけど』
『あぁ、そうだ』
この情報は、掲示板でもちらほら話題になっていた。故に、確実だろう。
『それで、たった一日で全ての第三エリアに到達したって言うの?』
大ギルドでも、エリアボス戦に向けて準備を整える時間が必要だ。更にエリアボス戦は、それなりに時間がかかる。時間加速をしているとはいえ、だ。
プレイヤーの大半が会社員や、学生。ログイン出来て、夕方以降になる。そうなると、少なく見積もっても半日。減ったHPやMPの回復に、装備の修復……それを考えたら、やはり丸一日は必要となるだろう。
しかし、返ってきたのは予想外の回答だった。
『あぁ、一日だ……いや、正確に言うと今日の二十一時から二十三時までの二時間で、エリアボス四体を討伐した』
「はぇ?」
だから、そのチャットの内容を見て奇声を上げた。
時間加速をして、六時間。その時間では、大ギルドとて二体の討伐が出来れば良い方だ。
『マジか!? あり得ねぇだろ……』
『それは流石に……規格外が過ぎますね……』
『ドラグ、間違いないのよね?』
あり得ない……そう思ったのは、他の面々も同じだったらしい。
『あぁ、間違いない。エリアボスを討伐したら、すぐに次のボスに近いポータルに向かって次……だ。飲み屋をハシゴする勢いで、エリアボス攻略を立て続けに行っていた……正直、イカれてるのかと思った』
攻略最前線に参加していたドラグにそこまで言わせるのだから、相当だったのだろう。これには滴も、何も返す言葉が無かった。
『エリアボスのSABの情報と、第七ステータスの情報をスクショした。確認してくれ』
そのチャットの直後、SNSサービスRAINに送られた画像。それは、ドラグがAWO内で撮影したスクリーンショットの画像だった。内容は、彼が告げた要素のフレーバーテキストだ。
『クソッ……この情報は有用だが、公開は出来ないな……』
アレクの回答はもっともだった。これを公開するという事は、エリアボスを速攻で倒す必要がある。第七ステータスが解放されているのは、まだ三ギルド同盟だけだ。
その情報を公開するという事は、三ギルド同盟の中にスパイが居るという事実に気付かれる。
『アンジェの為にも、トップランカーの力を削ぐ必要がある……ってのにな』
『【聖光】は意外にも順調、【森羅】も安定している……【旅路】は徐々に力を付けて来ているし……三ギルド同盟はもう、どうしたら良いのやら……』
『情報屋から連絡は?』
『まだだ。【七色】と運営の繋がりを示す証拠があれば、この状況も……』
情報屋……その名前がチャットに出た時に、滴の携帯端末が振動した。端末を手に取ってみると、そこに表示されていたのはRAINとは別の会社が運営しているSNSサービス”TUBUYAITER”のメッセージが届いたというモノだった。
――メッセージ……? 誰かしら。
TUBUYAITERを開いて、メッセージ欄を見ると……そこには”SUOU=MITIBA”というアカウントからのメッセージが届いているという表示。
――スオウ……ミチバ……。
意を決して、滴はそのメッセージを開き……そして、言葉を失う。
――これは……どういう意味? まさか、この中に……?
そのメッセージには、こう記されていた。
『裏切り者にご注意を』
次回投稿予定日:2021/8/22